あなたなんか大嫌い!(瀬田一稀 マスター) 【難易度:簡単】

プロローグ

 私はわら(でできた)人形です。
 ええ、ご想像の通りのものですよ。
 ただね、私痛いのは嫌いでして。
 釘を打たれる代わりに、皆さんの恨みをひたすら聞いて差し上げています。
 それはわら(でできた)人形ではない?
 ほっといてください。かっこ書き、ちゃんとしているでしょう?

 さて私の生まれは山間の小さな村でございます。
 さびれた村の女たちが、なにか観光客を寄せるものはないかとわらで人形を作ったのが始まりです。
 ……突っ込みは不要です。わらしかなかったんですよ、自由になるものが。
 おかげで今や私は有名人。
 毎日私の仲間たちが、多くの人を癒しております。

 さて先日、そんな私たちのもとに、ウィンクルムが訪れました。
 どうやら女性の方がとても立腹している様子。男性の方は森の中に女性を置いて、どこかへ行ってしまいました。
 危険ですねえ。こんなところに若い方を放置して。
 とりあえず私にできることは、彼女の恨みを聞くことでございます。
 それはもう、延々と語られました。
 そして彼女がやっと気が晴れて、ふと顔を上げたとき。
 目の前に、敵がいたのでございます。

 デミ・ワイルドドックというやつらしいですね。
 それは唸り声を上げて、彼女の元へ近づいてきました。
 しかし彼女が頼るべき男性はおらず、また気の強い方なのでしょう。助けを求めるのも悔しいようで、そっと武器を取り出されました。
 私が喋ることができたら、彼女の代わりに彼を呼んで差し上げたのに。
 ああ、彼、彼はどこに――。
 彼女を助けてくださるのでしょうか。そして二人は、仲直りができるのでしょうか。

解説

【目的】
目的は精霊と仲直りすること。
デミ・ワイルドドックは二人の関係の発展のためのスパイスです。
倒さなくても問題はありません。
(その場合は後日別のウィンクルムに倒されるという話でまとめます)

【場所】
村から少し離れた広場的なところ。戦いに不便がある場所ではなく、周囲に人はいません。

【注意】
あなたはひとりきりでそこにいます。精霊はいません。
精霊を呼んで討伐メインの話にしても、敵は瞬殺して仲直りの話をメインにしても構いません。
なんでしたら、精霊への愚痴をメインにしてもいいですが、一応目的は仲直りですのがお忘れなきよう。
こちらの話はウィンクルムごとの描写になります。


ゲームマスターより

こんにちは、あるいはこんばんは。瀬田一稀です。
けんかのあとの戦いで、あの人は助けに来てくれるでしょうか。
デミ・ワイルドドックはスパイス的な何かです。
ウィンクルムの愛の犠牲になるのです。
戦う場合は感謝を込めて討伐しましょう(嘘です)

あ、リザルトはわら(でできた)人形一人称ではなく普通に書きますので、ご安心くださいね。

リザルトノベル

◆アクション・プラン

エリー・アッシェン(ラダ・ブッチャー)

  心情
私と一緒にオーガを血祭りに上げるのが、そんなに嫌なのですか!

行動
ラダさんは元々戦いを好まない人ですが、最近は特にオーガ退治に消極的で口論に。

敵は自力で倒したいです。鎌の間合いを意識し、攻撃のタイミングをうかがいます。

本当に戦うのが嫌なら無理強いはしません。オーガは無理ですが、デミ・オーガならトランスなしでも理論上倒せますし。
好意を寄せられたら必ず同じだけの好意を返さなくてはいけない、なんてルールはないはずですよ。ラダさんが罪悪感を持つことはありません。私が一方的に慕っているだけですから。
え、私の一番じゃないと不満?
うふふ、それは少しは脈ありだと思っても良いってことでしょうか?
仲直りですね。


クラリス(ソルティ)
  度を超えて心配性な精霊に子供扱いするなと不満を訴えた事を機に口論に

少し頭を冷やしてくると離れた相手に更に不満は増して
普段は怒らない癖に変なところ頑固なのよね!(人形に愚痴り)

◾︎オーガ出現
空気の読めないワンちゃんね!
…貴方もあたし一人じゃ何も出来ないと思ってるのかしら
さぁかかってきなさい!と威勢良く武器をバットの様に振り交戦

◾︎精霊参戦
安心するも意地になり邪魔するなと反抗。再び口論に
この地味男っ鈍感!腹黒っ!!(敵を殴打)

もー…悪かったわよ。ソルは何でもお見通しなんだもの。悔しかったのよ
これじゃあ子供扱いされて当然ね

謝る精霊の額を軽く叩き
はい1発!ソルもあたしを叩きなさい
それでおあいこよ!



