おうちに天使がやってきた(京月ささや マスター) 【難易度:普通】

プロローグ

●突然現れた天使

「頼むよ、一日だけ!一日だけでいいんです!」

 A.R.O.Aに立ち寄ったあなたたちは顔を見合わせました。
 あなたちに、受付は土下座せんばかりの勢い。
 そして…受付カウンターの横には、このA.R.O.Aでは少し見慣れないものが。
 中からは、きゃっきゃっという底抜けに明るい声…。

「オムツもミルクもオモチャもある…!この子の親御さんだけどうしても、
 今日から明日の昼までこの子を引き取りに来れないんだよ…!」

 そう、そこにあったのは乳母車。そしてその中には…赤ん坊の姿。
 聞けば、タブロス市内のお泊り可能な託児所が原因不明の火事になり、
 預けられていた赤ちゃんや子供たちがA.R.O.Aに運ばれてきたのです。
 幸い、託児所は物置小屋が焼失しただけ。
 他の赤ちゃんや子供たちと、その持ち物はみんな無事で
 その日のうちに駆けつけた保護者の人たちによってみんな元の自宅に戻ったのですが…
 この子の母親だけが、遠方に長期出張に行っていてすぐに引き取れないというのです。
 父親は?とあなたたちは尋ねました。
「この子のお父さんは、A.R.O.Aの職員で、早くに亡くなってるんだ…」
 とのこと。
 父親は、派遣先でかなり大きな争いに巻き込まれ、
 この子が産まれたその日に亡くなってしまったというのです。
 そして、母親は、身寄りもなく、女手ひとつでこの子を育てているとのこと。
 託児所の火事は、養育費を稼ぐために母親が高額報酬の長期出張を引き受け、
 出張先に到着した日に起こったのでした。

「この子の母親には連絡がついてる…戻ってくるまでには早くても明日の昼だそうだ。
 すまないが、この子を世話する道具一式は渡すから、
 1日、君たちの家で面倒を見てくれないだろうか…!」

 このままだと、人の出入りの激しいA.R.O.A内では
 いつ風邪を引いたりしてしまうかもわからないとのこと。
 そこで、たまたまいいタイミングでA.R.O.Aを訪れたあなたたちに声がかかったのでした。

「この子に関してはこれを見てくれ…プロフィールや好きなものが書いてある」

 受付から渡されたのは、育児手帳。そこに書いてあったのはその子の詳細でした。

 名前;エヴァ
 性別:男
 年齢:0歳8ヶ月(ハイハイ可能、歩行まだ)
 髪色:茶色
 瞳:青
 食事:飲み物は粉ミルクが中心
    離乳食はおかゆ、柔らかいり卵、蒸し魚、すりおろしりんご、市販の離乳食のみ   
   ※濃い味付けはNG!香辛料も絶対NG!
 夜泣き:する
 睡眠:1日4~5回

「…それと、あとは子育てのためのガイドブックだ。
 これを見て世話をすれば君たちにだって1泊ならなんとかなるハズ…だ。頼む!」

 乳母車の中のエヴァは、あなたたちを見ても怯えようとはせず、
 むしろきゃっきゃっと笑いながらだっこをせがむように腕を伸ばしています。
 …どうやら、人見知りをしていないのは、明らか。寧ろなついてくれているかもしれません。
 幸いにも、オムツやお尻ふき、粉ミルクに多少の離乳食、お着替えぐらいは
 託児所に預けられた荷物に入っていたようです。

 今にも泣き出しそうな受付の懇願する顔と、正反対の明るい天使のようなエヴァの笑顔。
 顔を見合わせ、あなたたちは決心しました。
 こうして、あなたたちはエヴァを預かり、1日保育をすることになったのです。

解説

●目的
 A.R.O.Aに立ち寄った日の午前から、翌日の夕方まで
 A.R.O.Aに預けられた赤ん坊・エヴァの育児を2人で行います。
 エヴァは産まれて初めての風邪を引きやすい時期に近いので
 外出はできませんので、神人もしくは精霊の家のどちらかでお世話をすることになります。
 エヴァと一緒に、ひとつ屋根の下で1泊2日の育児生活を体験してください。
 エヴァの母親は現在出張先で必死に仕事を片付け、
 翌日の夕方にはA.R.O.Aにエヴァを引き取りにくるそうです。

●消費ジェールについて
 400ジェールを頂きます。

●エヴァについて
 プロローグに書かれている育児手帳の内容が主なプロフィールになります。
 まだ、あまり怖いと感じるものはありませんが、
 ひとりぼっちと、真っ暗闇だけは苦手のようです。
 また、好きな時間に寝て好きな時間に起き、
 おなかがすいたり、オムツ交換が必要になると泣きます。
 ハイハイができるので、気をつけないと知らない間に姿を消してしまったり
 悪気なく大切なものを壊してしまったりするかもしれません。

●エヴァのお世話グッズについて
 沢山のオムツとお尻ふき、哺乳瓶、粉ミルク、瓶詰めの離乳食(ただし1回分)、
 クマのぬいぐるみ、お着替え用ロンパース2着
 離乳食は1食分しかないため、食事を作ってあげる必要がありそうです。
 また、可能ならばお風呂に入れてあげてもいいかもしれません。

●子育てガイドブックについて
 赤ちゃんの育て方、離乳食の作り方、困った時のあやし方など
 男性でも女性でもはじめての育児をするために判りやすい説明が書いてあります。
 このガイドブックに従えば、大きな失敗はほとんどないはずです。
 けれど、夜泣きや食事など、赤ちゃんのペースに振り回されたりするかもしれませんし、
 泣いたときのあやし方などはガイドブックに書いていないので
 自分達で考えないといけない場合もあるようです。

ゲームマスターより

こんにちは、京月ささやです。

このエピソードは、赤ちゃん・エヴァの一日保育を
2人で共におこなうことで、1日だけの子育てと、同棲・夫婦体験をして
お互いの絆を確かめあっていただこうというエピソードになります。

男性同士ではなかなか経験することの少ない赤ちゃんのお世話を
がんばって2人で乗り越えてみてください。
もしかすると、知らなかったお互いの一面が見えてくる…かもしれません。

皆様の楽しい思いで作りの一端となれれば幸いです。
宜しくお願い致します!

