桜の樹の下で…(side:Blue)(桂木京介 マスター) 【難易度:とても簡単】

プロローグ

「桜を見に行きませんか?」
 そう誘ったのは、彼だった。
 こぼれ落ちそうに満開の桜――ひらひらと蝶のごとく舞う緋色、生命の息吹に満ちた春を、ともに楽しもうというのだ。
 といってもこれは、単に散歩に行こうというだけの誘いかもしれない。
 桜の下で筋トレだ、というハードでタフなお話かもしれない。
 逆に、桜を肴に一杯やろう、という飲んべえな提案であるのかもしれない。

 あなたの心には波紋が生じていた。
 それは、たなびく雲のようなかすかなゆらめきだろうか。
 花から花を渡る蜂の、せわしない羽ばたきだろうか。
 それとも、轟音たて荒れ狂う春の稲妻だろうか。

 彼の誘いを、あなたは受けた。

 数日後。
 なぜだか微妙に緊張し、うっすらと汗をかいてあなたは、彼との待ち合わせ場所に向かっている。
 汗ばんでいるのは、今朝寝坊してしまって急いでいるから?
 慣れぬ山道を歩いているから?
 でなければ、心に秘するものがあるから?

 どんな花見となるだろう。
 ライバル同士の丁々発止のやりとりもいい。
 憧れる兄のような彼と、人生について語り合うのもいい。
 それとも……恋人と触れあう、朧月夜の夢もいい。

 いずれにせよあなたらしい……いや、あなたと彼らしい、ふたりきりの花見が紡がれるはずだ。

解説

 あなたと精霊、ふたりきりのお花見を行うというエピソードです。

 冒頭「桜を見に行きませんか?」という誘い言葉から始めていますが、これはあくまで一例です。
 あなたが彼を誘ったという設定でももちろんOKですし、逆に、トレーニングとしてランニングをしている途中で、偶然満開の桜を見つけて足を止める……という展開でもウェルカムです。
 つまり、テーマが『お花見』でありさえすればいいということです!
 公園で、山で、あるいは部屋の窓から、はたまたパソコンのモニター越しの桜というのでも構いません。

 どうぞ、自由に発想してみてください。

 なお参加費ですが、交通費その他もろもろで、一律400Jrかかるものとさせていただきます。ご了承下さい。

ゲームマスターより

 GMの桂木京介です。
 今回は、初のハピネスエピソードとなります。
 お花見というテーマさえ守れば、あとは自由というエピソードなので、思う存分(?)やっちゃってください。

 それでは、プランをお待ち申し上げております。
 次はリザルトノベルでお目にかかりましょう!
 桂木京介でした。

リザルトノベル

◆アクション・プラン

羽瀬川 千代(ラセルタ=ブラドッツ)

  河川敷に夜桜を観に行かない?と誘ったのは俺から
今日の光景はきっと特別だからと、彼の好奇心を擽る言い方で

花弁が舞う満開の桜と、ほんのりと夜を照らす満月
ラセルタさんも気に入ってくれたら嬉しい

桜と月が一番綺麗に見えそうな場所で腰を落ち着けようか
寄り道して買ったカップ酒を手渡し、小さく乾杯を
たまには気楽に飲むのも良いでしょう?

他愛もない話も、沈黙も、全く苦にはならなくて
ふと見えた、ほろ酔いで桜色になった彼の頬が愛おしく思える
思わず触れかける手を止め、銀の髪に絡む花弁を取り

毎年、桜を見ると何処か寂しさを感じていたけれど
今日はなんだか満ち足りた気持ちで、もっと見ていたい
…二人で見る月がとても綺麗だからかな


信城いつき(レーゲン)
  前提:花見に行く予定がレーゲンが体調崩して中止

はーい、病人は早く寝て下さい(ベッドへ押し込み)

レーゲン優しいから、気にしてるみたい。謝る必要ないのに。
部屋でお花見とかできないかな…近所に桜はない。花見弁当はまだ食欲ないし
色紙で桜吹雪…本、写真…そうだ!