アイリス・ケリー(ラルク・ラエビガータ)
  あれはデミ・ワイルドドッグ
…一匹だけのようですし、あれ位ならばハイトランスしていない私でもどうにか出来るでしょう
大鎌で応戦
避けれる攻撃でも避けない
代わりに、飛び掛ってきたところを斬りつけに行く
狙いを定めにくい武器を闇雲に振るうよりも、チャンスをうかがった方がいいでしょうから

戦闘が終わったら軽く身だしなみを整えます
怪我はどうしようもありませんが、これくらいはしておかないと

情けない話ですが…聞いていただけますか? と人形に語りかけ
夢を、見たんです
姉様が死ぬ時の夢を
何度見ても、夢の中ですら姉を助けられない自分が不甲斐なくて、情けなくて、嫌になります
でも…貴方にしたことは、八つ当たりでした
ごめんなさい


アメリア・ジョーンズ(ユークレース)
  女の子を口説くのは癖と言ったユークのへらへら顔が、未だに離れない。
なにが癖よ。
じゃああたしに色々言ってたのも悪い癖だって言うの?
あたしはそこらの女と同等ってこと?
ふざけんな!
あたしは一応アイツの…相棒なのに……。


「本当、最悪でしょ?って…人形にこんな愚痴ったって、なにも解決しないよね…。」

気が付くと、目からは大量の涙がこぼれ落ちていた。
アイツの為なんかに泣きたくないのに…。
そのせいで、あたしは背後に居る敵に気が付かなかった。
だけど、襲いかかる敵の攻撃をユークが体を張って受けてくれて、スキルで追い払ってくれた。

まだ、完璧になんて許せないけど…。
あたしは、泣きながらユークの肩を借りて泣き続けた。



星川 祥(ヴァルギア=ニカルド)
  機械に夢中になると話を聞かないヴァル
そのことで口論になる

私のことは置いてって!どうでもいいんでしょ!

と確かに言ったけど、まさか本当に行っちゃうなんて思わなかったなぁ・・・
でもあんなに怒らなくってもいいんじゃないの

涙を拭うのに眼鏡を外しているため敵に気がつかない
唸り声に気が付き弓を構えようとするが慌てているため上手くいかない
飛びかかられる!もうだめだ!
そう思って目を瞑ったときヴァルくんの声が・・・!

一撃で倒してしまったヴァルくんに見とれて惚けていると
いつも通りの「ばあか」の声
何だか安心してしまってまた涙が出てくる

少しの沈黙のあと、ヴァルくんが謝ってくれた
笑顔で「うん!私もゴメンね」って言ったよ



「私のことは置いてって! どうでもいいんでしょ!」
 星川 祥は叫んだ。一言で喉が痛くて、頭の奥がきんと鳴った。
「ああ、わかったよ! オレなんて邪魔なんだろ!」
 そう言って去っていったヴァルギア=ニカルドは、一度も振り返らない。
 いつもいつも機械に夢中で、私の言うことなんてちっとも聞いてくれないんだから。私より機械の方が大事なんだよね。そんなこと言ったら絶対「そうに決まってる」とか言われそうで、とても言えないけれど。
 森の中の拓けた場所に、今祥は独りきり。差し込む陽光が明るくて、それが切なさを助長させた。
「だって、まさか本当に行っちゃうなんて思わなかった……。あんなに怒らなくてもいいじゃないの」
 怒りのためか、それとも悲しみのためか。祥の瞳には涙が浮かんできた。頬に流れ落ちる前にと、眼鏡を外し指先で拭う。そのとき、背後で動物の唸り声が聞こえた。


