リザルトノベル
◆アクション・プラン
アンダンテ(サフィール)
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海から上がって海の家へ
かき氷もぐもぐしながら歓談
海って楽しいのね
他にも海でしかできない事とかやってみたいわね
そうね、例えば…
波打ち際を二人で…まだ言ってる途中なのだけれど
楽しそうじゃない
前を走るサフィールさんを私が追いかけるの
…そうね、人に迷惑掛けたらだめね
じゃあ人がいなかったらいいの?夜とか
でもやっぱり無料っていい響きよね
でも条件って撮影だったわよね
受けてみればよかったのに
仏頂面、ね
まあ確かに笑ってはいないけど色んな表情はしていたわよ?
それならそんな色んなサフィールさんは私が独り占めしてるって事よね
なんだか、なかなかいい気分ね
丁度かき氷でキーンとしてた
…あ、ごめんなさい。何か言った?
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波は日差しをはね返し、輝いている。
快晴のもと、パンテオン・シーでは今日も数多くの老若男女が、思い思いの目論見で海を楽しんでいた。
そんなにぎわうビーチの客のひとり、仏頂面のある青年。
青年は、ぼんやりと波間をながめている。
ぷくり、とひとつ気泡があがった。
徐々に泡は増えていき、やがてボコボコと音をともなった泡がたつと、ほどなく水面に女人が姿を現した。
「ああ、苦しかった!」
くっきりと凹凸のある身体と、深い黄金の瞳と、闇夜から夜明けまでの経過を思わせるような濃淡のある紫の髪と。
長い髪は背中に張りつき、点在する水の玉が肌をすべる。
知らぬ者が彼女を見つけたのなら、よもや人魚かと目を見張らせたことだろう。
だが青年は特に驚きもせずに、落ちついた様子で声をかけた。
「アンダンテ」
彼女は青年のほうへと振りむく。
「髪が……」
もぐる前と今とで、彼女に変わってしまった部分があるらしい。
アンダンテと呼ばれた女性は頭の後ろに手をまわし、それからしまったと言いたげな表情を見せた。
「ああ、いけない、切れちゃったのね」
海にはいるさいに髪をまとめていたものが、何かの拍子でとれてしまったらしい。
しかしアンダンテはさほど残念そうな素振りはみせず、明るい顔で向きなおった。
「仕方ないわね。ちょうどいいわ、ひと休みしましょう、サフィールさん」
アンダンテは両手で髪の滴をきりながら提案をすると、青年は――サフィールは――それを受けいれる。
二人はパラソルの並ぶ海の家へと向かった。
アンダンテはかき氷を、サフィールは焼きそばを注文し二人は席についた。
日差しはパラソルでしっかりと遮られ、砂を巻きあげる風もなりを潜めている。
飲食の食器はガラスの器や陶器の皿で、紙やプラスチックの使い捨て製品ではない。
波の音とはしゃぐ人々の声を遠くで聞きながら、アンダンテは至極満足そうにかき氷を頬ばった。
「海って楽しいのね」
「まあ、それなりに」
焼きそばをすすりながら、サフィールは相槌をうつが、アンダンテの言葉には何か思うところがあるらしい。
(浮いてるだけだった気がするが……)
サフィールがアンダンテを観察した限りでは、波に逆らう遊泳だとか海底の景観観光だとかいった、海ならではの行動はあまりしていない。
のんびりとラッコのように波をただよい、暑くなればときどきもぐり、以下くり返し。
早い話、市内のプールでもできることだ。
しかしサフィールは楽しいのならいいかと、あっさりと流した
遊びにきたけどイマイチだったよりかは、はるかにいいに決まっている。
「他にも海でしかできない事とかやってみたいわね」
「海となるとなんでしょうね」
「そうね、例えば……」
アンダンテは氷を運ぶ匙をとめて、考えこむ。
すぐにパッとした顔を見せた。
「波打ち際を二人で「却下です」
その笑顔と声音で容易に先を推測できたサフィールが、会話に強制ブレーキをかける。
アンダンテは不満そうに口を尖らせた。
「……まだ言ってる途中なのだけれど」
「前半の言葉だけで充分です。さすがにそれは……」
アンダンテには純粋な遊戯なのかもしれないが、サフィールにとってはただの羞恥プレイである。
アンダンテはなおも言い募る。
「楽しそうじゃない。前を走るサフィールさんを私が追いかけるの」
配役がおかしい。そもそもこの手の追いかけっこはどこまで走るのか。
ゴールはあるのか。端まで行ったらUターンを するのか。
