プロローグ
「あなたたちウィンクルムには、ラブラブデートをして頂く」
A.R.O.A.本部の男性職員は、無表情で言い放つとメガネをくい、と上げた。
メガネの奥の険しい瞳は、微塵も冗談の気配を感じさせない。
「もちろん、これも任務のうちです。それも、ごく緊急かつ深刻な」
彼は報告書をめくりながら、淡々と任務の詳細について語り始めた。
●舞い込んだ依頼
ことの起こりは、数日前。
タブロス市のA.R.O.A.本部に1件の依頼がもたらされた。
「お願いします、ひょうたん池のオーガの呪いを調査してほしいんです!」
女性によると、タブロス郊外の小さな池に、恋人たちを襲うデミオーガが現れたという。
ひょうたん池と呼び習わされるその池には、元々、人間と精霊の恋物語の言い伝えがあった。
曰く。
昔々、ある女と恋仲にある精霊の男がいたが、女の親は結婚に反対をした。
ちょうどその頃、オーガが池の蓮の花を枯らし尽くす事件があった。
女の親は精霊の男に、あの蓮の花を再び咲かせることができたら結婚を認めよう、と無理難題をふっかけた。
恋人たちは嘆き、駆け落ちを覚悟して二人で抜けだし、池のほとりで祈りを捧げた。
すると、あたりには途端に一面の蓮の花が咲き乱れた――と。
今では、恋人たちがコインを投げ込むと幸せになれる池と親しまれ、デートスポットとして人気があるのだ。
「ひょうたん池といえば、2ヶ月ほど前にもデミオーガ事件があった場所では?」
受付職員は、手元の資料をめくりながら意外そうに声を上げた。
「ええ、そうなんです。一度はA.R.O.A.の方に討伐して頂いて、ほっとしていたんですけど」
「……また、ですか」
同じ場所で続けてとなると、穏やかではない。
職員が表情を曇らせ続きを促すと、依頼者女性はこぶしを握りしめ、躊躇いがちに話し始めた。
●依頼人の話
先週も、わたし、恋人と一緒に池を散歩していたんです。
池の氷が融けるのももうすぐかな、そうしたら睡蓮の季節だね、なんて話しながら。
気に入りの葦の群生地へ差し掛かったときだったでしょうか。
獣の唸り声が聞こえてきたんです。
黒い影を見て、最初は野犬かと思ったんですけど、犬よりだいぶ大きいみたいでした。
よく見ると、目も赤く光っていましたし、デミオーガ化していたんじゃないかと思います。
怖くなって、わたし、動けなくて。
でも、彼が咄嗟に手を引っ張ってくれたから、一緒に逃げ出したんです。
それでも、犬の姿をしたデミオーガは追いかけてきました。
必死に逃げて逃げて、やっと池から離れた通りへ着くと思ったとき、急に飛びかかってきて――
わたしが覚えているのは、鈍い音と恋人の呻く声……どうやら、攻撃から恋人が庇ってくれたみたいです。
ばかなひと……あのひと、職人だから、わたしなんか庇って怪我したら仕事に差し支えるのに。
あ……ごめんなさい、つい、あのときのことを思い出して、涙ぐんじゃって。
ともかく、それでも二人で必死に走りました、人通りにあるところまで出て、振り向いたら、もう何もいなくて。
わたしを庇ってくれたあのひとは、肩に怪我を負って入院しています。
デミオーガが続けて出たことの他にも、気になることがひとつあって……。
『恋人たちに災いあれ』
逃げる途中、確かにこう聞こえたんです。
獣の声とも違うみたいでしたけど……恐ろしげで、まるで、地獄の底から響くような。
他にデミオーガに襲われたひとたちも、決まって恋人同士だったと言います。
もしかしたら、恋人に対する呪いでもあるんじゃないかってもっぱらの噂です。
今では近所の人たちも怖がって、あの池には近寄らなくなってしまいました。
近所の、それも大切な思い出の場所が呪いの地になるなんて、耐えられません。
それに、また誰かがあんな目にあったらと思うと……。
お願いです、A.R.O.A.の皆さん。どうか助けてください。
●担当職員の説明
メガネの担当職員は、報告書によると以上、と経緯の説明を締めくくった。
「まずは、デミオーガを討伐し、安全を確保してください。本件のデミオーガは恋人ばかりを襲うという噂ですから、デートを装っておびき寄せるのが手っ取り早いでしょうね。仲睦まじそうに見えればなおよろしい」
彼は、より適任と思われる熟練ウィンクルムたちは出払っているので、と悪びれず付け加えた。