リザルトノベル

◆アクション・プラン

羽瀬川 千代(ラセルタ=ブラドッツ)

  可愛い笑顔につい頬が緩んじゃうね
断る理由も無いし責任を持って
俺たちが預かります…ね、ラセルタさん?(振り返り

二人で、エヴァ君のお父さんとして幸せな一日になるよう頑張りたいな
頼りにしてるね?ラセルタお父さん(くすくす微笑

普段の知識と手帳を参考にご飯とミルク作り
お母さんの味に近付けていると良いけれど…(冷ましてスプーン差し出し
?…俺たちの分も柔らかめに作っちゃってたね、ごめん(赤面

夜泣きは二人で対応する事にしようか
豆電球だけ付けて、川の字に挟んで寝る
悪い夢を見たのかな?背中を擦ったり揺れてみたりして
何度か寝かしつける内に段々と眠気が…負ける訳には…(すや
っ俺寝て…!…お疲れ様、ありがとう(頭撫で


信城いつき(レーゲン)
  だから違うーっ!
子供のいるご近所さんに相談しに言ったら、あちこちから「いつ生んだんだ」って……もうっ

よだれすごいからってスタイ貸してくれたよ。
あと、何でも口にするから注意しろって

お母さんがいなくて不安にならないように、
触れたりして色々話しかけたりしてスキンシップを図る
……ぷっ、レーゲンへんな顔

こんなに小さいのに爪もちゃんとある
卵粥作ったけど食べるかな?りんごの代わりにつぶした苺とかは?
……ちゃんと好き嫌いあるんだ、すごいなぁ(にこにこ)

小さくて柔らかくて、全力でまもらなきゃって感じがする
夜眠ってる間もちゃんと息してるか心配
心配で度々様子を見たりする

寂しい思いはさせないからね



蒼崎 海十(フィン・ブラーシュ)
  エヴァ、宜しくな
お母さんが迎えに来るまで、俺達と居よう

フィンと同居してる俺のアパートへ連れて行く

まずフィンが抱っこしている間に、俺が危険な物を手の届かない所へ移動
コンセントにはカバーを付けてガード
エヴァ用スペースを作る

フィンと交代し、俺が遊んであげている間に、フィンに離乳食を用意して貰う

…とはいえ、赤ちゃんの世話は初めて
フィンに抱き方を教えて貰って…温かい
小さな手が一生懸命掴んでくるのが愛おしく思えた

フィンの作った離乳食が上手くて驚く…何か悔しい

フィンと協力しエヴァをお風呂へ入れてあげる
水鉄砲…上手く出来なくて悔しい

エヴァが夜泣きしたら、優しく抱いて歌を歌う

別れの際、安堵と寂しさが込み上げる


天原 秋乃(イチカ・ククル)
  …可愛い
こんなに小さい子の世話ができるか自信ないけど、だからといって諦めるのはよくないよな。この子の母親が戻ってくるまでしっかり面倒みるぜ

イチカにガイドブックを読んでもらい、指示をもらいながら色々手探りでやってみる
ガイドブックもあるし、大抵のことなら問題なくできると思うけれど、夜泣きしてる時は正直どうしたらいいのかわからずあたふた

イチカが寝かしつけに成功したら素直に感心
「へえ、あんた弟がいたのか」
…ん、「いた」?
ってことは今は…
やめよう。気にならないわけじゃないけれど、あまり深くつっこんじゃいけない気がする

エヴァが夜泣きを繰り返すようなら、イチカと交替で子守をしてお互い休めるようにする


フラウダ・トール(シーカリウス)
  「赤ん坊一人くらい何とかなるだろう。私の事務所で預かろう」
現実を知らない故の安請け合い。エヴァを抱き上げてみる→メガネを奪われる
「…まあ可愛いんじゃないか?」
乳母車に戻してメガネを拭きつつ事務所へ移動

事務所に戻ると口調が少し乱暴になる

「おい、何か臭うぞ?」
「生きてれば出るものも出る」と精霊
オムツを外す→お尻拭きがない→捜索中にエヴァ脱走→そのままその辺に座る
「っやりやがった(深呼吸)まあ良い」
精霊が掃除

機嫌良く遊んでいるので放置→重要書類グチャグチャ
「こっのクソガキが」
「赤子などそんなものだ」と片付けつつ精霊

迎えの母親に何事も無かったように
「可愛い子と楽しい時間を過ごせたよ」
(二度と御免だ)



●引っ掻き回すよ天使のイタズラ

 キャッキャと笑い声を上げるエヴァ。を眼鏡のレンズに映し、フラウダ・トールは自身ありげに頷いた。
「赤ん坊一人くらい何とかなるだろう。私の事務所で預かろう」
 1泊用の用具一式が詰まったボストンバッグを受け取りつつ、
 シーカリウスはフラウの様子を黙って見ていた。
 視線の先では、フラウが余裕たっぷりといった風にエヴァを抱き上げようとしていた。
 シーカーにしてみれば、どう考えてもフラウの行動は安請け合いにしか思えないのだが。
 抱き上げられたエヴァはキラキラした眼鏡レンズに興味を惹かれたのか
 満面の笑みでむんずと眼鏡のつるを掴むと、無理くりフラウの顔から引き剥がしてしまった。
 眼鏡を振り回し、眼鏡のレンズの端をキャンディのように口に入れ始めたすエヴァ。
 フラウはそっと眼鏡を奪い返しつつ乳母車にエヴァを戻す。
「…まあ、可愛いんじゃないか?」
 それは強がりなのか、心底のものなのかわからないのは、さすが元詐欺師と言うべきだろうか。
「では、一日預かることにします。また明日、この子をお母様にお戻しにあがりますよ」
 フラウは取り出したハンカチで、エヴァのヨダレでベトベトになった眼鏡を拭いている。
 こうして2人は、午後の日差しが差し込むA.ROA本部を後にしたのだった。

「全く、ハンカチのスペアを持ってくるべきだった…」
 フラウの事務所に到着して室内に入ると、普段の紳士な言葉が少し乱暴に崩れる。
 これがフラウの本来の姿だとシーカーは知っている。
 シーカーはエヴァを抱えて床に下ろす。
 エヴァを床で遊ばせておき、自分は仕事を進めようと思ったフラウだったが、
 そのうちにエヴァが引きつったような泣き声をあげはじめた。
「…ミルクでも欲しいのか?」
 だが、どうも違うようだ。少し困惑していたフラウだが、部屋の空気にスンと鼻をならす。
「おい、何か臭うぞ?」
 まさか、と思いエヴァを見ると、おむつがこんもりとしている。
「生きていれば出るものも出る」
 ポツリとサラリと言うシーカーに、フラウはあからさまに眉を寄せた。
 そう、赤ん坊は自分でトイレに行くことはできないのだ。
 フラウはエヴァを抱え上げて床に仰向けにさせるとオムツを外した。
 仰向けにされると理解されたとわかったのかエヴァはぴたりと泣きやむ。
 一方、フラウは想定外の事態に更に当惑していた。
 オムツは当然水分を吸い込まない。そのため、現状はお尻ふきが必須の状態。
 しかしながら…換えのオムツはあれど手元にお尻ふきがない。
「いいか?待ってろよ」
 聞いているか聞いていないかわからないエヴァに言って、フラウはボストンバッグの中を漁る。
 なかなか見つからないで四苦八苦し、ようやく発見した…と思った矢先。
 ゴソゴソと動く音が聞こえ、うきゅ、という声がした。
 まさか…と思いフラウが振り向くと、そこには満面の笑みで床に座り込んでいるエヴァの姿。
 そしてお尻ふきはまだフラウの手の中…
「っ…やりやがった…」
 異臭もさながら、床にそんな状態で…という状況にめまいがしそうになる。
 だが、相手は赤ん坊。落ち着け…と平静を保とうとフラウは大きく息を吸って吐き出す。
「…まあ良い…」
 抱え上げ、今度はきちんと強くならない程度に仰向けにして汚れを拭ってオムツを換える。
 そんなフラウを尻目に、シーカーは黙々とテキパキ床を掃除するのだった。

