プロローグ
●ツアーに至るまで
「長かった……長かったわ……!」
ミラクル・トラベル・カンパニーの片隅にて。一人の女性職員が、パンフレットを抱きしめ感動に声を震わせていた。
パンフレットの表紙を飾るのは美しい男女の写真、そして『愛の花咲く花嫁体験ツアー』の文字だ。
「写真撮影を終えてから、誰を表紙にするかでもめにもめたなー……。でも、その甲斐あったわね!!」
女性は心の底から嬉しそうな笑顔でパンフレットを掲げた。というのも、彼女の言葉通り、表紙に誰を起用するかですさまじい舌戦が繰り広げられたのだ。
撮影に協力してくれたのはモデルではなく、愛し合う二人の写真を撮らせてくれませんか、という呼びかけに集まってくれた男女だ。パンフレットの表紙という大事な写真を一般人が? と疑問に思う人もいるだろう。だが、プロの写真は「そつなくこなしてます感」が強く出ていて、職員が理想とする空気が出なかったのである。『だったら本当に思いあう二人を募集した方がいい写真が撮れるのではないか』と思い至り、そしてその考えは大当たりだった。――大当たりすぎた。
協力してくれた方の中にそれはもう素晴らしい空気感を持つ二人が数組おり、誰を使うべきかで争いが起こった。ジューンブライドにあわせて開催するはずのツアーだったが、夏真っ盛りのこの時期に出されたことを考えればどれくらい激しかったのか想像できるだろう。
だが、当初予定していたツアーに負けない出来になったと自負している。
「いろんな人が参加してくれるといいなー!」
職員はうきうきと楽しそうに、けれどちょっとの不安が見える笑顔を浮かべる。
――二人の仲が深まるような、幸せな時間を過ごしてもらえればいいな。
●愛の花咲く花嫁体験ツアー
思いあう二人に、夢のようなひとときを。
まだまだ暑いお昼時は、『氷の花』が咲く特別な花園・フェンリルへ。幻想的な氷の花と、氷上で舞う妖精たちが楽しめます。
夕方になったら、美しい橙色の光を存分に活かした撮影会です。身に纏うのは華やかなドレス? それとも艶やかな着物? セットはステンドグラスと純白の内装が美しい『教会風』、バラに囲まれた『花園』、神社風の建物や和傘を活かした撮影ができる『和風』の三種類から選べます。お二人でよく話し合いの上、決めてくださいね。
夜は美しい花々が煌めく高級レストランで食事です。二人で未来について語り合うのはいかが?
予約は以下の番号まで。
――――
* * *
ある神人と精霊は、パンフレットを見てすぐに「行こう」と笑顔を浮かべた。早くしないと、予約が埋まってしまうかもしれない。
ある神人は、精霊と行きたいと考えた。だが、想いを伝えていない。どうしよう――悩む神人に、精霊は声をかけた。「そんなに行きたいなら、一日くらい恋人のふりをしてやってもいい」と。思わぬ提案に、神人が頬を染める。他にあてがあるならいいが、という精霊をひきとめて、「行く!」と力強く言い放ち。
さて、当日はどんな一日になるだろうか。
解説
●当日の流れ
・『フェンリル』で氷の花と妖精のダンスを楽しむ
様々な花が楽しめる花園・フェンリルには『氷花塔』という建物があり、その中に氷でできた花々が咲いています。
ひんやりとした空気に包まれたそこはの中央はスケートリンクのようになっており、決められた時間に妖精のダンスを見ることができます。
ブランケットの貸し出しも行っておりますので、必要の際はお気軽にお申し付けください。
・撮影会
衣装とセットを選んで撮影会です。衣装とセットは予約時に伝えているものとします。
※ポーズは基本的にお二人に任せる形になりますが、「どうしても思いつかない!」という場合はスタッフが指定することも可能です。
※衣装のお任せも可です。現地に持ち込まれた衣装から選ぶ形になります。
・レストラン『フロリアンテ』で食事
美しい花々が飾り付けられた高級レストランです。おいしい食事をお楽しみください。
●消費ジェールについて
参加費として一組『700ジェール』いただきます。
●他
参加者は「同じツアーに参加している」体となりますが、描写は基本的に個別になります。が、他ウィンクルムとちょっとしたやりとりが入ることも考えられます。完全に個別で描写をしてほしい! という方は、お手数ですが文頭に「個」の文字を入れていただければと思います。
●余談
・デートコーデをがっつり拝見させていただきます。ドレスコードは気にしなくて問題ありませんが、気合を入れて選んでくださると嬉しいです。
・親密度によってはアクションが不成功になる可能性もございます。ご了承くださいませ。
・EXという特性上、多々アドリブが入ることが予想されます。苦手な方はご注意ください。
ゲームマスターより
Q.花嫁体験要素が少ないような気がするのですが?
A.そ、そんなことないよ?
