【灯火】名も無き小さなお城(雪花菜 凛 マスター) 【難易度:普通】

プロローグ

 『幸運のランプ』に導かれるように、そのバザーは人々の前の姿を現します。

 彷徨える『バザー・イドラ』。
 その日、『幸運のランプ』を持ったウィンクルム達の眼前にも、無数の様々なテントが立ち並ぶ光景が、唐突に現れたのです。

「あら、ここに来るのは初めて?」
 蝶の羽を持つ、美しい女性がウィンクルム達に話し掛けて来ました。
「丁度良い時に来たわ、貴方達。是非、あそこに行ってごらんなさい」
 女性が指差す先には、一際大きなテントがあります。

 テントの中に入って、ウィンクルムは息を飲みました。
 そこには不思議な光に包まれた古城がそびえ立っていたのです。

 ※

 城の中をアトラクションに改造した、小さなテーマパーク『名も無き小さなお城』。
 幻想的な室内アトラクションが、訪れる人々を楽しませるバザーの中のテーマパーク。
 ホワイトデーのこの時期、小さなお城は少しだけ大人向けな、ロマンチックな姿を見せていました。

 まず、中に入ると白馬とカボチャの馬車が二人を出迎えます。
 天井には煌めく夜空を模した証明にシャンデリア。
 何処か懐かしい、メルヘンな音楽にのせて『メリーゴーランド』が楽しめます。

 続いて二人を待っているのは、鮮やかな青空と輝く七色の虹。
 『虹のジェットコースター』に乗って、風を切れば気分は爽快。
 室内型ジェットコースターですが、意外と速度が出て、そこそこスリリングです。
 青空を駆け抜け、地底に潜り、最後は雲を突き抜け宇宙へ行きます。
 稀に桃色の蝶が飛んでおり、これを見るとハッピーになるという噂があります。
 爽やかで、少しだけスリリングな一時を楽しめるでしょう。

 次の場所では、また夜空が二人を包みます。
 キラキラと星の光を反射するのは、人工池。
 そして、ゆらり水面に浮かぶのは、二人乗りの小舟。
 星が揺らめく水面を、のんびりと船の旅。
 静寂の中、二人だけの一時を過ごせます。

 三つのアトラクションを終えると、大きな広間にたどり着きます。
 そこでは、華やかな舞踏会が二人を待っています。
 ドレスアップして、ダンスと食事を楽しみましょう。
 優雅なオーケストラの生演奏で、パートナーと踊る一時は特別なものになる筈です。
 ダンスが苦手な方は、ゆったりと食事を楽しむのも素敵です。

 そして、舞踏会の締め括りには、花火が上がります。
 バルコニーに出て、夜空に咲く大輪の華を鑑賞しましょう。
 不思議な事に、テントの中なのに、外には煌めく星々が輝き、花火を彩ります。
 二人で過ごした一日を思い返しながら、貴方はパートナーとどんな会話を交わすのでしょうか?

 なお、特別メニューがございます。
 別途料金を支払うことで、お城に宿泊が出来るのです。
 宿泊をご希望の方は、舞踏会に参加せず、個室で食事を楽しむ事も可能です。
 勿論、部屋のバルコニーからも、花火は存分に眺める事が出来ます。

 さあ、貴方はお城でどんな一時を過ごしますか?
 貴方、もしくは誰かの小さな幸せで、『幸運のランプ』に火が灯るでしょう。

解説

【バザー・イドラ】にある古城なテーマパークで、アトラクションと食事と花火を楽しんでいただくエピソードです。

幸せを見つけて、『幸運のランプ』に火を灯しましょう!

※EXエピソードとなりますので、ご注意下さい。アレンジ多めとなる可能性が非常に高いです!

参加費用(衣装レンタルを含め)として、「500Jr」掛かります。
個室への宿泊を希望される方は、追加で「300Jr」が発生します。

※個室は、2ベッドルームタイプで、寝室が二つに分かれています。

出来る事が比較的沢山ありますので、これだけは外せない・これをメインにしたいという所を、分かりやすくプランに明記して下さい。

舞踏会に参加される方は、お好きな衣装を選べます。拘りある方はプランに記載をお願い致します。
※記載ない場合は、雪花菜が似合うかな?と思うものをチョイスします。残念な事になっても泣かない勇気が必要です…!
 文字数の都合上、詳細な描写を省く事がありますことも、何卒ご了承下さい。

舞踏会では、和洋折衷な豪華な料理をビュッフェ形式で楽しめます。
ドリンクも飲み放題です。(成人している方はお酒も飲めます)
個室では、西洋コース料理を楽しめます。
特別に食べたいものがあれば、こちらもプランに記載をお願い致します。

なお、『幸運のランプ』はウィンクルム一組に一個の貸し出しとなっております。

※グループアクションも歓迎致します!希望される場合は、掲示板ですり合わせの上、プランに分かるよう明記頂けますと幸いです。


ゲームマスターより

ゲームマスターを務めさせていただく、『ホワイトデーは倍返しだ!』な方の雪花菜 凛(きらず りん)です。

初のEXエピソードは、オーソドックスなデートエピソードにしてみました!

かなりな勢いでアドリブが多くなると思われます。
アドリブNGな場合は、くれぐれもご注意下さい…!

特別な想い出に残る一日となるよう、全力を尽くさせて頂きます。
沢山、幸せを見つけて、ランプに火を灯して下さい♪
お気軽にご参加頂けますと嬉しいです!

皆様の素敵なアクションをお待ちしております♪

リザルトノベル

◆アクション・プラン

マリーゴールド=エンデ(サフラン=アンファング)

  うふふ。幸運のランプ、火が灯ったら
どんな感じなのかしらね、サフラン!

○ジェットコースター
桃色の蝶が飛んでいる事があるんですって!
楽しみですわねっサフラン

でも、私気が付いてしまいましたの
私、高い所は好きですけれど…
ジェットコースター苦手みたいですわー!

