おしりあいになった日(白羽瀬 理宇 マスター) 【難易度:簡単】

プロローグ

その出会いは運命の悪戯。
きっかけは街中を吹きぬけた一陣の風。
運命に導かれ、出会うあなたと精霊と……超強力粘着シート。

恥じらいの物語が今、幕を開ける。



春の気配を色濃く感じる、暖かな日の光が降り注ぐ午後。
あなたはタブロス市内の公園を精霊と共に散策していた。
吹き抜ける風はやわらかく花の香りを含み、
膨らみ始めたつぼみが、淡く枝を色づかせて見せる。

「もう春だね……」

あなたは言う。
そうだね、と精霊が返そうとしたその時だ。
コツリと何かが精霊の足先に当たった。

コン、カララララ……。

乾いた音を立てて転がってゆく、小さな茶筒のような青い缶。
そしてそれは排水溝の穴の中に吸い込まれて見えなくなってしまった。

「何だったのかな?今のは」
「さぁ?」

まるでゴミか何かのように遊歩道の端に置かれていた缶。
ざっと見回してみても持ち主らしき者は見当たらないし、
排水溝の中に落ちていってしまったものは、もはや何ともしようがない。

「……まぁ、気にしなくて良いんじゃないかな?」
「そうだね」

まさか、それが悲劇の幕開けになるとは。
その時の2人には知る由も無かった。



しばらく公園内を散策し、
再び、先ほどの缶を蹴飛ばしてしまった辺りに戻ってきたあなた達。
その時だ。
咲きたての花の花びらや、芽吹いたばかりの若葉を巻き込んで
一陣の強い風が公園の中を吹き抜けていった。

「あぁっ!!」

悲痛な悲鳴が上がったのは、あなた達の斜め後方。
掲示板にポスター張りの作業をしていた、公園の用務員の声であった。
困ったように宙に向けられた視線の先には、A4ほどの大きさの白い紙。
それが先程の風で飛ばされたらしく、上空をふわふわと漂っている。

「大変だ!!あの紙は……」

用務員がそう呟いた次の瞬間。

ふわり

風に流された紙が、あなたの後方、腰の下あたりに滑り降りてきた。

「えっ……?」

紙の動きを目で追おうとクルリと身体を回転させるあなた。

「ん?おぉ……?」

同じように、あなたとは反対向きに身体を回転させる精霊。

そして……。

くるりと回ったあなたと精霊。
2人がちょうど背中合わせになった時。
狙い済ましたかのように、紙があなたと精霊の隙間にすべり込み……。

『えええぇぇぇ?!何でそうなるの?!』

叫んだのはあなたか精霊か、それとも用務員か。
飛んできた紙を挟みこむように触れ合ったあなたと精霊が、くっついてしまったのだ。
よりによって、お尻とお尻で。

これが本当の『おしりあい』なんちゃって。

などと冗談を言っている場合ではない。
尻と尻でくっついてしまったあなた達の様子を見た用務員が、慌てて駆け寄ってくる。
そして、あなた達の状況を確認するとこう言った。

「大変だ。今、私が飛ばしてしまった紙は、実はポスターを貼るための特殊粘着素材だったんです」

要するに、超強力で巨大な両面テープのようなシートが
あなたと精霊のお尻の間に入り込み、2つを貼り付けてしまったというのだ。

「ちょっと待っていてくださいね、今、専用の特殊剥がし液を……」

きょろきょろと周囲を見回す用務員。

「あれ?無いぞ?!あの辺に置いておいたはずなのに……」

聞けば作業の間、遊歩道の端に剥がし液の入った容器を置いておいたそうなのだが。

「あの。その入れ物ってまさか……」

イヤ~な予感がして訊ねるあなた。

「はい。小さな茶筒のような形で……そう、色は青です」

そう、先程精霊が蹴っ飛ばして排水溝に落としてしまったあの缶だ。
かくして、予感は現実のものとなった。

「普段なら事務所に予備の剥がし液があるのですが……」

言葉を濁す用務員。
なんと、よりによって今日に限って予備の在庫が尽きているらしい。

「すみませんが、もうしばらくそのままで我慢してくれますか?
 今、大急ぎで剥がし液をメーカーから取り寄せますから……」

解説

●目的
精霊と「おしりあい」のまま3時間ほど過ごしてください。
描写範囲は、お尻とお尻がくっついてしまった時から始まり
剥がし液を使って無事に離れるところまでです。

