桜の樹の下で…(side:Cerise)(桂木京介 マスター) 【難易度:とても簡単】

プロローグ

「桜を見に行かないか」
 そう誘ったのは、彼だった。
 満開の桜――あとは散るだけの芳醇なる緋色、胸がいっぱいになるほどの春を、ともに愉しもうというのだ。
 彼はもしかしたら、ほんの軽い気持ちでそう言っただけかもしれない。
 ふとした思いつき、だったのかもしれない。
 逆にこれ以上ないほどに本気で、あなたと春をわかちあうことしか、考えられない状態なのかもしれない。

 あなたの心には波紋が生じていた。
 それは、明け方の海のようなかすかなゆらめきだろうか。
 消えかかった燭台に、ぽっと灯った赤い輝きだろうか。
 それとも、吹きすさぶ春の嵐だろうか。

 彼の誘いを、あなたは受けた。

 数日後。
 お気に入りの靴を履いて、あなたは彼との待ち合わせ場所に急いでいる。
 文字通り小走りか。
 心だけ千里を駆けながら、それでもしずしずと歩を進めているのか。
 しょうがないなあと、嘆息混じりながらギャロップしているのか。

 どんな花見となるだろう。
 恋人との甘いひとときもいい。
 ダメな弟のような彼を、エスコートしてあげるという物語もいい。
 それとも、気の置けない親友のような彼と、明るい日の下で笑い合う姿であってもいい。

 いずれにせよあなたらしい……いや、あなたと彼らしい、ふたりきりの花見が紡がれるはずだ。

解説

 あなたと精霊、ふたりきりのお花見を行うというエピソードです。

 冒頭「桜を見に行きませんか?」という誘い言葉から始めていますが、これはあくまで一例です。
 あなたが彼を誘ったという設定でももちろんOKですし、逆に、トレーニングとしてランニングをしている途中で、偶然満開の桜を見つけて足を止める……という展開でもウェルカムです。
 つまり、テーマが『お花見』でありさえすればいいということです!
 公園で、山で、あるいは部屋の窓から、はたまたパソコンのモニター越しの桜というのでも構いません。

 どうぞ、自由に発想してみてください。

 なお参加費ですが、交通費その他もろもろで、一律400Jrかかるものとさせていただきます。ご了承下さい。

ゲームマスターより

 GMの桂木京介です。
 今回は、初のハピネスエピソードとなります。
 お花見というテーマさえ守れば、あとは自由というエピソードなので、思う存分(?)やっちゃってください。

 それでは、プランをお待ち申し上げております。
 次はリザルトノベルでお目にかかりましょう!
 桂木京介でした。

リザルトノベル

◆アクション・プラン

淡島 咲(イヴェリア・ルーツ)

  イヴェさんから桜を見に行こうって誘われました。
桜好きだから嬉しいです。
お花見ならお弁当を作りましょうか?って聞いたら夜桜を見に行くって。
夜桜。綺麗でしょうね。
お昼の桜は見慣れてますが夜桜はあまり見る機会がないので…。

桜並木手を繋いで歩く。
こんなにも大事な存在になるなんて思ってもいませんでした。
いえ、本当は期待してたんです。大事な人になれればいいなって。
だから今、こんな風に過ごせて幸せです。

イヴェさんからプレゼントですか?私の誕生日?
私の誕生日。そして妹の誕生日。
…でも、イヴェさんは私だけの誕生日を祝ってくれるんですね。いつも二人一緒が多かったから新鮮です。
綺麗な髪飾り…ありがとう、イヴェさん。


ミヤ・カルディナ(ユウキ・アヤト)
  え?ただの桜餅…だけど?
他にも御菓子は色々有るわよ?
いいけど…
(まさかお花見したこと無いの?)
それじゃあ週末が見頃だから川原にでも…

案内してくれるの?
にこ)有難う

【花見】
アヤトの連れて来てくれた場所からの眺めに我を忘れる
こんな素敵な場所がタブロスに有っただなんて!

