荊の褥(錘里 マスター) 【難易度:簡単】

プロローグ

 伸ばした指を、ちくりと鋭い針が刺す。
 ぷくりと指先を彩り、ぽたり、滴った鮮血に、じわり、白の薔薇が色を変える。
 染み込むように赤く変わる薔薇を見つめ、妖精はふうわりと微笑んだ。

 ショコランドのとある場所に、荊の褥があると言う。
 単語だけを拾えば、どこか眉を顰めたくなりそうなものだが、話を持ち込んできた妖精はころり、鈴を鳴らしたような声で笑う。
「その名の通り、眠るためのものなんですけどね、薔薇の花の形をしているんです」
 優美に広がる花弁に包まれて、伸びる荊に守られて。眠る姿はまるで御伽噺のお姫様のよう。
 ……男性諸氏を前にして言う台詞でもないが。
 悪戯気に微笑んで、妖精は続ける。
「この褥はね、初めは真っ白な薔薇なんです。ですが、眠る人の血を吸い込んで、赤く赤く染まるんです」
 それがまた美しくて。うっとりとした顔をする妖精が語るのは、やはり、言葉尻だけを捉えると曰くありげな響きである。
 妖精としても、説明をする度に同じ顔をされるのだろう。慣れた様子である。
「白薔薇は、貴方の血の記憶を染み込ませながら、貴方にとても幸せな夢を見せるんです」
 それは空想ではない、記憶の物語。
 眠りに落ちる物の幸せな記憶を、花は知り、見せる。

 例えば、昨日あった楽しい出来事。
 例えば、子供の頃の懐かしい思い出。
 例えば、今は覚えていない昔の事。

「見たくないと思う夢は見れないんですけどね。御伽噺もそうでしょう。魘されることなんてなく、お姫様は眠るんです」
 閉ざされた記憶を穿り返すような無粋はしない。
 ただ、それを望むならば、見る事が出来るかもしれないけれど。
 如何ですかと妖精は小首をかしげる。
「せめて夢の中でくらい、幸福に」
 昏い顔で笑ってから、幸せな記憶のある現実も幸せなんですよ。と、ころり、また妖精は微笑んだ。

解説

●やる事
幸せな過去を夢に見ながら眠って下さい
近い事でも遠い事でも覚えている事でもいない事でもご自由に
ただし悪夢は見れません。魘されるような事態は避けるため、内容を勝手に捏造します

パートナー以外の特定の人物を指定して頂いて構いませんが、
あまり詳しくするよりは名前と関係性、過去にどういう幸せな時間を過ごしたのかなど、
あっさり目に留めておく事をお勧めします
パートナーとの思い出を見る場合、参照してほしいエピがあれば数字で明記ください
詳細描写はありませんが、「この時の夢を見ている」という前提として参照します

夢を中心にして頂いても構いませんし、
起きてからこんな夢を見たよというやり取りを中心にして頂いても構いません

●消費ジェール
お一人様300jr頂戴いたします
なお、花は一人用なので、二人で同じ夢を見るようなことはできません
また、二人とも眠らなくても良いです。寝顔を見て楽しむのもありだと思います
ただし周囲には荊がありますので、お怪我をなさらないようそっと動いてください

●余談
薔薇に染み込ませる血は一滴で大丈夫です
寝相が酷くても落ちるようなことはありませんのでご安心を

ゲームマスターより

女性側との温度差?知らないなぁ
テーマは同じですよ。

プランの期間が若干長くなっております事を、予めご了承くださいませ。

リザルトノベル

◆アクション・プラン

信城いつき(レーゲン)

  この前の占いの時から、ぼんやり景色が見える
白い犬が見えるけど、どうして不安になるんだろう…

【夢】
一人称 僕。
普段はおどおど、マシロにだけははにかんだような笑顔になる

レーゲンと出会う前のクリスマスイブ
貧しくてケーキもごちそうも無いけど、マシロと一緒

マシロ用の靴下に犬用おもちゃを入れて眠る
(自分用には何も無し)

