プロローグ
その地域の雪は声を包み消す。特に、名残の雪は。
暦の上では春が来ても、雪深い地域であるノースガルドでは、まだ景色は白く覆われている。それでも、刺す日差しは温かさを持ち、冬の終わりが近いことを告げていた。
ホワイト・ヒルからは少し離れた、スノーウッドの森の中にある小さな村。依頼はそこからだった。
『森の外れで謎の生き物が暴れている、オーガかもしれない』
そんなあやふやな依頼で現地へ調査に向かってみれば、遠目に見てもわかる異形の姿。
―――ヤグナム。
豚頭のオーガで、動きは鈍く、皮膚が異様なまでに硬い。そのわりには腕が細長く、鞭のように使って攻撃をしてくる。
そして最大の特徴は、声。
魔力を含んだ奇怪な鳴き声は、相手の命中や回避を下げるという、厄介な特徴を持っていた。
どうやら一匹だけで他にはいない。これならさして難しい事はないだろう。
調査隊はそれぞれそう判断して、そして「支部へ戻ろう」と誰かが口にして。
そこで、異変に気付いた。
さっきから雪がちらついていた。名残の雪。
この雪が降り始めてから、自分達は会話をしただろうか。いや、会話を成立させていただろうか。
目の前で調査隊の仲間が口を開閉させている。だが、声が聞こえない。
お互いに困惑の表情に変わっていく時、遠くにいた筈のヤグナムが近づいてきた。
この調査隊の中にウィンクルムはいない。オーガから逃げる術は心得ているが、倒す術は無い。
逃げなければ。
全員が背中につめたいものを感じながら声を掛け合うが、やはり何も聞こえない。
焦りの中、視界の隅でヤグナムが大きく口を開く。
「―――ッ!!」
奇怪な鳴き声は、聞こえなかった。
叫んだ筈のヤグナムもわけがわからないのか、何度か叫ぶような仕草をするが、どうしてもその声は響かない。
何が起こっているのか。
誰もが混乱する中、先に投げ出したのはヤグナム。
癇癪を起こしているかのように、その両腕をぶんぶんと振り回しながら森の奥へと消えていく。
それを確認してから、調査隊は急いで支部へと戻った。
雪は、まだ降り続いていた。
「オーガの討伐依頼です。対象はヤグナム一体。雪がまだ残っている森の中ですが、幸い歩く分には問題ない程度には溶けているようです。ただ……」
A.R.O.A.支部の職員が、眉根を寄せながら告げる。
「雪が降っていて、全ての音が消える、という現象が起こっているようです」
その地域の雪は声を包み消す。特に、名残の雪は。
名残の雪は、全ての音を包み消す。自分の声すらもほとんど聞こえない。
すぐ隣にいる人に、どれほどの想いを込めて、どれほどの大きさで叫んでも。
すべて、雪が包み消す。
解説
●目的と成功条件
ヤグナム一体の討伐
・森へ入ると程なく出てきます
・鳴き声が響かない事に混乱して、あまり考えずに腕を振り回してばかりのようです
●名残の雪
・全ての音を奪います
・かろうじて自分が言った言葉だけはわかります
●出来る事
・討伐を終えた後は、すぐに支部へ報告に来てもいいですし、その場に暫く留まっても構いません
・声の届かない状況を楽しんでも、声が届かないからこそ言える事を口にしても、声の届かない場所から逃げるように帰っても、お好きなようにして下さい
ゲームマスターより
あくまでオーガ討伐が目的で成功条件です。音の無い空間で見事勝利してください。
その後は、ご自由に。
アドベンチャーではありますが、ハピネス要素もあるエピソードだと思っていただければ幸いです。
冬の名残をお楽しみください。
リザルトノベル
◆アクション・プラン
羽瀬川 千代(ラセルタ=ブラドッツ)