 一方のヴァルギアである。
「頭に血が上った勢いで祥を置き去りにしちまったけど、落ち着いて考えると危ねえよな……」
 歩くうちに、冷静になってきている。機械に夢中になるのはいつものこととはいえ、確かに今回はひどかった……かもしれない。そう思った瞬間、ヴァルキアは踵を返していた。謝る言葉を考えつつ、足早に道を急ぐ。と、祥がいるだろう広場に戻る直前――。
「……デミ・ワイルドドック……!」
 ぼさぼさの毛並みの犬を見つけ、呟いた。その体を超えて遠方を見やれば、祥はこちらに背中を向けている。
「祥のやつ、何やってんだ!」
 あの距離で、敵がいることに気付きもしないなんて。


 耳に届いた唸り声に、祥ははっと肩を揺らした。
「な、何……?」
 振り返り、視界に入ったのはこちらに向かってくるデミ・ワイルドドックだ。
「あ、弓を……」
 慌てて武器に手をかけ、もう片方の手で矢を持った。なんとか狙いを定めようとするが、近づいてくる敵に、指先が震えてしまう。初めての戦いではない。でもここに自分だけだと思うと……怖くて。
 ――いつもはヴァルくんがいてくれるから。
 たん、と犬が飛びあがる。武器は、間に合わない。
 尖った爪と黄色く濁った牙に、祥は身を守るように背中を丸めた。弓ごと自分の体を抱きしめる。
 もうだめだ! 私は、もう……。目をつぶったのは恐怖から逃れる本能。
 しかし、ちょうどそのとき。
「危ねえ!!」
 声と同時に、ガウン、と銃撃。敵は祥の前で地面に落ちた。そのこめかみをちょうど抜けたのは、ヴァルギアの銃弾だ。
「ヴァルくん……」
 走ってくる精霊を、祥は呆けたように見上げる。走り寄ったヴァルギアは祥を見下ろした。さんざん謝る言葉を考えていた。しかし開いた口から発せられたのは。
「ばあか」
 でも、そんないつも通りの言葉が嬉しくて、祥の瞳からは再び涙がこぼれる。
「ちょ、なんで泣くんだよ。来てやっただろ!」
 なんとも天邪鬼なヴァルギアの口は、謝罪を紡いではくれようとはしない。ヴァルギアは自分の髪をくしゃりとつかんだ。どうしたら泣き止んでくれるんだ。オレは祥を泣かせに戻ってきたわけじゃ……。そこまで考え、唇を噛みしめて黙り込む。
 ちがう、そうじゃなくて。
「……悪かった、な」
 言ってしまえば簡単だった。
「もう一人にしねえし、ちゃんと話聞くから。約束する」
 ヴァルギアが言うと、泣き濡れた祥が顔を上げた。
「……うん、私もゴメンね」
 熱いまぶた。なんとか口角を持ち上げて、祥は微笑む。
「……おう」
 ヴァルギアは彼女から目を逸らした。その眩しさに、見つめていることができなかったから。

 ※

 女の子を口説くのは癖だと言ったときのへらへら顔が、頭から離れない。
「なにが癖よ。じゃああたしに色々言ってたのも、悪い癖だって言うの? あたしはそこらの女と同等ってこと?」
 アメリア・ジョーンズは手に持っていたわら人形をぎゅっと握り締めた。
「ふざけんな! あたしは一応アイツの……相棒なのに……」
 丁寧に編まれているはずの人形から、わらが飛び出している。自分が強く持ちすぎたからだろう。その飛び出た一本が痛くて、アメリアはそれを優しく握り直した。よく見てみれば、なかなか愛嬌のある顔をしている。
「本当、最悪でしょ?」
 思わず語りかけるが、人形が答えるはずもない。それに人形に何かを言ってほしいわけでもないのだ。今ほしいのは、ユークレースの言葉だけ。認めたくないけれど、彼が自分を置いていってしまったことが悔しくて、悲しくて。
 気付くと、アメリアの瞳からは熱い涙がこぼれ落ちていた。それは頬をたどって地面に落ちる。アイツのためなんかに泣きたくないと思ったところで、これを止められるのはたぶんアイツだけだということもわかっているのだ。


