ゼロから始めよう(あき缶 マスター) 【難易度:簡単】

プロローグ

●あなた、だれ?
 君は愕然としていた。
 ことは数日前に遡る。オーガを討伐せんとイベリンの山間に向かった君たちは、無事オーガを倒し、帰還の途についていた。
 山は山の天気らしく前触れもなく雲が湧き出て、しっとりとした霧雨が降っていた。
 そろそろふもとか、という頃、どこからともなく青い煙が漂ってきて君たちを包んだ。
 芳しかった。不気味なほどに。エキゾチックなムスクに似ている香りだった。
「!」
 ばたりと君のパートナーが倒れるのを見て、君はとっさに口鼻を布で覆う。
「吸うな! 毒みたいだ!」
 誰からともなく鋭い声が飛び交う。
 君はぐったりしたパートナーを背負い、走って青い煙を抜け出す。
 A.R.O.A.に緊急連絡を取り、急いでパートナーを病院に搬送したが、彼は二日ほど眠りから覚めなかった。
 やきもきしていた君に、ようやくパートナーが目覚めたという知らせが届き、飛んできた所なのに――。
「きみ、だれ?」
 パートナーは、自分の名前と言葉以外……全て忘却の彼方にあった。
「そんな……」
 がくりと膝をつく君に、医師の声は届かなかった。
「イベリンのいち地域にしか生息しない樹木『イベリンワスレ』の花粉を吸ったようです。この花粉は、吸った者の海馬に作用して一時的に記憶喪失になります。でも大丈夫、記憶は明日にでも回復しますよ…………」

解説

●内容:記憶喪失になったパートナーと過ごす
 記憶は何もしなくても翌日には完全に回復しますが、PCは知りません。
 取り残された方は「もう二度とパートナーの記憶は戻らない」と思って行動して下さい。

●記憶喪失
 神人、精霊どちらでも構いません。どちらが記憶を失ったか明記して下さい。
 記憶は、「自分の名前」「日常生活を送るための知識」「言語」以外すべて失われています。
 体には別状ないので、退院してウロウロしてOKです。

●必ず失っている記憶
 自分のパートナーについての記憶全て・ウィンクルム・神人の使命・インスパイアスペル・手の紋様の意味・トランス・オーガ・ジョブ・スキル・A.R.O.A.の存在・マントゥール教団

●記憶が戻るかも??
 強く望み、記憶の末節を刺激するような体験をすれば、早めに記憶が戻るかもしれません。

●ジェール消費
 入院代として500jr頂戴します。

ゲームマスターより

記憶喪失ネタはベタですが、ベタ故に素晴らしい萌えになるはずだ!
お世話になっております。あき缶でございます。
5月はあき缶の勝手に好き勝手月間でしたが、ラストは記憶喪失です。
また一から築きあげる決意をするのもいいでしょう。
奇跡を信じて記憶を戻すべく悪戦苦闘するのもいいでしょう。
忘れているのをいいことに、嘘偽りの記憶を教えるのもいいでしょう。
貴方は、真っ白な彼とどう過ごしますか??

リザルトノベル

◆アクション・プラン

初瀬=秀(イグニス=アルデバラン)

  なるほど、人生は無慈悲かつ残酷だ
大切なものほど簡単に逃げていく
……どうして
2度もこんな思いをしなきゃならないんだ

容体の変化が心配なので病院で様子を見たい
これからどうすべきか、まずは基礎知識から教え直すか
そういやそもそも名乗ってすらいなかったぞ俺
(ぱたり、手を止め)
……現実、逃避だな(自嘲気味に笑い)

ふと様子を伺えば疲れたのか寝息を立てている『相方』
……置いて行かないって、言ったじゃないか

(縋る様に、祈る様に左の掌に唇を落とし)


ぎゃああぁ!?(突然起きたのに驚いて全力パンチ)
ちょ、おま、起きてたのかよ!?
(ふと名を呼ばれたことに気づき)
……この、馬鹿野郎が……
(泣きそうな声でそれだけ紡いで)



羽瀬川 千代(ラセルタ=ブラドッツ)
  俺は記憶喪失であるらしい。確かに何も浮かばない
目の前で険しい顔をした、その人のことも

…あの、お名前を聞いてもいいですか
ブラドッツさん。俺の世話をして下さっていたんですよね?
ありがとうございました。何も覚えていなくて、ごめんなさい
それに、起きてすぐ怪訝な顔をして、きっと傷つけたでしょう

力になると言ってくれた、言葉はとても嬉しいけれど
俺と貴方は、どんな関係でしたか?