というわけで、お邪魔します櫻です。
夏だー! 素敵な二人に癒されたいー!! という煩悩の元用意されましたこのツアー、もしかしたら名前を見たことがある方もいるかもしれません。
久しぶりのEXでどきどきしておりますが、二人の仲が深まる一つのきっかけになってくれればいいなと思っています。
ご参加いただけた際は精いっぱい書かせていただきますので、興味を持っていただけた際はどうぞよろしくお願いいたします。
リザルトノベル
◆アクション・プラン
田口 伊津美(ナハト)
(変装し、妹の結寿音を名乗っています) アドリブ、絡み大歓迎 【心情】 ナハトが勝手に予約しやがったし、700とかたっけぇ まぁダンスに難ありってプロデューサーに言われちゃったし、妖精のダンスで何かヒントを得られるといいんだけど 恋人のふりとか死んでも無理だけど 【行動】 妖精のダンスをしっかり見る! できればビデオカメラに収めたい… バカは適当にぶらぶらしとけ!邪魔すんなよ! …私が戦いに戻ろうとしてる理由ナハトに言わなきゃな 契約を他神人に移す方法を探したい、ただこれだけ 前線に戻れば、きっと何かしら見つかるよねって アンタの夢は他の神人が叶えるべき 私はただ金が飛び交う世界で歌ってればいいんだ、この世界は優しすぎる |
かのん(天藍)
天藍の氷の花を見に行く誘いを快諾 触れたら溶け出しそうな花を不思議そうに眺める 自分を気遣ってくれる天藍の心遣いが嬉しい 渡されたブランケット広げ隣に寄り添い2人の膝上にかける この方が2人とも温かいでしょう?と 天藍に肩口に頭預け妖精の氷上のダンスを見学 予約時2人で選んだ鮮やかな色打掛と生花の髪飾り 花園で撮影 衣装に合わせしっかりメイク 普段は薄めだけに変じゃないか心配 耳元で囁く天藍の言葉に頬を染める 衣装等は先に伝えていたものの、撮影時のポーズを考える事を2人とも忘れていて顔を見合わせ苦笑を浮かべる 困ってスタッフの方にどうしたらよいか尋ねる 今日は誘ってくれてありがとうございました 食事をしながら天藍にお礼を |
アイリス・ケリー(ラルク・ラエビガータ)
氷の花…光を反射して綺麗に輝いてますね 触っても溶けないんでしょうか 勿論、触りませんよ。溶けてしまったら花に申し訳ないですから 妖精のダンスは食い入るように眺める 群舞って綺麗ですけど困ってしまいますね 一人に注目してしまうと全体の動きを見逃してしまって、全体を追うと細かな動きを見落としてしまうのが勿体無くて ステンドグラスが気になっていたものの、珍しく精霊から着物はどうかと言われたので『着物で和風』 ラルクさんが着物と仰ったんじゃないですか 貴方も袴なんですから当然でしょう、と苦笑い 恋人ではないのにお付き合いいただいたのでお礼を ですがスタッフの方がいらっしゃるので、ありがとうございます、とだけ |
真衣(ベルンハルト)
妖精が見れるのね! ダンスの時間以外はお花も見たいわ。 氷の花だから冷たい? さわったらとけるかも。気をつけなきゃ。 ありがとう。ハルトは寒くない? いっしょに使う? さつえいは教会風! およめさんは女の子のあこがれよ? ドレスは白のフリルがたくさんでふわふわしたの。 グローブはひじまで。 髪はアップにして、白いお花のかざりをつけるわ。 お姫さまだっこと、王子さまみたいに手にキス。 あとはおまかせね。 ハルトすっごくにあってる。かっこいい! そういう言い方ダメなのよ。(ピシっと いま私の隣に今いるのはハルトなんだからね。(にこ およめさんは幸せできらきらしてるもの。 おくれたらハルトがもらってくれる?(首傾げ 約束ね。(にっこり |
瀬谷 瑞希(フェルン・ミュラー)
氷で出来た花は初めてです。 熱で溶けないのかしら。 妖精さんのダンスもとても幻想的で素敵です。 夏のさなかに氷モチーフだと儚さというか。 切なさと言うか。 限られた時間の幸福って感じがしませんか。 だからこそより大切にしたいと。 他の皆さんはとてもおシャレ…と羨ましく眺めます。 精霊さんとの仲睦まじい様子がとても良いですね。 私達もあんな風になれるかしら。 撮影会は花園が良いです。衣装・ポーズはお任せで! プロのセンスに勝るものはありません。 それに手持ちの衣装だと色々と寂しいです。 借りて、普段出来ないような格好がしたいです。 ミュラーさんに釣りあう大人っぽい雰囲気とかでまとめて欲しいです。 学生な雰囲気を今日は忘れて。 |
●参加者と顔見知り
愛の花咲く花嫁体験ツアー。
愛し合う二人をターゲットに開催されたそのツアーには、ウィンクルムも複数組参加していた。
『かのん』と『天藍』もその中の一組である。
「氷の花ですか。楽しみですね」
「そうだな」
天藍から「氷の花に興味はないか」と聞かれたかのんは、間髪入れずに頷いた。そこから今回のツアーを知ったのである。氷の花を見れるだけでなく、他にもいろいろと楽しめると知ったかのんは、彼の誘いを快諾した。
そんな彼女が着ているのは、朝焼け色の下地に胡蝶が舞う美しい着物だ。撮影会に備え、いつもと雰囲気を変えてきたのだが……なんとなく落ち着かなかった。だが、金魚の形をした可愛らしいイヤリングも、目をひく繊細なショートグローブも、天藍とお揃いの白梟の髪飾りも――片翼ずつ、新郎新婦二人で身に着けると幸福が訪れるという一品だ――彼女の魅力を十二分に引き立てている。音符をモチーフにしたネックレスは、心の声がメロディとなるといわれており、なるほど、確かに軽やかな音色が聞こえてきそうだ。
天藍も黒をベースとした着物に身を包み、上着にと桜があしらわれた外套をかけている。手にはセンスと、夏らしくかつ男の色気を感じさせる装いとなっていた。
「……あら」
『フェンリル』に到着し、バスから降りたかのんは見たことのある姿を見つけて小さくつぶやいた。
「こんにちは、結寿音さん」
「わっ! って、あれ」
結寿音――こと『田口 伊津美』は、背後から声をかけられびくりと肩を跳ねさせた。だが、声の主を確認するとほっと息を吐く。
「お久しぶりです」
「ふふ、よかったです、覚えていてくれて」
「そりゃ覚えてますよ! ……雰囲気が違うから、少しびっくりしましたけど」
