プロローグ
●朝カフェのススメ
「『三日月兎』というベーカリーを知っているか?」
A.R.O.A.職員の男は表情一つ変えないまま、唐突にそう言った。貴方は否の返事をするか――或いは突然の問いに戸惑いながらも、『三日月兎』の名にピンと来て男の話に興味を持ったかもしれない。ベーカリー『三日月兎』。こだわりの美味しいパンが人気のタブロス市街地に位置するその店の主人は、以前A.R.O.A.へとデミ・大ラット退治の任務を持ち込んだことがある。
「その『三日月兎』が、新しくベーカリーカフェをOPENしたらしくってな。カフェ『三日月兎』の場所は、本家『三日月兎』のすぐ近く」
カフェ『三日月兎』でモーニングプレートを注文すると、パンと同じくこだわり抜いたハムやチーズ、ふわとろスクランブルエッグにパンにもよく合う人参のマリネ・キャロットラペが、熱々の『三日月兎』パンと一緒のプレートに乗ってテーブルに運ばれてくるのだとか。更にパンには、お好みでジャムや蜂蜜、濃厚バターやエキストラバージンオリーブオイルも添えてもらえる。それから、心までぽかぽかになるような具だくさんのミネストローネもご一緒に。
「休日の朝を、パートナーと一緒に美味しいパンを食べながらゆるりと過ごすのも、一興だとは思わないか?」
興味のある者はぜひ訪れてみるといいと、男は柔らかく双眸を細めた。
解説
●カフェ『三日月兎』について
タブロス市街地に位置する美味しいパン屋さん『三日月兎』が新しくOPENしたベーカリーカフェ。
『三日月兎』こだわりのパンと一緒に、パンに合う美味しい料理が楽しめます。
ちなみにカフェ『三日月兎』の店主は、本家『三日月兎』の主人の奥さんです。
ベーカリー『三日月兎』は『ちゅーちゅー大パニック!』に登場しておりますが、該当エピソードをご参照いただかなくとも、朝カフェを楽しんでいただくのに支障はございません。
●メニュー
今回のエピソードでお楽しみいただけるのはモーニングプレートとなっております。
以下、モーニングプレートのセット内容です。
・パン(トースト、クロワッサン、カンパーニュ、ベーグル、バゲットから好きな物をお選びください)
・ジャム(苺ショコラorキウイとミント)、蜂蜜、バター、エキストラバージンオイルの中から好きな物1つ
・ハム、チーズ、スクランブルエッグ、キャロットラペ
・具だくさんミネストローネ
●消費ジェールについて
2人分のモーニングプレート代として300ジェールお支払いいただきます。
●プランについて
公序良俗に反するプランは描写いたしかねますのでご注意ください。
また、白紙プランは描写が極端に薄くなりますので、お気をつけ願えればと思います。
ゲームマスターより
お世話になっております、巴めろです。
このページを開いてくださり、ありがとうございます!
知らないうちに食べ物の登場するエピソードの数がすごいことになっていました。
私は自分で思っていた以上に美味しい物が好きなようです。
今回はパートナーと2人ゆったりと、ちょっとリッチな朝食を。
美味しく食事を楽しむもよし、楽しい話に花を咲かせるもよし。
2人きりゆっくり食事をするこの機会に、普段中々できないような特別な話をするのも素敵かなぁと。
また、朝、ということで、普段とは違うパートナーの姿を見ることもできるかもしれません。
皆さまに楽しんでいただけるよう力を尽くしますので、ご縁がありましたらよろしくお願いいたします!