熱を持った手を振り解けない
貴方は…俺の恋人、だったのですか?

いえ。何だか、納得できました
握られた手に手を重ね、そっと自分の胸に当てて笑う
自分のことを思い出せないのは構わないと思うのに
…貴方を忘れてしまったことが、とても切ないと感じるのは


アレクサンドル・リシャール(クレメンス・ヴァイス)
  病院近くのカフェのボックス席へ移動

精霊は対人恐怖症なので
顔を見ないように気を付けながら
出来るだけ平静に話しかける

色々混乱してると思うから、事情説明するな
俺はアレクサンドル
えっと……
(精霊の変わらない表情に辛くなり、言葉に詰まる)
ごめん、やっぱり辛い
俺、クレミーの笑顔が大好きなんだ
改めてよろしくって、笑って握手しなきゃって思ってたけど、笑えない
クレミーの心は変わらないって思っても辛いよ

ごめんな、記憶ないのにこんなごちゃごちゃ言われても
反応に困るよな

(深呼吸してから相手をきちんと見る。少し泣きそう)
俺、クレミーの事『好き』だから
頼ってくれると本当に嬉しい
記憶、早く戻るといいな
戻って、欲しいよ



アオイ(一太)
  記憶を失うのは僕です。

目覚めると、一太が顔を覗き込んでいました。
覚えていないのは一太のことだけなのであまり困らない…と言ったら、睨まれてしまいました。
もともとお前はデリカシーがなかったとか…ひどくないですかそれ。長い耳を引っ張ってあげます。

退院してもいいと言われたのでそうします。
タブロスに帰ることにしましょうか。

(病院近隣を歩きながら)
料理ですか。うーん(考えながら)
作り方は覚えてますから、作れるでしょう。何がいいですか?
オムライスのクマ型!?
それはハードルが高いですね。
挑戦してみましょう。

クマ…?
ごめんなさい覚えてなくて。そんな拗ねないで。
(さっき引っ張った耳なでなで)



終夜 望(イレイス)
  【喪失側】
自分の目の前で両親が交通事故で死んでしまった事も、残った一人の兄も死んでしまった事、すべて忘れてどこか戸惑いながらも、記憶が無いまま己の身の上を騙るイレイスの話を信じ、彼自身をまた信頼していく。
自分がオーガと戦う存在であると告げられた時は流石に驚いたが、優しい性根はそのままなので、『誰かの助けになっていたのなら』と、わりとすんなり受け入れた模様。
(喪失時はイレイスを名前呼びです)

精霊と共に、記憶の無いまま日常生活を取り戻そうと家に帰る。
(本人は記憶を取り戻そう、という意志はあまり無い)