和やかに笑うかのんに、伊津美は彼女と一緒に調査に行った時のことを思い出した。ほかにも、喫茶店の手伝いをしたり……「こんにちは」だけで済ませるには惜しいくらいの交流がある。
ナハトが勝手に予約しやがったし、700ジェールもかかるとかたっけぇ――伊津美が今日この場に来ることになった元凶、精霊の『ナハト』に文句を言っていたが、かのん達の前でそんな姿を見せるわけにはいかない。外面というものは大切にしなければいけないのだ。
耳当てつきのニット帽にワンピースと、少々地味にも見える恰好をしている伊津美だが、きらりと光るリングやネックレスとも相まって、確かなセンスを感じさせる。ナハトと恋人に間違えられでもしたらたまったものじゃない、と気を使ってきたのだが、油断大敵だ。
(イズ……ユズが前線に戻ってくれるらしいから、その前に色んな所へ行きたかった。だから予約した。愛が強さの秘訣らしいし、愛について何かわかるかもしれないからな)
と、ナハトはナハトなりの考えがあり予約をいれたのだが、伊津美には一切伝わっていないようだ。
そんなナハトはシンプルなシャツに桜のワンポイントがおしゃれなジーンズと、カジュアルな服装だ。だが、元の顔立ちの良さもあり、存在感は十分だった。……背中のネジの影響がない、とは言い切れないが。
「お? ラルクじゃねーか」
おーい、と天藍が手を振ると、気付いたらしい『ラルク・ラエビガータ』が足をとめ、こちらへとやって来た。『アイリス・ケリー』も、彼の後に続く。かのんとアイリスは神人について語り合った仲だし、天藍とラルクは――お互いの健闘を祈りあった、貴重な仲間である。
「アイリスさん、今日は髪をまとめているんですね」
「はい、暑かったので。かのんさんも今日は雰囲気が違いますね。素敵です」
ほほえみを浮かべるアイリスも、花柄とレースが愛らしいカンカン帽と翠玉色が優しい印象をあたるブラウス、アシンメトリーな裾が特徴的なスカートと気合いが感じられる服装だ。服に合うようにと選んだのか、ネックレスや靴にも余念がない。
「天藍も来てたのか」と話しかけるラルクは着物だ。中折れ帽子やグローブとおしゃれなのだが、中はTシャツというアンバランスな面もある。しかし、それもよく似合っていた。
「ああ。……ラルク、もしかして付き合いはじめたのか?」
「ちげーよ。ツアーが気になるって言われてな」
小声で続けたラルクに、天藍は「なるほど」と頷いた。このツアーは恋人の参加を推奨しているが、二人が「恋人です」と口裏をあわせれば参加は可能になっている――というのは裏情報だ。
アイリスはかのんから『結寿音』とナハトについて紹介され、軽く自己紹介をすませるのだった。
「あら」
『瀬谷 瑞希』の何かに気付いたような声を聞き、『フェルン・ミュラー』は「どうしたんだい?」と首を傾げた。
「あ、いえ、依頼で一緒になった方もいらっしゃってるのね、と思って」
皆さんいつもと雰囲気が違うから、一瞬わからなかったのだけど。心の中でそう続けて、瑞希はそっと、おかしなところはないか自分の姿を見直した。
ミュラーは改めてくるりと周囲を見渡した。たしかに、見知ったウィンクルムも参加している。
「あっ!」
挨拶にいきましょうか、と瑞希が言おうとした瞬間。可愛らしい、少女特有の声が聞こえて動きをとめる。
「こんにちは、おねえさん! ねえ、ショコランドで粒星群を見なかった?」
「真衣? どうした?」
「ハルト! ほら、ちょっとまえにショコランドに粒星群を見に……うーん、食べに? いったでしょ? そのとき、お姉さんを見たような気がして」
瑞希に声をかけた少女は『真衣』だ。急に走り出した真衣を追ってきた『ベルンハルト』は、困ったように眉尻を下げながら軽く礼をする。
「私、真衣っていうの」
「俺はベルンハルトだ。……なんというか、急にすまない」
ピンクが愛らしいハットにワンピース、ポンチョというお嬢様風な出立ちの真衣は、にこにこと嬉しそうだ。細やかな刺繍が目をひくグローブにカチューシャは、少女を大人っぽく魅せている。苦笑するベルンハルトが裾に加工が施されたジーンズにブルーのシャツ、デニムジャケットとシンプルな恰好だが、余分なものがないからこそ、彼のそのままの魅力が引き立たされていた。
そんな二人の年齢差が気になるところだが、この様子から察するに、二人は「恋人のふり」をしているのだろうと瑞希とミュラーは察した。何を隠そう、自分たちもそうだからだ。
「私は瀬谷瑞希と言います。こちらは精霊のフェルン・ミュラーさん。きっと、依頼でご一緒することもあるかと思いますので、その時もどうぞよろしくお願いしますね」
「うん、よろしくお願いします!」
「あ」
和やかに挨拶をする彼女たちに気付いたのはアイリスだ。そんな彼女の様子に気付き、他の面々も瑞希たちの存在に気が付く。
「お二人も来ていたんですね」
「ええ。見知った方がいて、ちょっとほっとしました」
アイリスにそう答えた瑞希は、「そうだ」と真衣の紹介をはじめた。真衣は今顔をあわせているメンバーの中では最年少だが、挨拶をするその態度は立派なものだ。そんな彼女を見つめるベルンハルトはどこか嬉しそうである。
「移動が始まるみたいですね」
スタッフの声にいち早く反応したアイリスに、かのんは頷いた。
「では、それぞれ素敵な時間を過ごせますように」
またお話できるタイミングがあれば、と笑顔を浮かべ、それぞれパートナーとともに促されるまま足を進める。
一歩一歩進むにつれ、どきどきと心臓が高鳴る。
向かうは、一つ目の目的地。
氷の花が咲いているという、『氷花室』だ。
●氷の花咲く花園へ
一歩足を踏み入れると、ひんやりと冷たい空気が参加者の体を包んだ。同時に、氷でできた不思議な花が目に入り、かのんは感嘆の息を漏らす。
「触れたら溶けてしまいそうですね……」
透き通った花は硬質で、けれど美しくて。幾重にも重なった花びらを眺めていると、自然と口元が緩んでしまう。
花に夢中な彼女を、天藍は微笑ましく見つめていた。
天藍がこのツアーで氷の花を見ることができると知った時、真っ先に思ったのは「かのんが好きそうだ」である。読み進めてみると他にもいろいろと楽しみがあるようだし、とかのんを誘ったのだが――こうして彼女が喜ぶ姿を見て、改めて「良かった」と思う。
もう少しで妖精のダンスが始まるらしい。