夜中に目を覚ますと、マシロがお気に入りの骨をいつき靴下に入れようとしてる
サンタさんがいたよ(くすくす)
一人と一匹寄り添ってベッドにもぐりこむ。
マシロがいるから寒くも寂しくもないよ。ずっとそばにいてね

【現実】
レーゲンが心配そうにのぞき込んでる
白い犬と一緒だったんだ。優しい犬だったよ(笑顔)



鹿鳴館・リュウ・凛玖義(琥珀・アンブラー)
  幸せな過去ねぇ。まあいいや、お昼寝だと思って寝よう。
けど、これじゃあ眠りの森のおじさんみたいだなぁ。

そういえば話してなかったね
見た夢はギャング団で工作員をしていた頃。
僕ら、卑怯な事しては相手に喧嘩を仕掛けていたんだ。

あの時は、挑発してまで相手を打ち負かす事が
自分達の格上げだと思ってたんだ。
僕は腕力は弱かったから、殴られるのは日常茶飯事。
その度にお酒飲んで仲間に絡んだり、
次はどうやって騙そうか考えたりしてね、本当懲りなかった

「琥珀ちゃん、わかったよ」
あの時も今も僕の幸せは、近くにあったから。
ん?意味わからない?
そう思いつつもニヤニヤしながら琥珀ちゃんを見る。
大丈夫、もう少し大人になればわかるから


ハーケイン(シルフェレド)
  ◆心境
【わすれておしまい】
【繋いだ手で見るその過去は】
で精神的にナーバスかつ疲労気味

所詮過去、所詮夢……だがそれが欲しい時もある
魘されず見られるなら夢でもいい

◆夢
大きな手で撫でられる
路頭に迷っていた俺を拾い上げてくれた大きな手
彼が纏う不思議な香りが心地いい

頬を撫でながら今日は一緒に料理をしようかと
低く豊かな声の誘いに頷く

この人は俺になんでも教えてくれる
読み書き、武器の扱い、絵や音楽
暖かな人の温もり、与えられる幸福

もう戻れない
夢が終わればこの安らぎも……

……シルフェレド、貴様何をしてた
俺がこうなったのは貴様のせいだと言うのに!
クッ、ここでは騒げん!
シルフェレド、さっさと帰るぞ



胡白眼(ジェフリー・ブラックモア)
  いかつい姫で大変申し訳ない…

褥が見せてくれるのは子供時代の故郷の夏
俺たちはなだらかな丘の上でそれを眺める

白雲の漂う青空
彼方まで広がる草原
包のそばでくつろぐ人々
寄り集まった家畜の群れ

一陣の風を合図に、俺たちは走り出す

名もない君に会いたかった
俺がはじめて手懐けた牝馬
背を許してくれた馬は他にも居たが
君と共に見る世界は、そのどれよりも鮮やかだった

さあ、草原を渡る風と競争しよう
途切れることのない緑をどこまでもゆこう

目覚めた後は、精霊さんに故郷の話をぽつぽつと
…ええ、遠いです。生きてる内には辿り着けない程に

精霊さんの心遣いは素直に嬉しい。けれど…
今は俺の血肉となった君の瞳に
あの狭い街はどう映るのだろうか



ローランド・ホデア(リーリェン・ラウ)
  見る夢はリーリェンに初めて逢った日
一年もたってない、ついこないだだな

リェンはスラムで親に捨てられ生計を立てるために
金を積まれれば誰の味方でもする喧嘩屋として生きていた
俺は借金を取り立てに歩いていた路地で、
瓦礫と倒した人の山の上に立つ返り血まみれのリェンを見た
後で知ったが、喧嘩屋として、とあるグループにカチコミかけた後だったらしい
太陽を背にした金髪が靡いて輝いて、美しかった
天使だ
思わず近寄ったら、怒涛の勢いで山を駆け下りて俺の胸ぐら掴んで
「まだやんのか、コラァ!」
瞬間、目があって俺は恋に落ちたんだと思う
殴られて気絶したが、その時俺は決めたんだ
この天使をどんな手を使ってでも手に入れる、と



