【家族】かわいいあの子が戻らない(瀬田一稀 マスター) 【難易度:普通】

プロローグ

 ショコランドの【忘れられた古都ウルプス】周辺にて。

「かわいいあの子が戻らない。昨夜出したキャロットスープに、間違えて砂糖を入れてしまったのがいけないのかしら」
 黄色いエプロンをした幸運の兎、【プレジール・ラビット】のカナリヤが、涙に濡れた目をこすっていた。その横で「そんなことないわよ」と飛び跳ねるのは、桃色の三角巾(間から耳が見えている)をつけた兎、シエルである。
「あの子は、そんなことで怒るような子じゃないわ。それより私があの子の料理にケチをつけたのがいけないのよ。ちょっとくらいキャベツを切るのが不得手だって、端をかじれば同じサイズになったのに」

 二匹して、おいおいと泣いている。
 この世にたった一匹の、かわいい子。
 カナリヤにとっては愛娘、シエルにとっては姪っ子が、いなくなってしまったために。

 そこに、青色の手袋をしたプレジール・ラビット、ナイルが通りかかった。
 泣いている二匹の前で、長い耳をぴこぴこ動かす。
「お二方、たぶんどちらでもないですよ。大切な娘さん、大切な姪っ子さんがいなくなったのは、きっと瘴気の影響です」
「瘴気?」
「確か、お隣のアカさんとシロさんの息子さんも、そのせいでいなくなったって言っていたわ」
「あなたたちの子だけじゃない、多くの子がその瘴気のために凶暴化してしまっているんです」
 ナイルはそう言って、遠い空の下を見た。
「かわいい子はあちらにいるの?」
「呼べば戻ってきてくれるかしら?」
 カナリヤとシエルは、すぐにでも迎えに行きたいと、小さな尻尾を振った。しかしナイルは首を振る。
「やめておきなさい。行けばきっと嫌なものを見ることになります。それより、今異国から、ウィンクルムという人達が来ているようですから、その人達に頼みましょう」
 カナリヤは、ナイルの瞳をじっと見た。
「その人達は、私のかわいい子を助けてくれるの?」
「ええ、きっと」
「どうしてあなたには、そんなことがわかるの?」
 シエルが尋ねる。ナイルはひげを揺らして笑った。
「説明役がいないと、物語が展開しないから……と言ったらおかしいですか? まあ、大人の都合というやつです」
 二匹は首を傾げて、顔を見合わせた。よくわからないけれど、かわいいあの子のためにと、新鮮なブロッコリーを大量に持って来た。
「ナイルさん。その、ウィンクルムに渡して頂戴」
「これはあの子の大好物なの。これさえあれば、きっと姿を見せてくれるわ」
「そうそう、あの子は耳に、オレンジのシュシュをつけているわ」
「絶対無事に、帰して頂戴ね」

 ナイルはブロッコリーを持って、A.R.O.A.の職員のもとを訪れた。
「かわいいあの子の毛並みは、きっと黒く荒れているでしょう。噛みついたり、ぴりりと電気で攻撃をしたりして、あなた達に危害を加えるだろうと思われます。【ラビットリーダー】ともなれば、群れを率いて、罠を仕掛けることだってできます。それでもあの子を、助けてもらえますか?」
 もちろんです、と職員は快諾。その後、ウィンクルムは『かわいいあの子』を救いに行くことになった。
 しかし、目的地でブロッコリーを取り出した途端。

「えええ、あの子じゃない子も来てる!」
「っていうか、シュシュの子リーダーなんじゃ……」
「みんな、一斉に来ないでええ!」

解説

ナイル「さて、私がいろいろ説明しますね。え? 長靴兎のアオとは双子ですよ。マスターの中だけの、どうでもいい設定ですが」

【まず大事なこと】
私たち幸運の兎(プレジール・ラビット)の家族が、危険な兎ラピット・ラビットになってしまいました。
彼らをもとの温厚な兎に戻し、家族の元へと連れ帰ってあげてください。

【プレジール・ラビットとは】
人語を解する二足歩行の兎です。身長は50~75センチくらいが普通。喋るのと二足歩行以外は、たぶん皆さんが知っている兎です。

【ラピット・ラビットとは】
瘴気の影響で凶暴化したプレジール・ラビット。電気の攻撃は、3回当たるとしばらく動けなくなりますから、注意してくださいね。
彼らをまとめるのが【ラビットリーダー】です。ラピット・ラビットよりは強いですよ。

