リザルトノベル
◆アクション・プラン
初瀬=秀(イグニス=アルデバラン)
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×3
夕暮れ時のコーラルベイを散歩
流石に海に比べれば人も少ないな……それなりにはいるが
(水着に言及したげな精霊に)
言うな。言うんじゃないこの場で水着じゃない違和感は
俺だってわかってるんだから
年取ると水着はきついんだよ!
本当は、見目のいい精霊が目立たないように
他の人間………それこそ可愛い女子なんかに捕まらないように
手を打ったなど
口が裂けても言えるものか
あーはいはいわかったわかった、
この先に海賊モチーフの酒場があるから
そこで晩飯にするぞ
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水着じゃなくたって・夏
●どうせ焼くなら
ざざーん……ざざーん……。
寄せては返す穏やかな潮騒。ゆるやかに波打つ水面に沈んでいく夕日は、海ばかりだけでなく白砂をも朱に染めていて、なるほど一面黄金色、まさしくゴールドビーチと呼ぶにふさわしい。
そんなゴールドビーチから一筋、道を隔てた場所を、初瀬=秀とイグニス=アルデバランはそぞろ歩いていた。コーラルベイの名物である白亜の建物も夕日に染まって、まるで世界が橙色に沈められたような錯覚すら起こす。
ゴールドビーチのサンセットは観光の目玉だ。皆が海を見に行っていて、港町の中は少し静かであった。人通りの少ない、夕暮れの街を歩くとなんだか絵画の世界に入り込んだよう。
圧巻の光景を楽しみながら、てくてくとあるく秀は隣からなにか物言いたげな視線が突き刺さってくるのを感じていた。
(……わかってる。イグニスが何を言いたいのかものすごーく分かってるぞ)
ここはパシオン・シーだ。海のリゾート地だ。そして季節は夏真っ盛り。ザ・オンシーズン! ならばやることは一つきりだろう。
「普通は水着で海辺でキャッキャ……」
「言うな」
イグニスが我慢ならずに訴えかけたことを、秀はとっさに手を突き出して止めた。
素直に次の言葉を飲み込んだイグニス、しかし目は雄弁に『海に行かないどころか水着にもならないなんて!』と非難がましい色をたたえて訴えている。
だが秀は重ねた。
「言うんじゃない」
と。
秀だって、イグニスの言わんとするところは分かっている、パシオン・シーで水着ではないのは違和感が強いことは!
「年取ると水着はキツイんだよ!」
と秀は強く言い切った。
水着の四十二歳の中年と水着の二十二歳の青年がキャッキャウフフ――つまり波打ち際で追いかけっこだの、水の掛け合いっこだの、バカップルのような所業を行う視覚的攻撃力を考えろ、と。
だがイグニスは、
「むう、秀様の水着姿を夏の永久保存版にするのを楽しみにしてたんですが……」
と未練がましくつぶやく。
それを聞いて、秀は苦虫を噛み潰したような表情で言い返す。
「撮影を断ったのは、俺が全国の『ミラクル・トラベル・夢気分』の視聴者の皆さんのことを考えての判断だ。お茶の間に、おっさんとお兄さんの水着でのお戯れが流れるなんて忍びなさすぎる」
「そんなことないと思いま……」
と抗弁しようとしたイグニスを、秀はぎろりと眼鏡越しに睨んだ。
「キ・ツ・い。現実を見ろ」
イグニスもここまで強く言われれば引き下がるしかない。
だが秀は大人らしい穏やかな笑顔でイグニスを宥める。
「いいじゃないか。こうやって夕暮れ時の街の散策ってのも、乙なもんだ。人通りも少ないし、落ち着いて観光できる」
このパシオン・シーに来ることになった切っ掛けである『ミラクル・トラベル・夢気分』の撮影もNGを出したから、ここにはイグニスと秀以外はいないのだ。
そう、二人だけ。
秀が真に望んだのは、それだった。
精霊は皆、見目がいい。イグニスも例に漏れず、歩けばその美麗さで衆目の的である。金の緩やかにカーヴを描くたっぷりした金髪、おだやかな海を思わせる青い瞳、優しい笑みをたたえた唇、すらりとした形の良い鼻。それらを奇跡のバランスで配置した白皙のかんばせ。