全ての音が聞こえないって何だか不思議な感覚だ いつも以上に周囲の状況に気を配ろう 降雪地帯へ入る前にハイトランス済ませる 仲間と合図やハンドサイン確認 ヤグナムの通った痕跡を気にしつつ捜索 先手が取れればとアヒル特務隊での偵察も試みる 前衛で攻撃に参加。後衛から気を逸らさせたい 視界を遮れる、かつ装甲の薄そうな顔面に狙い定める 雪玉間に合わない場合は魂の牢獄使用 クリアレインの合図で後退 途切れた緊張に肩の力を抜き お疲れ様の声は届かない事を思い出し、小さく笑って 寒さの苦手なラセルタさんに寄り添い静かに歩こう (何も言わないよ。名残の雪と一緒に言葉を解かさないように) 森を離れたら支部へ連絡 村の人達に早く安心してほしい |
アキ・セイジ(ヴェルトール・ランス)
◆対策 音を吸い取る雪…か 現地までの移動中に簡単なハンドサイン(前進、後退、停止、攻撃、避けろ等)を打ち合わせ 俺は前衛として皆の盾になる位置取りだからサイン役を引き受ける ランスの魔法の合図はランスのマグナライト 杖につけたそれを俺ごしにオーガをスクリーンとして動かす光の合図だ 他方向からの緊急合図は雪玉だ(ポケットに二三個いれ ◆戦闘 ライトでオーガの視界を阻害 木と枝を活用ししなる腕の攻撃を防ぐ 鞭で眼を打ち視界を奪う 叫び声あげるタイミングで首を殴打して咳き込ませよう こそへ腕を打って鞭を絡めて力の限り引くんだ! たとえ倒れなくても奴を止めれば良い ランスの光の合図に咄嗟に地面に伏せる! 大砲のような魔法だ(戦慄 |
セイリュー・グラシア(ラキア・ジェイドバイン)
現地に到着前にハンドサインを皆で決めておく。 言葉に頼らず意思疎通できるように。 森到着時にトランス。 いつも以上に周囲を見渡し注意する。視野を広く。 敵を見付けたらハイトランス。 (発動の可否に関わらず行動は同じ) 味方の射線を塞がないよう後衛の位置に注意する。 敵を大刀で攻撃。 敵の腕を狙って鞭のような腕を斬り落としてみる。 腕を封じたらかなり安全になるからな。 鳥飼さんの合図でランスさんの魔法射線から退避するぜ。 前衛の皆が確実に退避できるよう腕を引くなどで誘導。 ラキアが笑顔で何か言ってる。 さては、あえて笑顔で小言だな! 心配って単語は口の形で判るようになったし。 「うん解った、気を付ける!」耳元で叫んでやろう。 |
鳥飼(鴉)
トランスできなかったら困りますね。 森に入る前。いえ、声が聞こえなくなる前にトランスです。 簡単なハンドサインと、緊急時に雪玉ですね。 戦闘では後衛に入ります。 ランスさんの詠唱が終わり次第、魔法発動の合図に敵に矢を放ちます。 前衛に当てないように狙いは少し上です。 合図なので当たらなくても問題ありません。 味方が混乱しないように、合図以外で攻撃はしません。 今回の役割は合図だけ。間違えちゃ駄目です。 近くにいるのに。声、届かないんですね。 弟みたく、もう会えないとかは嫌なんですよ。 「鴉さん、鴉さん」 聞こえないのは判ってますけど。 呼んだら、振り向いてくれたりしますか。 鴉さんは、僕を喜ばせるのが得意ですよね。(笑顔 |
胡白眼(ジェフリー・ブラックモア)
寒さではなく緊張で震えが… 周りに聞こえないならいっそ歌でも歌おうか 準備: 防寒具と滑り止め付靴 一応メモも携行 戦闘前: 森へ入る前にトランス 意思疎通は道中で決めた手信号で行う 目視と手鏡で後方を確認しつつ進行 雪玉か小石を掴んでおき 奇襲あれば前方の仲間へ投げ注意を促す 戦闘: 後衛が攻撃に集中できるよう、前衛で囮役 他の前衛へ敵が仕掛ける時を狙って フライパンを叩きこむ スタンしたら手信号「攻撃」 自分への攻撃はできるだけ受け流す 樹木を盾にできそうなら利用 鳥飼さんの弓攻撃を認めたら即後退 魔法の軌道を確保 戦後: ジェフリーさんも震えている… 貴方も怖かったんですね 言葉をかけられないのがもどかしい せめて肩を抱き寄り添おう |
■音の無い森へ
「全ての音が聞こえないって何だか不思議な感覚だ」
A.R.O.A.から情報を貰った『羽瀬川 千代』は、これから行く場所への素直な感想を述べる。すると『ラセルタ=ブラドッツ』もそれに続く。