「また、繰り返し現れたということは、付近にデミオーガを引き寄せる元凶がある可能性があります。討伐後は、池周辺の探索を行うように」
依頼者の話からすると、相手は狼が変異したデミ・ウルフといったところだろう。
デミ・ウルフを含むデミオーガは、オーガの呪いによって変異した魔物や動物だ。
しかし、今のところ問題の池の近辺では、オーガが現れたという報告はないという。
ならばその場に、繰り返し現れるデミオーガたちを引き寄せる要因が存在することは、十分考えられる。
あるいは、依頼者の聞いたという呪いの声も、同じ発生源によるものかもしれない。
呪いや悪意に近い魔力――そうした気配とデミオーガは親和性があるからだ。
「くれぐれも、慎重な対処をお願いしますよ」
トランスせずうかつに素手で呪いのたぐいに触れれば、危険を招きかねない。
A.R.O.A.としては持ち帰って調査が出来ればなお良いが、ウィンクルムや周辺住民の安全が第一である。
場合によっては、破壊もやむを得ないでしょうねえ、と告げる職員は心なしか残念そうだ。
「すべてが終わったら、依頼者への報告後、帰投するように」
担当職員は書類と共に、ひょうたん池とタブロス市内の総合病院に印がつけられた市街地図を寄越した。
病院の地図は、依頼者への報告のためだ。
昼のうちは入院中の恋人に付き添っているそうで、当面は自宅よりも病院のほうがコンタクトを取りやすいのだという。
「では、任務の成功を期待する」
解説
今回の敵は、狼がデミオーガ化したデミ・ウルフです。
討伐後、可能ならばデミオーガを引き寄せる呪いの発生源も探し当て、対処してください。
どうやら、今回のデミオーガが狙うのはカップルばかりの様子。
恋人同士ではない神人と精霊のペアも、仲睦まじい恋人のふりをしないと敵をおびき寄せたり呪いの元にたどり着いたりすることはできないかもしれません。ウィンクルムの皆さんの腕の見せどころです。
池の外周は500m程度、小さいとはいえ手分けして探す必要があるでしょう。
魚や水鳥が多く生息する池の周囲はきれいな散歩道で、早咲きの花も開き始めています。
ゲームマスターより
はじめまして、GMのコモリ クノです。どうぞよしなに!
まだ知り合って間もない精霊と協力し、恋人らしく振る舞うことで索敵と調査を成功させてください。
任務を通じて、彼らのいつもとは違う一面が見られるかも?
ウィッシュプランに余裕があれば、「いつもは○○だけど、今日は××してほしい(したい)」というように、普段の神人と精霊の距離感についても言及があると、「恋人のふり」がうまく行きやすいかもしれません。
例1:普段は喧嘩ばっかりだけど……今は素直になるから、精霊さんも意地悪言わないでよね。そう、これは任務! 任務なんだから!(神人視点)
例2:俺は女人が苦手で、常日頃は素っ気ない態度で接してしまっているが……その、手など握ってみても許されるだろうか。(精霊視点)
どちらの書き方でも大丈夫です。もちろん、PL視点でもOK!
なお、神人視点のほうがGMへのお任せ度合いは高くなります。
リザルトノベル
◆アクション・プラン
リーリア=エスペリット(ジャスティ=カレック)
池の調査メインで動く。 普段は喧嘩や言い合いの多い2人だが、今回は初々しいカップルのふりをする。 照れながら彼に手を伸ばし「折角だから、手、つなごうよ」と言う。 手をつないで会話しながら移動し、周囲の様子をうかがう。 オーガが出たときにもしまだ一般人がいたらまず避難誘導。 その後、討伐組のサポート。 手持ちの武器でのサポートや、仲間で危なそうな人がいたら助ける。 謎の声の情報について、多くの人の感情が集まる場所で何かあったのではと推測。 オーガの発生源は、池の周囲の中でもコインを特に多く投げ入れられるような場所や、あの恋物語で祈りを捧げたと伝えられている場所がないか確認し、あったらそちらを集中的に調べる。 |
シャルティエ・ブランロゼ(ダリル・ヴァンクリーフ)