●わすれようのない、きおく
 薔薇の花弁に包まれるようにして横たわった信城いつきは、覆う荊の向こうに、ぼんやりとした景色を見ていた。
 それは先日、彷徨えるバザー・イドラの占い部屋で垣間見た、何か。
 あの時は酷い頭痛に苛まれたけれど、ぼんやりとした物を見ているだけならば、痛むことはない。
 だけれど、いつきは不安を覚えていた。
 それは漠然とした感情であり、何故だか、どこかで覚えのあるような感情。
(あぁ、また……)
 白い犬が見える。
 ぼんやりとしたそれが掻き消えるのを待ってから、いつきはゆるり、夢に落ちた。

 いつきがまだ幼い頃。傍らには大きな白い犬がいた。
 おどおどとして俯き気味の少年だったいつきの頬を、ぺろりと犬が舐めれば、わ、と小さな声を上げたいつきは、はにかんだような笑顔を向けた。
 世間は冬の祭典、クリスマスに浮かれていた。
 けれどいつきは貧しい生活の中で、皆が買い求めるようなケーキもご馳走もない。
 それでも、『彼』と一緒ならそれで十分だった。
 身を寄せ合って眠る夜。いつきは『彼』のために用意した靴下に犬用のおもちゃを入れて薄い布団に潜りこむ。
 自分の分なんて要らない。『彼』が一緒に遊んでくれるから。
 ところが、夜中に物音がして目を覚ましてみると、枕元でごそごそとしている影。
「マシロ……?」
 問うたいつきの声に、ぴくりと反応して振り返った『彼』の口元には、お気に入りの骨。
 それを、いつきの靴下に押し込もうとしている所だった。
 『彼』のそんな行動を見て、いつきはくすくすと微笑ましげに笑うと、ぎゅ、と白い体を抱きしめる。
「サンタさんがいたよ」
 一人と一匹で、寄り添って潜りこんだベッドは、狭いけど、暖かかった。
「マシロが居るから寒くも寂しくもないよ。ずっと傍に居てね」
 幸せそうに微笑むいつきに、『彼』は一つ啼いて、応えてくれた。

 幸せな夢を見るいつきの傍で、レーゲンは複雑な心地で見守っていた。
 占いの時から、いつきの記憶が戻りかかっている節がある。
 酷い頭痛に苛まれたくらいなのだ。無理に思い出すことをして欲しくはないし、そうしなくて良いとは言ったが、いつきはどこか焦りにも似た物を滲ませている。
 黒いキャンバスに描いた白い犬。飲み込まれていくそれに覚えた不安を、引き摺っているのだろう。
 過去に繋がる物を、見せたいとは思わなかった。
 けれど、いつきの大切な友人であった白い犬の事を怯えさせたくはない。
「……せめて、幸せな夢を見てね」
 しなる荊を避けて、いつきの頬へ、庇うように手を添えて。レーゲンはただ静かに、いつきの眠りを見守っていた。

 暫く立った後、ふわりと目を覚ましたいつきが見つけたのは、心配そうに覗き込んでくるレーゲンの顔。
 荊の褥の話を聞いた時から、どこか不安げな顔をしていたレーゲンを安心させるように、いつきは柔らかく微笑んだ。
「おはよ、レーゲン」
 ぼんやりとした様子のいつきは、夢と現を……現代と過去を、行ったり来たりしているようで。
 ふわふわとした心地で、レーゲンを見つめている。
「白い犬と一緒だったんだ。優しい犬だったよ」
 あぁ、やはり、『彼』の夢を見たのか。
 『彼』の夢を見て、いつきは幸せそうに笑うのだ。
「そう……良かったね」
 もう少し、夢の続きを見ておいで。促すように頭を撫でれば、いつきはぼんやりとしていた瞳を再び伏せる。
 見つめ、伏せた瞳の上に手を翳したレーゲンは、かすかに唇を噛み締めてから、切ない顔で微笑んだ。
 他人が何と言おうと、彼らの時間は幸せな物だった。
 だけれど、白い犬は、もういない。
 いつきの幸せな時間は、もう戻らない。
「必ず、いつきを幸せにするから……」
 記憶を失くす前も、後も、自分を好きだと言ってくれたいつきを、必ず。
 真白な犬へ。レーゲンは静かに、誓いを捧げるのであった。