また、余談ですがGMページにちょっとした近況を載せております。
こちらもよろしくお願いいたします。
リザルトノベル
◆アクション・プラン
リチェルカーレ(シリウス)
良かった もう誰も怖い思いをしていないみたい お店の人の様子や窓から見えるのどかな春の風景ににっこり 折角だから 外の景色がよく見える席へ 奥さんと目が合えばぺこりと挨拶 見て、綺麗な花 暖かくなってきたから これからもっと花が咲くわね …本当? ぱっと顔を輝かせて笑顔 大きく頷く カンパーニュと蜂蜜選択 幸せそうにパンをちぎり もぐもぐごくんと ふんわりもちもちで美味しい 良かったら一口食べてみて? 甘い物が苦手なのは知っているけど とっても美味しいんだから はい、あーん と無意識に差し出して我に返り顔を赤く 手をひっこめようとして …っ! 真っ赤になって相手を見返す ぱくぱくと口を開け閉めした後指をそっと握りしめ |
かのん(天藍)
バゲット 苺ショコラ 温かなミネストローネでほっこり 普段1人だと食事を楽しむというより、空腹満たして必要な栄養を取れれば良いとなりがちで味気ない 今日は朝からゆっくり天藍と食事ができて嬉しい 天藍の言葉にどうして知っているんですかと動揺 お行儀の悪い事だとは承知しつつも、どうせ1人ですしとついしていた 天藍もしているとはいえ、知られたのは少し恥ずかしい ジャムを2人で分ける どちらの味も異なる美味しさで笑みがこぼれる お店でジャム買えないかなと思いつつ、2人で食べるから今日の美味しさがあって、家で1人で食べても同じようには感じないだろうと思うと少し寂しい いつも一緒にいれたら良いのにと 食事をしつつ今日の予定を相談 |
リヴィエラ(ロジェ)
※神人、精霊共にアドリブOK ※神人と精霊はAROA職員の自宅で別々の部屋に住んでいる。 リヴィエラ: はわわわ…美味しそうな物が沢山です! では私は、蜂蜜のトーストとスクランブルエッグ、ミネストローネを食べても良いですか? ふふ、ロジェは甘い物がお好きですものね。 (ロジェの過去を聞いて)ロジェ…大丈夫です。いつかロジェの故郷を復興させて、 また一緒にこうしてご飯を食べましょう? 私もお手伝いしま…!? あ、あの、その、これは…も、もう! ロジェだって髪がはねて、寝癖になっていますっ! (真っ赤になって恥ずかしそうに大声を出してしまい、店員や他の客の視線を浴びる) !!?? …は、恥ずかしい、です…っ |
テレーズ(山吹)
懐かしいですね、三日月兎 またあのパンが食べれるなんて嬉しいです クロワッサンとジャム 品数も豊富で朝から贅沢な気分になれますね では、いただきます クロワッサンは千切りながら食べる ベーグルも美味しかったですがクロワッサンもいいですね あれからもう半年以上経っているんですね… 時間が経つのは早いものです うん、やっぱり美味しいです ゆっくりと美味しいご飯をお腹一杯食べて 飾らずに感想を言い合える相手がいて、朝から笑顔で過ごせること こういうの、幸せっていうんですよね ご馳走様でした 朝から素敵な時間を過ごせましたね この後の時間も素敵に過ごすためには山吹さんが必要でして もう少しどこかに寄って行きませんか? |
菫 離々(蓮)
もう何度目になりますかね おはようございます、ハチさん? 若干の苦笑を織り交ぜて。 ですから無理はしないでくださいと言いましたのに。 もしかしてお仕事も早めに切り上げてくださいました? 帰宅の物音がいつもより早い時間だった気がするので。 目の前には素敵なモーニングプレート 朝食はいつもは少量なのですがお店の前からでも鼻をくすぐった 焼きたてのパンの香りに食欲が湧いて。 三日月形のクロワッサンを味わい味わい。 ハチさん。トースト、冷めないうちに。 普段も苺ジャムですが、お好きなんですか? 家に常備されているものの把握ぐらいは。 はい。喜んで。 その時はせめてブランチにしましょうか ほら。ハチさん。ジャムが垂れてしまいそうです |
