【白昼夢】試練のメモワール(柚烏 マスター) 【難易度:普通】

プロローグ

 百年に一度現れる、ウィンクルムにしか視認できない天空島――フィヨルネイジャ。
 其処は女神ジェンマの庭園だとされ、清浄な空気に満ちているものの、訪れたウィンクルムたちに『現実ではありえない不思議な現象』が起こるのだと言う。
 突如タブロス上空に現れたその島へ向かった彼らは、案の定と言うべきか、摩訶不思議な体験をする事になる――。

 ああ、と気付いた時には既に、ふたりは闇の中へと身を投じていた。しかし其処には何もない、という訳では無く――周囲にはちかちかと、銀の砂をまぶしたようにうつくしい星々が瞬いている。
「……っ! あ、ああ……!」
 ――と、そこで、彼は傍らの精霊の様子がおかしい事に気が付いた。焦点の定まらない瞳、小刻みに震える身体。青白い肌を伝うのは、冷汗だろうか――いつもの頼もしい相棒の姿は其処には無く、精霊は呆然とただ一点を凝視している。
(何だ、あそこにあるのは……?)
 見れば闇の先で、不気味に躍動する影が在った。神人である自分には余りよく分からないが、精霊にはそれが何なのか見えているのだろうか。
「た、すけ……て……!」
 まるで迷子になった子供のように、精霊は神人の腕を握りしめ、縋るように此方を見上げてくる。何が起こっているのかは良く分からないが、あの影は精霊が恐れる『何か』らしい。
「わかった。俺が、お前を守るから……」
 いつもなら精霊に守られる存在である神人だが、今は逆だ。『何か』に怯える精霊を、自分が守らなければ――そう決意した神人の手に、その時光り輝く武器が現われた。
(これなら……っ)
 精霊の畏れを断ち切り、恐怖に慄く彼の心に安らぎを取り戻したい――そう願った神人は、精霊を脅かす存在に立ち向かう決意をした。

 それは、フィヨルネイジャが見せる白昼夢のようなもの。けれど此処でふたりの絆を深める事が出来れば、愛の結晶――ピーサンカが生まれる事だろう。
 ふたりの前に立ちはだかる試練。それは過去の亡霊か、それとも――ただ言えるのは、大切な存在を想う気持ちが、確かな力に変わると言う事だけだった。

解説

●今回の目的
聖地フィヨルネイジャでの不思議な試練を乗り越え、パートナーと絆を深めてピーサンカを手に入れる。

●試練の空間
聖地を訪れたウィンクルムの皆さんは不思議な現象に巻き込まれ、気が付けば二人きりで闇の中に居ました。そこでは精霊さんの『最も恐れる存在』が形を取り、その所為で精霊さんは恐怖で全く身動きが出来ない状態です。この危機を何とか出来るのは神人さんのみ。脳裏に思い描いた『精霊を守る武器』で元凶を倒し、恐怖に震える精霊さんの心を安心させてあげてください。

●お二人の設定
『精霊が最も恐れる存在』そして『神人が願う精霊を守る武器』。そして、元凶を倒した後『怯える精霊をどう安心させるか』を記入してください。
・存在……過去の記憶に関連した人物や、苦手な動物とか嫌いな食べ物とか、なんでもありです。ただし、過去エピソードの参照をしなければ判らないものは描写出来ません。その場合は、プランに具体的な内容を書いてください。
・武器……殺傷力云々ではなく、想いの強さが重要ですので、願えばハリセンとかでも大丈夫です。
※ちなみに神人さんが攻撃を一発当てれば、恐怖の元凶はあっさり消滅しますので、戦闘方法とかは考えなくて大丈夫です(演出程度のものです)。ただし、それぞれの想いがちぐはぐだと、試練を乗り越えられなかったと言う結果になってしまいます。

●補足
不思議な現象は数時間で自然と収まります。この現象を通して新密度が上がれば、愛の結晶『ピーサンカ』を手に入れる事が出来ます。

●参加費
フィヨルネイジャへ向かう準備やら色々で、一組300ジェール消費します。

●お願いごと
今回のエピソードとは関係ない、違うエピソードで起こった出来事を前提としたプランは、採用出来ない恐れがあります(軽く触れる程度であれば大丈夫です)。今回のお話ならではの行動や関わりを、築いていってください。

