【灯火】繋いだ手で見るその過去は(京月ささや マスター) 【難易度:普通】

プロローグ

●暗闇の橋に導かれて

 幸運のランプを手に、灯火を求めてショコランドを歩いていく。
 夜になるとバザーが現れる…と思っていたのだが、
 どれほど歩けど、そんな気配はなかなか無く、夜の闇はふけゆくばかり。

 それどころか、いつの間にか周囲を見渡せば
 月の光も星の光もかげってきているではありませんか。
 さすがに少し薄気味悪い…かもしれない。
 そんな風に思いながら歩いていると、目の前に橋が現れました。
 左右を見渡せば、ちらちらとわずかに月光が反射する光景。
 どうやら川にかかった橋のようです。
 地面はあまり舗装されておらず、とてもデコボコゴツゴツとした感触。
 この暗闇では、運動神経がよくても、転んだり足をひねってしまうかもしれません。
 ケガをしないようにお互いが自然と手をつないで橋に足をかけた…その時。

 ピカリ!!

 急に目の前がまぶしく光り、あなたたちは目がくらみました。
 そして視界が晴れてみると…そこには夜の闇に立ち並ぶ数々のテントの姿。
 どうやらここが、灯火を手に入れることができるバザーのようです。

 これだけ明るくなったのだから、もう足元に気をつける心配はありません。
 さあ、手を離そう…と思ったあなたたちでしたが、
 繋いだ手と手に違和感を感じて見てみると…

 なんと、透明なアメで互いの手がガッチリと包まれているではありませんか。

「くすくす…やっちゃった!やっちゃった!」

 困り果てるあなたたちの耳に、かすかな笑い声が聞こえます。
 見ると、小さな子供のカカオの妖精が笑いながら狭いテントにかけていく姿。
 どうやら彼の仕業らしい…と思ったあなたたちは、
 その後ろ姿を追ってテントの前にたどりつきました。
 テントには『透かし見カウンセリングルーム』の看板がかかげられています。

「どなたさまですか?お客様でしたら今すこし立て込んでいて…」
 テント前に立つあなたたちの気配に気付いたのか、
 中からベールをかぶったカカオの妖精が顔を出しました。
 さきほど走っていった精霊とは違う大人の女性の精霊です。
「あら!その手…!どうなさったんですか!?」
 彼女は、あなたたちの手を見て驚いた声を上げました。
 顔を見合わせたあなたたちは、事情を詳しく話します。
「本当にすみません…!
 イタズラ好きの息子が商売用のキャンディを持ち出してご迷惑を…」
 話しを聞いた彼女は、困ったように眉を下げて謝りました。

 とにかく話しを、とうながされてテントの中に入ると、
 そこにはちいさなソファと、ソファの前に立つ大きな鏡があります。
 ここは、彼女がバザーで開いているペア専用のカウンセリングルームだそう。
「実は、このアメはカウンセリングが終わった後に自然に外れる仕組みになっているんです…」
 カウンセリングの時にペアの手が絶対に離れないように作られた
 特殊なアメを、イタズラが大好きな彼女の息子が勝手に持ち出してしまったらしいのです。
 なんとか取れないのか、ときいてみるあなたたち。
 彼女はこまった顔をして言いました。
「このアメはお二人から出た掌の熱にしばらく触れていないとはずれないのです…
 申し訳ありませんが一度カウンセリングを受けていただかねばいけません」
 あなたたちは、どうやらこのテントでカウンセリングを受けないといけなくなってしまったようです。

 彼女は、あなたたちをソファに案内して、説明をはじめました。
「ソファに座って、1時間、鏡と向き合って下さい。
 その間、私はこのテントからいなくなります。
 この鏡は、どちらか片方の過去が映し出されます。
 その過去とお二人が会話することで、お二人の絆を強めるのが
 このテントのカウンセリングになります」

 終わったころには、アメがお二人の手から離れるようになっているので
 カウンセリングが終われば彼女が出てきて外してくれるとのこと。
「このテントの会話は、お2人以外誰にも聞こえることはありませんので
 どうか安心してください…私は息子を捕まえてきますね」
 そう言うと、彼女はテントの奥へと姿を消しました。

 こうして、つながったままの手を離すため
 あなたたちは、どちらか片方の過去と対話することができる鏡と
 向き合う事になったのでした…

解説

●透かし見カウンセリングルームについて
 ショコラの精霊の母子が経営しているテントの
 ペア専用カウンセリングルーム。
 特殊な鏡を使い、ペアの片方の過去と2人が対話することで
 2人の絆をより強くするカウンセリングを行っています。  

●消費ジェールについて
 カウンセリング料金として、500jr消費とさせていただきます。
 
●過去を映す鏡について
 ソファに座って2人で鏡を見ると、自動的にどちらか片方の過去が映し出されます。
 映るのは、過去に出会った人物や光景です。自分自身の過去の姿の場合もあります。
 音は聞こえますが、過去が鏡を飛び越えることはなく、温度や感覚を感じることもありません。
 映ったものは、言葉で何かを語りかけてきます。
 映るものは、楽しい過去から辛い過去、恥ずかしい過去までさまざまです。
 見せたかったものが映ることもれば、見せたくなかったものが映る場合もあります。
 2人で1時間会話することで、鏡に映った過去は消えます。
 ソファに座っている間は、過去と会話をしながら、
 映し出された過去に変化を与えることはできても、実際に過去に起ったことに変化はありません。
 プランには通常の記載にくわえ、以下を必ずご記載ください。
 【鏡に映ったもの】
 【鏡に映ったものの詳細】
 【鏡に映ったものへのリアクション】

●2人をつなぐアメについて
 カウンセリング専用に作られた特殊なアメです。
 いちど絡まるとしっかりと固まり、
 1時間近く、平均体温以上の2人分の熱を与えないと外れません。
 カウンセリングで辛い過去や恥ずかしい過去を見た時に
 思わず手を離さないように作られています。

ゲームマスターより

こんにちは、京月ささやと申します。

このエピソードは、偶然つないだ手が離れなくなった状態で
2人どちらかの過去と対面し、過去とお二人で会話して頂いくことで
ランプの灯をともすことを目指すお話になります。

なつかしかったり楽しい過去を2人で眺めてお互いをもっと知るのもよし、
辛い過去と向き合ってお互いを支えるのもよし…
どうぞ、ホワイトデーのこの機会に、
お二人だけの秘密を共有してみてください。
過去と向き合ったあとには、きっと幸せの灯がともっている事でしょう。

EXとなりますので、状況により多少のアドリブが入る可能性がございます。
アドリブが絶対NGの方は、どうぞ御注意くださいませ。

みなさまの素敵な岐路となりますよう、頑張らせていただきます。
どうぞ、お気軽にご参加ください!