スタッフに席に着くよう促されたかのんは、花を名残惜し気に見ていたが、妖精のダンスにも興味しんしんなようだ。そわそわとどこか落ち着かない様子だった。
「楽しみですね」
かのんの耳打ちに、天藍はそうだなと頷いた。
――それにしても、と天藍は周囲を見回した。
黙って座っていると、どうしても体が冷えてきてしまう。入ってきてすぐは丁度よく感じたのだが……。
(俺はともかく、かのんが体を冷やしてはいけないだろう)
そう考えた天藍は、ブランケットを貸りることにした。
「かのん」
「なんでしょう?」
「冷えるだろ。これを使え」
差し出されたブランケットを見て、かのんはぱちりとまばたきをすると、次の瞬間ふわりと優しく微笑んだ。天藍の心遣いが嬉しかったのだ。
「ありがとうございます」
お礼を言うと、かのんはブランケットを広げた。なかなか大きい。
「……かのん?」
「この方が、二人とも温かいでしょう?」
かのんのために準備してもらったブランケットは、彼女だけでなく天藍の膝上も温める形になっている。彼女の優しさに、自然と微笑みが浮かぶ。
天藍がかのんの腰に腕を回し、寄り添った瞬間――周囲からきらきらと、光の粒があふれでる。それらはまっすぐにリンク上へと向かうと、くるくると楽しそうに踊り始めた。妖精たちだ。
「きれい……」
かのんはうっとりとつぶやくと、天藍の肩口にそっと頭を預けた。
天藍の視線が妖精ではなくかのんへと向かっていたのは、仕方のないことだろう。
* * *
「こういうのを『幻想的』っていうんでしょ?」
嬉しそうに氷の花に顔を近づける真衣を、ベルンハルトは優しい眼差しで見つめていた。
ひんやりと冷たい空気で満ちたこの場所は、壁伝いに氷の花たちが咲き誇っている。普通の花と違い、花びらに柔らかさはない。だが、透き通った花弁は美しく、いつまでも見ていたくなるような魅力があった。
「氷の花だから冷たいのかしら? さわったらとけるかも……気をつけなきゃ」
「申し込みの時から真衣は楽しそうだな」
「ええ! 氷の花にさつえいかいでしょ、それに夜はレストランだなんて、楽しいに決まってるわ」
スタッフに着席を促された二人は、氷花室の中央に設置されたリンクを囲むように並ぶ椅子に腰かけた。
「いよいよ妖精が見れるのね」
そう言う真衣の声は小さいが、楽しみで仕方がないと思っているのがすぐにわかった。
妖精の登場を待っている間、ベルンハルトは入ってきた時よりも肌寒く感じていることに気が付いた。真衣が体を冷やすといけない。ブランケットを貸り真衣へと手渡す。
「ありがとう。ハルトは寒くない?」
「……少し冷えるな」
「いっしょに使う?」
「ああ、ありがとう」
真衣の申し出をありがたく思いながら、ベルンハルトは体を寄せた。この方が真衣も暖まるだろうと思ったからだ。
「……わぁ……っ!」
席についてからほどなくして、花たちの間からきらきらと輝く球体が現れた。淡い水色の光を放つそれらは手のひらサイズくらいだろうか。身に纏う光の粒で線を描きながら、リンクへと集まっていく。
氷上で舞う妖精たちの動きは、どこか統一感に欠けているように見える。だが、それでも美しく、楽しそうに踊っているのが伝わってきた。
ベルンハルトは、妖精たちが纏う光に負けず劣らず瞳を輝かせる真衣を見て、口元を緩めるのだった。
* * *
「氷の花……光を反射して綺麗に輝いてますね。触っても溶けないんでしょうか」
「氷なら溶けるもんだろうが……触るなよ?」
「勿論、触りませんよ。溶けてしまったら花に申し訳ないですから」
花に顔を近づけるアイリスに軽く釘をさしたラルクは、軽く周囲を見回した。氷花室、とつけられているだけあって、透明感のある花々であふれている。ほのかな甘い香りで満ちたこの空間は、やはりというべきか、空気もひんやりと冷えていた。
「ここの涼しさの秘訣はこの花なのかもな」
ラルクはぽそりと呟くと、じっと花を見続けるアイリスに声をかけた。あんなに熱い視線を送っていたら、溶けるんじゃないだろうか。
「見入ってていいのか? アンタの目当てはあっちだろ」
ラルクはアイリスが妖精のダンスを楽しみにしていることを知っている。いい場所を取りたいんじゃないのかと席へ促すと、彼女は特に文句を言うこともなく素直に従った。
リンクの妖精が集まりはじめると、アイリスは光の粒を振りまきながら楽しそうに踊る彼らをじっと眺めていた。食い入るように、という表現がよく似合う。
「群舞って綺麗ですけど困ってしまいますね」
何が困るというんだ。
呟きの意味がわからず、ラルクは視線で問いかける。
「一人に注目してしまうと全体の動きを見逃してしまって、全体を追うと細かな動きを見落としてしまうのが勿体無くて」
「成る程な」
相槌を打ち、自身も妖精のダンスを見ていたラルクだが、ふとアイリスへ視線を向けてぎょっとする。
(集中しすぎて体が冷えてることにも気付いてないみたいだな。ブランケットでも借りてやるかね)
わずかにだが、顔色が悪いような気がする。
この神人は、自分のこととなると扱いが雑になる傾向がある。ラルクは軽くため息をついた。
「ったく」
零された言葉は呆れたようで、けれどたしかな心配もあって。
――ブランケットを貸してもらったラルクが「今目を離すわけにはいきません」とそっけなく返され借りなきゃよかったと思うのは、数秒後のことである。
* * *
(まぁダンスに難ありってプロデューサーに言われちゃったし、妖精のダンスで何かヒントを得られるといいんだけど)
氷花室に入った伊津美は、今日の出費に腹を立てながらも新たな目標を胸にしていた。
「バカは適当にぶらぶらしとけ! 邪魔すんなよ!」
他の参加者は本当に恋人同士なのか、それともフリをしているのかはいまいち判断がつかないが、仲が良いように見える。しかし、だからといってナハトと恋人のフリをする気はなかった。死んでも無理だとすら思う。
氷の花を楽しむのもほどほどに、伊津美はリンクがよく見える位置を陣取ると、すっとビデオカメラを構えた。貴重な資料になるだろうし、たったの一度で済ませるには勿体なさすぎる。
妖精のダンスは、それほど動きが揃っているわけでも、難しい技を決めているわけでもなかった。光を纏い、思うがままに体を動かしている――それでも、見ているだけで楽しさが伝わってくるような、そんな力があった。