「何も聞こえず伝わらないとは退屈で鬱憤が溜まるな」
「そうだね、いつも以上に周囲の状況に気を配ろう」
「迅速に討伐して帰るぞ。春なのだから、もう雪は結構だ」
申請した厚着と冬靴で防寒・雪対策をしている精霊に、同じような格好の千代は思わず笑った。
ウィンクルム達はA.R.O.A.支部を出る。
今はまだ雪は降っていない。だが、もう少ししたら森が見え、そこではまだ雪が降っている。
「トランスできなかったら困りますね。森に入る前。いえ、声が聞こえなくなる前にトランスです」
「ええ、わかりました、主殿」
『鳥飼』は冷静に状況を把握して考え、『鴉』もまたそれに従う。
しっかりと防寒具や滑り止め付の靴を履いているものの、妙に震えて動きがぎこちないのは『胡白眼』だ。
「大丈夫かい?」
同じような格好をしていても普通に歩けている『ジェフリー・ブラックモア』がそんなに寒いだろうかといぶかしみながら声をかけると、白眼は苦笑しながら答える。
「寒さではなく緊張で震えが……」
初めてのオーガ駆除なのだ。しかもデミではなく本物のオーガ。緊張しても仕方がないだろう。
「周りに聞こえないならいっそ歌でも歌おうか……」
「まだ聞こえているよ」
ジェフリー突っ込みに、白眼はぐぅっと恥ずかしそうに顔をゆがめたので、思わず笑う。
「音を吸い取る雪……か」
この後の戦いを考えて『アキ・セイジ』は一つ提案する。
「簡単なハンドサインを決めないか? 前進、後退、停止、攻撃、避けろとか」
俺は前衛として皆の盾になる位置取りをするからサイン役を引き受けるよ、と言えば、全員集まってハンドサインを決めていく。
「戦闘中以外での使用となりそうですが、無いよりは良い」
鴉が言えば、鳥飼は「緊急時に雪玉を投げるのはどうでしょう」と提案し、仲間達はそれも頭に入れていく。
「上手くいくといいな」
決まったハンドサインを確認しながら、『ヴェルトール・ランス』は笑顔で言う。
そうして全員がハンドサインを覚えながら、それ以外の具体的な討伐計画も話し合い、大体誰がどんな動きをするか決まり頭に入れた頃、ちらちらと雪が降ってきた。
まだ声は聞こえるが、そろそろ何も聞こえなくなるだろう。
『この先の為に』
『静かに、微睡みが近寄るように』
鳥飼と鴉が、千代とラセルタがトランスをしてオーラを身に纏う。
そしてそのまま、千代達はハイトランス・ジェミニにうつる。もう一度インスパイア・スペルを唱え、精霊の手の甲、文様に口付けをすれば、千代にも強い力が宿る。
「あの森、だな」
見えてきた森を指差し『セイリュー・グラシア』が言えば、『ラキア・ジェイドバイン』が微かに眉を顰める。もう声が聞こえにくい。
「セイリュー、トランスしよう」
「おう!」
二人がトランスの体制に入れば、白眼とジェフリーもトランスに入る。
『滅せよ』
『トランス』
オーラを身に纏った四人を確認して、セイジは「さぁ行こう、そろそろ音が消える」と進もうとしたが。
「セイジ! 俺達も!」
ランスが慌てて引き止める。ハイトランス・ジェミニまでしようと決めてはいたものの、いつしようかが完全に頭から飛んでいた。
「わ、悪い……『コンタクト』」
オーラを纏い、続けてハイトランス・ジェミニへ。
「落ち着けよ?」
「……ああ」
音が無くなる、という普段とは違う状況が、セイジを不安定にしているようだ。
全員がトランスを終えた状態で森へ入る。
その頃には、自分達の歩く音も聞こえなくなっていた。
■無音の世界
何も聞こえない。
森に一歩足を踏み入れ、全員でぐるりと辺りを見回す。
視界には入る雪がなければ、まるで世界が止まっているかのような錯覚を覚えただろう。
「ヤグナムの通った痕跡は……」
自分の耳にすら届かないような呟きを口にして、千代は辺りを捜索し、ラセルタは足元や森の状況を把握していく。
セイリューは周囲をよく見渡し注意する。出来る限り視野を広くとる。