 3時間ほど眠ったと思えば今度はミルクだと泣き、そしてオムツを替えて…の繰り返し。
 起きている時は事務所の床をハイハイしては遊んでいるエヴァ。
 シーカーに主に相手をするように指示をしたのだが、
 エヴァはフラウの足元にもぐりこんだりとやりたい放題だ。
「これでは仕事が進まないな…全く」
 ハア、と眉間にシワを寄せてフラウはため息をつく。
「言い出したのはお前だ」
 エヴァを抱き上げておもちゃをかざしてやりつつ、ポツリと口にするシーカー。
 ガイドブックを見ながらなんとか対処しようとするフラウだが、結構な確率で失敗している。
「君だって離乳食の適応月齢を間違えただろう」
 いい加減疲れが見え始めたフラウはシーカーを軽く睨みつつ
 シーカーがさきほど買ってきた離乳食のパッケージの年齢部分を指差してみせる。
 そこに書いてあったのは『1歳用』の文字。まだ8ヶ月前後のエヴァが食べるには早い。
「どうするんだ、これは」
「…買いなおしてくる」
 そうして離乳食を再度買いに走り、シーカーがようやく事務所に戻ったころには
 事務所には夕暮れの光が差し込みつつある時間帯だった。
 食事が入ったビニール袋を持ってシーカーが部屋に入ると
 そこには更に悲惨な光景が広がっていた。
「おい…これはいいのか」
「なに…? …!!!」
 仕事のためにパソコンに向かっていたフラウはエヴァに目をやって息をのんだ。
 シーカーが出ていったあと、いらない紙を丸めてエヴァにいくつか渡していた。
 それでエヴァが機嫌よく遊んでいるからと放置していたのだが…紙ボールが…結構な数、増えている。
 そして低めのテーブルの上においてあった重要書類の束の姿が無くなっていた。
「こ…の…クソガキが…」
「赤子などそんなものだ」
「ぐ…」
 さすがにガマンの限界と言わんばかりのフラウをシーカーは手際よく片付けながらそっとたしなめる。
 そして部屋が適度に片付くと、シーカーは帰宅準備をはじめてしまった。
「おい、帰る気か?」
 これには流石のフラウも焦った。このままエヴァと2人きりにされてはたまらない。
「就業時間は終わりだ」
 と、アッサリと返答するシーカー。
「これはどうする?」
 これ、とは勿論エヴァのこと。今はハイハイにも飽きたのか、床をコロコロ転がっている。
「お前が引き受けたものだろう」
 エヴァを見てさらりと言ってのけるシーカーに、悔しくなってフラウは奥歯をかみ締めた。
「ウィンクルムとして請け負った案件だろう。お前も残れ」
「…残業手当を出すなら考えてやる」
 表情を変えないシーカーはおそらく条件をのまなければ帰宅してしまうだろう。
 渋々、フラウは残業手当を出すことを条件にシーカーをこの場に引き止めたのだった。

 そして、夜。
 洗い物を終えたシーカーが部屋に戻ってみると、部屋の中からは寝息が聞こえてきていた。
 寝息は、1つではなく…2つ。
 シーカーは、寝息が聞こえてくるソファの前に足を進める。
 ソファの上には…ヨダレをたらしながらフラウの胸板の上で眠るエヴァ。
 そして、すっかり憔悴した顔で寝落ちてしまっているフラウだった。
(珍しいな…)
 そう、珍しいのだ。いつもは疲れ知らずのフラウ。
 こんなつかれきった顔や寝顔は、シーカーは見た事が無い。 
 意外だな、と思いながら眺めていると、胸板の上の居心地が悪くなったのか、
 エヴァがむずがりだす気配を感じた。
 それに気づいてシーカーは素早く抱き上げると隣室へ移動する。
 腕の中では、自分よりもずっとずっと体重の軽いエヴァが、確かな命の重みを持って息づいている。
 寝ぼけた顔でシーカーの温かさに顔を摺り寄せるエヴァ。
(可愛いな…意外と)
 そう、シーカーは思ったのだった。
 それは、エヴァに対してのものだったが、同時に…脳裏にソファで眠るフラウの姿も思い浮かんだ。

 翌日、A.R.O.A本部に2人は立っていた。
 迎えに訪れて礼を言うエヴァの母親。眼の下のクマもシッカリと隠したフラウは
 抱きかかえたエヴァをそっと母親に受け渡す。
「ありがとう。可愛いこの子のおかげで楽しい時間を過せたよ」
 紳士的に振舞うフラウの姿。しかし、彼のホンネは充分すぎるほどシーカーは知っている。
(育児なんて、二度とゴメンだ…!)
 今頃、フラウは母親と明るく会話をしながら心の底ではイライラが煮えているだろう。
 疲れている様子も見せず、しれっとウソを言ってのけるフラウは、流石元詐欺師と言うべきか。
 シーカーは軽くあきれる面持ちでそんなフラウを眺めるのだった。