ゲームマスターより

 柚烏と申します。何でもありな不思議な聖地ですが、今回は精霊さんの畏れる存在が形を取ってしまったようです。
 いつもとは違い、神人さんが精霊さんを守る番。ぜひ二人で試練を乗り越え、絆を深めて下さい。何に恐怖しているかで、シリアスにもコメディにもなりそうですね。それではよろしくお願いします。

リザルトノベル

◆アクション・プラン

ハティ(ブリンド)

  武器は身の丈程の両手剣
相手が武器を向けられる相手なら恐れるようなリンじゃない
と、思う
手を出せない理由があるはずで、リンが判断を間違えるとは思わないが、見えているのが幻覚なら
一睨みされるが構わず影を斬る
彼が歪んだ幻を見る前に
銃を手にして固まった腕を下ろさせ、振り払われなかった手は握ったまま
呼びかけ振り払われるのを待つ
いや俺には聞こえなかったが…アンタの話か?
そうか…なんだか今とあまり変わりなさそうだなリン
なんとなくだが
そういうアンタを見て安心したかったんじゃないか
今の俺みたいに
俺はアンタがアンタで嬉しいんだが
いや取り戻せない事を喜んだら駄目か
勝手を言っていると思うが
覚悟した一撃は落ちてこなかった



アキ・セイジ(ヴェルトール・ランス)
  こんなランス見たことない
そこまで恐怖させるもの何なのだ…

それは、押し寄せる闇に見えた

「しっかりしろ」一喝
何かの魔法的な作用だと判断
ならば原因の解消が尤も早いな

ランスが相手を見ないように割って入って庇う
トランスする状況じゃないから、そのままで
キッと見据え、正体を見極めよう
正体を感じた気がした
(光り輝く弓が出現⇒空中で掴む

俺に力を
ランスを守り
「孤独」を打ち破る力を!

この一矢が闇の中心を貫くように
ありったけの希望と俺と言う存在を込め、撃つ!

◆戦闘後
ランスを強く抱きしめる
「俺は此処だ。ランスを独りにはしない」
「俺を見ろ、俺を感じろ、このぬくもりが本物の証だ」

初めて自分からキスをする
彼が正気に帰るまで…



セイリュー・グラシア(ラキア・ジェイドバイン)
  ラキアが引きつった表情で青い顔をして。
怯えたように足元へ視線を落したまま小さく悲鳴を上げたから、何かヤベって思ったんだ。

ラキアの事はよく解ってる。敵味方関係無く、助けられなかったとか、犠牲者とかに対して、良心の呵責や、悲しさですごく傷くんだぜ。
普段は平気って強がるけど、違うって解っているから。
この冥い影を浄化しなきゃ。
という事は光の武器だな!
刀身の光は魔や邪気を祓うから、コレだ!
よく手入れされた抜き身の太刀の刀身を輝かせる!

怯えるラキアの腕を掴んで、オレの胸元へラキアの耳をくっつけるのさ。ぎゅっ。
温かいだろ。トクトク心臓動いているだろ。ラキアの胸も同じじゃん。オレ達生きてるから、と安心させる。



鳥飼(鴉)
  早くなんとかしないと、鴉さんが辛そうです。

武器:頑丈そうな錫杖

これを使えば、何処かに行ってくれるんでしょうか。
「行きます!」
影に近づいて思いっきり振り抜く。

「鴉さん。もう大丈夫ですよ」
膝をつき、鴉さんの左手に両手を添えます。

手を軽く握り込む。
「怖いのは、もう何処かに行きましたよ」
ちょっと痛いですけど、我慢ですよね。

そんな事をする人が、いるんですね。(目を伏せる
それが、動かない理由……。
何を言うべきか判らなくて。
右手をそっと引き抜き、鴉さんの背中に回します。

安心して欲しくて。
背中を擦って、見えなくても優しく笑います。
「僕が傍にいます。僕が鴉さんを護りますから」
力は及ばなくても、心は護れるように。



シグマ(オルガ)
  ・武器:単純に装備してた扇子を想像
・方法:始めはただオルガの頬を叩くが
最終的に必死に彼を助けたいと思い、扇子で叩く。

・前提:前回から少し不機嫌
・恐怖に包まれた彼を見て怖くなり、呼びかけつつ最終的に扇子で叩く
オルガさん!?(こんなオルガさん初めて見た…オルガさんの恐れるものって…?)
(お姉さん…?オルガさんが恐れてるものって…お姉さん…なの?)
…ねぇ!オルガさんはやっぱ、いつもの厳しいオルガさんじゃないと…ダメだよっ!(パシッ

