《dahlia》心堕ちし時(蒼色クレヨン マスター) 【難易度:普通】

プロローグ

 任務報告、情報収集などそれぞれの理由でA.R.O.A.本部を訪れていたウィンクルムたち。
その中でも武器メンテナンスを待っているウィンクルムは、しばしの待ちぼうけを受けていた。

「オーガの体液は、種類にもよりますが大半が濃い瘴気そのものですから」

 長く使って酷使したかはたまた、たまたま運悪く武器と相性の悪い瘴気に当たったか。
精霊の武器を点検・整備する為に預けることとなる。
ほんの1時間程。しかしその短い時間とて、武器ナシの精霊と外を歩くのは神人にとって危険が伴うと本部職員に判断され。
メンテナンスが終わるまで、本部の中で時間を潰すこととなっていた。

 訓練ルームや資料室、広々とした休憩室など本部のあちらこちらに散らばるウィンクルムたち。
しかし異変はほぼ同時に起こった。

「キャ……!ちょ、どうしたの!?」

 各々の部屋で神人が叫ぶ。パートナーに向かって。
ガタッと椅子を蹴散らす者、緩やかに体を揺らし、まるで幽霊のように定まらない動きをする者。
異変の反応は様々だが、どの精霊たちにも共通して言えることがあった。
視線は自分の神人へ一心に注がれ、歪んだ、恍惚とした笑みをその口元に形作っていたのである。

 アイシタイ コワシタイ コロシタイ 永久ニソバニ ――

精霊は手を伸ばす。
あの細い首に手をかければ、きっと一瞬で楽にしてアゲラレル。
明らかに豹変したパートナーから後ずさりしながらも、神人たちはひたすら思考を巡らした。
原因は!?何が彼をああしている!?
その観察眼により、ふと気付くかもしれない。
精霊の左胸、心臓のあたりで服に不自然なシワが作られていることに。
あんなところに胸ポケットは無い。何かを入れているわけはない。ならばあの膨らみは?
ここで、更に察した者もいるかもしれない。
そういえば情報が入ってきていたような……不思議な花に寄生されたウィンクルムが何人かいたとか……

 神人たちは追い詰められながら、剣を、杖を、弓矢を構えた。
相手が武器を持っていなかったのは不幸中の幸いだ。しかしそれでも、身体能力全てにおいて精霊の方が優っているのは明らか。

覚悟を決め床を蹴った。大事なパートナーを元に戻す為に。

解説

●闇色に染まったパートナー。散らすは胸に花開く一輪のダリア。

【トライシオンダリア】
バレンタイン地方の森に生える寄生型植物。
宿主の好意を殺意に変えて急速に成長する。花を散らせば元に戻るという。

バレンタイン地方に足を踏み入れた時、いつの間にか寄生されていた模様。
徐々に精霊の心を蝕んでいき今日この日、とうとう開花。
例え、神人にとっては普段好意など微塵も感じなくとも、密やかに、巧妙に隠されたささやかな好意もダリアは見逃さない。
※トライシオンダリアの設定は、他GM様によって微妙に異なります。
 上記設定はこのエピソードのみに適応されます。

・精霊:武器・防具とも所持していないものとします。しかし何の手加減もなく襲ってきます。
 その瞳に闇を堕として……。

・神人:通常のアド同様、バトルコーデを装備しています。

・今のところ周囲に仲間や職員の姿は見えず。各自本部内の違う場所にて個別戦闘となります。
 が、希望者には戦闘後半にスタッフが駆けつけ、精霊を押さえる役回りをさせることも可能。
 スタッフ加勢希望の場合、どちらかのプランに【ス】とご記載下さい。

・戦闘場所などは特に指定せずとも良いです。それなりの広さのある部屋、と思って下さい。
(必要であれば、テーブル・椅子程度はプランにあっても構いません。)
 精霊はひたすら神人を狙ってくるので、余程のことが無い限り備品破壊などは無い……と思われます。