レーゲン少し回復した?ならここでお花見しよう。
大丈夫、桜はここにあるから(アイテム:ロケット「ハートメモリー」使用)
俺達が見た過去の桜、綺麗だったね。今日はこれでお花見しよう
(当時を思出しつつ、楽しく語合う)

あとご近所さんにもらった桜茶あるからいれてみた。これならレーゲンも飲めるよね

どういたしまして
うん、お花見行こうね。お弁当ならまかせなさい!



セイリュー・グラシア(ラキア・ジェイドバイン)
  桜を見に行こうって約束していたんだ。
だからラキアを誘って2人で出かけよう。
川縁の桜並木へ。

満開の桜が青空に映えて、すげーキレイだ!
桜の淡い紅色もキレーだけど空が凄く青く澄んでる!
「桜と北風は今年もまた会えたかな?」
と少し散り始めた桜を見てラキアに笑顔を向けるぜ。
桜咲いている時に寒い風が来ないと逢えないんだよなぁ。そう考えると切ないなぁ。今日は暖かいし。
「オレ達はいつも一緒に居られて、良かったな」と。

桜の他伝承の話聞いてさ。
ラキアの繊細な心は依頼でいつもキズついてるんだって改めて感じたぜ。オレは色々覚悟しての事だけど。
ラキアは判っていても、やっぱ心が痛いんだろうな。
そっと抱きしめて頭撫でるぜ。



ローランド・ホデア(リーリェン・ラウ)
  ビルの屋上でスラムの桜を細葉巻をふかしながら見下ろす

桜を見ているんだ
どれって、あのピンクの樹だ
桜も知らないのか狗
(スラムで孤児、毎日飯が食えるかどうかが問題だった奴だ。花なんて見る余裕がなかったのかもな……)

いや、死んで桜が生えるなら墓場が桜だらけになるだろ
なぜそんなことを言う?

……てめぇの一生は俺が買い取ったんだ
そうそう死なれちゃ困るんだよ
(リェン、世界はまだてめぇが知らない美しいもので溢れてる。だからこれからは俺が不自由させん)

<マシといわれて>
当然だろ。飼い主だからな


<シガーキスされて、固まりつつ>
(……てめぇも美しいんだ。自覚ないだろうがな)
<ロゥは意識してるがリェンは何も考えてない>



日下部 千秋(オルト・クロフォード)
  (帰り道、夕焼けがさす桜並木にて)

先輩とこうやって帰るのも慣れて来たな……契約時は如何なる事かと思ってたけど。

気が付いたら新学期、桜の季節だもんな……

あ(風が吹いてきた)

?!
……落ち着け俺。
先輩はただ俺についた桜を取ってくれただけで今の接触には意味が……そもそも何で俺は今動揺なんてしてるんだよ!

