幽霊の噂を調査せよ!(織人文 マスター) 【難易度:普通】

プロローグ

 窓の向こうを見詰めながら、カイル・マーカソンは小さくため息をついた。
 雨に煙る灰色の景色の中、遠くにうっそりと佇んでいるのはヤール王朝風の建築様式で建てられた古い館である。
 それは、かつてこのミラン市を支配していた大富豪ボブ・オコーナーの邸宅だった建物だ。もっとも、その大富豪とその一家がくらしていたのは、ずいぶんと昔――まだカイルがほんの子供だったころの話だった。
 今はオコーナー一家は落ちぶれてこの街から姿を消し、邸宅も廃墟と化している。
 その館を改装して、ホテルにする企画を彼が立ち上げたのは、半年前のことだ。
 一家が姿を消したあと、館は債権者だった銀行の持ち物となった。そこから何度も転売されて、1年前まではカイルの父のものとなっていた。
 父は、この館に手を入れて、いずれは自分が住むつもりだったらしい。
 だが、そうなる前に亡くなり、館はカイルのものとなった。
 自分の財産となった館を、カイルは何かに利用できないかと考えた。父が望んでいたように、手を入れて住むという方法もなくはない。が、それをするには費用がかかりすぎる。それに、子供たちもすでに独立して妻と2人きりの彼には、そこは広すぎた。
 考えた末に、自分が運営する会社に改めて館を買い上げてもらい、改装してホテルとして運用することにしたのだった。
 ちなみに、彼が社長を務めるマーカソン株式会社は、不動産とホテル経営を扱うミラン市ではそこそこ大きな企業の一つだった。
 館をホテルにする企画は、当初順調に進んだ。
 だが、ここに来て暗礁に乗り上げている。
 というのも――。
「幽霊だと?」
 カイルは、先程部下と交わした会話を思い出し、顔をしかめて呟いた。
 館に、幽霊が出る、というのだ。
 館に、呪いの噂があることは、彼自身も知っていた。
 というか、それはこの市では有名な話でもあったからだ。
 館は次々と持ち主が変わっているものの、その持ち主たちの誰1人として長くそこにくらした者はいない。そもそも、オコーナー一家がいなくなってすでに50年近い年月が過ぎているというのに、その間に建物は手を入れられることもなく、寂れて行く一方だったのだ。
 そこから人々は、オコーナー一家の呪いが、この館に新しい住人を入れないのだと噂した。
 おそらくは、その呪いの噂が変化して、幽霊が出るという話になったのだろう。
 もっとも、彼がこの企画を立ち上げた時にはそんな話は聞いたこともなかったから、ごく最近になって囁かれ始めたものに違いない。
 問題なのは、それを大のおとなたちが信じてしまっているということだ。
 先程彼の元を訪れた部下は言った。
「社内でも、あの館をホテルにすることに、反対している者はかなりの数います。また、当初決まっていた業者も次々に辞退してしまって……かわりにと声をかけたところからも快諾が得られずで、いまだにほとんど業者が決まっていないありさまです」
 おそらく、改装ができたとしても、ホテルの従業員になりたがる者がいないだろう、とも部下は言った。
「企画を、白紙に戻した方が、いいのではないでしょうか」
 部下は最後に、そう進言した。
 彼がカイルに会いに来たのは、その進言が目的だったのだろう。
 しかし。
「こんなことで、せっかくの企画をつぶすわけにはいかん。……ここに来るまでにもすでに、大金が動いているんだ。このままでは、我が社の損失の方が大きくなってしまう」
 カイルは低く呟き、再び窓の向こうの館へと目をやった。

