プロローグ
ボッカの驚異は去ったものの、爵位継承式に必要な『幸せの炎』が消えてしまった。
ウィンクルムたちは新たな任務として、『幸せの灯火』を集めることを依頼される。
『幸せの灯火』、それは人の胸に灯る小さな幸せが形となったもの。
ショコランド三女王の好意により、それを集める為の魔法がかかった、王家に伝わる『幸運のランプ』を任務に赴く際に借りられるとのことで。
今夜も、灯火を集める為に都合のついたウィンクルムたちが一組、また一組と集まってくる。
示し合わせたかのように、同じ原っぱに集結した一行。
一組に一つの『幸運のランプ』を、各自がそっと掲げた。
すると、拓けた景色が陽炎のように揺らぎ出したかと思うと、月灯りの下にみるみる大小様々なテントが姿を現した。
一行はそれぞれ視線を絡ませる。これが、彷徨えるバザー『バザー・イドラ』。
魔法のランプが無ければ偶然見つけられる確率は100年に一度と言われる、伝説の。
誰ともなく息を飲み。そして足を前へと踏み出すのだった。
* * * * *
真夜中の不思議バザーの雰囲気に慣れた頃。
ばらばらに見て回っていたはずの一行が、吸い寄せられるようにたまたま同じテントの前にて再び出会う。
なんのテントだろう。
誰かがついとテントの入口を潜り、その後に他のウィンクルムも続く。
「わ……」
声が漏れた。
テント内上空を、ふわりゆらゆら、薄いヴェールのようなものが浮かんでいたのだ。
向こう側が透ける薄さであるものの、テント内の仄かな灯りに揺らめいて、様々な色味を浮かべている。
店主がにっこり、覆面ヴェールの口元から柔らかな声をかけてきた。
「やぁ。君たちはウィンクルムかな。ははは、長いことこういう場所にいるとお客たちの素性は何となく分かるようになるものだよ」
なんて、その手の紋章を見れば一目瞭然だがね、とお茶目なウィンクを見せながら。
「良かったら試していくかい?魔法のヴェールは女性限定だけれど。何故って?女性が付けた方が当然美しいだろう?」
男子差別か。どこからともなく精霊から不満そうな視線が飛んだかもしれない。
しかしてパートナーへ向くと、瞳が好奇心で満ちている気がする。
「これを羽織るだけで、バザーが開いている範囲内ふわふわと飛ぶことが出来るよ。ただ、今回ちょっとまだ試作品でね……」
すでに何人かの神人たちが、あの色が素敵かも♪と和気あいあいと選び始めている中、
真面目に店主から注意事項を聞く男性陣の姿があるのだった。
解説
●魔法のヴェールでぷかぷかバザーデート☆
ヴェールレンタル料:【300Jr】を払っていざ!
神人さんが浮いている以外は至って普通のデート。
バザー内、先程見て回った中で目に付いたのはこんなテントだろうか。
※下記から一つ、行く場所をお選び下さい。
○水晶屋:大小色形様々な水晶を取り扱い。覗き込むと何か映る……かも?
・水晶のキーホルダー 100Jr 購入可
〇ソード屋:古来からある古びた剣から最新デザインの剣まで、剣類を幅広く扱っている。鑑賞のみ。
・ペーパーナイフ 100Jr 購入可
〇使い魔屋:見た目は一般的動物たちがいっぱい。特殊訓練により、人語を理解(喋りはせず)
購入はできないが、目一杯戯れ可能。
※どのお店も、お好きにデザイン・戯れたい動物などをお入れ下さい☆
現実にある具体的名称のみNG。
購入物は当エピのみ。他エピへ持ち込み不可である事ご了承下さい。
●店主より注意事項
「ヴェールを羽織った人は、そのままだとゆっくりぷかぷか上がっていってしまうんだ。
パートナーの方は、しっかりと手を繋いであげてね。
もしも手を離したら……、そのまま月へのぼり、……帰らぬ人に……、
何てことはないとも勿論(にっこり) 2mくらいまでしか上がらないからね。
高度以外は、羽織ってる本人の意思でゆっくりだけど方向決めて飛べるしね。
……実際、あまりにゆっくりだから、結局はパートナーさんが引っ張っていく方が早いとは思うけれど。
あと少々試作品なもので……、効力がいつ切れるか分からないんだよねぇ……
え?羽織る前に言え?ハハハごめんよ。
まぁすぐそばに頼もしいパートナーさんがいるわけだから。万が一2m上がった位置から落ちる形になったら
しっかりと受け止めてあげて☆……あ。申し訳ない悪かったです睨まないでクダサイ」
●『幸せの灯火』
少しでも多く集める為には、自分たちが幸せな気分になること、
または、関わった人の小さな幸せにも反応して集まります。
ゲームマスターより
◆アドリブフィーバー警報発令!◆
あー…、テス、テスッ。
EXに伴い、蒼色クレヨンという名のGMが、今まで以上にアドリブを暴走させる可能性が発生しました。
嫌な予感しかしない方は、くるりと回れ右をし、速やかに避難して下さい。
(訳:お世話になっております蒼色クレヨンでございます!EXひゃっほー!