・左胸のダリアを散らせば元に戻ります。服?剥くしかないよね!※服の上から押し潰す感じでもきっといけます。

★出発まで短いのでご注意下さい★

ゲームマスターより

赤「ちょっと聞いてよ。こんな素敵アド企画を、ハピネスでやろうかって考えたGMがいるらしいよー」
緑「えー信じられないー!」
黄「誰ぴよ!主催サマな錘里GMとあき缶GMの優しさに付けこもうしたそんな愚かなGMは!」
桃「自分の力量を分かっていないそんな無謀者…ワタシ1人だけ心当たりある……!」
4色クレヨン「(じー……)」

蒼色クレヨン「うわああああん!!ごめんなさいーーーーっ!!」
<独り劇場・完>

リザルトノベル

◆アクション・プラン

かのん(天藍)

  資料室で報告書斜め読み
トライシオンダリアの言葉が目に入る
幾つも亜種が存在するらしい花が仕事柄気になり顛末を読む
ゆらりと近付いてきた天藍の手が首にかかる寸前で異変に気付き身を翻す

明らかに彼らしくない気配に眉を寄せ
距離を取りながら天藍の様子を見る
その間も大きくなる左胸の膨らみに
まさかと思いつつ先程まで見ていたダリアの記述を思い出す

2人とも傷つかないように何とかしないとですね
鞘に入れたままの刀を左に持ち
近付く天藍の懐に飛び込む
刀と腕で彼の両手を押さえ
丈の短い上着の裾から右手を入れ胸の上の花を握り潰す

膝を突く天藍を倒れないよう支え
そっと身体を包む
宿主の心と命を吸って咲く花だそうです
天藍が無事で良かった



ひろの(ルシエロ=ザガン)
  首、痛い……。(視線はルシェから外さない
「ルシェ?」

動きをよく見て避ける。
盾で防いだら足が止まるから、盾は使わない。
ルシェの方が速い。

心臓のところの花、が。原因かな。
たぶん、職員さんが言ってたやつ。
近づかないと。

傷は、痛い。けど。
死ぬ気は、ないし。ルシェも、死なせたく、ない。
「勝手なこと、ばっかり」(むっとする

ルシェの攻撃後に、杖で胴を思いっきり叩く。
盾を投げつけ、怯んだ隙に仰向けに押し倒す。
服の上から花を潰す。
念のため服を剥ぎ、改めて花を抜く。

(私が、怪我、させ……)
ビクリとして、受け入れる。
さっきと違って、怖くない。
「……ルシェ?」
手当て、しないと。
でも、ちょっと。疲れた……。(意識が沈む



アイリス・ケリー(ラルク・ラエビガータ)
  精霊の戯れ事がただただ残念
私にそのような執着を見せるような貴方ではないでしょうに
噂の寄生植物らしき膨らみを見据え、溜息を吐きながら武器を構える
お覚悟を。夢から覚めて頂きます

鎌の柄を短めに持って、左胸目掛けて鎌を振るう
花に当たれば上々、当たらなくとも狙いは別にあるので構わない
精霊が武器を押さえにかかってきた時が好機
振るった鎌を勢いのまま回転させ、柄を当てにいく
驚きか痛みで一瞬でも動きを止めたなら、胸目掛けて飛び込んで花を潰す
このような花に心を堕とされるなど、私が許さない

倒れたままの精霊の横に座る
気分はいかがですか?
悪かったと思うのでしたら、近いうちに甘いものをご馳走してください
…分かってますよ


瀬谷 瑞希(フェルン・ミュラー)
  ミュラーさんの症状、先日資料で見ました!
神人の異常行動の報告が主でしたが、精霊側でも起こるとは。
と頭で冷静に判断はしながらも、心のどこかは焦っています。どうしよう。
身長的にもミュラーさんの方がリーチ長いし。

ミュラーさんの為に覚悟を決めました!
彼の懐に飛び込みます。それなら多少ドジな私の攻撃でもきっとミュラーさんに当たります。
近すぎて避けられないでしょ。
クリアライトの閃光効果で彼の目を眩ませ、その隙に距離を詰め。
彼の胸に先ずエイっと平手打ちし花にダメージを。
変化無ければ胸をクリアライトで切り裂き花を散らします。腕を掴まれても必死に抵抗する。
「ミュラーさんは私を護るって言ったもの。戻ってきて!」