リザルトノベル

◆アクション・プラン

アキ・セイジ(ヴェルトール・ランス)

  お湯で溶けないかな?…無理か(苦笑

◆写る者
契約前のランス
適合者として紹介されたセイジに声をかけるまで

◆反応
これは本部か…
見られるの良い気持ちしないなら目を瞑ってるよ?

目を閉じて我慢
良いと言ってくれたらあける

髪が少し長いな
あ、この服見たことある

いつしか静かになる
鏡のランスが俺をじっと見ていたから…
そうか、引き合わされた日なんだ

どう…思った、んだ?

不安だったさ
契約ってことは、…それなりに親しい関係を期待されるわけだし…

第一俺はノンケだし、さ

いや、後悔はしてない

そんなこと…言わせるなよ(ぷい

★飴が離れたら母親に礼を言う
あまり叱らないでやってください
見て良かったって…思ってますから

一寸照れくさいけど…



瑪瑙 瑠璃(瑪瑙 珊瑚)
  今までの人生で後悔した過去なんてない。
(けれども、一つだけあるとしたら)
そう思いつつ、珊瑚と目を閉じてソファに座る。

『瑠璃……お仕事まで時間あるし、お話しよ?』
聞き覚えのある優しい声と共に、恐る恐る目を開けた。
鏡に映っていたのはアイヌの民族服を来た女性。
ふくよかで優しそうだった。
だが、その女性が誰なのかおれは知っている。
嬉しさと驚きが入り混じり、声にならない。
根掘り葉掘り聞く女性に対し、返事するのがやっとだった。

「母さん!」
だが、時間が近づくと、女性は背を向けた。
触れられないと、わかっていても手を伸ばす。

引き止めてくれたのは珊瑚だった。
思わず視線が合う。
「今のおれには、珊瑚。お前がいるからな」



フラル(サウセ)
  自分が神人として顕現した時が映った。

3年前故郷にオーガの襲撃があり、戦ったのは帰郷していたこの村出身のウィンクルムだった。

彼らが戦っているところに出くわし、それが原因で顕現。
そして、オーガは自分を狙ってきた。
それをかばったのは、神人…。
なんとかオーガは倒されたが、彼は重傷を負った。
2人は自分を許してくれたが、オレは無力な自分を許すことはできなかった。

過去は問う。
「この時、強くなると誓った。それは果たされたのか?」

今もそれはわからない。
だが、前に進んでいるつもりだ。


サウセとの契約時の発言は、誰かを守れる強さを持ちたかった気持から出た。
だが、その発言は彼を少なからず傷つけていた。
それを謝罪する。



明智珠樹(千亞)
  【鏡に映ったもの:珠樹に出会う前の千亞】
【詳細:千亞の実家、千亞の自室。兄が行方不明となり憔悴】

●飴
こんな素敵な悪戯なら大歓迎ですね…!
一生離れない飴はありませんか?ないですか残念です、ふふ。

●反応
今とそう変わらぬ千亞、しかしやつれた姿に心配し
「千亞さん、どうしたんですか?」と鏡と隣の千亞に問いかけ。
隣の千亞はどう言おうか悩むも、鏡は
「兄が…行方不明なんだ…」
大粒の涙が溢れ落ちる。
「……初耳です」
そして、千亞の部屋に置かれている
黒い兎耳を持つ兄の写真に気付く&自分に似ている…
そう思うも、触れず。

●約束
鏡の千亞が消える間際
「お兄様探し、お手伝いさせていただきますね」
やっと笑顔見せる、鏡の千亞。



ハーケイン(シルフェレド)
  ◆心境
過去などお互い見たくも見られたくもないだろう
何故シルフェレドは楽しげなんだ
逃げたい

◆映ったもの
シルフェレドなのか?
今の俺くらいだろうか
随分印象が違う
今のシルフェレドは胡散臭く余裕があるが、これは何か無理をしている感じがする

映像は短かったが、シルフェレドが深く傷ついたのも今だ癒えていないのも分かってしまった
もう他人の中に踏み入るのも、踏み入られるのも後免だと言うのに

……シルフェレド
俺はお前との気楽な距離が気に入っていた
お前もそうだろう
見なかった事にできないか

……駄目か
いつの間にか手を掴まれている
力の強さと目が逃がさないと言っている







●あの時話せなかったこと

 不慮の事故でガッチリと繋いだまま固まってしまった二人の手。
「お湯で溶けないかな?」
 アキ・セイジはヴェルトール・ランスと自分を繋がれているまま
 カカオの精霊が退室した部屋の中でアメを片手でコツコツ叩いてみる。
「…無理か」
 それは間違いなくアメだが、あまりにも頑強に作られていて。
 ちょっとやそっとではビクともしない。
 それに妖精が言った通り、やはり特殊なアメなのだろう。
 素直にカウンセリングを受けないといけないのか…と、思わず苦笑するセイジ。
「セイジ、大人しくこの鏡を見るのが一番なんじゃじゃないか?」
 ランスはそんなセイジに方眉を上げて促してみる。
 鏡に何がうつるのか。それはお互いわからないままだ。
 予定されていない未来は不安なもの。
 そんな不安に少しだけ侵食されかけていたセイジだったが、
 ランスの少しも動じていない風な仕草に少しだけ心がホッとする。
「ああ、そうだな…」
 頷くと、ひといきついて、2人で鏡に前のソファに腰掛けた。
 けれど、ふと気になることがあってセイジはランスの方を見る。
 明るく振舞おうとしているランスだが、なんだか表情が固い…
 ランスも、見られたくない過去があるのだろうか。
「…見られるのが良い気持ちにじゃないなら、目、瞑ってるよ?」
「ん…じゃあ頼む」
「わかった」
 やっぱり、ランスも不安。自分と同じに。
 そう思うと、許可が出るまで目を閉じるのもひとつの協力だとセイジは思う。
 顔を上げて2人で鏡を見ると、2人を映していた鏡がしばらくして
 ゆらゆらと池の水面のように揺れ始めた。
 アメの中で握っているお互いの手に、無意識に力がこもった。
(さて、何がうつるのか…)
 できれば、ランスにとって…そして自分にとっても良い過去でありますように。
 そう思いながら、セイジは目を閉じた。
 そして、映ったものは…