【記憶が戻る】
『兄貴―、明日の飯、チャーハンで良か………、あ、あれ、俺……』
(記憶が戻ると兄貴呼びに


●デリカシー欠如
 ぱちんと青い瞳が世界を写しだした時、視界いっぱいにうさぎ耳のテイルスが覗きこんでいた。
「お、目を覚ましたか。アオイ」
 と言うテイルスは、アオイとちゃんと名前を呼んだ。見たことのない子のはずだが、アオイのことを知っているような気安さだ。
「えっと?」
「……やっぱ、覚えてないのかよ」
 ぐ、と悔しそうにテイルスは眉をひそめる。
「えーと、はい。そうですね、お会いしたこと無い、と思います」
「会ってるっつーの!」
 うがぁと吠えるテイルスは、一太と名乗った。やはり、聞き覚えすら無い。
 ふふ、と笑うアオイに、一太は笑いの意味を問う。
「いえ……覚えていないのは貴方のことだけですから、あまり困らないですね」
 とアオイが言うと、一太はギリギリと音が出そうなキツイ視線をアオイに突き刺す。
「ほんとデリカシーねえな! もともとだけど!」
 と大声で言うので、病室だから静かにするようにとアオイが一太を注意する。
 んぐ、と詰まって、一太は声を潜め、
「俺のこと忘れて困らねえとかどういうことだよ。最低だなお前」
 と続ける。
「ひどくないですか、それ?」
 とアオイは一太の耳を引っ張った。
「ちょ、耳引っ張んな」
 ぶんぶんと首を振りながらも、文句の声が小さめなのを見ると、一太というテイルスは素直な子のようだ。アオイは微笑んだ。
「さてと」
「あっ、ちょっ。どこ行くんだよ?」
 ベッドから降りようとするアオイに、一太が慌てたように声をかけてくる。
「どこって……退院するんです。退院してもいいと言われたのでそうします。タブロスに帰ることにしましょうか」
「……家が……。家がタブロスってのは覚えてるんだな」
 なにか言いたそうに一太はアオイを見上げたが、結局どこかほっとしたような顔でそう呟くなり、出口で待っていると言い残して病室を出て行った。
 病院の出入口でアオイを待ちながら、一太は天を見上げる。
 胸の中のもやもやは、忘れられたことへの苛立ちだ。
「俺があいつを忘れるなら許せる。でも逆は駄目だ」
 いつも構ってくるくせに、『忘れても困らない』だなんて。
 ――どうしていいか……わかんねえだろ。
 ぐうっと眉を寄せた時、ようやくアオイがやってくる。
 ひょいと一人で帰ろうとするので、一太は慌ててアオイの後を追った。
「家は覚えてるんだろ。じゃあ飯も作れるか?」
 とアオイを覗き込みながら、一太が問う。
 アオイはうーんと思案しつつも、
「作り方は覚えてますから、作れるでしょう。何がいいですか?」
「オムライス。……クマの形したやつ」
 何度も作っている料理である。なのに、アオイは目を見開くのだ。
「オムライスのクマ型!? それはハードルが高いですね。でも挑戦してみましょう」
(……『挑戦してみましょう』か。それ初めて作った時も言ったよな……)
 改めてもう一度、重ねていかないといけないのか。気が遠くなる。
「お前の作るの、味はいいけどいっつもクマに見えねえ。今度俺のクマ、ガン見しろ」
 一太が言うと、アオイは困惑したように首を傾げた。
「クマ……?」
 一太は耐え切れない思いを吐露するように、街中だというのに叫んでしまった。
「俺のぬいぐるみだよ!」
 あっけにとられるアオイに気づかず、一太は震える声で続ける。
「一緒に服縫ったのに……」
 泣きそうな一太を、アオイは困りながらも、慰める。
「ごめんなさい覚えてなくて。そんな拗ねないで」
 そっと伸びた腕が、一太の耳を優しく撫でる。
「拗ねてねえ!」
 だが、アオイの胸に当たる拳は、どう見ても八つ当たりのそれだった。
「……どうあっても思いださせてやるから覚悟しろよ」
 緑の瞳がアオイを睨みつけた。