あ、オルガさ、ん…?(彼の名を呼ぶと同時に、頬を叩いた事に我に返りサーッと冷汗
あのねっこれは…その…仕方なく!そ!仕方なくだよ?
??オルガさん…?
…へ!?(あまりの近さに固



●双子の姉妹
 突如として辺りの景色は変わり、気付けば其処は闇の中だった。さらさらと砂が舞うように、銀の星々が微かな光を投げかけていたけれど――それすらも慰めにはなってくれない。
 何故ならば、闇の先でわだかまる影を見た精霊が、尋常ではない怯え方をしていたから。それは彼の、最も恐れ忌むものの形を取り、その心を蝕まんとしている。
(助ける……君を、守る)
 いつもは守られる側の神人だが、ウィンクルムの片割れたる彼の為――それと戦う事を決意した。ああ、これはふたりの絆を試す、試練であるのか。
 白昼夢と呼ぶには余りにも残酷で、それは決して甘く懐かしい記憶ではないのだけれど。彼の聖地がもたらすものならば、それにはきっと意味がある筈だ。
「オルガさん!?」
 聖地へ赴く前に抱いていた不機嫌さも忘れて、シグマは苦悶の表情を浮かべる精霊――オルガに駆け寄った。いつもは冷徹で、不遜とさえ言えるオルガであるのに、今の彼は金の瞳を揺らして酷く震えている。
「な、なんで。く……く、来るなっ!」
 精一杯の虚勢を張るオルガは、影に向かって激しい拒絶の言葉を放った。しかし影は消えない――そればかりか、徐々に確かな形を取って彼らの前に現れる。
(こんなオルガさん初めて見た……オルガさんの恐れるものって……?)
 此方へ縋って来る、オルガの手をぎゅっと握り返し――ふわりと赤毛を靡かせるシグマにも、やがてその影の正体が掴めて来た。
 ――それは、双子の女性だった。おそらく、オルガの姉なのだろう――容姿は双子らしくそっくりであったが、片方が美しく整っているのに対し、もう片方はそばかすが浮いているなど何処か冴えない。
(お姉さん……? オルガさんが恐れてるものって……お姉さん……なの?)
 冴えない容姿だが根は純な姉と、綺麗だが狡賢い妹。二人の姉双子は喧嘩を繰り返していたが、ある時妹の理不尽な発言がきっかけで、その矛先はオルガへと向かった。
『姉さんの顔が悪いのは、精霊であるオルガのせい』
 何の根拠もないその暴言を、あろうことか姉は信じ込んだ。そして二人は、揃ってオルガを虐げ始めたのだ。あれほどいがみ合っていたのに、共通の敵を見つけると結託して徹底的に叩く――それは、彼にトラウマを植えつけるには十分過ぎる程だった。そう、それをきっかけに女嫌いになってしまう位に。
「もう来ないでくれ……俺のせいだってのは解ったから……!」
 昏い目でオルガを見つめる双子の姉妹は、今にも呪詛を吐き出しそうで。ただオルガは、自分が悪いのだと認めて怯える事しか出来ない。そんな彼の姿を悲痛な表情で見ていたシグマは、何とか正気に戻って欲しくてその頬を叩いた。
「オルガさん、しっかりして!」
 しかし、彼はシグマの存在が分からぬ程に取り乱している。違うよ、とシグマは己の拳を握りしめた。オルガは何も悪くないし、理不尽に虐げられる理由もない。
(守りたいよ……こんなに苦しんでいるのなら)
 ――そう思ったシグマの手に、その時光り輝く武器が現われた。単純にその時装備していた扇子を想像した為か、それは扇の形をしていた。しかしシグマは直感した――これなら、オルガを蝕む影を祓える!
「……ねぇ! オルガさんはやっぱ、いつもの厳しいオルガさんじゃないと……ダメだよっ!」
 正気に戻って欲しいという想いを目一杯こめて、シグマは双子の影目掛けて扇を一閃させた。パシッ、と言う鮮やかな音と共に、眩い光は影を呑み込み――それは跡形も無く消滅していく。
「……っ?」
 突然、頬に走った痛みにオルガは瞳を細めた。彼の前にはシグマが居て、直前の記憶が曖昧な彼は呆然と立ちすくむ。
「あ、オルガさ、ん……?」
 恐怖の元凶を取り除けた事にシグマは安堵するが、必死な余り彼の頬を叩いたのに我に返って、さあっと冷や汗が浮かんだ。
「あのねっこれは……その……仕方なく! そ! 仕方なくだよ? ってオルガさん……?」
(……なんで目の前に阿呆が)
 動揺を悟られたくなくて、オルガは何とか気を紛らわせようとしたものの――彼なりに慌てていたらしい。シグマに向き合った所で力加減を誤り、気付けばオルガは彼を地面に押し倒していた。
「……へ!?」
「わ、悪い……」
 咄嗟に謝罪の言葉が口を吐いたが、シグマはあまりの近さに固まっている様子。その微かな戸惑いと、此方を見上げてくる彼の澄んだ瞳に――オルガの胸の奥が不意にざわめく。
(この前の奇妙な行動といい……俺はコイツ相手にどうしたんだ)
 ――と、やがて闇に瞬く星々が輝きを増して。二人はゆっくりと、この夢の終わりを感じ取っていた。