パートナーと手繋ぎ(手以外を引いてもいいですがその場合完全に神人様が風船な気分になります)、
月明かりの下でバザーデート、効力切れた!精霊様カッコ良いとこ見せるの今だ!などなど
キャラ様の個性溢れる楽しみ方をお待ちしております♪)
リザルトノベル
◆アクション・プラン
ロア・ディヒラー(クレドリック)
薄紫色のベールを羽織ってバザーへ。 わ、ほんとだ!ちょっと浮いてる! 地に足が付いてないってやっぱりちょっと不安になるね。 …クレちゃんも不安?浮いてないのに何で…? (しかも構わないか?って疑問系なのに既にぎゅっと握って離してくれないんだけど…) 使い魔屋へ。 ふわふわもこもこな動物もいるのねー…(ウサギ可愛い…!うわああこっちきたー!) 寄ってきたウサギをそっと抱っこしたり、黒猫を撫でたり。 クレちゃんは……なんでそんなに鴉が肩に…!? 凄く…魔法使いっぽいね。 クレちゃんは見た目怖いけど優しいの分かればみんな酔ってくると思うよ? …なんで怯える必要があるのよ。 落っこちて抱きとめられたら、近さにどきどきする。 |
楓乃(ウォルフ)
最近、ウォルフがよそよそしく感じるわ。 握っている手はこんなに温かいのに…。 私、嫌われたの…?怖くて聞けない。 お店は水晶屋へ。 端に置かれた紫水晶が気になるわ。 少し罅が入っているみたい。 でもそのおかげで見る角度で輝き方が違ってとても綺麗…。 あ…もしかして、ウォルフも同じ? 私が見方を変えれば違うのかしら? …なんだ。 ウォルフったら、耳が真っ赤じゃない。 気付かせてくれた水晶と同じ紫水晶のキーホルダーを購入。 羽衣が急に…! でも大丈夫…!だって… 「受け止めてくれてありがとう」 ウォルフの照れてはにかんだ顔久しぶり…。 胸があったかい。 (もうはっきりわかった。私、ウォルフのことが大好き。あの人よりも、ずっと…。) |
シャルル・アンデルセン(ノグリエ・オルト)
このショールとても綺麗ですね。私の付けている羽根飾りと同じ淡い青で。 手をしっかりと繋いでいてくださいね。…私はノグリエさんの傍の他に行きたい場所なんてないんです。 だから大丈夫ですよ。私は天使でも天女でもなんです。もしそうだとしても望んで此処にいるのですから。 ふふ、今日はバザールを楽しみましょう。 私、水晶屋さんと使い魔屋さんが見てみたいです! 水晶、沢山ありますね。透き通ってとても綺麗…このペンデュラム。ノグリエさんに似合いそうです。 私にはこのペンダントを?あれ…今誰かの優しい顔が見えたような…。 使い魔のうさぎさんです!可愛いです!もふもふです! あ、浮力が…おち…ノグリエさんありがとうございます。 |
出石 香奈(レムレース・エーヴィヒカイト)
わ、ホントに浮いてるわ ちょっと楽しいかも 手を引かれて水晶屋へ 占い用の水晶球を色々見てみる うーん…もしかしたらあたしの両親が見えるかもって思ったけど、駄目みたい レムのお目当ては何…これ、あたしに? そういえば任務やボッカのことで忙しくてバレンタインにレムにチョコをあげてなかった それなのにお返しなんて貰っていいのかしら うん、分かったわ でも本当にあたしからのチョコでいいの? 返答に赤面 外に出ようと引っ張られた時羽衣の効果が切れレムの背中に落下 急いで退いて立ち上がる あたしは大丈夫、レムこそ重くなかった? 背中でよかった、友人なんだからと自分に言い聞かせる でも心は苦しい ただの男と女なら、その胸に飛び込めたのに |
アンダンテ(サフィール)