●その花 昏き欲望なり

「いや、我ながら間抜けすぎるな。殺せばアンタが手に入る、アンタの一番になれると今更気づいたんだからな」

 無機質で温かみを何も映さないカーマイン色の瞳を細め、ラルク・ラエビガータは告げた。
一度目を見開いたアイリス・ケリーだったが、その表情はすぐに落ち着きを見せる。
いや、日頃より冷めてすらいる。

「そう思わないか?」

 最期の言葉くらい聞いてやる。俺に、俺だけに向けてみろよ。
そう言いたげな瞳の奥へ、ただただアイリスは残念なモノを見る目で視線合わせ。

(私にそのような執着を見せるような貴方ではないでしょうに)

 ラルクの胸元を見据えた。噂に聞いた寄生植物が脳裏をよぎって溜息をつく。
確かに私にとっての光は貴方です。
しかし貴方が、私の一番にこだわる理由など無いはずでしょう? 自分で道を照らせるのですから――

 アイリスから何も返答はない。
ただ自分から視線が逸らされることもない。
は……、と鼻で笑いラルクは満足げに笑った。

「アンタらしいな。いいぜ、ゆっくり壊す楽しみもあるってもんだ」

 武器を構えたアイリスへと、笑みを浮かべたままラルクは一歩近づいて見せる。
その瞬間、躊躇いなく鎌が振るわれた。
デビルズ・デス・サイズの、ラルクの笑みに劣らず歪んだ光纏った刃が、ラルクの狂気を断ち切ろうと左胸を掠めた。

「お覚悟を。夢から覚めて頂きます」

 予想よりスピードにのった刃に多少面食らうものの、ラルクは咄嗟に体を捻りバックステップにて距離をとっていた。
アイリスの鎌持つ両手を見つめる。柄を短く持つことで予想を上回った早さで振るわれていたのだ。
はらりと裂けた服を見た後、またラルクはうっすら笑う。

「ハッ、それでこそだ」

 アンタのそういうところが堪らない。
もっとだ、もっと本気で来い。そんなお前を殺したい。
服の破れ目から覗く、紅色のダリアが嬉しそうに揺れた。

(やはりシノビの素早さには勝てなそうですね)

 意表をついた最初の一撃で散らせれば、とは思ったものの。
避けられたならそれでも構わない。
ラルクの視線、鎌に注意が向いているのを確認して、アイリスは再び鎌を振るう。
武器を持たない者が武器を持つ相手を狙うなら、行動は限られるだろう。そう考えて。

 アイリスが鎌を振るえば振るう程、ラルクの意識は鎌へと向いた。
意識を吸ったダリアが自分を守らせているように、ラルクは常に左胸を庇って攻撃を避ける。
それが分かってもなお、単調に鎌を振るアイリス。
その間合いと手が読めた。
瞳に喜びの色を浮かべ、防戦に回っていたラルクの動きに変化が見えた。
アイリスが鎌を振り上げる動作に入った瞬間を狙い踏み込み、その手が刃の内側、アイリスの握る柄を押さえようと伸びた。

 この時を待っていた。
ラルクが振り下ろすと読んでいた鎌を、アイリスはそのまま大きく回転させたと思うと
その勢いにのせ握りしめた柄ごとラルクの横っ面めがけた。
突如耳に響く空の音に、ラルクは咄嗟に動きを止めることで顎へくるはずだった衝撃を空振りに終わらせる。
しかして。
驚きと反射神経に身を一瞬固まらせたその隙に、アイリスはもうラルクの胸に飛び込んでいた。

「このような花に心を堕とされるなど、私が許さない」

 ラルクへかダリアへか。抑えた怒りで包むように、アイリスの掌によって紅の花は散らされたのだった。

* * * * * * * *

(彼女を……自分だけのものに……)

 ゆらり。虚ろな表情で近づいてきたフェルン・ミュラーを、瀬谷 瑞希は不思議そうに見上げた。
綺麗な黒髪。細い首。ああ、なんだ。こうすれば良かったんだ――
ミュラーの右手が瑞希の首に触れる間際、ぞくっとした違和感を感じ瑞希は反射的にミュラーから距離を取った。
お、おかしいな……ミュラーさんがそばに来るのは、もう慣れたと思ったのだけれど……
ミュラーを視界に捉えた瑞希は、そこでふと気付く。あの左胸の膨らみ、そしてミュラーの変化……

(この症状、先日資料で見ました……!)