●無数の目と口と
 それは、正に異形と呼ぶに相応しかった。無数の目と口を持つそれは、人の形をしていると言うのに――あるべき筈の顔がない。それは思い浮かぶ顔が一つもなかったからなのか。
 記憶の穴を探る目だ、と対峙したブリンドは思いながら、知らず頬を伝っていた汗を拭った。
(思い出すどころか、穴のデカさを鮮明にするばかりだった、いつかの)
 ブリンドには記憶がない。だからなのか、彼の恐怖は無意識が形を取ったような曖昧な存在だった。
「ハティ、近付くんじゃねえ」
 ただそれだけを神人たる相棒に告げて、ブリンドは震える手で銃を構える。しかし、あの無数の口が今にも何かを――ブリンドの最も恐れる事を囁きそうで、それが無性に不安を煽った。
「影達が何か話したところで、こいつは当時の俺を知らない」
 だから、ハティの碧の目があの中に並んだらと思うのも、意味の無い想像だ。それは分かっているのに肝が冷えた。
(傷付けたいと思った事はなかった)
 ――引き金は、引けない。かたかたと小刻みに震えるブリンドの手を見たハティは、努めて冷静にこの状況を把握しようと考えを巡らせた。
(相手が武器を向けられる相手なら、恐れるようなリンじゃない)
 そう思っているからこそ、彼には手を出せない理由がある筈だとハティは考える。ブリンドが判断を間違えるとは思わないが、もし見えているのが幻覚ならば。
「……迷わない」
 燃えるような赤毛が揺らめくと、次の瞬間ハティは身の丈程の両手剣を握りしめていた。無数の目がぎょろりとハティを睨むが、彼は構わずに燐光を放つ大剣を振るい――不吉な影を斬り裂く。
(彼が歪んだ幻を見る前に……)
 塵ひとつ残さずに影は消滅し、それを見届ける間もなくハティは、銃を手にしたまま固まっていたブリンドの手を下ろさせた。
「リン」
 振り払われなかったその手は握ったまま、ハティは精霊の名を呼びつつ振り払われるのを待つ。あぁ、とやがてブリンドが悪態を吐いた所で、ハティは彼が正気を取り戻したのだと分かった。
「……おい、何か声を聞いたか?」
「いや、俺には聞こえなかったが……アンタの話か?」
 ブリンドの第一声は、先程の影に関する問いかけで。いや、とハティは正直に首を振る。
「でもあるし、でもねえ。覚えのねーことで叱ってくれだの殴ってくれだのよォ」
「そうか……なんだか今とあまり変わりなさそうだなリン」
 知らず零れた軽口に、ブリンドは「そりゃどういう意味だ」と言って拳を握りしめた。
「え? テメーも殴られてェみてーだな」
「なんとなくだが。そういうアンタを見て、安心したかったんじゃないか。今の俺みたいに」
 そう呟いたハティは、徐々に輪郭を失っていく空間を背に、燐光を思わせる眼差しでブリンドを見つめて告げる。
「俺はアンタがアンタで嬉しいんだが」
「……何言ってんだアホ」
 取り戻せない事を喜んでは駄目だと、ハティは思った。そして、寧ろ俺がアホになった気分だと、ブリンドは思った。
(アホみてーに……クソ。何喜んでんだ俺は)
 がりがりとブリンドは灰青の髪を掻きむしり、一方のハティは覚悟した一撃が落ちてこない事に軽く瞬きをする。
「勝手にしろよ」
 ――その言葉と共に、辺りは光に包まれた。