+ + +

 A.R.O.A.本部に、館の調査依頼が持ち込まれたのは、その翌日のことだった。
 訪れたのは、カイルの秘書の1人である。
「館に本当に幽霊が出るのかどうか、調べてほしいのです。……こちらが、オーガの事件のみを扱う機関だというのは承知していますが、社長は噂の元になっているのはもしかしたら、オーガかもしれないと考えているのです」
「なるほど。……たしかに、オーガの仕業という可能性も、あるかもしれませんね」
 応対したA.R.O.A.の職員は、うなずくと言った。そして尋ねる。
「ご依頼は、調査のみでよろしいですか?」
「はい。オーガであった場合も、その種類や数について報告いただくだけで、結構です」
 秘書はうなずくと、続けた。
「それから、館やその周辺での戦闘は避けていただけると、助かります。こちらでは、なるべく外観をそのままに使用したいと考えておりまして。また、何分にも古い建物なので、強い衝撃などを与えると危険でもありますから」
「わかりました」
 職員はうなずく。
「それでは、お引き受けしましょう」
「はい。よろしくお願いします」
 相手の言葉に、秘書はホッとしたように言って、軽く頭を下げた。

解説

●目的:「館に幽霊が出る」という噂の真偽を調査、報告すること。
●留意事項:戦闘は避けること。

●幽霊の噂について
 ごく最近、囁かれ始めたものです。
 館で人影を見たといったものから、うめき声、叫び声が聞こえたといったものなど、さまざまです。
 また、噂を聞いて館を見に行ったり、肝試しに行った人が、何者かに追いかけられたとか、部屋の中に引きずり込まれそうになったというものもあります。

●館について
 ミラン市を見渡せる小高い丘の上に建っています。
 中央の棟を挟んで、東西の棟に分かれていますが、西の棟はほとんど崩れ落ちてしまっており、現在は危険なので人が入らないよう、マーカソン株式会社では鉄条網などを張って、立ち入り禁止にしています。
 東の棟と、エントランスのある中央の棟は廃墟のまま放置されており、人が入れる状態になっています。
 建物は2階建てで、東の棟の屋根の一画に屋上があります。
 また、3つの棟に囲まれるようにして、中庭があります。
 なお、館はミランの街の若者たちの間では、新たな心霊スポットになりつつあるようです。


ゲームマスターより

お世話になっています。
織人文です。
このページを閲覧していただき、ありがとうございます。

今回は、廃屋で幽霊の噂の調査をしていただきます。
噂の真偽はともかく、廃墟となった館はそれでなくても不気味なもの。
そこではたして何が出るか? お楽しみいただければ、幸いです。

リザルトノベル

◆アクション・プラン

田口 伊津美(ナハト)

  (結寿音と偽名を名乗ってます)
【心情】
幽霊は別に怖くない
そんなのいるわけないからーとかじゃなくて、いたところでなんだ?って感じ
それより人間や世の中の仕組みのほうがよっぽと怖いわぁ

【行動】
事前に館の見取り図をもらっておく

多分昼に行くんだと思うけど、夜だったら胸につけるライト持ってこないとな

一部屋一部屋こっそりと丁寧に確認、偵察重視で大声あげたりしないでいく

多分人間のいたずらかミーハーたちが驚きあってるだけだと思うけど、オーガって場合もあるし気は抜かないよ

敵と遭遇したらばれないように数と種類を確認して退散

部屋に引きずり込まれそうになったら流石に剣抜いて抵抗かな
強盗とかだったらいやだし!



シリア・フローラ(ディロ・サーガ)
  ●最初に地図のことについて聞いてみます。あと、懐中電灯など借りれるなら借ります。備えあれば憂いなし?
●館に入る時、ドキドキ「こ、怖くはないですよ?武者震いってやつですよ」と言いつつ、サーガの手をガシッと掴む。
そのまま、館を比較的安全な中央・東から探索予定。避難経路も確認!
でも逸れない様にできるだけ、みんなと一緒に行動。
「人の仕業なら、西じゃなく中央か東に居そうだけど・・・もしオーガの仕業なら西に居るかもですね」
●追われたりした場合は、どこかに隠れたりするなどして、戦闘は回避します
●依頼解決後には「もう、お化け屋敷はしばらく行かないでよさそうです」


河上 夏樹(ソル=デザストル)
  ゆ…幽霊なんておおおおおるわけない…!
これはきっと何かのトリック、トリックなんや…!!

