リザルトノベル
◆アクション・プラン
柳 大樹(クラウディオ)
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日暮れ。ゴールドビーチ砂浜。
散歩中、思い立ちサンダルを脱ぐ。
サンダルを片手にまとめて、波打ち際に立つ。
足の下の砂を持ってかれる感覚が面白い。
前なら、「泳いでたろうなあ」(呟く
(空いた手で眼帯に軽く触る
泳いでる最中に外れたら大変だし。
見ない方が良いだろうし、見せたくも無い。
サンダルを片方投げつける。
もう一つも。
変なヤツだと思う。
任務ばっかで俺を見てないと思えば、体は気遣ってくる。
普段は喋んないで従ってるだけの癖に、自分の意見はちゃんと言う。
主体性が無い訳じゃない。
たぶん、俺とは全然違う価値観なんだと思う。
今だって、突然サンダル投げたんだから怒れば良いんだ。
なのに不思議そうにして。(溜息
「戻るよ」
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本当にぶつけたいのは何だろう
●海帰
ゴールドビーチの砂浜は、夕日に照らされて、さながら燃えるようだった。
潮風が吹き、柳 大樹の汗をかいて少し重くなった髪をそよがせる。
風に誘われるように海の方を見れば、水平線に沈まんとする、真っ赤な夕日の丸さに目を奪われた。
昼間は眩しすぎて形すらマトモに拝めない太陽だが、海に帰る直前にはその丸さを皆に教えてくれる。
「いい夕暮れだな。明日も晴れるのかな」
と抑揚の乏しい口調で呟き、大樹は波打ち際に近寄るべく九十度方向転換した。
少し後ろをいつもと変わらず護衛のクラウディオがくっついてきているのが視界に入るが、特に大樹は彼に何を言うでもない。言うこともない。
「よっと」
履いていたサンダルを脱ぎ、まとめたそれを片手で持つと、波が寄せてくるところまで足を進めた。
さっとクラウディオが、大樹が足を進めようとする場所に、障害物がないかどうか目を走らせたのが分かって、大樹はいつものことながら、過保護だと呆れる。
いや、呆れるとまで深く感情は動いていない。なんとなく、面倒くさい気がするだけだ。強いて言えば――あまり嬉しくはない。否、クラウディオ自身は、『今は』別に嫌いではないのだが。
(いつも後ろにいるなぁ)
クラウディオが大樹の隣に並ぶことはあまりない。大樹の少し後ろ、というのがクラウディオの定位置だ。こんなリゾート地にいても、それは『普段』と変わらない。登下校の時など外出時はいつもいつもいつも、クラウディオは大樹の後ろをついてきている。契約精霊は神人の護衛だから、という理由で。
今も、方向転換したのだからそのまま足を止めて大樹の横にいればいいのに、わざわざクラウディオは大樹の背中側へと移っている。
だが、クラウディオは大樹の行動自体は制限するつもりがないようなので、最初に思いついた通り、大樹は海水に足を浸した。
波が寄ると、くるぶしまで水に浸かる。そしてすぐに引いていく。足の指の間に柔らかで細かい海の砂が入ってくる感覚が、くすぐったくて気持ちがいい。そして波が引くたび、その砂が動く感触も面白い。
ざざん、ざざん、と波はうるさく大樹の鼓膜を揺らした。
単調な音のはずなのに聞き飽きない。水が触れる感覚も単調なのだがずっと浸っていたい。
(……世界に俺一人って感じ……)
単調な世界に没入してしまう。雑念が払われて、癒される気持ちがした。
「前なら、泳いでたろうなぁ」
冷たいが、冷たすぎるわけではない海水は柔らかく、きっと昔の大樹ならばもっと沖の方へと進んで、全身を浸して泳いでいただろう。昔――そうまだ、大樹に左目があった頃なら。
そっとサンダルを持っていない方の手で左の瞼を覆う眼帯に触れる。周囲にはものもらいだと言っているが、この眼帯の下には義眼が嵌っている。左目は、神人としての顕現と引き換えに失った。
「今は……嫌だな」
泳ぐと眼帯が湿って不衛生だし、外れて醜悪な傷跡が見えてしまうのも大樹の本意ではない。
だから、大樹は泳ぐつもりは毛頭なかった。だがせっかくパシオン・シーまで来ておいて、海と戯れられないのもつまらないから――せめて足を浸す。
先ほどの大樹の呟きをクラウディオは耳聡く聞きつけていた。周囲に配っていた視線を、大樹の背へと向け、クラウディオは大樹を観察する。