○個室で食事
個室で食事をしたら
花火の時間までのんびりします

あっ!花火が始まりましたわねっ
部屋から戻ってこないサフランを呼びに行きましょう

…あら?
何だか静かだと思ったら眠ってますわね

風邪を引かないようにサフランに布団を掛けて
寝顔をほんのちょっとだけ観察
髪とかサラサラですわね…触っても起きないかしら

って、私は花火を見ないで一体何をしているのかしらね


かのん(天藍)
  宿泊希望
衣装2人ともお任せ

ランプを手に今でも十分幸せなので、どうしたら火が灯るのか首を傾げる
2人で1つなので、天藍が幸せを感じられたら良いのだろうかと

テントの中なのに不思議な光景が続き夢のようだと感じる

舞踏会
縁のなかった華やかな世界に少し尻込み
天藍の気遣いが嬉しく正装のきりりとした姿に見とれながら、彼の誘導で人目に付かないところで楽しく踊る

宿泊の個室に移動しバルコニーから2人で花火を眺める
2人でいられることが、天藍に抱き締めて貰える事が贅沢な幸せなのだと改めて思う
背後の天藍の顔を見上げ、天藍はどう思っているだろうかと様子を窺う
囁かれる言葉に喜びを感じ、体を天藍に預け見上げる姿勢のまま目を閉じる



ハロルド(ディエゴ・ルナ・クィンテロ)
  宿泊します

【ジェットコースター】
桃色の蝶、見つけられないでしょうか
ディエゴさんに見せたいんです
私からも幸せをあげたいって

【小舟】
蝶、見つけられませんでした…
きっと今日ここに誘ってくれたのは
私が新年に「ディエゴさんとゆっくりした時間を一緒に過ごしたい」ってお願いしたからだと思います
私はすごく楽しいのでお礼がしたかったんです

【舞踏会】
ディエゴさん
やはりフォーマルな服装が似合いますね
姿勢が良いからでしょうか?

【花火】

私も…契約するまでは仕事ばかりで誰かと遊ぶことはありませんでしたから、楽しいです

ディエゴさんも楽しいなら…
…えーと、これからも一緒に過ごす時間があれば幸せが増えるかもしれないですね?



ガートルード・フレイム(レオン・フラガラッハ)
  折り紙の件以来二人とも何となくぎこちない

◆馬車
「…う、うん」手を出す

◆コースター
楽しむうちに少し表情がほぐれる

◆船
漕ぐの好きだがレオンの申し出を受け舳先へ
「星の海にこぎ出すようだな」
話を聞き
もう9割方お前のものなんだけど、と思って
「…取り敢えず、私と恋人になりたかったら、他の女とは別れろよ?」
反応見て、やっぱりいたんだ…と苦笑

◆舞踏会
踊るのは苦手なので
食事しながら鑑賞
一族が舞踏会で音楽を奏でた話をする

相手の話に目を丸くする
過去の話をするなんて初めてだから
「いい家に住んでたんだな。楽しかったか?」

◆花火
「恋人じゃないんだぞ、私たちは」
言うが、嫌がらない

◆宿泊案内
何気なく見てた
赤くなって狼狽える



アマリリス(ヴェルナー)
  どんな一日が過ごせるのかしら
アトラクション満喫し舞踏会

エスコートお願いいたしますわ
別に完璧にやりなさいとはいいません
ただ傍にいてくれればいいの

さ、踊りましょう
立っているだけなんて勿体ないですわ
あれは不可抗力というか…(もごもご

花火
素敵ね
それにしてもこの距離、シチュエーション
あのヴェルナーといえど何かあったり…しませんわよね
むしろその反応に安心すら覚えるのはなぜかしら
まあ女には見てくれているようで安心いたしました

日常があるからこそこういった非日常がより美しく映るのかしら
少し帰りがたいですが…行きましょうか

帰るまでがなんとやらともいいますし
引き続きエスコートお願いいたしますわね、わたくしの騎士様



●1.

 ──灯すなら、ディエゴさんの幸せがいい。

 ハロルドは手に持った『幸運のランプ』に視線を落とした。
 このお城で、幸せを見つけられるだろうか。
 何処かノスタルジックな響きの音色が聞こえてくる。
 顔を上げて、ハロルドは小さく目を見開いた。
「目映いな」
 隣から聞こえた声に視線を上げれば、ディエゴ・ルナ・クィンテロが瞳を細めている。
「そうですね」
 頷いて、ハロルドも同じ方向へ目線を向けた。
 電飾に彩られた白馬に馬車が、一定のリズムでくるくると回転している──メリーゴーランドだ。
「ディエゴさん、乗ってみたいです」
 ハロルドの言葉に、ディエゴは少しだけ口元に笑みを浮かべた。
「では、行くか」
「はい」
 ハロルドは迷わず馬を選んだ。ディエゴも馬を選ぶ。
 係員の指示の元、左右に並んだ馬に騎乗すれば、二人を光の世界が包んだ。
 目映いばかりの光の中を、二人を乗せた馬が上下しながら進む。
「案外と楽しいもの、だな」
 ディエゴの声に、ハロルドは彼を見た。光の中、彼は笑っているように見えて、とても眩しい。
「……はい、楽しいです」
 一つ頷いて、ハロルドは上を見上げる。二人を照らす夜空を模した照明も、美しく輝いていた。

 光の包まれた一時が終わって、二人は次のアトラクションへ歩き出す。
「桃色の蝶の噂、知ってる?」
 楽しそうにはしゃぐ女性の声に、ハロルドは耳をそばだてた。
「虹のジェットコースターに出るって奴でしょ?」
「そうそう! 見つけたらハッピーになるんだって♪」
 ハロルドが視線を巡らせると、『虹のジェットコースターはこちら』という看板が視界に入る。
「ディエゴさん、こっち」
 くいっとディエゴの袖を引き、ハロルドはずんずんと歩いた。
「ありました……」
「これに乗りたかったのか?」
「はい。とっても乗りたいです」
 ハロルドがコクコク頷くと、ディエゴはクスッと小さく肩を揺らした。
 思わず少しだけ頬が熱くなるのをハロルドは感じる。
「丁度乗れるみたいだ。行こう」
「はい」
 係員に誘導され、二人は虹色に塗装されたメルヘンな外装のコースターに乗り込む。
「先頭ですね」
「景色が楽しめそうだな」
(ラッキーです。桃色の蝶が探しやすい)
 ハロルドは内心ぐっと拳を握りながら、隣のディエゴと一緒に安全バーを下ろしてロックを掛ける。
 発車を告げる係員の言葉に、ハロルドは真っ直ぐ前を見据えた。
 ──何があっても目を閉じず、桃色の蝶を見つけてみせる。
(ディエゴさんに見せたいんです。私からも幸せをあげたいって)
 ゆっくりとコースターが動き出した。
 ガタンゴトン。コースターは暗いトンネルの中を上へ上へと上がっていく。
 不意に視界が広がると、目の前に青空が広がった。
「わぁ……」
 空に掛かる虹のレール。その上を走っている。雲が綿飴みたいで。
 見惚れた瞬間、ガクンとコースターが傾いた。
 誰かの悲鳴が聞こえる。
 コースターは、弾丸の如く下へ下へと滑っていた。かなりのスピードだ。
(絶対に目は閉じません……!)
 ハロルドは前を見続けた。
 蝶が舞ってはいないか、必死に目を凝らす。
 そうしている間に、コースターは地面へと潜った。土の中の世界へと風景が変わる。
 様々な動物が地下帝国を作り上げているという設定らしく、トンネル掘り担当の安全ヘルメットを付けたモグラが、愛らしくコースターを出迎えた。
 ここでもハロルドは、ひたすら桃色の蝶を探すが、姿は確認出来なかった。
 ゴトンガタン。コースターは地下世界も駆け抜けて、再び上昇する。
 今度は雲を突き抜け、もっともっと高く。
 そして、煌めく星の世界へと突入した。宇宙だ。
 惑星と星の間を、虹のコースターは時にぐるっと回転しながら進んでいく。
 暗い闇に輝く星の間に、蝶が舞っていないかハロルドは視線を巡らせた。
 やがて、コースターが減速していくのに、ゴールが近い事を悟ったハロルドは、祈るような気持ちで周囲を見渡したが、やはり桃色の蝶を見つける事は出来なかったのだった。

