帰ってきたDCB(巴めろ マスター) 【難易度:簡単】

プロローグ

●来襲
「どうも、お久しぶりです」
 言葉の通り久しぶりに、怪しさ全開の謎の研究所ストレンジラボの代表であるミツキ=ストレンジはA.R.O.A.本部の受付へとやってきた。端正な笑みをその顔に乗せたミツキの後ろには、例によって無口な大男、ストレンジラボの研究員という名のミツキの実験台たるシャトラが控えている。
「ああ、ミツキ様にシャトラ様。お久しぶりです。……で、今日は何か?」
 何故だか毎度ミツキの担当をすることになってしまう可哀想な受付の男が、ぎこちない笑顔で問いを零した。先の事件の折のウィンクルム達の活躍で心を入れ替えたらしいとは聞いているが、ミツキがその麗しいかんばせに貼り付けた笑みは、今日も今日とて胡散臭い。問いに、益々にっこりとするミツキ。
「DCBが完成したんです」
「わ、それはおめでとうございます!」
 DCBとは、ミツキの発明品、ドーピングクッキーバーの略称だ。以前その傍迷惑な発明品(と、ミツキ)のせいで、彼からの依頼を受けたウィンクルム達は骨を折る羽目になったのだが、その依頼を経て、ミツキはDCBをウィンクルムの力になるような物に仕上げると誓ったのだと受付の男も聞いている。ならば、その完成は喜ばしいことのはずだ。
「ありがとうございます。肉体を強化する効果は一時的なものとなってしまいましたが、その代わりに安全性を徹底的に高めることに成功しました」
「それはそれは……」
「ウィンクルムの皆さんに食べていただくということで、味にも改良を重ねました。ややビターなチョコレート味の生地に、チョコチップ、胡桃、クランベリーがごろごろ入って腹持ちも抜群です」
「わあ、美味しそうですね。改めて、完成おめでとうございます」
 受付の男の言葉に、ミツキは誇らしげに目元を柔らかくした。そうして曰く。
「まあ、肉体強化の効果が切れたらしばらく錯乱状態になっちゃうんですけどね」
「え?」
「無理な肉体強化の反動で過去のトラウマが強く刺激されて感情を制御できなくなるんです。あ、でも、一時的なものなので全く問題ありませんよ」
 清々しいほどの爽やかな笑みをそのかんばせに湛えてミツキが言う。キリキリする胃を抑えながら、受付の男は何とか再び口を開いた。
「えー、あのですね、そういうものをウィンクルムに食べさせるわけには……」
「それにしても残念です。是非貴方にもご覧いただきたかったのですが、本日持参した物は全て先程出発されたウィンクルムの皆さんにお渡ししてしまいまして」
「は?」
「事情を話したら皆さん、快く受け取ってくださいました。是非同行して実戦でのデータを取りたいところでしたが、僕も聞き分けのない子供ではありません。先日はご迷惑を掛けてしまいましたし、ぐっと堪えて……」
「えっ? あの、ちなみに副作用について説明は……?」
「えっ?」
 きょとん。ミツキの表情を見て、受付の男は天井を仰いだ。
「……ええと、さっき出発したウィンクルムは……確か、ヤックドロア退治にタブロス近郊の森へ……敵は1体だから……」
「あ、ご心配なさらなくともお金を取ったりはしていませんよ。あの一件以来、僕は心を入れ替えましたので」
 にっこりとして言うミツキにそういうことじゃないだろうと怒鳴り散らしたくなるのを、受付の男はすんでのところで堪え切ったのだった。

解説

●(一応の)目的
ヤックドロアを退治すること

●敵
ヤックドロア1体
……ですが、今回に限りDCBの効果で楽勝モードです。
戦闘描写ほぼございませんので、これも今回に限り戦闘に関するプランは不要です。
その分、後述のDCBの副作用への反応に文字数を割いていただければと思います。

●戦場
タブロス近郊の森の中。
広さ・明るさ共に戦闘に支障はございません。

●DCBの副作用について
大体プロローグでミツキが語った通りのことが起こります。
戦闘後、精霊さん(副作用を知らずにDCBを食べたのは精霊さんといたします)が過去のトラウマがフラッシュバックして錯乱状態になります。
ので、そんな精霊さんと神人さんのやり取りが本エピソードのメインです。
副作用はおよそ10分ほどで切れますので、やり取りは森の中でのものとなります。

●ミツキについて
後述ストレンジラボの代表です。
美青年で研究者としても優秀ですが性格にだいぶ難アリ。
『最終兵器DCB』等に登場しておりますが、該当エピソードをご参照いただかなくとも支障はございません。

●ストレンジラボについて
すごいのはすごいのだけれどもよくわからない物を研究開発しているタブロス市内の小さな小さな研究所。
ミツキと、研究員という名の雑用係兼実験体のシャトラが2人で頑張っています。

ゲームマスターより

お世話になっております、巴めろです。
このページを開いてくださり、ありがとうございます!

