リザルトノベル
◆アクション・プラン
ロア・ディヒラー(クレドリック)
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クレちゃんとウィンクルムになってもう1年たっちゃったんだね。早いなー…
ねぇ、クレちゃん、そういえばさ私の事実験台や観察対象だって最初の頃思ってたみたいだけど…私クレちゃんの友だちになれたかな?わ、私は…クレちゃんと仲良くなれたかなって思うんだけど。…でも学校の友達とはなんか違うんだよね。もっと親密っていうか、近くにいて安心する事もあるし、ドキドキすることもあるし…な、なんだろねこれ。
(クレちゃんのいきなりの言葉に驚きつつ)お、覚えてるも何も…あの時はごめんどうかしてた。欲望って意味でしょ?欲望に溺れた私への罰であんな…
執着?
(逃がさないという言葉に驚きつつ目の前の妖艶な笑みに捕らわれて動けない
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この時、ムーングロウの「月明かりの散歩道」に、人はいなかった。
つまらないからではなく、ここの他にも見ごたえのある景観や心浮き立つ施設がいくつもあるためだった。
現在、観光客はここ以外の娯楽場へと散っているらしく、静寂が我が物顔で陣取っている。
しゃべらぬ客にヤシの木たちは暇そうだ。
不意に葉がざわめいた。
静寂は退散しヤシの木の群が姿勢をただす。
カツカツと足取りのしっかりした足音、コツコツとかかとが跳ねるような足音。人が来たのだ。
足音が大きくなるにつれて話し声も聞こえてくる。
ほどなく、一組の男女が姿を現した。
「わ! クレちゃん、誰もいないよ!」
少女は――ロア・ディヒラー――は意外そうな声をあげた。
クレドリックの名をもつ青年も目だけで驚く。
まさか誰もいないとは思わなかったのだ。
「なんだか得しちゃったね」
はしゃぐロアにクレドリックも同意する。
(静寂にロアの声だけが響いている。世界にロアと私の二人だけのようではないか)
単なる偶然が生んだ空間を、まるで自分たちのために用意してくれた舞台のようで、クレドリックの気分はよかった。
「クレちゃんとウィンクルムになってもう1年たっちゃったんだね。早いなー……」
何となくといった風のロアの呟きを、クレドリックは聞き逃さなかった。
「ああ、ロアが他人行儀に『クレドリック』と私を呼んでいたのもつい昨日のことのようだ」
「ごめんってば……」
感想なのか非難なのか、どちらともとれるよう淡々とした口調でクレドリックは告げられて、ロアはバツが悪そうに謝る。
仕方ないではないか。
なにせあの頃のクレドリックは、正体不明の怪しいマッドサイエンティスト以外の情報ぐらいしかなく、何を信用したものかと頭を悩ませていたのだから。
ロアにつられてか、クレドリックも当時を振り返る。
「1年…そうか、ロアとの時はずっと昔からのような、そんな気がしていたというのに」
それから、彼らからぱったりと言葉が止む。
もう1年たったと告げるロア。
まだ1年なのかと驚くクレドリック。
それぞれの時間の感じ方が、そのまま二人の現在の立ち位置を表しているかのようだ。
彼らの気持ちはまだ重なっていない。
奇妙な沈黙に耐えられなかったのか、あるいは今がその時と思い立ったのか、ロアは前からクレドリックに尋ねようと考えていた気持ちを明かした。
「ねぇ、クレちゃん、そういえばさ私の事実験台や観察対象だって最初の頃思ってたみたいだけど…私クレちゃんの友だちになれたかな?」
友達、と聞き返したそうな顔で、クレドリックはロアを見つめる。
「わ、私は…クレちゃんと仲良くなれたかなって思うんだけど」
おこがましいことを言ってやしないか、自分だけが舞い上がってやしないかと、顔を赤らめていくロアとは対照的に、クレドリックの心はどんどん冷えていく。
(この間私はロアの事が好きだと気づいた。ロアは違うのだろうか)
ある男の不思議な歌のせいで、牛に憑依されてしまったロア。
元の姿へもどるための儀式は愛の告白。
「好きだ」と告げて、クレドリックはロアへの思慕を自覚した。
ロアと出会ったときから、クレドリックを悩ませていた解をようやく得られた瞬間でもあった。
この大切な気持ちは、ロアの心を揺らすものではないのだろうか。
「……でも学校の友達とはなんか違うんだよね」
だが、ロアの続く言葉がクレドリックの不安を打ち消した。