飛べるなんて面白いわよね 私のにもそんな効果があればよかったのだけど 女性だけっていうのも勿体ないわよね …そうだわ! サフィールさんはいつもの私のを着けてみたら? 案外似合っているわよ そういえばこれってお揃いよね? 行先:水晶屋 綺麗ね… こんな場所で売っているものだしご利益ありそうね 折角だから同じもの買っていかない? 今日はお揃いづくしでいきましょうよ 帰ったら紐を捜して首からさげることにするわ ほら、私そそっかしいから サフィールさんとお揃いなんだもの 絶対失くしたくないわ …もし、落ちたら受け止めてくれるかしら? 本気の表情だった気がしたけど気のせいよね そこは人間じゃなくて、私、だったらもっと嬉しかったかも |
ふわふわ揺れる羽衣を指差して、あの色とか似合うんじゃないかしら?なんて和気あいあいと選ぶ女性陣の後ろ。
そわそわ。
憮然。
やれやれ……
など彼女のパートナーたちの反応はそれぞれで。
「……私もあれにまざってはいかんのだろうか(主にロアの隣りに)」
「女性が物を選んでいる時は、そっと見守っているのが平和だと思います」
どこか羨ましそうに呟くクレドリックに、半分職業病の、半分本心混じりの言葉で反応するサフィール。
ノグリエ・オルトが頷いて続く。
「ボクたちの役目は、お姫様を月に取られないよう捕まえておくことのようですし、ね」
「し……仕方ねぇな!てて、手ぇ引っ張った方が……効率的だっつーなら……」
「もう出番のようだぞ?」
店主から受けた説明の一部分をどうやら意識しまくってどもるウォルフに、
今まさに一番手で羽織った様子の楓乃の姿を、目で差し示し教えるレムレース・エーヴィヒカイト。
「待…っ、こっちにも心構えが必要なんだから一言いって羽織らせろよ!」
似合いますよ、等ととても楽しそうに神人たちに次々とヴェールを羽織らせる店主に
私情含む突っ込みを入れてから、慌ててウォルフはすでに1m程昇っている楓乃の下へと駆け出した。
「あ、ウォルフ!すごいわねっ、本当に浮いてるの!」
「あ……あぁ」
ぱしっと勢いで手を掴んだものの、どこかよそよそしい反応で楓乃を直視しないまま曖昧に答えるウォルフ。
(すっげぇ綺麗だと思うけど……言葉にすると消えちまいそうで言えねぇ)
(最近、ウォルフがよそよそしく感じるわ。握っている手はこんなに温かいのに……。私、嫌われたの…?怖くて聞けない)
口にされないウォルフの葛藤は楓乃を不安にさせていた。
しかしまだ、今のウォルフにはその気持ちに気付く余裕はない。
ただ必死に、せめて今だけは離れないように、行くななんてもっと言えねぇから……、と
繋ぐ手をしっかり握り締めるしかなかった。
ウォルフが駆け出した後に続き、他の精霊たちもパートナーを繋ぎ留めに足を向かわせる。
「このショールとても綺麗ですね。私の付けている羽根飾りと同じ淡い青で」
「本当に。とても綺麗で……似合っていますよ。シャルル」
肩から腕の下を通り、まるで天使の羽根のように背中へ向けてヴェールをひらめかせるシャルル・アンデルセンの手を取る。
羽根飾りと同じ色。
それにひどく心を乱されながらも、ノグリエは一瞬切なそうな色を瞳に宿す程度に、何とか表情を保つ。
(……ボクはちゃんと笑えてますか?綺麗だという事は出来るのにやはり不安なんです)
「手をしっかりと繋いでいてくださいね」
シャルルの柔らかな声に、ハッと顔を上げた。
まるで自分の心を汲んだかの言葉に、ノグリエは微笑と共に強く握り返すことで応えるのだった。
「わ、ホントに浮いてるわ。ちょっと楽しいかも」
「香奈、手を」
「え、ええ。そうね」
これは友達の範疇よね繋がないと今は困るものねっ、と何やら己に言い聞かせアタフタ手を伸ばす出石 香奈とは逆に
自然な動作で差し出された手を握るレムレース。
そのままじっと香奈の纏うヴェールを見つめる。
「藤色、というのだろうか」