●おしりあいの状況
神人のお尻と精霊のお尻が、特殊粘着素材でくっついてしまっています。
特殊粘着素材ですので、何をしても外れません。
危ないですので、刃物で着衣を切り裂いたり、服を脱ごうとするのもやめましょう。
(やろうとして諦める、失敗するというプランなら構いません)
身長差のあるペアだと少し大変かもしれませんね。
ティルスさんだと尻尾が気になったり、色々あるかもしれません。
健闘を祈ります。頑張ってください。

●剥がし液
特殊な剥がし液を公園の用務員が調達してくれます。
なお、剥がし液代として300jrをいただきます。

ゲームマスターより

プロローグを読んでくださってありがとうございます。
少しばかりお久しぶりの白羽瀬です。

お尻とお尻がくっついてしまうという、なかなかに恥ずかしい状況ですが
思いっきり楽しんでいただけたらと思います。
よろしくお願いします。

リザルトノベル

◆アクション・プラン

篠宮潤(ヒュリアス)

  「ごめんごめんごめんごめんももももうどうしよう本当にごめん…!」
自分が誰かの迷惑になることを極端に恐れる
パニック

背中に感じる体温に心拍数落ち着き。深呼吸
「うう…ご、ごめん、だ…ヒューリ」
精霊の言葉に少し冷静に
尻尾に痛い思いさせたことへの謝罪に切り替え

息を合わせて人目につかなそうな木陰へ
お言葉に甘え、空気イス状態で相手の背中に体重かけ姿勢保つ
「え…?ほん、と…?」
ヒューリには遠慮しなくていいの?
いや…遠慮、してたつもりはもう無かったんだけど
変わろうとしてたのに、まだまだだなぁ、と苦笑いで反省

●やっと剥がれたら
「い、痛かった、よね…っ」
狼尻尾、なでなでなでなでもふっ←ちゃっかりちょっと気持ちいい


藍玉(セリング)
  相手のお尻下部と接着。身長差で少し相手に引っ張られてる。

(最悪です、少しは仲良くなるべきかと仕方なく一緒に公園散歩してただけなのに…!)

「ちょっと、あんまり引っ張らないで下さいよ」
「は? 女にしては大きい方ですけど! このデカブツ!」

喧嘩勃発。
口だけじゃなくゲシゲシと蹴り。
上手く蹴れない動けないで次第に疲れて息切れ。

「…やめましょう、不毛です」

(不安です、何でこんな人と…でも、ウィンクルムだから知れる事って絶対ありますよね。普段入れない所とか入れるかもしれませんし…)

剥がして貰ったらにっこり笑顔で握手を求める。

「大変でしたね。これからも困難があるでしょうけど、一緒に頑張りましょう」
「はい」



ひろの(ルシエロ=ザガン)
  爪先立ちで足が持つか不安。
「?わかった」何で靴脱ぐんだろう。

「ルシェ。足、汚れるよ?」
ふと、自分も靴の上に乗れば高さが稼げることに気づく。
「私も、靴脱いで。靴の上に、乗る」
差が無くなるから、たぶん楽になる。

「……尻尾」ディアボロには、尻尾あるんだっけ。
足元を見れば、ルシェの尻尾が少し不機嫌そうに揺れてる。
猫とか犬みたい。(じっと見る

巻きつかれて驚く。
バランスを少し崩すも、支えられて倒れず。
ルシェの尻尾と髪の毛に気を付けて、そっと寄りかかる。
(びっくりした)

「嫌って言うか、苦手で。……慣れれば大丈夫、だけど」
家族にも触られるの。あんまり好きじゃ無かったし。

(ルシェと手を握るのは、好きなんだけど)