とりあえず、ヤックドロアさんごめんなさい!!
お久しぶりのストレンジラボは、ハピエピのようなアドエピです。
過去にトラウマをお持ちの方(今回は精霊さん)、きっと多いだろうなぁと思います。
そんな精霊さんの心の傷に思いがけず触れてしまったり、普段とは違う様子の精霊さんに翻弄されたり、取り乱す精霊さんを宥めようと頑張ったり。
思い思いに、10分間を過ごしていただけますと幸いです。
皆さまに楽しんでいただけるよう力を尽くしますので、ご縁がありましたらよろしくお願いいたします!

また、余談ではありますがGMページにちょっとした近況を載せております。
こちらもよろしくお願いいたします。

リザルトノベル

◆アクション・プラン

ミサ・フルール(エミリオ・シュトルツ)

  ☆戦闘終了後、精霊の異変に気づく
エミリオさ…いけない、バリアっ!!(精霊の攻撃を魔守オーブで防ぐ)
…ここで私が怪我をしたらエミリオさん、きっと自分を責める…彼を止めなきゃ…!
エミリオさん!
お願い、私の声を聞いて!
悪い夢を見ているのなら目を覚まして!
エミリオっ!!(必死に名を呼び続ける)

☆精霊の攻撃を受け続け、オーブのバリアが壊れる
(震えながらも精霊を真っ直ぐ見つめ)私はここだよ、貴方の傍にいるよ(精霊に口付ける)

(正気に戻るも壊れつつある愛しい人を抱きしめ、泣きそうになりながらも微笑む)…お帰りなさい、エミリオ

(私は貴方が幸せになれる道を見つけるから…だからどうか神様…彼を壊さないでください)


篠宮潤(ヒュリアス)
  「ヒューリ腕…少し怪我、した?手当…、え?」

オロオロ見渡すと仲間もおかしいと気付き
「精霊、だけ…?ってこと、は…」
何となく原因は察し

語りかけ宥めようとするも

「違う、よ!傷つけば、誰だって痛みは、感じる!」
「真面目で頑固ですぐ自己完結して年の功もこっそり気にしてて怒ると怖くてでも振り返って僕のペースに合わせてくれる捻た優しさあって…っ
それが『ヒュリアス』だ!」
思わず反論
口調途切れず一気に叫ぶ

※可能ならかのんさんからオール拝借
痛々しい咆哮が堪らず…隙見て『ぽこ!』←

「わ!」
ずしっと受け止め
(これは…きっと、知られたくない、こと…)
なら、僕は聞かなかった事にしよう
ヒューリが話してくれる、その日まで…



かのん(天藍)
  オーガ退治後の天藍達の異常に何が起こったのかと驚く
落ち着いてと呼びかけるも声が届かず
振り回される双剣にうかつに近づく事もできない

こちらを気付かない様子に埒があかないので申し訳ないけれどと武器を手に
今誰かが怪我でもしたら何よりもつらいのは我にかえった後の天藍でしょうから

錯乱のためか普段より荒い動きをよく観察し、隙を見て手にした武器を天藍の体に当てスタン効果を狙う
お願いです私の声が天藍に届く機会を

必要があれば潤さんに武器渡す

一瞬動きが止まった所で、天藍の懐に入り体を支え片手を頬に当て再度名前を呼ぶ
天藍をそっと抱き締め、天藍も他の誰も怪我が無い事に安堵
錯乱時の思いを聞き、これからはずっと傍に居ますと



テレーズ(山吹)
  山吹さん、大丈夫ですか?
顔色が悪いようですが…

振り払われた手をしばし見つめ
これは、重症ですね…
辛いときは無理して笑わなくてもいいんですよ
そんな青い顔して笑われてもこちらも心中複雑です

何が貴方をそんなに苦しめているのかはわかりませんが…
無理に聞こうとは思っていません

私では頼りにならないかも知れませんが
何かありましたら私の事も頼ってください
イヤと言っても纏わりつきますけどね
私の執念深さは知っていますでしょう?
何があっても、私は山吹さんの味方ですよ

落ち着くまで両手で手を握る
今度は振り払われなかった事に安堵し微笑む

精霊さんが元に戻ったら討伐の報告に戻りましょう
ミツキさんに色々聞きたい事もありますし、ね



織田 聖(亞緒)
  「亞緒さん、お疲れ様です。皆さんも亞緒さんも凄く強いですね…!お蔭様で怪我はありません、よ」
微笑むも、様子の変化に
「…亞緒さん…!?どうしましたか?頭痛いです、か?」
不安げに覗き込む。