●甘やかな時間
「良かった……もう誰も怖い思いをしていないみたい」
「ああ。デミ・大ラットの影響はないようだ」
リチェルカーレが柔らかく安堵の息を吐けば、頷いたシリウスが淡々と応じる。パンの良い香りがする店内には笑顔が溢れていて、ふと窓の外へと視線を遣ればそこにはのどかな春が覗く。思わずにっこりとしたリチェルカーレへと密かに眼差しを向けて、シリウスは翡翠の目を仄か細めた。
(眩しいな……陽だまりみたいだ)
嬉しそうに顔を綻ばせる傍らの少女の横顔に知らず見入っていたら、くるりとこちらに向けられるその笑顔。
「折角だから、外の景色がよく見える席へ行きましょ? ……シリウス? どうかした?」
「……何でもない」
きょとんとして小首を傾げるリチェルカーレに本当に何でもないふうにそう応じて、「ほら、窓際の席に座るんだろう」とシリウスは先を行く。てててっとシリウスに並んだリチェルカーレ、他の客へとプレートを運ぶ店主らしき女性と目が合えば、立ち止まって丁寧にぺこりとご挨拶。彼女に倣ってシリウスも軽く黙礼すれば、「いらっしゃいませ!」と明るい声が返った。
「見て、綺麗な花! 暖かくなってきたから、これからもっと花が咲くわね」
窓際の、外がよく見える席に座った2人。注文を済ませれば、リチェルカーレは外の景色にもう夢中だ。青と碧の視線が春の花を捉える度に、嬉しそうな声と笑顔がテーブルに弾ける。彼女の話を、シリウスは時折頷きを返しながら聞いた。そうして、彼女のお喋りの合間に何気なくぽつりと零す。
「食事が終わったら少し歩くか?」
「……本当?」
ぱああと、益々明るく輝くリチェルカーレの笑顔。小さな微笑と共に「ああ」と短く答えを返せば、「歩く! 絶対歩くわ!」と花のような少女は子供みたいな真っ直ぐさで大きく頷いた。そして、間もなく運ばれてきたのは豪華なモーニングプレート。いただきますと手を合わせて、リチェルカーレは蜂蜜垂らしたカンパーニュを幸せ顔でちぎると、そうっと口に運んでもぐもぐごっくん。一口食べ終えれば、その瞳がきらきらと華やぐ。
「ふんわりもちもちで美味しい……!」
リチェルカーレの言葉に、バターの蕩けるバゲットを齧っていたシリウスも小さく頷いた。すると、素敵なことを思いついたというように差し出される、パンのひとかけ。
「良かったら一口食べてみて? 甘い物が苦手なのは知っているけど、とっても美味しいんだから」
はい、あーんと無邪気に伸ばされた手に、シリウスは思わずむせ返りそうになる。
(この警戒心の無さはどうにかならないものか……)
なんてことを考えながら呆れ混じりの視線をじぃと送れば、我に返って顔を赤くするリチェルカーレ。慌てて手を引っ込めようとするが――それよりも早く、シリウスは差し出された蜂蜜カンパーニュをぱくりとする。
「……っ!」
真っ赤になって自分を見つめ返すリチェルカーレの前で、ぺろりと唇を舐めて「甘いな」とシリウスは一言零した。その言葉に益々あわあわするリチェルカーレをからかうように、シリウスはそのかんばせにうっすらとした微笑を乗せる。
「差し出したのはそっちだろう?」
声に、何とか返事をしようと口をぱくぱくとするリチェルカーレ。ひとしきりそうしていたけれど結局返すべき言葉が見つからなくて。リチェルカーレは、自身の指をそっと握り締めた。
●2人だから特別
「ふふ、何だかほっこりしますね」
具だくさんのぽかぽかミネストローネを口に運んで、かのんは柔らかい笑みを漏らす。その楽しげな様子に、天藍もその瞳を和らげた。「あ、こっちも美味しい」とキャロットラペを口にして声を弾ませた後で、ほんの少し苦く笑うかのん。
「普段1人だと、食事を楽しむというより空腹を満たして必要な栄養を取れればいいやってなってしまうんですよね。味気ないとは思うんですが」
「何だ、かのんも同じか。俺も1人だと、中々楽しむための食事は取れない」