エメリ(イヴァン)
  綺麗にくっついちゃったね…
でも面白いかも?こんな体験滅多にできないよ

本当に剥がれないのかな?(前に進んでみる
あっ、ごめんね!うん、やっぱり剥がれないかぁ

そうだね、じゃあせーので移動しよっか
でも私達身長が同じくらいでよかったね
歩幅も同じくらいだから移動も楽だもん

ああ、そっか。イヴァンくんはまだまだ伸びるんだよね
若いっていいなぁ
イヴァンくんはどんな大人になるのかな、楽しみだね

でも今のイヴァンくんの背丈だと目が合わせやすくていいよね
別に今のままでも…
ふふ、わかった
見上げる日が来るのを楽しみにしてる

背を伸ばすとなるとカルシウム…、牛乳…、ケーキ!
美味しいお店知ってるよ
剥がれたら食べに行こうね



桜倉 歌菜(月成 羽純)
  羽純くんとの身長差が、今ばかりは憎い
このままだと歩く事も…って、ふあっ!?
は、羽純くん重くない?(恥ずかしいっ)
そ、そっか…良かった

羽純くんの部屋に行くのっ?
このままは辛すぎる…よね
はい、宜しくお願いします

…彼の部屋には一度お邪魔した事があるけど、あの時は一人じゃなかった…緊張
出来れば、こんな形じゃなくお邪魔したかった…!(血涙

座る事も出来ないし、横になるのが楽かもだけど…いいの!?
(羽純くんのベッド!幸せだけど…以下略

渡してくれた本を開いてみるけど、全然内容が頭に入って来ない

何でかな、いざ離れるとなると寂しい気持ち

でも気付いたんです
くっついたままだと羽純くんの顔が見えない
それは嫌だなぁって



●気にしてしまうもの

「なぜこんな事に……」
 宙を仰ぎ、呆然と呟くイヴァン
 その背中ではエメリが一生懸命に、問題の接着部位を覗き込もうとしている。
「本当、綺麗にくっついちゃったね」
 貼り付けられてしまったお尻とお尻。
「でも面白いかも?こんな体験滅多にできないよ」
「これっきりで充分ですから」
 前向きでマイペースなエメリらしい言葉をイヴァンは冷静に一刀両断した。
「本当に剥がれないのかな?」
 疲れたように溜め息を漏らすイヴァンをよそに、エメリはおしりあいのまま前に歩き出そうとする。
「うわっ、急に動かないでください!」
 急に尻を引っ張られ、イヴァンは声を上げた。
「地味に痛いです」
「あっ、ごめんね!」
 慌てて立ち止まり振り返るエメリ。
 エメリの所作により、くっついている場所がまた少し痛んだがイヴァンは黙って耐える。
「うん、やっぱり剥がれないかぁ……」
 とりあえずエメリが諦めてくれたことにイヴァンは安堵した。
 あとは剥がし液の到着を大人しく待つばかりである。

 が……。

「……剥がし液、まだでしょうか……」
 それから間もなく、落ち着かない様子で呟いたのはイヴァンであった。
 その理由は……
「端に移動しませんか?さすがに人にこの状況を見られると恥ずかしいので」
 犬を連れた通りすがりの女性の視線を受けて、バツが悪そうに目を逸らしながら言うイヴァン。
 反対側からやってきたランニング中の男性の視線に、にっこりと笑い返しながらエメリが答える。
「そうだね、じゃあせーので移動しよっか」
 せーの。いちに、いちに、いちに……。
 背中合わせのまま、カニ歩きの要領で横の芝生のスペースへと移動した二人。
 ここまで来れば、背中で寄りかかり合っている二人に見えないこともない。
「でも私達身長が同じくらいでよかったね。歩幅も同じくらいだから移動も楽だもん」
 こんな時でもいい面を見つけてくるエメリ。
 少し気持ちが和らいだエヴァンだったが、ふと別の事が気になり眉を寄せた。
「……まあ、確かに同じくらいですが」
 同じくらいというか……実は、イヴァンのほうが少し低い。
 その差は僅かなのだが、それでも気になってしまうのが男心というものだ。
「まだ僕は伸びる、はず。なので」
 負け惜しみと聞こえなくもない言葉だったが、エメリはそうは受け取らなかったようだ。
「ああ、そっか。イヴァンくんはまだまだ伸びるんだよね。若いっていいなぁ」
 素直に若さをうらやむ声。
「イヴァンくんはどんな大人になるのかな、楽しみだね」
「いや、エメリさんも充分若いでしょう……」
 確かにエメリの方が年上だが、そんな風に言われる程には年は離れていない。
「今のイヴァンくんの背丈だと目が合わせやすくていいよね。別に今のままでも……」
「確かに目は合わせ易いし首も疲れませんが。僕だって男ですから……」
 エメリが言いかけた言葉を遮るイヴァン。
「年の差があるにしろエメリさんよりは高く、なりたいです」
 そう言い切った直後。イヴァンは自分の言葉の意味に気づいて、さっと頬を朱に染めた。
 『背が高くなりたい』ならともかく『エメリより高くなりたい』というのは、
 ある意味、エメリを女性として意識していると暴露しているようなものだ。
 だがエメリは、イヴァンのそんな胸の内には気づいた様子もなく、ふふっと笑った。
「わかった。見上げる日が来るのを楽しみにしてる」
 二人の間を吹き抜けてゆく、やわらかな風。
「背を伸ばすとなるとカルシウム……牛乳……。……ケーキ!」
「何ですか、その縦じゃなくて横に伸びそうな連想は」
「美味しいお店知ってるよ。剥がれたら食べに行こうね」
 背中合わせのエメリの表情は見えないが、きっといつものように楽しそうに笑っているのだろう。
 エメリらしい発想に半ば呆れつつも、イヴァンの口元には自然と笑みが浮かんでいた。
 青い缶を手にした用務員が「お待たせしましたー!!」と駆けてくるまで、あと少し。
 触れ合うエメリの背中は、春の日の太陽のようだとイヴァンは思った。