●こみあげる、しふく
 荊と薔薇に覆われながら眠るローランド・ホデアを、リーリェン・ラウは煙草の煙を燻らせながら見つめていた。
 ローランドが眠る間に、薔薇の褥は彼の血を吸ってじわりと赤く染まっていく。
「……意外と少女趣味なのな、ゴシュジンサマ」
 端まで赤く染まった花弁を指先で軽く摘まんで、リーリェンはぽつり、呟いた。
「何の夢を見ているんだか」
 小さな姿で飛び回る妖精は、幸せな記憶の夢しか見られないと言った。
 つまりはローランドも、幸せな記憶を思い起こしている最中という事だろう。
 もしも自分が寝ていたら。一瞬思ったリーリェンだったが、すぐに掻き消すように頭を振る。
 幸せな時期なんてものは無かったのだから、何を見る事も無かっただろう。
 なにせ、今までの人生は面白くはあったが、実に荒んでいたのだ。
 去年辺りが特に酷かった。何をやっても金をせびり取られるばかりの借金苦。
 ナカミの一つでも取られる覚悟を決めかけていた所へ、ローランドがリーリェンの人生丸ごと買い取ったのだ。
「ホント、ロゥは命の恩人だわ」
 初対面で殴った覚えがあるが、許されているのだから良いだろう。うん。
 ローランドに飼いとられ、しまいにウィンクルムとしての契約まで結んでしまった今は、今までの人生で一番安定していると言っても良い。
 もしかしたら今が幸せ、という奴なのかもしれない。
 自分も十分少女趣味だろうか。思いながら、ちらり、横目にローランドを見やる。
 真っ赤な薔薇に、白い肌のローランドは異様にキマっていた。
「……綺麗な姫様……」
 ぽつり。零れた台詞。
 ぷかり、煙草の煙がゆっくりと立ち上るだけの間をあけてから、リーリェンは真顔になった。
(ハァ!? 何言ってんだ俺!?)
 慌てて振り返ったが、ローランドは変わらずすやすやと眠っている。
「ま、まぁいいや、ロゥには聞こえてねーだろ。セーフセーフ」
 おかしなことを言ってしまった。慌てるリーリェンの口元で煙草がみるみる短くなっていた。

 そんなリーリェンの様子など露知らず。ローランドは夢の内側に居た。
 それはほんの一年……もう少し最近の話。
 ローランドは消費者金融の社員として貸した金の回収に出ていた。
 薄暗いスラムの路地。整っているとは言い難いその場所を歩くスーツ姿はそれなりに不釣り合いだった。
 遠巻きに見られているのをそれとなく認識しながら曲がった角の先。ローランドが見たのは、瓦礫と、倒れた人で出来た山の上に立つ一人のテイルス。
 血塗れ――それが返り血だとはすぐに悟れた――のテイルスは、太陽を背に佇んでいた。
 靡く金髪は、血に塗れてもなお、きらきらと輝いて見えて、美しかった。
 天使だ――。
 ローランドの直感が、そう告げた。
 魅せられたかのように、ふらり、歩み寄ったローランドの影を見つけて、テイルスは、きっ、と鋭い眼光でローランドを睨み据えると、怒涛の勢いで山を駆け下りてきた。
 胸ぐらを掴まれる感覚。ぐいと引き寄せられて詰められた距離。
「まだやんのか、コラァ!」
 怒声が耳朶を劈いて、同時に天使の拳が顔にめり込んだ。
 ローランドの意識は、現実でもそこで途切れたが、間近に迫った天使の青い瞳と視線が絡んだ瞬間、ローランドは間違いなく、恋に落ちていた。
 後で調べた事だが、その天使はリーリェンという名で、親に捨てられた孤児だった。
 生計を立てるために、金を詰まれれば誰の味方でもする喧嘩屋。
 あの日も、仕事としてとあるグループにカチコミを仕掛けた後だったようだ。
 天涯孤独に素行不良。手に入れるにはあまりに御誂え向きのリーリェンの背景を知ったローランドは、薄い笑みを浮かべた。