見たことない亞緒の姿に驚きを隠せず。

(…結婚?)
錯乱する亞緒に
「亞緒さん、いっぱい吐き出してください。言いたいこと、全部」
傾聴。

少しでも落ち着かせるように彼の手を握る。
例え振り払われても、何度も試みる。
「亞緒さんの生きたいように、生きましょう」
うずくまる彼の背中を優しく撫で、落ち着くのを待つ。

●回復後
「大丈夫です、か?
 …亞緒さんはたくさん我慢したんですね。
 せめて私の前では、我慢しないでください、ね」
微笑み。


●嵐の後の嵐
「終わった……みたいですね」
 ヤックドロアが森に沈む。辺りに戻った静けさに、かのんは息を吐いた。そうして、双剣『サンクタム&サングウィス』を手に肩で息をしている天藍へと声を掛ける。が、
「天藍、お疲れさまです。怪我は……」
「う、ああああああああッ!!!」
 絶叫が、かのんの言葉を遮った。叫び声を上げたのは、他でもない、天藍だ。そうして彼は、もうどこにもいない『敵』に向かって双剣を振るい始めた。水晶と血の二色が、虚空に閃く。
「天藍? どうしたんですか、落ち着いてください!」
 驚き呼ばう声も、宥める言葉も彼の耳には届いていないようで。ふと周りを見れば、症状こそ違うものの、他の精霊達もそれぞれに異常をきたしているようだった。止めなくては、と訳も分からぬまま胸に思うも、振り回される双剣は鋭く、迂闊には近づくことさえ叶わない。今の天藍の目には、かのんの姿は映っていなかった。彼の瞳が映すのは、害獣。彼が、望まれて屠ってきたもの。
(倒せ、倒さないといけない)
 ああ、でも。
(俺が望んでいたのはこれじゃない。努力を続けてきたのは、この為じゃない……)
 どうしようもない虚無感を胸に、それでも天藍はひたすらに双剣を振るった。その痛々しいほどの姿に、かのんは彼の名を呼ぶのを一旦止めて、きゅっと唇を引き結ぶ。
「埒があきませんね……」
 申し訳ないけれど、とフレイル『ボートのオール』を握り締めるかのん。
「……今誰かが怪我でもしたら、何よりもつらいのは我にかえった後の天藍でしょうから」
 錯乱の為か、天藍の動きは常より粗い。よく観察し彼の動きに隙を見つけると、かのんはオールを勢いのままに天藍の身体へと振り下ろした。
(お願いです、私の声が天藍に届く機会を)
 想いが天に通じたかのように、呻き声を上げた天藍の動きが寸の間止まる。僅かよろめいた彼の身体を、オールを放り出してその懐にとび込んだかのんがそっと、けれどしっかりと支えた。
「天藍」
 片手で彼の頬へ触れて、その名を呼ぶ。天藍の瞳が揺れて――やがてぼんやりと、かのんの姿を捉えた。
「か、のん……」
 彼が我を取り戻したこと、そして一つの怪我もなく無事であることに、安堵の息を漏らして、かのんは天藍の身体を抱き締める。心配顔のかのんの肩口に、天藍は頭を乗せた。そうして、ぽつぽつと語り始める。
「……ウィンクルムに憧れていたんだ、子供心に、真っ直ぐに」
 そんなふうに、天藍の話は始まった。
「いつか自分だけの神人と出会い、その人を守りオーガと戦うのだと思っていた。そのための鍛錬は怠らなかったし、筋肉馬鹿では神人に申し訳ないだろうと知識の取得にも手を抜かずにいた」
 それなのに適正者が見つかるのは他の精霊達ばかりだったと、天藍は苦く眉を寄せる。
「1人取り残されて……自分は必要とされていないのだろうかと、思った。害獣退治なんかに重宝がられてはいたけれど、それは望んでいたものとは違ったしな」
 語り終えて、天藍は大きく息を吐いた。先刻急に心にぶわりと広がった影落とす暗い想い。手渡したそれは、かのんに伝わっただろうか? 天藍の顔を見上げて、かのんが口を開いた。
「……淋しかったですね。きっと、辛かったでしょう。でも、もう大丈夫です。これからはずっと、私が傍に居ますから」
 柔らかな紫の双眸が、間近から真っ直ぐに天藍へと向けられる。心からの安堵のため息が、天藍の口をついた。
(思い出した……今は俺が隣に居る事を望んでくれる神人――いや、それよりももっと大切な存在がいてくれる)
 天藍の唇から、自然と言葉が溢れ出す。
「ありがとう、かのん。……かのんが居てくれて、良かった」
 穏やかなその声に、かのんはそっとその表情を和らげた。