(常とは違う力の抜け方に見える)
と普段とは違う雰囲気を敏感に察知したクラウディオは、注意深く大樹を観察し続ける。護衛対象の些細な変化も、見逃してはいけないと考えているからだ。
大樹の腕が動く。背しか見えないが、どうやら眼帯を触っているようだ。彼が眼帯を触るときは、精神的に揺らいでいる時であることが多い。
苛立ったり、過去のトラウマで気が荒れていたり、焦っていたりするとき、大樹は眼帯を掻きむしる癖がある。
(いつまでもこうしておけないな)
海と戯れてイライラし始めているのであれば、神人のメンタルヘルスを考慮して、場所を移動させなければ。
クラウディオは口を開いた。
「大樹」
「大樹」
呼ばれるなり、大樹は振り向きざまに片方サンダルをクラウディオに投げつけた。
顔面を正確に狙って投げたが、いとも簡単にクラウディオはサンダルをはっしと掴んでみせる。その動きの無駄の無さは、流石シノビの一言であった。
しかしクラウディオのキャッチの瞬間、大樹はすかさずもう片方のサンダルも投擲。今度は振りかぶって全力で投げた。だが、児戯だと言わんばかりにクラウディオはそちらも捕まえる。
無表情のまま、クラウディオは両手に捕らえたサンダルをまとめて持った。
だが無表情に見えて、どことなく不思議そうな表情だ。大樹は長い付き合いで、クラウディオの常に無表情のように見えている顔の微妙な変化に気づけるようになっていた。
(変なやつ)
大樹は鼻白む。
サンダルをいきなり顔にむけて投げつけたのだから、怒っていいはずだというのに。クラウディオはただ怪訝そうなのだった。
大樹は、諦めの混じったため息を吐いた。
「……戻るよ」
と大樹は言い、ようやく海から離れる。
クラウディオは、また護衛としての無表情に戻った。
「了解した」
掴んでいたサンダルを差し出せば、大樹は素直に受け取って履いた。
そして何も言わずに歩き出す。クラウディオもいつも通り彼の背を見ながら、ついていく。
既に太陽は沈みきり、余韻のような淡い黄色い光がコーラルベイを包んでいる。それもすぐに収まって、夜の帳が下りるだろう。光の残滓が、大樹とクラウディオの影を砂の上に長く長く伸ばす。
奇しくも二人は同時に『はぁ』と息を吐いた。
(大樹の考えは時折理解できん)
クラウディオは思案する。なぜ大樹はサンダルで攻撃してきたのだろう。全くわからない。
それに、サンダルを投げてきた時の彼の表情も引っかかった。
(力の抜けた表情だった。デミ・ウルフと対峙した際にも似ているが……)
大樹の片目は、デミ・ウルフに襲われた際に失われた。だから、オーガやデミ・オーガの中でも、一等デミ・ウルフに対して、大樹は思い入れがあるのだ。
先程の大樹の表情は、彼の片目を奪った敵を見ている時に似ているようで、しかしやはり違う。とクラウディオは脳内のアーカイブを探って確信する。だが、なぜ違うのか、どう違うのかはクラウディオには分からない。
(敵ではなく、私に向かう感情だからなのか)
それがいいことなのか、悪いことなのか、好悪の判断が判断がつきかね、クラウディオは思考をやめた。堂々巡りになるような思考は、するだけ集中力が散漫になる無駄な行動である。
とにかく、彼の精神が揺らぎかけていたことは確実なようなので、海から離れるよう促した自分の判断は間違っていなかったのだろう。そう結論づけて、クラウディオは嘆息した。
(なんか見透かされた気がしたな)
宿に戻るべく砂浜の元きた道を戻る大樹は眉をひそめた。
(任務ばっかで見てないように見えて、結構クロちゃんって俺のこと見てるんだよなぁ……体気遣ってくるし)
ちろりと眼球だけで後ろを伺うと、いつも通り一定の距離をおいてクラウディオは淡々とついてきていた。
(普段はだんまりで、従ってるだけのくせに。……自分の意見とかはちゃんと言うんだよね)
主体性がないわけではないのだ。先程クラウディオが声を掛けてきたのは、帰還を促すためだったと大樹には分かっていた。
(多分、俺とは全然違う価値観なんだよな。クロちゃんは)
――違う価値観だから、分かり合えないのかも。それでいいのか悪いのかは、わかんないけど。
大樹はもう一度、諦めの混じったため息を吐いた。
依頼結果:成功