●幼い天使のハーモニー

「だから違うーっ!」
 自宅の外から自分のパートナーの信城いつきの叫びが聞こえてくる。
 いつきの叫び声の理由はなんとな~く予想できるのだが。
 しばらくして、いつきが顔を真っ赤にしてエヴァを抱えて入ってきた。
「育児なんてはじめてだから子供のいるご近所さんに相談しに行ったら…」
 うんうん、とレーゲンは頷く。その先の展開もなんとなく…読めてしまう。
「あちこちから「いつ生んだんだ」って……もうっ」
 話していていわれた事を思い出したのか、いつきの顔は真っ赤だ。
「それはね、いつきの反応が楽しいからみんなわざと言ってるんだよ……」
 可愛いなあと思いつつも、それでもやっぱり苦笑がもれてしまう。
「あ、でもね」
 気持ちの切り替えが早いのか、いつきはレーゲンに見慣れないものを差し出してきた。
「赤ちゃんはヨダレがすごいからってこれ貸してくれたよ。スタイっていうんだって。
 あと、何でも口にするから注意しろって…」
 いつきにそういわれて、レーゲンはエヴァを見る。
 エヴァはもうすでにレーゲンの髪の毛を掴んでむぐむぐと口に入れていた。
「私の髪の毛もコレだからね……本当に何でも口に入れるね」
 これなら、修理部品などが多い自分の部屋にエヴァを置くのは危ない。
「だったら私の部屋は危ないから、この子は立ち入り禁止だね」
 それに、リビングもソファやテーブルがあるから、うっかり頭を打ったりしかねない。
「…この子にいてもらうのは、いつきの部屋にしようか」
 レーゲンの提案に、いつきも納得して頷いた。
 こうして、2人3脚の1日子育てがスタートしたのだった。

 エヴァは人見知りをしないけれど、どこか不安げな表情だった。
「お母さんがいないから…なのかな」
 一晩中お母さんと離れているのはどんな赤ちゃんでも不安なものだろうから。
 いつきはレーゲンがエヴァの荷物を整理したりして確認している最中も、
 ずっとエヴァに話しかけたり触れたりしてスキンシップをしている。
 レーゲンがひとおり荷物の内容を把握していつきの部屋に来たときは
 エヴァもいつきの雰囲気に慣れたのか、いつきの膝に乗り上げてキャッキャと嬉しそうにしていた。
「この子、話しかけたらすぐ心を開いてくれた。レーゲンも何かしてみたらどうかな」
「そうだな、何かやってみるか…ハイ、エヴァ…元気かな?今日からヨロシク」
 レーゲンも、エヴァに話しかける。
 エヴァは興味しんしんに大きな瞳でじーっと見ているが、
 少し沈黙すると途端に不安そうな顔をしてしまう。
「ほら、いないいない…ばぁ!」
 焦ったレーゲンがいないいいないばあをしてみると、パッとエヴァの顔が明るくなった。
 それにホッとしたレーゲンは、色んな表情をしていないいないばあをしてみる。
「……ぷッ」
 エヴァを膝の上に乗せているいつきは、レーゲンの見たこともない表情に思わず噴出してしまう。
(レーゲン、へんな顔…!)
 気が付けばエヴァよりいつきの笑い声の方が大きくなっていた。
「ねえ、いつきの方が笑ってるんだけど?」
 大笑いしているいつきを見てレーゲンも苦く笑う。
 いつきの無邪気な笑顔はエヴァのような無垢なそれと同じようなもので。
(にくめないね、全く…)
 かなわないなあ、とつくづく思うレーゲンだった。

 遊んでいるうちに、少し疲れたのかエヴァはスヤスヤ寝息を立てて眠ってしまった。
「赤ちゃんって凄いよね…こんなに小さいのに爪もちゃんとある…」
 しみじみとエヴァの小さな手の平をみつめていつきはしみじみ呟く。
「そうだね、なかなか赤ちゃんなんて間近で見ることはないからね」
 いつきの呟きにレーゲンもうなずく。
 レーゲンにエヴァを任せて、いつきはご飯の準備にとりかかった。
 ガイドブックや、近所の人たちから受けたアドバイスをもとにまずは卵粥を作ってみる。
(りんごは無かったけど…つぶしたイチゴなら大丈夫かな)
 イチゴをフォークで荒く潰したものも用意した。
 そうこうしているうちに、自分の部屋から泣き声が聞こえてくる。
 どうやら、おなかがすいてエヴァが目を覚ましたらしい。
 ご飯を小さな器に入れたトレイを載せて、ミルクと一緒に部屋に持っていく。
「いつき、いいタイミング。エヴァ、おなかすいたみたいだよ」
「うん。卵粥つくってみたんだ…食べてくれるかな?」
 そっとプラスチック製のスプーンにすくって差し出してみると、
 あーんと口をあけてエヴァはおいしそうに口を動かした。
「それ、イチゴを潰したの?」
「うん、りんごが好きって書いてあったけど今は無かったから…これはどうだろう?」
 イチゴもそっとスプーンに入れて食べさせてみる。
 すると、エヴァはむぐむぐと口を動かしたが、顔をしかめて吐き出してしまった。
 もう一度差し出してみると差し出しただけでもプイと顔を背けてしまう。
「…へええ、ちゃんと好き嫌いがあるんだね、凄いなあ。次はリンゴ、用意するからね」
 自分が作ったものを拒否されても怒らないで笑顔でいるいつきを見て
 レーゲンもなんだか温かい気持ちになるのを感じるのだった。

 そして、日も暮れてきたころ、晩御飯を食べ終わったエヴァは
 2人が用意した2人分のマットレスの真ん中にころりと転がった。
「あまり真っ暗になると怖がってしまうからね。少しだけ明かりをつけておこう」
 ちいさく照明を絞って、エヴァを間に挟んで、3人で川の字になって横になる。
「赤ちゃんって小さくて柔らかくて…全力で守らなきゃ、って感じがするね…」
 そっとやわらかいエヴァの髪の毛を撫でながらいつきは微笑んでそっと呟く。
 レーゲンもエヴァごしにいつきの顔を見つめて、そっと頷いた。
 そのうち、エヴァの寝息とともに2人も眠りにおちていった。
 
 しかし、育児手帳に書いてはいたものの、エヴァの夜泣きは想像よりも酷かった。
 数時間とろとろと眠っていた…と思ったら、激しく泣き出す声で目が覚める。
「どう?大丈夫そう…?」
 眠い目をこすりながら、台所でミルクを作りつついつきが声をかける。
 レーゲンの腕の中でミルクを多少は飲むものの、
 5分とたたずにエヴァはまた泣き出してしまう。
 オムツをかえてもおさまる気配はなかった。
「ミルクでもダメみたいだね…落ち着くまで抱っこするしかなさそうだよ」
 レーゲンの提案で、後退で抱きながらあやすことにする。
 寝不足は避けられないけれど、小さい命も健康も自分の手の中にあると思うと
 不思議とこの苦労だって苦労にならない感じがするのいつきだった。
(そうだ、いつきにもらったハーモニーボール…)
 思い立って、レーゲンは自分の部屋に向かうと、
 しばらくしてクリスマスにいつきから貰った宝物のハーモニーボールを持ってくる。
「ガラガラのかわりに…ならないかな?」
 そっと振って音を聞かせてやると、その音に癒されたのか
 エヴァはぴたりと泣き止んだ。じっと、その音に耳を済ませている。
 その様子を眺めてレーゲンもいつきもホッとため息をついた。
 そして、同時にいつきの中に温かい気持ちが広がっていく。
 自分がプレゼントしたものがこんな形で役に立つなんて…と。
 エヴァを見ながらゆっくりとハーモニーボールをならすレーゲンを見つめながら
 いつきはなんともいえない気持ちになりながら、寝息をたてはじめたエヴァの髪の毛を撫でる。
 エヴァが寝付いたあとも、そっと子守唄のように
 レーゲンはハーモニーボールを静かにならし続けた。
 幼い寝顔があまりにも静かだと、息をしているか心配で、いつきは眠れない。
 少し眠っても、時折起きてはそっとエヴァと…そしてレーゲンを確かめる。
「寂しい思いはさせないからね…」
 そう思いながら、エヴァにもレーゲンにも心が安らぐようにとハーモニーボールを慣らしながら
 いつきは、ゆっくりと近づいてくる夜明けを待つのだった。