●なくなってもいいもの
 まっしろだった。
 自分について、覚えていない。
 ベッドに上体を起こした終夜 望にとって、目の前のイレイスと名乗る精霊だけがよりどころだった。
 イレイスは、困惑気味に何もかもを覚えていないと言う望の言葉を聞いて、
「そうか、全て忘れてしまったか。全て……」
 と神妙に呟き、何度も頷いた。
「いや、これはある種の幸運なのだろう」
 と続いた言葉は望には聞こえなかった。
「いや、心配することはないぞ。私が全部教えてやる。まず、お前は神人という存在で、オーガという……そうだな、人類の敵的なものと戦う宿命にあるんだな」
 ベッドの横の丸椅子を引き寄せ、どっかと座ると、人好きのする笑顔をイレイスは望に向け、つらつらと語りだす。
 オーガという脅威、神人という世界の希望、そしてウィンクルムという脅威に立ち向かう絆の関係。
「そしてお前の精霊が、俺……というわけだ」
「そう、なのか……」
 にわかには信じがたい話だが、望の手の甲に浮かぶ契約の紋章が何よりの証拠だ。
 しげしげと自分の手の甲とイレイスが見せてくる手の甲の紋章を見比べ、頷く。
「そうなんだな。流石にちょっと驚いたけど……俺が誰かの助けになっていたのなら、よかった」
 と穏やかに微笑む望に、イレイスは彼の優しい性根は記憶が喪失しても変わらないのだと気づく。
「イレイス、俺はどうしたら」
 もう望はイレイスを兄貴とは呼ばない。イレイスはそれが少し嬉しかった。
 望の過去は、あまり幸せなものとは言いがたいのだ。
 目の前で両親が事故で死に、残されたたった一人の肉親である双子の兄すら失った。その過去は、望を常に責める。特に兄の喪失は、望を苛むらしく、今『兄』と名乗るイレイスの危険を、身を挺してでも取り除こうとする。痛々しい、と常々イレイスはそんな望を見て、そう思っていた。
(記憶など、思い出さない方がいい。そのほうがよほど楽だ)
 イレイスは小さく息を吐く。
 そして金の瞳をまっすぐ見据えて、イレイスは望に告げた。
「記憶は無理して取り戻さずとも構わん。このまま日常が送れるなら何も問題はないのだから」
「そう、だよな」
 静かに頷く望の顔がどこか安堵しているように見えたのは、イレイスの希望から出た勘違いだろうか。
 抵抗しないあたり、望自身も記憶を取り戻したいという意志は薄いようで、イレイスにとってはそれも好都合だった。
「なら、住んでいる家に戻るぞ。体には別状ないらしいからな。晴れて退院だ」
 椅子から立ち上がるイレイスに、望も起き上がって身支度を整えだす。
「よろしく、イレイス」
 もう、二度と彼が自分を『兄貴』と呼ばなければいい。そうイレイスは願いながら、差し伸べられた手を握った。
「ああ。よろしく」
 だが、翌日。
「兄貴―、今日の昼飯、チャーハンで良か………、あ、あれ、俺……」
 一日で記憶は戻ってしまうらしい。罪な花粉だ、とイレイスは内心舌を打つ。
 だが、落胆の表情は一瞬でごまかして、イレイスは『いつも通り』に返した。
「……そうか。何でもいいが、デザートにプリンを忘れるな」