……最近分かってきた。
この人、スキンシップとかはしないまでも触る触られるに抵抗ない人だ、と。

遠慮して距離置いてるのは俺だけなんだよな……
でもこれは、な……

次の桜の季節には俺達はどうなっているんだろうな。今考えてもしょうがないか。

近いながらも触れない距離で並んで帰る。



●一
 掃き溜めに鶴、という言葉が当てはまりすぎている。
 笑えるくらいに。
 煤と錆と疲れが染みついたようなスラムに、ぽつんと一本、桜の樹が花を咲かせていた。ひどく場違いに映る。
 ――名家のお嬢様が、脳天気な正義感に駆られて野戦病院にボランティアに来たような……いや、違うな。
 ローランド・ホデアは口の端から、曇天色の煙を吐き出した。
 なぜだかそういう皮肉な表現は、あの花には似つかわしくないように思えた。
 もっと可憐で、もっと崇高なものがあっていいのではないか……そうあるべきかどうかは別として。
 そうでなければあの場所の樹が、切り倒されず残っている理由が見つからない。
 桜はローランドの眼下にある。タブロスのスラム街でたぶん一番高いビル、その屋上に彼は立っていた。
 口元には細葉巻、ローランドは無造作に咥えているが、こいつは一本の価格だけで、彼の主だる『顧客』の一日の稼ぎなど軽く吹っ飛ばしてしまうことだろう。
 ガンッ、と音がして、立て付けの悪いドアが蝶番をきしませて開いた。
「おー、階下(した)で見ねーと思ったら」
 安物の両切り煙草のパッケージと、これまた安物のライター、その両方を手にリーリェン・ラウがにたりと笑う。『ロンリーキングダム・ライト』は買い与えてやっているのに、彼の手に細葉巻はなかった。もったいないからか、それとも安物のほうが口にあうというのか。
 リーリェンはローランドと並んだ。フェンスのないビルの縁だ。バンジージャンプなり自殺なりには、抜群のロケーションだろう。
 リーリェンはくしゃくしゃの煙草を、パッケージから直接歯で抜き取った。
「何してんの?」
「桜を見ている」
「桜ってどれ?」
「あのピンクの樹だ」
「へー、あれが桜ね」
 煙草を口にしたままなので、リーリェンの言葉はやや不明瞭だ。
「桜も知らないのか、狗」
「花なんて興味ねーからワカンネ」
 狐耳は笑った。やすりで研いだような鮫歯がぎらっとのぞく。
 仕方がない、とローランドは思った。
 ――スラムで孤児、毎日飯が食えるかどうかが問題だった奴だ。花なんて見る余裕がなかったのかもな。
「けども桜ってー名前は知ってる。昔、誰かが桜の下には死体が埋まってるって言ってたのを思い出した。人が死んだら桜が生えるのかね?」
「死んで生えるなら、墓場が桜だらけになるだろ……なぜそんなことを言う?」
「ケケケ、いやー死んだらアレになるなら死ぬのも悪くねーと思って! けっこー綺麗じゃん、桜って!」
 言いながらリーリェンは煙草に火もつけず、咥えて犬の尾のように上下させている。
 だが煙草の端が、止まった。
 ローランドの鷹のような双眸が、ぴたりとリーリェンの両目をとらえていた。
「……てめぇの一生は俺が買い取ったんだ。そうそう死なれちゃ困るんだよ」
 ――リェン、世界はまだてめぇが知らない美しいものであふれてる。だからこれからは俺が不自由させん。
 刹那、リーリェンの唇から薄笑みが消えた。
 しかし笑みは消えたかと思いきや、風がやんだときの蝋燭のようにふたたび、むしろ最前よりも強く現れていた。
「へいへい、死にませんよゴシュジンサマ! 死にたいわけじゃねーって。だからそんな深刻な顔しねーでちょーだい」
 しゃべりながらリーリェンは、ライターをカチカチやっている。
「そもそもアンタに買われる前なんてどん底だったけど、死にたいと思ったことは一度もねーし。それに今は、あの頃より大分マシだからなおさら死ぬ気にはならねーよ。言ってみただけー」
 ここまで一気に語り終えて、
「ちぇ、ガスが切れてやがらー」
 リーリェンはライターの中身を確かめ、無造作にポケットにしまった。
「マシ、か……当然だろ。俺が飼い主なんだからな」
 それを聞いているのかいないのか、
「あ、火ぃちょーだい」
 リーリェンが自分の煙草の先を、ローランドの葉巻の先にくっつける。手を使わず。
 シガーキス。
「な……!」
 絶句するローランドだがリーリェンは気にしていないようで、さっそく煙を吸い込んでいた。嬉しそうに。
 ローランドは軽く頭にきていた。頭にきて、幻惑されていた。
 ――てめぇも美しいんだ。自覚ないだろうがな。
 そう言いたい気持ちは、煙にして空に吐き出す。