 その時読んだのは、神人の異常行動報告が主だったが、もしや精霊にも起こることなのだろうかと
瑞希は思考を巡らした。
冷静に、冷静に……と思うものの、どうしても心は焦ってしまう。
武器が無いとは言っても、リーチの長さなどは自分が不利なのは明らかで。
どうしよう。

 瑞希の憂いを見た瞬間、僅かばかり心の奥底に沈んでいたミュラー本来の意識が揺れ動く。
こんな花に操られるなんて、なんという不覚。瑞希にあんな表情をさせてしまうのも……
抗おうとするミュラーに、ダリアはささやく。
―― 永遠に手元に置いておけばいい。そうすればあんな表情を二度とさせることはない。
心の臓がドクンッと脈打つ。
そうか……彼女を手に掛けて彼女を自分だけのものにするって事は……
甘美な蜜がミュラーの心に流し込まれる。
いや……!俺は、彼女を護ると約束した……これから果たしていくのに、彼女を手にかけては果たせない……!
闇の中で二人のミュラーがせめぎ合う。
決して表に現れてくることのない戦いを知ることなく、瑞希は覚悟を決めた。

(私は、ミュラーさんを信じてる……!)

 ありったけの勇気を振り絞って、瑞希はミュラーに突進した。
愛しい彼女が、自らこの胸に飛び込んでくる。闇色を濃くした瞳が笑った。
ああ、やっぱり君も俺に殺して欲しいんだね。
迎え入れるように、その両手が瑞希に伸ばされた。

(近すぎて避けられないはず……っ)

 無防備な突進に油断したミュラーの懐に入った瞬間、瑞希は隠し持っていた短剣・クリアライトを
ミュラーの眼前でその刀身を反射させた。

「!?」

 ミュラーがたじろいだ。刀身を翻してその服を切り裂く。
しかしミュラーも、たじろいだその隙を自覚し、攻撃が来るかもしれないという反射神経から
僅かに体を反らせ、煌く刀身をダリアまで届かせることは防いだ。
ミュラーの血を吸ったかのように、真紅の花が左胸に見える。

(同じ赤でも、ミュラーさんに似合うのはこれじゃ無い……っ)

 タキシードに映えた、自分が挿した薔薇の花が一瞬浮かんだ。
クリアライトを持つ手をミュラーに掴まれるも、瑞希は必死に抵抗をし、そして……。

「ミュラーさんは私を護るって言ったもの。戻ってきて!」

 押さえ込まれそうになった反対の手を、夢中で振って。
とうとう瑞希の平手打ちが赤黒いダリアを散らせるのだった。

* * * * * * * *

 資料室で報告書に目を通していた かのん は、天藍に起こっている変化にまだ気付かなかった。

(何か……胸が苦しいような……)

 そう思った時にはすでにダリアは見事に咲き誇った後だった。
途端、頭に己の声が鳴り響く。
―― 何故今まで気付かなかったのか……
かのんが一人遺されて悲しむような事が無いように する方法があったじゃないか。
ひと思いにこの手で縊り殺してしまえば 他の輩に盗られる心配も無い ――
気配を殺し天藍はかのんの背後に近づき、静かにその首元へと手を伸ばす……。