恋人達に災いあれと響く謎の言葉、襲い来るデミオーガ…ですか。 まるでミステリー小説の様ですね、これは良いネタになりそう…真面目にやりますってば、だからジト目禁止ですよ相棒! 先ずは恋人同士の振りで誘き出し、ですね 何度か仕事でやりましたけれど、未だに慣れないですね…手、手を繋いでつないであげてもよろひ…噛みました… ちょっとディー、今笑いましたね!? 何だか何時もの雰囲気で…喧嘩っぷるって事にしましょう そうしたら殴れますし! 戦闘後は原因の調査も忘れずに 主に水中、奥深い叢を中心に探しましょうか 発見したら、どの様な魔力を帯びているか、何らかの活動をしているかも観察し報告 持ち帰れるなら慎重に回収、無理なら破壊 |
ミサ・フルール(エミリオ・シュトルツ)
☆心情 エミリオさんいつもイジワルばかり言うけど、今回は手加減してほしいな 恋人のふりはとても恥ずかしいけど、これも任務だもの、頑張る! 呪いの原因は報われない想いを抱えたまま亡くなった方の怨念なんじゃないかな? ☆恋人のふり 手を繋いでみたいけど、急に握ったら怒られそうだし、ど、どうしたらいいんだろう 周辺を探索した後 少しベンチで休憩をとろう バレンタインでエミリオさん、甘い物好きだって分かったし、苺のケーキを作ってみたよ(一般スキル『菓子・スイーツ』使用) ☆戦闘 ・インスパイアスペル『絆を繋ぎ、想いを紡ごう』 ・前方で戦う仲間の邪魔にならないよう後方に待機、状況を見極め仲間のフォローしつつ無茶な事はしない |
ハロルド(ディエゴ・ルナ・クィンテロ)
私は討伐に回るね…依頼人が言っていた池の周辺をまわってみよう。 恋人って…好きな人同士の関係だよね? ディエゴさんのこと好きだけど、恋人じゃあないよね 何が違うんだろう…記憶をなくす前ならわかってたことなのかな。 すごく仲良くするってことは手とか繋いだり腕を組んだりとか? 話をしながら池の回りを歩いて、デミ・ウルフをギリギリまで引き寄せるよ 背後や横に気を集中させて、こちらに近付いたらトランスしてディエゴさんにウルフを撃ってもらおう。 でも…なんとなく、ディエゴさん辛そう 心がここに無いみたい ディエゴさん、貴方にそんな顔をさせる事があるなら 私ができる限り支えるから。 あ、ウルフの出現場所は調査方に報告しよう。 |
リヴィエラ(ロジェ)
リヴィエラ: 【心情】 これ以上の犠牲者が出る前に、解決したいです。 そしてできれば、人々が憩う池も守りたい。 【行動】 同行してくださる皆様の指示や意見に従います。 調査の手も必要であれば、 可能な限りお手伝いします。 え、ええと…恋人同士を装って、 デミオーガを誘き寄せるのですよね。 手を、握って下さいってお願いすれば そ、その、恋人らしく見えるかしら。 …うぅ、ロジェ様、きっと嫌がるわ。 また、「足手まといな女だ」って怒られるかな…。 でも、任務だからしっかりしなきゃ! デミオーガが出現したら、戦闘の邪魔に ならないように後方に下がります。 可能であれば、敵数を把握してロジェ様や 皆さんに伝えます。 |
■ミッション開始
「ここが、問題のひょうたん池……聞いていたとおり綺麗な池なのに、人はまばらね」
『リーリア=エスペリット』は結わえた黒髪を揺らして振り返った。
闊達そうな印象を与える瞳は、どこか緊張のいろを湛えている。
「ええと、指示によれば、まずは討伐で安全確保……ですよね」
「なんだかどきどきしてきたな。終わったら、みんなでお茶会しようよ」
応えた『リヴィエラ』・シエンテ、『ミサ』らもまた、落ち着かなさそうな面持ちで傍らの精霊をちらと見やる。
これというのも、全ては「恋人のふり」などという厄介な任務のせいだ。
一方、落ち着いて見えるのが『ハロルド』、やけに目を輝かせ周囲を眺めているのが『シャルティエ・ブランロゼ』だった。
「ん……と。それぞれペアごとに散策をして、敵と呪いを見つければ、いいんだよね」
「呪い……ドラマティックな響きですね。さておき、ここは静かですし、僕も何かを発見したら大声で合図をします」
湖面は静かに凪いでおり、肉声による合図もなんとか届きそうだ。
「では、作戦開始と行こう」
ウィンクルムたちはペアごとに散開すると、遊歩道に沿って一見のどかな池のほとりを散策し始める。
緊張、ほんのすこしの高揚、感傷――それぞれの思いを抱えながら。
■それぞれの非日常
リヴィエラはポブルスの少し後ろを歩きながら、近寄りがたい印象を与える整った横顔をちらちらと盗み見た。