「…セイジ、もう大丈夫だ」
 少しして、ランスの声が聞こえた。
 鏡を見ても…いいらしい。
 そっと瞳を開けてみると意外な光景にセイジの口が少し半開きになった。
「これは…本部か…」
 古い過去が映るのかと思っていたが、それは意外にも物凄く見覚えのある景色だった。
 見慣れている、A.R.O.Aの本部の内装。
 鏡の向こうには、ランスが映っている。
 けれど、今、自分の横にに座っているランスとはどこか違う。
「髪が少し長いな…あ、この服見たことある」
 ランスは黙ったまま、セイジは思ったことを口に出した。
 が、そのうち何かに気付いて静かになった。
 思い出した…自分のこの髪型。この服装。
 これは…過去のランス。
 そして、鏡に映ったランスは自分を見ているのだ。
「そうか…」
(これは、俺たちが引き合わされた日なんだ)
 そう、それは、初めて対面した日のランスの姿。
 それにセイジが気付いた時、鏡にうつったランスが口を開いた。
『ちょっと、心配ではあった。
 ロビーでコーヒー片手に本読んでるセイジの姿を見て、
 理屈っぽそうだな…とかチラッと思ったしさ』
(そんな風に思ってたんだ)
 思いもよらなかった真実。あの日、自分はランスにそんな風な印象を与えていたのか。
 少し苦笑いをしてしまうセイジと、無言のままのランスに、鏡の中のランスは『けれど』と続ける。
『髪をかき上げる仕草…
 係員に待機を謝罪された時の「問題ありませんよ」の低く涼やかな声
 本のページをめくる長い指スラリとした腰周り…それに、なによりも理知的で強い目の輝き』
 その言葉に、セイジの心臓がどきりとする。
「それで…どう思った、んだ?」
 自然と鏡のランスに語りかけるセイジの声は緊張からか少しかすれていた。
 そんなセイジに鏡のランスはふわりと笑ってみせる。
『いつしか惹かれていった…知りあいたい、話したいって
 セイジが俺を呼びスペルを唱える様を想像したよ
 この人が、俺と1つの運命を歩む相手なんだと…』
 そうして、その言葉を受け止めて目を見開くセイジと、そしてランスにもう一度深く微笑むと
 そのまま鏡の光景と、映るランスの姿はゆらめいてそっと消えて行った。
 そして、2人の前には、手を繋いでいる今の自分達の姿。
 セイジは、自分の隣にいるランスを見る。
 気恥ずかしさのせいだろうか、目じりが少し赤くみえる。
 そんなランスの表情が物語っている。あの鏡に映ったセイジの言葉は嘘でもまやかしでもないと。
「…俺だって、不安だったさ」
 当事は、と続けるセイジを、ランスは驚いたように見た。
 セイジも、鏡に映ったランスと同じように、自分の当時の気持ちを打ち明けようとしていた。
「契約ってことは、…それなりに親しい関係を期待されるわけだし…第一俺はノンケだし、さ」
 愛を交わすということ。しかも同性同士。
 もともとそういった方向の考えを持っていないセイジにとっては当然戸惑いも沢山あった。
 初対面の印象がいいものばかりではない。
 けれど、ランスと同じように、思ったままをその場で正直に話してしまったら
 それこそ、きっとお互いをもっと傷つけてしまうだろうから。
 だから、お互いにこれまで黙っていたのだ。
 ああ…だから、あの時もあんなに固い言葉が返ってきたのかと、
 ランスはセイジのあの時の本音を今聞いて、ようやく納得できた気がした。
 だからこそ、今改めて聞いておきたい。
「…で、俺と”こう”なったわけだけど、後悔してる?」
 それは少し、なんだか怖い質問だとも思いながらもランスは問いかける。
 が、セイジからはすぐに答えが返ってきた。
「いや、後悔はしてない」
 その言葉は、とても短いけれど、ランスにとってはとても、とても嬉しいもので。
 直接的な言葉をあえて使わないセイジがランスには可愛く思えて。
「じゃあ、どう思ってるわけ?」
 ついついもっともっと本音を聞きだしたくなってしまう。
 嬉しくて、顔がにやけてしまうのを止められない。
「そんなこと…言わせるなよ」
 セイジは悔しそうに言うと、真っ赤になって顔をそらしてしまった。
 その時、二人を固く繋いでいたキャンデイが、ゆっくりとやわらかくなっていった…
 もう、私の役目は終わりました、とでも言うように。

「お疲れ様でした…如何でしたか?」
 アメを2人の手からはずし、タオルで拭きながら妖精の母親が言う。
「いや、とってもいい経験をしました。ありがとうございます」
 ニッコリと笑ってセイジは妖精の母親にお礼を言った。
 母親の横には怒られたのか、涙目になっているいたずらっ子の姿。
「ごめんなさい…」
 ションボリしているその子の頭をわしゃっと撫でると、セイジは母親に微笑む。
「彼をあまり叱らないでやってください。
 こうなって、過去を見て良かったって…思ってますから」
 優しいセイジの言葉を聞きながら、ランスの中ではますますセイジに対する親しみは増す。
 恥ずかしがりやなのか、性分なのか、本音を自分にはなかなか言わないけれど…
 だけど、きちんと、こうやって自分に聞こえる形で伝えてくれるセイジが可愛くて仕方ない。
 きっと、それは出会った時の不安も何もかもを忘れさせてしまうぐらいに
 出会ってよかった、と思うしこれからもずっともっと一緒にいたいと思う。
(可愛いなセイジは本当に…イタズラ、しちゃおっかな)
 セイジを見ながら、ランスはこっそりと微笑むのだった。
 妖精のイタズラが今日の幸せを生むのなら…
 自分がイタズラしても、きっともっといつもと違う彼の姿が見えるような気がして。
 ランスの頭の中には、今まで以上に笑い、怒り、そして幸せそうなセイジとの未来が広がっていた。