「トライシオンダリア」の言葉が目に入ると、かのんは仕事柄による興味をひかれた。
幾つも亜種が存在するらしい花。その顛末は……と読み進めたところで、背筋に寒気を感じた気がして振り返る。
天藍の手が自分に向かってきていた。
いつもは愛しさを感じさせてくれるその手が、何故か今触れられてはいけない気がして
咄嗟にかのんは身をかわし天藍から距離をとった。
普段の彼なら、不自然に自分を避けたかのんに気を配り「どうした?」とでも聞いてきただろう。
だが、今の天藍はただ笑っている。
かのんは直感する。先程読んだ資料がすぐに結びつき、天藍の胸元へと視線をやった。
左胸の膨らみに、まさか……と思いたかった。こんなタイミングで、自分のパートナーの身に起こるだなんて。
しかしこれまで培った経験が告げている。早く何とかしなければ、と。
2人共傷つかないようにしなくては。
どちらが怪我を負っても、きっとこの優しい人は気にするだろう。
一歩、天藍が踏み出したのをきっかけに、その懐にかのんは飛び込んだ。
鞘に入れたままの儀礼刀「エムシ」を左手に握り締めて。

 天藍は、それはそれは幸せそうに目を細めた。
もうすぐ……かのんを自分だけのものに出来る。
日頃はかのんや周囲に気を遣い隠されているが、天藍のかのんへの強き独占欲は今、ダリアによって解放された。

「アイシテイル……かのん。俺の、俺だけのそばに……」
「……いますよ。私はいつだって貴方のそばに」

 刀と腕で、かのんは天藍の両手を押さえ込もうとする。
自分が触れようとした手を封じられ、微かに不快な表情を浮かべその押さえを強引に払おうと天藍は試みる。
……ウゴキニクイ 右手ガ……
魔力帯びた短刀は、鞘の中でも控えめな神々しさを纏っていた。
ならば反対の手で。
精霊に本気を出されては力比べでは敵わない。
かのんは天藍が次の動作に入るよりも早く、丈の短い上着の裾に自身の右手を差し込み。

「ほら、ここに居るでしょう……?」

 躊躇うことなく、大輪の花を握り込みその花びらを散らせた。

* * * * * * * *

 首、痛い……苦しい……。
ついさっきまで、機嫌良さそうに体を動かしていたのに。
今、ルシエロ=ザガンの指は訓練を見学していた ひろの の喉元へ食い込もうとしていた。

「ル、シェ?」

 ―― 怖い。
最近のルシエロからはそんな印象感じなくなっていたのに。
恐怖と息苦しさから、咄嗟に大きな手の甲に爪を立て身じろいだひろの。
まだ本気を出していなかった、これから本気で締めようと思っていた指が思わぬ反撃で容易く離された。
咳込みながらも、視線はルシエロから外さない。絶対様子がおかしい、直感がそう告げるから。

「何故、今まで気づかなかったんだろうな」

 爪の先に僅かについたひろのの血を、恍惚とした表情で舐めルシエロは言う。

「殺せば、誰もオマエに手は出せまい」

 干渉されるのは、二度と御免だ。
それはひろのに対してではなく、ルシエロ自身がひろのに出会う以前の思いから生まれていた。
ソウダ。他人に触れられ、触れさせるなど、オレたちの関係にはまっぴらだ。
今なら間に合う。ヒロノを永久にオレだけのものにデキル――

 ルシエロの足が床を蹴った。一直線にひろの目掛け。
(動き、よく見なきゃ……ルシェの方が、速いんだから)
足払いをかけようとしゃがもうとする動きに気付き、寸での所でひろのは横に飛び転がり避けた。
盾を使ったら、足が止まってしまう。使えない。しかし万一の為に、手放しもしない。
とにかく動きを止めないよう、ルシエロが近づく度に距離を取りひたすら駆ける。
そんな必死なひろのの姿を、笑みを称えたままルシエロは追い詰めようとする。
ひろのの、息切れる呼吸音すら愛しそうに耳を澄ませ。