●愛し人と暗影
「ミサ、怪我はない?」
「うん、エミリオさんのおかげで大丈夫だよ!」
 オーガがその命を手放したことを確認すると、エミリオ・シュトルツは双刀『カイン&アベル』の血を流れるような動作で払ってミサ・フルールへと問いを向けた。ミサが振り返ったエミリオに花綻ぶような笑顔を以って応じれば、彼の顔にも淡く微笑みが浮かぶ。と、その時。
「……っ!?」
 ずきりと頭が痛んで、エミリオはその整ったかんばせを歪め頭を抑えた。視界が、くらりと揺らぐ。次の瞬間、大きく見開かれるエミリオの赤の瞳。エミリオは、喉の奥から声を振り絞った。
「何故……お前が……」
 声が、知らず震える。先程までミサが立っていたはずの場所――そこに、黒の長髪に赤の瞳を持つ、彼の父親が立っていた。にやりと、父親が口の端を上げる。
『憎きA.R.O.A.に保護されるとは……シュトルツ家の恥晒しめ。まさかそれでこの俺から逃げ切ったつもりでいるのではなかろうな?』
「エリオス……っ」
 父の名を低く呼んで、エミリオは双刀を構え直した。その尋常でない様子に、ミサはエミリオへ声を掛けようと口を開く。森にもう、戦うべきものはいなかった。父親の姿は、エミリオにしか見えていないのだ。
「エミリオさ……いけない、バリアっ!!」
 愛しい人の名を零そうとして、けれどそれは成らなかった。エミリオが獲物を殺さんばかりの勢いで、ミサへと斬り掛かってきたからだ。咄嗟に念を込め翳した宝玉『魔守のオーブ』が、魔法力場を展開しミサをエミリオの猛撃から護る。
(何が起こってるのかよく分からないけど……ここで私が怪我をしたらエミリオさん、きっと自分を責める)
 彼を止めなきゃ! と、栗色の瞳に強い決意の色を滲ませて、ミサは真っ直ぐにエミリオを見つめた。そんなミサの献身を嘲笑うかのように、幻の父親はエミリオを翻弄する。
『お前は俺によく似ている。他者を傷つけ血を啜ることで快感を得る化け物だ』
「っ……違う、お、俺は、お前とは……」
 頭が痛い、目眩がする。そんな中で、エミリオは父親へと双刀をがむしゃらに振るい続けた。ミサが展開したバリアが悲鳴を上げる。
「エミリオさん!」
 ミサは叫んだ。ミサにはエミリオが対峙している『何か』が見えないけれど、彼の苦しげな表情は痛いほどによく見えたから。
「お願い、私の声を聞いて! 悪い夢を見ているのなら目を覚まして! エミリオっ!!」
 必死に呼び掛け続けるも、ミサの声はエミリオまで届かない。エミリオの耳を、父親の声が厭らしく擽った。
『違う? 馬鹿な、何も違わないさ。俺達は親子……お前には俺と同じ血が流れている』
「黙れ……黙れえええ!!」
 絶叫と共に、エミリオは父親の胸をざぶりと抉った。途端、父親の幻影がミサへと姿を変える。血塗れの、愛しい人。エミリオの瞳が、恐怖に揺れる。
「あ……ああああああ!!!」
 狂ったような叫び声を上げながら、エミリオはその手から得物を取り落としミサのことを縋るように抱き締めた。それは、幻のミサでありながら、現実のミサでもあって。最後の一撃で、魔法力場は煌めきの欠片になって儚く散ってしまい、2人を隔てる物は何も無くなっていた。今は幻の、己の血に塗れたミサを抱き締めているつもりでいるエミリオを、ミサは震えながらも真っ直ぐに見つめて、宥めるように優しく言った。
「私はここだよ、貴方の傍にいるよ」
 そうして、彼の唇へと口づけを零す。エミリオの瞳に、光が戻った。
「ミサ……ミサ……」
「……お帰りなさい、エミリオ」
 震える声で自分の名を呼ぶエミリオを、壊れつつある愛しい人をそっと抱き締めて、泣きそうになりながらミサは微笑む。虚ろな目で、それでも優しく笑いながら、エミリオが再び口を開いた。ああ、この笑顔をいつか俺が壊すのかと、ぼんやりと思いながら。
「……ただいま、ミサ」
「うん……うん、お帰りなさい」
 エミリオの温もりを感じながら、ミサは願う。
(私は貴方が幸せになれる道を見つけるから……だからどうか神様……彼を壊さないでください)
 切なる祈りの辿り着く先がどこか、今はまだ誰も知らない。