お伽話に出てくる『王子様』をこの世に顕現させたら、きっとイグニスのような容姿であろう。
そんな『王子様』を、人でごった返す海などに連れて行って、他の者――愛らしい水着の女性など――にナンパでもされたらコトだ。
だから撮影すら協力せず、海にも近づかずに、水着も着ずに――出来る限りリスク回避に努めたのだ。
(ま、そんなこと口が裂けても言えるものか)
秀は苦く笑う。イグニスが秀しか見えていないことは、十分思い知ったが、それでもやはり不安なものは不安なのだ。万に一つもないのだろうが、イグニスが他人に奪われるなんてまっぴらゴメンだし、そもそも他人にちょっかいをかけられるだけでも不愉快なのだから。
(マトモに考えると、なかなかの嫉妬心だな。まるで俺がディアボロみたいじゃないか)
独占欲が強いのはディアボロであるイグニスの専売特許のはずなのだが。
秀の苦笑が深くなる。
その様子を、なにやら考えにふけっていると見たか、静かにしていたイグニスだが、ため息一つついて、切り替えた。
「まあいいです」
「お」
理解してくれたか、とほっとしたように表情を緩める秀だが、
「来年に期待ということで」
とイグニスは気合を入れなおしているので、秀は困ったように眉尻を下げる。
(来年はもっと年取って、さらにキツくなってんだけどなぁ……)
だがそれは口に出さない。見た目がキツいから水着にならないというのは、建前なのだから。
「ですから、今は今しか楽しめないことをしましょう!」
ねっ! と眩しい笑顔を向けてくるイグニスに、敵わないなと秀は肩をすくめた。
この底抜けの明るさに、いつもいつも秀は助けられている。
どんな苦境に立たされても、イグニスはいつも前向きだ。いついかなる時も、決して諦めない彼の柳のようなしなやかな強さを、秀は眩しく、そして頼もしく思っていた。
だから、今日もその笑顔に照らされて秀は、面映ゆくなる。
照れ隠しに、秀は平坦な口調で、
「あーはいはいわかったわかった」
と、さもイグニスの話を流すような態度をとってみせる。
そして秀はいそいそとガイドブックを開くと、パラパラめくって、自分達の立っている場所のマップのページを開いた。
「たしかこの先に……、あった。この前に、海賊モチーフの酒場があるから、そこで晩飯にするぞ」
と秀はマップの一点を押さえてから、前方を指さした。
ガイドブックを覗きこんだイグニスは、酒場「シャーク船長」という店が紹介されているのを見て、顔をほころばせた。
「わーい、海賊ごはん!」
とはしゃぐイグニスに、秀は嬉しそうな表情を浮かべた。
「名物は、海鮮焼きらしい。炭火で採れたての魚介を豪快に焼くんだと」
「さすが海賊、ワイルドですね! 早く行きましょう、秀様。お腹ペコペコですよ」
「ああ、俺もそろそろ何か食べたい。だいぶ歩いたものな」
などと言い合いながら歩くスピードは少し早くなった。
すっかり周囲は暮れて、街灯が頑張りだしている。黄金色の街はすっかりと黒と藍色に支配され始めていた。
潮騒だけは遠くから聞こえ続けてきて、心が自然と凪いでいく。
(……あれですかね)
イグニスははしゃぎながらも、内心は冷静であった。
(もしかして、水着姿を独り占めしたいとか、ですかね?)
なかなか秀との付き合いも長くなってきたイグニスは、秀の思惑もなんとなく分かっている。
そして秀がそれを素直に言うことが出来ない性格であることも、重々イグニスは承知している。
ふふっとイグニスの口から笑い声が思わず漏れた。
(秀様、ヤキモチ焼きさんですねぇ)
だが秀はイグニスの笑い声の意味を別にとったらしい。しょうがないやつだ、と慈愛に満ちた表情で、「シャーク船長」の看板を指さした。
「なんだ、そんなに夕飯が楽しみか? ほら、見えたぞあそこだ」
「ええ、そういうことにしときましょう」
「ん? なにか言ったか?」
「いえ、どうせ焼くならホタテやエビがいいですね!」
イグニスは、秀の手を引っ張って、早く早くと店の中へと急かす。
(モチを焼くのも愛らしいのですがね、可愛い私のお姫様!)
という言葉は胸の奥に秘めておいて。
ざざーん……ざざーん……波の音は鳴り止まぬ。
イグニスが秀を慕う気持ちが止まぬように。
依頼結果:成功