そして今脳内を流れる謎の水しぶきとともに走る二人の映像はなんだ。
頭にわきでたもろもろの一切をサフィールは追い出し、当たり障りのない常識でひとまずアンダンテの説得を試みる。
「……ほら、人も多いですし浜辺を走ったら他の方に迷惑じゃないでしょうか」
意外にもこの言葉は効いた。
「……そうね、人に迷惑掛けたらだめね」
単純でよかったと、サフィールは安堵の息をつく。
「じゃあ人がいなかったらいいの?夜とか」
そして油断直後の狙撃である。
しまいかけた説得の銃を再び構え、サフィールは話の矛先を別な方向へ向かせようと試みる。
「あー……スイカ割りなどどうでしょう? 定番ですが……」
格別、スイカ割りがやりたかったわけではないが、追いかけっこに比べればはるかにマシだ。
アンダンテの瞳が輝く。
「いいわねスイカ割り! まさに夏の海って感じね」
今度こそ決着がついた。ぐったりとした疲れを感じながら、サフィールは無心に焼きそばをすする。
そんな彼の心などつゆ知らぬ様子で、アンダンテは思いがけない今回の旅行に改めて感謝をしていた。
「でもやっぱり無料っていい響きよね」
「ええ、無料はいいものです」
以前にも聞いた台詞だと(確かウェディングフェアだ)思い返しながら、サフィールは同意する。
この二人、妙なところで妙な息が合う。
「でも条件って撮影だったわよね」
「……そういえば」
そしてギブ・アンド・テイクが成立していないことにも気づいたようだ。
先方からのギブだけで終わっている。
「受けてみればよかったのに」
「ああいうのは苦手でして……それに仏頂面の男を映してもあれでしょう」
なにも面倒だからと、サフィールは断ったわけではない。
楽しい行楽地で、表情もアクションも薄い男をカメラで追っても、視聴率の足を引っ張るだけだろうと判断をした彼なりの気遣いだった。
アンダンテはサフィールの目をのぞく。
「仏頂面、ね」
その言い方にはどこか含みがあった。
「まあ確かに笑ってはいないけど色んな表情はしていたわよ?」
きょとん、とした瞳でサフィールは見つめ返す。
「俺が?」
「気づかなかった?」
サフィールは首を縦にふる。気づかなかったし、知る手段もなかった。
「そう。知りたいのなら細かく教えるわよ」
サフィールは首を横にふる。
気にはなるものの、知りたいとは思わない。なんとなく、頭を抱える未来を思い浮かべてしまう。
「遠くからだとわかりづらいサフィールさんの表情も、近くで見ていると、なんとなくわかるの。ああ、何かいいことがあったんだな、今ちょっと困ってるのかなって具合にね。みんな気づかないのかしら?」
「おそらく、アンダンテだけだと思います」
現在、サフィールのもっとも近くにいる存在はアンダンテしかいない。彼女でなければ難しいだろう。
そう伝えれば、突然、アンダンテの表情が明るくなった。
「それならそんな色んなサフィールさんは私が独り占めしてるって事よね」
独り占め、これも前にどこかで聞いた言葉だとサフィールは思う。
「なんだか、なかなかいい気分ね」
弾んだ声、華やいだ笑顔。
その明るさに揺さぶられて、サフィールは心をそのまま口にしてしまう。
「じゃあ逆に言えば俺もアンダンテを独り占めしてたって事ですか」
サフィールの一番近くにいるのが、アンダンテなのなら、当然アンダンテのもっとも近くにいる存在はサフィールだ。
「まあ、悪くはない、でしょうか」
ここでハッ、とサフィールは我にかえる。
今、とても恥ずかしいことを口にしてしまったのではないだろうか。
対面の反応はない。
サフィールは素早く視線を投げて、アンダンテの様子をうかがう。
アンダンテは氷の冷たさに、文字通り頭を痛めていた。
「……あ、ごめんなさい。何か言った?」
「……いえ、何も言ってません」
なんて時に、なんて場面で、またこの人は。
ほっとしたやら悔しいやら、サフィールは中途半端な心境で残りの焼きそばを平らげる。
「さあ、食べたらスイカ割りね。ここに来る途中でスイカを売ってるところを見つけたわ」
「……できるだけ小さいのを選んでください。割っても食べるのは俺たちだけですから」
もうこうなれば今日はとことんつきあってやろうと、サフィールは完全に開き直る。
この時、店員がやってきて空になった二つの食器を一つのトレイにまとめて持ち去って行った。
水滴ですべったガラスの器が、焼きそばの皿にあたる。
カツン、とちぐはぐな乾杯の音を鳴らした。
依頼結果:大成功