 少しだけ沈んだ気分で、ハロルドは星を映す水面に触れた。
 波紋が広がって、ゆらりと星の輝きを揺らす。
「エクレール?」
 自分の名前を呼ぶディエゴの声に顔を上げると、彼は少し心配そうな眼差しをこちらに向けていた。
 オールを動かす手を止め、ハロルドを見ている。
 二人は人工池で船に乗っていた。
 空も水面も星明かりに光っている。
(心配、してくれてるんですよね? そんなに落ち込んだ顔をしているのでしょうか)
 ハロルドは自分の頬に触れてから、口を開いた。
「蝶を、見つけられませんでした……」
「蝶?」
「桃色の蝶……」
 ディエゴは思い出す。
 虹のコースターへ乗る前、そんな噂をしている声が耳に入った。
「見つけたかったんです。……私は今、すごく楽しいのでお礼がしたかったんです」
「お礼?」
 ハロルドの双眸が真っ直ぐにディエゴを見ている。
「はい。ディエゴさんに、お礼を……」
「俺に?」
 心が波立つ。
 ハロルドは視線を下に落とした。ほんのりと彼女の耳が紅いように見えるのは、都合の良い解釈だろうか。
「ディエゴさんに、お礼がしたかったんです」
 ハロルドの呟くような声が、空気を震わせた。
(ディエゴさんが今日ここに誘ってくれたのは、私が新年に「ディエゴさんとゆっくりした時間を一緒に過ごしたい」ってお願いしたからだと思います。だから……)
「エクレール……」
 嬉しいと思うこの気持ちを、何と言葉にすればいいか。
 ディエゴは彼女の名前を呼んで、そこから上手く言葉が出てこない。
「そうだ」
 パッとハロルドが顔を上げた。
「せめてここは、お礼に私が船を漕ぎます。オールを貸して下さい。ディエゴさんはゆっくりしていいですよ」
 ハロルドは強引にオールを引ったくると、気合を入れて船を漕ぎ始めた。
「お、おい。大丈夫か?」
「大丈夫です。女子力舐めないで下さい」
 キリッとハロルドの瞳が光る。
 彼女が負けず嫌いなのは、よく知っている。
「じゃあ、任せる」
 ポン。
 大きな手が優しく頭を撫でたのに、ハロルドは少し紅潮した頬で口元に笑みを浮かべたのだった。

 船の旅を終えた二人は、舞踏会へと参加するため、更衣室で着替えをする。
「ディエゴさん、やはりフォーマルな服装が似合いますね」
 待ち合わせたフロアの片隅で、ディエゴの姿を見つけたハロルドは微笑んだ。
 ディエゴが身に纏うのは、スタンダードなタキシード。白と黒で纏めた上品なスタイルだ。
「姿勢が良いからでしょうか?」
 くるくると自分の回りを回って眺めてくるハロルドに、ディエゴは眉を下げる。どうにも照れてしまっていけない。
「エクレールも……似合ってる」
 そう返すと、ハロルドはぴたっと止まった。
 欽鐘のように丸く膨らんだスカートがふわりと揺れる。
 ストラップがなく首から指先まで肌を露出するデザインは、彼女の白い肌を際立たせ、少しだけ目のやり場に困った。
「有難う、御座います」
 ほんのりとハロルドの頬が染まる。
(こういう場では未成年?とはいえ、エクレールも女性だ。洒落た事はできないが……)
 ディエゴは彼女に手を差し伸べた。
「ダンスやってみるか?」
 驚いたようにハロルドが瞬きする。
「隅で踊れば迷惑にはならないだろう」
 踊りの心得はないが、見様見真似でも格好がつくかもしれないとディエゴは笑った。
「はい」
 ハロルドはディエゴの手を取る。
 ぎこちなく二人はステップを踏み始めた。
 周囲が踊っているのを真似ながら、二人は二人だけのダンスを楽しむ。
 そしていつしか、すっかりと周囲に馴染んでいたのだった。

 それから暫くして。
 窓の外が明るく光り、花火が上がり始めた。
 ハロルドとディエゴもバルコニーへと出て、光の華を眺める。
「お前と契約するまで、俺はこういう所に遊びに来たことが無かった」
 不意にディエゴの口から、そんな言葉が溢れる。
 ハロルドが彼を見上げると、光に照らされた彼の顔──口元には苦い笑みが刻まれていた。
「……我ながら、つまらない男だな」
 ディエゴの金の瞳がハロルドを見下ろす。
「お前は俺と一緒にいて楽しいか? 俺は……楽しい」
 胸が熱い。ハロルドは胸元に添えた手に力を込めた。
「私も……契約するまでは、仕事ばかりで誰かと遊ぶことはありませんでしたから、楽しいです」
「そうか」
 ディエゴが微笑む。花火の光に照らされたその表情が、とても温かい。
「幸せは桃色の蝶のように探すものでなく、何気ない事に転がっているものだ。俺達が気付かないだけで」
 そう、例えば、ハロルドがディエゴの為に蝶を探そうとしてくれた──それ自体が幸せな事なのだ。
「だが……俺に蝶を見せようとしてくれていた気持ちは嬉しい。ありがとう」
「……はい」
 ハロルドは微笑む。上手に嬉しい気持ちを伝えられていたらいい。そう願いながら。
「ディエゴさんも楽しいなら……えーと、これからも一緒に過ごす時間があれば、幸せが増えるかもしれないですね?」
「ああ、きっと……な」
 二人の指先が触れる。ゆっくりとその手を包み込んで、ディエゴは笑った。
「明日もゆっくりできるぞ。依頼は入れてないからな」

 部屋に置いてある『幸運のランプ』に光が灯っている事に、二人が気付くのは少し後の事。


●2.