「もっと親密っていうか、近くにいて安心する事もあるし、ドキドキすることもあるし…な、なんだろねこれ」
ここでロアは口を閉じた。
クレドリックの様子をうかがうように、ちらりと視線をなげる。
「な、何か言ってよ……」
一向に反応のないクレドリックに、ロアはいたたまれない気持ちで会話を促す。
だがクレドリックは黙している。彼はロアの問いとはまた別のことを考えていた。
(ロアに私の事を好きになってもらいたい)
気持ちを自覚したのなら、当然わき起こる望みだった。
(まずは私のロアへの思いの片鱗を声に出して反応を試す)
学者らしく、まずは調査。
穴に石を落とし、底に当たって返ってきた音で深さを測るような、測定を試みる。
いきなり想いの丈をぶちまけるような真似はしない。いや、できるはずがない。
(告白はまだできない。拒絶されたら私は…)
その先を思い、浮かぶ悪夢にクレドリックの心が軋む。
想像ですらこの痛みだ。現実ならば、冗談抜きで死ぬかもしれない。
クレドリックは沈黙を破った。
「……首筋にキスした事覚えているかね?」
予想外の話題をふられて、ロアの瞳が丸くなる。
忘れるはずがない。ルーメンの夢蜜房。ロアを惑わせた甘露の蜜。
ただし、ロア記憶の限りでは、キスではなく単なる噛みつきだったはずなのだが。
「お、覚えてるも何も…あの時はごめんどうかしてた」
しどろもどろになりながら、ロアは過去を振り返る。
舌を走るあのなめらかさ、脳をとろかすほどのあの甘さ、痺れた心の臓。渇いた喉が水を求めるように、あのとき、確かにクレドリックが欲しかった。
そして何もかもが熱かった世界の中で、唯一冷たかったクレドリックの瞳。直後、かけられた水よりも冷たかった。
灸をすえると噛みつかれ、キスの意味を調べろと叱られた。
「ふむ、では宿題の答えを聞くとしよう。あのキスの意味は?」
「……欲望って意味でしょ?」
答えを見つけた瞬間、ロアは恥ずかしさでジタバタと暴れてしまったことをまだ覚えている。
まさかあんな形で、クレドリックに食い意地の悪さを指摘されるとは思わなかった。
「欲望に溺れた私への罰であんな……」
「違うのだよロア」
会話が遮られる。
クレドリックはやはり通じてはいないかとでも言いたげな、どこか呆れた表情をしていた。
「それもあるが意味は執着」
「執着?」
ロアが問い返して間もなく、クレドリックはそのすぐそばへと近づいた。
ロアの正面からかがみこむようにして背を丸め、小さな左耳に口を寄せる。
「私はロアに執着しているのだよ」
ささやいた。
「逃がさないから、覚悟していたまえ」
耳元から口が離れ、視線と視線が間近で巡り会う。
「逃がさない」と、確かに彼はそう言った。ロアの瞳がクレドリックをとらえる。
クレドリックは笑っていた。
とても妖しく、とても優しく、ただ、ただ、美しく。
スッ、とロアの心が静かに澄んでいく。
この世界から落とされていく感覚を覚える。
落とされながら、切り離された世界を思う。
落下した世界には音がない、景色がない、人がいない。
――この世界には私とクレドリックしかいない。
そう錯覚してしまうほどの高揚感。
クレドリックの唇がロアの唇へと近づいていく。
近づいて、近づいて……触れる寸前で唇は止まった。
そっとした息づかい、微かな熱。
ロアは動かない。動けない。
「行こうか」
クレドリックは唇を離し、いまだ顔を真っ赤にして固まっているロアの手をとって歩きだした。クレドリックが歩くとロアの足も動いた。
両者の間に、ガラスのような壁が遮っている。
妙に暖かく、やけに硬く、何が起こっても決して割れそうになく、それでいて、ごく簡単な方法で砕けそうなほどのもろさをも感じる。
それぞれがそれぞれに鈍い二人だが、それでも時を経るごとに、思い出が重なるごとに、壁は少しずつ薄くなっていった。
割れるのは、もはや時間の問題なのかもしれない。
「顔が赤いな、暑さにやられたのかね」
「誰のせいだと思ってるの!」
「私のせいか?」
「う……え、えーと、そうだ! クレちゃん何かお話してよ。私、クレちゃんの話聞きたいな」
「ならば、私のロアへの執着についてもっと詳しく……」
「ストーップ!? もっと軽いやつ!」
「執着と接着は読みも意味も近しいな。瞬間執着剤なんてものがあれば便利だとは思わんかね?」
「いきなりオトしたねクレちゃん……」
月明かりの散歩道をから足音が遠ざかっていく。
やがて辺りの気配はすっかり消えさり、ヤシの木々は再び静寂を迎えいれた。
依頼結果:大成功