【祝福】琥珀の中に揺れる花びら(京月ささや マスター) 【難易度:普通】

プロローグ

「ウェディング…か…」
 イベリンの街のいたるところに貼り出された
『ウェディング・ラブ・ハーモニー』のポスターを見て、あなたは一人ため息をつきました。
 このイベントの詳細は、あなたのパートナーから聞かされています。
 恋愛と…そして、結婚に関するイベントだとの事。
 恋愛だけならば、別にこんなに憂鬱になる事もなかったでしょう。
 しかし、あなたの心には少し微妙なモヤモヤがありました。
 それは、ウェディング…つまりは『結婚』。
 その文字を見つめて、またあなたはため息をついたのでした。

 今現在、あなたは一人。
 先ほど、あなたのパートナーは『少し喉が渇いたから』と
 ジュースを買いにあなたを残して売店の方に歩いていきました。
 いつもと変わらないあなたたち。そう、性別だって変わりません。
 けれど、今日みたいな特別なイベントの日だからこそ
 あなたは普段はあまり気にしていなかったことを
 なんとなく気にしてしまったのです。
 そう…自分たちは男性同士。
 このイベントの中、男性2人で歩いていたらどう思われるでしょう。
 恋人同士…と思われても仕方ないのかも。
 そして、『この2人、結婚するのかな?』と思われてしまうかも。
 …人の目は全く気にならないというわけではありませんが
 あなたの気持ちを憂鬱にさせているのは、パートナーがそれをどう思っているか、でした。

 つまり…『自分と結婚するという事を意識したことはあるのか』という事。

 パートナーとの関係はいつも通り。
 けれど、いつも男性2人でいて、関係を確かめ合っていても
 『結婚』という言葉になると、さすがに重さがちょっと違ってきます。
 お互いの家族や親族に報告しないといけないかもしれません。
 自分の友人知人や近所の人の接し方も変わってしまうかも。
 結婚は、自分たち2人だけの問題ではなくなってしまうのです。
 そう…結婚って、ただでさえ男女であっても色々難しい事なのに。
 ましてや男性同士となると…。

 そんな事を知ってかしらずか、あなたのパートナーは
 このイベントが行われているイベリンに行こうとあなたを誘ったのでした。
 恋人だと思われるかもしれない、そして結婚するのかと思われかねない、この場所に。
 単なるデートなのか、街の見回りなのか、それは判りません。
 けれど、あなたはどうしても意識してしまうし
 自分の心の中が、相手への思いで妙にざわざわしているのも気がかりなのでした。

 そうこうしているうち、あなたのパートナーが戻ってきました。
 すると、その手には飲み物ではなく、
 赤色と紫色の何かが入ったビンが握られていたのです。
 聞くと、赤色のものは『祝福された薔薇の花の砂糖漬け』で
 紫色のものは『祝福されたスミレの花の砂糖漬け』だというのです。
 これを食べれば、とても美味しいのだと彼は言いました。
 それに、この花は祝福されているので、特別な効果もあるのだそう。

 薔薇の花の砂糖漬けは、自分の恋愛に対する考えを伝えたくなる効果。
 スミレの花の砂糖漬けは、自分の結婚に対する考えを伝えたくなる効果。

 この不思議な花菓子に。興味を引かれて、飲み物をそっちのけにして
 買ってしまったのだといいます。
 そして彼は、待たせてしまったお詫びに、
 近くに美味しい紅茶店があるようだからそこで一緒に休憩しないかと言いました。
 あなたは、彼の提案に頷き、その紅茶店に向かうことにしたのでした。

 紅茶店に行くと、そこはとても広い紅茶店でした。
 喫茶店のようなものかな?と思っていましたが、ちょっと大きなレストランのような広さ。
 しかも、それぞれの席は個室になっていて、心ゆくまで紅茶やお菓子を楽しめるようです。
 あなたたちは個室に入ると、さっそく紅茶をそれぞれオーダー。
 しばらくすると紅茶が運ばれてきました。

 店内には、流れるようなバロック調のオーケストラ音楽が流れています。
 いつの間にか、あなたたちはその店内で流れる曲を耳にするうち
 互いの事を知るためにこの花びらの砂糖漬けを利用してやりたい……
 そんな衝動がムラムラと湧き上がってきました。
 そして、その手は、2つの花びらの砂糖漬けのビンに自然と伸びようとしていたのです。
 そう、この花びらの砂糖漬けを相手の紅茶に入れれば……
 その香りだけでも、きっと効果は現れるはず。

 果たして、その手はどのビンを選ぶのでしょうか……それとも何も選ばないのでしょうか?
 そして、互いの、もしくは片方の気持ちを……告げられることはあるのでしょうか……?