●背中合わせの鏡

(最悪です……)
(最悪~)
 その瞬間、二人の心の声は見事にハモっていた。
 普段は表情に乏しい藍玉が、眉間に皺を寄せて思う。
(最悪です。少しは仲良くなるべきかと、仕方なく一緒に公園散歩してただけなのに……!)
 ダルそうな表情のセリングが、ダルそうに溜め息をつきながら思う。
(最悪~、ずっと険悪もどうかと思って散歩に付き合っただけなのに~)
 要するにお互い歩み寄るために出てきたはずだったのだが……。
「ちょっと、あんまり引っ張らないで下さいよ」
 張り付いた部分を強く上に引っ張られる不快さに、刺々しい声を上げる藍玉。
「はぁ? 引っ張ってねぇよ、あんたがチビなだけじゃん」
 下ろせなくなった尻尾を不快そうに揺らしながら返すセリングの声も、これまた棘を多分に含んでいる。
「は?私は女にしては大きい方ですけど!このデカブツ!」
「オレよりは小さいけどね!このチビ!」
 当初の目的を銀河のはるか彼方に投げ飛ばす、売り言葉に買い言葉。
 いばらの植え込みのような言い争いは、程なくして武力行使へと移行する。
「……!」
 無言のまま、セリングを蹴ろうとする藍玉。
「っざけんなっ!蹴るんじゃねぇ、このじゃじゃ馬」
 藍玉に肘鉄をかまそうとするセリング。
 ゲシゲシガシガシ!ゲシガシゲシガシ……。
 通りすがりの散歩中の老夫婦が二人を見て呟く。
「何でしょうねぇ……。あれは新しい運動法かしら?」
「若者の考えることは色々と面白いねぇ」
 ゲシゲシガシガシ。

 やがて、思うように動けない状態での蹴りに疲れて藍玉は足を止めた。
「……やめましょう、不毛です」
 肩で息をしつつ休戦を申し出る藍玉。
「うん……」
 この女の申し出を飲むのは気に障ったが、暴れ続けるのもバカらしくなってセリングは頷く。

 おしりあいのまま、爪先立ちの苦しい姿勢に耐えながら藍玉は思った。
(不安です。何でこんな人と組まなくてはいけないんでしょう)
 おしりあいのまま、中腰の苦しい姿勢に耐えながらセリングは思った。
(ないわ~、何でこんなのと組まなくちゃならねぇんだよ)
 汗ばんだ二人の頬を、春先の爽やかな風が宥めるように撫でてゆく。
(でも……ウィンクルムだから知れる事って絶対ありますよね。普段入れない所とか入れるかもしれませんし)
 禁断の地とか秘境とか、そういう場所に赴く任務もきっとあるに違いないと、藍玉はほくそ笑んだ。
(でも……ウィンクルムは美味いもの食える機会増えるって聞いたんだよね。お礼でお菓子とかあるかもだし)
 ウィンクルムは英雄だから、
 普段では食べられないものをご馳走してもらえる機会もきっとあるに違いないと、セリングはほくそ笑んだ。
 『チェンジで』と訴えてみたものの、神人と精霊の適合は変えようがないのだ。
(仕方ありませんね。少し我慢しましょう)
(仕方ねぇな。ちっとは我慢してやるか)