「ええ、アンダンテさんが選んでくれたの。彼女程は似合わないかもしれないけれど」
「そんなことはない。よく似合っている」
「あ、ありがとう、レム」
繋がれたぬくもりの下、片や照れくさそうに、片や悠然と、微笑み合う2人。
「普段自分のヴェールしか選ばないから、思わぬ楽しみがあったわ」
「どうしてアンダンテが皆さんのヴェール選んでるんですか……」
「あら。好みには口を出していないのよ?悩んでて決められない方のしか選んでないわ」
遠目にも大変楽しそうに他の神人たちのヴェール選びをしていたアンダンテを見ていたサフィールは、小さく息を吐いた。
「飛べるなんて面白いわよね。私のにもそんな効果があればよかったのだけど」
(あまりいつもと容姿が変わらない)
改めて普段は無いはずの肩に羽織られたヴェールをアンダンテごと見直すサフィールは、正直な感想を口に出さない程度には大人であった。
「普段から飛ばれたらさすがに面倒みきれないですね」
口に出さずにはいられない思いもあったようだ。
それもそうねっ、と全く気にしていないアンダンテから伸ばされた手を、それでも迷うことなく握るサフィールがいた。
「わ、ほんとだ!ちょっと浮いてる!見て見てークレちゃん!」
「ふむ、興味深いな。このヴェールは昔話に出て来る天女が羽織る羽衣のようだ」
薄紫色のヴェールを自ら選び羽織ったところで、足が心許なく浮く様子に
はしゃぎながらも頼るように、クレドリックへと無意識に手を伸ばすロア・ディヒラー。
「地に足が付いてないってやっぱりちょっと不安になるね」
容易くつなぎ止められた相手の大きな手に、照れくささを誤魔化しながら笑顔を向けてくるロアをしばし見つめ。
クレドリックは真顔で言葉を発した。
「……私も不安になるようだ、ロア。手を繋いだままいくが構わないかね?」
「それは、勿論構わないけど、っていうかお願いしたいけど……。……クレちゃんも不安?浮いてないのに何で……?」
疑問形のはずなのに、すでに固く握られ放す気のない相手の様子に、ロアは首を傾げた。
ふわふわと今にも昇りそうな羽衣を身につけたロアの姿は、クレドリックに昔見た気がする昔話の結末を思い起こさせていた。
時折感じる切なさとも重なり、クレドリックはそれを口にはせず握った手ごとロアをテントの外へと導くのだった。
●
ふんわーり、桜色のヴェールを風にたなびかせ、サフィールに手を引かれて宙をゆくアンダンテ。
先程からその顔はどこか思案顔。
「女性だけっていうのも勿体ないわよね。……そうだわ!」
黙々と足を進めていたサフィール。
目的地を相談したわけではないが、どうやら行き先が暗黙で一致するくらいにはお互いの心が読めてきたようで、
アンダンテからもサフィールの引っ張る先には何も申し立てることは無い様子だ。
そんなサフィール、アンダンテの閃いた様子に嫌な予感を察知。足運びが戸惑うように緩くなった。
「サフィールさんはいつもの私のを着けてみたら?」
見事的中。絆の力は確実に増しております。
とりあえず一度アンダンテを振り返るサフィール。
その頭から背中を覆うヴェールを見つめ。
「いえ、結構です」
人の話を聞いているようでたまに聞いていないアンダンテだと認識し始めているサフィールの口調は
アンダンテに対して元来の言い方以上に遠慮はない。
これも、契約したばかりの頃よりアンダンテの人柄を分かった上でのことである。
しかしてそれはアンダンテも同じ。
すっぱりと断られても全くめげる気配のない微笑を称えたまま。
自分の付けていたヴェールを外せば、躊躇いなくサフィールの頭へとそれを被せてしまった。
なにせ現在彼女はサフィールの繋がれた手の先で浮いている状態。
サフィールの上からその動作は朝飯前であった。