●その名前を知りたくて
 それではお大事に、という言葉と医者が閉めていったドアの音で羽瀬川 千代は我に返る。
 眼前の医者とディアボロが重ねた会話から、千代の退院が延期されたというのだけは、分かっていた。
 夕日が差す病室は、しんと静かで耳が痛いほどだ。いや、窓の外もドアの外も、病院らしい喧騒に包まれているのだが、二人には遠い。
 この少し狭い個室に、たった二人で取り残されて、千代は困ったように目の前で険しい顔をしているディアボロに、おずおずと話しかけた。
「……あの、お名前を聞いてもいいですか」
 このディアボロについての記憶は一切ない。記憶喪失だ、という医者の見立てを思い出して、なるほどと腑に落ちる。
「ラセルタ=ブラドッツ、だ」
 即答される名前を聞いてもやはり、千代は何も思い出せなかった。
「……ブラドッツ、さん……」
 口の中で転がしてみても、何も思い出せそうにない。一応、彼が契約精霊であり、千代の世話を焼いてくれていたのだということは、職員から説明を受けていた。
「ブラドッツさん。俺の世話をして下さっていたんですよね? ありがとうございました。何も覚えていなくて、ごめんなさい」
 謝罪を口にし、ぺこんと頭を下げる千代を見て、ラセルタはフゥと息を吐く。
「記憶を失くしても、根のお人好し部分は変わらないらしいな」
 その言葉に小鳥のように首を傾げつつ、千代は思う。
(起きてすぐ怪訝な顔をして、きっと傷つけたでしょうに)
 ラセルタの表情は不遜なままで、何を思っているのか良くわからない。
「このまま日々を重ねれば、お前はすぐ日常に馴染むだろう。俺様も出来うる限り力になる。思い出は再び築けばいい」
 とラセルタは傲岸に言う。
「……ありがとうございます」
 力になる、という言葉は嬉しい。何も覚えていない千代にとって、協力してくれる人の存在は、大海に浮かぶ筏のようなものだ。
「嬉しいです。でも、俺と貴方は、どんな関係でしたか?」
 ラセルタは一瞬だけ瞳の力を強めるも、すぐにふっと微笑むように表情を和らげた。
 そして千代に歩み寄ったラセルタは、そおっと千代の手を取る。
「俺様と千代は共に歩むことを選んだ」
 千代の契約の紋章に、腰を折ったラセルタはそっと唇を寄せる。
 『見ず知らずの人』に口付けられたというのに、千代の手は抵抗しなかった。
「二人だけの合言葉を囁き、頬に、手の甲に、額に、何度も口付けを交わし合う」
 ――そんな、仲だった。
 ついと青い瞳が上目に千代を捉える。
(この一時だけは。俺様だけを意識しろ。他の誰のことも、己のことすら忘れて)
 熱い視線を受け、千代は頬を染める。握られ、口付けられた手が熱い。でも、動けない。
「……貴方は……」
 千代は乾く喉と勇気を絞り出して、背筋を伸ばしたラセルタに尋ねた。
「……俺の恋人、だったのですか?」
 ラセルタはハッと瞠目するも、何も言わずに笑みを浮かべた。
「俺様では不服か?」
 いたずらっぽく囁かれた言葉に、千代は静かに首を横に振る。
「いえ。何だか、納得できました」
 まだ握られたままの手に、もう片方の手を重ねる。
 そのまま引き寄せ、千代は自分の心臓の上に手を当てた。
 どき、どき、と熱い鼓動がラセルタに伝わる。
「自分のことを思い出せないのは構わないと思うのに」
 千代の声は静かで、優しい。ラセルタが千代の顔に笑みを見る。
「……貴方を忘れてしまったことが、とても切ないと感じる」
 沈んでいく夕日、暗くなっていく病室。どんどん静かになっていく世界で、ラセルタは想う。
 ――俺様が欲した関係性の名は、もしかすると。