 やがて公園の用務員が剥がし液の入った缶を持ってきて、二人は無事に解放された。

 ずっと背伸びをしていたため、疲労の溜まった足を曲げながら藍玉は言う。
「今回は本当に大変でしたね」
 ずっと腰を屈めていたため、疲労の溜まった足を伸ばしながらセリングは言う。
「本当、大変だったな」
 改めてセリングを振り仰いだ藍玉が、社交辞令用の笑みを浮かべて握手の手を差し出した。
「これからも困難があるでしょうけど、一緒に頑張りましょう」
 嫌いな相手に見せる明確な表情のうち、最上級の笑顔を選んでセリングは藍玉の手を握り返す。
「うん、二人一緒ならきっと大丈夫だよ~、よろしく~」
「はい」
 一見和やかな和解の握手。
 だがその実情は、互いが互いの手を握りつぶそうとするかのような敵意に塗れたものだった。
 敵意と打算。
 いがみ合っていても、やってる事も考えている事も結局は同じ。
 二人がその事実に気づき、受け入れられるのがいつになるかは、まだ誰も知らない。



●胸の高鳴りよりも

 その差22cm。おしりあいとなってしまった場所を上に引っ張られつつ、
 桜倉 歌菜は自分とパートナーの身長差を静かに恨んでいた。
 一方、不自然な中腰を強いられた月成 羽純。
 このままでは歩くこともままならないばかりか、確実に腰に負担が掛かると判断すると、
 まずは問題の身長差を無きものにすることにした。
「歌菜、少し我慢しろ」
 宣言するや歌菜の腕を取り、ペアストレッチの要領で背中合わせのまま歌菜を持ち上げたのだ。
「このままだと歩く事も……って、ふあっ!?」
 悲嘆に暮れていた歌菜は、突然浮き上がった己の身体に小さく悲鳴を上げる。
「は、羽純くん重くない?」
 羽純の上に担ぎ上げられたという事実と、
 自らの体重がダイレクトに相手に伝わっているであろうという事実に恥ずかしげに訊ねる歌菜。
 そんな歌菜を安心させるように軽く笑いを漏らし、羽純は事も無げに言った。
「これで歩ける」
「そ、そっか……良かった」

 だがそこにもう一つの問題が浮上する。
「時間が掛かりそうだし、どう時間を潰すか……」
 この姿勢のまま待つのはお互いに辛すぎるだろう。
「近くに俺の家があるが……」
 公園に居る今ですら、通りすがりの人々が少し奇妙な姿勢の二人に好奇の目を向けてくるのだ。
 公園外を移動するのは人目を引きすぎる。
 その時だ。
「お昼寝、気持ち良さそうですねー」
 呑気に呟いた歌菜の視線の先にあるもの、
 それは噴水を囲む芝生の上で、寄り添って寝転がっているカップルの姿だった。
「あれだ。あそこに行こう」
「このまま、あそこまで歩くの?」
 羽純の言葉に少し驚く歌菜。だが、すぐに羽純の狙いも理解した。
「はい、宜しくお願いします」