●あやす背中に見える過去

「…可愛い」
 エヴァの明るい顔を見て、天原秋乃は心からのホンネを呟いた。
 こんなに小さい子の世話ができるかどうかは自信がない。
(…だからといって諦めるのはよくないよな)
 この小さな命をあずかって、守れるのは今A.R.O.Aにいる自分たちしかいないのだ。
 ならば、エヴァのの母親が戻ってくるまでしっかり面倒をみようと秋乃は決意する。
「任せてくれよ。俺たちでなんとかしてみせるから」
 秋乃の言葉に、受付は本当に嬉しそうにお礼を言うと荷物を渡してくれた。
(秋乃ってば本当に小さい子、好きだよね…)
 その様子を見ながら、イチカ・ククルはしみじみと秋乃の背中を見る。
(赤ちゃんは僕は好きでも嫌いでもないけど)
 なんて思いはそのまま口にしたらトラブルを生みそうだからそっと心の中にしまう。
「お世話はちゃんと協力するよ」
 エヴァを抱えながら、乳母車のベルトを締めつつ秋乃に笑いかけてみせる。
 こうしてA.R.O.A本部から外に出た2人は、エヴァのお世話を開始した。

「えーっと、オムツの交換は…イチカなんて書いてあるんだ?」
「ちょっと待ってね、えーと…まず、お尻ふきを用意して、それからオムツの破き目を探して」
「うんうん、それから…?」
 2人にとっての育児は、ガイドブックを見ながらの手探り状態になった。
 エヴァが泣いたり何かするごとに、秋乃があやしつつ、イチカがガイドブックを読んで
 秋乃に指示をして2人で問題をクリアしていく。
「ミルクも飲んでくれたし、人見知りもしないし…本当にいい子だなあ」
 エヴァは室内で秋乃の膝に上ったりしてころころと転がり、キャッキャと笑っている。
 どうやら、新しい場所にきたのも楽しくて仕方が無いという様子だった。
「8ヶ月の赤ちゃんっていうと…遊びたいさかりなのかな?」
 イチカは、もらった荷物の中からぬいぐるみを取り出してエヴァから少し離れた場所で振ってみた。
 それをみたエヴァは、キャッキャと声を上げてハイハイをして追いかけてくる。
 近くまできたと思うと、今度はイチカはまた別の場所に移動してぬいぐるみを振る。
 そうするとまたエヴァは笑いながらハイハイをしてどんどんあとを追いかける。
 エヴァとぬいぐるみを使った鬼ごっこをしているイチカの様子をみながら、秋乃はどこかホッとしていた。
 自分が少し雰囲気に流されやすい性格なのはわかっているけれど、
 イチカはエヴァの面倒を見るのを嫌がっていたら…とは思いもよらなかったからだ。
 もしかしたら迷惑かもしれないと一瞬は思いそうになったが
 ぬいぐるみで仲良くエヴァと遊んでいる様子を見るとそうでもなさそうだ。
 イチカが遊んでくれている間に、ガイドブックを見つつ離乳食やミルクも準備でき、
 オムツの交換も上手にすることができた。
 …案外、やればできるものだと秋乃もイチカも少しホッとする。
「子育てって、結構、やりがいがあるね」
「そうだな、それに…可愛いし」
 おなかがイッパイになって、遊び疲れたのかスピスピと寝息をたてはじめたエヴァ。
 一生懸命育児をやっているうちに、気が付けばもう日がくれはじめていた。
「俺たちもそろそろ寝ようか」
「そうだね」
 お互いに顔を見合わせて、エヴァの隣で寝ることにする。
 そう、この時までは、ガイドブックを頼りにしていれば明日までうまくいく…と思っていたのだ。