「傷つく様を見るのも良いが、そろそろ限界だろう? 逃げるのは止めたらどうだ」

 そうすれば、潔くその脚を折ってやろう。
そしてゆっくり……この手にかかればいい。

「勝手なこと、ばっかり」

 ルシエロの言葉に、むっと表情を変えるひろの。
勇者の盾「ラメトク」はひろのの心の中、怯む心を覆い隠すように一度光ったように見えた。
(心臓のところの花、が、原因かな。たぶん、職員さんが言ってたやつ)
はだけた服の隙間から覗く赤黒い花弁に視線をやり、ひろのは意を決する。
近づかないと。
今度はひろのが地を蹴った。ルシエロに向かって。
女神のワンド「ジェンマ」を構え自分に突進してくる様子に、笑みを色濃く浮かべるルシエロ。

「痛みが長引くだけだぞ」

 その表情も見たいがな。
一時でも呼吸を止めればひと思いに殺ってやれる。
ルシエロの強烈な蹴りがひろのを襲う。
鎧が軽減したとはいえ、衝撃はやはり大きい。
脇腹を押さえ止まりそうになる体を奮い起こし、ひろのはジェンマを思いっきりルシエロの胴体へと叩き込んだ。
ヒュッ……とルシエロの口から微か空気が漏れる。も、その手は細い首求め伸ばされる。
首の爪跡と脇腹の痛みに顔をしかめながらも、ひろのは諦めない。
傷は、痛い。けど。
死ぬ気は、ないし。ルシェも、死なせたく、ない。

「そんな、花……ルシェには、合わない……」

 どんな花も似合うと思っていたけれど。
光を拒絶する澱んだ色のダリアを見れば、ひろのは無意識に呟いていた。
似合うのは、自分の力で咲き誇る、光溢れる花なのだから。
伸びた手を遮るように、盾をルシエロに投げつける。
ほんの刹那。視界にひろのの姿が消える。盾を鬱陶しそうに腕で弾き飛ばしたルシエロの視界に飛び込んできたのは
ひろの自身だった。
条件反射で、攻撃の直撃を避けるかのように体を後ろへ反らせた所へ、小柄ながらもひろのの全体重が圧し掛かり
ルシエロを押し倒した。
そしてすかさず、服ごと花を潰すのだった――。


●取り戻された光たち

 瞼を開いて最初に映ったのは天井。そして。

「気分はいかがですか?」
「あー…最低の気分だ」

 横たわった自分の隣に、栗色の長い髪。普段は整ったその髪が、今は少し乱れている。
頭を押さえ、暫くしてからラルクは呟いた。

「……悪かったな」

 ぽつり、と聞こえた言葉にアイリスから注がれる視線を感じる。
こんな無様な姿を見せたんだ、何て言われるやら……
爽やかにえぐられるような言の葉を構えていたラルクだったが。

「悪かったと思うのでしたら、近いうちに甘いものをご馳走してください」

 ラルクは見上げた。照明が逆光になって一層白く見えるその表情を。
全ては花のせい。
自分が気に病まないよう掛けられたのだろうか。一見分かりにくいったらない。おかしそうにラルクは笑った。

「そういうところが気に入ってるのは本心だぜ」

 また小さく呟く。
たとえその思いが災いしたのだとしても、言わずにはおれなかった。全部を花のせいにはしてくれるな、と。

「……分かってますよ」

 どこか優しさ含んだように、アイリスからも囁かれたのだった。

* * * * * * * *

「怖い思いをさせて済まなかった」
「みゅ、ミュラーさんっ、私大丈夫です、から……!」

 誰もいない休憩室に、瑞希の慌てふためく声が響いている。
意識を取り戻した途端、ミュラーは瑞希を抱きしめたのだ。

「……怖く、なかったの?」
「それは……全然、と言ったら嘘になりますけど……」

 でも、と続いた瑞希に首を傾げミュラーは待った。

「雰囲気が変わっても、ミュラーさんはミュラーさんだから……約束が、私に勇気をくれました」
「……助けてくれて有難う」

 瑞希は微笑んだ。
なんて綺麗な笑顔なんだろう……出会った頃はどこかずっと怯えた表情をしていたのに。
抱き締める腕に、力を込めそして伝える。
大切な相手へ、心配とか感謝とかの気持ちを全て形にして。
心に秘めがちな瑞希に対し、ミュラーは全てを言葉にする。
言わなきゃ伝わらない、伝えたい気持ち程……。
感謝の言葉を受け、照れくさそうに頷くこのコの不安や恐怖を言葉で拭えたらと、ミュラーは祈るのだった。 