「あらっ。案外似合っているわよ。そういえばこれってお揃いよね?」
ストロベリーブロンドにアンダンテの薄いラベンダー色のヴェールが重なり、月明かりを受けて不思議な色を醸し出す。
それは、角度によって色味を変えるアンダンテの瞳のように。
クスクスと喜びを表し、サフィール自身が付けていたヘアピンを自然な動作でヴェールごと留め直すアンダンテの様子を
ため息と共に見つめるサフィール。
まぁいいか……
そんな気分になったのはきっと、アンダンテの嬉しそうな表情が予想以上に綺麗だったから ――
――だなんて思っていない。ただその瞳の色がまたあまりに不思議な光を帯びていて、有無を言わせなかったから。
そう自分の心を納得させ、ヴェールを被せられたまま何でもなかったように再びサフィールは歩みを進め始めた。
水晶屋のテントに浮かんだ身を引かれ体をくぐらせれば、アンダンテの表情は一層歓喜した。
きっと喜ぶだろう。
そう予想していたサフィールも、実際のアンダンテの様子を見ればその横顔はどこか安堵しているだろうか。
「綺麗ね……。こんな場所で売っているものだしご利益ありそうね」
「確かに。見たこともない色彩もあって、綺麗だとは思います」
アンダンテの言葉にサフィールも素直に同意する。
それだけ、テントの中はランプの灯りを映した様々な水晶たちがどこか魔力を感じさせ、来た者を魅了する、
そんな力を帯びていた。
(アンダンテも、こういう水晶を使って占うんでしょうか。……落ち着きのなさが先立って想像つきませんが)
いまだアンダンテ自身が生業を行う姿を目にしたことが無いサフィールは、水晶とアンダンテを思わず交互に見る。
そんな視線には気づかず、アンダンテは声をかけた。
「折角だから同じもの買っていかない?今日はお揃いづくしでいきましょうよ」
「ここまできたらもう何でも構いませんよ」
アンダンテのヴェールを被ったままのサフィールは、半ば開き直ったように了承した。
そうして二人が選んだのは、覗き込む度に万華鏡のように映し出す色を変える小さな水晶のキーホルダー。
まるで、出かけるたびに互いの新たな一面を知り、相手の姿に色味を増やしていく……そんな2人を表すような―。
「帰ったら紐を捜して首からさげることにするわ。ほら、私そそっかしいから」
(そそっかしい自覚はあったんですね……)
サフィールの内なる声。
うん?とふわふわ浮かぶアンダンテは、送られる視線の意味を誤解したようだ。
購入した水晶のキーホルダーを、繋がれていない方の手で大事そうに握り締め。
「サフィールさんとお揃いなんだもの。絶対失くしたくないわ」
ストレートな言葉は他意はないと分かっていても気恥ずかしい。
誤魔化すように、用は済んだとアンダンテの手を引きながら。
「……じゃあ俺も紐捜しておきます。そうしたらそれもお揃いですね。俺はそそっかしくないですが」
意外な同調の言葉。
最後に付け足された憎まれ口すらサフィールらしく感じて、アンダンテは笑みを向けた。
「なら、サフィールさんのお店に紐あるかしら?」
「……あるかもしれませんが、あくまで仕立て屋なので、こういうものに付けるオシャレな紐とまではいかないかもですよ」
「あら、シンプルな方が水晶が映えて素敵だと思うわ」
ちゃんと購入させてもらうから、と笑顔で言われては断る理由もない。
ここは、まいどありがとうございますと言うべきなのか迷ったまま結局サフィールは口には出来なかった。
テントを出たあたりで丁度入ってこようとした他のお客とぶつかり、
そこまで強く握られてはいなかった二つの手がふと離れてしまう。
「あら?」
ふわ~
ゆっくりゆっくりと昇っていくアンダンテに気付き、どうしたものかと見上げたままのサフィール。