●二
 夕焼け空の並木道。
 満開の桜がならぶ道。

 日下部 千秋にはこのところ、平穏な日々が訪れていた。
 ――先輩とこうやって帰るのも慣れてきたな……契約時はどうなることかと思ってたけど。
 パートナーの精霊が同じ学校の先輩という現実。もともと面識はなかったとはいえ、これは野球のバットみたく千秋を打ち倒した。
 しかもその先輩つまりオルト・クロフォードがなみなみならぬ好奇心を千秋に示しているのだ。ところがそのオルトのほうの真意は、千秋にはまるで読み取れないときている。生まれながらの不幸体質は、齢16にしていよいよ頂点に達したか!? と、千秋が考えてしまったとしても無理はないことだろう。
 だけども、彼の危機も一段落したものかもしれない。
 ――気がついたら新学期、桜の季節だもんな……。
 初依頼すなわち、ラピッド・ラビット騒動もなんとかこなすことができ、奇妙な二人三脚はようやく一種の安定期に入っていた。
 少しずつではあるけれど、千秋はオルトのことも理解していた。慣れてきたとも言えるだろう。もう以前みたいに、オルトの夢を見てがばと、夜中に跳ね起きることはなくなった。……少なくとも、ここ一週間は夢に見ていない。
 さてそんなこの日の午後、夕焼けを浴びながら歩く二人だったが、
「あ」
 ふぁさっと前髪が持ち上がり、千秋は手で押さえていた。風が出てきたようだ。
 昼と夜との中間点という不思議な頃合いにしか見られぬ光が、舞い落つ桜の花弁に当たっている。
「日下部。花びらが……」
「!?」
 手を伸ばしたオルトに対し、千秋は全身の毛を猫みたいに逆立てた……ように見えた、一瞬だけだが、オルトには。
「……? どうした?」
 オルトには、千秋を驚かせようとしたつもりはない。むしろ自分が驚いたくらいだ。
 ――まあ確かに、隣を歩きながらずっと、日下部を凝視してはいたが……。
 そこは反省。けれどもオルトにも言い分がある。
 オルトは日下部千秋その人というよりは、ちょんととんがった千秋の髪、キュートに言えば『アホ毛』が風に揺れるのを、興味を持って凝視していたにすぎない。
 そのため千秋の髪に、花びらが一枚、付着するのが見えたのは必然といえば必然だったわけだ。
 それを取ってあげようとしただけなのだ。純粋な親切だったので、あそこまで過剰反応されてちょっと傷ついた。
 硬直してしまったオルトに、千秋はおそるおそる告げた。
「あの……先輩……近い……」
「近い……?」
 そういえばそうだ。息がかかるくらい千秋に密接したまま、オルトは硬直していたのだから。
「ふむ。そうか」
 と言うなり甲賀忍者もかくや、オルトはひょいと後跳躍して千秋と数メートルの距離を取った。
「これでいいか」
 すると今度は千秋のほうが、申し訳ない気持ちになってきた。
 ――落ち着け俺。
 派手に反応しすぎた。あれではまるで「あなたが今踏んでいるの、地雷ですよ」と言われた戦場カメラマンみたいではないか。
 ――先輩は俺についた桜を取ってくれただけで今の接触には意味が……そもそも何で俺は今動揺なんてしてるんだよ!
 最近、千秋が気づいたことがある。
 それはオルトが、スキンシップとかはしないまでも、触る触られるに抵抗ない人だということだ。
 同じくオルトのほうにも、最近気づいたことがある。
 それは千秋が、理由は不明ながら身体的接触に敏感に反応するということだ。今のように。
 ――同性である俺に関しても同様だ。なぜだ。気になる……なぜ気になるのだろうか……。
 緊張がとけたものらしい。千秋は呼びかけた。
「あの先輩……そこまで離れると、逆に離れすぎでは……?」
「そうかそうか。うん、そうだな」
 合点がいったようにうなずきながらオルトはふたたび千秋と並び、
「では行こうか」
 と下校を再開するのであった。桜の花が漂うなかを。
 ――遠慮して距離置いてるのは俺だけなんだよな……でもこれは、な……。
 千秋は思う。次の桜の季節、自分たちはどうなっているのだろうかと。


●三
「今日の光景はきっと特別だから」
 これが羽瀬川 千代の誘いの言葉だった。河川敷に夜桜を観に行こう、との。
 短いフレーズだがここに、千代の工夫が詰まっている。まず、ラセルタ=ブラドッツの好奇心をくすぐる言葉を選んだ。無論、抑揚や語尾も彼好みを突いたつもりだ。さらにはその目に、哀願するような色彩を交えてもいた。もっともこれは計算してのことではなく、千代がさらりと無意識にやったことだが。
 ――珍しくもったいぶった言い方をする……。
 そのときラセルタの唇の端が、かすかながら釣り上がった。