▼持ち物
暗闇対策にLEDライトを

▼行動
依頼を受けたからにはキッチリこなす!って心構えやけどもちょっと今回ばかりは皆の真ん中もしくは最後尾で歩き進めながら調査する感じで…。
何か物音がしたものなら光の速さで傍にいる人にしがみ付きます。
だって怖いんやもん…。こればっかりはほんまどうしようもないねんってぇ…。(涙目)
「うち、絶対このトリックを解いてみせる!」




●館へ
 依頼のあった、翌日の午後。
「いかにも廃墟、という感じのとこやねぇ」
 調査対象である館を目の前にして、河上夏樹が声を上げた。
「ああ。怪談の舞台には、打ってつけだ」
 彼女の精霊、ソル=デザストルがなぜか楽しそうに相槌を打つ。
「そういう先入観は、持たない方がいいと思うよ。本物の幽霊じゃなく、人間かオーガの仕業かもしれないんだから」
 肩をすくめて、冷静に告げたのは、田口伊津美だった。ただし、ここでは結寿音と偽名を使っている。というのも、彼女は最近売れ始めたアイドルだからだ。本名で依頼に参加して、万が一にも何か問題があっては困る。それで、偽の名前を使い、メガネをかけて一応変装もしているのだった。
「……でも、本物の可能性もあるだろう?」
 ボソリと横から、彼女の精霊、ナハトが口を出す。
「だから、それをこれから私たちが調べるんだよ!」
 伊津美はムッとしたように、強い口調でそれへ返した。
「結寿音さん、そんな強く言わなくても……。それより、どこから調べるか、決めませんか?」
 シリア・フローラが、穏やかに言って、尋ねる。
「そうですね。せっかく、明るいうちに来たんですから、早くどこから回るか決めて、日の暮れる前に終わらせてしまった方がいいです」
 フローラの精霊、ディロ・サーガも言った。
「そうね」
 うなずいて、伊津美がポケットから館の見取り図を取り出した。
 彼ら6人は、ここへ来る前にマーカソン株式会社の本社に立ち寄り、A.R.O.A.に依頼に訪れたカイルの秘書に会って少し話して来たのだった。
 そのおりに、この見取り図をもらったのだ。
 また、ここでの幽霊の目撃は圧倒的に夜間が多いという話も聞かされた。
 にも関わらず、彼女たちが昼間ここを訪れたのは、もしも幽霊が人間やオーガの仕業だった場合、夜間よりも明るい昼間の方が、見つけやすいだろうと考えたためだった。
 もっとも、夏樹とソルは万が一のことを考え、暗闇対策にLEDライトを持参していたし、フローラとサーガはマーカソン株式会社で懐中電灯を借りて来ている。
 伊津美が手にした見取り図を、全員が覗き込んだ。