【今回のお願い】
カナリヤさんとシエルさんの『かわいいあの子』と、他4匹の【プレジール・ラビット】を救出してください。
『かわいいあの子』は【ラビットリーダー】です。
彼らは丘の向こうの野原にいます。とくになにもない場所です。

家族は尻尾を握れば元のプレジール・ラビットに戻ると言われていますので、ぜったいに命はとらないでくださいね!
無事に助け出してもらえたら、みなさんが持つ【幸運のランプ】に【幸せの灯火】を付けてあげることができます。


ゲームマスターより

救出して欲しいのは、『かわいいあの子』ほか4匹。合計5匹です。
彼らは誰かの大切な子たちです。
怪我を負わせると失敗に近くなりますので、ご注意を。
尻尾をぎゅっとしてあげれば、元に戻りますからね。

なお、アイテム申請については、コンビニで売っている程度の物のみ。
疑問を感じるものは、却下します。

意識してほしいのは、兎たちは今は凶暴化しているけれど、倒すべき対象ではないという事です。
そこらへんの、ただの動物とも違います。
人道的ではない行為は控え、良心に則ったプランを提出してください。

リザルトノベル

◆アクション・プラン

ハロルド(ディエゴ・ルナ・クィンテロ)

  開幕トランス(攻撃しませんが念の為)

【調達物】
ミックスサラダ×2(レタス、キャベツ避ける)
ゴム手袋(全員分)
(どれも購入できれば、です)

ディエゴさん、うさぎ(ラビットですが)を宥める方法を教えてあげましょう
うさぎの言語を真似するんです
自分を味方に見せる為に……
つまり、語尾に『ぴょん』をつけるんです

野菜はその子によって好き嫌いがあると思うので
色んな種類の野菜を見せて気を引いてから
手かハンカチで目を覆うことができると良いですね
少しの間混乱で動きが止まるかもですし、注意を逸らす目的でもあります

電撃はゴム手袋で防御できないか試してみましょう
手袋が調達できない場合、ジグザグに動いて当たりにくくします



エリー・アッシェン(ラダ・ブッチャー)
  心情
瘴気による凶暴化ですか。ボッカは困った置き土産を残していきましたね。

行動
一斉に来たラビットに水鉄砲を乱射。ただし、ラビットの体から電撃が出ているようなら、撃つふりに留めます。とにかくビックリさせて、トランスする余裕を作りたいです。
トランス後は素手。尻尾握りは精霊に任せ、まずは状況把握。野原という地形条件から落とし穴か転ばせ罠と予想し、不自然な場所がないか目で確認。罠を見つけたら大声で仲間に警告です。
ラビットが接近してきた時は、目前で猫騙しの技を使います。
オレンジのシュシュをつけたリーダーの動向と、野菜を持つ仲間の負担に注意します。危なくなったら野菜をパスしてもらい、引き寄せ役を変わります。


水瀬 夏織(上山 樹)
  申請:野菜サラダ
ブロッコリーと野菜サラダを持ってラビットの注意を引きます。
野菜類を持っている間は尻尾握り役の方たちにラビットが背を向けるように常に動き回ります。
危険だと思ったり、体力に限界を感じたらアッシェンさんや他の方に野菜をパスします。
野菜をパスしたら尻尾握り役に回ります。
ラビットの背後に回って、そっと近寄って尻尾を握ります。
上山さんのバリアで弾かれたラビットになるべく素早く駆け寄って、尻尾を握るつもりです。
ラビットがちょこまか動くようなら、力強く手を叩いて驚かせられたら良いなと思います。
隙が出来たら、又はすべてのラビットを鎮静化出来たらトランスします。



リコチェット・ベッカー(ヒューゴ・クランツ)
  瘴気ってそんなに怖いものなんですね…
無事にもとに戻せるよう頑張らないと
あ、あれ?数、多いですね…

私は尻尾を握って正気に戻す係ですね
武器は持たない事にして、くれぐれも怪我をさせないように気をつけます
他の人が気を引いている間にそっと近づいて背後を取ります
孤立したり無茶な突出はしないように気をつけますね
電気の攻撃は何回か当たってしまったらより慎重に距離を取るようにしますね