●貴方は貴方
「ヒューリ腕……少し怪我、した? 手当……」
 戦いを終えたヒュリアスの腕に目聡く怪我を見留めて、篠宮潤はわたわたと彼の腕を取った。そんな彼女へと、ヒュリアスが応じる言葉は。
「……痛みは……感じない……」
「……え?」
 呟くように零された抑揚のない声に、潤はヒュリアスの顔を見上げる。金の瞳は虚ろで、この森の何も捉えてはいなかった。
「ヒューリ? どう、したの?」
 常とは異なるヒュリアスの様子に、潤は助けを求めるようにして、おろおろと辺りを見回す。誰かの叫び声が聞こえた。症状こそ違えど、様子がおかしいのはヒュリアスばかりではないと潤は気付く。そしてそれは、
「精霊、だけ……? ってこと、は……」
 大体の原因は想像が付いた。けれど、とにかく今はヒュリアスだ。このまま放ってはおけないと、潤は何かを反復するようにぽつぽつと言葉を繰り返すヒュリアスを宥めに掛かる。
「痛みも……感情も……無い……」
「違う、よ! 傷つけば、誰だって痛みは、感じる!」
 けれど、潤の声は今のヒュリアスには届かない。
「壊れても代わりがいる……ただ成せ……」
 痛々しいような言葉を、紡ぐ、紡ぐ、紡ぐ。何も出来ずにいる潤の瞳に、表情のなかったヒュリアスのかんばせへと軋むような色が浮かぶのが映った。ヒュリアスが、頭を抑える。
「ヤメロ……! 私は……、我は……、オレハ……っ」
 漏れ出るは、悲痛な叫び。まるで彼の心そのものが悲鳴を上げているかのようだと、潤の胸がつきんと痛む。
「う、あ……あああああッ!!!」
 咆哮。苦しむヒュリアスの姿をこれ以上見てはいられないと、潤は唇を噛んだ。気付けば、かのんの放り出したオールがすぐ近くに投げ出されていて。潤はそれを手に取り、ぎゅうと握り締めた。
「真面目で頑固ですぐ自己完結して年の功もこっそり気にしてて怒ると怖くてでも振り返って僕のペースに合わせてくれる捻た優しさあって……っ、それが『ヒュリアス』だ!」
 言葉を途切れさせることなく一気に叫ぶ。その声に惹かれたように、つとヒュリアスの視線が潤へと向けられた。金の瞳が、ようやっと潤を捉える。
「『ヒュリ……アス』」
「いつものヒューリ、に、戻って!」
 生まれた隙をついて、潤はヒュリアスの頭にオールを振り下ろした。ぽこ! と気の抜けるような音がして――ぐらり、ヒュリアスの身体が傾ぐ。そしてそのまま、こと切れたようにヒュリアスの身体が崩れ落ちるのを、潤は受け止めようとした。
「わ!」
 意識を手放した男の身体は予想していた以上にずしりと重く、潤はヒュリアスを抱えたまま地面に尻餅をつく。幸い森の地面は柔らかく、潤は自身のどこも傷めずに、ヒュリアスの身体を支えることができた。安堵の息をつく潤へと、意識を手繰り寄せたヒュリアスが緩く視線を向ける。そうして、潤を安心させるように仄か口元を緩めてみせた。
「……何か、先程……俺の悪口を言っていなかったかね……」
「ヒューリ! 気が、ついた?」
「見苦しいところを見せて……すまなかった」
 掠れる声で詫びるヒュリアスへと、潤はふるふると首を横に振ることで応える。そうして、胸の内に思った。
(これは……きっと、知られたくない、こと……)
 なら、僕は聞かなかったことにしようと潤は誓う。いつか、ヒュリアスが話してくれる、その日まで。一方のヒュリアスは、思考の世界へとぶ潤を前に、自嘲めいた苦笑をそのかんばせに乗せた。
(忘れるなと……いうことか)
 己を支える自分よりも華奢で小さな肩を思えば、知らず縋るように力がこもる。触れる温度に、ヒュリアスは長く長く息を吐いた。