●知らない過去
 
「…過去を映す鏡?」
 最初はアメの存在に早く外せと言っていた千亞だったが、
 妖精から鏡の話しを聞いて顔色がかわった。
 そう、自分のパートナーである明智珠樹は過去の記憶がないのだ。
(記憶喪失の珠樹の過去の記憶を取り戻してあげられるかも…!)
 鏡はどちらの過去を映すかわからない。内容もわからない。
 でも、今のこの状況はチャンスかもしれない。
 珠樹の記憶の手がかりがこの鏡でみつけられるのなら、それは逆にラッキーなのかもしれない。
 そう考えると、最初の焦りは引いていった。
「…わかった。カウンセリング受けよう、珠樹」
 と、千亞は珠樹に声をかける。
 そんな珠樹はというと、千亞とは違い、妙にニヤニヤとした笑みを浮かべている。
 まあ…これはいつものことなのだが。
「こんな素敵な悪戯なら大歓迎ですね…!」
 どうやら珠樹は千亞の言葉がほとんど頭に入っておらず、
 千亞と手がつなげているこの事実が、たとえイタズラによるものであったとしても
 非常に嬉しくて、嬉しさのあまり妄想にふけっていたらしい。
 気がつけば妖精に「一生離れない飴はありませんか?」なんて聞いていたりして、
 ないと答えられれば「残念です、ふふ。」と、笑みを浮かべたりしている。
「ほら、座るよ珠樹…」
 若干の頭痛を覚えながら、千亞は珠樹と共に腰を下ろした。
 妖精は子供を捜しに消え、部屋には珠樹と千亞、そして鏡のみ。
 やがて、鏡はゆらゆらとうごめきはじめた。
(珠樹の過去…映りますように)
 そっと願う千亞。珠樹は、何を考えているかわからない表情だ。
 そうして、鏡は過去をうつしはじめた。

「あ、これは…」
 やがて鏡に映ったものに、千亞は少し驚いた声を上げる。
 そこに映っていたのは、千亞が願う過去の珠樹ではなく、過去の千亞の姿。
(あ…僕か。…珠樹の手掛かりじゃなくて残念だ)
 自分の過去よりも、本当は珠樹の過去の方がよかったのに。
 残念な思いと同時に、千亞の胸がずくりと痛む。その原因は、他ならない千亞自身が知っている。
(これ……兄が行方不明になった直後の僕、だな…)
 鏡に映る千亞の表情は、あきらかに哀しげで、暗い表情をしている。
 頬は少しこけているように見える。あきらかに睡眠不足で、やつれているようにも見えた。
(毎日兄さんの写真見ては泣いてたな、僕。)
 あの頃の自分を、改めて見るとなんて姿だろうと思う。
 そして、あの頃の自分の状況を思い出す。
 大切な存在が見当たらなくなった頃の自分。
 こんな自分の姿は今まで珠樹に見せたことはなかった。
「千亞さん、どうしたんですか?」
 珠樹の声がきこえて、千亞はハッと顔を上げた。
 あきらかに弱っている千亞の姿を見て珠樹は心配しているようだ。
 鏡の自分に問いかけている珠樹の姿は、少し焦っていて…そして優しく、真剣で。
 鏡の千亞は、珠樹のその声に少しうつむいてふるえている。
 そんな姿を見て、珠樹は同じく心配した瞳を千亞に向けた。
「………」
 どう、答えたらいいのだろうか。
 今までこの事実を、千亞は珠樹に話したことがない。
 こんな重い事実を口にして…珠樹に背負わせてしまってもいいのだろうか。
 千亞が答えるかどうか悩んでいると、鏡の向こうの自分が、震えながら顔を上げた。
『…兄が…行方不明なんだ…』
 鏡のむこう。千亞の赤い瞳から、大粒の涙が零れ落ちた。
 泣きはらしても泣きはらしても、涙が枯れたと思っていても、
 あの頃は本当にあとからあとから涙が湧き出てきた、と千亞は思い出す。
「お兄さん…が…?」
 珠樹は鏡の千亞が言った言葉に驚いて目を見開いた。
 その反応に、隣にいる千亞の手に自然と力がこもる。
 …話さないといけない。今、こうなってしまったのなら。
「…僕には兄がいる。けれど…一年前に海難事故で行方不明になった」
 それは余りにもショックな出来事だった。当時の自分自身がそうだった。
 誰が聞いても重いと感じる出来事だ。それは、珠樹にもそう感じるだろう。
 だから、せめて必要以上に重さを感じさせまいと、淡々と伝えるしかない。
「兄は…もうこの世にいないかもしれない」
 それは、昔、千亞がさんざん向き合った事実。
 ずっと胸に秘めてきたことだ。
「……初耳です」
 珠樹が静かに千亞を見て口にする。
 いつもの雰囲気は、鏡を見る前の珠樹の雰囲気はどこかに消えていた。
 今はただ、驚きと、そして現実を受け止めようとしている
 真剣な珠樹の姿がそこにあった。
 それを表情から、言葉から感じ取れるから、だから千亞は安心できる。
 ゆっくり自分にも珠樹にも言い聞かせるようにうなずくと、
 千亞は鏡の向こう側の過去の自分をゆっくりと見つめた。
 そして、微笑む。
「千亞。大丈夫、…君は乗り越えられるから」
 そう、乗り越えられるはずだ。
 でなければ、今、この自分はここにいないはずなのだから。
 未来の自分自身への言葉に、鏡の向こうの自分は少し驚いていたようだが
 やはり、悲しみにくれていた日々の心はそう簡単に信じられないのだろうか、
 表情はどこかくもったままだ。
 そうだろう…あのころの自分を襲ったかなしみは、
 永遠に続くのだと思えるような胸の痛みと悲しみなのだったから。
 だから、きっとこちら側がみえているだろう、自分にニヤリと笑いかけてやる。
「すぐに騒々しい男に巻き込まれるぞ」
 それは他でもない…今、自分の手を握っているこの男性。
 鏡に映っている悲しみにあけくれた自分と、そしてこの男性と。
 その2つがなければ今の自分がいないと、誰よりも今の千亞自身が知っている。
 一方の珠樹は、今まで知らされていなかった千亞の過去と
 当時の千亞の状況を知って、様々な驚きに包まれていた。
 想像しがたい辛い過去。
 でも、そんな過去の自分に向かって「乗り越えられる」と言い切り、
 そして笑ってみせる千亞。
 こんなパートナーはきっと…世界のどこにもいないに違いない。
 そして、珠樹は気づいた。
 哀しい顔をしている過去の千亞は、自分の家だと思える場所にいて。
 そしてその中に…千亞の兄と思われる写真が立てかけてあった。
(あれは…なんだか)
 そう、なんだか似ているのだ。
 黒い兔耳を持つ、千亞の兄。
 その写真の姿が、どこか…自分に似ているような気がして。
 だが、偶然かもしれない。けれど今は…隣の千亞に聞くべきではないのかもしれない。
 そう思い、珠樹は隣の千亞に聞きたい思いをそっと胸のうちに閉じ込めた。
『…兄さん…』
 ぽつり、と呟いて鏡の光景は少しずつゆらぎはじめた。
 そろそろ時間がきたらしい。
 その時、珠樹は、アメでつながれた隣の千亞のてのひらをギュッと握り締めた。
「お兄様探し、お手伝いさせていただきますね」
 消えゆく過去の千亞に声をかける珠樹の言葉に、
 隣の千亞も、鏡の向こうの千亞も驚いた顔をした。
 そして…鏡の向こうの千亞は、とても、とても嬉しそうに微笑んだ。
 それは、過去の千亞がはじめて笑った瞬間。
 嬉しそうな微笑をのこして、ゆっくりと鏡の向こうの千亞は、姿を消して行ったのだった。
 