 ――薄らと開いた瞳に、金糸が映る。
 あの時と変わらぬ色が、ショコランドのメルヘンな空間の中でも美しく靡く。
(……あぁ、綺麗だな)
 あの時、ローランドは決めたのだ。
 この天使を、どんな手を使ってでも手に入れる、と。

●うつろに、まぎれる
 血の滴を垂らした花弁は、瞬く間にその色を白から赤へと変えた。
 まるで招くように、大きく広がる花弁に。ハーケインは、どこか縋るような思いで身を横たえた。
 ここ最近で、ハーケインの精神は疲れ切っていた。
 疲弊させた要因は幾つもあるけれど、理由は極々、単純な事。
 パートナーであるシルフェレドを含んだ、人間関係だ。
 己の心の傷を抉られる夢を見て。
 パートナーが心に負った傷を知って。
 不遜な仮面が、踏み込むことを拒むと言うのに、シルフェレドは、見て見ぬ振りをする事は、許してくれない。
 向き合え、と。人の好い本性と共に、言葉にせぬまま訴えてくる。
(所詮過去、所詮夢……)
 まどろみの中で自覚する。これは、逃避だと。
 だが、それでも、今のハーケインにとって、幸福な時間は必要だった。
(魘されず見られるなら夢でもいい)
 目覚めぬままで居られたら、もっと、良いのかもしれないけれど――。

 力強く、それでも優しさを感じる大きな手が、ふわり、ハーケインの頭を撫でる。
 路頭に迷っていたハーケインを拾い上げた大きな手。
 傍にいれば鼻腔を擽る不思議な香りが、心地よさを抱かせる。
「今日は一緒に料理をしようか」
 頬を撫でながらの声は低く、豊かで。素直に頷いて、調理場に並び立つ。
 読み書き、武器の扱い、絵や音楽。ハーケインの知らない事を、その人は何でも教えてくれた。
 暖かな、人の温もりも。
 だけれど、それはもう戻れないものだった。
 夢は、とてもとても幸せな物だったけれど。
 覚めれば、また、憂鬱を孕んだ日常が押し寄せてくるのだろうか――。

 穏やかな寝顔だと、シルフェレドは荊の棘を指先で遊びながら横目に見つめていた。
 ここ最近の、覇気のない顔が嘘のよう。
 ハーケインがそうなった原因は、概ねわかっていた。大半は、己の所為である事も。
 だけれど、だからと言って控える事をするつもりはなかった。
 何もかもを縛り付けるような強引な真似をするつもりもなかったけれど、見られた己の過去の分を暴くくらいは、所謂等価交換だ。許されていいだろう。
「それにしても……」
 あぁ、穏やかな寝顔だこと。
 大方、いつかのバザーで嗅いだ香りの持ち主の夢でも見ているのだろう。
 ハーケインの心を癒していた、誰か。
 ハーケインが強く執着する、誰か。
 あぁ、妬ましいこと。
 抱いた嫉妬や対抗心は、まだそれによく似ただけの物だけれど。いつかはきっと、それその物になる。
 それを、シルフェレドはどこか楽しい心地で受け止めていた。
「……そろそろ退屈になって来たな」
 荊と遊ぶのも飽いた。いい加減帰って来い。
「お前自身、過去の夢など目覚めてから虚しくなるだけだと分かっているはずだろう」
 荊の褥に身を乗り出して、唇を寄せる。
 御伽噺の王子を真似るように、清々しいまでの目覚めを呼ぶキスをくれてやれば、その虚しさも紛れやすまいかと。
 その行動は、決して、ハーケインを案じた慰めではなかったけれど。
 シルフェレドの思惑は、しかしふいに目覚めたハーケインによって阻まれる。
「おや、惜しい」
「……シルフェレド、貴様何をしていた」
 穏やかさから一転。きつく細められたアメジストが睨みつけてくるのを愉しげに受け止めて、シルフェレドは笑んだ。
「俺がこうなったのは貴様のせいだと言うのに!」
「声を荒げるな。褥だぞ」
 交わし損ねた唇の前に指を立てたシルフェレドに、ハーケインは忌々しげに舌を打って、ずかずかと薔薇の褥を後にする。
「ここでは騒げん。シルフェレド、さっさと帰るぞ」
 足早に進みながらも、置いてはいかないハーケイン。
 その背を見つめ、追いながら。喉の奥で、シルフェレドは笑う。
 ――あぁ、お人好しだこと。