まさか、己のパートナーと恋人同士を装うことになるなんて。
けれども、これは任務なのだ。よし、と決心して、深呼吸をひとつ。
「あの、ロジェ様……! て、……手、を」
つないでください、と言い終える前に、ロージェックこと『ロジェ』が振り返ってため息をつく。
「ご、ごめんなさい! 私ではお役に立てないでしょうか……」
ああ、やはりロジェ様を苛立たせてしまっている。リヴィエラが俯いたところへ、
「いや。そうではない」
俯いた視界の隅に、差し伸べられた手のひらが映る。おずおずと取った手は、大きくて温かかった。
「恋人達に災いあれと響く謎の言葉、襲い来るデミオーガ……まるでミステリー小説のようですね」
シャルティエはそのしとやかな令嬢然とした見た目に反し、デミオーガに怯える様子はない。
それどころか、これは良い物語のネタになりそう、と口元を緩め、愛用の帳面に手を伸ばす。
横目で見やり、呆れたように釘を刺したのは彼女のパートナーの『ダリル・ヴァンクリーフ』だ。
「ネタ帳に書き込むのは止めろ、この戯けが。全く危なっかしいな……油断するなよ」
「分かっています、 真面目にやりますってば! 恋人のふり恋人のふり……てっ、手を繋いでつないであげてもよろ、ひ……」
小声でもごもごと言い出すも、噛んでついには口を噤んでしまったシャルティエの様子に、ダリルは小さく喉を鳴らした。
「ちょっとディー、今笑いましたね!?」
「いや、別に。それより、ほら」
彼はこともなげにシャルティエの手を取った。
「な、な、な……っ!?」
テイルスの特徴である銀の毛並みの尾は、機嫌よさそうに一振りされる。
「あんた、真っ赤になっているな。普段の威勢はどうした」
笑い含みで嘯くダリルの腕を、シャルティエが抗議の意を込めて何度も叩き、それから恨めしげに唇を尖らせた。
「鎧を着込んでいると殴るには不向きですね……ディー、あとで覚悟しておきなさい」
「せっかくだから、手、つなごうよ」
「僕とキミが、ですか……? ――そうですね。任務のうちですから、構いません」
勇気を出してかけたリーリアの一言は、一拍ののち、思ったよりもすんなり受け入れられた。
『ジャスティ=カレック』とは言い合いになってしまうことも多いが、今日くらいはせめて。
だが、頬にかかる銀髪の間から覗く精霊の表情は硬く、二人で歩き出した後も一向に口を開こうとしない。
「ジャスティ、怒って……る?」
「いえ、別に。任務の話を聞いたときは少々驚きましたが。特に何かお話する必要を感じないだけです」
その素っ気ない物言いに反射的に言い返しそうになり、ひとつ深呼吸。
嫌々ならば手を離そうか、と思えば、今度はリーリアの手がぎゅっと強く握られる。
それなら、と彼女は辺りを見回す。探していたのは、いつかジャスティが特に興味を示していたカメリアだ。
この辺りは植物が多いようだから、話のきっかけになれば。そう思った。
「何かお探しですか? デミオーガを捜すにしては、上のほうを眺めたりして」
「うん、ええとね、この間見た花がないかなって思ったの」
「ああ、植物園の。ここは、観賞用の花よりも野の草花が多いですから、同じ種を見つけることは難しいでしょうね」
リーリアはほんの少し肩を落とした。彼はかまわず言葉を続ける。
「例えばあの木。まだ花は開いていませんが、あれはサクラです」
「えっ、葉がついているのに? 本部近くのプリメール公園にあるのは、花が散るまで葉は出ないわよね」
「そう、あちらは園芸種、こちらは野生種というわけです。園芸種の中には、流星融合によってもたらされたものもあって――」
植物のことになると、先ほどと比べて饒舌になり、
「ここのヤマザクラ、全て咲いたらさぞ美しいでしょうね」
彼が珍しく見せた柔らかい笑みに、リーリアは思わず目を奪われた。
相槌も忘れて見入っていると、視界の端に動くものが映る。一般市民だ。
「あ! そこにいる男の人、一般の方よね。危ないから避難させないと。行こう、ジャスティ」
ようやく我に返った彼女は、ジャスティの手を引いて小走りに駆け出すのだった。
手をつなぐべきか。つながざるべきか。そんな悩みを抱え、気もそぞろに歩いていたミサは、
「きゃっ……!」