解説

●イベリンのウェディング・ラブ・ハーモニーの不思議な力に後押しされて、、
 男性同士のペアである2人が、互いの気持ちを確かめるか否か?の試みに
 トライする物語となります。
 2人共に恋愛もしくは結婚に関する考えを口にするか
 それとも片方のみか、あるいはあえて何も告白せずに終わるのか…
 何を選び、何を話して何を話さないか、運命を決めるのは、アナタ次第!

●消費ジェールについて
 花びらの砂糖漬けの代金として400ジェールを頂戴します。

●祝福の花の砂糖漬けについて
 赤い薔薇の花びらの砂糖漬けと紫のスミレ花びらの砂糖漬けの2種類。
 選んで紅茶に入れる場合は、どちらか片方しか選ぶことができません。
 ただし、神人と精霊が同じ花びらを互いのカップに入れることはOKとします。

 薔薇:自分の恋愛に対する考え方(相手に対する思いなども含む)を喋りたくなる
 スミレ:自分の結婚に対する考え方(相手との結婚についての考えも含む)を喋りたくなる

●紅茶専門店について
 店内は総て個室。ドアを閉めてしまえば、中で起こったことは
 他人には見えないし聴こえません。
 店内には、バロック調のクラシック音楽が流れています。
 この音楽を聴くと、相手の気持ちを確かめられるならなんでもする!という
 衝動に襲われてしまうようです。

 注文できる紅茶は以下の通り。お好きな紅茶をオーダーください。

<メニュー>
 ※価格は総て50ジェールです
  ダージリン/アッサム/ウバ/アールグレイ/セイロン/ハーブティ(ノンカフェイン)

 この紅茶に、砂糖の代わりに花びらの砂糖漬けを入れると、
 花の香りが立ち上り、祝福の花の効果が現れます。
 もちろん、普通の角砂糖も用意されていますし、砂糖を入れなくてもOKです。

 音楽の不思議な力のせいで、
 相手に花びらの砂糖漬けを自分の紅茶に入れられてしまうと、
 それ飲むことを拒否することはできなくなってしまいます。

ゲームマスターより

こんにちは、少しお久しぶりになります。京月ささやです。
折角の結婚&恋愛にまつわるイベント!
素敵なイベントと不思議な力にあやかって、普段言えないことを
おたがいぶっちゃけあってみませんか?
特に、男性同士の恋愛や、さらに結婚となると
色々と…普段からあまり口に出せない悩みや不安、
そして相手が自分をどう考えているかなど、悶々とした思いは尽きないはず。
このプランを上手に利用すれば、
恋人未満の人たちは更なる関係の進展や新展開を、
既に恋人同士の人は、さらに未来に向けた絆の深め合いができるかも…しれません。

このプランが、皆様の素敵な思い出や節目のひとつになれば幸いです!

リザルトノベル

◆アクション・プラン

初瀬=秀(イグニス=アルデバラン)

  ったく、この時期にわざわざ来なくてもいい気もするんだが
……20歳差、か
どう見えるんだろうな、俺達は

それで?またお前は妙なもん買ってきて……
って待て、許可なく入れるな!
いやそれは交換条件なのか……ったく、仕方ねえな
(注文したセイロンティーを差し出し)

笑顔、か
そうだな、お前が楽しそうだと俺も嬉しい

さて、と(スミレ入りの紅茶を飲み干し)
……結婚、なあ
婚約者に逃げられた話はしたな
そう、あの指輪の。
……正直言えばまだ怖い
大事なものを作るのが、作って、失うのが。
すまんな、臆病者だよ、俺は(自嘲気味に笑い)

(……それでも。いつか。
誰かと共に歩みたい。
それがお前であって欲しいと願うのは、贅沢だろうか)


アイオライト・セプテンバー(白露)
  2人ともダージリン・菫の砂糖漬け
指輪の効果(みんなジューンブライド)があるといいなあ

えへへー結婚かー
あたしね、とっても悪女になってパパの方から「お嫁さんになってください」って申し込んでもらってね、ドレスはピンクのプリンセスラインでね、
っていつも言ってるのに、パパはなんにも教えてくれないの
だから、パパにスミレ呑んでもらうんだ♪

パパ、あたしがお花入れてあげるー(ダバァ
ね、パパはどんな結婚したい?