広げるのは桜の菓子
マカロン、ババロア、ロールケーキ
(和風も気に入ってくれるかしら)
桜花しぐれ、和三盆の桜クッキー…
気に入ってくれたら最後は桜花の塩漬けを浮かべた煎茶を
煎茶セット出して屋外ポットでお湯沸かすの

こうしていると良い気持ち
お茶がじんわり広がるわね

アヤトの行動には戸惑うと思う
なんでドキドキするのよ
訳が分からないわ
でも…(ドキドキ



水田 茉莉花(八月一日 智)
  仕事の帰り道、公園に咲く桜を見つけた
…そういえば、このところ残業ばっかりで
花見なんてしてなかったなーって
そう思ったら
コンビニに行ってほづみさんと買い出しして帰ってきていた

しょうがないでしょ、スーツ姿ならまだしも
普段着だと高校生位に見えちゃうんだから
トラブル防止だと思って下さい!
(ボトルコーヒーのふたを開けつつ)
ハイハイ、分かりました!

公園のライトだけでも、綺麗に見えるモノですねーほづみさん
いつもって…去年とかは気づかなかったんですか?

ふぅん、そうなんだ…(フライドポテトもぐもぐ)

わぁ、風で桜が散ってる…
知ってますほづみさん
散った花びらって針と糸で集めて
首飾りに出来るんですよ
結構綺麗なんですよ


桜倉 歌菜(月成 羽純)
  お祖父ちゃんのお弁当屋のお手伝い
花見用弁当を配達したら、体調を崩してしまって不要って言われてしまって…お弁当勿体無いなぁ
羽純くんに食べて欲しい…というか一緒に食べたい
思いつき彼に電話

彼の指示で彼の自宅のカクテクバーへ
開店前のここに来るのは二回目

ごめんね、準備中に
彼の案内で大きな窓のあるテーブル席へ
わぁ…!ここから桜の木が見れるんだ
凄く綺麗!

お茶を出してくれる彼にお礼を
二人で桜を眺めながらお弁当を食べます

あ、これ、私が作ったんだよ
さつまいものとクレソンの豚肉巻き

窓を開けるかという彼に、うん、お掃除ばっちり手伝うから開けよう
春の風を感じ幸せ

思いがけず羽純くんとのんびり花見出来て嬉しかった
有難う!



ツェリシャ(翠)
  花見といえばまずは…場所取りですか?
じゃあ朝5時に集合で
ああ、そんな感じでいいんですか

お待たせしました
なんかこれ恋人みたいな会話ですね
あ、途中でお団子売ってたので買ってきました

で、花見ってどうすればいいんでしょう
私花見はした事がないのであまり要領がわかりません
とりあえず歩いてみます?

え、私が座っていいんですか
翠さんて結構紳士なんですね
これを現実で見れるとは思っていませんでした

このお団子すごく美味しいです、当たりでしたね
じゃあ次があったらお弁当でも作ってきます
何も言われてませんがこれは料理できるの?って視線ですね
食べてからのお楽しみです
自信はありますがそこは黙っておきましょう
反応が楽しみです



●一
 今日も今日とて残業時間上限いっぱいまでデバッグ作業に従事して、ようやく八月一日 智は職場から解放された。
「あーしんど……」
 会社から出るともう、柔らかな陽射しなどとっくに消えており、ふんわり丸い春の夜だった。
 開発中のゲームアプリも今や大詰め、もうしばらく、デバッグ三昧の日々が続くだろう。ため息が出てしまう智を、一体誰がとがめられよう。
 だが智と並んで歩く、水田 茉莉花のほうは割合とのん気しているようだ。
「空気が暖かい! 春なんですねえ」
 と紅茶色の瞳を輝かせていたりする。
「春か。毎日忙しすぎて、季節なんて忘れてたな」
「『心を亡くす』と書いて『忙しい』と読みます。だから忙しい忙しいと言っては……」
「いけないってんだろ? けどそれはデバッグやらないやつの言葉だ。人間には二種類ある。デバッグする人間と、しない人間……って、聞いてる?」
 智は振り返った。
 なぜって茉莉花が足を止め、空を見上げていたから。
「見て下さい。桜が……」
 ちょうどふたりがさしかかったのは、家の近くの公園横だった。
 公園には大きな桜の樹が生えている。しかも、白に近い緋色の花が満開なのだった。
「……このところ残業ばっかりで、花見なんてしてなかったなー」
 ぽつりと茉莉花が言った。そして彼女が、
「そうだほづみさんお花見……」
 と言いかけたその声は、
「せっかく満開だし、夜桜見物するか、ここで!」
 と言う智の声とぴたり重なっていた。