 少しぎこちない距離。そしてぎこちない会話。
 この所──チョコレートの折り紙を贈り合ったあの日からずっと、彼とはこんな雰囲気だ。
 だから、今日も何となく妙な空気のまま、ここまで来てしまった。
(こんな調子で、『幸運のランプ』に火を灯せるのかな)
 ガートルード・フレイムは『幸運のランプ』をちらりと見下ろす。
 現在の所、全く光る様子はない。
「ガーティー」
 耳に馴染んだ声に、ガートルードが顔を上げると、レオン・フラガラッハが手を差し伸べていた。
「乗るから、来いよ」
 目の前には、綺羅びやかなメリーゴーランド。
 おとぎの国から抜け出して来たような回転木馬と、その前で手を差し伸べるレオンが一枚の絵画のように美しくて。
「どうした?」
 思わず一瞬見惚れていると、レオンが訝しげに眉を寄せ、ガートルードは慌てて首を振った。
「な、何でもない」
「じゃあ、ホラ」
「……う、うん」
 そっとその手を取ると、レオンが微笑んだ。それだけの事で、胸が熱い。
「足元、気を付けろよ」
 レオンに導かれるまま、ガートルードは彼と並んで馬車へと腰を下ろす。
「……綺麗だな……」
 そこは光の国だった。
 電飾に彩られた馬車も周囲を回る馬も、動く度に光を放ち、目映いくらいだ。
 少し懐かしさを感じる不思議な音楽に乗せて、上下する視界、ゆっくりと回る世界を楽しむ。
「綺麗な空だな」
 レオンの声に空を見上げれば、夜空を模した照明とシャンデリアが二人を照らしている。
「……ああ、綺麗だな」
 二人は言葉少なに幻想の一時を楽しんだのだった。

 二人が次にやって来たのは、『虹のジェットコースター』。
「空の上に居るみたいだ」
 空を縦横無尽に走る。虹色のレーンに乗って。
「きゃ……」
「うおっ」
 急激に速度が上がって、ガートルードとレオン、タイミングで思わず声が漏れる。
 思わず二人顔を見合わせた。
 雲を突き抜け、コースターは地下世界へ突入していく。
「お、ガーティー、あれ見ろよ!」
 レオンが指差す先を見れば、トンネル掘りをサボって花札で遊んでいるモグラが居た。
 勝ち負けに夢中なモグラ達が愛嬌たっぷりで愛らしく、ガートルードの頬が緩む。
 やわらかくなったガートルードの表情を見つめ、レオンもまた口の端を上げたのだった。

「俺が漕ぐから、ガーティーはのんびりしてろよ」
「分かった」
 船に乗り込むなり、オールを手に取ったレオンに、ガートルードは頷いて舳先で腰を下ろした。
 漕ぐのは好きなのだが、今日はレオンに任せようと思う。
「星の海に漕ぎ出すようだな」
 前を見据え、ガートルードは瞳を細めた。
 人工池の水面には、空に輝く星が映って揺らめいている。
「じゃあ、出発するぜ」
 レオンはそう声を掛けると、オールを動かし始めた。ゆっくりと船が岸を離れ、対岸を目指して進む。
 上も下も星に照らされているような、静かで神秘的な空間が広がっていた。
 暫し無言で、船は進んだ。
「あれから色々考えた」
 ぽつりと呟くように発せられた声に、ガートルードは水面を眺めていた視線をレオンへと向ける。
 アイスブルーの瞳が、決意の色を湛えてじっとこちらを見つめていた。
「正直、なんで両想いなのに恋人になれないのかショックだったし」
「……」
 それは、自分でも良く分からない。
 ガートルードは視線を彷徨わせた。どうして素直に認められないんだろう。
「でも、却っていいよ」
 あっけらかんと言って、レオンは微笑んだ。
「手に入りそうで入らない方が燃える」
 彼の人差し指がガートルードに向けられる。銃で狙うみたいに。
「いつか必ず、お前を俺のものにしてみせるから」
 その指先と彼を見て、ガートルードは眉を下げる。
(もう9割方、お前のものなんだけど)
「……取り敢えず、私と恋人になりたかったら、他の女とは別れろよ?」
「……え?」
 レオンに電流が走った。目が大きく見開かれる。
「それって……ええ!?」
「やっぱり居たんだ」
 苦笑するガートルードに、レオンはグラリと身体が傾くのを感じた。
 なんてこった!

 舞踏会が開かれているフロアには、着飾った人々が溢れている。
「うん、これ美味いな」
 ローストビーフを口に運んで、レオンはにこやかにガートルードを見つめた。
「そうだな、ソースが美味い」
 柔らかい肉の食感も楽しみながら、ガートルードはコクコクと頷く。
「ん? 何だ?」
 視線を感じてレオンを見遣ると、別にとレオンは笑った。
(踊らないのが少し勿体無い)
 スカートの膨らみが余りないストレートタイプのドレス。シンプルなドレスではあるが、上品な輝きをガートルードに与えている。
 少し眩しいくらいに綺麗だ。
「飲み物、取ってくる。ちょっと待ってろ」
 レオンはワインを取りに一旦彼女から離れた。
 その背中を見送って、ガートルードは改めて周囲を見渡した。
 綺羅びやかな空間。綺羅びやかな人々。
 綺麗な女性も沢山居る。以前のレオンなら、迷わず女性をナンパしていただろうに、彼にその気配はない。
 今日のレオンは、ドレスラウンジスーツ。光沢感のあるスーツの質感がぐっと彼の美貌を引き立てていた。
 ナンパだって捗るだろうに……。
(本当に……私と恋人になりたいのか?)
 そうだったら、どんなに。
(……どう、なんだろう?)
 自分の心が理解不能で、ガートルードの唇から小さく吐息が漏れる。
 考えを変えようと首を振ると、ガートルードは生演奏を奏でるオーケストラの方へ視線を向けた。
 舞踏会に華を添える音楽を懐かしいと思う。
「お待たせ」
 そこへレオンが戻ってきて、彼女へワインのグラスを差し出した。
「有難う」
 ガートルードはお礼を言ってグラスを受け取る。
「オーケストラ見てたんだ?」
「ああ。……昔の事、少し思い出した。一族が舞踏会で音楽を奏でた事があるんだ」
「へぇ……」
 レオンもオーケストラに視線を向け、『俺も』と口を開く。
「たまに、こういう華やかな集まりが家であって、ドアの隙間から眺めてたな」
「そう、なのか……」
 ガートルードは目を丸くして彼を見上げた。
 レオンが昔の話をするなんて、初めてだ。
「いい家に住んでたんだな。楽しかったか?」
 もっと、知りたい。
 溢れる思いのまま尋ねると、レオンは『いや』と首を振って笑う。
「あんまり。いい家ってのは否定しない。けど、今、こうしてる方がずっと楽しいぜ」
「……そうか」
 複雑な気持ちだった。
 レオンが今の方が楽しいと言ってくれるのは嬉しい。けれど。
(失う事への暗く深い感情の理由と一緒に、いつか教えて貰えるだろうか?)
 もしかしたら、そうなった時、彼と『恋人』になれるのかもしれない。