ふぇ?
やだーパパとばらばらになるの絶対にやだー(駄々っ子
ずっとパパと仲良しでいるのー
パパと一緒にいられないなら、結婚できなくてもいいのっ
でも女の子だから(女の子だもん)かわいいドレスは着たいの
許してくれる?



蒼崎 海十(フィン・ブラーシュ)
  アッサムでミルクティー

結婚という言葉に今の俺とフィンの関係を考える
俺はフィンとどうなりたいんだろう?
万一俺の気持ちを告げて…それで?

紅茶を眺めてぼんやり考えていたら、フィンが心配そうにこちらを見ていた
悪い…なんでもない
冷めてしまったら勿体無いな

薔薇の花の砂糖漬け?
いけない
そう思うのに…飲むのを止められない

俺は…恋愛は…その感情は厄介だけど、大切なものだって思う

自分じゃ制御が難しいから厄介

好きな人とは一緒に居られるだけでいい
傍に居られるだけで十分贅沢

失いたくないから
何もしなければずっと良い関係で居られる

独占欲がない訳じゃない
その独占欲で失くしてしまう事が何より怖い
困らせたくない
離れたくないんだ



ハーケイン(シルフェレド)
  ◆心境
花の砂糖漬けを食べられるのか
話に聞いたことしかなかった
一度試してみるのもいい
……余計な効果が付いていなければな

しかし、ここまできたら仕方ない
何よりシルフェレドが逃がす気ないだろう
はあ……どうしてこうなった

◆行動
シルフェレドが出した砂糖漬けをハーブティにいれる
楽しそうなシルフェレドの顔を殴りたい

何故シルフェレドは俺を追い詰める
俺は、与えられる愛情も信頼も同じように返せない
だから俺は人と深く関わりたくなかった
シルフェレドが求める物と同じものなんて、俺にはない
あの時の俺は、あの人のための気持ちだ
……そうでなければ困るんだ
ああクソ今すぐ逃げたい
なんで俺はお前から逃げ出せる内に離れなかったんだ



ローランド・ホデア(リーリェン・ラウ)
  薔薇を狗のセイロンに
恋愛とか興味あるのかこいつ

結婚…か
そうだな、どこかの上流階級のお嬢さんと結婚して会社を盛り立てていくのが次期社長としての俺の責務だろうな
幼い頃からそういう風に育ってきたんだ
親が見繕ってきた、成り上がりのための女と政略結婚という未来に対して
何の疑問も異論もねぇよ
まぁ…一個注文をつけるとすりゃあ、ペットの飼育に否定的なやつはお断りだな
ま、形だけの妻に文句を言われる筋合いはない
俺は血筋が必要なだけだからな、別居でも何でも…何だその面?