 十五分後。
 コンビニの袋を下げ、二人は公園のベンチに腰を下ろしている。
「……おれ、ビール飲みたかったなぁ」
 智はむくれていた。ところが茉莉花は慣れたもので、
「しょうがないでしょ、スーツ姿ならまだしも、普段着だと高校生位に見えちゃうんだから。トラブル防止だと思って下さい!」
 と言いつつ、ボトルコーヒーのふたをキュッと開けている。
「けどおれは実際23歳で……」
 まだぶつくさ言っている智だったが、プシュっとコーラを開けると不満も消えたのか、
「乾杯だ乾杯、みずたまり!」
 と冷えた缶を掲げた。
「ハイハイ、わかりました!」
 茉莉花も得たりと、自分のボトルと缶とをぶつける。
 ケンカしているように威勢のいい乾杯だが、ふたりは笑みを交わしていた。
 そんな彼らを見おろす夜桜も笑っているのだろうか、はらりと数枚、花弁を降らせる。
 コンビニで買った安物のフードばかりでも、満開の桜の樹の下、広げて食べればごちそうだ。
「公園のライトだけでも綺麗に見えるモノですねー、ほづみさん」
「まあな。けどそもそも、ココに桜なんてあったっけレベルだったよなー」
 唐揚げ串をムシャムシャやりつつ智は言う。
「マンション帰る途中、いつも歩いてんのにな」
「いつもって……去年とかは気づかなかったんですか?」
 んにゃ、と言い切る智のキッパリっぷりはむしろ心地良い。
「ウィンクルムになって、何だかんだでみずたまりと一緒に暮らすようになってから、だなあ」
「ふぅん、そうなんだ……」
 言いながら茉莉花は苦笑気味だ。ということは少なくとも、自分の存在は彼に、季節を思いださせる役には立っているのかもしれない。
 しんなりしたフライドポテトを、口にくわえたまま茉莉花は前髪を押さえた。
 春風が一度だけ、強く吹いたのである。
 幻想的な光景が生まれた。
 空だけではない。彼らの周囲にも、だ。
「わぁ、風で桜が散ってる……」
 くるり踊るは桜吹雪。
 それは、春のこの短いひとときしか味わうことのできない自然のカーテン。
「知ってますほづみさん? 散った花びらって針と糸で集めて、首飾りにできるんですよ。結構綺麗なんですよ」
 夢見る口調で茉莉花は言った。
「うわ、珍し、みずたまりがはしゃいでる」
 とからかいながらも、智も口元をほころばせている。
「散る桜 残る桜も 散る桜……良寛だっけ、この句って」
 ふと彼はつぶやいていた。
 けれども、
「ちっ、縁起でもねぇ」
 とすぐに言い、ふるっと頭を振るのだった。
 そんな智の髪に一枚、桜の花びらがくっついている。


●二
 淡島 咲にとってのサプライズ、それは、イヴェリア・ルーツに、
「夜桜を見に行こう」
 と誘われたこと。
 そしてイヴェリアにとってのサプライズは、そんな咲から、
「桜好きだから嬉しいです。夜桜。綺麗でしょうね……そうだ、お弁当作りましょうか?」
 と弾む声で返事されたことだ。
 昼の桜は見慣れているが、あまり見る機会のない夜桜を提案された、しかもイヴェリアから――咲にとってこれが、嬉しくないはずはない。
 自分の提案がこれだけ咲に喜ばれた――これはイヴェリアにとって何よりの喜びだった。