「お、花火だぜ。バルコニーに出るか」
 オーケストラの演奏が止まり、レオンはガートルードの手を引きバルコニーへと向かった。
 星が輝く夜空を大輪の花火が彩る。
「綺麗だ……」
 空を見上げるガートルードの顔が輝いて、レオンの胸に愛おしさが込み上げた。
 そっとその肩を抱き寄せる。
「!」
 驚いた顔でガートルードがレオンを見上げた。
「恋人じゃないんだぞ、私達は」
「まぁまぁ」
 レオンは笑顔で離れる気配はない。
 ガートルードは仕方ないなと小さく笑った。

「あっという間だったな~」
「そうだな」
 更衣室で着替えを済ませ、ガートルードとレオンは家路に付くため、歩いている。
 ガートルードの手にある『幸運のランプ』には、いつの間にか火が灯っていた。
「ん?」
 ふと視界に入った『宿泊案内』の看板に、少し名残惜しい気持ちになっていたガートルードの視界が止まる。
 その視線を追って、レオンが笑った。
「泊まってくか?」
「えっ?」
 カーッと一気にガートルードの顔が紅く染まる。
「そ、そんなつもりでは……!」
 狼狽えて吃る彼女に、レオンは肩を揺らす。
「冗談だよ」
 ガートルードの髪を撫でた彼の手は、とても優しかった。


●3.

「うふふ。『幸運のランプ』、火が灯ったらどんな感じなのかしらね、サフラン!」
 借りてきたランプを見つめ、マリーゴールド=エンデは頬を緩ませた。
「灯る所、みてみたいヨネ」
 サフラン=アンファングもランプを覗き込むと、興味深そうに頷く。
「ならば、今日は思いっきり楽しまないといけませんわねっ」
「そんなマリーゴールドサンのために、宿泊予約ヲシテオキマシタ」
 ピラッとサフランが宿泊チケットを取り出す。
「これでクタクタになってもダイジョーブ」
「サフラン!」
 パアァとマリーゴールドの金の瞳が輝いた。
「有難う御座います!」
 チケットを手にはしゃぐ彼女を見て、サフランの胸にもじわじわと嬉しさが込み上げる。
「それでは、遠慮なくアトラクション全制覇ですわ! 行きますわよ、サフラン!」
 びしっと前を指差すマリーゴールドに、サフランはハイハイと笑って返事を返した。

 最初のアトラクションは、メリーゴーランド。
「おとぎの国みたいですわね……!」
 ノスタルジックな音楽に合わせ、キラキラした照明の中、上下に馬と馬車が動き、回転している。
「サフランは馬と馬車、どちらにします?」
「んーこういうの、初めてだからどっちがいいのか分からないナ」
「そうですわね……」
 マリーゴールドは口元に人差し指を当てて考える。
「馬車の方が視界は低いですわ。けれど、装飾が間近で見れる利点があるかと思います」
「フムフム」
「馬は、視界も高いし、馬に乗っている感を味わえるので、また楽しいと思いますの」
「ナルホド。悩むナ」
「それなら良い案がありますわ、サフラン」
 マリーゴールドは両手を広げて、にっこり笑った。
「両方試せばいいんですの!」
 そんな訳で、まずは二人一緒に馬車に乗り込む。
「思ったより広いネ」
「快適ですわ」
 馬車からは、直ぐ近くを上下する馬が良く見えた。真っ白な馬には彫刻が施されており、眺める程その繊細さにため息が出る。
 メリーゴーランドの照明と、空を彩る星が混じって、魔法の世界に来たような感覚を二人で楽しんだ。
「次は馬ですわね」
「高いから、気を付けてネ」
 二人は並んで馬に跨った。
「ゆっくりだけど、結構ダイナミックに動くナ」
「光の中を乗馬しているみたいですわ!」
 馬車に乗った時よりも、強く感じる光の奔流。メリーゴーランドの照明と夜空を模した照明が交じり合い、その中を馬で進む。
 不思議でメルヘンな騎乗の一時を二人は満喫したのだった。

 続いてのアトラクションは、虹のジェットコースター。
「桃色の蝶、見れるかな~?」
「見れたらハッピーになれるなんて、見るしかないでしょ!」
 列に並んでいると、そんな会話が聞こえて来る。
「サフラン、聞こえました?」
「ウン。桃色の蝶か」
 見上げて来るマリーゴールドの瞳がキラキラしていた。
「楽しみですわねっ、サフラン!」
「見れたらイイネ」
 クスッと笑ってサフランは頷く。
(仕方ないな、俺も探してみるか)
 やがて順番がやって来て、二人はコースターに乗り込む。運良く先頭に座る事が出来た。
「コースター自体が虹色ですのね」
 安全バーをロックしながら、マリーゴールドは虹色の塗装を興味深そうに眺める。
「桃色の蝶を探すなら、目を閉じないようにネ」
 サフランがそう言った時、出発を告げるアナウンスと共にコースターが発車した。
 ゆっくりと暗いトンネルを抜け、明るい空へと飛び出す。
 抜けるような青空にマリーゴールドは笑顔を見せたのだが──。
 ガコン。
「きゃ、きゃああああああああ!!」
 サフランの耳に飛び込んできたのは、悲鳴。
 コースターは勢い良く虹のレールを走る。コーナーを曲がる度、掛かる遠心力。
「私、高い所は好きですけれど……ジェットコースター苦手みたいですわー!」
「ヤダ、マリーゴールドサンッタラウッカリサンー」
 サフランは隣のマリーゴールドの手を掴んだ。彼女の手は恐怖に冷たくなり、汗ばんでいる。
「ほらほら、そんな調子だと蝶が見つからないよ?」
「さ、サフラン……きゃああああああああ!」
 マリーゴールドの悲鳴と共に、コースターは急降下して地下の世界へと進む。
 結局、桃色の蝶を探すどころではなく、コースターはゴールへと辿り着いたのだった。
「ダイジョウブ?」
「うぅ……膝がガクガクしますわ」
 マリーゴールドの身体を支えてやり、コースターから降りる。
 彼女の瞳には涙さえ浮かんでいた。
 なでなでなで。
 サフランの温かい手が、ゆっくりとマリーゴールドの頭を撫でる。
(不思議、ですわ……)
 サフランが撫でる度、怖かった気持ちが薄らいで行く気がした。
「歩ける?」
「もう平気ですわ」

 次は、人工池のアトラクション。
 小舟に乗り、ゆったりと池の中を進む。
「落ち着きますわね」
 星がキラキラ光って、水面を照らしていた。先程の鮮烈な刺激とは違った、穏やかな時間が過ぎる。
 水に触れて嬉しそうなマリーゴールドに、オールを手にサフランは口の端を上げた。
「マリーの弱点を、また見つけてしまったナ」
「え?」
「お化けと、ジェットコースター」
「サフランは苦手なモノは無いんですか?」
 恨めしい表情で彼を見れば、サフランはにっこりと笑った。
「さぁ、どーだろうネ」
「サフランだけ私(わたくし)の弱点を知ってて、ズルイですわ!」
「マリーが当てたら、教えてあげるヨ」
「む」
 考えてみるけれど、サフランが苦手そうな事は思い付かない。
「いつか絶対に見つけてみせますわっ」
「楽しみにしてるヨ」
 二人を乗せた小舟は、ゆらゆら水面を揺らして進む。