難しいなと言った天藍が自分に向ける笑みの優しさに、かのんの胸はふわりとあたたかくなる。だから、紡ぐ言葉はどこまでも真っ直ぐに。
「今日は、朝からこうして天藍とゆっくり食事ができて、嬉しいです」
「俺もだ。かのんとこうやって時間を過ごせるのを嬉しいと思う」
向ける笑みに笑みが返る、幸せ。思い出したように、天藍が再び口を開いた。
「1人だと、卵焼いたフライパンをそのままテーブルに持っていって皿に移さずに食べたりしてな」
なんて、自分のあるあるを口にすれば、大きく見開かれるかのんの瞳。その瞳の中に驚きと動揺の色を見留めて、得心した天藍はにやりとからかうように笑った。
「どうして知っているんですか、って思っただろ?」
「!! あの、えっと、それは……」
「自分の話のつもりだったんだが、さては似たようなことしてるな」
「う……はい、行儀の悪いことだとは分かっているんですが、どうせ1人ですしと、つい……」
天藍も同じことをしているとはいえ知られてしまったことが少しばかり気恥ずかしくて、応じるかのんの声は段々と小さくなる。仄か俯くかのんの様子に、
(恥ずかしがってるかのんも可愛いよな)
なんて、ちょっぴり意地悪なことを思いながら口元を和らげる天藍である。でも、ずっとそんな彼女を観察しているのも忍びなく。
「ほら、かのん。冷める前にパンも食べよう。こっちのジャムも気になってたんだろ?」
「は、はい。そうですね、あたたかいうちに、ぜひ」
苺ショコラのジャムとキウイとミントのジャムを2人で分け合う。どちらのジャムにするか悩むかのんに、互いに違うジャムを頼めば良いと提案したのは天藍だ。バゲットのお供に両方のジャムを味わい、かのんはそれぞれ異なる、けれどどちらもとびきりの美味しさに笑みを零した。天藍も、ベーグルとジャムのハーモニーに舌鼓を打つ。
「美味しい……これ、お店で買えないでしょうか」
「聞いてみるか?」
「あ、でも……家で1人で食べても同じようには感じないかもしれませんね。2人で食べるから、今日の美味しさがあって」
そう思うと少し寂しく感じられ、眉を下げて笑うかのん。そんなかのんに、天藍は優しい笑みを向けた。
「そうだな、もともと美味しい食事だけど、2人だとより美味しく感じる」
でも、と悪戯っぽい表情を見せる天藍。
「あんまり人数多いのも、落ち着いて食えないけどな」
「……そう、なんですか?」
「実家では兄弟が多くて、食事の時は早い者勝ちの戦場だったんだ」
首を傾げるかのんに、天藍はそう説明する。食卓を戦場だという天藍の話ぶりに、かのんがくすりと笑った。その笑顔に、天藍は思う。
「今だけじゃなくて、普段もかのんと一緒に食事が出来たら良いのにな」
口に出して想いを伝えれば、かのんは寸の間驚いたように目を見開いて――それからふわりと笑み崩れた。
「私も同じことを思っていました。こうやって、いつも一緒にいれたら良いのに、なんて」
嬉しい応えに、天藍もふっと目を細める。互いに胸に抱くは同じ想い。あたたかな2人の時間は、ゆったりと過ぎていく。
「そうだ、この後はどうしましょう? 折角のお休みですし、どう過ごすのが一番いいかと」
「ああ、そうだな、じゃあ……」
そして始まる、美味しい朝ごはんを囲んでの、とびきりの一日を過ごすための相談。いつもより少し特別な時間は、窓から射す朝の光のように煌めいていた。
●君がくれる宝物
「これは美味そうな店だな」
「はわわわ……美味しそうな物が沢山です!」
モーニングのメニューを2人で眺めながら、ロジェは紫の瞳を仄か和らげた。リヴィエラも、メニューに並ぶモーニングプレートの内容にきらきらと瞳を輝かせている。別々の部屋に暮らしていればこそ、清々しい朝に食事を共にするのも何とはなしに特別めいた感じがして、心もふわふわと弾むリヴィエラだ。
「ロジェは食べたい物は決まりましたか?」