●私の前では
「聖さん、怪我はないかい?」
 戦闘後、亞緒は開口一番、常の優雅な笑顔で織田 聖にそう問うた。穏やかな問い掛けに、聖も微笑みを浮かべて答える。
「亞緒さん、お疲れ様です。お蔭様で怪我はありません、よ。皆さんも亞緒さんも凄く強いですね……!」
「ふふ、DCBの効果、凄いです。味も美味しかったですし」
 そう言ってにっこりとした亞緒のその笑顔が――不意に、影が差したように曇った。異変に気付いた聖が、不安げに亞緒の顔を覗き込む。
「……亞緒さん……!? どうしましたか? 頭痛いです、か?」
 問いに、答えはない。焦点の合わない紫の瞳が、揺れる。その整ったかんばせに苦悶の色を乗せて頭を抱えた亞緒が、絶叫した。
「う、うああああ!!!」
 びくりとする聖の姿は、今の亞緒の瞳には映っていなくて。見たことのない亞緒の姿に驚きを隠せない聖の前で、亞緒は地面にくずおれるように膝をつくと、抱えた頭を掻きむしらんばかりの勢いで悲痛な叫び声を上げる。
「嫌だ! 嫌だ嫌だ嫌だ! 私は! 結婚など! したくないッ」
 結婚? と聖からしてみれば唐突にとび出した言葉に胸の内で首を傾げつつも、戸惑いから立ち直った聖はすぐに亞緒を宥めようと試みた。錯乱する亞緒の痛々しい姿を黙って見てはいられなかったから、労わるように声を掛ける。自然と口をついたのは、彼の心の重荷を取り除こうとするかのような言葉。
「亞緒さん、いっぱい吐き出してください。言いたいこと、全部」
 少しでも落ち着いてほしいと伸ばした手を振り払われても、聖は怯まない。竦むことなく、亞緒と向き合おうとする。何度でも、彼へと手を伸ばす。やがて、亞緒は瞳には強張った色を映したままながらも、聖が手を握るのを受け入れた。震える声でぽつぽつと紡ぐのは。
「……私には、婚約者が、いました」
 恩師の娘と結婚する予定だったのだと、亞緒は声を掠れさせる。
「自分でも納得した上でのことのつもりだったけれど――本心では、私はその結婚を望んではいなかった!」
 引き攣れた、不協和音のような叫び。それは、悲鳴のようですらあった。婚約者との船旅の最中に事故に遭い、自分だけが行方不明になったのだと、亞緒は所々声を詰まらせながら語った。そして、
「周りが……喜んでくれるのが嬉しくて……」
 叫びは、嗚咽へと変わる。
「いつも……周りを優先してきました……笑顔の裏に……自分を失くして……っ」
「亞緒さん……」
「もう流されるのは……嫌だっ。あれは事故じゃない、彼女を庇うフリして、自分から……!」
「亞緒さん。大丈夫ですよ、亞緒さん」
 握った手にぎゅっと力を込めて、聖は全て包み込むように言葉を紡ぐ。空いている方の手で、聖はうずくまり震える亞緒の背中を、どこまでも優しく撫で続けた。
「亞緒さんの生きたいように、生きましょう」
 手を握って、背を撫でて、聖は亞緒が落ち着くのを待つ。やがて、乱れていた呼吸の音が、正常に近づいてきた。震えが段々と収まる。聖の温もりが、亞緒に芯まで染み渡っていく。
「あ……私、は……」
「亞緒さん、大丈夫です、か?」
「聖さん……」
 顔を上げた亞緒の紫の双眸が、はっきりと聖を捉える。我を取り戻した亞緒へと、聖は真っ直ぐな微笑みを向けた。
「……亞緒さんはたくさん我慢したんですね。せめて私の前では、我慢しないでください、ね」
「……聖さん……ごめんね。ありがとう……」
 涙の跡が残る顔で、亞緒は申し訳なさそうに、それでも確かに笑ってみせたのだった。