 アトラクションを回り終えた二人は、予約していた個室でディナーを取った。
 美味しくお腹がいっぱいになった所で、荷物の整理がてら、それぞれの寝室で花火の時間まで休憩を取る事にする。
(サフランが個室を取ってくれて、本当に良かったですわ)
 マリーゴールドは着替えの準備をしつつ、心地良い疲れを感じていた。
(……腹が膨れたら何か眠くなってきたな)
 サフランはベッドに倒れ込むようにして横になる。
(もしかして、俺もそれなりにはしゃいでたのだろうか)
 瞼が重くなるのを感じて、サフランは口元に笑みを浮かべた。だとしたら──。
(マリーの事言ってられないな……)

 パーン!
 大きな音と共に窓の外が明るくなった。
「あっ! 花火が始まりましたわねっ」
 マリーゴールドは慌てて寝室を出たのだが、サフランの姿が見えない。
「サフラン?」
 彼の寝室に繋がる扉を軽くノックしてみる。しかし、反応は無い。
 寝てしまったのだろうか? だったら起こさないといけない。
「お邪魔しますわね」
 恐る恐るドアノブに手を掛けると、鍵の掛かっていない扉は難なく開く。
「……やっぱり。何だか静かだと思ったら眠ってますわね」
 ベッドの上、サフランは規則正しい寝息を立てていた。
「毛布も被らずに……風邪を引いてしまいますわ」
 彼の眠るベッドに静かに歩み寄ると、マリーゴールドはその身体に毛布を掛けてやる。
 毛布に包まれたサフランの表情が何となく嬉しそうに見えて、マリーゴールドも微笑んだ。
(寝顔、こんなにじっくり見るのは初めてかもしれません)
「髪とかサラサラですわね……触っても起きないかしら」
 恐る恐る触れてみる。想像以上に柔らかくて、何だかドキドキした。
「って、私は花火を見ないで一体何をしているのかしらね」
 我に返って、マリーゴールドが手を引こうとした時、不意に手首を掴まれた。
「きゃ……!」
 そのまま引き寄せられる。
 サフランの胸の上に乗る形になって、マリーゴールドは顔が急激に熱くなるのを感じた。
「マリー……」
 サフランの少し掠れた声がした。
「さ、サフラン? 起きましたの?」
 高鳴る鼓動を押さえつけながら尋ねるも、聞こえてくるのは寝息。
「……寝言?」
(私(わたくし)の夢を見てる?)
「……どんな夢を見てるんですの?」
 マリーゴールドは瞼を閉じる。彼の温もりと鼓動。
 もう少しだけ、このまま──。

 『幸福のランプ』に火が灯っているのに二人が気付くのは、翌日の事。


●4.

「私も一緒に乗るのですか?」
「お願いしますわ」
 キラキラ光るメリーゴーランドを見つめ、ヴェルナーは少し戸惑った顔をした。
 そんな彼をアマリリスはじっと見つめる。
「振り落とされないよう、ヴェルナーに掴まっておきたいのです」
「そういう事ならば」
 ヴェルナーは真摯な眼差しで頷いた。
 本来、メリーゴーランドはそんな激しい動きはしないが、ヴェルナーはアマリリスの言葉を信じて疑わない。
「では、お手をどうぞ」
 ヴェルナーの手を借りて、彼と共に白馬に跨る。
「掴まっていて下さい」
「分かりましたわ」
 速くなる鼓動を感じながら、見た目より逞しい彼の身体に腕を回す。
 ゆっくりとメリーゴーランドが動き始めた。
 上下しながら、回転する単調な動きに、警戒していたヴェルナーは拍子抜けな顔をする。
 もっと激しい動きを想像していた。だから、アマリリスだって自分を頼って来た筈だが……。
「アマリリス。この動きでしたら、こんなにくっついて居なくても……」
「いつ激しい動きになるか、分かりませんから」
 被せるように言えば、ヴェルナーは成程と頷く。
 アマリリスは最後まで彼から離れなかった。

「手を握るのですか?」
 虹のジェットコースターの先頭に乗って、差し出されたアマリリスの手にヴェルナーは首を傾けた。
「こういうアトラクションに危険は付きものです」
 声を潜めてアマリリスが告げれば、ヴェルナーはハッとした眼差しを向ける。
「直ぐに降りましょう」
「そういう訳には行きません」
 アマリリスはじっとヴェルナーを見つめた。
「『幸福のランプ』に火を灯す為、桃色の蝶を探したいのです」
「桃色の蝶、ですか?」
「ええ。見つけるとハッピーになれるとか」
 アマリリスがそう答えた時、出発を告げるアナウンスが流れる。
「参りましょう、ヴェルナー」
「畏まりました」
 ヴェルナーはアマリリスの手を取った。
 ガコンと音を立てて、コースターが発進する。
 緩やかに上昇して、青い空の上にやって来ると、一気に加速した。
「きゃ……!」
 予想以上の速度。アマリリスは悲鳴を堪えながら、無意識にヴェルナーの手を強く掴んだ。
 白い雲が弾丸のような勢いで脇を通り過ぎて行く。
 ぐっと遠心力が掛かる度、アマリリスは悲鳴を飲み込むのがやっとだ。ヴェルナーの前で情けない姿だけは見せたくない。
 その時。
 温かな手が確かな強さでアマリリスの手を包んだ。
 アマリリスの身体が跳ねる度、優しく力が籠もる。
 見なくても分かる。ヴェルナーだ。
(……ヴェルナーの癖に……少し、ズルイですわ)
 その温もりと感触に、落ち着く自分を感じる。
 繋いだ手の温もりを感じながら、アマリリスは目の前の広がる宇宙に瞳を細めたのだった。

「ここは私が」
 ヴェルナーはアマリリスが口を開く前に、オールを手に船を漕ぎ始めた。
 アマリリスは彼を向き合い腰を下ろす。
 目まぐるしかったジェットコースターとは対照的に、周囲は穏やかで優しい空気だ。
「星が落ちて来てるみたいですわね」
 水の上で揺らめく星を、アマリリスは指先で撫でる。
 星明かりに照らされた彼女を見つめ、ヴェルナーは無意識に呟いた。
「……綺麗です」
 何が、とは上手く言葉には出来なかった。