●切望の笑顔
 おどおどとベッドの上のファータは縮こまり、白いフードをなおさら深くかぶり直した。
 対人恐怖症なのは、記憶を失っても変わらないらしい。だから、周囲が全員見知らぬ人で、病院という見知らぬ場所であることは、クレメンス・ヴァイスにとってとても辛い状況だった。
「えっと、……場所、変えようか」
 静かで優しい声がクレメンスの頭上から降ってきて、クレメンスは僅かに首をそちらに向けた。
 赤い髪の少年と青年の端境にいる人間が、クレメンスの顔を見ないようにしながら声をかけてくる。
「静かなところに行こう」
 何も覚えていないのだけれど、クレメンスにとって、赤毛の彼はどこか安心できるような気がして。素直にベッドを下りて、彼についていく。
「二人。ボックス席をお願いします」
 とカフェの店員に、赤毛の彼は希望の席を伝えている。
 極力他人の視線にさらされない場所を、率先して選んでくれるところを見ると、彼はクレメンスのことをそれなりに知っているのだろう。
 席に座り、水が提供されてから、彼はしゃべりだした。
「色々混乱してると思うから、事情説明するな。俺はアレクサンドル」
 アレクサンドル・リシャールと名乗るが、やはりその名を聞いても何も思い出せない。
 それからアレクサンドルは色々とウィンクルムについての説明をしていたが、急に黙り込んだ。
 どうしたのだろう、とクレメンスが思っていると、アレクサンドルはうなだれる。
「ごめん、やっぱり辛い」
 苦しそうに吐露される言葉に、クレメンスは困惑する。
 どうも、アレクサンドルにそんな顔をされるのは嫌で、その理由が自分でわからなくて。アレクサンドルにも自分にも戸惑ってしまう。
「俺、クレミーの笑顔が大好きなんだ。改めてよろしくって、笑って握手しなきゃって思ってたけど、笑えない」
 アレクサンドルの言葉に、クレメンスは少なからず驚いた。
 こんな対人恐怖症の自分が、彼には笑顔を見せていたのだという。そうそう信じられない。
「クレミーの心は変わらないって思っても辛いよ」
 と呟くアレクサンドルは、唸りながら赤い髪をぐしゃぐしゃとかき回した。
「ごめんな、記憶ないのにこんなごちゃごちゃ言われても反応に困るよな」
 ため息と一緒に、謝られて、クレメンスはますます困ってしまった。
 違う、彼にはこんな顔をしてほしくない。理由はわからないけれど。
「笑顔……見せてたんやろうか」
 ぽつんとこぼした呟きに、アレクサンドルはハッとしたように顔を上げると、しっかりと一つ頷いた。
「携帯、見て欲しいんだ」
「携帯……」
 ごそごそとポケットを探り、携帯電話を取り出す。待ち受け画面を見て、クレメンスは息を呑んだ。
 おおかた自撮りだろう。少し傾いた角度でクレメンスとアレクサンドルが写っている。
 写真の中のクレメンスは、確かに控えめながらも笑っていた。
「な」
 と言いながら、アレクサンドルも自分の携帯電話を取り出して待ち受け画面を見せてくる。
 全く同じ写真が表示されていた。
「俺」
 アレクサンドルは、ひりつく喉を落ち着かせようと、一度大きく息を吸って吐き、クレメンスを真っ直ぐに見つめた。
 ずっと顔を見ないようにしていた配慮を取っ払われた形だが、不思議とクレメンスには苦痛ではなかった。
 真っ直ぐな赤い瞳をクレメンスに向け、アレクサンドルは言う。
「俺、クレミーの事『好き』だから。頼ってくれると本当に嬉しい」
 クレメンスがそっと頷くと、アレクサンドルは破顔する。
「記憶、早く戻るといいな」
 明るく言われ、クレメンスは小さくも返事をした。
「……そうやね」
 それから、しばらくの沈黙の後、クレメンスは付け加える。
「……あたしはこんな風にいられた事忘れてるのは嫌や」
「戻って、欲しいよ」
 応えるアレクサンドルの声は泣き声だった。
 クレメンスは顔を伏せるアレクサンドルを見やり、何も思い出せない自分を歯がゆく感じる。
(あんさんの泣き顔も嫌やね)