 しかし、予想外のアクシデントは夜になって訪れた。
 びええええええん!と大きな泣き声で2人は飛び起きる。
 そう、育児手帳に書いてあった、エヴァの夜泣きが始まってしまったのだ。
「手帳に書いてあった夜泣きって…これか?」
「そうみたいだね」
 顔を見合わせる2人。昼間泣いていたよりも激しくエヴァは泣きじゃくっている。
「暗闇が怖いって書いてあったからかな…?」
 慌てて照明を明るくするが、それでもエヴァの夜泣きはとまらない。
 ガイドブックには夜泣きに関する対処方法はそこまで詳しく書かれていない。
 ミルクなのか、それとも暗闇が怖いのか、それともオムツ交換か…
 考えられそうな原因は全部確認をしてみたのだが、エヴァはずっと泣いている。
 とにかく、抱きしめて落ち着くようにあやすしかないようだった。
「こまったな…抱いても泣き止んでくれないなんて…」
「秋乃、ちょっとまって…いい方法があるかも」
 困惑する秋乃に目配せして、イチカは台所に何かを取りに行った。
 そして戻ってきたイチカの手には、ビニール袋。
「それ…何?」
「ビニール袋の音を聞かせてあげるんだ。
 特に理由もなく夜泣きしてる時はこうしてあげるといいおんだよ。
 胎内の音に似てるからって理由で安心して泣きやむ子が多いんだけど…」
 エヴァ君はどうかな?といいながら秋乃からそうっとエヴァを取り上げ、
 イチカは腕の中でエヴァをあやしながら耳元でビニール袋をカサカサと慣らしてみせる。
 すると不思議な事に、あれだけ火がついたように泣いていたエヴァの夜泣きがぴたりとおさまったのだ。 
「よーし、イイコだね、エヴァ…」
 イチカは、そっと笑うとそのまま、音を立てながら安心させるように背中をポンポと叩いてあげる。
 そうして、ビニール袋の音を少しずつ小さくしながらあやしているうちに、
 エヴァはあっという間にイチカの腕の中でスヤスヤと寝息を立てはじめた。
「へえ…凄いな、イチカ…こんなにスムーズに寝かせられちゃうなんて」
 素直に感心する秋乃に、少し得意げにイチカは目配せして見せた。
「弟がいたからね。小さい子のお世話はある程度ならできるよ~」
「へえ、あんた弟がいたのか…」
 子守唄の鼻歌まじりに口にしたイチカの言葉に納得したあと、一瞬秋乃はピクリと反応する。
(…ん、「いた」?ってことは今は…)
 イチカが口にした弟の表現は過去形だった。だとすると今はその弟はどうしているのだろう。
 口にした本人のイチカはというと、平気な顔をしながらも内心少し焦っていた。
(うっかりしてたな…つい、弟が「いた」って過去形で言ってしまった…)
 自分の言葉を秋乃はどう思うのだろう。過去形の意味に気づいているのだろうか、それとも…
 今のイチカにできることは、ただ、黙ってエヴァをあやすことしかできない。
「イチカ、ひとまず泣き止んでくれたしやりかたはわかった…
 また泣くみたいだったら、お互いに交代で子守すればいいんだし」
「うん、そうだね…」
 秋乃の提案にイチカは頷くと、秋乃に先に眠るように言った。
 言葉どおり、エヴァをあやすイチカをみながら横になる。
 秋乃は、今すぐにでもイチカの言葉の意味を確かめたくも思ったがぐっと心の底でこらえた。
(やめよう。気にならないわけじゃないけれど…)
 けれど、あまりこの話題には深くつっこんではいけない気がしたからだ。
 エヴァをあやすイチカの背中が見える。エヴァをあやしながら、イチカは何を考えているんだろう…
 秋乃がその真相に気づくのはいつのことになるのか。
 イチカは秋乃に言葉の意味を話してくれるのか。
 それはまだ、お互いにわからないままなのだった。
 

●屋根の下のちいさなぬくもり

 エヴァの世話を引き受けることを蒼崎海十とフィン・ブラーシュが引き受けると
 受付からはとても嬉しそうにお礼の言葉を言われた。
 さっそく、一拍用の荷物が入ったボストンバッグが運ばれてくる。
 海十は、荷物の受け取りをフランに任せることにして、エヴァがいる乳母車に歩み寄った。
「エヴァ、宜しくな」
 海十は乳母車の中でニコニコ笑うエヴァに挨拶する。
 言葉の意味がわかっているのか、笑顔がさらににぱっと広がった。
「エヴァ、俺はフィン。よろしくね」
 荷物を受け取ったフィンも、乳母車の中のエヴァに挨拶をする。
 すると、海十の時とかわらずエヴァはキャッキャと笑顔を向けた。 
「人見知りしないなんて、良い子だな」
 フィンは過去にベビーシッターのバイトで経験があった。
 もしもエヴァが人見知りをするなら、育児はもしかすると大変かも…と思ったのだが
 まず最初の顔合わせはうまくいったようだ。
「お母さんが迎えに来るまで、俺達と居ような」
 海十がエヴァにかたりかけて、乳母車のハンドルを掴む。
 そうして2人はA.RO.A本部を後にした。
 目指すは、海十がフィンと同居しているアパートだ。

「さて、到着したけど、まずは片付けからだな」
 なにせ、今回エヴァを預かったのは突然のこと。
 アパートに到着して、まず海十がはじめたのは部屋の片付けからだ。
「ごめん、エヴァを預かっててほしい」
 フィンにエヴァをあずけ、危険な物をエヴァの手の届かない所へ移動させる。
「海十、エヴァは赤ちゃんだから、この部屋自体をこの子用に変えた方がいいかもしれない…」
 フィンは、腕の中でエヴァをあやしながら海十に色々と指示をする。
 障害物になるようなものはできるだけ除けて、エヴァが充分ハイハイできるようにスペースを確保し、
 感電防止のためにコンセントには帰宅するときに購入したカバーを付けてきちんとガードした。
 ぱっと見た目には海十ばかりに手をかけさせてしまっているように見える。
 もともと物は多くないし、海十にがんばれと心の中で声援を送るフィンだった。
「ふう、これでいいかな…」
「いいと思う。お疲れ様」
 幸い、部屋の模様替えは必要以上に長引かずに済んだ。
 動き回れるスペースにそっとエヴァを下ろすと、エヴァは新しい場所に興味津々なのか
 ぐるっと見回したあと、ハイハイしたり海十の膝に昇ったりしはじめた。
「じゃあ、俺が食事の用意をしようか」
「ん、この子は俺が相手しておく」
「抱き方はわかるのか?」
「いや…」
 抱き方がわからず戸惑う海十に、フィンは抱き方をそっと教えてもらう。
 腕の中のエヴァのぬくもりは想像以上に温かくて、しみこむような温かさだった。
 無邪気な手が、海十の服を掴んでくる。
 その姿がなんだかとても愛おしく思えて、海十は知らない間に微笑みを浮かべていた。
 そんな海十にエヴァをまかせ、その間に、フィンはキッチンで離乳食とおかゆを作り始めた。
 離乳食の材料は、細かく刻む。作っているのはサツマイモとリンゴの甘煮だ。
 これなら砂糖を使わなくても充分甘いし、ビタミンCは風邪の予防にもなる。
 しばらくすると、クツクツという音と共に甘い香りも漂ってきた。
「できたぞ」
 その声とともに、フィンが運んできたのはおかゆと離乳食。
 目の前に並べて、海十がスプーンでエヴァに与えてみると
 美味しかったのかエヴァはきゃいきゃいと嬉しそうな声を上げた。
「これ、オトナも美味しくいただけるよ」
 フィンにそう言われて海十も口にしてみる…確かに美味しい。
 あまりにも見事な出来上がりに、驚くと同時になんだか悔しくも感じてしまう海十だった。

 フィンとエヴァ、海十の3人で同じ食事をしたあとで、ガイドブックを見てみると
 お風呂の時間が近づいていた。
「1人じゃなにかと難しいから…一緒に入ろうか」
 フィンに促されて、恥ずかしいなどと言っていられるヒマもなく
 海十もフィンと一緒にエヴァを抱えてお風呂に一緒に入ることにした。
 湯船につかると、エヴァは小さな掌でパチャパチャと水面を叩く。
「オモチャはないけど…これなら楽しいかな?」
 言うが早いか、フィンは両手で器用にピューっ水を噴き上げた。
 両掌で作る水鉄砲に、エヴァは大喜びして大きな声を上げる。
「俺もやってみよう…、エヴァ、見てろよ」
 フィンにエヴァを預けて自分も同じようにやろうとする海十だったが…
 パチャ、ピチャン…
 結果は、フィンのように上手く水は飛ばない。
「くっそ…」
 何度繰り返してもやっぱりフィンのように上手にはいかない。
 そうこうしているうちに、これ以上湯船につけていると
 エヴァがのぼせてしまうという事に気付いた2人は湯船から退散することにした。
(いくらバイトの経験があったとしても…ゴハンも完璧だし…水鉄砲も…クソ)
 ホカホカと湯気をたつ小さな体を拭きながら、なんだかフィンに負けた気がして
 ちょっぴり悔しい海十なのであった。