「エイミーさんを怒らせてしまいました……」
 ユークレースは一人、森の中を歩いていた。きっと彼女は今、あのわら人形に思いっきり愚痴を言っていることだろう。強気の彼女だから、そう簡単に許してくれるとも思えない。……でも。
「これでよかったのでしょう。僕がエイミーさんのことを好きになり始めてるなんて言ったら、きっと彼女を困らせてしまう。距離を置くべきなんですよ」
 そう言いながらも、ユークレースは足を止めた。確かに心の距離は置くべきだ。だがいくら「あっち行って!」と言われたからと言って、この森の中に彼女を一人置いていくというのはどうだろう。日は高い。だが、危険がないとは言いきれない。
「やっぱり、放ってはおけません」
 踵を返す。もしこの間に彼女になにかあったら、自分は自分を許せない。
 急ぎ足は小走りになり、いつしか全力疾走になっていた。来た道を戻って、アメリアがいる場所にたどり着く。と、うつむく彼女の背後に近付く動物が一匹。こちらを向いている額に角が見え、それがデミ・オーガであることを知った。
「エイミーさん!」
 彼女は動かない。聞こえなかったのだろうか。いや、まさか。
 足を止めることはせずに、彼女に駆け寄った。近づくうちに、アメリアが泣いていることに気付く。だから顔を上げなかったのか。僕に泣き顔を見せたくなくて?
 ――まったくどこまでも強気な人ですね。思うが言葉をかける余裕はない。後ろには、足を忍ばせるデミ・ワイルドドックがいる。
 こんな状態の彼女とはトランスはできない。できたとしたも、間に合わない。
「エイミーさん、しゃがんで!」
 ユークレースは、彼女と敵の間に体を滑り込ませた。彼女の背を抱きしめるように、上から覆いかぶさる。敵に背を向ける形になってしまったのは、デミ・ワイルドドックが今にも彼女の頭に飛び掛かろうとしていたから。腕に彼女を抱いた直後、肩口に鋭い痛み。思わず呻き声が漏れた。
「ユーク!?」
 胸の下でアメリアの声が聞こえる。
「動かないでくださいね」
 彼女が泣き顔を見られたくないのだとしたら、ユークレースも敵に食いつかれているところなど見られたくなかった。たん、と地面に着地した敵に、片手で取り出したマジックブックを投げつける。大した勢いにはならなかったが、それは見事敵の頭に当たり、能力を発動させたようだ。ぐわん、と揺れる敵の頭。四本の足がよたよたと絡まり、犬は地に臥せった。近寄るユークレースに前足を伸ばしてくるが、目眩でぐらつく視界ではどうにもならないようだ。その間、魔法の本は敵の頭にがじがじと噛みついている。そのうちに敵はよたよたとたたらを踏んで、この場を去っていった。諦めたのだ。
 ユークレースはほっと安堵の息をついた。痛む左肩を右手で押さえ、アメリアの正面へ。
「エイミーさん大丈夫ですか? 怪我は?」
「……怪我してるのは、アンタの方でしょ……ばぁかぁ……」
 アメリアは顔を歪めた。相手が怪我をしているのは承知。でもその胸に飛び込んでしまった。見た目よりも厚い胸を、力を込めない拳で叩く。完璧になんて許せない。でも、傷を負っても守ってくれたのは事実。
「……すみません」
 ユークレースは右手を持ち上げ、アメリアの髪をそっと撫ぜた。