●刻まれた傷痕
「何故。今更、こんな……」
 それを目にした時、鴉の整った容貌がすっと青ざめた。何時も浮かべている、貼り付けたような笑みも失い――彼は無意識の内に、震える己の身体を抱きしめる。
「どうしました、鴉さん……?」
 気遣うような鳥飼の声も、きっと鴉には届いていないだろう。彼の濃紫の瞳は、ただ真っ直ぐに目の前の存在を見つめていた。
「忘れるな、と?」
 掠れた鴉の声に、それは何も返す事は無い。ただ、その男は、鴉が幼かった当時のままの姿で――下卑た笑みを浮かべて其処に立っている。
(あいつの顔など、忘れかけていたというのに)
 ――ぽたり、ぽたりと。手にしたナイフから滴るのは、赤い紅い血のしずく。ああ、あれは鴉の身体から流れ出したものなのだ。
「……それとも、目の前の人物を頼れと」
 どちらにせよ、お節介な事だと鴉は思う。けれどその意志に反し、本能的な恐怖が身体も心も縛っていって。辺りを覆う闇は、あの時の夜の廃屋を思わせた。
 そこで鴉は、心無い者によってうつ伏せに押し倒され――銀の刃が閃くと同時、無残に肩を斬り裂かれたのだ。その記憶が鮮明に蘇り、苦しむ鴉を見た鳥飼が、その柔和な風貌をきゅっと引き締めた。
「早くなんとかしないと、鴉さんが辛そうです」
 一心に彼を助けたいと願う鳥飼が、煌めく光を武器に変える。一瞬の後、彼の手の中にあったのは頑丈そうな錫杖だった。
(これを使えば、何処かに行ってくれるんでしょうか)
 こうしている間にも、鴉は苦しんでいる。だから鳥飼は、覚悟を決めて目の前の存在に立ち向かった。
「行きます!」
 影に近付き、思いっきり杖を振り抜く。手応えがあったと感じた時には既に、影は弾けてその姿を完全に失っていた。直ぐに鳥飼は踵を返し、膝をついて鴉の左手に両手を添え、慈しむように軽く握り込む。
「鴉さん、もう大丈夫ですよ。怖いのは、もう何処かに行きましたよ」
 その温もりは、鴉の心をゆっくりと解していったようだ。彼は無意識の内にその手を強く握り返し――それはちょっと痛い位だったが、鳥飼は黙って鴉に寄り添っていた。
(……そろそろ少しは。話しても良いのだろうか)
 意を決したように鴉は頷き、やがてぽつぽつと鳥飼に向けて、過去にあった出来事を語り出す。幼い頃に、心無い者によって傷つけられた――その一部始終を。
「私の、右肩ですけどね。幼い時に斬られたんですよ。鴉なんだから羽をつけてやる、なんて」
 そんなふざけた理由で、戯れに暴力を振るう者も居る。その事実に鳥飼は、沈痛な表情でそっと目を伏せた。
「そんな事をする人が、いるんですね」
 ――しかし、それ以上は何を言うべきか判らなくて。鳥飼は右手をそっと引き抜き、鴉の背中へと回す。安心して欲しかった――だから鳥飼は彼の背中を擦り、見えないだろうけど優しく笑った。
「僕が傍にいます。僕が鴉さんを護りますから」
 力は及ばなくても、心は護れるように。それは嘘偽りの無い、鳥飼の願いだ。それが確りと判ったから、鴉はふっと自嘲気味に笑った。
(本当に人が好い)
 そんな風にしか思えない事に、我ながら軽薄であるとは思うけれど。鴉はただじっと、鳥飼の手の温もりを感じていた。
(あなたが嫌いな訳では無いのですよ。主殿)