 そして、夜。やはりそれはやってきてしまった。
 育児手帳に書いてあった通り、激しい夜泣きをエヴァがはじめてしまったのだ。
 激しい泣き声にフィンがねむい目をこすっておきたときは、
 海十は先に起きて、すでに隣の部屋でエヴァをあやしている所だった。
「大丈夫、大丈夫…心配ないから」
 優しい海十の声が聞こえてくる。
 そっと、フィンは海十の様子を伺った。
 すると、海十はエヴァをあやしながらゆっくりと歌を歌い始めた。
 幼子を抱きながら、優しく子守唄を歌う海十の姿。
 エヴァは随分と落ち着いてきたのか、
 泣くのをやめて甘えるように海十の声に耳を傾けている。
「………」
 その姿をみて、フィンはなんだか胸の中が暖かくなるのを感じた。
 そのまま足音を立てないように、そっと海十の隣に座る。
「…大丈夫、そのまま続けて」
 そっと小さく言うと、フィンも海十の歌に耳を傾けながら2人の様子を見守る。
 そうして、小さな天使と共に夜は夜明けへと向かうのだった。

「ありがとうございました、お世話になりました…!」
 翌日、A.R.O.A本部。
 無事にエヴァの子守に成功し、本部に訪れると
 出張先から戻ってきたエヴァの母親が出迎え、2人に頭を下げた。
「いえ、こちらこそ…」
 笑顔で返す海十だったが、抱えているエヴァを母親のもとに帰すとき、
 安堵と共に、寂しさで少しズキンと胸が痛んだ。
 無邪気な顔のエヴァのぬくもりが、腕から離れていく感覚は…
 母親の元に返っていくのは当然ながら、なんだか言いようもなく、寂しくて。
 そんな複雑な心境をしている海十を、フィンはそっと近くで見守っているのだった。


●二人三脚、3人のしあわせ

 必死な受付のお願いに、赤ん坊・エヴァをあずかる事になった羽瀬川千代とラセルタ=ブラドッツ。
 乳母車の中を覗き込んだ千代は、人見知りをしないエヴァの無邪気な笑顔に思わず顔がゆるむ。
「断る理由も無いし責任を持って俺たちが預かります…ね、ラセルタさん?」
 振り返ってラセルタの方をみれば、じいっと育児手帳に目を通していたラセルタが顔を上げる。
「無論、千代が断る訳は無いと分かっていたぞ」
 そう言って、ニヤリと口角を上げて笑ってみせる。
 千代の提案に、ラセルタも異論はなさそうだった。
「貴族たるもの赤ん坊の世話もこなすのは常識といえような」
 むしろ、千代以上に貴族の血とプライドに火がついたのだろうか、
 ラセルタは使命感を感じているようで、不敵に笑うその笑顔は自信満々といった風だ。
 こうして、受付からエヴァの育児用の荷物を受け取り、
 2人は千代が手伝っている孤児院に足を運ぶ事になったのだった。

 孤児院に向かう途中、乳母車を押しながら千代はなんだかしみじみとした気分になった。
 せっかくこんなに天使のような赤ん坊と一緒にラセルタとすごすのだ。
 こんな機会は滅多にないことだった。
 だからこそ、精一杯いい時間を過したいと思う。
「二人で、エヴァ君のお父さんとして幸せな一日になるよう頑張りたいな…」
 口に出た言葉は、もちろん千代のホンネだった。
 育児は大変かもしれないが、みんな幸せな1日になるといい。
「頼りにしてるね?ラセルタお父さん」
 くすくすと笑いながら、千代がラセルタの方を見ると
 ラセルタは未だに使命感にかられているのか
 当然だ、と答えが返ってきた。その言葉が…本当に千代にとっては頼もしく思う。
 そのあとも、他愛ない会話を続けながら、
 2人は孤児院に向かって足を進めるのだった。

 到着した孤児院は、静かでがらんとしていた。
「今日は人が出払っているんだよ」
 千代の言葉に、ラセルタは納得したように頷く。
「成る程、道理で静かな訳だ」
 ふむふむ、と納得しつつ、ラセルタは千代が荷物を整理している間、
 エヴァを抱えてその大きな瞳を興味深げに覗き込んでみる。
 人見知りをしないエヴァは、キャッキャと笑いながらラセルタの髪を掴んで遊んでいる。
「ラセルタさん、準備ができたよ…まずはミルクをあげないと」
 千代の声にハッと我に返り、スタスタと千代のところにエヴァを運ぶ。
 ラセルタにとって、赤ん坊を扱うなんてことは、はじめてのこと。
 しかし、頼られて悪い気はしないし無邪気な赤ん坊にも興味は尽きない。
「それで?ミルクというのはどうやって作るんだ」
「えっと、この指定どおりに哺乳瓶に指定どおりの数だけ測って入れて…」
 千代の助言を受けながらミルクをつくってみる。
 作りながら、なるほど育児もなかなかに興味深い…と思っているラセルタがいた。
 不思議な事に、ラセルタの中では育児に対してイヤな気持ちは全く湧き上がってこなかった。
「じゃあ、ミルクはうまくいったから離乳食は…と」
 ミルクを与えるのはラセルタにまかせることにして、千代はキッチンで離乳食作りにとりかかった。
 手にしているのはガイドブック。
 離乳食メニューには、なんだか自分たちにも食べられそうなものが並んでいる。
「ラセルタさんはどうしているんだろう…」
 おかゆを煮込んでいる間に、そっと別室で遊んでいるラセルタの様子を見に行ってみる。
 すると、そこには珍しい光景が広がっていた。
「ボクハクマ!イッショニアソボウ!」「オレサマモアソブゾー!」
 同じ声が低い声と高い声、両方に分かれて聞こえてくる。
 なんと、あのいつも高飛車に振舞っているラセルタが
 くまのぬいぐるみと自分のパペットを使ってエヴァと遊んでいるのだった。
 エヴァはまるで人形劇でもみているように、触ろうと手を出したり、
 手を叩いたりして上機嫌でラセルタと遊んでいる。
 それに、エヴァと遊んでいるラセルタ自身も凄く楽しそうだ。
 ラセルタ本人は気が付いているかどうかはわからないが。
(なんだか…意外なカンジがするな…)
 くす、と笑う千代。ずっとその光景を覗き見していたいけれど、そうもいかない。
 そっとこの光景は記憶にしまっておくことにして、千代はキッチンにそっと戻った。