 噴水脇の芝生の上に歌菜を下ろし、ゆっくりと身体を横にする。
 こうしてしまうと、背中同士で寄り添って寝転んでいるカップルに見えるのだろう、
 周囲から奇妙な顔をされることもなくなり、歌菜と羽純はほっと一息をついた。
 ……が、姿勢も楽になって気持ちに余裕が生まれると、新たなことが気になり始める。
(こんな気持ちの良い場所で二人でゆっくりできるなんて……出来れば、こんな形じゃなく来たかった!)
 吹き抜ける暖かい風、噴水の水音、芝生の香り。
(寄り添って横になれるなんて、幸せだけどぉっっ!!)
 おしりあいなんかじゃない時にこの幸せを味わいたかったと、歌菜は一人密かに血の涙を流す。
 そんな歌菜の背中で身じろぎをする羽純。
「本でも読んで時間を潰す事にしよう」
 傍らに置いたカバンから本と雑誌を取り出すと、片方を歌菜の方へと差し出した。
「あ、ありがとう……」
「TVがあればもっと良かったんだけどな」
 声音も態度も、全くもって平静そのものに見える羽純。
 しかし、心中は穏やかとは対極の状態であった。
 背中越しに伝わる歌菜の体温、腰周りの丸み、焦りからか少し汗ばんでいるらしい髪の匂い。
(……何かしていないと、どうしても気になる)
 雑誌を開いてみたものの、よりによってそのページはちょっとムフフな恋愛特集だったりして。
(だめだ、全然頭に入ってこない)
 一方歌菜も、羽純が普段読んでいる本がどんなものなのかと、渡された本を開いてみたものの、
 やはり気になるのは、羽純の体温や、呼吸に合わせて動く引き締まった背中。
(全然内容が頭に入って来なーい)
 おしりあいの時間はまだまだ続く。

 やがて用務員が特殊剥がし液を手に二人の元へとやってくる。
 そうして無事に身体の自由を得る二人。
 風に触れ、冷たさを感じる背中に歌菜は思う。
(何でかな、いざ離れるとなると寂しい気持ち……)
 そんな思いが顔に出ていたのだろう、羽純が少し心配そうに歌菜の顔を覗きこんでくる。
 その顔を見て、歌菜ははっとした。
「くっついたままだと羽純くんの顔が見えない。それは嫌だなぁ」
「そうだな」
 そう言って笑う歌菜の髪をくしゃりと撫でる羽純。
「歌菜の百面相が見れた方が面白い」
 やっぱり、顔が見えるのが一番だ。



●触れてみたいもの

「こうも滑稽な姿を晒す破目になるとは……」
 ルシエロ=ザガンは己の形の良い眉が寄っているのを自覚しつつ、そう呟いた。
 その背中では最上ひろのが、爪先立った自分の足に目を落としている。
 この姿勢のまま、耐えることはできるのだろうか?
 考えれば考えるほど不安になって、ひろのはルシエロの様子を伺い見た。
「……」
 少し乱暴な仕草で前髪をかき上げつつ溜め息を吐き出すルシエロ。
 その一呼吸で気分を切り替えたのだろう、ルシエロの気配に含まれていたトゲが大幅に目減りする。
「靴を脱ぐ。少し動くぞ」
「?わかった」
 突然の言葉にひろのはそう答えたが、首が右に傾いているのは状況が理解できていない証拠だ。
 そんなひろのの様子を感じつつも、黙ってブーツを脱ぐルシエロ。
「あ……」
 そして起こった変化に、ひろのが小さく声を上げた。
 カジュアルブーツとはいえ、ルシエロが履いていたのは冬用のしっかりとした作りのブーツだ。
 それを脱いだことにより、ルシエロの腰の高さが少し下がったのだ。
 相変わらず爪先立ってはいるものの、先程よりは幾分余裕のある姿勢となったひろの。
 その余裕が相手を気遣う言葉になる。
「ルシェ。足、汚れるよ?」
「汚れるのは仕方がない」
 なんでもない事のようにルシエロはそう返した。
「私も、靴脱いで。靴の上に、乗る」
 元々、足の下に靴底があるのだがら大した違いにはならないが
 自分も靴の上に乗れば、僅かではあるものの高さが稼げることに気づき、ひろのはそう言う。
 だがルシエロは「もう少し待ってくれ」と首を振った。
「先にあそこに立ってからだ」
 ルシエロの視線の先にあるのは、高さ15cmほどのブロックに囲まれた花壇。
 身長差を完全に埋めるには物足りないが、そこに靴底の効果も加わればだいぶ楽に過ごせるだろう。