段差に足を取られて危うくつんのめりかける。
いつものように精霊のからかい混じりの言葉が飛んでくるかと首を竦めたとき、
「ほら、つかまりなよ」
差し伸べられたのは『エミリオ』の左手だった。
「恋人なら、手ぐらいつなぐものでしょ」
照れくさそうにほんの少しだけ早口になりながらも、彼はミサの手を強引に取る。
「エ、エミリオさん……!?」
「どうしたの、『恋人』がそんなに動揺して?」
ミサの慌てぶりに、にやり、彼の赤い瞳は面白そうに意地悪く細められた。
すっかり余裕が戻っている。どうやら、動揺するミサを眺めて楽しもうという腹積もりらしい。
「うう、なんだか……いつものエミリオさんじゃないみたいで」
「ふうん、いつもの俺は? 優しくない?」
わざと意地の悪い追及をしながらも、ディアボロの口元は機嫌良く笑みを形作っている。
任務が終わるまでの間、まだまだミサに平穏は訪れそうにない。
「恋人らしく、か……」
ハロルドのパートナー、『ディエゴ・ルナ・クィンテロ』は、ぽつりと呟いた。
どこか遠くを見るような黄金の眼差しは物憂げで、それを見ていたハロルドは、
「ねえ、ディエゴさん」
思いきりよく彼の左腕を取った。かなりの身長差のため、どちらかというとしがみつくような格好に近い。
彼は足を止め、まじまじとハロルドの顔を見つめた。
「驚いた、ハルか。……いや、すまない、少し考え事をしていただけだ」
「あれ……間違っていた? 恋人のふりって、すごく仲良くすること、だよね」
少女は瞬き、首を傾げる。過去の記憶がないせいで、おかしなことをしただろうか。
生活に必要な事柄はディエゴに教わったとはいえ、その中に『恋人』に関する具体的な知識はなかった。
恩人のディエゴさんはすごく好き。でもそれと恋とは違っているはずで、だとしたら恋というのは――。
考えこむハロルドの眉根が寄るのを見かねたものか、ディエゴはあるかなきかの笑みを浮かべる。
「間違ってはいない。そうだな、ただ二人で歩いているだけでは任務を果たせないかもしれん」
だが、ハロルドは彼の穏やかな表情の奥に、先刻と同じどこか痛ましげな色を見て取った。
腕を組みやすいよう、彼女の身長に合わせて差し出された二の腕に触れ、
「恋人とか、そういうのは今の私には分からないけど……」
ハロルドは、ディエゴの隣にそっと寄り添う。
「……える、から」
「ハル、今なにか言ったか?」
なんでもないよ、と首を振るハロルド。
ディエゴさんを支えたい。その想いは彼の耳には届かずも、組んだ腕の温もりから確かに伝わっていた。
■遭遇
「あ、ウグイスが鳴いてる。もう春なんだね」
つないだ手にも慣れてようやく辺りに気を配る余裕の出てきたミサが、顔を綻ばせた。
「お前、春がそんなに楽しみだったの?」
「うん! だってそれに……」
もうすぐ、エミリオさんのお誕生日だから。言いかけて、内緒にしておこうと口をつぐむ。
「それより、私、またお菓子を作ってみたんだけど、どうかな? よかったら一緒に食べようよ」
「あのさ……一応任務中なんだけど、自覚はあるわけ? 大体……」
そう言いながらもエミリオは、ミサが開けて見せた箱の中に苺のケーキを認め、苦言をさりげなく引っ込める。
「……うん、ただ探すだけじゃ駄目って話だしね。任務の一環としては、まあ……悪くないんじゃない」
池の周囲のそこここにあるベンチの一つに二人で腰を下ろし、箱の中身を広げた。
エミリオも今ばかりは文句を言わず、ぺろりと自分の分を平らげる。だが、同じく食べ終わって立ち上がろうとするミサに、
「それじゃあ、行こうか……ああ、ミサ。待って」
「え……、え!?」
ひょいと、ミサの口元についたクリームを親指で拭った。そのまま親指を己の口元へ持って行き、舐め取る。
びっくりしたように目を丸くした彼女の様子を眺め、エミリオはくすりと笑った。
「美味かったよ。ごちそうさま」
そのとき。
――ガサッ。
下草を踏む音に素早く身構えた二人の目の前へ、大きな狼――否、デミ・ウルフが現れる。
『忌々しい気配が沢山満ちている。……災いを……』
エミリオが小さく舌打ちをする。
「お出ましか……ほら、ぼさっとしていないで。行くよ、ミサ」
「うん。――『絆を繋ぎ、想いを紡ごう』。こちら、デミ・ウルフを発見! みんな、気をつけて!」