「秘書の話では、幽霊が多く目撃されているのは、中央棟と東棟、特に東棟が多いってことだったよね」
「うん。……西棟は、このありさまやからね。見物に来た人とかも、入られへんからやろね」
 夏樹がうなずき、西棟の方を見やって言う。
 他の者たちも、彼女の視線を追った。
 そこには、わずかに壁と床の一部と柱が残るだけの、まさに残骸と化した建物が見える。しかも玄関のある中央棟のすぐ傍からは、ぐるりと背の高い鉄条網が取り巻いていて、そこに入るためには、手足を傷つける危険を冒して、それを乗り越えなければならなかった。
「でも、オーガの仕業だとしたら、あちらに根城がある可能性も、なくはないですね……」
 フローラが、ふと思いついたように呟く。
「それもないとは言えないな。……けど、とりあえずそれは中央棟と東棟を先に見て回ってからでも、いいんじゃないか?」
 その呟きに答えるように、ソルが言う。そして、キザな仕草でフローラの手を取って、付け加えた。
「俺は、フローラのその美しい手足が、あの鉄条網を乗り越えるために傷だらけになるのなんて、見たくないんだ。……もちろん、結寿音が傷つくのも、夏樹が傷つくのもな」
「おい……」
 サーガが顔をしかめて何か言いかけるより早く、夏樹が彼の手をフローラから引きはがす。
「はい、そこまで。……ったく、何調子のええこと言うてんの。うちら3人とも、しっかり防具で固めてるんやから、鉄条網ぐらいなんてことないわ」
 まさにそのとおりで、女性3人は、全員がウィンクルムメイルとウィンクムルガントレット、ウィンクルムグリーブでしっかり武装している。もちろん、ウィンクルムソードも携帯していて、戦闘は禁止とは言われているものの、もしも危害を加えられそうになったとしても、反撃できる用意はあった。
「かもしれないけど、俺は気持ちの問題を言ってるんだ。……女性を守るのは、俺の役目だろ?」
 しれっとして言うソルに、夏樹は溜息をつく。
 一方フローラは、目を丸くしてそんな2人を見ている。その傍でサーガが相変わらず顔をしかめて、ソルを睨みつけていた。
「とんだタラシだね」
 肩をすくめて呟く伊津美の隣では、ナハトが小さく首をかしげている。
 そんな一同に気づいて、夏樹は小さく咳払いした。
「と、とにかく。……じゃ、西棟は他の2つの棟を調べて、何もわからんかったら入ってみる、言うことでええよね」
「そうだね」
 伊津美がうなずき、改めて見取り図を覗き込む。
「で、回るルートだけど……」
 全員が、再び見取り図の上に額を合わせて、ようやく本格的な作戦会議が始まった。

