リザルトノベル
◆アクション・プラン
羽瀬川 千代(ラセルタ=ブラドッツ)
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1
夕暮れの海岸をのんびりと散歩
波打ち際を歩く足取りは心持ち軽く
いつも追い掛けていた背中が、今は隣にある事が嬉しくて
そっと小指だけ絡ませて浅瀬に引き留める
ええ、と…海の色がね、綺麗だと思って
浮かれているかな、ごめん
半ば強引に目を合わせてきた彼の瞳は海と同じ色で
きっと今はお揃いなのかな、なんて考える
緊張と恥ずかしさで心臓の音はうるさい位だけれど
それ以上に、
もっと彼のそばへ、いきたい
一歩二歩、惹かれるように彼の胸元へ頬を寄せる
もう隠さなくてもいい想いが、堰を切って溢れて
…俺、ラセルタさんが好きだよ。大切に、想ってる
夢じゃなくて、きちんと伝えておきたかったから
背伸びをして、きっと届く筈と目を閉じる
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ゴールドビーチの太陽はもうすぐ沈みきる。
金と橙と紫のグラデーションが空を染めた夕暮れの海岸。海面は斜陽を反射させて金色に煌いている。昼間の賑わいが嘘のように引き、砂浜にいるのは太陽の名残を静かに楽しむ者達、夜を満喫しようと構えている者達だけだ。
そんなしっとりとした狭間の時間帯の波打ち際を『羽瀬川 千代』と『ラセルタ=ブラドッツ』は歩いていた。
二人は水着に薄手の上着を羽織っているだけ、サンダルを手に持ってはいるが素足だ。心地良い風が二人の髪を悪戯に乱す。
ラセルタは温い白い砂を踏む感覚が心地いいらしく、ずっと楽しげな表情だ。
そしてその隣を歩く千代の足取りは、心持ち軽い。
緩やかな歩調。ラセルタが千代の歩幅に合わせているのだ。
そのさりげない行動が千代には嬉しい。
いつも追い掛けていた背中が、今は隣にある。隣に、いさせてくれる。隣へ、追いつけた。
すぐ隣にあるラセルタの腕は掠めるほどに近い。千代はその距離をさらに縮めるかのように、そっと小指だけ絡ませる。
悪戯に水でも掛けるかと思案していたラセルタは、突然の微かな引っ張りにすぐ気付き、引かれるがままに足を止めた。
「ええ、と……海の色がね、綺麗だと思って」
引き止めた千代の方をラセルタが見れば、千代が照れたように言う。
「浮かれているかな、ごめん」
恥ずかしそうに笑って目を伏せれば、す、と大きく美しい両手が千代の頬を包む。乱暴ではない、けれど逆らえない不思議な強さで、ラセルタは千代の顔を上げさせて伏せられた目を覗き込む。
ラセルタを見る千代の目。その目元が赤く染まって見えるのは夕日の所為か、それとも千代の何らかの気持ちの露出か。
ラセルタはおかしそうに含み笑いをし、目元を親指でそっと撫でてから両手を離す。そしてそれ以上はあえてそこには触れず、黄緑がかった金の瞳をじっと見る。そこに映る海の色を。元より蕩けるような金色ではあったが、この煌きは波打つ水面の黄金色を反射しているからか。
「……なるほど、確かに美しいな?」
今は俺様だけのものと思えば、尚更に。ラセルタが口の端をあげて笑みながら言えば、千代の心臓がうるさいまでに跳ねる。
「何処を見て確認してるの……」
突然の接触とからかいのような言動に、恥ずかしさから目を逸らしそうになるが、逸らせない。逸らしたくない。
ずっと見ていたくなるこの気持ちは、もうずっと前から持っていたものだ。その気持ちに逆らわず、千代は同じように実を見つめ返す。
千代から見るラセルタの瞳は鮮やかな水色で、それは数時間前まで広がっていた海そのもの。
まるでここに昼間の海と夕方の海が揃ったようだ。けれど今、この眩しいまでの水面の前では、ラセルタの水色の瞳もまた、金色の輝きが写されている。
(きっと今はお揃いなのかな、なんて)