何回言わせるつもりだ。俺は誰に何と言われようと買ったてめぇを絶対に手放さんぞ
それにしてもウィンクルムって建前は便利だな。女も嫌とはいえまい(ククク



●共鳴する鏡のように

「………」
 蒼崎海十は、目の前の紅茶の水面を眺めていた。
 向かいには、パートナーのフィン・ブラーシュの姿。
 海十の前ではアッサムのミルクティーが、フィンの前ではウバが
 心地よい香りと共に湯気を立てている。
 フィンが購入した2種類の花びらの砂糖漬けを見て考える。
 結婚…自分とフィンの関係のこと。この菓子を使えばカンタンに判る。
(俺はフィンとどうなりたいんだろう…この花びらを使って…
 万一俺の気持ちを伝えて…それで…?)
 それで、どうなるというのか。
「どうかした?」
 フィンは、紅茶を眺めて考え込んだ海十の表情がどこか辛そうに見え、声をかける。
 はっ、と顔を上げると、目の前にフィンの心配そうな視線と表情。
「紅茶、飲まないと冷めちゃうよ」
「ああ…悪い、なんでもない」
 確かに、せっかくのこんな素敵なお店。冷めてしまったら確かに勿体無い。
「まあ…あれだ、この花びらもおもしろいし、話しの種にちょっと試してみようよ」
 そう、拙い言い訳をしながらフィンの手はあっという間に
 赤い花弁をひとつ摘むと、海十のカップに入れてしまった。
 普段はそんな事は積極的にしないのに、こうしてしまうのは音楽のなせる業だろうか。
(バラの花の砂糖漬け…?)
 入れられた花弁の色を見て海十の顔が僅かにひきつる。
 これは…恋に関することを口にすること。
(いけない…これを飲んだら…)
 自分の心の声が言葉になってしまう。それはいけないと思っているのに、
 なのに知らぬ間に自分の手はカップを掴み、そして花弁入りのミルクティを
 口に運んで飲んでいたのだった。
「…海十はさ…恋愛ってどういうものだと思う?」
 フィンは、そんな海十の姿を見て、そっと問いかける。
 すると、フィンはその言葉に誘われるように自然と語りだした。
「俺は…恋愛は…その感情は厄介だけど、大切なものだって思う…
 自分じゃ制御が難しいから厄介…だから好きな人とは一緒にいられるだけでいい…
 傍にいられるだけで充分…贅沢なこと…」
「傍にいられるだけでいいの?」
 フィンが問うと、海十はこくりと頷いた。
「失いたくないから…何も、何もしなければ…ずっと良い関係でいられる」
「でも、それは違うと思うよ、海十」
 海十の言葉に、フィンは穏やかに微笑んだ。
 幸せになるための感情で海十が苦しんでいるのがよく理解できる。
 だから、あえてその考えを少し否定してみる。違うと。
「好きになったら…きっとほしくなる。
 相手の事を丸ごと全部、己のものにしたくなる…自分の中に嵐が生まれるんだ」
 話しながら、フィンは少し不思議な気持ちになっていた。
 自分はバラの花びらの砂糖漬けは口にしていないはずなのに…
 今日は、なんだか自分に素直な気がするのは。気のせいだろうか。
「…独占欲がない訳じゃない
 その独占欲で失くしてしまう事が何より…怖い…フィンを困らせたくない」
 苦しそうな声で、海十は呟く。そして、最後に、小さく、ひとこと。
「離れたくないんだ」 と。
 その言葉を聞いて、フイにフィンは納得した。
(ああ…海十と俺は似たもの同士なのか…)
 そう、自分だって海十を失いたくないのは同じ。
 こんな風に海十を理解できているのは、
 他ならない自分の己の中に生まれそうな嵐を押さえつけているから。
 同じ想いなのか、と、フィンは思う。
 その小さな言葉に、思わずフィンは己の手を海十の手に重ねていた。
 そして、呟く。
「…何があっても、俺は離れないよ」
 それは、互いが同じ想いであるという事を、雄弁に物語る仕草。
 小さな紅茶店の個室の中で、紅茶の水面が向かい合う2人を映していた。