店主が言っていたように、2mほどの高さで止まってはいるようだが。
「……もし、落ちたら受け止めてくれるかしら?」
「……手を怪我したら仕事にならないのでできれば自力でどうにかして欲しいです」
……
…………
なんともいえない沈黙が見つめ合う二人の間に流れた。
「冗談です」
肩を竦めたサフィールから、すらっと伸びた腕を差し出される。
(本気の表情だった気がしたけど気のせいよね)
先程より高さがある為か、視力の弱い自分からは相手の表情はよく見てとれず、声色から判断するしかないけれど。
それでも、サフィールの言葉の内から、どれだけ自身の仕事を大切にしているかも読み取れて。
差し出された手で今は充分だとそっと思い、アンダンテは自分の腕を伸ばした。
「さすがに仕事よりは人間を優先します」
再び繋がれた矢先に、サフィールから放たれた言葉。何かを誤魔化す為に、一言多くなるのは彼の性格ゆえだろうか。
サフィールのサフィールらし過ぎるセリフに、アンダンテは繋がれた手を気持ちきゅっと強く握り返し思う。
(そこは人間じゃなくて、私、だったらもっと嬉しかったかも)
流石にそこまで求めていいのか躊躇われて口には出せなかったけれど。
せめて、この交わった体温から少しでも伝わらないかしら……と。
今はまだ無意識に、自分のヴェールをひらめかせて歩く後ろ姿に、温かな光帯びた瞳を向けるアンダンテの姿があるのだった。
●
「少し見たいものがある、水晶屋へ行かないか」
そう言って力強く香奈の手を引きエスコートするレムレースの後ろ姿を、どこか嬉しそうに見つめる視線。
日頃から、自分の希望ばかりを聞いてくれている気がするレムレースが、はっきりと要望を口にしてくれたのが
香奈にとっては喜ばしいことだった。
応じて身を任せていれば、たどり着いたのは水晶屋のテント。
少し意外そうに瞬き一つした後、占い用の水晶球を見つければ興味深そうにそちらへふわふわ方向を変える香奈。
浮いた目線の高さにある棚に置かれた物は、そのまま近づいて見つめ。
しかしそれより下にある水晶球たちは、今の香奈の位置からは覗くには届かず、思わず片手で泳ぐように降りられないか試みる。
じたばた。
何やら小物を見繕っていたレムレースは、繋がれた先が揺れているのに気付き振り返る。
そうして、微笑ましそうに口元を緩めてから、強く手を引いたと思うとその肩を抱くようにし
香奈が覗き込みやすい位置まで下げてやった。
「レ、レム……?」
「ん?まだこの高さだと見えにくいか?」
「う……ううん!ここで大丈夫よ。ありがとう」
レムの優しさ!親切よ!静まれ動悸……っ、とこっそり胸を抑えながら染まりそうな頬を見られないよう、香奈は水晶球に必死に顔を近づけ、
映り込むモノに集中する。
まだ見たことのない、想像することしかない二つの影が浮かばないだろうかと。
「うーん……もしかしたらあたしの両親が見えるかもって思ったけど、駄目みたい」
どの水晶球に映るのも、テント内の仄かなランプの灯りと近づいた瞬間に輪郭増す香奈の両の瞳。
香奈が体を起こすのを合図に、その肩から手を離しまた羽衣の力に委ねてから
レムレースはふと、開かれた小箱の中身に目をやった。
その中には、小ぶりながらも様々な形に加工された水晶たちが、キーホルダーになってキレイに並べられている。
しばし逡巡した後、その一つを手に取るとゆっくり持ち上げた。
「そういえばレムのお目当ては何……え?」
レムレースの方を向いた瞬間、何かが自分の顔の横にぶら下がっている。
ティアドロップ型の紫水晶。
じっくりと、隣り合う紫水晶と香奈に視線を交互にやりながら。
「香奈の瞳の色に似ているな」
「そう、かしら……こんなに綺麗なら嬉しいのだけれど」