●調査
 話し合った結果、調査は中央棟の1階から始めて、中央棟の2階、東棟の2階、東棟の1階という順序で行うことになった。
 中央棟と東棟は1階も2階も廊下でつながっている。東棟は見取り図で見ると、勝手口らしい出入口がもう一つあるようだったが、最終的に中央棟のエントランスに戻る順序で巡るのが、一番効率がよさそうだという結論におちついたのだ。
 先頭は伊津美とナハト。二番手がフローラとサーガで、最後尾を夏樹とソルという順番で行くことになった。
「じゃ、行くよ」
 伊津美が仲間たちに声をかけ、中央棟の玄関へと足を踏み入れた。ナハトが黙って、おそるおそるといったふうに、そのあとに続く。
「こ、怖くないですよ? 武者震いってやつですよ?」
 少し青ざめて、がしっとばかりにサーガの手を握りしめながら、フローラが言って歩き出した。
「フローラ、大丈夫?」
 手を握られて、ドキドキしながらも、サーガは問う。
「だ~いじょうぶですよ。みんなも、サーガも一緒ですから」
 フローラは少しだけ裏返った声で返して、更に歩調を早める。
「そうやね。みんなも一緒やし……幽霊なんて、おるわけないもんね」
 それへうんうんとうなずきつつも、こちらもいくらか青い顔の夏樹は、なんとなくぎくしゃくとした足取りで、彼女たちのあとに続いた。
「そう思うんなら、なんでこの依頼を引き受けたんだ?」
 一緒に中に入りながら、ソルは苦笑と共に尋ねる。夏樹が、幽霊が苦手なのを知っていてのことだ。
「これは何かのトリックや、いうのを証明したいからやもん」
 そっとそちらをふり返って、夏樹は返した。
「ふうん」
 ソルがまだ口元に笑いを浮かべながら、曖昧にうなずく。
 エントランスは、吹き抜けの天井から外の光が一杯に射し込み、明るかった。正面には2階へと続く大階段がある。
 ゆるやかにうねる大階段の下に、奥へと続くドアがあった。6人は、それをくぐって、奥の廊下へと進む。
 一部屋一部屋、息を殺すようにして、それでも丁寧に見て回った。
 中央棟の1階が終わると、2階へ。そこから今度は、東棟の2階へ。
「ちょっ……! 何手つないでんの。きもいんだけど!」
 そんな中、ふいに伊津美が押し殺した声を上げた。後ろの4人が何事かと見れば、ナハトがしっかりと彼女の手を握りしめている。
「なんか……怖い……」
 ぼそりと言う彼に、伊津美は柳眉を逆立てた。
「怖い?! 真顔でそんなこと言われてもね!」
「まあまあ、おちついて。……誰かて、幽霊がおる言う建物は、気持ちええことないと思うし」
 夏樹が思わず、割って入る。
「ですよね。……それに、そんなに頭ごなしに言ったら、かわいそうです」
 フローラもうなずいて言った。
「悪い」
 彼女たちには謝ったものの、伊津美はナハトに視線を戻して、顔をしかめた。彼が、青ざめて震えているのに気づいたせいだ。
「本気で震えんな! 精霊だろ、しっかりしろよ!」
 一喝するなり、そちらにはもう目もくれずに、歩き出す。
 夏樹とフローラは、困ったように顔を見合わせた。
「気にしなくても、いいんじゃないの。あれが、彼ら独特のコミュニュケーション方法かもしれないだろう?」
 夏樹の耳元で、ソルがこそりと囁く。
「そういうもんかな」
 夏樹が、小さく首をかしげた。
「僕もそう思う。……それより、やっぱりこっちもけっこう老朽化してるね。歩く時、気をつけて」
 それを聞き咎めて、サーガもうなずき、フローラに囁く。
「え、ええ……」
 フローラもうなずいた。
 そのあとも、東棟の探索と調査は続く。
 途中、足元を走り抜けるネズミに、夏樹が悲鳴を上げて隣にいるソルにしがみついたり、その悲鳴に驚いたナハトが伊津美の後ろに隠れて怒鳴られたり、なんてこともあったものの、幽霊はもちろん、オーガも人間らしい姿も何も見つけられないままに、彼らは東棟2階の調査を終えようとしていた。
 もっとも。部屋数が多いのと、一部屋ずつ丁寧に調べているせいで、ここまででかなりの時間を要していた。
「……外、暗くなって来ましたね」
 窓の外に目をやって、ふとフローラが呟く。
「そうやね。……1階を調べるんなら、ライトつけた方が、ええかもね」
 夏樹も言った。
 廊下はまだしも、室内はすでにずいぶんと暗く、明かりなしでの調査は難しくなりつつあったのだ。
 しかも建物内は、電気が来ていない。夜になれば、真っ暗だろう。
 フローラが、ふいに小さく身を震わせた。
「フローラ、大丈夫?」
「ええ、大丈夫です」
 気遣うサーガに、彼女は微笑む。
「急ごう。完全に日が落ちる前に、全部の部屋を調べてしまうんだよ」
 言ったのは、伊津美だった。
「そうやね」
「はい」
 夏樹とフローラが、うなずく。
 やがて6人は、階下へと続く階段を降り始めた。