 鏡には、過去の千亞はもういなかった。
 鏡は、本来の鏡としての役目どおり、千亞と珠樹の姿を映している。
 ふたりは、しばらく鏡を見たまま沈黙していた。
 手にからみついたアメは、なんだか柔らかくなった気がする。
 きっと、妖精がテントを空ければ、このアメを外してくれるのだろう。
 でもどうしてだろうか、今は…つないだこの手がなんだか。
 とてもとても、嬉しいものに千亞は感じていた。
 今まで伝えていなかった過去。伝えていなかった事実。
 それを受け止めて…こんなに短時間に珠樹は答えをだしてくれたのだ。
 自分の過去を受け止めて、そして共に歩んでくれると、真剣に、心から。
 だからこそ、妖精が戻ってくる前に、珠樹に伝えたいことがあった。
 つないだままの珠樹の手を、千亞はぎゅっと強く握る。
「…ありがとな、珠樹」
 それは、短いけれど、心からの感謝。
 隣で、珠樹が微笑んでくれるのが判った。
(ほらな、乗り越えられるだろ…?そう、乗り越えられるんだ、きっと)
 消えていった過去の自分に、千亞は、そう心の中で笑いかけたのだった。



●今を生きる理由

 探していて迷い込んだ幻のバザー。
 そして、偶然にもガッチリとつながれてしまった互いの手。
 なりゆきで…自分達は過去を映す鏡と対面する事になった。
 瑪瑙瑠璃は、妖精に案内されて 瑪瑙珊瑚と共にソファに腰を下ろす。
 2人は、深呼吸すると、そっと目を閉じた。
 目を開いたとき…どちらの過去が映ってもいいように。
 果たしてどんな過去が映るというのだろうか。
 そして、その過去を見たとき、自分はどう思うのだろう?
 瑠璃は思う。今までの人生で後悔した過去なんてない、と。
(けれども、一つだけあるとしたら…)
 そう考えると、すこし自分のてのひらに汗がにじむのがわかった。
 一方の珊瑚は、隣の瑠璃の気配を感じて、別の考えを巡らせていた。
 (そういやオレ、自分の事しか考えてなかったけど…
  瑠璃って今までどういう人生送ってきたんだろ?)
 今まで自分の過去を何かと気にかけてくれている瑠璃。
 当たり前に接してくれていたからこそ、あらためて知った。
 自分が、瑠璃の事を知っているようで…意外と知らないのかも…しれないと。

『瑠璃……お仕事まで時間あるし、お話しよ?』
 目を閉じた中、2人の耳に聞こえてきたのは、女性の声。
 あたたかみがある、とても優しい声だと珊瑚は思う。
 そして珊瑚が目を開けてみると…瑠璃は鏡の光景に釘付けになっていた。
 瑠璃には、声を聞いたときからすぐにわかっていた。
 そして…鏡の光景を見たとき、それは確信にかわった。
 鏡にうつっていたのは、アイヌの民族を着た女性。
 ふくよかな体つきで、その声も、表情も、とても優しい気配をただよわせている。
(…母さん…)
 それは、随分と前に会えなくなった母親の姿。
 余りにも大きな嬉しさと驚きで、すべてが入り混じって言葉がうまく口にできない。
『ごはんはちゃんと食べた?最近楽しいことはあったの?』
 鏡の向こうの母親は…自分に対して色んな事を聞いてくる。
 瑠璃は、それに対して短く答えるのがやっとだった。
「………」
 必死に母親と話す瑠璃を、珊瑚はじいっと見守り続ける。
 珊瑚には、その状況から何となく察する…この2人は、随分長い間、会っていないのだと…。

 そうしている間に、時間はあっという間に過ぎて行った。
 他愛もない話しだったかもしれない。
 けれど、重要な話しだったかもしれない。
 母子として当たり前の会話を、どれだけ話しただろうか。
 けれど、次第に彼女の言葉は少なくなって行った。
 そうして、彼女がついに微笑んだまま一言もしゃべらなくなった時…
 ゆらり、と鏡の画面がゆらぎはじめた。
 時間が訪れたのだ。
 少し寂しそうに彼女は笑うと、そっと2人に対して背を向けた。
「…母さん…」
 瑠璃の小さな呟きとともに、がた、と音がした。
 同時に、繋いでいる腕が引っ張られているのを感じ、
 珊瑚は瑠璃がソファから立ち上がろうとしているのを察した。
 鏡の向こうの、去り行く彼女に向かって手を伸ばす瑠璃の横顔は、
 いつの間にか涙がいく筋も流れていた。
「母さん…!!!」
 瑠璃が手を伸ばしたまま、立ち上がろうとする。
 そうして、そのまま鏡の向こうに行こうとするかのように身を乗り出した。
「やめろ!」
 気がつけば、珊瑚は瑠璃の体に必死にしがみつき、抱きしめ引き止めていた。
(あぎじゃ!何抱き寄せてんだ!?オレ!)
 あれだけ瑠璃にも他人にも触れられるのがイヤだった自分が
 どうしてこんな事をしているのか、本人である珊瑚が一番驚いたが、今はそんな場合ではない。
 腕の中で我を失ってもがく瑠璃を必死に抱きとめ、抱きしめてその名を呼ぶ。
 今、彼が生きているべきは過去ではなく、この現実なのだから。
「瑠璃!」
 珊瑚が名前を強く呼ぶと、瑠璃は我にかえったのか
 次第に力が抜け、やがて珊瑚の腕の中で嗚咽をもらしてむせび泣きはじめた。
 …鏡には、もう母親の姿はなく、ただ、鏡が抱き合う2人の姿を映していた。