罠もあるらしいので警戒しておいて何か疑問に思う事があったらすぐ皆さんに伝えますね
有利な状況でも油断はせずにいきましょう

兎が全員正気に戻ったら家族の所へ一緒に帰ります
リーダー以外の兎さん達も身元を確認して帰れるのか尋ねておきます


「瘴気による凶暴化ですか。ボッカは困った置き土産をしていきましたね」
 そう言って、エリー・アッシェンは野原の向こうを見つめた。遠目に見える、黒い毛並みの兎たちは、幸運の兎と呼ばれるプレジール・ラビットが変化した、ラピット・ラビットたちだ。
「瘴気ってそんなに怖いものなんですね……。あの子たちを無事に元に戻せるよう頑張らないと」
 リコチェット・ベッカーの言葉に、ヒューゴ・クランツが頷く。
「そうだね。早く元に戻して、家族の人たちにも安心してもらいたいな」
「ですよね」
 リコチェットは、自分が旅に出ることを許してくれた両親を思いだしていた。遠くにいても気持ちは繋がっている。それはきっと、この兎たちだって同じだ。
 水瀬 夏織は、野菜サラダとブロッコリーの入った袋を手に持っている。ブロッコリーはプレジール・ラビットから預かったものだから、きっとあの子たちは食べてくれるだろう。野菜サラダはどこまで気に入ってもらえるかわからないけれど、相手は兎。嫌いではないはずだ。
「水瀬はそれで、ラビットの気をひくんだよね。僕はラビットを惹きつける役の人達と、一緒に動くようにするよ」
 上山 樹が言う。彼の口元には、いつだって微笑みが浮かんでいる。遠くのラピット・ラビットを見るときも、夏織を見るときも。
「わかりました、上山さん」
 夏織は表情硬く、彼を見上げた。その少し後ろでは、ハロルドが、荷物から人数分のゴム手袋を取り出していた。これを仲間に配るのだ。
「ゴムは電気を通しませんから、ラビットに触れるときはこれを使いましょう。あと、レタスとキャベツを避けたミックスサラダも持参しました」
 ディエゴ・ルナ・クィンテロは彼女を、というよりは、彼女の荷物を見下ろした。猫のたくさんいる店に行ったり兎を捕まえにきたり、最近どうも動物ネタが多い気がする。エクレールはまだしも、俺は別に動物に詳しいわけではないのだが、と思ったところで、こちらは任務なのだから仕方がない。
 ハロルドが立ち止まり、インスパイアスペルを呟く。
「Semper fidelis」
 ディエゴはハロルドに届くようにと、膝を曲げて頭の位置を下げた。柔らかい唇が、頬に触れる。今回はラビットを攻撃するわけではないが、念のためのトランスだ。
 その、すぐ近くで。
「絆の調べ」
 リコチェットはヒューゴの肩に手を添えて背伸びをし、彼の頬に口づけた。仲良くやっていけるかと案じている男性の頬にキスをするのはハードルが低いとは言えないが、これも必要なことである。ヒューゴは特に何も言わず、彼女の唇を受け止めた。

 ハロルドはディエゴの頬から唇を離すと、彼をまっすぐに見上げた。
「ディエゴさん、うさぎを宥める方法を教えてあげましょう。うさぎの言語を真似するんです。自分を味方に見せる為に……。つまり、語尾に『ぴょん』をつけるんです」
 ディエゴは小柄な彼女の顔を、まじまじと見つめた。
「本当にそんな方法で宥めることができるのか? 確かに言葉はかけたほうが良いだろうが……。まあ、それで普通の状態に戻るなら良いことだよな」
 ――と、納得しかけたのは一瞬のこと。彼はきっぱりと、言い放った。
「だが断る。同じ嘘が通ると思っているなら、NOを突きつける」
 ハロルドの言葉を信じたばかりに、ねこ喫茶で語尾に『にゃん』をつけさせられ、うかつにもそれを録音、携帯着信音に設定されたのは、そんなに遠い昔のことではない。
 ハロルドは断られるとわかっていたのか、それともからかえて満足なのか、それ以上『ぴょん』を勧めることはなかった。ただ、とり出そうとしていた携帯をしまいなおしたのは見えた。『にゃん』だけで満足してほしいものだ。