●幽霊の正体
 1階に降りてさほどしないうちに、完全に日が落ちて、あたりは真っ暗になった。
 フローラとサーガは、借りて来た懐中電灯をつける。
 夏樹は、持参して来たLEDライトを伊津美とナハトの2人に貸して、自分はソルに前を照らしてもらっていた。
 と。
 ふいにどこかで、靴音が聞こえた。
「ひゃっ! い、今の音、何?」
 夏樹がソルにしがみつきながら、声を上げる。
「さて。なんだろう。夜になったから、幽霊たちのお出ましってわけかもな」
 しがみつくにまかせながら、ソルがあたりを見回し、言った。
「けど、夜になったから出て来るって、それもどうなんだよ」
 伊津美が、背後に隠れてすがりついて来るナハトに、顔をしかめて見せながら、返す。
「本当に幽霊がいるなら、夜でも昼でも、関係ないって思うんだけど」
「そう……ですね」
 小さく身震いしつつも、うなずいたフローラが、ふいに小さな悲鳴を上げて、耳をふさぐ。どこからともなく、人のうめき声のようなものが、あたりに響き始めたのだ。
「フローラ……!」
 駆け寄るサーガを涙目で見上げ、フローラは小さくいやいやをする。
「この声、なんですか?」
「な、なな……なんなんやろね。ひひひ、人のうめき声みたいに聞こえるけどぉ~」
 夏樹は、ますますソルにきつくしがみつきながら、こちらも涙目で告げた。
「マーカソン株式会社で聞かされたとおり、だな」
 対するソルは、どこか冷静にあたりを見回して呟く。
「フローラ、大丈夫だ。僕がついてる」
 一方サーガは、安心しろと言いたげにフローラに声をかけた。
 そんな仲間たちを見やって、廊下に面した部屋のドアを背に立ち、伊津美は小さく溜息をつく。
 幽霊よりも人間や世の中の仕組みの方がずっと怖いと思っている彼女には、夏樹やフローラの怖がりようがピンと来ないのだ。
「とにかく……」
 彼女が、口を開きかけた時だ。
「あ……!」
 ふとそちらをふり返ったフローラが、低い声を上げた。たちまちその目が、恐怖に見開かれる。
 彼女が見ているのは、伊津美が背にしているドアだった。それは、内側からゆるゆると開いて行こうとしていた。
「フローラ?」
 サーガが怪訝そうに声をかけるが、彼女は答えない。
 伊津美もまた、眉をひそめてそちらを見やった。彼女がいったい何に怯えているのか、わからなかったせいだ。彼女に声をかけようとして、伊津美は、誰かが後ろから服を引っ張っているのに気付いた。とっさに邪険にそれをふり払い、隣に立つナハトを睨みつける。
「こら! 服ひっぱんな!」
「俺……何もしてない」
 きょとんとした顔で返すナハトに、伊津美は眉をしかめた。
「驚かせようとしたって、無駄だからね……? 正直に――」
 言いかけた言葉は、途中で途切れた。
 伊津美とフローラ、2人の口から同時に悲鳴が上がる。
 完全に開いたドアから、ふいに伸びて来た2本の腕が伊津美の首と胴を捕え、中へと引きずり込もうとしていた。
「結寿音ちゃん!」
 夏樹が叫んで、伊津美を助けようと、そちらへ駆け寄る。
 だが、伊津美当人が動く方が、早かった。
 彼女は腰のウィンクルムソードを抜くなり、自分を捕えている手めがけて切りつけたのだ。
「うわっ!」
 途端に声が上がり、腕の力が緩んだ。それを幸いとふりほどき、伊津美はドアから離れる。それと同時に、手の主はナハトに引きずり出され、ドアの向こうから廊下へところがり出た。
 そちらへライトの明かりを突きつけたのは、ソルだった。
 LEDライトの光に照らし出されたのは、20代半ばとおぼしい1人の男だった。
「正体見たり、枯れ尾花……ってやつだな」
 肩をすくめて呟く彼に、サーガに助けられて立ち上がったフローラが尋ねる。
「この人が、幽霊のふりをして驚かしていたってことですか?」
「たぶん、そうだろう」
 うなずくソルに、夏樹が安堵した顔で言う。
「やっぱり、トリックやったってことやね」
「本物の幽霊じゃなくて、安心したか?」
「べ、別に」
 からかうように問うソルに、夏樹は少し赤くなってそっぽを向いた。
「うちは最初から、トリックやって言うてたやろ」
「そのわりには、怖がってた気がするけどね」
 苦笑しつつ伊津美が言って、他の者たちも笑い出す。
 その時だった。
「うわっ!」
「わあっ!」
 ソルとサーガが、何者かに体当たりされて、廊下の床と壁に叩きつけられる。
「……あ」
 ナハトがとっさに、手にしていたLEDライトを向けた。その光に一瞬、2人の男が廊下にころがった男を助ける姿が照らし出されたものの、すぐにはたき落とされて、何も見えなくなる。
「誰ですか?!」
 フローラが震える声で誰何して、そちらへ懐中電灯を向けたが、その時にはすでに男たちの背中は、遠くなっていた。
「くそっ! あとを追うぞ」
 軽く顔をしかめて起き上がり、ソルが言って走り出す。
 他の5人も、男たちのあとを追って、駆け出した。