●おもいでは、とおく
 御伽噺の眠り姫のように。うっとりと語った妖精を前に、胡白眼は申し訳なさげに頬を掻く。
「いかつい姫で大変申し訳ない……」
 気にする事なんてないのにと、くすくす笑われながら、勧められるまま薔薇に身を沈めた白眼は、自身の周りの荊を気に留める事もなく、穏やかな眠りについた。
 それを、確かめるように見つめて。ジェフリー・ブラックモアは銃を抜いて、薔薇の傍らに立った。
 いい夢ならば、美味い酒のおかげで毎晩見られている。己は、眠り姫の番をしよう。
 そんな心地で佇む傍らには、鋭い棘を持つ荊。乙女の褥を守るにはあまりに鋭利だけれど、護衛と呼ぶには心許ないそれを、銃口で小突いて。ジェフリーはちらと白眼を振り返る。
 無論、危険がないのは百も承知。ただただ臆病な性分が、そうしていないと落ち着かないだけ。
 そんなジェフリーとは対照的に、委ね切った白眼は穏やかに眠っている。
「しかし幸せそうな寝顔だなぁ……このまま永遠に目覚めない、なんてこたないだろうね」
 肩を竦めて、銃口で頬をぐりぐりすると、白眼がかすかに身じろいで、荊も応じるようにしなり、ジェフリーの服を掠めようとする。
「おっと……邪魔はしないよ」
 心配性なんだ、大目に見てよと荊相手に笑って見せたジェフリーは、もう一度肩を竦めてから、大人しく、黙って佇んでいた。

 眠る白眼の視界には、広い広い青空と草原。
 包の傍でくつろぐ人々と、彼らの見守る先で寄り集まった家畜の群れ。
 白い雲が晴れやかに続く、夏。そんな光景を、白眼はなだらかな丘の上で眺めていた。
 ふと吹き抜ける、一陣の風。それを合図に、白眼『たち』は走り出す。
 勢いよく丘を駆け下りる白眼の相方は、彼が初めて手懐けた名もない牝馬。
 背を許してくれた馬は他にもいたが、『彼女』と共に見る世界は、どの馬の背から見るよりも鮮やかだった。
 流れる雲を追うように。草原を撫でつけては抜けていく風と共に駆ける。
「さあ、競争しよう」
 風と、雲と。
 途切れる事のない緑を、どこまでも行こう――!