 さて、そしていよいよ向かった、兎の集まる場所である。数メートル先では黒い兎が、野原を飛び跳ねている。その様子は普通と同じに見えなくもないが、ウィンクルムが近くに現れたら、どう出てくるかわからない。
 エリーは早口で、インスパイアスペルを口にした。
「身は土塊に、魂は灰に」
 ラダの頬に口づけをし、トランスをする。
 その横を、夏織と樹をはじめとする、その他ウィンクルムが進む。
 夏織は、ラピット・ラビットの前までくると、ゴム手袋をはめた手で、野菜を差し出した。
「美味しいブロッコリーですよ。サラダもありますからね」
 その隣で、ハロルドも野菜サラダを広げる。
「色々な野菜がふくまれていますよ。サラダ菜に大根、パセリ……」
 兎たちの顔が、ひょこりと上がる。長い耳で、夏織とハロルドの言葉をしっかりと聞きつけたのだ。凶暴化しても、所詮は兎……とは、この場の誰もが思った。そう、彼らは基本が兎なのだ。餌があるとわかれば、意識はそちらに集中する。
 ててて! と向かってくるラピット・ラビット。その数5匹。
「わっ、全員、ですか!?」
 そのあまりの勢いに、夏織は驚き、身を引きかけた。ハロルドは平然と待ち受ける……が。はじめはただ地面を走っていた彼らは、餌を前に一斉に2人に飛び掛かった。
 オレンジシュシュのリーダーその他2匹は夏織のもとへ、別の2匹はハロルドのもとへ。思い切り、ジャンプ!
「きゃっ!」
「水瀬!」
 樹はマジックワンド「ダークアイ」を振りかざした。杖についた漆黒の猫目石がきらりと輝き、周囲にバリアが生まれる。
 兎はそれにはじかれて、夏織に届かず地に落ちた。
 対して、ハロルドの側である。
 そちらの兎には、少し遅れて到着し、様子を見ていたエリーが銃口を向けた。2丁拳銃『カンケツセン』。この銃はいわゆる水鉄砲であり、攻撃力はない。だからこそ、今回の任務に持参した。この角度だとハロルドに少々お湯がかかってしまうかもしれないが……。
「すみません、ハロルドさん!」
 言いながら、トリガーを引く。水は一直線に、2匹の兎たちへとかかった。兎は驚き、ハロルドではなく、銃を撃ったエリーを見やる。怒っているのか、その体はちりちりと震え始めた。
「あの……っ」
 逆効果、だったのだろうか。いや、でも、ハロルドは救えた。震えているうち、1匹の尻尾を握ろうと、ディエゴはその背後に回った。ゴム手袋をしているから、触れても痺れる心配はないはず……と思いきや。
 兎が、振り返った。
 ラピット・ラビットはディエゴに、尖った歯を見せ向かってきた。ディエゴはいつもの癖で武器に手を伸ばしたが、これを使えば相手は間違いなく、死んでしまう。
 とっさに手を出し捕まえようとするも、兎の歯が、ゴム手袋の手を噛んだ。それはあっさりとゴムを破り、指先に到達する。ちりりとした痛み。直後、ディエゴの体には、びりびりと電撃が走った。手袋があることが幸いしてか、動けぬほどではない。だが痛い。それを耐え、噛まれた右手はそのままに、左手を思い切り伸ばし、兎の尻尾を掴む。もふっ!
 兎はあっさり脱力し、地面に伏した。
 しかしもう1匹が……。
「ウヒャァ……こっち来そうだよぉ!」
 ラダが声を上げる。
 ハロルドは、今まさに、エリー達に飛び掛からんとしている兎の後ろに立った。こちらには見向きもしていない。チャンスである。
 小さな足が土を蹴ろうとする瞬間。
「失礼しますね」
 言葉を解する相手に一応言って、ゴム手袋をつけた手で、兎の尻尾を掴んでしまう。むぎゅっ!
 兎は瞬時に動きを止めた。ばったりと地面に落ちそうになる体を、ハロルドが支える。脱力したと同時に電撃は消えたので、もはやただの兎である。その体を抱いて、ハロルドは傍らのディエゴを見た。
「大丈夫ですか、ディエゴさん」
「ああ、手袋のお蔭で、大したことはない」
「私が攻撃をしたからですね……お二人とも、すみませんでした」
 エリーは丁寧に頭を下げた。ハロルドは「いえ」と小さく首を振る。
「動物のやったことです。とりあえず、2匹は元に戻すことができましたから、あまり気にしないでください」