 月影さやかな桜並木、川沿いの道。その両側には一定間隔で、桜の樹が植えられている。
 手をつないで歩く。
 こんな日が来るなんて、ほんの少し前なら、咲は夢にも思わなかっただろう。
 きっかけは昨年の末、あのとき、冬の花『氷戀華』の咲く場所で、咲はイヴェリアと心を通わせた。
 そして春……桜の夜をこうして、ふたりっきりで過ごしている。
 舞い散る白いものは雪ではなく桜だ。ひらひらと舞うその姿は、風に遊ぶ蝶を思わせる。現実離れしたその美しさがうながしたのだろうか、咲はふと、その心のうちを彼に明かしていた。
「イヴェさんのことが、こんなにも大事な存在になるなんて思ってもいませんでした……」
「予想外、だったのかな?」
 切れ長の瞳をイヴェリアは彼女に向ける。その視線に熱を感じ、咲は頬をかあっと染めゆく。
「いえ、本当は期待してたんです。大事な人になれればいいなって……だから今、こんな風に過ごせて幸せです」
 イヴェリアは無言で、けれども微笑を浮かべて、そうしてその白く長い指を、彼女の指に絡めてきた。そうしてしっかりと握り合う。生まれたときからずっと、こうなる運命だったというかのように。
 行く手はどこまでも桜並木、
 振り返っても同じ、
 そんな地点でイヴェリアは足を止めた。
 寂として音もない。
 街灯がほの白く桜を照らし出すも、月よりほかにふたりを、見つめているものはなかった。
「……?」
 理由を問いかけるような咲に、イヴェリアは告げた。
 厳かに、碑石に残された詩でも読むように……かすかに、緊張を交えつつ。
「今日はサクの誕生日を祝いたくてプレゼントを用意した」
 ふと彼は思う。
 ――以前、俺の誕生日を祝ってくれたときのサクも、こんな風にドキドキしたのだろうか?
「私の誕生日?」
 動揺が表に出ていなければいいが、と願いながらイヴェリアはうなずいて見せた。
「俺にとっては誕生日なんて、あんまり意味がないもので……他人のそれも同じだった。けれど、サクに会って変わったよ」
 今日も彼の腕には、彼女から贈られた時計が巻かれている。
 ――サクが生まれてきてくれたことがこんなにも嬉しい。
 彼女が生まれていなければ、どんなにかイヴェリアの人生は、味気ないものだったろう。思わず、つないだ手に力が入った。
「私の誕生日は……つまり……」
 咲の双子の妹にとっても同じである。
 けれどその言葉を、イヴェリアは彼女に言わせない。
「俺が祝うのはサクの誕生日。目の前にいるのはサクだけだし、俺が祝いたいのはサクの誕生日だから」
「イヴェさん……!」
 咲は胸が詰まった。動悸が速まる。
 ――イヴェさんは私だけの誕生日を祝ってくれるんですね。いつも二人一緒が多かったから新鮮です。
 イヴェリアは笑った。愛情と敬意の両方がこもった笑みだった。
「キミにこの髪飾りを……」
 彼が取り出したのは百合の髪飾りだ。
「普段から付けるには少し大きいかもしれないけれど、気にいってくれると嬉しい」
 大ぶりなのは事実、けれどそれが華やかなのもまた事実だ。可憐にしてしなやかで、弱さと強さの両方を感じさせるデザインだった。
 咲は両手を胸の前で組み、軽く頭を下げた。
 以心伝心、イヴェリアはうやうやしく、これを咲の髪に飾った。
 白い花が一輪咲いた。夜のような咲の髪に。
「綺麗な髪飾り…ありがとう、イヴェさん」
 そして彼女は彼と手を取り合い、ふたたび桜並木を、ゆっくりと歩み始めた。


●三
「え? ただの桜餅……だけど?」
 ミヤ・カルディナは、濃いぬばたまの目を丸くした。ユウキ・アヤトが、心底驚いたような声を上げたからだ。
 最初、
「女ってピンクが好きなのか?」
 などと言いながらアヤトは、もっちりしたその和菓子を手づかみしたのである。ミヤが作ってみたものなのだそうだ。
 葉っぱに巻かれた米菓子、見慣れぬその薄桃色をいぶかしんでいたものの、これをひとかじりしてたちまちアヤトは、
「中身……餡子なのかよ!」
 仰天した。そうして本章冒頭のミヤの台詞となる。
「気に入った?」
 どうしてだろう。微笑したミヤの口元がなんだか色っぽくて、アヤトは目をそらせながら、
「……まあ、悪くはない」
 とは言うものの早くも二つ目に手を伸ばしていた。口には出さねど実は相当気に入っていたのだ。見た目、食感もさることながら、どこか郷愁を誘う香りがなんともいえなかった。
「気に入ったのなら……他にも御菓子は色々あるけど?」
 ミヤはそこから、桜の季節らしい菓子について語った。
 ふうん、とあえて気のない返事をするアヤトである。
「季節もいいし、ここんとこずっとよく晴れてる。外で食うのもいいな」
「いいね、お花見ね!」
「オハナミ?」
「桜の下でご飯を食べるのを、お花見というんだよ」
 ――まさかお花見したことないの?
「し、知ってるさ。良い所も知ってるぜ」
「週末でも行ってみない? その場所」
「まあ、案内してやってもいいけどさ」
 するとミヤは花が咲いたように、にこと笑んだ。
「有難う」
 一瞬、またもなぜだかその笑みに目を奪われ、アヤトは視線を明後日の方向に滑らせた。
「……礼を言うならせいぜい、美味い菓子でも作ってくるんだな」