(……私が戦いに戻ろうとしてる理由ナハトに言わなきゃな)
そして、ふと。今日の最終的な目標を想い、伊津美は静かにため息をついた。
――契約を他神人に移す方法を探したい、ただこれだけ。
長らく離れていた前線に戻るのも、契約を移す何かしらの方法が見つかると思ったからだ。
ちらりと横を見れば、ちゃっかり隣をキープしているナハトの横顔が見える。相変わらずぼけっとしていて、腹が立つ。
(アンタの夢は、他の神人が叶えるべき)
私じゃない。
共に戦った日々に、『何か』を感じそうになったのは気のせいに違いなかった。
* * *
多くの参加者と同じように、瑞希も氷の花に興味津々だった。
「氷で出来た花は初めてです。熱で溶けないのかしら」
いつも理知的な彼女が子供のように瞳を輝かせているのが珍しくて、ミュラーはついつい彼女を見つめてしまう。
(ミズキは理系っぽい考え方しているから、花とかは生態がどうなのかを気にしたりするのだけれど……今日はツアーの雰囲気か、文学的なのかな。ロマンティックな雰囲気になっているみたい)
素直に美しさを愛でる瑞希に、ミュラーは「とても良い事だ」と嬉しくなった。
続いて始まった妖精たちのダンスも、瑞希はうっとりと見入っている。
「とても幻想的で素敵ですね。夏のさなかに氷モチーフだと儚さというか。切なさと言うか……限られた時間の幸福って感じがしませんか? だからこそより大切にしたいと」
夢見るような彼女の声音は、いつまでも聞いていたいと思うほど魅力的だ。
が、ふとこちらを向いた瑞希がぴたりと動きをとめた。どうしたのだろう、と同じ方に視線を向けると、寄り添うウィンクルムが見えた。少し首を動かすと、他のペアもいい雰囲気なのが伝わってくる。
(精霊さんとの仲睦まじい様子がとても良いですね)
瑞希はそう思うと同時に、あることが気になった。
「他の皆さんはとてもおシャレですね……」
ぽつりと零された言葉は、羨望に満ちていた。挨拶の時も思ったことだ。皆いつも以上に輝いていて、とても魅力的だから。
だが、ミュラーは苦笑する。
「何を言ってるんだ。ミズキもとても素敵だよ」
事実だった。藍色をメインとした、澄んだ青空と水平線を思わせるドレスも。銀時計と流れ星を連想させる飾りが可愛らしいミニハットも。繊細な刺繍が施されたグローブも、胸元を彩るネックレスも――すべてが彼女の美しさを引き立てている。
小声で、けれどストレートな賞賛に、瑞希はぽっと頬を染めた。この人は、自分がどれだけ大胆なことを言っているのかわかっているのだろうか。いや、わかってないのだろう。
だけど、とても嬉しくて。
(私達もあんな風になれるかしら)
先ほど見た、寄り添う彼らのように。なれたらいい、と願いながら、瑞希は光の粒に照らされるミュラーの横顔をうかがうのだった。
●二人の姿を残すべく
フェンリルを後にした一向がやってきたのは、このツアーのメインといってもいい撮影会の会場だ。
先陣をきることになったのは、かのんと天藍の二人である。
「天藍、そんなに見られると恥ずかしいのですが……」
「す、すまない」
準備を済ませたかのんを見て、天藍は思わず息を止めた。
予約を入れる前、二人は和装にしようと話し合った。「せっかくの機会だから」と、普段着ないものを選んだのだ。
鮮やかな色打掛と生花の髪飾りを身に纏う彼女を一言で表すなら、艶やか。華やかな衣装に負けないように施されたメイクも彼女が元から持つ魅力を損なうことなく引き立てている。
色打掛が映えるよう、天藍はスタンダードに黒紋付羽織袴を着用しているが……正直、隣に立っていいものか迷う。
「さ、では早速撮影に入りましょうか!」
スタッフに促され、二人はセット・花園へと足を踏み入れた。他のセットも魅力的だったが、「花に囲まれて撮影なんて素敵じゃないですか?」というかのんの言葉に異論なんてあるはずがなく。
だが、楽しみにしていた割に、かのんの顔は曇っていた。いや、不安そう、というべきか。
「どうした?」
「……メイクがいつもと違うので、落ち着かなくて」
普段、かのんのメイクは「薄く」が基本である。しかし、今回はいつもに比べたら気合いを入れたものになっているため、なんとなく落ち着かなかった。
「そんなことか」と天藍は呟いた。
着物の色合いも、化粧の仕方も。普段とは異なる雰囲気で――濃い紅を気にするかのんは、咲き誇る花々に負けることなく美しくて。
「よく似合っている」
天藍が笑ってそう言うと、かのんは頬を染めた後……ゆっくりと、花がほころぶような笑みを見せた。
「お二人は『こんなポーズで撮りたい!』とか、何か希望はありますか?」
カメラを構えたスタッフにそう聞かれ、二人は顔を見合わせ、苦笑した。
「忘れてましたね」
「ああ」
天藍がポーズを考えることを忘れていたこと、どうしたらよいか尋ねると、スタッフは笑顔で「じゃあ、スタンダードに寄り添ってみましょうか!」と答えた。
スタンダードで寄り添うのか……。
そう思わないでもなかったが、恋人がターゲットならおかしいことでもないのだろう。
恥ずかしそうに身を寄せるかのんから――ふわりと甘い香りが漂う。
「もうちょっと近づいて……そうですね、彼氏さんの胸元にもたれかかるといいますか、あ、そうそうそんな感じです!」
想像以上の接近だ。人前で、と戸惑うかのんだが、彼らに指示を頼んだのは他の誰でもない自分たちだ。とくとくと、いつもより早い心臓の音が聞こえてないようにと祈りながら、そっと身を寄せる。
そんな彼女を見て、天藍は軽く身をかがめ、かのんの耳元に唇を寄せた。
「! 天藍?」
――キスしたくなる。
そっと、けれど確かな熱を持って落とされた言葉に、かのんはばっと顔をあげた。優しい笑みを浮かべる天藍に、かのんの頬はみるみる真っ赤に染まり――
カシャッ。
「いいですね! その調子でいってみましょー!」
……容赦なくシャッターがきられ、撮影会が本格的にスタートする。
写真になった時、顔が赤いままだったらどうしよう。
かのんは密かに悩みながら、しかし同時に幸福感を覚えながら。撮影会は過ぎていくのだった。
* * *
「さつえいは教会風! およめさんは女の子のあこがれよ?」
という真衣の強い要望をうけ、真衣とベルンハルトの撮影は教会風セットで行われることになっていた。