「ああ。君こそどうだ? 目移りしているんじゃないか?」
「ふふ、悩みましたがもう決めました」
問いに柔らかな笑みを零されて、ならばとロジェは店員を呼ぶ。やってきたのは、店主と思しき女性だった。
「俺は、苺ショコラジャム付きのベーグル、チーズ、ミネストローネを貰おうか」
「私は、蜂蜜のトーストとスクランブルエッグ、ミネストローネを食べても良いですか?」
2人の注文に、店主の女性はふわりと微笑んで応じる。
「お客様、ディッシュは4種類、全て一度にお楽しみいただけますよ」
所謂おかずになる物は、選ばなくとも一つのプレートに全て乗せられてくるらしい。メニューの説明が分かり辛かったかもしれませんねと店主は申し訳なさそうに眉を下げた。
「わ、そうだったのですね。でしたら私は、トーストに蜂蜜を」
「なら俺はベーグルに苺ショコラのジャムを頼む」
改めて注文を終えてまた2人きりになれば、互いに同じ思い違いをしていたことが何だかくすぐったいような心地がして。2人は自然と視線を合わせて、どちらからともなく秘密っぽく笑み零し合った。
「ふわぁ、美味しいです……!」
「成る程、これは美味いな」
やがて2人の前には、豪華なモーニングプレートが並べられて。リヴィエラが蜂蜜を垂らしたトーストの美味しさにそのかんばせを輝かせれば、ロジェもベーグルと共に苺ショコラのジャムを味わって一つ頷く。ジャムが気に入った様子のロジェをそっと見遣って、リヴィエラはくすりと笑みを漏らした。
「ふふ、ロジェは甘い物がお好きですものね」
「ぐっ……確かに甘い物は好きだが……」
面映ゆさに、コホンと一つ咳払いをするロジェ。そうして、紡ぐ言葉は。
「今はもうオーガに滅ぼされてしまったが……俺がまだタブロス近くの村にいた頃、母がよくお菓子を作ってくれてな」
それから甘い物が好きになったんだと語るロジェの瞳を、リヴィエラは真っ直ぐに見つめる。
「ロジェ……大丈夫です。いつかロジェの故郷を復興させて、また一緒にこうしてご飯を食べましょう? 私も、お手伝いします」
「……!? 君は……すまない。ありがとう……とても嬉しい」
真摯な言葉には同じく真摯さをもって応じて。けれどその照れ臭さに、ロジェはリヴィエラの髪をそっと撫でた。そうして、小さく笑う。
「ふっ、でもはねて寝癖になった髪で言われても説得力がないぞ?」
「あ、あの、その、これは……」
慌てて髪を撫でつけるリヴィエラ。そんな彼女の様子にロジェが余計に楽しそうに目を細めるものだから、
「も、もう! ロジェだって髪がはねて、寝癖になっていますっ!」
気恥ずかしさのあまり、頬を朱に染めたリヴィエラは思わず大きな声を出してしまった。その声に、店のあちこちから視線がリヴィエラの方へと向けられる。
「!? ……は、恥ずかしい、です……っ」
真っ赤になるリヴィエラ。そんな彼女へと、ロジェは落ち着き払って、けれど優しく声を掛ける。
「良いさ、誰に見られていたって。俺にとっては、君の言葉が嬉しかったんだ」
リヴィエラの口元についた蜂蜜を指でついと拭ってペロリと舐めれば、益々赤くなったリヴィエラの少し潤んだ青の双眸がロジェへと向けられて。愛しい少女へと、ロジェはふっと口元を緩めてみせた。
●ブランチが待ってる
「さて、もう何度目になりますかね」
ことりと小首を傾げてそう呟いた後で、菫 離々は目の前の席に座る蓮へと柔らかく言葉を掛けた。
「おはようございます、ハチさん?」
その言葉に弾かれたようにして、うつらうつらと舟を漕いでいた蓮がはっと顔を上げる。
「大丈夫です、起きてます」
と、本人は言い張るものの、赤の瞳はとろんとして今にも瞼が閉じてしまいそうだ。気合で何とか起きている、という様子。
「普段夜勤なんでこの時間起きてるのは稀ですが問題ありません。俺の眼はこの通り朝の光をしっかり拝んで……」
言って、蓮は窓の外へと視線を遣った。さんさんと降り注ぐうららかな春の日差しが、蓮の眼にクリーンヒット!