 見えた夢は、故郷の記憶。
 懐かしさを思い起こしながら瞳を開いた白眼に気付き、ジェフリーは銃を収めて声をかける。
「おはよう……夢の中に魂を半分置いてきたような顔をしてるよ」
 呆れたような口ぶりで指摘して笑うジェフリーに、白眼は素直にそうだろうと思い、頷いた。
「どんな記憶を旅してきたんだい」
「故郷の、夢を……」
 懐かしさを噛み締めながら、白眼はぽつぽつと夢の記憶を語る。
 ほとんどが、情景。壮大で、広大で、今は遠い世界の景色。
 その中に含まれた生活感を聞き取って、ジェフリーはなるほどと呟く。
「君は遊牧民ってヤツだったのか。故郷はずいぶん遠いのかい」
「……ええ、遠いです。生きてる内には辿り着けない程に」
「そう」
 言葉に詰まる。思案する間を置いて、ジェフリーは言葉を紡いだ。
「アー……タブロスだって悪かないよ」
 なんてったって賑やかで、娯楽には事欠かない。安くて旨い飲み屋も豊富。生活感が違うほどに戸惑いは多くなるだろうが、慣れてしまえば居心地のいい場所だと、ジェフリーは思う。
「あの街も好きになって欲しいなぁ……君に居なくなられると困るんだ」
 やんわりとした笑みを湛えながらも、言葉通り困ったような顔をするジェフリーを見つめて、白眼は穏やかに微笑む。
「その心遣いは、素直に嬉しいです」
 きっとこれから一生を過ごすことになるだろう街の良い所を教えてくれるジェフリーの言葉は、白眼にとっては暖かかった。
 けれど、胸にぽっかりと穴の開いたような心地は、埋まらない。
(今は俺の血肉となった君の瞳に、あの狭い街はどう映るのだろうか)
 現状を受け止めきれない感情は、己のものか、『彼女』のものか。
 曖昧なまま、白眼はジェフリーと共に薔薇の褥を後にするのであった。

●それはいつも、かたわらに
「幸せな過去ねぇ……」
 ふーむ。小さく呟いた鹿鳴館・リュウ・凛玖義は、まじまじと白い薔薇を見つめた。
 血を滴らせれば記憶を読む。そうしてみる夢は幸せな過去。御伽噺によく似た、浪漫と胡散臭さを感じない事も、ない。
「まあいいや、お昼寝だと思って寝よう」
 これじゃあ眠りの森のおじさんみたいだなぁ、なんて、愉快気に笑う凛玖義の傍らで、琥珀・アンブラーはびくびくとしながら鋭い棘を見つめていた。
「りく、なんか痛そうだよぅ……注射器のチクッと、どっち痛いんだろ?」
「大丈夫だよ琥珀ちゃん」
 例えが注射とはまた微笑ましい。そんな顔で荊に手を伸ばした凛玖義に、琥珀は不安げに縋る。
「り、りく。死なないでね! 死んじゃやだよぅ?」
 そんな琥珀の頭をポンポンと撫でて、じわ、と赤味を増していく薔薇の褥で、凛玖義は眠った。

 それは昔の己。
 ギャング団で工作員をしていた頃の、記憶。
 卑怯な事はお手の物。挑発しては打ちのめして、相手を負かす事こそが、自分たちの格上げになると思っていた時代。
 とはいえ腕力の弱かった凛玖義は、相手に殴られる事が日常茶飯事で、そのたびに酒を飲んでは仲間に絡んでいた。
「次はどうやって騙そうか」
 痛い目を見ても、一つも懲りることなく繰り返していた、殺伐とした日常。
 だけれどそれは、充実した日常だった。