 週末、ミヤとアヤトは肩を並べ山道を歩いていた。互いの肩が触れそうで触れない微妙な距離だ。
 やがて高台にさしかかる。
「見えるか?」
 アヤトは行く手を指し示した。
 するとたちまち、
「こんな素敵な場所がタブロスにあっただなんて!」
 ミヤは我を忘れ声を上げていた。
 まるで桜色の森だ。眼下にずっと、一群の桜が集まって咲いている。
 過剰な印象は受けない。桜の木々は整然と並んで、互いを立てるように揃って花をつけているように見えた。そうして一本一本の樹だけではできない、一幅の絵画のような風景を作り上げているのだった。
 そんな樹の一つの下に入ると、ミヤはレジャーシートを広げて展開した。桜にちなんだ菓子の数々を。
 マカロン、ババロア、ロールケーキ、ここらは洋菓子の定番。
 ――和風も気に入ってくれるかしら。
 そして桜花しぐれ、和三盆の桜クッキー……もちろん桜餅も。
「すげぇ量あるな」
 くす、とアヤトは口元を緩めている。
 花見の話が出たとき、『せいぜい美』なんて言ったせいだろうか。ミヤはそれこそありったけという感じで、いずれもたくさん用意したのだ。ありがたくいただこう。
「気に入った?」
「ま……まぁ、悪くはねぇけどさ」
 内心では美味いと思っているのに、ついアヤトはそういう言い方になってしまう。
 和洋菓子の桜づくしは、桜花の塩漬けを浮かべた煎茶でしめくくりとなった。
 煎茶セットをミヤは出し、屋外ポットでお湯を沸かす。
「こうしていると良い気持ち……お茶がじんわり広がるわね」
 ふとミヤが気づくと、アヤトが身を起こして彼女に手を伸ばそうとしていた。
「どうかした?」
「……ゴミがついてたんだよ」
 ごまかすようにして、彼はどっと背をシートに預けた。なんだか、眠かった。
 ミヤの黒髪にひらりと、桜の花びらが乗ったのを彼は見た。取ろうと手を伸ばしたが一点物の髪飾りのようにも見え、結局そのままにしようと決めたのだ。
 ――ガラでもねぇ。
 うとうとしながらアヤトは思う。
 ――ミヤののんびりが移ったんだ……。
 多分……
 きっと……
 でも、悪くない。

 アヤトの寝息を聞きながら、ミヤは問いかけるように桜を見上げた。
 彼の行動は予想がつかない。だから、戸惑う。
 そして、胸がどきどきする。
 ――わけが分からないわ
 でも……。


●四
 桜倉 歌菜は現在、途方に暮れて手元を見つめているのである。
「……お弁当、もったいないなぁ」
 本日歌菜は、祖父の弁当屋を手伝っていた。まさしくお花見のシーズン、特製の花見用弁当は今日も完売御礼の好評ぶりだ。ところが配達したその先で、お客さんふたりが食中毒で食べられない状態にあると言われ、包みごと返却されたのだった。
 代金はいいですと言ったのだけれど、せっかく配達してもらったのだし……と、どうしてもとお金だけ渡され、結局店としては普通に利益になったとはいえ、この時期しかない特製花見弁当が、歌菜の手元にまるまるふたつ、手つかずで残ってしまうという結果になった。
 せっかくだから食べよう……でも弁当はふたつある。
 だったら歌菜には、食べてほしい人がいる。
 というか彼と一緒に食べたい。
 買ったばかりの携帯電話『cinema』を取りだし、うっとりした目で歌菜はこれを眺めた。彼と二人で携帯ショップに赴き、じっくり選んで色違いの同モデルを購入したものだ。ボタン操作ひとつで彼につながる。
「もしもし羽純くん、今大丈夫? 実はね……」