●口吻の意味を
 人生は無慈悲かつ残酷だ。大切なものほど簡単に逃げていく。
 真っ暗な病室の中で、初瀬=秀は遠い目で呟く。すっかり日も落ちたから照明くらい点けなければと思うのだが、どうにも体が動かない。
「どうして」
 二度もこんな思いを。
 目の前の白いベッドの上で、うつらうつらと眠っているイグニス=アルデバランは記憶喪失なのだという。
 なんて笑えない冗談だ。
 何回失えばいい?
 神人として顕現した切っ掛けも喪失だった。
 それから、イグニスと出会って契約して、今度こそはと思っていた。
 先日、契約を解消させられる夢を見て、白昼夢で良かったと、心から安堵した矢先だ。
 なのに、今のイグニスは秀のことを何も覚えていないという!
 さきほど、ようやく目覚めたイグニスに、きょとんとした目で見られたのは、少なからず秀の心を傷めつけた。
「……これからどうしましょうね、困りました」
 とへにょりと眉を下げて、つぶやいたイグニスは、ショックで何も言えない秀を気遣うこともなく、
「絶対に忘れちゃいけないはずの何かを置いてきてしまったようで……早く、探しに行かないと」
 と言って、また眠り始めてしまったのだ。
「記憶喪失、か」
 なかなかイグニスが覚醒しないので心配だと、医者に相談して、退院は先延ばしにしてもらった。
「これからどうすべきか……」
 基礎知識から再び彼に教えていかなければならないだろうか。日常生活を送る分には問題ないようだが、これからもA.R.O.A.の依頼をこなしていくのならば、覚えなおしてもらわないといけないことがたくさんある。
 まずはオーガについて? それともエンドウィザードの戦い方について?
 そこまで考えてから、秀はふと気づく。
「そういや、そもそも名乗ってすらいなかったな、俺」
 また『相方』に対して『初めまして。初瀬=秀です。これからよろしくな』とでも言えというのだろうか。
「…………現実、逃避だな」
 ふっと秀は自嘲の笑みを浮かべた。一人から回っている。
「……置いて行かないって、言ったじゃないか」
 これくらいの文句くらい、眠っている相手なんだ、言ってもいいはずだ。
 秀はイグニスの左手を握る。
 縋りつくような、懇願するような、もしくは祈りのような。真摯なキスを掌に贈った。
 ――悲しい、寂しい? どうしてでしょう。
 ぼんやりと遠い感触に、イグニスは寂寞を感じる。
「約束だったろ」
 誰かの声に、イグニスは夢現に頷く。
(そうだ、置いていかないって約束したんだった。……ん?)
「ん?!」
 みるみるうちに記憶がつながっていく。
「秀様ぁ!?」
 がばりと跳ね起きたイグニスに、驚愕したのは秀である。
「ぎゃああぁ!?」
 反射的に拳をイグニスに叩き込む。
「って痛い!」
「ちょ、おま、起きてたのかよ?!」
「あ、おはようございます!?」
 すごく恥ずかしいことをしていたというのに!!! と顔を真っ赤にする秀はハタと気づく。
「って……お前、今…………名前」
「え? 今? え? え??」
 イグニスの中の軽い混乱もすぐに収まった。
「……はい、秀様」
 とまっすぐ見上げて微笑むと、秀は震える声を絞り出す。
「……この、馬鹿野郎が……」
 秀の瞳が潤んでいるような気がしたが、きっと気のせいだろう。
「……はい。心配かけてごめんなさい」
 ベッドをするりと下りて、イグニスは秀を抱きしめた。
(トランス以外で初めてキスしてくださいましたね)
 イグニスは思い出す。掌へのキスの意味。
(……懇願、でしたっけ)
 彼の懇願は、届いた。



依頼結果:成功
MVP
名前:アレクサンドル・リシャール
呼び名:アレクス
  名前:クレメンス・ヴァイス
呼び名:クレミー

 

メモリアルピンナップ


エピソード情報

マスター あき缶
エピソードの種類 ハピネスエピソード
男性用or女性用 男性のみ
エピソードジャンル シリアス
エピソードタイプ ショート
エピソードモード ノーマル
シンパシー 使用不可
難易度 簡単
参加費 1,000ハートコイン
参加人数 5 / 2 ~ 5
報酬 なし
リリース日 05月28日
出発日 06月04日 00:00
予定納品日 06月14日

参加者

会議室

  • [5]羽瀬川 千代

    2015/06/03-23:58 

  • [4]羽瀬川 千代

    2015/06/03-23:58 

    出発寸前のご挨拶になってしまいましたが……。
    羽瀬川千代とパートナーのラセルタさんです。
    無事、プランは提出できました。皆さんが大切な時間を過ごせますように。

  • ぎりぎりの挨拶でごめん
    アレックスと相方のクレメンスだ。

    なんていうか、記憶がないってつらいよな。
    早めに戻ってくれると嬉しいんだけどな……。

  • [2]初瀬=秀

    2015/06/03-20:30 

    出発間際の挨拶になっちまったな、初瀬だ。
    ……まあそれぞれに大変だとは思うが、
    いい結果になるように。祈ってる。

  • [1]アオイ

    2015/06/03-14:17 

    皆さん、はじめまして。
    ご挨拶がぎりぎりになり、申し訳ございません。
    アオイです。
    プランはなんとか書き上げました。

    今回はウィンクルムそれぞれのお話になるかと思いますが、皆さんが大切な方との記憶を思いだせますように。
    ……といっても、僕たちは思いだそうとしていないのですけどね。


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