●報告
 そうしてやって来たのは、中庭である。
 外は月の光のせいで、存外明るかった。その月光の下に、荒れ果てた中庭がひっそりと照らし出されている。
 そんな中、枯れてひび割れた噴水の近くに、走って行く3人の男の姿があった。
「逃がすわけねぇだろ」
 低く呟くなり、ソルがそちらに向かってダッシュをかける。
「彼1人にやらせる気? ナハトも行くんだよ」
 伊津美がナハトをせっついた。彼はこくりとうなずき、そのあとを追う。
「僕も行きます」
 慌てて、サーガもそのあとに続いた。
 夏樹、伊津美、フローラの3人も、小走りに噴水の方へと向かう。
 そちらでは、戦闘というほどのこともない、ちょっとした小競り合いが起こっていた。が、ほどなく男たちは、精霊3人に組み伏せられ、噴水から引きはがしたつる草で縛り上げられてしまう。
「さて。話してもらおうか。いったい、何者?」
 伊津美が、その男たちの喉元に剣の切っ先を突きつけ、詰問する。
 それを見て観念したのか、男たちの1人が言った。
「俺たちは、ペパーミント社に雇われた者だ」
「ペパーミント社?」
 聞き覚えのない名前に、6人は顔を見合わせる。
「マーカソン株式会社と、何かと利益を争っている会社さ」
 別の1人が、顔をしかめて言った。
「あ……」
 そこまで聞いて、フローラが小さな声を上げる。
「つまりこの幽霊騒動は、マーカソン株式会社のライバル会社が、ここをホテルにする計画を頓挫させようとしてやらせたことだった……というわけですか」
「せこい話しやなあ」
 聞くなり、夏樹が呆れたような声を上げた。
「やっぱり、幽霊より人間の方が怖いってことだね」
 伊津美も肩をすくめて言うと、男に突きつけていた剣を引き、鞘に納めた。
「で? こいつら、どうするんだ?」
 ソルが、そんな彼女たちを見やって尋ねる。
「あの秘書の人に、事情を話して、どうしたらいいか、訊いてみたらどうですか?」
 それへ言ったのはサーガだ。
「私も、それがいいと思います」
 フローラが賛成する。
「せやな」
 夏樹もうなずく。
 カインの秘書からは、ここへ来る前に会った時、電話番号を教えてもらっていた。
 そこで、伊津美が代表して自分のスマホから電話をかける。
 幸いそれはすぐにつながり、伊津美は手短に事情を話して、このあとどうすればいいのかを問うた。秘書は、驚きながらも、迎えの車を寄こすことを約束してくれた。
 電話を切って、伊津美がそれを仲間たちに伝えると、それなら外で待つ方がいいのではないかということになった。そこで彼らは、男たちを引っ立てて、中庭から館のエントランスを抜け、外へと移動した。
 さほど待つことなく、大型のバンが一台、館の前へと到着する。
「迎えだ。……さっさと歩け」
 ソルが、男たちを促して車へと向かう。他の者たちも、それに続いた。
「ナハト、行くよ」
 自分も行こうとして、動かない精霊に気づき、伊津美が声をかける。
「あれ……」
 それへナハトは低く言って、中央棟の2階を指さした。
「何よ?」
 眉をひそめて、伊津美はそちらを見上げる。
 2人のやりとりに気づいた他の4人も足を止め、ふり返ってナハトの指さす方を見た。
「ななな……なんや、あれ……!」
 夏樹が、ひっくり返った声を上げる。
「中には誰も……いないはず、ですよね?」
 フローラも、震える声で誰にともなく訊いた。
 中央棟の2階の窓に、ゆらゆらと揺れる明かりとそれに照らし出される人影が映っていたのだ。
「まだ、仲間がいるのか?」
 ソルが、男たちをふり返って問う。が、男たちの方も青ざめた顔で、ただかぶりをふるばかりだ。
「まさか……」
 サーガが何か言いかけた時だ。バンから人が降りて来た。4人いる男たちの1人は、あの秘書である。
「お手柄でしたね。さすがは、ウィンクルムだ」
 満面に笑顔を浮かべて歩み寄って来た彼は、ウィンクルムたちの表情に、怪訝な顔になった。
「どうかしましたか?」
「いえ。今……」
 小さくかぶりをふって、改めて館の方を見やった伊津美は、思わず目を見張った。明かりも人影も消え、館はどこもかしこも真っ暗なままだ。
 それに気づいて、他の者たちも顔を見合わせる。誰もが、たった今見たものをどう考えていいのか、わからないようだ。
 やがて6人と捕らわれた男たちは、それぞれバンへと乗り込んだ。
 バンが、ゆっくりと走り出す。
 誰もが黙ったまま、ただ遠くなって行く館を見詰めていた。
 やがて、完全にその姿が見えなくなると、フローラがふと吐息をついて、苦笑する。
「もう、お化け屋敷はしばらく行かないでよさそうです」
「せやね」
 夏樹がしみじみとうなずき、他の者たちも苦笑した。
 こうして、ウィンクルムたちの調査は終わった。
 マーカソン株式会社の本社に到着すると、彼女たちは秘書に館の調査結果と、男たちを捕えた経緯について報告した。最後に見た、不可解な明かりと人影については、誰も黙して語らなかったけれど。
 やがて、館のホテルへの改装計画は再び動き出し、1年後には営業を始める予定だという。
 その後、そこで幽霊を見たという者はおらず、噂はいつの間にか消えて行った――。