「…自分の父さんは、俺が7歳の時に交通事故で…亡くなった…」
 しばらくして、少し落ち着いた瑠璃は、
 とまらない涙をぬぐいながら、珊瑚の腕の中で自らの過去を告白しはじめた。
 そこで、珊瑚は、知らなかった瑠璃の生い立ちを聞く。
 瑠璃の母親は、父親がいなくなった瑠璃を、女手ひとつで育ててきたということ。
 けれど、ある日、働いている工場で足を滑らせて転落したこと。
 それが心の後遺症になって…瑠璃は苦しんでいた事。
 聞きながら、珊瑚は今まで知らなかった、瑠璃の生い立ちや苦しみを知った。
 知ったならなおさら…今、言いたい言葉がある。
 ずっと、ずっと言いたかったこと。
 言いたいなら、言わなければいけないだろうと思う。
「…瑠璃!」
 総て聞き終えた珊瑚から、そっと、もう一度名前を強く呼ばれた。
 思わず…視線が交差する。とてもとても近い位置で。
 珊瑚のその瞳は、必死に何かを訴えていた。
「わんは、瑠璃ぬあんまーじゃねぇけど……って、あたりめか…あたりめだけど!」 
 その言葉先は、珊瑚の瞳が語っていた。
 瑠璃の手を握る珊瑚が、無言で訴えたわけは、瑠璃の答えを聞くのが怖かったのか、それとも…
(オレじゃ……オレじゃ駄目なのか!?)
 珊瑚は必死に心の中で想う。願う。
 瑠璃が現実で生きていくために、自分は、その理由になりたいと。
 そんな珊瑚の気持ちを感じ取ったかのように、瑠璃はふわりと笑った。
 涙がいくすじも流れた瞳で、
 あれほど触れられるのが苦手だと言っていた珊瑚が抱きしめている腕の中で。
「今のおれには、珊瑚。お前がいるからな」
 お前がいるから、生きていける。
 それは、互いに2人で生きていけるための、ゆるぎない信頼の証。
 2人の手をつなぐアメがはずれても、その手はきっと…これからもつながれ続けるだろう。



●かさぶたの向こう側

(ああ…なんてことだ)
 つながれてしまった手。見なければならない過去。
 過去を見ない限りは、この手は離れることはないのだという。
 それを妖精から聞かされて、ハーケインの心中は重く沈んでいた。
 シルフェレドとは、手がつながれているため、けして口にはできないが。
(過去などお互い見たくも見られたくもないだろうに…何故シルフェレドは楽しげなんだ)
 他者の人生にこれ以上深く踏み込んで、いいことなど今までなかった。
 深入りして、お互いにより良い関係などを築けた経験は、少なくともハーケインには覚えがない。
 そんなことはひょっとしたら隣の彼は知っているだろうに
 けれど、その横顔は妙に楽しげなのだ。
(シルフェレドは…過去を知りたいというのだろうか)
 そう考えるだけで、この場から逃げ出したくなる。
 自分の過去は当然だが、自分から距離をあえて保っているシルフェレドの過去を知るのも恐怖だ。
 それは、自分が必死に守っていた距離を破壊されることに他ならないのだから。
 一方のシルフェレドは、過去を映し出す鏡の内容を妖精から聞かされて
 ハーケインに感づかれてしまうほどに心が躍っていた。
(なるほど、これは非常に便利なものかもしれないな)
 ハーケインの不遜な態度の原因も、なんとなくは察している。
 そして、自分とハーケインの距離の保ち方がどこか似ているのも知っている。
 そうして…この鏡は、互いが無言で保っていた距離を砕きかねないものだ。
 自分の過去が映ろうが、ハーケインの過去が映し出されようが
 シルフェレドにとっては、興味深い対象であるハーケインを囲い込む手段になる。
 そう考えると、隠し切れないほど今から起こる出来事が楽しみでならない。
「さあ、早く席につくぞ。いつまでも店に迷惑をかけるわけにもいかないだろう」
 腰が重いハーケインを半ば引きずるようにして、鏡の前のソファに座る。
 ハーケインは、目をそらしたいのだろうか、
 いつもの不遜な雰囲気は変わらないが、うつむきたいのを必死にこらえているようにも見える。
 そうしているうち、2人を映す鏡が、次第に揺れ動きはじめた。
 そして、鏡は過去に遡り、思い出を映し出したのだった。

(これは…シルフェレドなのか?)
 映し出されたものを見て、ハーケインは少し目を見開く。
 映っているのは、自分の隣にいるシルフェレドと同じような顔立ちや容姿。
(今の俺くらいだろうか…だが…何か…)
 ハーケインは、すぐに違和感に気が付いた。
 今、自分と共にいるシルフェレドとは、かなり印象が異なるのだ。
(今のシルフェレドは胡散臭く余裕があるが…)
 鏡に映っている彼は、今の彼とは違い、何か無理をしている感じがしていた。
 そして、その理由はすぐに明らかになった。
 過去のシルフェレドを取り巻く光景が、思い出が、音が
 次々と映画のように鏡に映し出されていく。
 それは、シルフェレドが自分の本性を異常と思い隠していた頃の物語。
 彼は、当時の恋人が『受け入れるから』と言ったため本性を見せた。
 しかしその結果…恋人は彼の元から離れる事になってしまう。
 受け入れるという言葉とは裏腹な恋人の行動に傷ついたシルフェレドは
 逆に抑えていた欲に忠実になり…そして現在に至る。
 息つく暇もなく鏡に映し出されたものは、そんなシルフェレドの過去の傷の思い出だった。
(ハーケインは酷い顔だな)
 映像が流れている間、シルフェレドは、鏡に見入るハーケインの横顔を見ながら淡々と想う。
(この呆れたお人好しは傷付いた者を見捨てられない…
 それを自分でも分かっているから人の深い部分を知りたがらない…)
 それが、こんなにも、知りたがらなかった部分を見せ付けられて。
 普段かぶっていた仮面が、想像以上に剥がれているのだとも知らずに。
 ああ、なんて興味深いのだろうとシルフェレドは心の中でおもう。
 察しのいいハーケインのことだ。この過去があって、今の自分がどうなのか。
 それは簡単に想像がつくだろう。
 さあ、そんな自分を、この目の前の男は、どう受け止めるのだろうか。