●心から、笑って

(ったく、この時期にわざわざ来なくてもいい気もするんだが…)
 初瀬=秀は、飲み物を買いに行ったイグニス=アルデバランを待ちながら
 ひとり心中でごちていた。そしてふと、町並みの窓に映った自分を見る。
「……20歳差、か」
 自分たちは他の道行く人々にどう見えているのか。
 そう考えていると、イグニスが小走りに戻ってきた。
 飲み物のはず…が、手にしていたのは、二種類の花びらの砂糖漬け。
 そして、10数分後にはイグニスに誘われるまま、こうして紅茶店の個室にいるのである。
(ふふー面白い物を手に入れましたー)
 内心、イグニスはワクワクしていた。
 どうも、秀は自分と恋や結婚の話題を避けているカンジがしていたのである。
 なので、店先でこの花びらの砂糖漬けと、その効能を聞いてひらめいたのだ。
(これを機会に聞いてみましょう!)…と。
 デリケートな話題なのは承知。
 けれど、秀は指輪を捨てるという行動に出てくれたのだ。
 なんだか、これからの関係に一歩踏み出しているという感覚もある。
 だから、これからの未来向けて更に一歩踏み出すキッカケになればと思ったのだ。
「というわけで」
 と、イグニスは秀の目の前に2種類の花びらの砂糖漬けを置いた。
「ちょっとどうですかね、これ!」
「またお前は妙なもんを買ってきて……」
 花びらの砂糖漬けのそれぞれの効能を聞いて、秀は少し呆れ顔だ。
 本当に、イグニスの行動は突拍子も無い。
 しかも、更にその指先はあっという間にスミレの花びらの砂糖漬けをつまむと
 秀が頼んだセイロンティーに入れてしまった。
「って、待て!許可無く入れるな!」
 突拍子の無さに拍車がかかっているのは室内の音楽の影響もあるだろうが
 あまりの展開の速さに秀は焦りをあらわにする。
 そんな秀にイグニスはにこにこと微笑んで、
 自分の頼んだダージリンティーにはバラの花びらの砂糖漬けを入れた。
「私もお話しますから!ね!おあいこですよ!」
(交換条件なのか……)
 ずずいっと差し出された紅茶を見て、イグニスはため息をつく。
「……ったく、仕方ねえな」
(よかった♪)
 渋々ではあるが承諾した秀を見て、更にニッコリとイグニスは微笑む。
「では、私からですね!」
 そうして、イグニスは紅茶を飲み干すと、語り始めた。
 それは、バラの砂糖菓子が示す、恋心について。
「恋愛……そうですね、好きな人には笑っていてほしいです
 笑顔でいられる関係がいいですね」
 その口調は屈託がなかった。その表情と言葉にイグニスは小さく頷く。
「笑顔、か…そうだな、お前が楽しそうだと俺も嬉しい」
 互いの恋愛観に関する価値観は一致したようだ。
「さて、と」
 一息つくと、秀は一気にスミレ入りの紅茶を飲み干して、瞳を閉じてから
 その瞳をゆっくりと開いた。
 スミレの花びらが示すのは、結婚に関する考えについて。
「……結婚、なあ…婚約者に逃げられた話はしたな。そう、あの指輪の。」
 イグニスはその言葉に頷く。あの、捨てた指輪の件だ。
「結婚は、……正直言えばまだ怖い。大事なものを作るのが、作って、失うのが」
 そうして、ふっと笑った秀の顔は自嘲気味に歪んでいた。
「すまんな、臆病者だよ、俺は」
(……いや笑ってほしいとは言いましたけども!
 そうじゃなくてこう心からの笑顔をですね!)
 その自虐ともとれる笑みに内心イグニスは慌てた。
 確かに笑ってほしいとは思った…が、こういう笑いではない。
 自分は秀に笑ってほしいのだ。自嘲ではなく、心から、幸せそうに。
「……絶対幸せにしますからね!」
 小さく、秀に聞き取れるかどうかの声でイグニスは呟いた。
 その小さな決意に満ちた声が秀に届いたかは定かではないが。
(……それでも。いつか。誰かと共に歩みたい。
 それが…イグニス…お前であって欲しいと願うのは、贅沢だろうか)
 秀の最後の想いは口に出されることはなかった。
 その気持ちが実現するのは…ひょっとしたら近いうち、なのかもしれない。
 新しく生まれた決意と、そして秀の想いは、小さな部屋の中で静かにそこにあった。

●掴む腕は鎖のように

(花の砂糖漬けを食べられるのか…話に聞いたことしかなかった)
 ハーケインはシルフェレドが購入してきた花びらの砂糖漬けのビンを
 紅茶専門店の一室で眺めていた。
(一度試してみるのもいい……余計な効果が付いていなければな)
 目の前には、シルフェレドがこちらを見つめている。
 シルフェレドといえば、ハーケインを微妙な心境で眺めていた。
(あまりにも警戒心がなさすぎだろう)
 目の前のハーケインの警戒心のなさが最近心配になっているところなのだ。
(お人好し発動か?…それとも…)
 それとも、深く自分に立ち入りすぎて、もう引き離せないところまできているのか。
 後者であれば自分にとって、非常に好都合なのだが、はっきりしない。
 なので、この砂糖漬けを用意してみたのだ。
(これの出番だな)
 心中でシルフェレドは微笑むと、目の前のハーケインに
 この花の砂糖漬けの効能効果を語り始めた。