●温もりを貴方に
「……無事、終わりましたね」
 魔道書『森の隠者』の頁を閉じて、山吹はふうと息をついた。振り返ればテレーズと目が合って、ふわりと彼女が笑む。明るい笑顔に自分も微笑みを返そうとして――その瞬間、過去の出来事が突然に、濁流のように脳内に流れ込んできた。思わず、魔導書を取り落とす。本が柔らかな地面に落ちる音が、やたらに遠くから聞こえた。
「山吹さん、大丈夫ですか? 顔色が悪いようですが……」
 山吹の尋常でない様子を案じて、テレーズが心配顔で駆け寄ってくる。パートナーの足元がふらついたのを支えようとテレーズが伸ばした手を、山吹は思わず振り払った。テレーズ、振り払われた手をしばしじっと見つめて、それから森に響いた叫び声に仲間たちの様子を見回し、そして明らかに様子のおかしい山吹へと視線を戻して、思う。
(DCBの影響と考えるのが自然でしょうか……それにしても、これは重症ですね……)
 山吹の鉛色の瞳は恐怖に揺れ、そのかんばせは今まさにとびきりの悪夢に捕らえられているかの如く引き攣っていた。彼の身を案じて表情を幾らか曇らせれば、テレーズの顔から笑顔が消えたことに山吹の心はさっと冷える。子供の頃に聞いた心ない言葉が、頭を掠めた。
(いつも通りに振る舞わなければ……いつものように笑って、嫌われないように)
 笑わなくては、と半ば病的なほどに自分を追いやって、山吹は無理矢理に笑顔を作る。青ざめた顔で、ぎこちなく笑う山吹に、テレーズは優しく声を掛けた。
「辛いときは無理して笑わなくてもいいんですよ」
そんな青い顔して笑われてもこちらも心中複雑です、と少しだけ唇を尖らせるテレーズ。 山吹の瞳が、今度は迷うように揺らいだ。脳裏から消えない過去の痛みは笑えと山吹に強要するのに、テレーズは笑わなくていいと言う。
「私、は……」
 森の空気に溶け消えてしまいそうな、か細く震える声がその唇から漏れた。
(……自分が正しいと思っても、それが受け入れて貰えるとは限らない)
 子供の頃のことだ。間違っていると思ったことに意見したところ、山吹はあまりにも呆気なく仲間はずれにされてしまった。その時の孤独を、今も覚えている。
(人から嫌われないように立ち回らなければ。顔色を伺い、機嫌を損ねないよう自分を殺して、当たり障りのない無難な人間でいるようにしないと)
 なのに、テレーズはそれとは逆のことを言ったのだ。縋るように、山吹はテレーズに鉛色の視線を向けた。山吹を安心させるように、テレーズがにこりとする。
「何が貴方をそんなに苦しめているのかはわかりませんが……無理に聞こうとは思っていません」
 でも。
「私では頼りにならないかも知れませんが、何かありましたら私のことも頼ってください」
「……テレーズ、さん。私は……」
「あ、イヤと言っても纏わりつきますけどね。私の執念深さは知っていますでしょう?」
 なんて悪戯っぽく言って、テレーズは両手で山吹の手を包み込んだ。今度はその手を振り払われなかったことに安堵して、テレーズはそっと微笑む。
「何があっても、私は山吹さんの味方ですよ」
 その言葉が、自分を落ち着かせようとする手の温もりが、山吹の心に安らぎを運んだ。降り積もるように、彼女のもたらす温度が心の強張りを溶かしていく。山吹は、深く長い息を吐いた。
「山吹さん、落ち着きましたか?」
「はい……すいません、取り乱してしまって」
「大丈夫ですよ。……では、皆さん元に戻られたようなので報告に戻りましょうか」
 ぐるりと辺りに視線を遣って、テレーズが言う。森はもうすっかり、常はそうであろう静けさを取り戻していた。
「帰りましょう。ミツキさんに色々聞きたいこともありますし、ね」
 不穏な台詞を笑顔で付け足して、テレーズは拾い上げた魔導書を山吹へと手渡す。礼を言ってそれを受け取りながら、
(ああ……私も彼女のように強い人間であればよかったのに)
 と、山吹は目の前の女性の眩しさに目を細めた。

●かくてDCBは
 ウィンクルム達の報告によりDCBは当然の如く日の目を見ることはなくなり、ミツキもまた、A.R.O.A.から手厳しく注意を受けた。……けれど彼は、まだまだ研究を諦めるつもりはないようである。



依頼結果:大成功
MVP
名前:織田 聖
呼び名:聖さん
  名前:亞緒
呼び名:亞緒さん

 

メモリアルピンナップ


エピソード情報

マスター 巴めろ
エピソードの種類 アドベンチャーエピソード
男性用or女性用 女性のみ
エピソードジャンル イベント
エピソードタイプ ショート
エピソードモード ノーマル
シンパシー 使用不可
難易度 簡単
参加費 1,000ハートコイン
参加人数 5 / 2 ~ 5
報酬 通常
リリース日 04月09日
出発日 04月15日 00:00
予定納品日 04月25日

参加者

会議室

  • [15]篠宮潤

    2015/04/14-23:24 

    >かのんさん
    ほほほほほほホン、ト……っ?な、なら、良いのだけれ、ど…(どきどきどき)

    う、ん、みんな…無事に、元に戻るといい、ね…!
    (とても個人的に、山吹さんがどうなるのか想像つかない、よ…っ、と ちら、ちら。ドキワク待機予定な顔 ←)

  • [14]篠宮潤

    2015/04/14-23:19 

  • [13]かのん

    2015/04/14-23:15 

  • [12]かのん

    2015/04/14-23:15 

    こんばんは
    こちらもプラン提出しました
    何事もなく無事に通常に戻ると良いなと思います

    >潤さん
    ホントに数文字しか使っていないので気になさらないでくださいね
    (どちらかというと、書きたい事書いて、これを加えたら丁度300になったという)

  • [11]織田 聖

    2015/04/14-18:48 

    ミサさん、潤さん、はじめまして。織田聖と申します(ぺこり)
    かのんさん、テレーズさん、またお会いできて嬉しいです。
    精霊の亞緒さん共々、何卒よろしくお願いいたします(にこ)

    また、最終日でのご挨拶となってしまい申し訳ございません…!
    皆様のやりとり……面白いです…(脳内ニヤニヤ)