■デミ・ウルフ包囲網
「さーて、見つけたからには容赦しないよ。『アルペジオ』!」
エミリオは先手で地面を蹴ってデミ・ウルフの懐に飛び込み、二本のダガーで続けざまに斬りつけた。
二撃目と三撃目は目にも留まらぬほどの速度で繰り出され、デミ・ウルフの後ろ足を切り裂く。
「グルルルル……」
敵わないと思ったか、デミ・ウルフは後ろ足を引きずったまま駆け出した。
「こっちは大丈夫! 避難は完了してるわ」
リーリアの適切な避難誘導のおかげで、その場にいた数名の一般市民の退避は完了していた。
知らず足を踏み入れる者がいたりデミオーガが外へ逃れたりしないよう、ジャスティと二人で警戒を続けている。
大通りに通じる道を彼らに塞がれて進退窮まったデミ・ウルフが駆けていった先に陣取るのは、
「ロジェ様、こちらに向かって来ます! 『我が名に誓いて、力を解き放たん』」
「逃すか、これ以上の犠牲者を出すわけにはいかない!」
ロジェはリヴィエラが後方に下がったことを確認し、構えた銃の引き金をすかさず引く。
「くっ、堅いな……」
デミ・ウルフの毛皮は並みの獣のそれよりずっと丈夫で、銃弾すらも容易に通さない耐久力を持つ。
それゆえに数発で仕留めきることは出来ず、デミ・ウルフは速度を落とさず真っ直ぐ突進してきた。
避ければ、後方に下がったリヴィエラのほうへ向かうかもしれない。そう判断し、ロジェはその場を動かない。
リヴィエラはほとんど防具を身につけておらず、デミ・ウルフの一撃すら致命傷になりかねないからだ。
向かってきたデミ・ウルフはそのまま反撃とばかりに、鋭い爪をロジェの左腕に振り下ろした。
「ぐ……ッ!」
「ロジェ様!?」
チェインメイルのおかげで重傷は免れたものの、ロジェの左手の甲には血が滲んでいる。
だが彼は、かすり傷だ、と返し、再び至近距離の敵に銃口を向けた。狙うは――デミ・ウルフの後ろ脚。
「ギャンッ!」
放たれた銃弾はやはり毛皮を貫くことはない。しかし、負傷した傷跡への正確な射撃はたしかに効いていた。
デミ・ウルフはバランスを崩して転倒、その四肢は虚しく宙をかいた。
その隙を好機と、遠距離からディエゴが二丁拳銃の照準を合わせる。
「『覚悟を決めろ』! 離れているけど……ディエゴさんなら、大丈夫」
「ああ。これで終いだ――『ダブルシューター』!」
「ギャッ……、キュウン……!」
毛皮を貫通して左右から降り注ぐ銃弾に、敵は苦悶の声を上げた。
本来ならばリボルバー拳銃の有効射程は10m程度。
だが、トランスした精霊の常人離れした集中力と筋肉のコントロールがこのような離れ業を可能にしている。
ついぞデミ・ウルフは立ち上がって逃げることの出来ぬまま、動かなくなった。
「ロジェ、大丈夫か? ああ、そう深くないようだな。よかった」
医学の嗜みのあるディエゴは駆け寄ると傷を一瞥し、安堵したようにそう言った。
トランス中の精霊の治癒力は只人と比べ物にならないため、放っておいてもこの程度の切り傷ならばじきに快癒する。
けれども、それではリヴィエラの気が済まないようだった。
「ロジェ様、ごめんなさい、私を庇ってくださったせいで……」
彼女は駆け寄って手持ちのハンカチを裂き、パートナーの負った怪我に応急の手当をしながら項垂れる。
「いいんだ、これで。俺のことなら、そんなにやわに出来ちゃいない。これに懲りたら――」
もう危ないことには首を突っ込むな。
続く言葉が呑み込まれたのは、泣きそうなリヴィエラの表情の所為。
ロジェは苦笑してかぶりを振り、頭を撫でようと怪我のない右腕を伸ばす。
細くも男性らしく筋張った指先は、しかし、リヴィエラの髪に触れる寸でで躊躇うように留まった。
彼女を必要以上に近づければ、きっと危ない目に遭わせてしまう――紫水晶に似た瞳が揺れ、その手はそっと下ろされた。
「いや。……手当てをありがとう、リヴィー」
■元凶、それはほんの小さな
『許さぬ……決して……』
どこからともなく響いてきた、この世を呪うかのような声に、神人や精霊たちは顔を見合わせる。
草の上に倒れ伏したデミ・ウルフは確実に絶命しており、その声を発する発生源はやはり別にあるのだと知れた。
「今のが呪いの声ってわけか。シャルの取材でその手の眉唾な現場にも度々付き合ったが……これは本物だな」