ジェフリーもまた、樹皮や雪面にもオーガの痕跡が無いか観察する。それと同時に、視界で動く影や、不自然な振動を足から感じないかも気にしながら。
「!!」
見つけたのは、ジェフリー。
仲間たちにハンドサインを出しながら前を行くセイジを引き止める。そして自分達のはるか左手、森の奥に動く影を指差した。
全員、顔を見合わせて頷く。こちらから見えるという事は、あちらからも見えるという事だ。幸いまだ気付かれた様子はない。だが、オーラを纏っている自分達はうかつに動けばすぐに見つかるだろう。
「こんなに早く発見出来るとは」
自分にしかわからないぼやきをして、セイリューはハイトランス・ジェミニを発動させる。声が聞こえない中で成功するかどうかは賭けだったが、先に発動させて肝心なところで効果が切れてしまうのを避けたのだ。
結果、ハイトランスは成功した。
「……お互いが何を言ってるか認識してれば、いけるのかな」
深く考えずに成功を喜んで笑顔になっているセイリューとは別に、ラキアは驚きながらこの現象を覚える。ともあれ、セイリューが基本前衛に入る事を考えれば、ハイトランスの成功は喜ばしい。戦力になる、というよりも、セイリューの安全を考えて、ラキアは胸を撫で下ろす。
立ち並ぶ針葉樹。全ての準備を終えたウィンクルム達は、その木々の陰に隠れながらオーガの方へと進み出した。
ヤグナムは報告にあったままだった。
まだ声が響かない事に混乱しているのか、八つ当たりのように腕を振り回し木々を倒している。
近づいてきたウィンクルム達、いや、神人という捕食対象にも気付かない。
(まずは、目晦まし!)
セイジが飛び出して、マグナライトでヤグナムの目を照らす。
突然現れた存在に強い光をまともに当てられたヤグナムは、目を押さえながら仰け反った。叫んでいるのだろうが聞こえない。
だがそれも一瞬、すぐに光を当てたセイジ目掛けて腕を振るう。
しかし、その後ろに回りこんでいた人物がいる。白眼だ。恐怖や緊張をすべてバトルフライパンに乗せて叩き込む。
ヤグナムの足にヒットした攻撃は、クリーンヒットまでは行かなかったらしく、セイジへの攻撃を止めてギロリと白眼の方を振り返らせる結果となった。
それが他のウィンクルムにとっては助けとなる。
後ろを振り向いたヤグナム目掛けて、セイリューが大刀「鍔鳴り」で走りより、千代は呪符「封魔」を手に念じて飛ばす。
ヤグナムが近寄ってくる気配にもう一度振り返った時には、眼前で呪符「封魔」が炸裂した。
片手で顔を押さえながらもう片方の腕を振り回す。セイリューはそれを何とか避けながら、顔を押さえている方の腕へ、切り落とさんばかりの斬撃を加える。
腕は、切り落とされなかった。それでも酷く傷ついた。
顔を押さえていられずだらりと片腕を垂らしたヤグナムは、攻撃したセイリューを殺そうと無事な腕を振り回す。
「! しまっ」
ヤグナムの腕がセイリューに向かう。避けきれない。セイリューが咄嗟にギュッと目を瞑ってしまった時、グイッと襟首を掴まれて後ろに引っ張られる。味方の攻撃後の動きにも気をつけていた鴉だ。
セイリューと鴉が下がるのと入れ替わりに、ラキアが出て攻撃を受ける。『シャイニングアロー2』を発動させていたラキアが。
光の輪がヤグナムの攻撃を反射する。ヤグナムは予想外の反撃に大きく後ろへ跳び退る。
ヤグナムは瞬時に敵わないと悟ったのか、それとも体制を整えようと思ったのか、逃げる算段を始めた。ジリとウィンクルム達を睨みながら、見張りながら、逃げようと足に力を込める。
だが、その足が地を蹴る前に、セイジの鞭「ローズ・オブ・マッハ」が動かない腕を絡め取った。
セイジが思い切り引っ張り倒そうとするが、そこは負傷してもオーガヤグナム、腕ではなく体そのものを大きく捻って振り払おうとする。引っ張る筈が逆に強く引っ張られたセイジは、咄嗟に鞭を手放す。ヤグナムは自由の身となる。