 ほの白い満月は蒼白の貴婦人のよう。
 しからば月下に頬染める満開の桜は、その娘かあるいは愛人か。
 風がそよぐ。そのたびに桜が散る。この美しさが永遠ではないと、言外に物語るかのごとく。
 シルエットがふたつ。千代とラセルタだ。
 深夜零時をまわったこともあって、月下にほかに人の姿はない。
 絶妙の場所を選び、ならんでベンチに腰を下ろした。
「花見酒がコンビニのカップ酒というのは無粋かな。でも、たまには気楽に飲むのもいいよね?」
 千代は硝子製の、よく冷えたグラスを手渡した。
「悪いはずがない」
 ラセルタはグラスを受け取る。受け取る際、互いの指と指が触れあった。
「酒が出るとは珍しい。常日頃行いの良い俺様への褒美か?」
 と戯れを言う彼の、目尻がわずかに下がっていた。傲慢な性格と受け取られがちなラセルタだが、くつろいでいるとき彼は、こんなにも可愛い顔をする。
 ――それを知っているのは俺だけ、かもね。
 そんなことを考えて、千代もまた微笑していた。
 軽く当てて乾杯をして、ラセルタは酒を一口含んだ。するとたちまち、酔った。
 酒にではない。この状況に、なにより千代の微笑みに心を奪われたのだ。
「気に入ったぞ」
 我に返って告げた。
「……たしかに『特別』は間違いではなかったようだ」
 ――魔性族の俺様が、惑わされてしまうほどにな。
 そんな風に考えてしまう自分に内心驚き、ごまかすようにラセルタはさらに酒に唇をつけた。
 少し緊張して喉が渇いているとき、冷や酒というのは最高に美味くなるものだ。
 一口二口と呑みすすめ、空いたのでまた一本に手を伸ばし……そうこうしているうちラセルタの視界は、奇妙に傾ぎはじめていた。
「ラセルタさん、酔ってる?」
「まさか。俺様を誰だと思っている……」
 とはいうもののラセルタの頬には、ぽっと紅がさしているではないか。恋する乙女のように。
「ふふっ、ならいいんだけど」
 千代は、胸が高鳴るのを押さえきれなくなっていた。
 ラセルタの頬に触れたい……そんな誘惑に駆られていたのだ。直接熱を感じたい。指先でなぞってみたい。
 けれども千代はこらえて、
「あ、花びらが」
 と、ラセルタの銀の髪から一枚、薄緋色のものをとりのぞくにとどめた。
 ――ここで触れたら、自分を抑えられなくなるかもしれない、から。
 ところがラセルタにとっては、髪に触れられただけで十分な刺激だった。
「花? 千代にも大量にふりかかっているではないか。取ってやる」
 返事なんか聞かない。千代の肩を抱き寄せるようにして、一枚一枚花びらを取る。いつの間にかラセルタの指は、千代の頬に触れてすらいた。
「……手が滑る」
 そう言い訳するがラセルタの鼓動は嘘がつけない。伝わっていないかと、内心冷や汗していた。けれどもそれが、奇妙に心地よいのだった。
 されど酒はやがてラセルタの、動悸を鎮め瞼を重くしていた。
「肩を貸せ」
 言うなり彼は千代の肩に頭を乗せて空を仰ぐ。
「俺様としたことが……他人と美しいものを眺めるのも悪くないと思えてきたぞ」
 普段よりラセルタは饒舌になっている。酒ゆえか雰囲気ゆえか、それとも桜の魔力がゆえか。
「俺様だけでは満足できないことが増えていく……」
 ――お前のせいだぞ、千代。
 ラセルタの体温を感じながら、千代も満ち足りた気分だった。
「毎年、桜を見るとどこか寂しさを感じていたけれど、今日はなんだか満ち足りた気持ちだよ」
 眠りつつあるラセルタが聞いているのかわからないが、それでも千代は彼に語りかけた。
「……二人で見ると、とても綺麗だからかな」