 ※

 クラリスとソルティは、今山道を歩いている。慣れない道がクラリスの体力を消耗させていることに、ソルティは気付いていた。だから尋ねたのだ。大丈夫? と。別に、おんぶしてあげようかとか言ったわけではない。それなのに、クラリスが怒った。
「大丈夫よ。子ども扱いしないで!」
「俺はただ心配で……子ども扱いなんかしてないだろ」
「してるじゃない。いつもいつも……私のこと、どうせ手のかかる妹だと思っているんでしょ」
 お互いに譲らずに言いあいになり、その場を離れることを選んだのはソルティだった。最近の彼女はよくわからない。でもわからないならなおさらいつまでも言いあっていても仕方がないし、冷静にならなくてはと思った。
「少し頭を冷やしてくる」
 立ち去るソルティを見送って、クラリスは持っていたわら人形に目を向けた。
「普段は怒らないくせに、変なところ頑固なのよね!」
 愚痴を聞いてくれるという人形に、文句を一言。言葉を続けられなかったのは、視界に犬――いや、デミ・ワイルドドックが入ってきたからだ。
「空気の読めないワンちゃんね! ……貴方もあたし一人じゃ何も出来ないと思ってるのかしら?」
 クラリスはそっと愛の女神のワンド『ジェンマ』を手に握る。貴方も、のところで思いだしたソルティの顔は、すぐに胸の奥に引っ込めた。どうせ彼はここにいない。別に助けなんて、求めもしないけれど。あたしだってやれるんだから。
「さぁ、かかってきなさい!」
 武器をバットのように両手で持って、デミ・ワイルドドックに対峙する。
 敵はぐるぐると喉を鳴らして、ゆっくりとクラリスに近づいてきた。開いた口からは涎が滴っている。
 ぬるりと汗のにじんた手、そして煩いほどに跳ねる鼓動。大丈夫と言い聞かせながら、クラリスは腰を落とす。と、尖った爪を持つ足が前に進むのと銃声が、同時。
「クラリス!」
 銃弾は敵の足元の土をえぐった。デミ・ワイルドドックがひるむ。クラリスは前を向いたまま「邪魔しないで!」と叫ぶ。
「邪魔って……」
 ソルティは銃を握ったまま。クラリスは足を止めた敵の前まで進むと、ワンドで思い切り、デミ・オーガを殴りつける。
「この地味男っ、鈍感! 腹黒っ!!」
 それが自分に向けられたものだということは、ソルティも当然わかっている。
「そもそも俺の心配癖はクラリスのせいだろ。いつも後先考えずに行動するし、簡単に信用するし見てて危なっかしいんだよね」
 静かな口調で淡々と、ソルティが言う。クラリスから逃げようとする敵に向けて銃を撃つさまは、まさに八つ当たりだ。
 しかしその八つ当たりのせいで、敵は地面に倒れた。どさりと転がる音を耳にして、冷静になったのはどちらが先だったかわからない。ただ、口を開いたのはクラリスが先だった。
「もー……悪かったわよ。ソルは何でもお見通しなんだもの。悔しかったのよ。これじゃあ子ども扱いされて当然ね」
「俺こそ、ごめん。大人げなかったよ。クラリスのことも分からないことばかりで……だから心配なんだ。大切だから、心配なの」
「……じゃあ、これでどう?」
 クラリスは、頭を下げたソルティの額を軽く叩いた。
「はい、一発! ソルもあたしを叩きなさい。それでおあいこよ!」
 ソルティは言われるまま、クラリスの頭をポンと撫ぜる。
「クラリスのそういうところ、好きだよ」
 互いに見つめ合う。若草色の瞳にはソルティの、空色の瞳にはクラリスの微笑が映っていた。

 ※

「私と一緒にオーガを血祭りに上げるのが、そんなに嫌なのですか!」
「そういうわけじゃないけど……」
「でもラダさん、最近はオーガ退治に消極的じゃないですか!」
 エリー・アッシェンは大きな声を上げた。
 ラダ・ブッチャーは黙り込み、エリーをじっと見ている。もともとラダは戦いを好まない。なおかつ、優しい彼はこの諍いを気にするだろうと言うことはエリーにはわかっていた。でも止まらない。
「もし……ラダさんが本当に私と戦うのが嫌なら、無理強いはしません。オーガは無理ですが、デミ・オーガならトランスなしでも理論上倒せますし」
「……でも、エリー」
 ラダがうつむいていた顔を上げた。悲しみと困惑。その両方が満ちた瞳を、エリーが見つめることはなかった。彼女はラダに、背を向けたのだから。
 エリーは、ボクとこれ以上話す気はないんだ……。
 ラダは踵を返した。日の当たらない森の湿った土を踏み、木々の下を歩く。本当は、オーガ退治が嫌になったのではない。問題はもっと別のところにある。
 ――だってボクは、エリーの恋愛感情に気付いたから……それなのに、エリーと戦友として付き合っていくなんて。
 同じ想いを返せない罪悪感。しかももっと問題なのは、ラダ自身が、エリーにとっての一番でありたいうという身勝手な気持ちだった。
 エリーが大切だ。でも、恋……は、していない、と思う。
 ラダは深くため息をついた。かつん、と靴の先が土から飛び出た石に当たり、躓きそうになる。
「……だめだ、ぼんやりして。エリーが気になる。やっぱり、戻ろう」
 振り返る。エリーはあの場所で一人、何をしているのだろう。わら人形に、ボクの愚痴でも言っているかな。