●押し寄せる孤独の闇
 ヴェルトール・ランスは怯えていた。なりふり構わず泣き叫んで、誰かの胸に縋りたかった。けれど、その誰かが居ないのだとしたら――彼の心はどうなってしまうのだろう。
(こんなランス見たことない)
 隣に立つ片割れ、アキ・セイジの姿さえ彼には見えていない。アキは何とかヴェルトールを正気付かせようとするが、彼は子供のように目の前の影を恐れ、震えていた。
(ここまでランスを恐怖させるものは何なのだ……)
 何とかアキは、赤の瞳を細めてその正体を見極めようとする。それは彼には、押し寄せる闇に見えた。
 そう――彼が恐れるのは『孤独』。闇は孤独の具現化だ、とヴェルトールは虚ろな瞳でそれを見つめていた。まるで目を逸らす事など許されない、そう思っているかのように。
(ああ、あの奥に……愛する者達の屍、が見えて……)
 それは魂が引きずり込まれるような、原始的な喪失感を伴ってヴェルトールに襲い掛かる。その影は何処までも残酷に、彼の恐れを暴き立てた。
 彼の心の奥底には、孤独への恐れが在る。ああ、明るくて陽気なヴェルトール、と孤独は囁いた。
『それは、誰かと繋がっていたい寂しさの裏返し』
 くすくすと、耳障りな笑い声まで聞こえてくるような気がして、ヴェルトールが顔を覆った時――遠くから微かに、けれど確かにアキの声が聞こえてきた。
「しっかりしろ!」
 一喝をしたアキは、これは何かの魔法的な作用だと判断していた。ならば原因の解消が最も早いと、彼は直ぐに行動を開始する。先ずはヴェルトールが相手を見ないよう、間に割って入って。それからキッと影を見据え、その正体を見極めようとした。
(あれは、酷く寂しい何か……孤独、か?)
 それを感じた瞬間、空中に光り輝く弓が現われ――アキはその得物を力強く握りしめる。それから毅然とした眼差しで影を見据え、光の矢を番えた。
「俺に力を。ランスを守り、『孤独』を打ち破る力を!」
 その勇ましい姿を、ヴェルトールは歪む視界の端でぼんやりと捉え、小さく吐息を零す。光輝くあれは、黄金の弓で――眩い黄金の矢は、今まさに放たれようとしていた。
(あたたかい……)
 セイジ――あれはセイジの光だ、とヴェルトールが思った時。アキはこの一矢が闇の中心を貫くように祈りながら、ありったけの希望と『自分』と言う存在を込めて、それを撃っていた。
「俺は此処だ。ランスを独りにはしない」
 孤独の影は打ち払われ、そのままアキはヴェルトールを強く抱きしめる。ああ、とヴェルトールは小さく呻き、ゆっくりと頷いた。アキの声が、抱擁が、彼を元に戻していく。――大地に足をつけてる感覚が、戻ってくる。
「俺を見ろ、俺を感じろ、このぬくもりが本物の証だ」
 そしてアキは、初めて自分からキスをした。彼が正気に返るまで、慈しむように何度も。その優しいぬくもりの中――ヴェルトールはゆっくりと口づけに応えて。やがて腕に戻って来た力で、アキを抱き返した。
「初めてお前から……求めてくれた、な」
 耳元で囁かれた言葉に、アキは「正気に戻すためだからな」と言ってぷいと顔を逸らしたが――その顔が真っ赤になっていたのを、ヴェルトールは見逃さなかった。
 セイジ、と彼は愛しいひとの名を呼び、闇が溶けていくまでハグを続ける。
「もう少し、もう少しこのままで……」