* * * * * * * *

 崩れ落ちそうになった天藍を、ぎりぎりの力でどうにか受け止めゆっくりと床へ座らせる。
一度伏せられた、樹木の幹色の瞳に光が戻る。本来の温かさを宿して。

「すまない……すまない、かのん……」

 自分を包むぬくもりに気付けば、罪悪感が天藍の胸に押し寄せた。
傷つけたいんじゃない
ただ何よりも近くにいたいだけで……。
謝罪の言葉を繰り返す天藍を、かのんは両手で包み込んだまま微笑を浮かべ。

「どうか気にしないで下さい。どうやら天藍は、宿主の好意を殺意に変える植物というものに
 寄生されていたようですから」

 天藍が無事で良かった、とかのんらしい優しい言葉を向けられ。
それでも、自己嫌悪に苛まれ呟きを漏らす。

「すまない、最近は助けてもらってばかりだ。守ると言ったのにな……」

 性格による責任感と大事な人への愛しさの狭間で、自分を責める天藍の心をかのんは汲み取る。

「本気で殺したいと思う程、殺意に変わる前の想いが深かったという事でしょう?」

 はにかむ彼女の表情は、月光の光浴びる薔薇園で見たそれを思い起こす。
見蕩れそうになるその笑顔に、想いに際限はないのだと天藍は思い知らされる。
自分を抱くその細い体に両腕を回し、かのんを強く抱き締め返すのだった。

* * * * * * * *

 意識を覆っていた黒い霧が晴れ、クリアになった視界にルシエロはひろのを捉えた。
念のためと、ルシエロの服を剥ぎ、夢中で花の根っこを抜いている。

「ヒロノ」

 呼び声に動きが止まった。
自分の胸の上で馬乗りになった体が微かに震えているのに気付き、ルシエロは出来うる限りの抑えた声を発する。
もう大丈夫だ、と。
その頬に手を伸ばす。ビクリ、と一度強ばらせるものの、ひろのはその手を払いのけることはしなかった。

(生きているが、怖がらせたか)

 己の不甲斐なさを自嘲するように苦く笑う。
その小さな笑みに、先程までの怖さが消えているのをようやく確認し、ひろのは視線を落とした。

(私が、怪我、させ……)

 ひろのの、不安から来る表情の陰りにルシエロはすぐに気付き、まだ震え残すその体を引き寄せそっと抱きしめた。
そして、じわじわと広がる疲労に任せ目を瞑る。

「……ルシェ?」

 言葉なくただ温もりを分けてくる相手に、戸惑いながらも不安が和らいだのを感じた。
手当て、しないと。
そう思うものの、安堵からひろのにも疲労がやってきて。
(ちょっと。疲れた……)
ルシエロの規則正しい呼吸音に誘われるように、その体を温かな胸の中へと横たえた。
早く、帰って休もう……そうだ、一緒に、同じ場所に帰れるんだ……
最後にホォと息を吐いた所で、ひろのの意識は眠りの中へと沈んだのだった。



 武器のメンテナンスが終了した、という本部内放送を受け一同が顔を合わせることになったのは、その数十分後のこと。

「えっ? 皆様、そんな事になっていたのですか!? ……申し訳ございません、職員がどこも出払っていたようで……」
「あ、いいえ。結果としては無事でしたので」

 かのんが職員へ穏やかに返した。

「そうですね。甘いものを好きなだけ奢ってもらえることになりましたし、私も気にしていません」
「ちょっとまってくれじょおうさま」

 いつの間にか『好きなだけ』が追加されているアイリスの言葉に、
ラルクが財布の中身を思い出すように遠い目で天を見つめている。

「花に寄生されていることに気付けなかった……自分の落ち度でもあるし、な」
「ああ。俺も同じくだ」
「不可抗力ですから。どうか自分を責めないで下さいね、天藍」
「ミュラーさんも……。私、少しは役に立てた気がして嬉しかったですよ?」