●四
 天空塔でした約束を、ちゃんとセイリュー・グラシアは覚えていた。
 それは、桜を見に行こうという約束。セイリューとラキア・ジェイドバインとの。
 もちろんラキアも覚えていた。そして、楽しみにしていた。すごく。
 川縁の桜並木、雲一つない蒼空、居並ぶ桜はいずれも満開。それはまるで、水彩絵の具で色づけたよう。
「今年も桜が綺麗に咲き誇っていて嬉しいよ。この姿はこの時期にしか見られないからね」
 ラキアは手を伸ばした。花には触れないが、包み込むようにしてその美を愛でる。
「すげーキレイだ!」
 セイリューの弾んだ声は、この眺望を全肯定するものだった。
「桜の淡い紅色もキレーだけど空が凄く青く澄んでる!」
「ああ。本当に……なんというか、生命の躍動を感じるよ」
「生命、か……桜と北風は今年もまた会えたかな?」
 彼の視線の先には、盛りを少し過ぎた樹があった。桜は散り始めており、夏色の緑をした葉が顔を見せつつある。
 どう思う? と言うように、セイリューはラキアに振り向いた。
 顔は笑っているがセイリューは真剣だ。真剣に、ラキアの回答を求めている。
 ならばきちんと答えるのが義務、ラキアは肩の長い髪を払い、うなずいてみせた。
「そうあってほしいね。北風の化身が花の精を優しく地に導く……故郷の口伝だけど、とても気に入っている話だよ」
「オレも好きだな、いい話だ」
 ストレートすぎるくらいストレートなセイリューの言葉は、真っ正直で嘘がない。
「けどさ、話の通りだとすると、桜咲いている時に寒い風がこないと逢えないんだよなぁ。そう考えると切ないなぁ。今日は暖かいし」
「うん。優しいよね、セイリューは」
「だからさ、オレ、思うんだ。オレたちはいつも一緒にいられて良かったな、って」
 あまりにストレートなセイリューの言葉に、ラキアは胸が詰まるのを覚えた。
 ぐっと来るなと言われても、これは無理という話だ。しかし黙っているわけにもいかず、なんとかラキアはこう答えた。
「そうだね」

 ラキアからすればセイリューの考え方はとても未来志向で、とっても前向きだ。
 凄いな、って思う。

 春風の香りを楽しみつつ、桜並木を散策しながらラキアは述べる。
「桜には他にも色々と伝承があってね。死者を送る花だとか、転じて死者の世界と現世を繋げる花だとも言われる。生者と死者の流転を知っているとか、死者の魂を鎮めるとかね」
「どうしても死のイメージがつきまとうんだな。淡い色合いのせいだろうか。理屈はわかんねーけど、理解できる気はする」
「直感的だけど、その考えって核心をついているかもしれない。さすがだよ」 
「はは、そうか? 単なる思いつきだぜ」
 と言いながらも褒められたせいか、ちょっと照れくさげな表情のセイリューだった。
「今まで、色々な依頼をこなしてきたけど……」
 ラキアは視線を落とした。
「そのときに関わったすべての死者が、穏やかに鎮められますように、って桜にお願いたしくなるよね」
 ――そうか。
 セイリューは少し、黙ってラキアを見つめた。
 改めて彼は感じた。ラキアの繊細な心は、依頼でいつも傷ついてるのだと。
 セイリューは覚悟している。殺す覚悟も、殺される覚悟も。
 だけどその覚悟をラキアにまで強いる気はなかった。
 ――ラキアは判っていても、やっぱ心が痛いんだろうな。だけどオレにできることは……。
 セイリューはラキアを、背中から抱きしめた。
 そうして黙って、頭を撫でる。
 ラキアは抱擁を受け入れた。両手でセイリューの腕に触れた。
「平和を感じるよ……平和な時間を。ずっと、続くといいのにな」
 ラキアは瞳を閉じた。
 桜咲く季節をこれからも、毎年セイリューと迎えたい――そう願った。


●五
 今年の花見は中止!
 ……というのは信城いつきとレーゲンに限った話だ。
「はーい、病人は早く寝て下さい」
 テキパキとベッドメイクして、いつきは押し込むようにレーゲンをそこに寝かせた。
 けれどもレーゲンは、40度近い高熱により意識朦朧としながらも言う。
「ごめん、せっかくいつきお花見楽しみにしてたのに……」
 そんな彼の翡翠の瞳が涙で潤んでいるのは、熱のせいばかりではないかもしれない。
「いいからいいから」
 けれど優しくいつきは言いきかせる。
「わかったちゃんと横になるから」
 彼の返事を聞くと、いつきはもう一度優しく、
「ちゃんと寝るんだよ」
 と言い残して部屋から出た。