 歌菜はカクテルバーの扉を押し開けた。
 昼に来たのは初めてではないが、毎回どうも、昼は妙な気持ちになる。
 この場所に血が通うのは夕暮れから朝焼けまでの時間だ。いわばスリープモード中、夜に眺めれば艶やかなマホガニーのカウンターも、今はなんだか眠そうに見えた。
 薄暗い店内に呼びかけると、今行く、と答えて月成 羽純が姿を見せた。
「ごめんね、準備中に」
「いや、電話がかかってきたとき、起きたところだった。これから飯にするかと思っていたとからちょうどよかった」
 羽純はラフな服装で、シャツの胸元のボタンも二つ目まで開いている。
「むしろ悪かったな、自宅まで呼びつけて」
「いいの。そもそも私の思いつきだし、配達は慣れたものだし」
 羽純が雨戸を開けカーテンも払うと、窓の外からさあっと春の陽射しが入ってきた。
「ここのテーブルで食べよう」
 と言って彼が歌菜を案内したのは、窓際に配置された小さなテーブルだ。外がよく見える。けれども太陽が真上の時間帯ということもあってまぶしくはない。
 歌菜に椅子を引いてやりながら羽純は言う。
「昨晩、最後のお客さんが帰ってから、ここで独り、夜桜を見ていた。そうしたら……歌菜にも見せてやりたいと思った」
「わぁ……! ここから桜の木が見れるんだ。すごく綺麗!」
 お世辞でもなんでもなかった。まるでここは、桜を眺めるためにあつらえられた特等席だ。眼前に大樹が大ぶりの枝を広げている。そこにあふれんばかりの花、花、花。
 だろ? と言わんばかりにうなずいて、羽純は歌菜の前に湯飲みを置いた。歌菜が来る前に用意していたお茶だ。
「じゃあ、いただくとしようか」
 春らしくカラフルな松花堂弁当だった。俵型のおにぎり、山海の珍味、桜の花びらをかたどった伊達巻きも嬉しい。
「さすが花見用。タダで食えて得した」
「あ、これ、私が作ったんだよ」
 と歌菜が箸で持ち上げたのは、さつまいものとクレソンの豚肉巻き。
「ほっこりしたさつまいもとほろ苦いクレソンの相性、いいな。美味いよ」
 思わぬ馳走に羽純の声も弾んでいた。やがて彼は、おもむろに立ち上がる。
「窓越しだけじゃ物足りないな。花びらが沢山入るから掃除が必要になるが……開けてみるか?」
「うん、お掃除ばっちり手伝うから開けよう」
「なら、善は急げだ」
 開けた窓からやわらかな風が、くるくる渦を巻く花弁とともに飛び込んできた。
 風はほんの少し冷たいが、食事で温もった体には心地いい。
 風向きがよかったこともあり、つぎつぎと花びらが、バーの中に舞い込んでくる。招いてくれてありがとう、と言わんばかりに。
「いい気持ち……! 思いがけず羽純くんとのんびりお花見できて……嬉しかった」
 ありがとう、と歌菜が微笑むと、
「こちらこそ、礼を言いたいな」
 羽純は笑みを返した。
 この桜を歌菜と見たいと、昨夜からずっと願っていたのだから。


●五
 迷ったが翠は結局、奇をてらわずに誘うことにした。
「桜を見に行かないか」
 と。
 するとツェリシャは、猫を思わせるくりっとした目を上げた。
「桜? 近くに咲いてますね。行きましょう」
 言うそばからもう歩き出している彼女を、翠は呼び止める。
「いや今すぐ見ようというんじゃなくて……花見に行かないかという意味だよ。たとえば明日とか」
「ああ、花見ですか」
 合点がいったようでツェリシャはうなずいた。
「花見といえばまずは……場所取りですか? じゃあ明日はここに朝5時集合ということで」
 ツェリシャにジョークを言っている雰囲気はない。
「……5時はちょっと早すぎ、かな。気楽な感じで桜を見れればいいなと」
 ふたりはチームを組んだばかり。まだ噛み合わないところだらけだが、やがては任務で命を預け合うことにもなるだろう。だから少しずつでも互いのことを知り合っておきたい――という考えで翠はツェリシャを誘ったわけなのだ。
 綺麗なものを見たときぐらい、同じ感想を持てるのではないか――そう彼は思っている。