ベルンハルトが選んだ衣装は、黒のタキシードにシルバーのシャツだ。ベストとネクタイは、大柄のチェック。シルバーと黒のそれらは斜めにデザインされており、大人らしさの中にも遊び心が見てとれた。
上品な光沢を放つ衣装に身を包んだベルンハルトは、デニムジャケットにジーンズというラフな格好の時とは違い、ビシッときまっている。
「おまたせ!」
ぱたぱたと小走りにやって来た真衣は、とても嬉しそうだ。
それもそうだろう。純白のドレスはフリルがふんだんにあしらわれており、「子供用」と馬鹿にできない豪華さだ。グローブは肘まで隠すタイプで、繊細な刺繍が施されているのがぱっと見でもわかる。
普段ハーフアップにしている髪はアップに纏められており、白い花が彩りを添えていて――ひいき目を抜きにしても「可愛らしい」と言い切れる。
スタッフは主役の二人が揃ったと、早速撮影に入るよう促した。ポーズに希望はあるかと聞かれると、真衣は嬉しそうにこう答えた。
「お姫さまだっこと、王子様みたいに手にキスしてほしいわ。あとはおまかせで!」
「俺も特に要望は無い。任せよう」
真衣の無邪気な希望に、スタッフは微笑ましそうに「わかりました」と返した。
ステンドグラスの下に立った真衣は、「わあ」と歓声をあげた。ベルンハルトから見ても、このステンドグラスはかなり本格的だ。実際に結婚式をあげられるのではないかと思う。
スタッフの提案で、まずは手の甲にキス、の構図から撮ることになった。
ひざまずき、真衣の小さな手を取るベルンハルト。幼い姫に忠誠を誓う騎士のような、将来を約束するような、幸せの中にどこか儚さを感じさせる二人に、スタッフも自然と口元を緩めていた。
続いて、お姫様だっこだ。軽々と真衣を抱き上げたベルンハルトは、スタッフの指示に従い、立ち位置を調整する。
カシャ。カシャッ……。
シャッターがきられる。はじめは一生懸命カメラに意識を向けていた真衣だが、慣れてきたのか、ベルンハルトを見上げる。
「ハルトすっごくにあってる。かっこいい!」
「真衣もよく似合っている。俺が隣で勿体無いぐらいだ」
「そういう言い方ダメなのよ」
真衣は片手でピシッとベルンハルトを指さすと、「いま私の隣に今いるのはハルトなんだからね」と笑顔で続けた。
真っ直ぐな真衣に、ベルンハルトはたまらず微笑を浮かべた。
「そうだな。気をつけるよ」
その笑みは、撮影のためにと浮かべた笑顔とは違い、淡いものだったが――他のどの写真よりも良い表情だったと、後にスタッフは語るのだった。
* * *
アイリスは着物の裾を気にしながら、和風セットへ向かっていた。
ステンドグラスが気になったものの、珍しく精霊から「着物はどうか」があったのだ。
ラルクさんは和服でいることが多いからでしょうか。そんなことを考えながら指定された場所に着くと、ラルクにしげしげと眺められた。
「本当に着物で予約してたんだな、感心感心」
「ラルクさんが着物と仰ったんじゃないですか」
思わぬ反応――と一瞬思ったが、心当たりがないわけではない。「貴方も袴なんですから当然でしょう」と苦笑いすると、ラルクは笑った。
「んや、俺だけ袴でアンタはドレスってのを、アンタならやりかねないからな」
なんて話をしていると、「撮影に移りましょうか」とスタッフから声がかかった。
「こんなポーズで撮りたい、という希望はありますか?」
そう問われ、二人は顔を見合わせる。
「ありますか?」
「特にないな」
「ですよね。すみません、ではお任せでお願いできますか?」
スタッフはアイリスに笑顔で頷くと、「そうですねー」と悩みながら周囲をくるりと見回した。そして小道具――赤に桜がちりばめられた和傘を手に戻ってくる。
「寄り添って立ってもらっていいですか? そうです、そんな感じで! で、彼女さんはこの傘をさしていただいて……」
指示された通り、二人はポーズを決めてみる。傘をさすアイリスに寄り添うラルク、という図になっている。
(いつもと雰囲気変わるな、やっぱ)
洋装が多い彼女が着物を着ているというのは、なかなか新鮮だった。そんな何気ない思いで彼女を見つめていたのだが――
「彼氏さん、彼女さんに見惚れるのはわかりますけど、視線はこっちにお願いします!」
「なっ!?」
「あら」
ポーズにOKが出たのを聞き逃していたらしい。予期せぬツッコミに、ラルクはぎょっとした。そして。
「……見惚れるのはわかりますけど、撮影はしっかりこなしてください」
という追撃を喰らい、苦虫をかみつぶしたような顔をしてしまうのだった。
* * *
撮影をすることになった伊津美は、着替えたナハトを見てむっと眉を寄せた。ステンドグラスから射しこむ光に照らされる彼は、美形揃いの精霊であるだけあってサマになっている――というのは、スタッフの評価だ。
どんな衣装にするか、どのセットで撮影するか、この馬鹿ロボットが勝手に決めていたらしい。そもそも予約も伊津美の許可なしにしていたので、それは当たり前の流れなのだけれど。
伊津美が着ているのは、ふんわりとしたシルエットが可愛らしいベルラインドレスだ。淡い黄色で、胸元や裾に色鮮やかな小花がちりばめられている。髪はゆるくウェーブがかけられており、清楚さと無邪気さが絶妙にあわさった姿となっている。
メイクの時、伊津美の正体に気付いたスタッフも少なからずいたようだけれど――何も知らないフリをしてくれたのは助かった。こんなのと恋人なんて噂が流れたら目もあてられない。
対して、ナハトはシンプルなタキシード姿だ。背中のネジについては事前に相談していたのか、対応されている。
「妖精のダンス、写真に撮っておいた」
撮影用にとポーズを決める伊津美に、ナハトはぼそりとそう告げた。
「あっそ。ビデオに収めたから必要ないと思うけど」
「……」
アイドルとして活躍している伊津美は、自分の魅せ方を知っている。仕方なくナハトにも指示を出しているのだが……もたもたとどんくさい。何度舌打ちしそうになったことか。
もう少しでツアーが終わろうとしているけれど、ナハトは『愛』がどんなものか、いまいちわからないままだった。だが、なんだかんだでしっかり満喫している伊津美を見て、今後の戦闘に活かせる何かが見つかるかもしれない、と淡い期待を抱いていた。
オーガは倒す。伊津美と、戦闘の場に立って。