 一方、ラビットリーダーと、ラピット・ラビット2匹を跳ね返した樹たちは、その3匹を、夏織、リコチェット、ヒューゴとともに取り囲んでいた。しかし兎は背中を合わせて、それぞれの方向を向いている状態で、尻尾を握ることはできない。
「俺が引きつけるよ」
 ヒューゴは、マジックブック『目眩』を開いた。途端、兎たちの体が、ふらふらと揺れる。それと同時に、バリアに弾き飛ばされて以降、電気を帯び震えていた毛並みは、落ち着き始めた。
「ヒューゴさん、すごいです!」
 リコチェットは思わず手を叩いた。これで兎たちは大人しくなる、と思った時。……オレンジのシュシュをつけたリーダーが、だん! と地面を踏みならした。
 リーダーは、だん、だん、とジャンプを始めた。自分の体が他の兎にぶつかることもお構いなし、というか、それが狙いだったのかもしれない。さっきまでゆらゆらとしていた兎たちの体はしゃんとなり、再び毛が震え始めた。しかも。
 リーダーは、2匹の兎を手に持つと、その体をひょいと持ち上げ、1匹をリコチェットに向けて投げつけたのだ。
「きゃああっ!」
 とっさのことに、身を硬くするリコチェット。
「危ない!」
 樹が魔法の杖を振るい、彼女の前にバリアを作った。兎ははじき飛ばされるもめげずに、今度は夏織へと向かって行く。
「なんで神人ばかり狙うんでしょうか……!」
「水瀬さん!」
 駆け寄ったヒューゴが、夏織の手から、奪うようにして野菜をとる。
「ほら、こっちに餌があるよ」
 弾き飛ばされた兎の眼前にそれを差し出すと、兎はふんふんと鼻を動かしながら、ヒューゴの傍へと寄っていった。こう言っては悪いが、やっぱり兎。さすがに、すぐそばに出てきた餌に勝つものはないようだ。
 リコチェットは、どきどきする胸を押さえながら、餌を食べている兎の後ろに回った。さっきまで発生していた電気は、餌を前にして消えている。
 これ、チャンスですよね?
 そろそろと近寄り、思い切り兎の尻尾を掴んだ。もっふ! 兎の体が、ヒューゴの持つ餌の上にばさりと崩れる。飛び散る野菜。ラピット・ラビットは動かない。
「え……大丈夫?」
 ヒューゴはその体をつついたが、反応はない。しかしすうすうと安らかな息が聞こえることから、眠っているだけらしいことは判断がついた。
「あと2匹ですね」
 リコチェットは、夏織と樹の側にいるリーダーと、もう1匹に向き直った。リーダーは仲間であるラピット・ラビットを抱えている。しかし動作はそのまま静止中。何やら考えているようだ。
「何をしたいんだろうね、あの子は」
 樹はマジックワンドを構えつつ、リーダーをじっと見た。と、リーダーが樹に向かって、兎を投げつける!
「それは無駄だよ」
 自分の前に、バリアを発生させる樹。兎がはね飛ばされ、その尻尾を掴もうと、夏織が走り寄る。そこに、リコチェットは小さな違和感を見つけた。
 あのあたりの野原の何かが違う……あっ!
「夏織さん、足元! 落とし穴です!」
「えっ!?」
 夏織はすぐに、足の動を止めようとした。が、ちょうど踏み下ろしたところが、まさにその落とし穴であった。よく見れば、色の違う草が敷かれていたのだが、それに気付く余裕がなかったのだ。
「きゃあっ!」
 がくりと前方に傾く体。深さは夏織の腰のあたりまで。比較的まっすぐ落ちたこともあり、衣服が汚れてしまったくらいで、幸運にも大きな怪我はないようだ。ただ、夏織が追いかけていたラピット・ラビットがすぐそばで、帯電しつつ、彼女に噛みつこうと口を開けている。
 樹はすぐに、彼女を守るべく杖を振り上げようとした。しかしそんな彼のところには、ラビットリーダーが走り込んでいる。
 相棒の前にも、自分の前にも、兎がいる。攻撃手段はこの杖のみ。どうする。いつものように、じっくり考えている時間はない。
 夏織は、兎を驚かすために叩こうと、手を開いている。
 兎があれで逃げてくれればいいけれど。もしダメだったら高さ的に、水瀬は顔を噛まれてしまうかもしれない。
 そう思った時、樹の体は自然と動いた。夏織の前に、バリアを発生させたのだ。
 案の定、夏織の顔を狙って飛び掛かり、跳ね返されるラピット・ラビット。しかし、樹にはラビットリーダーの前歯が――食い込まない。エリーの水鉄砲だ。
 リーダーは背後からの攻撃に驚いたようで、濡れた体で振り返った。そこには、ラダがいる。彼は素手で、リーダーの体をぎゅっと掴んだ。もちろん、怪我はしないように力加減はしている。
「エリー、尻尾、尻尾掴んで!」
 片手を離せばリーダーは逃げてしまうかもしれない。まっすぐに伸ばした太い腕の先に、暴れる兎。小さな足に体を蹴られそうになりながら、ラダは叫んだ。
「はい、ラダさん!」
 すぐにエリーがやってきて、兎の背中側から、尻尾を握る。もっきゅ! ラダの腕の中で、兎はぐったりと力を抜いた。