「これをホワイトデーのプレゼントにしたいのだが構わないだろうか」
「え?これ、あたしに?」
まだ横に並ぶティアドロップのように、大きく見開かれる瞳。
レムレースの言葉を何度か頭の中で繰り返し、香奈は気付く。
「……任務やボッカのことで忙しくてバレンタインにレムにチョコをあげてなかったわね……。
それなのにお返しなんて貰っていいのかしら」
「……そういえば貰っていなかったな」
レムレースにとっては、ホワイトデーのプレゼント、ということ自体口実だったのかもしれない。
故にバレンタインでチョコをもらったかどうかまで思い返していなかった。
ただ何か、張り詰める程頑張りすぎる香奈をリラックスさせるような、喜ばせるような物を贈りたいと。
しかして、香奈のことだ。このままでは貰ったとてずっと気にしてしまうかもしれない。
瞬時に思考を巡らし、レムレースはすぐに香奈へと口を開いた。
「ではこうしよう。
26日は俺の誕生日だ、その日に二つプレゼントが欲しい。ひとつは菓子で頼むぞ。そうだな……貰い損ねたらしいチョコがいい」
レムレースの誕生日。
香奈はそこに強く食いついたようだ。
しかもレムレース本人が望む物を一つでも言ってくれるのは、願ってもいなかった。
力強い笑みと頷きを見せる。
「うん、分かったわ。でも本当にあたしからのチョコでいいの?」
「ああ、香奈からのチョコがいい。それ以外は欲しくない」
途端に、香奈の笑みが破顔のち赤く熟れていく。
「……?俺は何か変なことを言っただろうか」
香奈の表情の変わり具合に、手を引き寄せ覗き込もうとするレムレースに、『いいえ!問題ないわ』と
何とか笑顔を取り繕って浮かんだままの距離を保った。
一通り用を終えたと判断したレムレースが、外へ出ようと香奈の手を引いた瞬間だった。
『きゃっ』という小さな悲鳴に、どうしたのかと慌てて振り返ろうとしたレムレースの背中に、
どさっと重みが感じられた。
羽衣の効果が切れ、香奈がその背に落ちてきたのだ。
「ご、ごめんなさいレム!」
香奈が急いで退いては、そのまま地に足をつけ立ち上がった。
「すまない……うまく受け止めてやれなかった、大丈夫か?」
「あたしは大丈夫、レムこそ重くなかった?」
「一瞬であったし重くもない。むしろ……いや。香奈、ちゃんと食べているのか?」
「な、なぁに?急に」
女性に体重のことを言うのは失礼だろうか……例え『軽い』という意味合いでも、と踏みとどまったレムレースからの
突然の問いかけに、香奈の肩がぎくっと僅かに動いたのは、見間違いではなさそうだ。
(夜調べ物していると……面倒で食べずにそのまま寝ちゃうこともある、なんて)
しっかり者で通している自分としては言わずにおきたいところである。
「ほら、羽衣の効果も切れたみたいだし、返しにいきましょ」
「……ああ」
そそくさと、レムレースの背中を片手で押す香奈。首を傾げながら言われるままレムレースは歩み出した。
その広い背中に、ふと香奈は先程受け止めてもらった瞬間を思い出す。
(ただの男と女なら、その胸に飛び込めたのに……)
心の奥がきゅっと苦しくなった。
背中で良かったのよ、友人なんだから、と言い聞かせれば言い聞かせる程、その胸の痛みは増す気がして。
そういえばまだレムレースの片手に繋がれたままである自分の手と、そこから感じる体温。
(共に背中を預け合う仲でありたい、って……言ったばかりなのに)
繋いだ手と共にそう確かに伝えた。
でも今は受け止めてもらってばかりな自分を思い返す。
香奈はレムレースから貰ったティアドロップ水晶のキーホルダーを、もう一方の手でしっかり握り締めるのだった。
まるで、何かを誓うように……―― 。
●
(手を握っただけでこんなに嬉しいなんてオレどうしちまったんだ?)