 結局、正午に待ち合わせることになった。
 場所は近場、川沿いの桜並木。
 その日、生真面目な翠は30分も早く到着し、悠然と風を受けながら彼女を待ち、ツェリシャのほうは時刻ぴったりに姿を見せた。
「お待たせしました」
「大丈夫、僕も今きたところ」
 ツェリシャはまるで疑わず、
「なんかこれ恋人みたいな会話ですね」
 ぽんと無自覚に、(翠からすれば)結構な剛速球を投げてきた。
「え! こいび……そ、そうかな……」
 まったくもって、リアクションに窮することを言ってくれるではないか。
 翠は真剣に頭を悩ませる。
 ここは「そうかい?」と笑みを返すのが正解なのか、「まさか」とさらりと流すのが正解なのか、それとも……?
 ところがツェリシャたるやまるで頓着する様子がない。発言そのものをけろり忘れて、
「あ、途中でお団子売ってたので買ってきました」
 と紙袋を掲げて彼に見せた。
「ああ、それはいいね……」
 ――他意のない発言だったらしい。
 ほっと安堵する翠なのだった。
「で、花見ってどうすればいいんでしょう? 私、花見はしたことがないのであまり要領がわかりません。とりあえず歩いてみます?」

 会話らしい会話にはならないが、散発的に言葉を交わしつつふたりは土手を歩いた。
 桜はほれぼれするほど満開だ。
「そろそろ団子、食べようか?」
 石造りのベンチを見つけて翠が呼びかけた。桜の真下。いいポジションだ。
 ツェリシャが座る前に、さっと彼はハンカチをベンチに敷いた。
「え、私が座っていいんですか? 翠さんて結構紳士なんですね……これを現実で見れるとは思っていませんでした」
「そうかい? 本当は僕も……初めてこれやるんだけどね」
 照れ気味の翠だが彼女のほうはもう、団子の包みを開け始めていた。
「このお団子すごく美味しいです、当たりでしたね」
「うん」
「近所で評判の店の団子で……」
 ここからしばし団子トークが続いた。今日初めて盛り上がった話題が団子……花より団子とはまさにこのことだなと、面白く思う翠である。
「けど、団子だけだと昼食には足りないかな」
「じゃあ、次こういう機会があったらお弁当でも作ってきます」
 それを聞くや翠は黙ってしまった。するとツェリシャはふっと笑う。
「それ、『料理できるの?』って視線ですね。食べてからのお楽しみです」
「いや、そんな失礼なことは……」
 翠はうまく表現する言葉を見つけられない。さっきのは意外というより、感激による沈黙だと。
 女の子の手作り弁当って……すごく夢がつまっているな――とは思う。
 大丈夫なのかな――とも思っていたりするがそれは秘密だ。
 平然とした風で団子をほおばりながら、しかしツェリシャは内心、いたずらっぽく舌を出しているのである。
 ――実は料理に自信はあるのですが……そこは黙っておきましょう。
 驚く翠の顔を見るのが楽しみだった。



依頼結果:成功
MVP
名前:ミヤ・カルディナ
呼び名:ミヤ
  名前:ユウキ・アヤト
呼び名:アヤト

 

メモリアルピンナップ


エピソード情報

マスター 桂木京介
エピソードの種類 ハピネスエピソード
男性用or女性用 女性のみ
エピソードジャンル ロマンス
エピソードタイプ ショート
エピソードモード ノーマル
シンパシー 使用不可
難易度 とても簡単
参加費 1,000ハートコイン
参加人数 5 / 2 ~ 5
報酬 なし
リリース日 04月12日
出発日 04月19日 00:00
予定納品日 04月29日

参加者

会議室

  • [8]桜倉 歌菜

    2015/04/18-22:10 

  • [7]桜倉 歌菜

    2015/04/18-22:10 

  • [6]水田 茉莉花

    2015/04/18-20:34 

  • [5]ツェリシャ

    2015/04/18-00:17 

    どうも、初めまして。ツェリシャです。
    よろしくお願いします。

  • [4]桜倉 歌菜

    2015/04/16-00:35 

    あらためまして、桜倉歌菜と申します。
    パートナーは羽純くんです!
    よろしくお願い致します!

    お花見お花見♪
    今から楽しみでドキワクですっ
    色々やりたい事があるので、ギリギリまで行動迷っているかもです…!

  • [3]淡島 咲

    2015/04/15-02:08 

  • [2]ミヤ・カルディナ

    2015/04/15-00:12 

    ミヤ・カルディナと申します。よろしくお願いしますね。

  • [1]桜倉 歌菜

    2015/04/15-00:11 


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