 そうこうしているうちに、なんとかガイドブックどおりに離乳食は仕上げることができた。
 まだ歯が生えきってはいない赤ちゃんに大事なのは、柔らかく作ること。
「ごはん、出来たよ。お母さんの味に近付けていると良いけれど…」
 ひとまず、先にエヴァの食事から。
 冷ましてスプーンを差し出してみると、エヴァは大きく口をあげて、
 もくもくと美味しそうに口を動かしている。
 そして、千代が用意した食事をすっかりたいらげると、おなかがイッパイになったのか
 すぐにスヤスヤと布団の上で寝息を立て始めてしまった。
「じゃあ、俺たちも食べようか…」
 小声で言って、千代とラセルタも食べはじめる…が。
 普段と違う食感にラセルタも千代もアレッという顔をした。
「…俺たちの分も柔らかめに作っちゃってたね、ごめん…」
 柔らかめの食事を…と緊張しながら作っているうちに
 自分たちの分までかなり柔らかめに仕上げてしまっていたのだ。
 真っ赤にしながら謝る千代に、一言ラセルタは気にするなと言って文句も言わずきちんと食べきった。
 そんなラセルタをみつつ、ホッとする千代だった。

 そして夜。
 今はスウスウと寝息を立てているエヴァをはさみながら
 千代とラセルタはこれからについて話し合っていた。
「夜泣きするって書いてあるから…これは二人で対応する事にしよう」
 2人同時だと、お互いに負担がかかりすぎるから。
 そう考えての千代の提案に、ラセルタも異論はないと頷く。
 暗闇を怖がるとも育児手帳に書いてあったので、豆電球だけをつけて
 エヴァを挟んで川の字になって2人は眠ることにしたのだった。
 そうして、数時間後。
 やはり、エヴァの夜泣きはやってきてしまった。
 激しい泣き声に、さすがにラセルタも目をこすっておきる。
「よしよし、大丈夫だから…悪い夢を見たのかな?」
 みると、千代がエヴァを抱き上げてあやしている姿が見えた。
(さすがに手馴れているな…)
 孤児院での子供の世話に慣れているというのもあるのだろう。
 しかも、普通なら疲れたりいらだったりしてしまうものかもしれないが、
 あやしている千代の姿はどこか楽しそうにも見えることに、素直にラセルタは感心してしまった。
「眠ったよ…」
 ニッコリ笑ってエヴァを戻す千代。
 その後も、交代で千代とラセルタは泣き声をあげるたび、エヴァをあやし続けた。
 それを何回か繰り返していた時のこと。
 どうも様子がおかしいので、ラセルタはそっと起き上がって千代の様子を伺う。
 昼間の疲れもあったのだろうか。エヴァが泣き止んで少しして、
 布団の上で背中を擦ったり揺れてみたりしていた千代が
 今度はゆらゆらと頭がゆれはじめてしまった。
(ん…さすがに眠いな…でも…負ける…わけに…は…)
 ことん、と千代の頭が落ちる。
 ラセルタが時計を見れば、もう夜も更けた深夜真っ只中の時間だった。
 そっと千代の腕の中からエヴァを抱き上げると、
 寝入ってしまった千代にそっと布団をかけなおしてやる。
(朝型人間なのだから無理せず心行くまで眠れ…俺様はエヴァに朝まで付き合ってやろう)
 そう思い、エヴァを見てから千代を見ているラセルタの微笑みは
 今まで千代が見たこともないような優しい微笑だったことを
 眠っていた千代は当然、気づくことはなかったのだった。

 翌朝…目を覚ました千代はガバリと体を起こした。
「っ俺寝て…!」
 昨夜の記憶がよみがえる。そういえば、エヴァを寝かしつけながら、自分も寝てしまっていたのだ。
 慌ててラセルタがいるであろう隣の部屋に向かう。
「おきたか。昨晩はよく頑張ったな」
 ソファの上には、元気よくミルクを飲んでいるエヴァの姿と、そしてラセルタ。
 その顔には少しつかれが見える。恐らく、自分を気遣って今までずっと世話をしてくれていたのだ。
 笑いかけてくるラセルタの笑顔が、千代にはとても愛おしく、
 申し訳ないけれど…だけど、なんだか幸せで。そしてそれは、ラセルタも同じカンジがして。
 最初に自分たちが言っていた「みんなで幸せな一日」という目標に
 なんだか…近づけた気がして、心がじんわりじんわりと温かくなる感覚がした。
「…お疲れ様、ありがとう…」
 精一杯の感謝の気持ちとともに、千代はそっとエヴァと、そしてラセルタの頭を撫でたのだった。





FIN



依頼結果:成功
MVP
名前:天原 秋乃
呼び名:秋乃、あきのん
  名前:イチカ・ククル
呼び名:イチカ

 

メモリアルピンナップ


エピソード情報

マスター 京月ささや
エピソードの種類 ハピネスエピソード
男性用or女性用 男性のみ
エピソードジャンル ハートフル
エピソードタイプ EX
エピソードモード ノーマル
シンパシー 使用不可
難易度 普通
参加費 1,500ハートコイン
参加人数 5 / 4 ~ 5
報酬 なし
リリース日 03月27日
出発日 04月01日 00:00
予定納品日 04月11日

参加者

会議室

  • [7]蒼崎 海十

    2015/03/31-23:24 

  • [6]蒼崎 海十

    2015/03/31-23:24 

    あらためまして、蒼崎海十です。
    皆さん、宜しくお願いします。

    赤ちゃんの世話は初めてで、苦戦しながらも、プランは何とか…!
    エヴァが少しでも楽しんでくれたら嬉しいです。

  • [5]天原 秋乃

    2015/03/31-01:24 

    天原秋乃だ。みんなよろしくなー!

    (スタンプ可愛い、欲しい!)

  • [4]羽瀬川 千代

    2015/03/30-23:53 

  • [3]信城いつき

    2015/03/30-23:02 

  • [2]フラウダ・トール

    2015/03/30-09:08 

    やあこんにちわ。
    天原君とイチカ君は先日ぶりだね。

    8ヶ月の赤ん坊か。可愛いけれども大変な時期だろうな。
    楽しみだ。

  • [1]蒼崎 海十

    2015/03/30-00:56 


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