それでも、一時的にヤグナムをその場に引き止めたことに変わりない。
後衛で狙いを定めていたジェフリーとラセルタの銃が火を噴く。
ジェフリーは腕と関節を、ラセルタは表面積の広い胴体を狙って撃ち付ける。
凄まじい轟音となっていただろう銃声は、まったくの無音のままヤグナムの体に穴を開けていく。
ヤグナムは動けない。その場に縫い付けられるように攻撃を受け続ける。受け続けながらも、次のチャンスを狙っていた。弾はいつか切れる。切れたその瞬間にもう一度腕を振り回し、攻撃撹乱してこの場を逃げよう、と。まずは、逃げよう、と。
そのチャンスは、永遠に巡ってこない。
銃弾に混じって、一筋の光が走る。鳥飼が放った鉱弓「クリアレイン」。
身を穿つ攻撃に耐えていたヤグナムは、更に目が眩む。けれど同時に銃撃も止む。
今が逃げ時か、と眩む視界でヤグナムが見たものは、チャンスではなく、絶望。
光の矢は、最後の攻撃の合図。
ウィンクルム達は既に道を開けるかのように退避している。一人反応が遅れたセイジも、セイリューが腕を引いて無事退避した。
ヤグナムの正面にいるのは、詠唱を終えて強力な魔法を放とうと笑みを浮かべるランス。
「本日初公開! ランス式超強力魔法だ!」
誰にも聞こえない口上と共に、スキル『一筋の希望』がヤグナムへと真っ直ぐ飛ぶ。
ヤグナムにぶつかったその瞬間、衝突地点を中心に光と爆風が吹き荒れる。
光と爆風が落ち着いて、ウィンクルム達が顔を上げた時。
ヤグナムは跡形も残っていなかった。
「……大砲のような魔法だ……!」
戦慄しながら言ったセイジの言葉は誰にも聞こえなかったが、誰もが同じようにその威力に戦慄していた。
■すべて、雪が包み消す
オーガ駆除は無事に終わった。
けれど、まだ雪は降っていて、何の音も聞こえない。
ウィンクルム達は集まって、身振り手振りと筆談の末、この場で解散という運びになった。
沈黙の世界で、それぞれのパートナーと二人きりで行動する。
音が聞こえない、という状況に、自分は思った以上に緊張していたのだろうか。
セイジは今日の自分の行動を振り返って溜息をつく。
トランスをいつするか考えてなかった。鳥飼が合図を送ると言っていたのに、皆それを把握していたのに、ランスが合図を送ってくれるからそれを待てばいいと決め付けていた。
ランスが言ってくれなかったら。セイリューが腕を引いてくれなかったら。考えるだけで肝が冷えるし、自己嫌悪がつのる。
無事終わったからよかったものの、全部、冷静になっていれば避けられた失態だ。
もう一度溜息をつく。そこに、誰かが肩をたたく。ランスだ。
見れば口をわざとらしくはっきりと動かしている。口の動きから「お疲れ」と言ってるのがわかり、自分も同じように大げさに動かして「お疲れ」と伝えた。
ランスはセイジの前で手を広げる。何をしたいのかわからず、セイジは小首を傾げながら同じように手を広げた。すると、その掌にランスが文字を書く。
『褒めて』
書き終わったランスはセイジにニッと笑いかける。その底抜けの明るさに、セイジは自分の落ち込んだ心が少し浮上するのを感じ、苦笑しながら甘えるなとばかりに額に軽くチョップを入れた。
今日見た、ランスの強力な魔法。
このパートナーと胸を張って並べるよう、頑張らなければ。
冷たい空気を肺いっぱいに吸いこんだところで、いきなりランスが後ろから抱きついてきた。
何事かと振り向けば、いい笑顔で何かを叫んでいた。
何を叫んだかはわからないけれど、それはきっと自分に向けた言葉だろう。
その事実に、セイジは静かに笑った。
どれだけ叫んでも飛び跳ねても無音。
そんな音の無い世界をセイリューは純粋に楽しんでいた。
けれどラキアは聞こえない今のうちに言わなければ、と思っていたらしく。
「君はもう、前線ばかりに立って。いつも本当に心配しているからね」