●深淵へ誘う罪
 闇の中へ放り出されて、銀の星々に瞳を巡らせる間もなく。ラキア・ジェイドバインは、女性のように美しい相貌を引きつらせ――その顔色が酷く青ざめていった事に、セイリュー・グラシアは直ぐに気付いた。
「ラキア、一体どうし……っ!?」
 ラキアは怯えたように足元へ視線を落としたまま、小さく悲鳴を上げて。それでセイリューは、何かヤバいとその元凶――不吉な影を睨む。
(ああ、ゴメン。ゴメンね……)
 争いごとは余り好きではなかったが、戦い続けてきたラキア。けれど彼は真面目で、とても優しかったから――それでも救えなかった人々の存在は、常に心の奥にあった。
(全てを救えるなど傲慢だと、分かっているけれど)
 ――オーガに襲われ、助けられなかった人達の無念が。襲われる恐怖や助けてという悲鳴にも似た願いが。今彼を、覚め苛むように襲ってくる。
(溺れる、絡め取られる。沈んでいく……)
 ずっとこの身に纏わりついてくるような。足元に縋りついてくるような――その恐怖感を、ずっとラキアは心のどこかに抱えていたのだと思う。
 だから今、それは不意に黒い影の形を取って、足元から這い出て来る。幾つも幾つも、手を伸ばすように縋りついてくる。
「……ッ!」
 上がった悲鳴は、自分のものか影のものかも分からなくなって。今更謝ってもどうにもならないのに、ラキアはただ謝る事しか出来なかった。
「助けられなくて、ゴメンね……」
 深い深淵は、ぞっとするほど冷たいのだろう。そのまま自分も其処へ引きずりこまれていきそうだ、とラキアは思った。きっとそれが、自分に出来る償いなのだろうから。
「ラキア、しっかりしろ!」
 意識を手放しそうになる精霊へ、その時セイリューは必死で声を掛けていた。きっとこの影が、ラキアを蝕んでいる――ゴメンと繰り返す彼は、きっと罪の意識に押し潰されようとしているのだろう。
(ラキアの事はよく解ってる。敵味方関係無く、助けられなかったとか……犠牲者とかに対して、良心の呵責や悲しさで、すごく傷つくんだぜ)
 普段は平気だと言って強がっているけれど、本当はそうじゃないとセイリューは解っているから。だから彼は、この冥い影を浄化する事を決意した。
「……と言う事は、光の武器だな! 刀身の光は真や邪気を祓うから、コレだ!」
 虚空に向けて手を翳したセイリューに、みるみる内に光が集まって――それは良く手入れされたような、抜き身の太刀となってその手に収まる。
「これなら、大丈夫だ……待ってろよ、ラキア」
 そしてセイリューは光り輝く刀身を閃かせ、一刀のもとに蠢く影を斬り捨てていた。
「あ……」
 元凶が消え去り、やがてラキアの瞳にも光が戻ってくる。しかし未だ怯えを見せる彼の腕を、セイリューは掴んで自分の胸元へと引き寄せ――その耳をぎゅっとくっつけた。
「温かいだろ。トクトク心臓動いているだろ」
 ――確かに感じる、それは命の鼓動。ラキアの髪を優しく梳きながら、セイリューは彼に言い聞かせるように囁いて、そして微笑んだ。
「ラキアの胸も同じじゃん。オレ達生きてるから」
 セイリューの心音と、その体温を感じて。ラキアは安心したように瞳を閉じる。
「……そうだね、生きてる」
 ちかちかと瞬く星が煌めき、やがて唐突に闇は晴れた。

 目を開ければ、そこは先程と変わらぬ聖地の姿。己の心と向き合った彼らは、共に試練を乗り越え――また一つ絆を深め合った。
 辛い記憶であったかもしれないが、それを受け入れ支えてくれるものが居る事を、どうか覚えていて欲しい。そう告げるかのように、彼らの手の中には愛の結晶――ピーサンカが、陽光を受けて煌めきを放っていた。



依頼結果:成功
MVP

メモリアルピンナップ


エピソード情報

マスター 柚烏
エピソードの種類 ハピネスエピソード
男性用or女性用 男性のみ
エピソードジャンル イベント
エピソードタイプ ショート
エピソードモード ノーマル
シンパシー 使用不可
難易度 普通
参加費 1,000ハートコイン
参加人数 5 / 2 ~ 5
報酬 なし
リリース日 04月19日
出発日 04月27日 00:00
予定納品日 05月07日

参加者

会議室

  • [5]鳥飼

    2015/04/22-07:19 

    僕は鳥飼と呼ばれて言います。
    よろしくお願いしますね。

    鴉さんが、大変みたいですね。
    影が何かはわかりませんが、思いっきり行かせて貰います。

  • [4]シグマ

    2015/04/22-05:17 

    どーもお久しぶりー!初めましての人は初めましてだよー!
    改めて俺はシグマ、パートナーはオルガさん!
    オルガさんの恐れるものに対抗出来るか解んないけど……まぁ、何とかなるよね。

    武器は何が良いかな……?

  • [2]アキ・セイジ

    2015/04/22-00:47 

  • [1]ハティ

    2015/04/22-00:16 


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