「発生源は……ううん、どこなんだろう。今まで見つからなかった場所……考えがたい、けど」
ハロルドが考えこむと、皆が口々に推測を口にする。
「そうね……多くの人の感情の集まる場所はどう? コインがよく投げ入れられる場所だとか、伝説に関連した場所だとか。たしか、池の畔に石碑があったわよね」
「水中や草むらかもしれませんよ。ディー、僕たちで呪いの声の発生源を探してきましょう。消耗がより少ないですから」
「私もジャスティと行くね。さっきの石碑の辺り、調べてみたいし」
デミ・ウルフと直接戦闘していないシャルティエとダリル、リーリアとジャスティが呪いの探索を申し出た。
戦闘に加わった者は消耗が大きく、負傷していないディエゴやエミリオも未だ息を整えている。
「助かる。デミ・ウルフの出現場所は……ここ。恐らく潜んでいたのはこの草むらだろう。何かに役立ててくれ」
ディエゴが地図へ正確にマークを書き込み、調査に出かける者たちに手渡した。
「こうしていると、のどかで呪いなんて感じられないのですけれど……ふう。春の陽気が嫌味に感じられてくるくらいです」
シャルティエは、落ちていた長い棒で池の底をさらい、ため息をつく。池の鴨が、くわあと鳴いた。
ダリルは芽吹き始めた瑞々しい若葉に目を留め、眉を上げた。
「そうか? 俺は嫌いじゃないが。あんたの瞳の色にも似ているし。それより、場所を変えるぞ。奴らの狙いは恋人だっていうのに、二人並んで泥さらいじゃあ色気不足にも程があるだろう」
再び他意なく差し出された手に、シャルティエはたじろいだ。
そのとき、鴨の一羽が急に大きく羽ばたいた。何かに怯えるように次々と飛び立つ。
彼らが距離を置こうとする場所、すなわち鴨の行き先と反対方向にあるのは――リーリアたちの調べる石碑。
一見なんの変哲もない場所だが、神人の血ゆえか、そこから薄黒い魔力がじわりと広がるのが見てとれた。
二人は視線を交わし、頷き合う。
「行きますよ、ディー」
「ああ。迂闊なことはするなよ、相棒」
「分かっています! 『千夜一夜、研ぎ澄まされし想いを刃と為さん』!」
「やっぱり……ビンゴね、すごく嫌な魔力の気配がする……どうしようか、ジャスティ」
石碑の周りを徹底的に調べていたリーリアは、うわあ、と顔をしかめた。
伝説の刻まれた石碑の根本、小石をどけたところに『それ』はあった。
黒ずんだ2センチほどの欠片でありながら威圧感を放ち、ジャスティもまたそれを察しているようだ。
「この気配、オーガの……もしかして、折れた角の一部か何かではないでしょうか。力のあるオーガは体の一部ですらデミオーガを引き寄せるのだと、僕がA.R.O.A.本部で読んだ文献の中に書かれていました」
「だとすると、池の伝説の? ううん、でも、そうとは限らないか。ともかく、このままにはしておけないわね」
「リーリア、離れてください。そこにいて頂いても、足手まといになりますから」
「足手まといって……そんな言い方ないでしょ、私だって手伝いたいの!」
ジャスティの横顔に、ちらりと後悔の色が過ぎる。
それでも、その場所を譲る気はないらしかった。彼はブロードソードを振りかぶり、魔力の塊を叩き切ろうと――
「待ってください! その『呪い』、少しの間だけ僕に任せてもらえませんか?」
やってきたシャルティエが、あわててジャスティに声をかけた。
「持ち帰るのは……確かに、魔力遮断のための道具や準備がないですし、無理かもしれませんけれど。せめて、魔力の性質や物質の状態を調べて、本部の研究班に報告しましょう。きっとオーガ研究の役に立つはずです」
シャルティエはそう言うと、真剣な表情で黒い塊を叩いてみたり魔力をぶつけてみたりして、報告書を書き始めた。
小説の取材で培われた彼女の観察眼は、小さな塊からも沢山の情報を引き出してゆく。
「おい、シャル。いくらトランスで穢れや魔力に強くなっているからといって、無闇に触るな」
「大丈夫ですよ、これくらい」
「あんたのこういうときの大丈夫は信用できないんだ、貸せ、俺がやる!」
リーリアは二人のやりとりにくすりと笑い、そこでふと思い当たる。
もしかして、ジャスティが「足手まとい」と言ったのも、自分を心配してのこと――?