 凛玖義が目覚めるまで、そわそわとしては、荊の棘にびくりと震えていた琥珀は、やがてむくりと体を越した凛玖義に飛びつくと、無事を確かめるように顔を見上げる。
 そんな琥珀を撫でながら、見た夢の話をしようとして……そう言えば、と凛玖義は思い起こす。
「そう言えば話してなかったね。僕が、昔ギャング団の工作員だった事」
「ギャング?」
 そう、ギャング。繰り返して、見た夢をゆっくり、噛み砕いて説明する。
「う、うーん……」
 判りやすく言ってくれたのだろうけれど、いかんせん十二歳の無垢に生きた少年には縁遠い話だった。
 何度も首を左右に捻ってから、困ったような顔で、ぽつぽつ、紡ぐ。
「りくが悪い人だったのはわかった。でも、人だましてまでケンカしようとしたの、はく、わからないよ」
「うーん……それがステータスって言うか……」
 そう言う世界という奴だったのだ。説明しても、琥珀には今一つ、ピンとこない『世界』だったけれど。
 むむ、と眉根を寄せて、琥珀は頬を膨らませる。
「だって、はくが悪い人だったら、そのひとにごめんなさいして、もう二度とだましたりしないって謝るもん。二度としないもん」
 むくれた顔でそう言いきった琥珀に、凛玖義は目を丸くする。
 そう言う問題ではないのだけれど、と思いつつも、無垢な台詞に微笑ましげに目を細めるが、困ったように頬を掻いた。
「そうだねぇ、それがいいんだろうけどねぇ……」
 言葉を濁して、あーでもないこーでもない、思案を繰り返した後に、凛玖義は肩を竦めて零す。
「楽しくて、幸せだったんだよ。それが」
 良く判らない話の末に、そんな風に言われて。
 いよいよ、琥珀の不満は爆発した。
「りく、あの時だけ幸せだったら、今は……幸せじゃないの?」
 不安ではなくて、不満。縋るようにして凛玖義の服を掴んだ琥珀は、今にも泣きだしそうな顔で、声を荒げた。
「 幸せじゃないなら……はくと一緒に築こうよ! ねぇっ!」
 幼い少年の、精一杯の訴えに、凛玖義はまた、目を丸くした。
 けれど、その声が、言葉が、どうしようもなく、心地よかった。
「琥珀ちゃん、わかったよ」
「……え?」
「あの時も今も僕の幸せは、近くにあったから」
 穏やかな顔で琥珀を見つめる凛玖義を、真っ直ぐな瞳で見つめ返すけれど。
 良く、意味が解らなかった。
 首を傾げる琥珀をニヤニヤしながら見る凛玖義。
「大丈夫、もう少し大人になればわかるから」
「ホントに大人になったら、わかるんだよね? ……りく、約束だよ?」
「うん、約束」
 ゆびきりげんまん。子供らしい可愛い約束の契りが、仄暗い褥に、やたら明るく響いていた。



依頼結果:成功
MVP

メモリアルピンナップ


エピソード情報

マスター 錘里
エピソードの種類 ハピネスエピソード
男性用or女性用 男性のみ
エピソードジャンル ロマンス
エピソードタイプ ショート
エピソードモード ノーマル
シンパシー 使用不可
難易度 簡単
参加費 1,000ハートコイン
参加人数 5 / 2 ~ 5
報酬 なし
リリース日 03月13日
出発日 03月22日 00:00
予定納品日 04月01日

参加者

会議室

  • [6]胡白眼

    2015/03/21-21:10 

    胡白眼(ふぅ・ぱいいぇん)と申します。
    初めましての方もそうでない方も宜しくお願いします。
    褥では俺が眠る予定です。…故郷の風景をもう一度見たくって。
    皆さん、いい夢を見られるといいですね。

  • [5]ローランド・ホデア

    2015/03/21-12:31 

  • 鹿鳴館さん家の凛玖義っていうよ、よろしく。
    いつき君、ハーケイン君は久しぶりだね。
    胡さんとローランドさんは、初めましてだね。

    茨に囲まれて眠るのは、いいんだけど、楽しい過去ねぇ……。
    あったかどうかわかんないや。

  • [3]ハーケイン

    2015/03/20-13:40 

    ハーケインとシルフェレドだ。よろしく頼む。

  • [2]信城いつき

    2015/03/16-21:49 

  • [1]ローランド・ホデア

    2015/03/16-00:29 

    お初にお目にかかるな。
    まぁまだウィンクルムとしては新米だから、初対面ばかりになる……。
    俺はローランド、精霊はリーリェンだ。
    おそらく俺が寝ることになる、かな。
    よろしく頼む。


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