じわりと胸を燻る熱に、ナハトは自分のことながら驚いた。ほんの少しではあったが。
かきん。
小さな音を立て、歯車がずれようとしていることにも気づかずに。
* * *
可憐な花たちに囲まれて、瑞希とミュラーは撮影に臨んでいた。
「プロのセンスに勝るものはない」という瑞希の主張に同意したミュラーは、次から次へと飛んでくる指示に応えながらちらりと瑞希をうかがった。
彼女が着ているのは、純白のドレスだ。「ミュラーさんに釣り合う、大人っぽい雰囲気でまとめてほしいです」という要望に応え、形はすっきりとしたAライン。胸元や裾には細やかな刺繍が施され、寂しさを感じさせない作りになっている。グローブは二の腕まで隠すロングタイプのもので、どこか神聖さを感じさせる。
髪もアップでまとめられており、しっとりとした色香が感じられた。
(手持ちの衣装だと色々と寂しいので……普段出来ないような格好がしたいです)
そんな、密かな願いが叶い、瑞希も内心喜んでいた。学生な雰囲気を、今日は忘れてたかったのだ。だが、ミュラーの「王女と王子な感じで撮影したい」という提案には緊張せざるをえなかった。
恋人をターゲットにしているだけあって、指示されるポーズはどれも距離が近いものばかりだ。それに加え、王女と王子な雰囲気だなんて……。
と、ミュラーが「すみません」とスタッフに声をかけた。
「やりたいポーズができたのですが」
「え、ミュラーさん?」
「どうぞどうぞ!」
困惑する瑞希に軽く笑いかけると、ミュラーは「トランスの時、ミズキは祈るように、ちょっと視線を伏せるだろう? その姿がとても好きだから、ぜひ撮ってもらいたい」と素直な気持ちを伝える。
「私、そんなことしてますか?」
そんな自覚なかったのだろう、瑞希は少し慌てている。
そういう所も可愛いよ、と思ったものの、口にしたらきっと、撮影にならなくなってしまう。ミュラーは言葉を飲み込んで、瑞希の手を、己の両手で包んだ。
「君の祈りが力を与えてくれるから」
その言葉に、瑞希は目を丸くした。みるみるうちに頬がほんのり染まっていく。だが、断られることはなく――。
「同じようにできるか、わからないですけど」
と、小さく了承したのだった。
●一日の終わり、これからのはじまり
レストラン・フェアロに入ると、制服をビシッと着こなしたスタッフに案内されて席についた。
「今日は誘ってくれてありがとうございました」
早速運ばれてきた料理に舌鼓をうっていたかのんは、一度手を休めるとそう切り出した。ふんわりと微笑みを浮かべながら、今日のことを思い出す。
「氷の花も妖精のダンスも、撮影も……どれも素敵で。今日はとても楽しかったです」
本当にありがとう。
「……それはこっちのセリフだ」
「え?」
「俺もいい思いができた」
「いい思い……?」
天藍の意味深な言葉に、かのんは小さく首をかしげた。そして――ひとつ、心当たりがある。
頬を赤く染めるかのんに、天藍はふと破顔する。情けない顔になっていなければいいが、なんて思う。
しっかりしている彼女は、大人っぽく見られがちだ。だが、こういう――今目の前でしているような顔は、あどけない少女のように愛らしかった。
「一緒に来れて良かった」
心からそう思う。
天藍のつぶやきを、心からの想いを耳にしたかのんは、熱くなった頬をおさえながら、しっかりと「私もです」と応える。
願わくば、これからも彼と輝くような日々を送っていけますように。
空に浮かぶ星は、そんな彼女の淡い、けれど確かな煌めきを放つ願いを形にしたかのように光輝いていた。
* * *
一日の締めであるレストラン・フェアロの席についたベルンハルトは、撮影会の際、真衣が口にしていた言葉を思い出していた。
「憧れと言ってたが、真衣も花嫁には憧れるのか?」
突然の質問に、真衣はきょとんとした。だが、すぐに「うん!」と頷く。
「およめさんは幸せできらきらしてるもの」
うっとりと微笑む真衣に笑みを返しながら、ベルンハルトは「そうか」と頷いた。しかし「だが」と続いたことで、真衣は「なあに?」と丸い瞳を向ける。
「未婚の女子がウェディングドレスを着ると、結婚が遅れると聞いた事がある」
「おくれたらハルトがもらってくれる?」
「俺とか?」
こてりと小首を傾げる真衣に、ベルンハルトは目を丸くした。彼女の切り替えしに驚いたのだ。だが、悪い気はしない。
「そうだな」と笑みを浮かべる。「大人になった真衣が、その時も同じ気持ちであれば」
真衣の将来は有望だ――と、いつぞやの夢を思い出しかけて、頭を振る。真衣のことは好きだが、「そういう仲」になりたいわけではない。少なくとも、今は。
「約束ね」
ベルンハルトの答えに満足した真衣は、にっこりと笑った。
彼の隣に、きらきらした自分が並ぶ。そんな未来が見えたから。
* * *
「では、早速」
「ああ」
――乾杯。
キン。高い、上質なグラスがたてた音を聞いて、二人は喉を潤した。
「ありがとうございます」
アイリスが口にしたのは、恋人ではないのに付き合ってもらったことに対してのお礼だ。少し離れたところにスタッフがいるため、「ふりをしてくれて」とはいえなかったのだ。
そんな神人に気付いたラルクは、ニヤリと笑みを浮かべてみせた。
「当然だろ、運命共同体だからな」
「運命共同体……いい響きですね。では、今後女装が必要になった際もぜひよろしくお願いします」
「ちょっと待て、なんでそうなるんだ!? 今までだって散々してきただろう!」
さらりと告げられたぞっとする提案に、ラルクは身を乗り出した。
「ラルクさん、行儀が悪いですよ」
「お前なぁ……っ」
だが、言ってることはもっともだ。ラルクは悔しそうに顔をしかめながらも姿勢を正す。助けを求めるように、以前己らの不憫さを話し合った天藍に目を向けるも――あちらはなんだか神人といい雰囲気だ。
俺のこのやり場のない気持ちはどうしたら……!
八つ当たりのように料理を口に運ぶラルクに、アイリスは小さく笑みを浮かべた。
彼と来れて良かった。この先、何が起こるかはまだ――わからないけれど。
* * *
「レストランの食事、味わって食えよ!」
「わかった」
「……本当にわかってるのかよ……」
気の抜けたナハトの返事に、伊津美はがくりと肩を落とした。
これから大事な話をするってのに、この馬鹿ロボットは……!