心臓の音が速く大きく鳴るのを感じながら、揃いの瞳を嬉しく思った。
二人きりで、並んで歩き、そして今は向かい合って目を合わせて。
だけど、それ以上に。
(もっと彼のそばへ、いきたい)
揃いの輝く瞳を、もっと近くで見つめていたいと思う。
千代には言いたい事があった。伝えたい事があった。
一度は秘め続けようと決めて、けれどフィヨルネイジャの夢の中で秘め続けるのは無理だと、耐え切れないと思い知り、夢の中では口にしてしまった。
ラセルタへの、恋心を。
「あのね、ラセルタさん―――」
緊張から震える声で呟けば、足元の波が声を掻き消す。目の前のラセルタは不思議そうな顔をしている。
千代は、失敗した、と苦笑する。けれど、だからといって伝える事をやめようという気にはならない。
この距離でも、届かないものがある。邪魔されるものがある。それならする事は一つだけだ。
(もっと、もっとそばへ……)
自分達を遮るものが何も無いところまで、近づけばいいだけだ。そして今、千代はそれをすることに躊躇いはない。
ラセルタが千代へ何と言ったのかと問おうと口を開きかけた時。
千代は僅かな距離を一歩二歩と詰めて、惹かれるようにラセルタの胸元へ頬を寄せた。
ラセルタはそんな千代に少し驚き一瞬目を瞠り、けれどすぐに柔らかく微笑んで身体を受け止める。自然と伸ばした手は千代の乾いた髪を梳く。何度もゆっくりと。
その手の優しさに、千代の伝えたい想いが、もう隠さなくてもいい想いが、堰を切って溢れてきた。
素肌から伝わる、ラセルタの温かさ、そして力強い鼓動。それらを感じながら、千代はラセルタを見上げ口を開く。
「……俺、ラセルタさんが好きだよ。大切に、想ってる」
ウィンクルムのパートナーとして、以上に。
夢じゃなくて、きちんと伝えておきたかったから、と千代は言う。
言うのと同時に、また心臓が早鐘のようになっていくのがわかった。
所有物だと、ずっと隣にいると、そう言われたけれど、けれどこちらが改めてはっきりと口にするのは何か違う。ラセルタの反応が気になってしまう。
そのラセルタは、自分の胸元で告げられた言葉を反芻する。千代の飾り気の無い言葉はひどく胸に響いていた。
ブラドッツ家を建て直すと決めてから誰も頼らず独りで生きてきた。
失くしてしまった場所、失くしてしまったもの。大切な存在。
取り戻す為、手に入れる為、二度と失くさない為に奔走すれば、世の中は綺麗事だけでは進めない事を知った。いや、そもそも全て失った時点で分かっていた事だ。それでも、進めば進むほどに重く横たわる現実。
そんな中で出会った、ウィンクルムという繋がり。
『羽瀬川 千代』という存在。
嘘を吐く必要も、裏切りを疑う必要も無い。そんな奇跡の様な存在に出会った事が、出会えた事が、こんなにも。
己の知らぬ内に救いになっていたのだと。
「……千代」
言葉にならない。ただ想いを込めてその名前を呼ぶ。千代はその呼ばれた名前の響きに、ほぅ、と安堵に似た喜びの息を漏らす。
知り合ったばかりの時は、こんな風に互いを想っていなかった。
共に出かけ、依頼をこなし、過去を知り、心に触れ、未来への約束をし、そして今へ辿り着いた。この育った想いを抱えて。
「千代」
するり、何度目かの髪を梳く動作と共に、微笑む。
それだけで二人は通じ合った。お互い、同じ想いを抱き、伝えようとしているのだと。
千代は微笑んだまま背伸びをする。きっと届く筈と、目を閉じる。
触れるだけの、数秒の口付け。
それが呼び水となったかのように、ラセルタは千代を抱き寄せる。昼の海と夕方の海が距離を消す。
世界はまだ夜に飲まれる事無く、黄金に光り輝いている。二人を祝福するかのように。
「千代、俺様もだ」
波が二人の足元を撫でていく。耳に心地いい音を響かせながら。
そんな世界の中で、二人の吐息が深く重なった。
依頼結果:大成功