 樹のバリアにはじかれたプレジール・ラビットを捕まえるべく、夏織は落とし穴の中から手を伸ばした。しかし、届かない。それどころか、兎は夏織の後頭部側に回り、姿が見えなくなってしまった。後ろから攻撃でもされたら最悪だ。
 見失ってはならないと、体を反転させようとする夏織。そこに「わっ!」と叫ぶヒューゴの声が響いた。おそらく、近寄ろうとしている兎を、驚かせてくれたのだろう。
 樹がばたばたと走ってきて、夏織の手をとり、落とし穴から引き上げてくれる。ラピット・ラビットには、リコチェットとヒューゴ、他にハロルドとディエゴが対峙していた。
「ほら、餌はまだ残っていますよ」
 ハロルドが、サラダを兎の前に差し出す。兎は始め興味深そうに近寄っていったが、これだけの人数に囲まれていることを怪しいと思ったのか、寸前で足を止めてしまった。
 野菜、すなわち進行方向下方に向けていた目を上げる、ラピット・ラビット。前にはハロルドが一人。
 その時、ハロルドの動きは早かった。餌を地面に置いた彼女は、正面から、兎の目を手のひらで覆ったのだ。
 突然視界を奪われて、兎は固まった。その尻尾を、ディエゴが掴む。もぎゅっ! ハロルドの体に、兎がもたれかかる。温かく柔らかい兎は、大人しくしていれば愛らしい。
「これで、全員ですね」
 その体を抱き上げ、ハロルドは周囲を見回した。
「そうだな」
 脱力し、地面に寝ている兎は、ラダが戦いに巻き込まれないようにと、遠くに運んでくれている。全部で5匹。任務は達成だ。


「陰と陽、光と闇、表と裏、対の名のもとに」
 夏織は樹の頬に口づけた。落とし穴に落ちてしまいはしたが、夏織自身に怪我はない。兎たちも全員無事。せいぜいエリーの水鉄砲で濡れているくらいだ。だから、樹のトランスは、ディエゴのためである。
「こんな傷は放っておけば治る」
 指先を兎に噛まれていた彼はそう言ったが、相手は動物。念のため、ということになった。
「ディエゴさん、語尾に『ぴょん』をつけないから、そんなことになるんですよ」
 ハロルドが言う。しかし、彼の傷を治してほしいと樹に進言したのは彼女である。
 兎たちは、今だ野原の上に横になっている。
「幸運の兎可愛い! けど、野生動物じゃなくて、ショコランドの文化的な住人なんだねえ」
 ラダは5匹の兎を順に見つめて言った。
「ねえエリー。この子たちは、凶暴化してしまったことを気にしたりしないかな?」
「……どうでしょう。この子たちに悪意はないのだから、気にして欲しくはないですね」
「そうだよね! もし心配する子がいたら、ボクが言ってあげるよ。『悪いのはボッカっていう、色々と残念なギルティのせいだよぉ』って!」
「この子たちが全員元に戻ったら、家族の所へ一緒に帰らないとですね」
 リコチェットは、眠る兎の1匹をそっと撫ぜた。
「リーダー以外の兎さんたちも、身元を確認して帰してあげないといけませんね」
「そうだね。きっと家族は、心配をしているだろうから」
 ヒューゴは、そう言って、広い草原を見た。
 青々と茂る芝が風に揺れている。
 兎たちの目が覚めるまでは、あとしばらくかかりそうだ。



依頼結果:大成功
MVP

メモリアルピンナップ


エピソード情報

マスター 瀬田一稀
エピソードの種類 アドベンチャーエピソード
男性用or女性用 女性のみ
エピソードジャンル イベント
エピソードタイプ ショート
エピソードモード ノーマル
シンパシー 使用不可
難易度 普通
参加費 1,000ハートコイン
参加人数 4 / 2 ~ 5
報酬 通常
リリース日 03月03日
出発日 03月11日 00:00
予定納品日 03月21日