荒ぶる内心を、届けられた食事を口にすることでなんとかおさめると、伊津美はふうと息をついた。
話し合うのは、未来についてだ。
(ナハトとの戦いは悪くはなかったけど、ね)
けれど、この世界は――。
「おい、馬鹿ロボット」
(飯うまい、持って帰りたい。うまい)
そんなことを考えていたら、少し反応が遅れてしまった。
「なに、い……ユズ」
話しかけられ、ナハトは顔をあげた。
(ユズは楽しんでくれてるか、いつも怖い顔してるから不安だ)
感想がもらえたら嬉しいのだけれど、と淡い希望を持っていたのだが――次の瞬間、打ち砕かれることになる。
「ナハトの契約を、他の人に移したいと思ってる」
真剣な顔で告げられた言葉に、ナハトは目を丸くした。
「『愛』を知りたいってあんたの夢、私は叶えられない」
オーガを倒すことに並々ならぬ執着心を抱くナハトは、奴らに対抗すべき力……『愛』を求めている。記憶喪失であることも相まって、ナハトは『愛』がどういったものなのか、想像すらついていなかった。
(だから、予約した。なのに……)
一体、俺はどうすればいいんだろう。俺はどうしたいんだろう。
自問するナハトに、伊津美は眉を寄せた。さっさと見限ってくれればいい。私はただ金が飛び交う世界で歌ってればいいんだ。この世界は……私には、優しすぎる。
伊津美はその時、眉を寄せていることに気付かなかった。そして、ナハトも。
二人の行く先が交わるのか。それは誰にもわからなかった。
* * *
運ばれてきたデザートに、瑞希は「わあ」と感嘆の声をあげた。
皿を彩るのは丸く整えられたバニラアイスと、生クリームといちごをふんだんに使ったケーキだ。それぞれに味の変化をつけるためだろう、赤とオレンジのソースもひかれている。いちごとオレンジだろうか。皿の白とデザート、そしてソース。色の対比が実に見事だ。
「とっても美味しそう。お腹いっぱいで食べられないかも、なんて思ってましたけど、全然食べれちゃいますね」
頬に手を添えながらほほ笑む瑞希につられるように、ミュラーも表情を緩めた。
「今日は色々と緊張したね」
「はい。でも楽しかったです。氷の花に、撮影。それにこんなにおいしい料理も食べることができて」
瑞希はふと目線を下げると、小さくつぶやいた。
「ミュラーさん、今日は本当にありがとうございました」
「ん?」
「恋人でもないのに、付き合っていただいて」
「ああ。そんなこと気にしなくていいよ。いいものも見れたし」
「いいもの?」
「うん。撮影会の時とか」
思い出したのか、瑞希の頬がかっと赤らむ。その様子を愛らしく思っていると、あることに気が付いた。
「ミズキ」
名前を呼ばれ顔を上げた瑞希の頬に、ミュラーの手が伸びる。
「……ふふ。頬にクリームがついてたよ」
優しく頬を拭ったミュラーの手には、言葉の通りクリームがついていて。
「ご、ごめんなさい! 今拭くものを」
「必要ないよ」
そう言うと、ミュラーはぱくりとクリームを口に含んだ。瑞希の顔が熟れたリンゴのように真っ赤に染まる。そんな彼女を見て、ミュラーはある感情がふつふつと湧き上がってくるのを自覚していた。
――君の笑顔を、君のいろんな表情を一番近くで見ていたい。
そんな言葉が喉まで出かかったが、クリームと一緒になんとか飲み込んだ。
「は、う……」
これだけで顔を真っ赤に染め上げている彼女だ、こんなことをいったら倒れてしまうかもしれない。
ミュラーはふわりと微笑むと、「また、何か楽しいところに行こう」と提案した。瑞希は数秒の沈黙の後、こくりと頷く。まだ恥ずかしいのだろう。
これからもっと、彼女との思い出を増やしていければいい。
ミュラーはそのしなやかな指で己の喉をなぞった。まだ、甘さが残っているような気がした。
●また明日
帰宅した神人は、そして精霊は一日のことを振り返った。
それぞれが、それぞれ「らしい」時間を過ごしていた今日のことを。
仲を深めた人がいれば、亀裂が生じた人もいる。けれど、きっと無駄ではなかった。そう思いながら目を閉じる。
美しい、深い紺色の空に浮かぶ月は、皆に平等に光を注いでいた。
依頼結果:大成功
MVP:
エピソード情報 |
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マスター | 櫻 茅子 |
エピソードの種類 | ハピネスエピソード |
男性用or女性用 | 女性のみ |
エピソードジャンル | ロマンス |
エピソードタイプ | EX |
エピソードモード | ノーマル |
シンパシー | 使用不可 |
難易度 | 普通 |
参加費 | 1,500ハートコイン |
参加人数 | 5 / 3 ~ 5 |
報酬 | なし |
リリース日 | 07月28日 |
出発日 | 08月04日 00:00 |
予定納品日 | 08月14日 |
参加者
会議室
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2015/08/03-22:56
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2015/08/03-22:38
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2015/08/03-22:36
えっと、お久しぶりの人はお久しぶり、ってか大体初めまして。
結寿音だよー
(変装し、偽名を名乗っています)
皆がラブラブしてる中、キズキズする予定だぜ。
どこかであったらよろしくね -
2015/08/03-06:38
おはようございます、瀬谷瑞希です。
パートナーはファータのミュラーさんです。
皆さま、よろしくお願いいたします。
氷の花がとても素敵。
文字数がいろいろと厳しそうです。
撮影会はとても悩むところ。
『教会風』か『花園』のどちらかで考えています。
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2015/08/02-16:39
こんにちは、皆さんおひさしぶりです
かのんとパートナーの天藍です
天藍から氷の花が見られると聞いて来たのですけど、それだけではないようなので楽しみにしている所です、よろしくお願いしますね
皆さんとのやり取りができれば良いのですが、背後から個とは書かないけれども、文字数がー……という呻き声が微かに聞こえる気がするので、お任せする事になりそうです -
2015/08/02-13:59
真衣です!
皆さん、よろしくね。
撮影はちょっと悩んでるの。
どれにしようかしら。 -
2015/08/01-23:12
アイリス・ケリーと申します。
真衣さん、ベルンハルトさんは初めまして。かのんさん、天藍さんはお久しぶりです。
妖精のダンスが気になって、強引に、じゃなかった、無理矢理、あ、これも違う…そう、お願いしてラルクさんについてきてもらいました。
皆さんと軽くやり取りも出来ればなと思っておりますが、個別を望まれるのでした私たちのことは気になさらず。
それでは、よろしくお願いいたします。