「エスコート、お願いいたしますわ」
 ドレスアップしたアマリリスは、それが自然というように、ヴェルナーにそう言った。
 オフショルダーのAラインのドレス。首筋が、鎖骨が眩しくて──目のやり場に困ってしまう。
 黒のディナージャケットに身を包んだヴェルナーは、少し固い表情でアマリリスを見つめた。
 こういった場に慣れていない様子の彼の瞳が、上手く出来るか不安だと言っている。
 アマリリスは小さく微笑んだ。
「別に完璧にやりなさいとはいいません。ただ傍にいてくれればいいの」
「……分かりました」
 ヴェルナーの表情が少し和らぐ。
 彼がぎこちなく出した腕に、アマリリスは腕を絡め、二人は舞踏会のフロアに踏み出した。
 そこは華やかな別世界だった。
 着飾った男女が、音楽に乗せてステップを踏んでいる。
「さ、踊りましょう。立っているだけなんて勿体ないですわ」
 くいっとヴェルナーの腕を引くと、彼は微笑んだ。
「今度は踏まれても顔に出さないように努力しますので、ご安心ください」
「! あ、あれは不可抗力というか……」
 アマリリスがもごもごと言葉に詰まる様子を、ヴェルナーはにこやかに見つめている。
(すっかり誤解されてますわね……)
 余りにも彼が鈍感なのに腹を立てて、思い切り足を踏んでしまったのを、『彼女はダンスが苦手だから』と彼は思っている様子だ。
 ヴェルナーのリードで、音楽に合わせて足を踏み出す。
(ヴェルナーの事ですから、踏んでも絶対に顔に出さないようにするんでしょうね)
 アマリリスは意識して、彼の足を踏まないよう慎重にステップを刻んだ。
「アマリリス」
「なんですか?」
「もっとこちらへ。少し身体が離れすぎだと思います」
 意識する余り、ヴェルナーから距離を取る形になっていたらしい。不意に腰を引かれて──。
(!? 近い、ですわ……!)
 まるで抱き合うような近さに、顔が紅くなるのを止められない。
「足が停まってますよ」
 耳元で彼の声。
 顔を上げると、フロアを見据え、只々真摯にアマリリスをリードしようとしているヴェルナーの姿。
(……ヴェルナーの癖に……)
 こんなに近い距離。少しくらい、こちらがドキドキしているのを分かって欲しい。
(分からないのが、ヴェルナーなんでしょうけど……)
 気付かれないよう、アマリリスは吐息を零したのだった。

 花火が上がり始めると、人の波に乗って、アマリリスとヴェルナーもバルコニーへ出た。
 パートナー同士が寄り添い、空を華やかに照らす花火を見上げている。
 アマリリスもまた、こっそりとヴェルナーに寄り添ってみる事にした。
 彼は一瞬だけ驚いた顔をするも、直ぐに慣れた様子でそのまま空を見上げる。
「素敵ね」
「はい」
 アマリリスは花火を見上げるフリをしながら、ヴェルナーの横顔に視線を向けた。
 端正な輪郭と美しい銀髪、青い瞳が花火の光に煌めいて……。
 この距離、そして、このシチュエーション。
(あのヴェルナーといえど何かあったり……は、しませんわよね)
 こんなに近くに居るのに、この視線に気付いていないのだから。
(むしろその反応に安心すら覚えるのはなぜかしら)
 すっかり彼のペースに、慣れてしまったのはこちら?
 クスと口元に微笑みを浮かべた瞬間だった。
「アマリリス」
 不意にヴェルナーがこちらを向く。視線がぶつかった。
 心臓が跳ねる。
「テントの中なのにこの花火は一体どうなっているのか……とても不思議ですね」
 甚く真面目に言われた言葉に、アマリリスは目を見開いてから笑った。
「ええ、本当に。不思議ですわね」
 何とも彼らしい。
 一際盛大な花火が上がる。それが最後の華だった。
「では、そろそろ帰りましょうか」
 星だけとなった空を見てから、城の時計に視線を投げヴェルナーが言った。
「未婚の男女が夜遅くまで遊び歩いているのは、よろしくありません」
「……そうですね」
(女には見てくれているのですね。安心いたしました)
 アマリリスは微笑んで頷いてから、もう一度夜空を見上げる。
「日常があるからこそ、こういった非日常がより美しく映るのかしら」
 先程まで明るかった夜空は、今はとても静かだ。
「少し帰り難いですが……行きましょうか」
「はい」
「帰るまでがなんとやらとも言いますし、引き続きエスコートお願いいたしますわね、わたくしの騎士様」
「お任せください」
 ヴェルナーは微笑むと、差し出されたアマリリスの手を取る。
 寄り添うようにして、二人は歩き出した。
 更衣室で着替えてから、テントの外へと向かう。
 ヴェルナーの手に絡む彼女の手は、小さくて柔らかい。とても温かくて。
(早く帰るべき、なのでしょうが……)
 宴の終わりを告げる風景が、何となく淋しくて、勿体無い気がする。
 後少しだけ、余韻に浸っていたい。
 踏み締めるようにして、ヴェルナーはゆっくりと歩を進める。
「あ」
 突然、アマリリスが驚いたような声を上げた。
「どうしました?」
 ヴェルナーは足を止めてアマリリスを見る。
「ランプが……」
 アマリリスの手に持たれた『幸福のランプ』が淡く光っていた。二人でその灯りを覗き込む。
「小さな幸せを、見つけたのですね」
「誰の幸せで灯ったのでしょうか?」
「さあ……誰かしら?」
 微笑むアマリリスを眺め、ヴェルナーは思う。
 それが、アマリリスの幸せなら、とても嬉しいのにと。


●5.

 かのんは、光る馬と馬車が、ダンスを踊るように回っている様子に見惚れていた。
 メリーゴーランド。
 馬も馬車も凝った装飾に美しい電飾が映えて、見ているだけで心が浮き立ってくる。
「かのん、順番が来たぞ」
 天藍の声に、かのんはハッと視線を彼へと向けた。
「行こう」
 差し出された彼の大きな手。
 かのんは微笑んでその手を取った。
「ほら、こっちだ」
「え?」
 かのんは驚く。天藍の大きな手がかのんを軽々と抱え上げたから。
「天藍?」
「暴れたら落ちるぞ」
 そのまま天藍は、かのんを前に一緒に白馬へ跨った。
「あ、あの……」
「こうした方が二人で同じ景色を見れるから」
 近い距離と恥ずかしさに耳を赤くさせる彼女の耳元へ、天藍は甘く囁いた。
「……同じ景色」
 確かに、そう言われたら反論のしようも無い。
「かのん、前を見て」
 天藍の指差す先を見て、かのんは大きく瞬きした。
 キラキラと照明の光が交じり合って、夢の中に居るようだった。光の中を馬は上下に進んでいる。
「綺麗……!」
「夢の中に居るみたいだな」
「あ……」
 同じ事を考えている。その事がとてもとても嬉しい。
 背中に感じる彼の体温と鼓動。重ねられた手も温かくて。
(こうしているだけで、幸せ)
(こうしているだけで、幸せだ)
 同じ想いの二人を乗せ、白馬は優雅に光の波を泳いだのだった。