 ぱたんと後ろ手にドアを閉め、いつきは息を吐いた。
 二人で花見に行く予定があった。それは事実。
 いつきが楽しみにしていたのも事実。
 でも体調不良じゃ仕方がない。いつきにはネガティブな意識はまったくなかった。また機会はあるし。
 それだけに、
 ――レーゲン優しいから、気にしてるみたい。謝る必要ないのに……。
 ひたすらレーゲンが恐縮していたことがいつきは気になった。
 だったらなにか考えよう。
「部屋でお花見とかできないかな……でも、近所に桜はないよな。花見弁当はまだ食欲ないし」
 つい考えが口に出る。
「色紙で桜吹雪……本、写真……そうだ!」
 ぽんといつきは手を打った。

 ――しばらく眠っていたようだ。今は何時だろう。
 レーゲンはうっすらと目を開けた。
 汗でびっしょり濡れたパジャマと下着を替える。ふらつくのは事実だが、それでも気分はいい。
 ここでドアがノックされた。いつきだ。
「具合はどう?」
「大丈夫、だいぶ楽になったよ」
 レーゲンは体温計を取り出し、数値で言葉を証明した。
「少し回復したね? なら、ここでお花見しよう」
「この部屋でお花見? でも桜は?」
「大丈夫、桜はここにあるから」
 と、いつきが取り出したアイテムは、魔法工房「アトリエ・メモライズ」によって作られたロケットペンダント、その名も『ハートメモリー』、心に刻まれた恋愛の記憶が映し出されるという、不思議な魔法がかけられている品だ。
「俺達が見た過去の桜、綺麗だったね。今日はこれでお花見しようよ」
「あぁ、そのアイテムか。初めて使うけど、どうやって映るのかな?」
 いつきは部屋の照明を暗くすると、ペンダントを白い壁に向け、そこに込められた力を解放した。
 するとアイテムのほうが状況を判断したものらしく、映写機のようにメモリーが映し出された。魔法のアイテムゆえ汎用性は高い。使い方によっては、別の現れ方があるのかもしれない。
「懐かしいなあ」
 レーゲンに笑顔が戻っていた。
「ジャングルジムに登ったり、いつきがおかずが入った爆弾おにぎり作ったり……チョコも入ってたね」
 言った通りのものまで映し出されてしまい、レーゲンの笑顔は苦笑へと変わっている。
「あれは……ご好評につき再登場するかも……うそうそ」
 そして桜。
 記憶の中の、桜の花だ。
「今見ても綺麗だね。手が届くほど近かったよ」
「だよね」
 あのとき感じた美しさは、今なお色あせることがなかった。
 いつきはティーカップふたつをを盆から下ろす。
「ご近所さんにもらった桜茶あるからいれてみた。これならレーゲンも飲めるよね?」
「桜茶? いい香り……カップの中に桜が咲くんだね。これも、お花見だね」

 短い上映会が終わると、レーゲンはぺこりと頭を下げた。
「お花見してくれて、ありがとう」
「どういたしまして」
 実際、意外なまでに楽しかった。思い出のアルバムをめくる感覚といえばいいだろうか。やってよかったと思ういつきだ。
「今日のが楽しかったから、また改めてお花見に行きたくなったよ。いつきのお弁当も楽しみにしてたし……また作ってくれるかい?」
「うん、行こうね。お弁当ならまかせなさい!」
 力強くいつきは請け負うのだった。
 また、新しいメモリーを作ろうじゃないか。



依頼結果:成功
MVP
名前:羽瀬川 千代
呼び名:千代
  名前:ラセルタ=ブラドッツ
呼び名:ラセルタさん

 

名前:ローランド・ホデア
呼び名:ロゥ、ゴシュジンサマ
  名前:リーリェン・ラウ
呼び名:リェン、狗

 

メモリアルピンナップ


( イラストレーター: 柏木古巣  )


エピソード情報

マスター 桂木京介
エピソードの種類 ハピネスエピソード
男性用or女性用 男性のみ
エピソードジャンル ロマンス
エピソードタイプ ショート
エピソードモード ノーマル
シンパシー 使用不可
難易度 とても簡単
参加費 1,000ハートコイン
参加人数 5 / 2 ~ 5
報酬 なし
リリース日 04月12日
出発日 04月19日 00:00
予定納品日 04月29日

参加者

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