(はあ…どうして…こうなった…)
 案の定、ハーケインはシルフェレドから詳細を聞かされ絶望的な心境に陥っていた。
(しかし、ここまできたら仕方ない…)
 今、自分たちがいるのは紅茶店の個室。
 そして、目の前に並んでいるのは
 シルフェレドが頼んだハーブティーと花菓子が入ったビンだ。
 その上、何よりシルフェレドが自分を逃がしてくれる気もないだろう。
「使うのはバラの砂糖漬けだ」
 そう言うと、ハーケインに言い返すいとまもなく、シルフェレドはビンを手に取る。
 そしてハーケインにビンを差し出した。
「さあ、飲め。私も同じ物を飲む」
 隠すような感情はないがな、といいつつビンを向けてくるシルフェレドに対して
 ハーケインは渋々とビンの中に指を伸ばした。
 隠してきた自分の心の声が聞けるだろうと楽しそうなシルフェレドの表情を見て
 殴りたい気持ちになってしまうが、殴れるはずもない。
(何故…シルフェレドは俺を追い詰めるんだ…)
 思いながらも、ハーブティにバラの花びらの砂糖漬けを入れて飲むと
 ハーケインはゆっくりと言葉を紡ぎ始めた。
「俺は…与えられる愛情も信頼も同じように返せない…
 だから俺は人と深く関わりたくなかった…
 シルフェレドが求める物と同じ物なんて、俺にはない…
 あの時の俺は…あの人のための気持ちだ……そうでなければ困るんだ」
 一気に言い切り、はあ、とハーケインはため息をついた。
 心に押し隠していた気持ちがそのまま言葉にして外に出て
 そして目の前のシルフェレドに聞かれてしまったのだ。
 シルフェレドはというと、自分も同じカップの残りを飲み干し
 ニヤリと笑ってハーケインの顔を見据えた。
「いつでも面と向かって言ってやろう
 私はお前の総てを暴く。
 お前の傷よりも深く私を刻み込む。二度と私以外に触れられないところまでな。
 お前だって、私を殺してでも自分のものにしたいのだろう?」
 そういいながら、シルフェレドの腕はハーケインの腕を捕らえていた。
 それは勿論、自分の言葉を知ったハーケインと、
 そしてハーケイン自身が自分の言葉を口にすれば、
 彼は間違いなく逃げ出そうとするに決まっているからだ。
(ああ、クソ!今すぐ逃げたい…)
 シルフェレドの思惑通り、ハーケインは逃げ出したい気持ちでイッパイだった。
 しかし、シルフェレドの腕は自分を離す気配はない。
 …まるで、永遠に捉えて話さないとでも言いたいかのように。
(何故俺は…お前から逃げ出せるうちに離れなかったんだ…!)
 もう、遅いところまできているのかもしれない。
 互いの気持ちを確かめ合った2人は、まるで鎖につながれたように
 暫くそうして、互いの姿を見詰め合っていたのだった。

●思い描く未来図

 店内に流れる音楽。その音楽の効果もあってか
 ローランド・ホデアとリーリェン・ラウの両名は
 お互いの気持ちを確かめたい欲求にかられていた。
 目の前には、リェンが購入してきた花びらの砂糖漬けが二種類。
 ロゥはそのうちから、バラの花びらの砂糖漬けを手に取ると、
 リェンが注文したセイロンティーにそっと落とす。
(恋愛とかに…興味あるのか?こいつ…)
 どんな考えをリェンはもっているのだろうか。
 一方のリェンは、スミレの花びらの砂糖漬けを手に取ると