面と向かって言うのは少し恥ずかしくて。だけどどうしても伝えたくて。
「……無茶しないでよ」
ラキアは笑顔で言う。心からの想いを。
それを見たセイリューは、野生の勘かそれとも積み重ねてきた絆の力か、「さては、あえて笑顔で小言だな!」と判断した。
判断材料はもう一つ。心配、という単語だけは、言われすぎて口の形で判るようになっていたのだ。
セイリューはニッと笑ってラキアの耳元で叫ぶ。
「うん解った、気を付ける!」
言われたラキアは驚く。聞こえなくとも、空気の揺れで何か叫ばれたのはわかった。
もしかして、何を言ったかわかったのだろうか。その返事だろうか。それとも、全然関係ない事を叫ばれたのか。
困惑するラキアを余所に、セイリューは相変わらず楽しそうな笑顔だ。その笑顔につられるように、苦笑する。
音のある世界に戻ったら、尋ねてみようかどうしようかと考えながら。
鳥飼と鴉は二人並んで支部へと戻る。
(近くにいるのに。声、届かないんですね)
届かない、という事実に、もう二度と会えない弟を連想する。
(弟みたく、もう会えないとかは嫌なんですよ)
こんなに近くにいるのに、何だかひどく淋しくなる。
「鴉さん、鴉さん」
呼んだところで、聞こえないのは判っているけれど。
それでも、呼んだら、振り向いてくれたりしますか。一緒の場所にいてくれますか。
(ふむ。どの様な原理で声が)
鴉はこの場の現象について考えていた。
確かに雪の日は静かに感じる事はあれども、ここまで綺麗に音が消えるとなれば、何か別の……と考えて、何故か横にいる神人が気になった。
呼ばれた気がした。
鴉は不意に鳥飼の方を振り返る。
鳥飼は目を丸くする。そしてすぐ、どうしようもなく嬉しくなって笑顔になる。
「鴉さんは、僕を喜ばせるのが得意ですよね」
この声も届かない。鴉は現に首を傾げている。それでもいい。
届いたかもしれないという事実が、振り向いてくれたと言う事実が、とても嬉しかったのだから。
他のウィンクルムが歩いていく中、まだ森から動けないでいたのは白眼とジェフリーだ。
ジェフリーは顔を両手で覆っていた。肩は小刻みに震えていた。
(ジェフリーさんも震えている……)
森へ向かう際には、緊張と恐怖で震えていた白眼は、目の前の精霊の姿に胸を締め付けられた。
(貴方も怖かったんですね)
言葉をかけられないのがもどかしい。ここでは何も通じない。
早く、戻ろう。震えが落ち着いたら、言葉の届くところへ行こう。
そう思ってジェフリーを見守っていた。
ジェフリーの震えは止まらない。顔も両手で覆われたまま見えない。
その両手の下に、隠された顔は。
笑顔だった。
「……やった。やったぞォ。やッてやったァア……オーガをこの手で殺してやった!」
笑いながら、ジェフリーは叫んでいた。
「幾度この日を夢見ただろう! でもまだ足りない、足りない! 夢の数だけ殺してやる! 殺してやるぞ!!」
この声は誰にも聞こえない。誰にも通じない。隣にいるであろう神人にも。
純粋に心配している白眼は、せめてと思い肩を抱き寄り添う。
それに気付いたジェフリーは、ようやく震えを止めて顔を上げた。
その顔は笑顔だった。いつもの笑顔だった。
「お優しい神人さま。これからも俺の役に立ってくれよ」
いつもの笑顔で、いつもは口にしない事を言う。
誰にも聞かせない。誰にも届かせない。
この思いは、まだ自分だけが抱えている。
普段ではありえない状況での戦い。その戦いを無事勝利で終わらせ、千代は緊張を解いて肩の力を抜いていた。
隣に来たラセルタに「お疲れ様」と言おうとして、その声は届かないのだと思い出し、小さく笑って歩き出した。
ラセルタはまだ肩に力が入っている。それは緊張ではなく、苦手な寒さに堪えているからだ。千代はそんなラセルタに寄り添い、静かに歩く。
届かない言葉は、紡がない。
(何も言わないよ。名残の雪と一緒に言葉を解かさないように)