依頼結果:大成功
MVP

メモリアルピンナップ


( イラストレーター: 花海ゆうこ  )


エピソード情報

マスター 織人文
エピソードの種類 アドベンチャーエピソード
男性用or女性用 女性のみ
エピソードジャンル 恐怖
エピソードタイプ ショート
エピソードモード ノーマル
シンパシー 使用不可
難易度 普通
参加費 1,000ハートコイン
参加人数 3 / 2 ~ 5
報酬 通常
リリース日 03月17日
出発日 03月25日 00:00
予定納品日 04月04日

参加者

会議室

  • [8]田口 伊津美

    2014/03/24-22:14 

    うい、先頭は任せてもらっていいよ
    幽霊とかそういうの、モンスターと同類に見てるからさ
    精霊は頼りにならないかもしれないけど…

    よし、では、当日の成功を祈って!

  • [7]河上 夏樹

    2014/03/24-21:34 

    うちは皆の後ろからちょろちょろついてく感じになりそう。
    先頭はちょっと…怖…いや…あれやから…(ぼそぼそ

    時間帯わからへんし、うちも一応LEDライトは持っていくよ。

  • [6]シリア・フローラ

    2014/03/24-21:13 

    ギリギリになってしまいましたが、
    私の行動としては、避難経路を確認しつつ、館を見て回る感じになると思います。
    安全な場所からサクサク見て回った方がいいのかな?

    時間帯・・・確かに、真っ暗の中見て回るのは嫌ですね~。
    場合によっては懐中電灯も必要になりますかね。

  • [4]河上 夏樹

    2014/03/24-11:44 

    河上 夏樹です!
    結寿音ちゃん、シリアちゃん、よろしくなぁ♪

    館に幽霊が出るってほんまなんかなぁ…
    うち、ホラー系はちょっと苦手なもんで…(ゴニョゴニョ
    幽霊なんか出ないことを祈りつつ…
    もしかしたら何かのトリックなんかもしれんし…
    と!とにかく!調査、頑張ろなぁ!

  • [3]田口 伊津美

    2014/03/22-21:21 

    フローラちゃんよろしくね!
    精霊たちは今回ビクついてそうなので私達で頑張ろうか!(ぇ

    噂はどんどん雪だるま状になって膨らむものだからね、実際どうなんだか…
    とりあえず一部屋ずつ丁寧に見てかないとか
    そういや時間がかいてないけど、モチロン明るい内だよね?

    地図!いいね!
    事前に聞いておかなくちゃ

  • [2]シリア・フローラ

    2014/03/22-20:47 

    シリア・フローラです。
    よろしくお願いします。

    まさにお化け屋敷な依頼ですね。
    追いかけられたり、部屋に引きずり込まれるとか・・・怖いです。
    うーん、何か特定の行動をすると出てきたりするのでしょうか?
    一部屋ずつ見て回る感じなるんでしょうかね~?

    いざという時のために、館の地図とか最初に貰えたりしますかね。

  • [1]田口 伊津美

    2014/03/22-02:27 

    結寿音です!(わざと偽名を使ってます)

    館に幽霊…
    若者の間で心霊スポットらしいし、よくある廃墟マニアのいたずらか、若者たちが同じような人と出くわして驚きあってるだけか…
    何にしても行ったらわかるかなぁ

    偵察が基本になりそうだね
    もし見つかったら全力ダッシュで外にでて、館周辺ではないとこまで来てくくればぶっ倒すって感じか
    来ないだろうけどさ


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