 ロゥの注文したアッサムに投下した。スミレの花の砂糖漬けの効果は…結婚観の告白だ。
 ロゥを一瞥してからリェンは紅茶をぐっと一口飲む。
 そして、その祝福された花の効果はあっという間に現れた。
「恋愛ぃ?」
 怪訝そうに眉を寄せるリェンを見ながら、ロゥも自分の紅茶を飲む。
 そんなロゥを見ながらリェンは続けた。
「そもそも恋愛って何よ?イマイチわかんね。
 何をすれば恋愛って言えるのよ…ダチと何が違うの」
 なるほど、それがリェンの考え方なのか、と思いながら紅茶を啜るロゥに
 リェンはすこし鋭い視線を投げて続けた。
「それよりロゥだよ…親にも捨てられた俺は結婚なんて絆も信じないけど
 ロゥは次期しゃちょーなんだし、結婚するんだろ?」
 それで俺を捨てるんだろ?という心の言葉は、祝福された花の力をもってしても
 リェンの口からは出なかった。けれど、その想いは表情には滲んでいる。
「結婚…か」
 リェンの言葉に、ロゥはカップを置くと少し考えるそぶりを見せた。
「そうだな、どこかの上流階級のお嬢さんと結婚して
 会社を盛りたてていくのが次期社長としての俺の責務だろうな…
 幼い頃からそういう風に育ってきたんだ。
 親が見繕ってきた、成り上がりのための女と政略結婚という未来に対して
 何の疑問も異論もねぇよ」
 そこまで一息に言い切ると、ロゥは、ふう、とひとつ息をついた。
 次期社長としての身分や決められた未来を彼は受け入れているようだった。
(やっぱり)
 ロゥの言葉はリェンの予想したとおりだった。
 しかし、次にリェンを見た瞳は『けれど』と語っていた。
「まぁ…一個注文をつけるとすりゃあ、ペットの飼育に否定的なやつはお断りだな。
 ま、カタチだけの妻に文句を言われる筋合いはない。」
 その言葉にリェンは目をぱちくりとさせる。
「え。ペット?」
 言って気づく。それは、自分の事を指しているのだと。
 そして、ロゥがリェンに関して手放す気はないのだという事にもリェンは気づいた。
「筋合いって…ちょっとそれじゃあお嫁さんかわいそじゃね?」
 流石に申し訳なさそうにリェンが口にするが
「俺は血筋が必要なだけだからな、別居でもなんでも…」
 そこまで言ってロゥはリェンを見据えた。
「…なんだその面?」
(なんだその面って…どんな面してんだよ、俺?)
 リェンは少し狼狽した。平静を保っていたのに、そうではなかったらしい。
 なので、いつも通りを装って言葉を紡ぐ。
「捨てられたって平気なんだって。元通りの関係になるだけで…
 むしろ借金からのペット生活が終わってロゥも嬉しいはず…」
 そこまで言ったところでリェンの言葉はロゥの強い視線でさえぎられた。
「何回言わせるつもりだ。俺は誰に何といわれようと買ったてめぇを絶対に手放さんぞ」
 それは、祝福された花の効果によって引き出されたロゥの本心からの言葉だった。
「それにしてもウィンクルムって建前は便利だな。これならば女も嫌とは言えまい」
「………」
 ククク、と笑うロゥを見て、リェンはロゥの言う未来と自分が考える未来を思い描いた。
 しかし、その光景は…共にあまり嬉しくない。なぜだろうとリェンは考える。
(なんでだろ…俺、ロゥと一緒にいたいのか…?)
 その想いに思い至ったのは、祝福された花の効果、なのだろうか。
 微笑むロゥと、思案するリェンの姿がそこにはあった。