    プラン提出完了いたしました。
    普段見ることのない亞緒さんの姿にアタフタしそうですが…
    どうか皆様の絆が更に深まりますように、です。

  • [10]テレーズ

    2015/04/14-00:23 

    こんばんは、テレーズと申します。
    どうぞよろしくお願い致します。
    うまい話には裏がある、という事でしょうか。
    明らかに正気を欠いているようですし、早くいつもの調子に戻って頂ければいいのですが…。

    確かに、物理的に大人しくさせてしまう方法も効果がありそうですね。
    私もいざとなったら平手でもなんでもして頑張ってみようかと思います。

  • [9]篠宮潤

    2015/04/13-23:01 

    >かのんさん
    わ、ぁっ;かかかかのんさ、ん、プラン、字数割かなく、て、良い、よ!?>オール
    僕の方、で、書いておけば、大丈夫、かと…っ。ほ、ほら!使えるか、も、分からない、しっっ
    どど、どうかっ、ご自分の、希望アクションに、字数使って、ね…!orz(ざっしゃ)

    >ミサ
    ヒューリ、が、後で(アイデンティティ崩壊的に←)苦しむの、見るくらい、なら…
    ぼ、僕はっ、心を…鬼にし、て、ガツン!と…が、が、がんばる…!
    ……、鞭…!?
    (ヒュリアス:「エミリオ…」←労いの眼差し)

    (※自分だけじゃなかった!とこれ幸いとここで調子に乗るPLが一名)

  • [8]ミサ・フルール

    2015/04/13-22:35 

    ミサ:
    (潤とかのんさんの話を聞いて)確かにオールで殴られたら痛そうですけど、目を覚まさせるのにもってこいだと思います。
    よしっ、私も…!(鞭をぎゅっと握り締め)
    エミリオ:!?
    ※プランには鞭は使用しません(シリアスの反動がここにきた人その3)

  • [7]ミサ・フルール

    2015/04/13-22:26 

  • [6]かのん

    2015/04/13-22:18 

    >潤さん
    わかりました、ではこちらも潤さんに武器渡すように書いておきますね
    (ごめんなさい字数的に、ホントに渡す旨だけになりそうですorz)

    (しみじみとオールを眺めつつ)
    やっぱり痛そうですよね、これ・・・

    (プランは真面目に書いているのですがどうもその反動がここに・・・(苦笑))

  • [5]篠宮潤

    2015/04/13-21:55 

    >かのんさん
    えっ!い、いい、のっ?(オールまじまじ)
    う、うん…っ、じゃあ折角、だし、お言葉に甘え、て……
    タイミング、とか、借りて使えるかどうか、とかは、GM様にお任せ、な感じで
    (プランに)書いちゃって、みる、ね。かのんさん、ありがとう、だ!

    錯乱した、ヒューリの隙を、見て…こう…(素振りの練習)
    (ヒュリアス:「……」←ダメージを覚悟した男の顔)

    (※全力コメディ風なノリになってますがっ、プランは皆様の空気ぶち壊さない程度にシリアスですので…!(焦)By.PL)

  • [4]かのん

    2015/04/13-20:37 

    (潤さんの視線感じて小首傾げ、何故か小脇にあるボートのオールを手にしつつ)

    ・・・潤さんも、これ、使います?
    使うタイミングって限られる気がするので、潤さんと距離が離れていなければ、使った後とか前とかにお貸しする事は出来ると思うのですけれど・・・
    (ヒュアリスさんが、物理的説得が必要な位錯乱しているところが、どんなに想像しても思いつかない模様)

  • [3]ミサ・フルール

    2015/04/13-19:15 

    ミサ:
    こんばんは、ミサ・フルールです。
    初めましての方は初めまして(にこ)
    これは大変なことになったね(悲しげに目を伏せ)
    …エミリオさんを助けなきゃ。

  • [2]篠宮潤

    2015/04/13-09:03 

    篠宮潤(しのみや うる)、と、パートナーは、テイルス、の、ヒュリアス、だよ。
    織田さ、ん、初めまして、だね。どど…どうず、よろしく、だ…っ(緊張でどもった上噛んだ)
    お久しぶり、なみんな、また会えて、嬉しい、よ。頑張ろう、ね!

    ぼぼぼ…僕、ヒューリが、錯乱、なんてした、ら、…どどどど、どうした、ら…っっ
    ………(じー…)
    (スタン効果武器持ってるお仲間様に、最終手段頼ろうかな、とか思ってる顔)

  • [1]かのん

    2015/04/12-20:20 

    こんにちは、皆さんお久しぶりです
    どうぞよろしくお願いしますね

    オーガ1体の退治するお仕事だったはずなのですが・・・
    困った事になってしまいました、天藍、呼びかけで我にかえってくれるのなら良いのですけれど・・・
    (物理的説得方法として、スタン効果のある神人武器使いたがっている背後がおります)


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