「っうおおお目があああ!!!」
「とりあえず落ち着いてください、ハチさん。はい、深呼吸深呼吸」
何事かと店のあちこちから視線を向けられるも、離々は慌てず騒がず。けれど、どうにも無理をしている様子の蓮の姿に、若干の苦笑は織り交ぜて。
「ですから無理はしないでくださいと言いましたのに」
「う……すみません、お嬢」
「もしかしてお仕事も早めに切り上げてくださいました? 帰宅の物音がいつもより早い時間だった気がするので」
「ええ。お嬢と朝からお出掛けなんですってはしゃいでたら、店長が早く上がらせてくれて」
というか明日から物音気をつけますね……と申し訳なさそうにぽつぽつと言い添える蓮。と、そんなところへお待ちかねのモーニングプレートが運ばれてきた。素敵に豪華な朝ご飯に、離々の瞳がきらきらと輝く。
「いただきます」
とぱくりとした熱々の三日月形クロワッサンは、芳醇なバターの味わいが堪らない。その美味しさに、自然と柔らかくなる離々の口元。
「焼きたてのパンの香り、堪りませんね。朝食はいつもは少量なのですが、お店の前から良い香りがしていてお腹が空いてしまったので、今日は特別です」
味わい味わいクロワッサンを食べる離々の前で、蓮はその優しい味に癒されながらひたすらにミネストローネを咀嚼する。油断すると落ちてしまいそうだから、とにかく噛む。そんな蓮に、離々がおっとりと声を掛けた。
「ハチさん。トースト、冷めないうちに」
「ってお嬢、手許が危ういのは自覚してますがジャムぐらい自分で……あ、お速い」
やや危うい手つきの蓮を見かねてか、離々はまだ熱々のトーストに苺ショコラのジャムをたっぷりと塗った。蓮がその味を口に運んで噛み締めれば、彼を見守るようにしていた離々がふと思いついたように問いを零した。
「普段も苺ジャムですが、お好きなんですか?」
「苺? ああ、好みというか昔から朝はトーストに苺ジャム、だったんで。というかお嬢、何でご存知で?」
生活時間が異なるために、久しく朝食を共にはしていない。不思議そうに首を傾げる蓮に、離々はふわりと笑んでみせた。
「家に常備されているものの把握ぐらいは」
なんてどこか悪戯っぽく微笑んで、美味しい三日月をまた一口、ぱくり。「美味しいですね」と蓮へと笑みを向ければ、蓮の胸に陽だまりよりもあたたかい光が差す。
「……そういえば、お嬢と朝食なんていつ振りですかね」
「そうですね、本当に久しぶりのような気がします」
「あの、たまには任務以外でもこうして食事に……誘っても、構いませんか」
ほんの少したどたどしく、それでもどこまでも真っ直ぐに誘いの言葉を零せば。離々はその愛らしい瞳をぱちくりとして、それからゆるりと笑み崩れた。
「はい。喜んで。その時はせめてブランチにしましょうか……ほら。ハチさん。ジャムが垂れてしまいそうです」
「へ? わ……っとと」
嬉しい返事の余韻を噛み締める間もなく慌ててトーストを口に運ぶ蓮の姿に、離々はまたくすりと笑みを漏らしたのだった。
●変わらないもの
「ふふ、懐かしいですね、『三日月兎』」
「ええ、本当に」
目元を和らげてテレーズが言えば、山吹も穏やかにそう応じる。ベーカリー『三日月兎』を訪れた日のことを、心から懐かしみながら。
「またあのパンが食べれるなんて嬉しいです」
「そうですね。以前食べたベーグルも美味しかったので、今回も楽しみです」
しっとりと言葉を交わし合う2人の前に、運ばれてくるのはきらきらしいようなモーニングプレート。目の前に置かれた素敵な朝ごはんに、テレーズは柔らかく笑み零した。
「品数も豊富で朝から贅沢な気分になれますね。では、いただきます」
「いただきます」
2人で手を合わせて、食事を始める。熱々のトーストにバターを塗る山吹の前で、テレーズは宝石のようなジャムが添えられたクロワッサンを、上品にちぎってぱくりと口に運ぶ。山吹の手が止まった。