 鏡が短い光景を流し終え、元の姿に戻ったころ
 ハーケインの心の中には重い泥のような感覚が残っていた。
 映し出された映像は短かった。
 けれど、その短い映像でも、シルフェレドが過去に深く傷ついた事もその理由も、
 そしてその傷が…いまだ癒えていないのことまで、分かってしまったからだ。
(なんてことだ…)
 頭を抱えてしまいたくなるが、繋がれている手のせいで、それもできない。
 自分は、シルフェレドの人生に必要以上に踏み込んでしまったのだ。
 …もう他人の中に踏み入るのも、踏み入られるのもごめんだと言うのに…
 それがどんな結末を生むのか、簡単に想像がついてしまうというのに。
「……シルフェレド」
 このテントの中の会話は、誰にも聞かれていない。
 だから、ハーケインは顔をあげてシルフェレドに提案を試みる。
「俺はお前との気楽な距離が気に入っていた…お前もそうだろう」
 できれば、できれば今まで通りの関係でいたい。
 多少刺激的であれど、さしさわりのない、バランスのいい関係…
 それが互いの幸せだとおもっているから。
「今ここでおこったことを…見なかった事に。なかったことにできないか」
 それは懇願にも近いハーケインの言葉だった。
 何もかもをなかったことにしたいというハーケインの申し出に
 シェルフレドの方眉が持ち上がる。
「…だがもう見せてしまった」
 そして続きは表情と沈黙で語ってみせる。
 それだけは、許さないと。
「……駄目か」  
 察したハーケインは、苦い顔で呟く。
 もう逃げることはできない。そしてシルフェレドは逃がしてはくれない。
 その表情を見て、シルフェレドは自然とアメにつながれていない手で
 ハーケインのもう片方の手首を掴んでいた。
(私の傷を見たんだ、お前の傷も暴く)
 ハーケインの性格は、シルフェレドには、自分が一番理解しているという自覚がある。
 この性格だ、急げば余計に頑なになるのは目に見えている。
 だから、ゆっくりと暴くのだ。じわりじわりと深い所まで。
 逃がすわけにはいかない。…逃がさない。
(手が…)
 ハーケインはいつの間にか両手をシルフェレドに捕らえられている事を知った。
 その金色の瞳が、いつも以上にぎらついている。
 手首が、掌が、強く捕まれて痛い。
 そして射抜かれるような、そらすこともゆるされないその視線。
「シルフェレド…」
 逃げるな、逃がさないと言っている。
 誰も聞かれることのない秘密の会話。
 知らなかった過去と、他人が立ち入ることのない空間。
 テントの中で、残り時間を刻む砂時計の砂が流れていく中、
 本性を物語るシルフェレドの瞳と、それに射抜かれたハーケインの呟きが響いたのだった。
 互いを知ってしまったこの夜は…不幸せに見えて、もしかすれば、幸せなのかもしれない。



●強くなるひと、まもるひと
 
「カウンセリング…過去を映す鏡、ですか」
 妖精から話しを聞いて、サウセはなんだか動揺しているようだった。
 サウセが仮面をしていても、フラルにはそれは手に取るようにわかる。
「手をつないだままというのは…その、照れるような…」
 最初は感情があまり表に出ることがなかったサウセ。
 それが、照れるという言葉を口にしたり、こんなにも動揺したりと
 フラルにとってはそれがなんだかとても嬉しく感じだのだった。
「大丈夫、行こう」
 フラルはサウセに笑いかけてみせ、そのままソファに腰かける。
(さて、どんな過去が映るのか…)
 思い出はきっとお互いに、たくさんあるだろう。
 幸せな過去だけで生きているひとなんて、きっと世の中のどこにもいない。
 楽しい思いでも苦い思い出もきっとどちらもあるだろうから。
 そう思いながら、2人は鏡を見つめる。
 ゆらゆらと動きはじめた大きな鏡の表面は、やがてひとつの光景を映し出した…

「これは…フラルさん…」
 鏡が何かを映し出し、それを見たサウセが驚いて呟く。
「これは…オレが神人として顕現した時の光景だ…」
 フラルも、鏡をみながら、どこかなつかしそうに、そしてどこか切なそうな顔で見つめている。
 鏡は、悲鳴と狂乱に陥っているフラルの故郷を映し出していた。
 3年前故郷にオーガの襲撃があり、戦ったのは帰郷していたこの村出身のウィンクルム。
 フラルは、彼らが戦っているところに出くわし、それが原因で顕現したのだ。
(ああ…もう3年も前になるのか…)
 その光景を身ながら、鏡に映る光景とともに、フラルも当時の思い出をかみしめる。 
 そして、オーガはフラルを標的にし、狙って襲ってきた。
 迫り来るオーガから必死に逃れながら、逃げ惑うフラル。
 今まさに命を奪われるというまさに絶体絶命のその時、助けは訪れた。
 フラルをそれをかばったのは、神人…。
 ウィンクルムと神人の手いよってなんとかオーガは倒されたのだが、
 フラルをかばったその男性の神人は重傷を負った。
 鏡には、必死に二人に許しを求めているフラルの姿が映っている。
『…2人は自分を許してくれた…けれど、オレは無力な自分を許すことはできなかった…』
 鏡に映る光景から、当時のフラルの心の声が聞こえてくる。
 その光景と声を、サウセはただただ、息をつめて見守るしかなかった。
 これまで、自分を支えてくれたフラルの、優しさと強さの裏側には
 こんな出来事があったのか…と。
 アメの中でつないだ手を、再確認するようにサウセは思わず握りしめる。
 契約の時に、彼は…フラルは、「守られるだけの存在になるつもりはない」と言った。
 その言葉と、その表情に、なにかなみなみならぬ決意をサウセは感じていたのだ。
 フラルのその発言の真意を、サウセは知りたいと思っていた。
 それがまさか、こういう事実ががあったとは…。
 映し出された過去は、サウセの想像をはるかに超えるものだった。
 過去をそれぞれにかみ締める2人に、鏡から声が聞こえてきた。
 それは、フラルの声にも聞こえ、そうでもない別の何かにも聞こえる、不思議な声。
 『この時、強くなると誓った。それは果たされたのか…?』
 フラルはその言葉の意味を受け止めて、自分の内側に意識を集中させる。
 ただ、守られる立場にはきっとなってはいないだろう。
 あの頃とは違う。けれど、強くは…なっているだろうか。
 ならば、今、自分が過去に対して今、ただひとつ言えることは。
 フラルはしっかりと鏡に映し出された過去に向き合い、ハッキリと言う。
「今もそれはわからない。だが…オレは、前に進んでいるつもりだ」
 フラルのその言葉を、その表情を、サウセはそっと見守っていた。
 自らの過去に強くなったかと聞かれ、正直な言葉を口にしたフラル。
 少なくとも…鏡に映されたときより、きっと確実に今の彼は強いと確信がもてる。
 …でも、時折、不安になるのだ。その正体はわからないけれど。
 その強さを誓ったことと引き換えに、フラルには何か大きな代償が待ち受けているようにも思える。
 だから、彼を守りたい…と。