参加者

会議室

  • 野菜パスですね、了解です。
    ではプラン仕上げてきます。

  • [20]水瀬 夏織

    2015/03/10-22:02 

    連投申し訳ありません。

    同じ内容が間違って複数回投稿されていたので削除しました。
    ご迷惑おかけしました。

  • [19]水瀬 夏織

    2015/03/10-21:26 

    会議に参加できず申し訳ありません。
    プラン提出しました。

    夏織
    ・野菜を持って引き付け役に。
    ・移動してラビットの背後に尻尾握り役の方が来るようにする。
    ・限界が近付いたら野菜をパス。自分は尻尾握り役に。


    ・引き付け役の方たちと行動。
    ・タイミングを見計らってバリアを張りラビットの足止めをする。
    ・引き付け役が危険な場合もバリアを張る。
    ・トランス出来ればファストエイド使用。

    です。
    ご指摘あればお願いいたします。

  • [16]エリー・アッシェン

    2015/03/10-20:34 

    プラン提出しました。
    おおまかにまとめると、私たちのペアの動きはこんな感じです。

    エリー
    ・プロローグで一斉に来たラビットへの対処(少なくともトランスできるだけの隙を作りたい)
    ・落とし穴や転倒トラップがないか確認
    ・野菜を持つ人からローテーションでパスをもらえるよう、準備しておく

    ラダ
    ・尻尾握り役
    ・尻尾を握った後のラビットは、戦いに巻き込まれない場所まで避難させる

  • [15]ハロルド

    2015/03/10-16:58 

    あとまた案ができたので投下

    野菜で引きつけた後、布かハンカチで一旦ラビットの視界を覆う
    怒った小動物は大抵これで鎮火するようだ
    宥める…というよりかは一時混乱するというほうが正しいかもしれないが

  • [14]ハロルド

    2015/03/10-11:39 

    あぁ、エリーのイメージと変わらないと思う
    あとはその場の状況で柔軟な対応ができれば良いんじゃないかな

  • [13]エリー・アッシェン

    2015/03/10-01:16 

    たしかに電撃の影響が蓄積すると行動不能になるので、それは避けたい事態ですよね。
    ダメージ分散のローテーションは、具体的にはどんな感じの動きになるのでしょうか?
    野菜を持つ役の人が危なくなったら、無事な味方に野菜をパスする、という光景が私の脳裏に浮かんだのですが、ディエゴさんの想像していたものとイメージが違っていたらすみません。

  • [12]ハロルド

    2015/03/09-22:54 

    あぁ、宜しく頼む

    役割分担だが…電撃のダメージ分散のためにローテーションはできないものだろうか?
    ラビットを引き付けるということはそれだけ電撃をくらう危険も大きい
    どちらかに負担が偏るよりかは行動不能になる恐れは少ないと思う
    これについては反対がなければこちらでプランに組み込むつもりだ

  • ハロルドさん達もよろしくお願いします。

    マジックブック使う関係上ヒューゴさんは気を引く係で、私は尻尾握り係をしようかと思います。
    戦うわけではないのでトランスはいらないのかなと思っていたんですが、
    マジックブックの効果が出るのかがよく分からなかったので一応こちらはトランスしておきますね。

    そういえば野菜で気づきましたが、ブロッコリーが好物だってわかってるのはリーダーだけでしたね。
    となると、ブロッコリーを持つ水瀬さん達の方にリーダーが寄っていきそうでしょうか。

    あとはプロローグを読み返していたら罠を仕掛けてくるかもしれない、とありましたね。
    どんな罠なのか私だとちょっと見当もつかないのですが……、警戒しておくようにしますね。

  • [10]エリー・アッシェン

    2015/03/09-21:58 

    こんばんは。仲間ウィンクルムの数が増えると心強いですね。

    気を引く人と尻尾を握る人の役割分担では、私とラダさん両方尻尾握り係をやろうと思っています。

    大きな音を出す案ですが、大声や手を叩いたりする程度の音で凶暴化しているラビットの動きが止まるかどうか……。考えてみるとだんだん微妙な気がしてきました。
    手を叩くタイミングは、戦闘開始時に合図のように叩くのではなく、乱戦状態になった時にラビットへの猫騙しとして使うことにします。

    エピソード出発日がフェスイベ出発日と同じなので、装備やジョブスキルのセットには悩みますね……。
    精霊はフェス用に両手剣武器を装備していますが、このエピソードでは基本的に武器は使わずに素手で行動する予定です。