●あなたの隣にいられるならば

「えへへ…」
 紅茶店の一室に半ば強引にアイオライト・セプテンバーに連れて行かれ、
 白露は目の前に並んだ2人分のダージリンとスミレの花びらの砂糖漬けを見て
 ニコニコしているアイを眺めていた。
(アイがなにかを一人で決めるときは、大体ろくでもないこと考えてるんですが…)
 それは今までの付き合いでなんとなしにはわかることなのだが、
 その実、この花びらの砂糖漬けを使ってどうしたいのかがわからない。
 効果効能については聞いていたのだが。
(まあ、ここは素直に様子をみましょう)
 そう思い、ひとまずはアイの様子を見守る事にする。
 一方のアイはというと
(えへへー結婚かー…)と、夢見心地な気分でいた。
 アイの夢はたくさんある。とってもステキな悪女になること。
 更にアイの妄想は脳内をかけめぐる。
(それで、パパの方から「お嫁さんになってください」って申し込んでもらって…
 ドレスはピンクのプリンセスラインでね、っていつも言ってるのに…)
 その妄想はちょっと残念な結果で打ち切られる。
 何故かというと、その思いをどれだけ白露に伝えても、彼は何もそのことについて
 教えてくれようとはしないから。…つまりは、自分との結婚について。
(だから、パパにスミレ呑んでもらうんだ♪)
 そう考えて店頭でこの砂糖漬けを購入して、こうして紅茶店に2人でいるのである。
 アイはおもむろにスミレの花の砂糖漬けのビンのふたを開けると
 白露のティーカップをずずいと自分に引き寄せた。
「パパ、あたしがお花入れてあげるー」
 だばぁ、とこれでもかとばかりに投入された様を見て、白露はあーあ、という顔をする。
「勝手にお茶に入れて…仕方ないですね」
 効果効能は知ってはいるのだが、ひとまずここまでされれば飲まない訳にもいかない。
 おいしそうですけど、と口にしつつ白露はそのスミレ入り紅茶を飲んだのだった。
 その様子を、アイはワクワクしながら眺めている。
「ね、パパはどんな結婚したい?」
「結婚ですか?」
 その言葉に、うーんと白露は考える。
 本来なら、この質問はなかなかアイに対して口にすることはなかったのだが…
 そこはさすがに祝福された花の効果。
 白露は自分に違和感を感じないまま、自分の結婚観を口にしはじめた。
「…そういえば、殆ど考えたことがありません、私は精霊ですから…」
「ふぇ?」
 ぱちくりとその言葉にアイは目を見開く。
 そんなアイに気づいてか気づかずか、白露は言葉を続けた。
「自分はいつかウィンクルムになるんだと信じてましたし、
 そのとき、もしアイが他に大切な人がいたら、迷惑をかけるだけだと考えてましたし」
「………」
 アイの大きな瞳はみるみるうちに涙目になった。
 折角聞き出せたと思った白露の結婚についての考え。
 でもそれは、自分のために自分から離れるという事。
 アイの涙目が駄々っ子のようにあふれ出すまでは瞬く間だった。
「やだーパパとばらばらになるの絶対にやだー!!!
 ずっとパパと仲良しでいるのー!!!」
 涙目になりながら駄々をこねるアイを仕方ないなと眺めて髪をなでながら
 白露は宥めるように言って聞かせる。
「それより、アイ…念の為に言っておきますけど
 お父さんと娘は結婚できないんですよ?」
 アイは男性だ。しかし自分は娘だと頑なに言い張っているアイが
 こんなにも癇癪をおこしているので、
 彼の事を『一応、娘』という事ははっきりとは言わない白露であった。
「パパと一緒にいられないなら、結婚できなくてもいいのっ」
 ここまできたら本末転倒になってしまいかねない論旨でむくれはじめたアイを見て
 白露はやれやれといった心境でアイを眺める。
 こんなに手のかかる子だからこそ、自分は一緒にいるのだ。
 それに、砂糖漬けの効果があっても、口にしなかったこともある。
 それは、結婚に関することではないが、とても重要なこと。
 アイは『ママ』の事を自分にきいてこなかった。
 この花は不思議な効果があるので、もし聞かれていたら答えていたのかも知れない。
(無意識でも気付いているのでしょうか…実の親子じゃないことに)
 実際、そのことにアイが気づいているのかどうかは、わからないが。
「でも!女の子だから!かわいいドレスは着たいの」
 泣きながらアイはそう訴える。結婚できなくてもいいから白露の隣で
 キレイなドレスを着たいのだ、と。
「はいはい、悪女が泣いてはいけませんよ」
 なだめるようにアイの髪を撫でる白露の声は、どこか呆れているようで
 けれども、きっと2人を知っている者なら気づいていたかもしれない。
 白露のその表情は、いつもと何かが違っていたということに。
 そんな少しの、けれど大きな変化を包んだまま、紅茶とスミレの香りが
 小さな一室を漂っていたのであった。


END







依頼結果:大成功
MVP
名前:アイオライト・セプテンバー
呼び名:アイ
  名前:白露
呼び名:パパ

 

名前:ローランド・ホデア
呼び名:ロゥ、ゴシュジンサマ
  名前:リーリェン・ラウ
呼び名:リェン、狗

 

メモリアルピンナップ


エピソード情報

マスター 京月ささや
エピソードの種類 ハピネスエピソード
男性用or女性用 男性のみ
エピソードジャンル シリアス
エピソードタイプ ショート
エピソードモード ノーマル
シンパシー 使用不可
難易度 普通
参加費 1,000ハートコイン
参加人数 5 / 2 ~ 5
報酬 なし
リリース日 06月06日
出発日 06月12日 00:00
予定納品日 06月22日

参加者

会議室

  • [8]蒼崎 海十

    2015/06/11-23:58 

  • [7]蒼崎 海十

    2015/06/11-23:58 

    アイオライトさん、助かります!
    有難う御座います!

    皆さんが良い一時を過ごせますように。

  • [6]初瀬=秀

    2015/06/11-23:58 

    駆け込み挨拶、初瀬とイグニスだ。
    プラン提出完了、それぞれにいい時間になるといいな。

  • プラン提出っ!

    いちおう書いておいたほうがいいかな。
    「みんなジューンブライド+7」の指輪装備してくよー。
    (エピ参加者全員に効果があるらしいので)

  • [4]ハーケイン

    2015/06/09-13:23 

    ハーケインとシルフェレドだ。よろしく頼む。
    花の砂糖漬けと言うのは美味いだろうか。
    聞いたことはあるが実際見るのは初めてなので試そうと思っている。

  • [2]ローランド・ホデア

    2015/06/09-09:39 

  • [1]蒼崎 海十

    2015/06/09-00:47 


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