 長い髪を揺らして、エリーは突然現れたデミ・ワイルドドックに向き合っていた。手に持った鎌の柄を、ぎゅっと握り締める。敵は今、じっとこちらを見ているだけ。近づいていってこの刃を振り落とすか、それとも飛び掛かってくるのを待つか、どちらが得策だろう。
 ざく。敵の足が動く。
 エリーは鎌を振り上げた。体の前面ががら空きになるが、これくらいの力を込めなければ、敵を倒すことなどできないだろうと思ったのだ。
 前進するデミ・オーガ。た、たた。駆けてくる。
「……ラダさんがいなくたって、私は!」


 ラダが駆け付けたとき、エリーは血に濡れた斧を手に、動かなくなった敵を呆然と見つめていた。
「エリー……大丈夫、だった?」
 白い顔がゆっくりと上がり、エリーがラダを見る。
「……このくらい平気です」
 そう言うエリーは、しかし、ラダには全然平気そうには見えなかった。
 だってエリー……ボクと目を合わせてくれない。
 このままじゃだめだと思ったのは、彼女の黒い瞳を見たいと思ったから。ラダはまっすぐに顔を上げ、口を開いた。
「正直に話すよぉ。醜い心情を明かせば友達ですらいられなくなるかもしれないって不安もあるけど……。オーガ退治が嫌だって誤解を正さないと、エリー、一人で無謀な戦いをするんじゃないかって……」
 心配で。その一言を言ってもいいものか迷いながら、胸の内を明かす。曰く、感じていた罪悪感について、だ。
 それを聞き、エリーはうっすらと唇に笑みを浮かべた。
「好意を寄せられたら必ず同じだけの好意を返さなくてはいけない、なんてルールはないはずですよ。ラダさんが罪悪感を持つことはありません。……私が、一方的に慕っているだけですから」
「でもボク、エリーの一番じゃないと……不満で」
「え?」
 エリーの黒い瞳が、ラダを見つめる。それはすぐに笑みの形に代わり、唇がゆっくりと動いた。
「うふふ、それは少しは脈ありだと思っても良いってことでしょうか?」
「……それは、わからないけど」
「でも、仲直りですね」
 嬉しそうなエリーを前に、ラダは大きな手でそっと自身の胸を押さえた。
 そう自分の気持ちは正直わからない。でも……。
 ――心臓は、少しドキドキしているんだ。

 ※

 森の奥からやって来た敵に、アイリス・ケリーは目を細めた。ごわごわの毛、そして額に伸びた、一本の角は。
「……デミ・ワイルドドック」
 呟いたのは存在を確認するためだ。その証拠に、美しい顔には恐怖も不安も浮かんでいない。
「一匹だけのようですし、あれならばハイトランスしていない私でも、どうにか出来るでしょう」
 淡々と、アイリスは武器を取り出す。それを構え、死者の怨念がこもった鎌を手に、敵がやって来るのを待った。喉を鳴らして駆け寄るデミ・オーガが、泥にまみれたままの爪で彼女を狙う。しかしちょこまかと動く敵からの攻撃を、彼女は避けようとしない。低い位置に鎌を振り下ろせば、地面をえぐることになる。それに無駄に武器を闇雲に振り回して狙うよりも、向こうから近づいてきてくれた方が好都合だからだ。
 まるで自分が囮のよう。避けない攻撃に肌が傷ついても、アイリスは動かない。
 いっそ敵が眼前に飛び掛かってくれればと、鎌の柄を握り独り思う。
 ……独り。いつもなら隣にいる相棒は、この場所に自分を置いていってしまった。


 森の中である。
「……鳴き声?」
 ラルク・ラエビガータは顔を上げた。
「……方向的にあの女のいる方じゃねえか」
 視線を向けて呟くも、焦りはしない。呼ばないということは、アイリスが自分でどうにかするということだからだ。
 それでも歩む方向は変えた。進んできた道を戻る途中、思いだすのは彼女のことである。
「……ピリピリしてる上に、顔も強張ってやがったな。取り繕う余裕もなかったようだが……」
 よっぽど嫌な思いをしたらしいと、彼女の感情を慮る。白くて細い体の奥の奥。胸にわだかまっていたのは。
「怒りと悲しみかね。後者は表情からは見えなかったが」
 たどり着いた広場の前で、ラルクは木の陰に身を隠した。アイリスの前には、デミ・ワイルドドックが喉を鳴らしている。