伝えたい事はすべて、ちゃんと届けたい。だから、ここでは何も言わない。そう思って、千代はただ静かに歩く。
そんな千代を、隣で歩くラセルタは横目で見る。
千代が呼吸で白い息を吐くたび、何か言葉を零したように思えて、気になって。
それでラセルタは、歩きながらもたまに顔を覗き込んではちょっかいを掛ける。千代の弱い箇所を突いて驚かせたり笑わせたりはするものの、いつもの愉快な声は聞こえない。生意気にも叱ってくる声も聞こえない。
それを、至極残念だと思う。
「……俺様の名を呼ぶお前の声を、早く聞きたい」
一度歩みを止めて見つめながら言えば、千代は不思議そうな顔をした。
その顔に一応の満足を覚え、ラセルタはまた歩き出す。千代もまた、寄り添って歩き出す。
雪が、少しずつ止んでいく。
音が、戻っていく。
森を離れて完全に音が戻ったところで、千代は支部へと連絡を入れる。村の人達に速く安心してもらえるように。
「ラセルタさん、さっき、何て言ったの?」
連絡を終えた千代がそういえばと尋ねれば、ラセルタは静かに微笑んで「さぁな」と返した。
何と言ったのかは雪のみぞ知る。
すべてのウィンクルム達の思いも、言葉も。
名残の雪だけが知っている。
依頼結果:成功
MVP:
名前:羽瀬川 千代 呼び名:千代 |
名前:ラセルタ=ブラドッツ 呼び名:ラセルタさん |
エピソード情報 |
|
---|---|
マスター | 青ネコ |
エピソードの種類 | アドベンチャーエピソード |
男性用or女性用 | 男性のみ |
エピソードジャンル | 戦闘 |
エピソードタイプ | ショート |
エピソードモード | ノーマル |
シンパシー | 使用不可 |
難易度 | 簡単 |
参加費 | 1,000ハートコイン |
参加人数 | 5 / 2 ~ 5 |
報酬 | 通常 |
リリース日 | 03月30日 |
出発日 | 04月07日 00:00 |
予定納品日 | 04月17日 |
参加者
- 羽瀬川 千代(ラセルタ=ブラドッツ)
- アキ・セイジ(ヴェルトール・ランス)
- セイリュー・グラシア(ラキア・ジェイドバイン)
- 鳥飼(鴉)
- 胡白眼(ジェフリー・ブラックモア)
会議室
-
2015/04/06-23:57
プランは提出済みさ。
巧く行く事を祈ってる。
相談とか色々、皆さんお疲れさまでした。
-
2015/04/06-23:31
プランは提出できたよ。上手くいっていると良いな。
なお、今回ランスが使う(予定の)スキルは、《一筋の希望》というスキルだ。
ワールドガイドにはまだ載っていない(苦笑)
プランのイメージの参考になるかと思うので、ここに貼り付けておくよ。
《一筋の希望》習得レベル41 威力750 消費MP62
展開した魔法陣へエナジーを集中させ、一気に放つ技。
凄まじい威力の分だけ制御が難しく魔法陣の展開は両手で保持する必要があるため指向範囲は正面に限られる。 -
2015/04/05-23:41
胡さんの仰る通り不意を打つ、もしくは先手が取れれば
より戦いやすくなりそうですね。
痕跡を探るのに加えて、俺の方で偵察用の
アヒル特務隊を持ち込んで使用してみましょうか。
雪の上で機能してくれるのかちょっと読めない所もありますが…。
言いそびれていましたが、俺は前衛に行くつもりです。
雪玉と合図は見逃さないよう良く覚えておきます。 -
2015/04/05-22:50
じっくり考えた結果。
チャーチで射線を遮ってしまうとマズイので
シャイニングアローⅡでの盾役になる方向に。
回復は複数対応できるサンクチュアリⅠで。
敵はオーガなので回復フィールド上にいても回復対象にならないし。
鳥飼さんの合図で前衛はヤグナムから一定距離離れよう。
ランスさんの魔法への巻き込まれ防止だ。 -
2015/04/05-17:06
魔法発動の合図があるのはありがたいですね!