 二人で何とか花壇まで移動してからしばし。
(マシになったが、剥がし液はいつ届くんだ)
 おしりあいになった部位に、長いワインレッドの髪と黒い尾を巻き込まれてしまっているルシエロは、少々苛立たしげに尾の先を揺らした。
「オレの髪と尾が痛む」
「……尻尾」
 その言葉に反応し、足元へと視線を落とすひろの。
 二人の足の間で葡萄の葉のような形をした尾の先端がゆらりゆらりと揺れている。
 それが感情に呼応して動く様は、まるで……。
(猫とか犬みたい)
 ひろのがそんな風に思った時だった。
「気になるのか」
 ひろのの視線に気づいたルシエロが不意にそのしなやかな尾をひろのの足に巻きつけたのだ。
 ルシエロとしては苛立ちを紛らわすのも兼ねた何気ない行動のつもりだったが、ひろのにとっては予想外の行動だったらしい。
「……!」
 驚きに身を竦ませた拍子、
 狭いブロックの上で靴の上に乗っているという不安定な足場も災いして、少しバランスを崩してしまう。
 そんなひろのを、足に巻きつけたままの尾で器用に支えるルシエロ。
 髪と尻尾が引っ張られて痛んだが、自業自得だと自分に溜息をついた。

 一呼吸置き、互いに落ち着きを取り戻した後。
 ルシエロはふと思いついた問いを、ひろのに向けた。
「前々から思っていたが、触られるのが嫌なのか?」
「嫌って言うか、苦手で。……慣れれば大丈夫、だけど」
 家族にも触られるのはあまり好きでは無かったと続けるひろの。
「苦手、ね……」
 そう呟いてルシエロは、ひろのの足に巻きつけたままの尾の先で、宥めるようにひろのの足を軽く叩いた。
 慣れれば平気だと言うのなら慣らすしかない。
 これからも折りにふれてひろのに接触する機会を増やそうと目論みながら、ルシエロはひろのの足から尾を離す。
 離れてゆく尾を見送るひろの。
(ルシェと手を握るのは、好きなんだけど)
 これが足と尾ではなく、手と手だったなら。
 無事におしりあいが離れたら、少しだけルシェの手に触れてみたい……。
 ひろののそんな気持ちは果たしてルシエロに届くのだろうか。



●手懐けたい狼

「ごめんごめんごめんごめんももももうどうしよう本当にごめん……!」
 パニックに陥り、壊れたレコーダーのように「ごめん」を繰り返す篠宮潤。
 しかしヒュリアスにとっては不幸な事に、潤は機械ではない。生身の人間だ。
 剥がそうとしてみたり、問題の部位を覗き込もうとしたりと潤は動きまわる。
 二人の間に、ヒュリアスの大事な尻尾が挟まれてしまっている事にも気づかずに。
 結果。
「っっっ」
 痛い。
 地味に痛い。
 相当痛い。
 だがそれを口にしてしまえば、誰かの迷惑になることを極端に恐れる潤が気にしてしまう。
 代わりにヒュリアスが取ったのは。
「っ……落ち着け。ウルのせいではない」
 潤の両手を後ろ手に掴んで、自分の方へと引き寄せるという力技だった。
「えっ?うわわ……」
 引かれた手で背中合わせにヒュリアスの身体に拘束されて、小さく声を上げる潤。
 そんな潤にヒュリアスがもう一度言った。
「落ち着け。ウルのせいではない」
 静かなヒュリアスの声が、沸き立った鍋に差し水をするように潤の思考回路を落ち着かせる。
 背中越しに感じる体温と息遣い。それらは潤を拒否していない。
 落ち着きを取り戻した潤がヒュリアスの背中で深呼吸をする。
「うう……ご、ごめん、だ……ヒューリ。尻尾……」
 潤の口から出てきたのは相変わらず謝罪の言葉だったが、
 その内容は反射的に口にしたものではなく
 自分がパニックを起こしたことで、ヒュリアスの尻尾に痛い思いをさせたことに変わっている。
 潤がヒュリアスの体温を感じて落ち着いたのは、ただの偶然ではあったが
 とりあえず最初の問題は突破したらしい事実に、ヒュリアスは小さく溜め息を漏らした。