  • [9]ハロルド

    2015/03/09-00:17 

    ディエゴ・ルナ・クィンテロ着任した
    よろしく頼む

    二手に分かれる件了解した

    二つ思うところがあってどちらも主観的なんだが…

    こちらも野菜をもってうさぎに近づきたいんだが
    ミックスサラダのような種類が豊富なものを使いたいなと
    知り合いが飼っているうさぎが、好き嫌い激しくてな
    野菜の中でも全く手を付けない(食べさせても良い野菜と避けるべき野菜の知識はあります)ものがあったんだ
    変異?しているとはいえ兎=好き嫌い激しいのイメージがあって、野菜は色々持っていったほうが良いのでは、と。

    あと、ゴム手袋も調達できるなら調達したいな
    家の近くのコンビニにはゴム手袋をうっているんだが…田舎特有かもしれないからこれは頼りすぎてもいけないかもしれない。

  • [8]エリー・アッシェン

    2015/03/08-21:58 

    ウサギは耳が大きいから、聴覚が敏感なのかな? っていう発想からのあくまでも憶測です。
    ラビットが大きな音でビックリしてとまってくれるかは、実際にやってみないとわかりません。
    大きな音にビックリしてラビットの動きが一瞬でも停止すれば儲けもの、ぐらいに思っていた方が、プランの隙がないかと。

    好物のブロッコリーで注意を引くのも良さそうですね!
    あんまり大勢でブロッコリーを持っていても、ラビットの注意が分散してしまいそうなので、私は特に好物は持たずにいようと思います。

  • [7]水瀬 夏織

    2015/03/08-01:55 

    ウサギって耳が良いんですね!
    アッシェンさんの、音で怯ませるというのは思い付きませんでした。

    ベッカーさんの仰るように、気を引く方と尻尾をぎゅっとする方に別れたほうが良さそうですね。

    私の方は、これといったマジックアイテムがないのですが、ブロッコリーで注意を引いて上山さんのバリアで弾いて動きを止められないかと思っています。

  • [6]エリー・アッシェン

    2015/03/07-23:43 

    >気を引く人と尻尾をぎゅっとしに行く人で分担
    その方法が良さそうですね!

    マジックブックの効果も心強いです、ありがとうございます。

  • 尻尾をぎゅっとするとなると後ろにまわらないといけなそうでしょうか?
    大きさ的には正面から手を伸ばして届きそうですが、電気の攻撃が直撃してしまいそうなのが怖いですね。
    怪我を負わせてもいけないですし、気を引く人と尻尾をぎゅっとしに行く人で分担してさくさくいければやりやすそうかなぁ、と。
    私も音で怯ませてみるのは効果がありそうでいいと思います。
    こちらはマジックブックの効果で目眩を与えられないか試してみますね。

    数もそこそこ多いことですし、リーダーがいるようですが特に優先順位は付けずに順次戻してしまって
    向こうの数を減らせてしまった方が動きやすそうかなと思いました。

  • [4]エリー・アッシェン

    2015/03/07-02:44 

    ウィンクルムがやるべきことは、ラピット・ラビット4匹とラビットリーダー1匹をケガをさせずに、尻尾をぎゅってすることですね。
    地形は普通の野原。

    ラビットの動きをとめたり、制限できるような作戦があると、有利に進みそうですね。
    ウサギということは聴覚が鋭いのかも?
    私は戦闘がはじまったら手をいきなり大きく叩いて、ちょっとでもラビットたちを怯ませられないか試してみるつもりです。

    ライフビショップやトリックスターの精霊さんであれば、魔法の装備とかも使えそうな気がしますね~。

  • リコチェット・ベッカーです。
    パートナーはトリックスターのヒューゴさんです。
    よろしくお願いしますね。

    怪我をさせてもいけないし、電気の攻撃に当たりすぎてもいけないしでなかなか大変そうです。
    無事にみんなを元に戻せるよう頑張りましょうね。

  • [2]エリー・アッシェン

    2015/03/06-22:57 

    エリー・アッシェンと申します。どうぞよろしくお願いします。

    今回の相手は、怪我をさせずに凶暴化を解除する必要があるんですね。

  • [1]水瀬 夏織

    2015/03/06-10:30 

    初めまして。水瀬 夏織と申します。
    こちらは、ライフビショップの上山さんです。
    どうぞよろしくお願いいたしますね。


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