「ベーグルも美味しかったですがクロワッサンもいいですね。……山吹さん?」
「あ……すいません、何でしょうか?」
「大丈夫ですか? トースト、冷めてしまいますよ?」
「……ありがとうございます、テレーズさん。大丈夫ですよ」
仄か笑みを返せば、テレーズも安堵したように口元を緩める。労わるような藤色の視線はどこまでも真摯だけれど、テレーズの落ち着いた口調と物腰は、山吹の心にざわざわと細波を立てて止まなかった。
(やはり、記憶が元に戻っているのでしょうか……)
パンを齧らずにちぎって綺麗に食べるようになった彼女の姿は、山吹に彼女の変化を色濃く感じさせて。表面はカリッ、中はもちふわなトーストを半ばうわの空で口にしながら、山吹は思う。
(不思議ですね。彼女は元々こんなふうだったはずなのに、まるで別人とすり替わったようだと感じるだなんて)
そんな思いに取り憑かれている山吹の心中には気付かずに、テレーズがしみじみとして口を開いた。
「あれからもう半年以上経っているんですね……時間が経つのは早いものです」
「……そう、ですね」
時の流れの早さを痛いほどに感じていたから、山吹もそう応じる。彼女の中身が外見に追いついた、そのことを胸に思いながら。と、その時。
「うん、やっぱり美味しいです」
テレーズの明るい声が、山吹を『今ここ』へと引き戻した。
「ゆっくりと美味しいご飯をお腹一杯食べて、飾らずに感想を言い合える相手がいて、朝から笑顔で過ごせること。こういうの、幸せっていうんですよね」
山吹に向けられる、にこやかな笑顔。眩しいほどに真っ直ぐなその笑みと直球なその言葉に、山吹ははっとする。
(当たり前ですが……テレーズさんはテレーズさんなんですね)
変わったように見えても、変わっていない所もある。変わらないものがある。山吹の胸に、安堵が過ぎった。心持ちが少し変わったからだろうか。目の前の食事が、朝食を共にするテレーズの姿が、より色濃く、鮮やかに感じられて、山吹は心の芯からその表情を和らげる。
「山吹さん、このミネストローネも美味しいですよ。優しい味がします」
「どれ……ああ、本当ですね、温まります」
「ハムやチーズもすごくパンに合って。やっぱりこだわっているんでしょうか?」
「そうかもしれませんね。それと多分……」
「多分?」
「この時間が幸せなものだから、余計に美味しく感じるのではないかと」
山吹の言葉に、テレーズがそのかんばせを花開くように綻ばせた。少し特別な朝が、和やかに過ぎていく。そして、しばらくの後。
「「ご馳走様でした」」
声を揃えて、2人は食事の時間を終えた。一息つく山吹へと、テレーズが笑み掛ける。
「今日は、朝から素敵な時間を過ごせましたね」
「そうですね、テレーズさんのおかげですよ」
「ところで……この後の時間も素敵に過ごすためには山吹さんが必要でして」
もう少しどこかに寄って行きませんか? なんて悪戯っぽく笑うテレーズへと、山吹は「勿論です」と微笑みを返した。
依頼結果:大成功
MVP:
名前:テレーズ 呼び名:テレーズさん |
名前:山吹 呼び名:山吹さん |
名前:菫 離々 呼び名:お嬢、お嬢さん |
名前:蓮 呼び名:ハチさん |
エピソード情報 |
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マスター | 巴めろ |
エピソードの種類 | ハピネスエピソード |
男性用or女性用 | 女性のみ |
エピソードジャンル | イベント |
エピソードタイプ | ショート |
エピソードモード | ノーマル |
シンパシー | 使用不可 |
難易度 | とても簡単 |
参加費 | 1,000ハートコイン |
参加人数 | 5 / 2 ~ 5 |
報酬 | なし |
リリース日 | 04月03日 |
出発日 | 04月09日 00:00 |
予定納品日 | 04月19日 |