ちらりと彼のほうを見やれば、一瞬だけ視線が合う。ふいと逸らされたが、彼は心なしか照れているように見えた。
「よし、これで報告書も出来上がりです。僕の方からA.R.O.A.に提出しますね」
「承知しました。今度こそ破壊します」
ジャスティの一閃は、黒い欠片を叩き斬った。
そして――光があふれた。
粉々に崩れたいびつな魔力はウィンクルムの力で浄化され、自然に還って行く。
■エピローグ
「リーリアちゃん、シャルティエさん、さっきの光、向こうからも見えたよ!」
駆け寄って来たミサが、すごかったー、と興奮気味に息を吐く。
「皆さん、ありがとうございます、ほっとしました……! ロジェ様の傷も、もう大丈夫みたいです」
「あとは報告を済ませないとな。ハル、そのあとで買物をして帰ろうと思うが、一緒に来るか?」
それぞれが思い思いの言葉を交わす中、リーリアは何かに気づき、隣の背中をつんつんつつく。
「ねえ、見て見て」
ジャスティは文句でも言いたげな顔をしたが、彼女の満面の笑顔に口をつぐみ、指差されたほうを見てつられて笑んだ。
「ほら、あれ、あそこに一輪だけ咲いてるの。サクラの花!」
依頼結果:成功
MVP:
名前:リーリア=エスペリット 呼び名:リーリア |
名前:ジャスティ=カレック 呼び名:ジャスティ |
エピソード情報 |
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マスター | コモリ クノ |
エピソードの種類 | アドベンチャーエピソード |
男性用or女性用 | 女性のみ |
エピソードジャンル | 戦闘 |
エピソードタイプ | ショート |
エピソードモード | ノーマル |
シンパシー | 使用不可 |
難易度 | 普通 |
参加費 | 1,000ハートコイン |
参加人数 | 5 / 2 ~ 5 |
報酬 | 通常 |
リリース日 | 03月15日 |
出発日 | 03月20日 00:00 |
予定納品日 | 03月30日 |
参加者
- リーリア=エスペリット(ジャスティ=カレック)
- シャルティエ・ブランロゼ(ダリル・ヴァンクリーフ)
- ミサ・フルール(エミリオ・シュトルツ)
- ハロルド(ディエゴ・ルナ・クィンテロ)
- リヴィエラ(ロジェ)
会議室
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2014/03/19-13:01
……!
池に一般の方々がいる可能性が
ある事まで考えが及びませんでした。
さすがリーリア様(尊敬の眼差し)
こ、恋人のふりはあまりお役に立てなさそうです…
皆様のプランに期待です。 -
2014/03/19-09:15
ハロルドちゃんまとめどうも有り難う
討伐、頑張ろうね
避難誘導、確かに必要かも
そのプラン助かります
恋人のふり、一応プラン考えたけど、
あの、エミリオさんだもんね、うまくいくかなあ(遠い目)
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2014/03/19-08:24
シナリオガイドの中では、私たちが動いているときに一般の人たちが池にいるかちょっとわからなかったので、一応オーガが出たときに一般人がいたら、避難誘導するってプランに書いておいたわ。
今日中に仕上げられるよう頑張るね。 -
2014/03/19-01:34
報告しておきますね
今日の晩方からはちょっとプラン相談できません
大幅な方針変更が必要な相談に対応できませんので、ご了承ください。 -
2014/03/18-09:20
では、振り分けは
討伐
リヴィエラさん
ミサさん
調査
リーリアさん
シャルティエさん
ですかね?
今の内訳で宜しいのでしたら私は討伐に回りますね -
2014/03/18-08:48
初めまして。リーリアよ。
パートナーは闇・水のシンクロサモナーのジャスティ。
よろしくね。
討伐立候補者も多いし、調査メインで動けたらと思っているわ。
しかし、『恋人たちに災いあれ』ってかなりドロドロしたものね…。 -
2014/03/18-08:30
初めまして、リヴィエラと申します。
せ、戦闘は怖いですが、頑張りますので宜しくお願いします(お辞儀)
私は戦闘員として扱って頂ければと思いますが
皆様の意見をお聞きして、臨機応変に動きたいと思います。
ロジェ:
プレストガンナーのロジェだ。宜しく頼む。
俺も討伐側に加勢させてもらう。
シャルティエさんの言うように、戦闘員は多い方が安全だろう。 -
2014/03/18-08:05
>シャルティエさん
すみません、プランというのは調査側だったとして討伐側だったとしても行動方針が出来上がってる
という意味で書き込みました -
2014/03/18-07:37
シャルティエと言います、どうぞ宜しくお願いしますね。
相方は闇・土のシンクロサモナー、ダリルです。
>プラン
確認なのですが、割合は戦闘と調査に振り分けるプラン文字数という理解で良いでしょうか。
戦闘後に発生原因の調査となるようなので、調査だけに専念してしまうと戦闘員減って危険かなと思いますので。
戦闘を重視する人、調査を重視する人の割合なら3:2が僕も良いかなぁと思います。
僕は調査側に立候補しておきますね。
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2014/03/18-01:33
初めまして、気楽にミサって呼んでください
属性は光・水でレベルは2です
パートナーのエミリオさんは闇・火のテンペストダンサーです
どうぞよろしくお願いします!(ペコリ)
私はできれば 討伐側 がいいなと思ってます
もちろん調査側でもOKです、最終的に皆さんの意見を聞いて決めようかなと
敵の数が不明なのがちょっと不安です、慎重に行動しないといけませんね! -
2014/03/18-00:21
ハロルドともうします、宜しくお願いします
調査か討伐か…ですが割合は討伐3調査2が妥当でしょうか?
私はどちらでもプランが大体できあがってますので、手が少ない方に回ろうかなと思っています。