 温かな微笑を向けるかのんに、いつか貰い続けたモノ全てを返していこう……己の一生をかけて……
と強く思い宿す天藍。
どこまでも健気な言葉に、もっと、もっと、己を磨かなくてはと瑞希に誓うミュラー。

「ひろのさんは、顔が少し赤いようですがどこか痛いのですか?」
「え、あ……いいえ。大丈夫、です」

 突然のアイリスからの問いかけに、一歩ルシエロの体の影に下がったまま小声で答えるひろのの姿。
気持ち良さそうに伸びをし、ルシエロがさらりと口にする。

「単に俺の体温が移っただけだろう」

 まさか、ルシェの体に身を預けたまま熟睡してしまうなんて。
自分の行動が信じられず、更に頬を赤く染めおずおず俯くひろのを見つめ。
……二人に何が? と斜め上に想像した職員とウィンクルムがいたとかいないとか――。



依頼結果:成功
MVP
名前:かのん
呼び名:かのん
  名前:天藍
呼び名:天藍

 

名前:アイリス・ケリー
呼び名:アイリス、アンタ
  名前:ラルク・ラエビガータ
呼び名:ラルクさん

 

メモリアルピンナップ


エピソード情報

マスター 蒼色クレヨン
エピソードの種類 アドベンチャーエピソード
男性用or女性用 女性のみ
エピソードジャンル 戦闘
エピソードタイプ ショート
エピソードモード ノーマル
シンパシー 使用不可
難易度 普通
参加費 1,000ハートコイン
参加人数 4 / 2 ~ 4
報酬 通常
リリース日 05月21日
出発日 05月26日 00:00
予定納品日 06月05日

参加者

会議室

  • [9]かのん

    2015/05/25-23:58 

    皆さんに伺って自分は答えていなかったので・・・
    こちらは無い物と見なして頂けると良いなと思いつつ、精霊の装備付けたまま提出しました
    (全部外したら神人との数値の差が凄かったので・・・)
    皆さん無事に目的を果たせますように

  • [8]瀬谷 瑞希

    2015/05/25-23:43 

    こんばんは、瀬谷瑞希です。
    パートナーはロイヤルナイトのミュラーさんです。
    皆さま、よろしくお願いいたします。

    装備の有り、無しでどの位数値が変わるのか
    装備付けたままだとよく判らなかったので、
    ミュラーさんの装備は外してプラン提出しました。
    バトルジャケットだけても…と思いましたが
    防御+1回避+1でも
    「ミュラーさんズルイです」涙目
    な気持ちになったので
    バトルコーデは全部外してみました。
    でも不安でいっぱいです。大丈夫かな…。

  • [7]かのん

    2015/05/25-22:56 

  • [6]アイリス・ケリー

    2015/05/25-22:50 

  • [5]ひろの

    2015/05/25-22:40 

  • [4]アイリス・ケリー

    2015/05/24-23:58 

    アイリス・ケリーです。
    協力することは出来ませんが…皆さんがよい結果を手にされますように。
    よろしくお願い致します。

    >精霊装備
    そのままでいくつもりです。
    装備を無視するということかと思いましたので。

  • [3]ひろの

    2015/05/24-14:04 

    こんにちは。
    ひろの、です。よろしくお願いします。
    え、と。皆さん、久しぶり……です。

    ルシェ、が……。

    >精霊の武器・防具
    ルシェの装備は、そのままつけていこうと。思ってます。

  • [2]かのん

    2015/05/24-12:02 

    こんにちは、皆さんおひさしぶりです
    何だかそれぞれ大変な事になってしまいましたね
    とにかく何とかしないと・・・
    どうぞよろしくお願いします

    PL(皆さんどうされるのかなと素朴に疑問なのですが)
    :今回、精霊さんは武器・防具とも所持していないものとしますとありますが、精霊さんのバトルコーデ装備していきます?外されます?

    (誤字脱字見つけて削除、再投稿していますorz)


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