 軽い中腰のヒュリアスと爪先立ちの潤。
 小声で号令をかけつつ、二人はカニ歩きで人目につかなそうな木陰へと移動した。
「ちょっと動くぞ」
 潤を気遣いつつ地面に片膝をついてしゃがみ込むヒュリアス。
「キツイ態勢ならこちらへ体重かけて良い」
「あ、ありがとう、だ」
 爪先立ちに疲れた足を休めるため、潤は空気イスのような姿勢でヒュリアスに体重を預けた。
 人工的な木立が公園にいる人々の気配を遠ざけ、二人のまわりに静けさが落ちる。
 普段であれば落ち着ける環境なのかもしれないが、
 剥がし液を心待ちにする今は、どことなく居心地が悪くて、二人は他愛もない雑談を続けていた。
「今朝は何を食べたんだ?」
「め、目玉焼き、だよ。ヒューリ、は?」
「何も食べてない」
 そんな中、ヒュリアスは前々から伝えたいと思っていた事をふと口にしてみた。
「何に怯えているのか知らんが……俺がウルを嫌うことは早々無い。遠慮はいらんのだよ」
「え……?ほん、と……?」
「あぁ」
 本当は……、とヒュリアスは思う。
 いつまでも遠慮ばかりの潤を見限ろうとしていた時期があった。
 潤の事が分かってきた今では、心から「嫌いになることはない」と思うことができるが、
 当時の事は、今もヒュリアスの心の中に棘のように引っかかる罪悪感となっている。
「ヒューリには遠慮しなくていいの?いや……遠慮、してたつもりはもう無かったんだけど」
 だからこそ今だって、ヒュリアスの言葉に甘えてこうして体重を預けさせてもらっているのだが。
 それでも、心の根底に残るものを見抜かれていた事実に潤は苦笑いを浮かべた。
(変わろうとしてたのに、まだまだだなぁ)
 内省はあれど、自己否定がそこにないのは、潤とヒュリアスが築いてきた時間が為せるものなのだろう。

 やがて用務員が剥がし液を手にやってきて、二人は晴れて自由の身となった。
「い、痛かった、よね……っ」
 挟まれて揉まれた挙句に、粘着シートを引っぺがされたためヒュリアスの尾の毛並みが少し乱れている。
 それを手で整えつつ、ちゃっかりと心地良い手触りを堪能している潤。
「……」
 何と言うのだろうか、背筋がぞくりとするような、こそばゆいような。
 潤に尻尾を撫でられることでヒュリアスは大変微妙に微妙な気分になるのだが……。
(これも遠慮の抜けてきた証かね)
 ならば為すがままになるより他はない。頑張れヒュリアス。




依頼結果:成功
MVP

メモリアルピンナップ


エピソード情報

マスター 白羽瀬 理宇
エピソードの種類 ハピネスエピソード
男性用or女性用 女性のみ
エピソードジャンル コメディ
エピソードタイプ ショート
エピソードモード ノーマル
シンパシー 使用不可
難易度 簡単
参加費 1,000ハートコイン
参加人数 5 / 3 ~ 5
報酬 なし
リリース日 03月15日
出発日 03月21日 00:00
予定納品日 03月31日

参加者

会議室

  • [9]桜倉 歌菜

    2015/03/20-23:52 

  • [8]桜倉 歌菜

    2015/03/20-23:52 

  • [7]エメリ

    2015/03/20-01:12 

    エメリです。
    パートナーのイヴァンくんともどもよろしくね。

    なんかすごい事になっちゃったね。
    でも、滅多に経験できる事じゃないし何だか面白そうかも。

  • [6]篠宮潤

    2015/03/19-01:01 

  • [5]篠宮潤

    2015/03/19-01:01 

    篠宮潤(しのみや うる)と、パートナーはヒュリアス、だよ。

    桜倉さ、ん、ひろのさん、とてもお久しぶり、だ。
    藍玉さん、エメリさ、ん、初めまして。

    …………僕、ヒューリに怒られる、か、嫌われた、ら……っ(がくぶるがくぶる)
    (状況にパニクり一方的に怯えまくっているらしい)
    (『俺は鬼かね……』と精霊こっそり心中)

  • [4]桜倉 歌菜

    2015/03/19-00:46 

    桜倉歌菜と申します。パートナーは羽純くんです。
    皆様、宜しくお願い致します!

    恥ずかしくて死にそうですが、何とかやり過ごさないと…!
    が、がんばりますっ(拳ぐっ

    一緒に頑張りましょうねっ

  • [3]桜倉 歌菜

    2015/03/19-00:46 

  • [2]藍玉

    2015/03/18-23:59 

    初めまして、藍玉といいます。
    なんだか大変な事になりましたね。
    私もですけど、皆さん頑張りましょう。
    よろしくお願い致します。

  • [1]ひろの

    2015/03/18-07:31 


PAGE TOP