弓矢を使う方が他に居ないのであれば
ただの攻撃と混同することもなさそうです。
ラキアさんの行動指針ですが…、個人的には2がいいかな、と。
神人が前衛に集中しており、防御面で不安があります。
盾役として前に出てくださると、たいへん心強いものがあります。
ジェフリーさんには後衛をお願いするつもりです。
前衛が疲弊したら交代できるように、とも考えています。 -
2015/04/05-09:53
では、僕は後衛に入ります。
ランスさんの準備が終わったら、クリアレインをヤグナムに放って前衛に合図しますね。
雪が降っているという事は曇りだと思いますけど。
目晦ましできなくても、前衛が一旦下がる合図にはなるかなと。 -
2015/04/04-09:04
セイリュー・グラシアとライフビショップのラキアだ。
挨拶が遅れてゴメンよ。皆、今回もヨロシク。
俺はいつものように前衛で敵の気を引くぜ。
敵攻撃の分散が目的だ。
敵の腕を狙って攻撃しようかと思ってる。
ラキアは
1.下がってチャーチで防衛拠点(6m四方)を作る
神人達の安全が確保できる。
ただしラキアがチャーチ外に出られない
(回復はチャーチ付近で、に限られる)
2.前に出てシャイニングアローⅡを使い盾役になる
敵の近くで回復スキルなど使えるが
「皆の絶対安全な場所」を確保できない。
のどちらかを考え中。どちらが良いかな・・・(悩
ハンドサインの打ち合わせは了解!
考える事は同じだな(爽笑
雪玉で注意を促すも解ったぜ。 -
2015/04/03-22:50
…こほん。任地が森の中なうえに雪が降っているとなると
視界がかなり狭まりそうですね…。
互いの位置を把握するのが大事になってきそうです。
音が聞こえないのは敵も同じですから
雪面や木々にのこされた痕跡を頼りに相手を見つけ出し
不意を打つことも可能ではないでしょうか。
所有する武器との兼ね合いで、俺も前衛になるかと思います。
けれど防御・体力共に心許ないので、支援を目的に動くつもりです。
意思疎通の方法ですが、ハンドサインに加えて
「緊急時は雪玉をぶつけて注意を促す」のはどうでしょう?
背後からの襲撃があった場合、手信号のみでは対処しきれないかな、と。 -
2015/04/03-22:15
そうですね。
寒いでしょうし防寒は必要かも知れません。
ハンドサイン、かっこいいです。
使えたら良いかも知れないですね。
声が聞こえないとなるとトランスするときにも影響があるんでしょうか。
とりあえず森に入る前にトランス、としておきますね。 -
2015/04/03-22:09
鴉:
前衛職はいないようですが。必要ならば私が前衛を務めますよ。
ジョブはトリックスターですが、以前にも何度か経験はありますからね。
今回のヤグナムは自分の叫び声が使えずに混乱している様子。
見えるところでうろつけば引きつけられてくれるでしょう。 -
2015/04/03-21:33
精霊のジョブ的に前衛職精霊がいない…のかな。
俺達が前に立つしかないのか(武器用意
少なくとも俺は前に立つよ。相棒の詠唱を守らねばならないからな。
現地到着時間に影響しない範囲で、移動中に「簡単なハンドサイン」程度は決めておこうか?
停止、前進、攻撃、誘い出せ、撤退、あたりで。 -
2015/04/03-01:37
羽瀬川千代とパートナーのラセルタさんです。
胡さん達とは初めましてですね、どうぞ宜しくお願い致します(ふふ
音が聞こえないとなると、いつも以上に敵からの攻撃と
周辺への注意を大事にしないといけませんね…。
雪も降っていますし、防寒もしっかりしていこうと思っています。
森の中なので遮蔽物が少し気になりますが、
ラセルタさんには後衛で攻撃、及びサポートに回ってもらうつもりです。
-
2015/04/03-00:23
ふっ、胡白眼(ふぅ・ぱいいぇん)と申します。
パートナーはプレストガンナーのジェフリーさんです。
オーガとの戦闘は此度がはじめてとなります。
ウィンクルムの先輩方におかれましては、ご指導のほど宜しくお願いしまふ!
(か、噛んだ…) -
2015/04/02-07:18
知ってる人も多いですけど、改めて。
僕は鳥飼と呼ばれています。こちらはトリックスターの鴉さん。
よろしくお願いしますね。(にっこり -
2015/04/02-00:16