 アイリスは飛び掛かって来る敵を、大きな刃で切りつけた。一撃では倒せない。何度となく攻撃を受け、また攻撃をした。敵が地に伏し、乱れた髪を整える。ふと上げた視線は広場の中央ではなく木々の間へ。風が吹き、緑の枝葉がざっと揺れた。
 低い位置で狙われた足の切り傷が痛む。しかし動くことに問題はない。アイリスは荷物の中から、ここに来る前に村で購入したわら人形を取り出した。愛嬌のある顔はいかにも優しげで、手製の歪さがあった。
 少し先には犬の死骸。血の香りが漂う広場を恐ろしいとは思わない。……ただ、思いだす。
「情けない話ですが……聞いていただけますか?」
 乾いたわらの寄せ集め。命のない人形に、アイリスは語りかける。
「夢を、見たんです。姉様が死ぬ時の夢を」
 もちろん人形は答えない。握る手に力が入り、乾いたわらが、かさりと鳴った。
「何度見ても、夢の中ですら姉を助けられない自分が不甲斐なくて、情けなくて、嫌になります」
 そこで言葉を切り、アイリスはまっすぐに、木の陰を見つめた。日の当たる広場とは違い、うす暗い森の入口。その木の、後ろ。
「でも……貴方にしたことは、八つ当たりでした。ごめんなさい」


 一歩、ラルクが動いた。陰の中から陽光の中へ。俺がここに入るのも気付いていたかと、苦笑に顔が歪む。
 アイリスが感情をむき出しにするのは、姉絡みのことばかり。今回もそのあたりだろうとは思っていたが――。
 こちらを見るアイリスの瞳が、わずかに伏せられる。ラルクはそんな彼女の前まで行くと、すっと手を差し出した。
「ほら、戻るぞ。手当もしないとな」
 アイリスは一瞬ためらいはしたものの、手袋をしている右手で、ラルクの手を握った。たった今受けたばかりの傷よりも、繋いだ手の甲の古傷の方がよほど痛む気がする。だがこれを治す術は、まだ誰も持ち合わせていないのだ。



依頼結果:大成功
MVP

メモリアルピンナップ


エピソード情報

マスター 瀬田一稀
エピソードの種類 アドベンチャーエピソード
男性用or女性用 女性のみ
エピソードジャンル 戦闘
エピソードタイプ ショート
エピソードモード ノーマル
シンパシー 使用不可
難易度 簡単
参加費 1,000ハートコイン
参加人数 5 / 2 ~ 5
報酬 少し
リリース日 07月08日
出発日 07月15日 00:00
予定納品日 07月25日

参加者

会議室

  • [6]クラリス

    2015/07/14-08:41 

    はぁい、クラリスよ!

    ふーん…わら人形って人気なの?
    確かに、着せ替え人形にしたら意外と可愛く見えなくもないかも?

    今回は個別戦闘になるみたいだけど、ご一緒出来て嬉しいわ!
    現地ではよろしく!無事を祈るわっ

  • [5]クラリス

    2015/07/14-08:40 

  • アメリアよ、今回は個人戦みたいだけど、よろしくね。
    別に、アイツと仲直りしたいだなんて…お、思ってないし…。
    で?この人形でなにすればいいっつーのよ。

  • [3]アイリス・ケリー

    2015/07/12-10:36 

    アイリス・ケリーと申します。
    少し固いですがしなやかな手触りがなんとも言えませんね。
    確かに、とても癒されます。
    それでは、現地では別々になるかとは思いますがどうぞよろしくお願いします。

  • [2]エリー・アッシェン

    2015/07/11-23:52 

    うふふぅ……、エリー・アッシェンです。
    わら(でできた)人形さん……、癒されますねぇ……。

    今回はエピソードの内容的に個別戦闘のようですが、ご一緒される皆さま、よろしくお願いします。

  • [1]星川 祥

    2015/07/11-16:12 


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