 しばらくして、戻ってきた妖精の手によって、無事にアメは取り外された。
 お礼を言って、夜の闇に照らされたバザーの広場から、夜空をそっと見上げる。
 月明かりに照らされて、フラルがサウセを振り返った。
「サウセとの契約時のオレ発言…気になってたんだね」
 フラルは気付いていたのだ。契約するときの、仮面の下に隠されたサウセの微妙な表情の変化を。
「あれは…あの経験で、誰かを守れる強さを持ちたかった気持から出た言葉。
 でも、その発言はサウセを少なからず傷つけていたんだよな…すまなかった」
 今だから、はじめて口に出来る、それはサウセの謝罪の言葉。
 それを聞いて、サウセもそっと微笑んで返す。
「確かにあの時少なからずショックを受けたのは事実です…」
 自分がずっと待っていた、自分に適合した神人。
 そんな人にやっと会えたと思ったら…あの発言が待っていたのだ。
 その言葉のせいで、上手くやっていけるか何度も不安になった。
 しかし、時間が経つにつれて、彼の凛々しさと優しさを知り、憧れを抱くようになっていったのだ。
「今はもう気にしていません…」
 私はフラルさんに憧れを抱いていますから、というのは
 きっと、その言葉に続けた微笑で、じゅうぶんに伝わっているだろう。
「ありがとう…」
 そう言って、そっとフラルは瞳を閉じる。
 うちあけにくい過去を知ったからこそ…伝えられる言葉がある。
 頷いて、夜道を歩いてゆく2人。
 アメで固めたてのひらよりも確かな、見えない何かが、そこにはあった…。


●しあわせのかたち、きずなのかたち
 アメが外れたそれぞれの2人の手には、ランプが握られていた。
 そしてそれは…テントの中で、ある特別な瞬間に…そっと灯がともったのだった。
 過去を知り…互いを知り、そして新しい明日へ一歩を踏み出す、その転機、その瞬間。
 それはきっとどんな形であっても、幸せにちがいないことの証。
 幸せの灯に導かれて、2人は夜の道を歩いてゆくのだった。
 くらやみに、まどわされないように…


FIN 



依頼結果:成功
MVP
名前:瑪瑙 瑠璃
呼び名:瑠璃
  名前:瑪瑙 珊瑚
呼び名:珊瑚

 

名前:ハーケイン
呼び名:ハーケイン
  名前:シルフェレド
呼び名:シルフェレド

 

メモリアルピンナップ


エピソード情報

マスター 京月ささや
エピソードの種類 ハピネスエピソード
男性用or女性用 男性のみ
エピソードジャンル シリアス
エピソードタイプ EX
エピソードモード ノーマル
シンパシー 使用不可
難易度 普通
参加費 1,500ハートコイン
参加人数 5 / 2 ~ 5
報酬 なし
リリース日 03月04日
出発日 03月11日 00:00
予定納品日 03月21日

参加者

会議室

  • [11]アキ・セイジ

    2015/03/10-23:00 

    プランは提出できた。

    ランスの赤裸々なある日の様子が見れるらしい。
    見て良いものかどうか一寸聞いてみようかな。

    一息つこう。(コーヒー淹れ

    ダイスA:コーヒーの量(杯)

    【ダイスA(6面):1】

  • [10]瑪瑙 瑠璃

    2015/03/10-22:06 

    珊瑚やっさー!!

    瑠璃:
    知ってる。

    珊瑚:
    ふらー!(馬鹿ー!)瑠璃に聞いてねぇーし!!
    わんも瑠璃ぬ過去が気になるやっさ。やしが、鏡のみぞ知るって事で!
    へへっ、楽しみやっさ。

  • [9]瑪瑙 瑠璃

    2015/03/10-22:01 

  • [8]明智珠樹

    2015/03/10-21:31 

    こんばんは、明智珠樹のパートナーの千亞だよ。

    僕的には珠樹の過去が気になるんだけど…こればかりは映ってみないとわからない、よね。
    プランも無事に提出したし、のんびり見てこようと思うよ。
    どうか皆、素敵な時間が過ごせますように!

  • [7]明智珠樹

    2015/03/10-21:29 

  • [6]フラル

    2015/03/10-08:38 

    締切直前で挨拶を思い出した…。
    オレはフラル。
    よろしくな。

    手をつないだ状態で、さらにどちらかの過去…。
    大変なことにならなければいいのだが…。

  • [5]明智珠樹

    2015/03/09-18:50 

    すっかりご挨拶を忘れておりました、明智珠樹です。
    皆様今回もよろしくお願いいたします、ふふ…!!

    飴、一生離れなくても構いませんのに…!と思いつつ、
    どちらの過去が見られるのか楽しみですね。

    皆様も良き時間が過ごせますように…!!ふ、ふふふふふふ。

  • [4]明智珠樹

    2015/03/09-18:48 

  • [3]ハーケイン

    2015/03/09-11:21 

    ハーケインだ。シルフェレドとどちらの過去が見えるかは分からん。
    嫌な予感しかしないが、よろしく頼む。

  • [2]瑪瑙 瑠璃

    2015/03/09-00:40 

    瑪瑙瑠璃と相方の珊瑚です。
    過去と対面とはいいますが、どっちの過去が見られるかは(PC側は)当日までわからないようです。

    出来ることなら良い過去が見られたらと思います……改めてよろしくお願いします。

  • [1]アキ・セイジ

    2015/03/08-23:01 

    アキ・セイジだ。相棒はウイズのランス。よろしくな。


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