 次に二人を出迎えたのは、虹のジェットコースター。
「桃色の蝶を見つけたらハッピーになれる、なんて……可愛らしい噂ですね」
 クスッとかのんが笑えば、
「見つけたいものだな」
 天藍は少し真剣な眼差しでそう言う。
「なら、見つけたら直ぐに天藍に教えます」
「いや──かのんに見つけて欲しいんだ」
 天藍はかのんの持つ『幸福のランプ』に目を遣った。
 この古城の中で、かのんが幸せを感じる事が出来れば良い。かのんの笑顔が見れたら、それが天藍の喜びなのだ。
 かのんの指が、天藍の上着を掴む。
「私は、天藍に見つけて欲しいです」
 だって、かのんは今でも十分幸せなのだ。
 だから、どうしたらこのランプに火が灯るのか、考えてみた。
「その……二人に一つなので、天藍が幸せを感じられたら良いのだろうかって……」
 かのんの言葉に、天藍は軽く目を見開く。
「……弱ったな」
 少しの間を開けて、天藍が大きく息を吐き出して笑った。
「俺は今も十分幸せなのに」
「それは私だって……!」
 反射的にそう返して、二人は顔を見合う。かのんの頬がほんのりと染まった。
「あ」
 天藍がランプを指差した。
「灯った」
「灯り……ましたね」
 二人に笑顔が溢れた。
 
「凄い悲鳴だったな」
 船の上、ゆっくりとオールで漕ぎながら、天藍が笑っている。
「あんなにスピードが出るとは思いませんでした」
 かのんは天藍と向い合い座っている。頬を赤らめ俯いた。
「回転も凄かったですし」
「一瞬身体が浮いたよな」
「怖かったです」
 けれど……。
 かのんはオールを漕ぐ天藍の手を見る。
 ずっと天藍が手を握っていてくれたから、凄く安心出来たのだ。
「かのん? どうかしたか?」
「な、何でもないです……っ」
 かのんは熱い頬を押さえて、ぶんぶんと首を振る。
「水面に映った星が綺麗ですね」
 咄嗟に話題を変える。実際、水の上を流れるように煌めく星の影は、優しく世界を照らしていた。
「ああ、綺麗だな」
「テントの中のお城なのに……不思議です」
 この空間だって、何処までも続いているような錯覚に陥ってしまう。
 天藍と二人、この世に残されたような……。
「この世界に二人きり、みたいな感覚になるな」
 天藍の声に、かのんは彼を見上げた。
「かのんも同じ事、考えてた?」
「……はい」
「そうか」
 微笑む天藍に、かのんは微笑みを返す。
 『幸福のランプ』の灯りが強さを増したような気がした。

 ドレスに着替え、メイクを直してかのんは更衣室を出た。
 待ち合わせたフロアの片隅に、凛と立つ姿に胸がときめく。
 天藍は、ブラックタイでディナージャケットを着こなしていた。姿勢よく立つ長身、端正な顔立ちは、周囲から視線を集めている。
「天藍、お待たせしました」
 かのんはおずおずと彼に歩み寄った。
 果たして自分は彼に相応しい女性になれているのだろうか?
 天藍はかのんを見るなり少し目を見開くと、満面の笑顔を浮かべた。
「凄く似合ってる」
 歩み寄りかのんの手を取る。
 マーメイドラインのドレス。身体にフィットした人魚のようなデザインは、大人の色気の中に凛とした美しさをかのんに与えている。
「綺麗だよ」
 天藍の眼差しに、身体が熱い。
 かのんは込み上げてくる嬉しさに、はにかむように天藍を見上げる。
(参ったな……)
 彼女の肩を抱き寄せながら、天藍は周囲を見渡した。
 チラチラとかのんに向けられる男達の視線を感じる。
 自慢し見せつけたい気持ちと、他の男の視線に晒される事すら苦々しく思う感情。二つが天藍の中で入り交じる。
 自分がこんなに独占欲の強い男だとは、かのんに出会うまで知らなかった。
「天藍?」
 僅か力が入る天藍の手に、かのんが不思議そうに見上げてくる。
「折角だし、踊ろう」
 天藍がそう微笑むと、かのんは少し困った顔で辺りを見渡した。
 踊っているのは慣れた様子の人々ばかりで、その中に混じっていいのか……。
「あっちなら、二人でゆっくり踊れる」
 天藍はそんな彼女の背を押して、ホールの隅へ移動する。
「俺に合わせて」
 天藍は優しくかのんをリードしてステップを踏む。ゆっくりと彼女が慣れていくように。
 徐々にかのんの緊張が解れていく。
(天藍、有難う……)
 何より自分を気遣ってくれる彼が、何よりも愛おしい。想いを込めて、かのんは天藍のリードに身を任せた。

 個室を取ってるんだ──天藍の言葉に少し驚いて、同時に嬉しくて。
 二人は宿泊する部屋へと移動した。
 バルコニーに出て、上がる花火を二人だけで楽しむ。
 ふわりと天藍の腕が後ろからかのんを包み込んだ。
 二人の体温が重なる。
(なんて贅沢なんだろう)
 二人で居られる事が、こうして天藍に抱き締めて貰える事が、贅沢な幸せ。きっとこれ以上の幸せは見つけられない。
(天藍は、どう思ってくれているのでしょうか)
 かのんは後ろの天藍を見上げる。
 その時、天藍の声が、かのんの耳朶を擽った。
「かのん、俺は思うんだ」
 優しい声。
「こうして一番近い場所にいれることが幸せで、かのんも同じように感じていてくれるのなら何より嬉しいって」
 ああ、また同じだった。
 かのんは微笑んだ。嬉しくて、幸せで、それを彼に伝えたくて。
「かのん」
 愛しさのままに、天藍はかのんの頤に手を添え、唇を寄せる。
 重なる唇の優しさに溶けながら、二人は花火が終わるまで、離れる事は無かったのだった。

Fin.



依頼結果:大成功
MVP

メモリアルピンナップ


( イラストレーター: 秘鷺  )


エピソード情報

マスター 雪花菜 凛
エピソードの種類 ハピネスエピソード
男性用or女性用 女性のみ
エピソードジャンル ロマンス
エピソードタイプ EX
エピソードモード ノーマル
シンパシー 使用不可
難易度 普通
参加費 1,500ハートコイン
参加人数 5 / 2 ~ 5
報酬 なし
リリース日 02月25日
出発日 03月03日 00:00
予定納品日 03月13日

参加者

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