そんな心をひた隠しにしながら、楓乃を見ないままウォルフは尋ねる。
見てしまおうものなら、羽衣纏った楓乃の姿に顔が赤面するのを隠せないと思ったから。
「で?どっか行きたいとこあんのか?」
「さっき見た水晶屋さんが実は気になってたんだけど……いい?」
「ん?水晶屋か。わかった」
しかし未だウォルフの内心など知る由もない楓乃。
控えめに希望を言ってみたものの、素っ気ない反応に不安は募るばかり。
(……無理に付き合ってくれてるのかな……)
宙を舞う天女サマがしょんぼりしている事にウォルフは気付くことなく、水晶屋を見つければそのテントの入口をくぐった。
手を引かれ同じくテント内に体をくぐらせると、楓乃の目に飛び込んできてのは大小様々な水晶たち。
「わぁ!遠目に見た時も素敵だったけど、近くで見るとまた違うわねっ」
ウォルフに沈んだ心を悟られないよう、一心に元気に振舞う楓乃。
事実、不思議な色合いを浮かべる水晶の輝きは楓乃の心を癒してくれた。
「あ……。ねぇ、ウォルフ、端に置かれた紫水晶が気になるの」
「ん。あれか?」
楓乃の指さした先へと楓乃を導く。
棚の隅っこに控えめに置かれたその水晶は、小さな六角柱状の体を幾重にも伸ばし、紫帯びた結晶の身のうちにランプの光を溜め込んで煌めいていた。
その水晶の前まで来ると、二人は揃って覗き込んでみる。
「少しヒビが入っているみたい。でもそのおかげで見る角度で輝き方が違ってとても綺麗……」
うっとりと見とれる楓乃の横顔を、ちらりと窺い。
(水晶綺麗ってはしゃぐおめぇが……って、オレほんとおかしくなってるぜ……っ)
今にも煩悩を祓いたくて叫びそうになる気持ちを夢中で押さえ込みながら、
ひたすら水晶を上から見たり下から見たりするウォルフに、どこか嬉しそうな声色を混ぜる楓乃。
「あ……もしかして、ウォルフも同じ?私が見方を変えればまた違うのかしら?」
そっちからはどう見えるの?と、ウォルフの居たあたりにふわふわ横移動して、
ウォルフの見ていたモノを見ようとする楓乃の、健気な仕草には流石のウォルフも気付いてはいた。
が……。
(気を遣って色々話しかけてくれてっけど、わりぃ。今余裕ナシ……)
さらりと、移動してきた楓乃の柔らかな髪先がウォルフの頬を撫でる。
堪らない想いとささやかな罪悪感と……。
ウォルフの頬は本人に自覚のないまま仄かに赤く染まっていた。
そんなウォルフの横顔を、うっすらと水晶が反射し映し出しているのに楓乃は気付いた。
ターバンで隠れてもいつもはピンと立っている耳が、少しぺっしょりし、色黒の肌はほんのり赤くなっているような。
(……なんだ。ウォルフったら、もしかして照れくさいだけ……なのかしら)
楓乃はそっと安堵の息を吐く。
良かった。嫌われたわけじゃなかったみたいだ、と。
照れくさいってコレかしら……と繋がれた手をこっそり意識してから、まだウォルフを映してくれている紫水晶を指で撫でる。
そうしてから、また改めてテント内を見渡したりしていると、小ぶりの水晶たちがキーホルダーになって並んでいるのを見つけた。
ウォルフを映してくれて、嫌われてるわけじゃないと気付かせてくれた先ほどの紫水晶を思い起こして
それと同じ紫水晶のキーホルダーを手に取り、楓乃は購入することにした。
(って、ああ……気付いたら自分で買い終わってるし……。情けねぇ)
キーホルダーを気にしてるあたりでウォルフも楓乃が買おうとしているのを察知したものの、どう声をかけるか全くタイミングが掴めずで。
買ってやろうか、と、ただそう言ってやりたかっただけなのに。
自己嫌悪の渦に苛まれ、つい足早にテントを出たところでウォルフの片手が軽くなった。
(しまった……!手離しちまった!)
「わ……」
掴まる手が無くなって、楓乃の体は羽衣と共にふわふわと浮いていく。
どうしようかしら、と楓乃がのんびり考えようとしたまさにその瞬間。
ぐらり。
(羽衣が急に……!)
「……っ!」
ウォルフもすぐにその異変に感づく。
焦った表情のウォルフの視線と絡み合った。
大丈夫……!だって……私には……――
楓乃に戸惑いも落ちる恐怖も無かった。その瞳は真っ直ぐ彼の姿を映している。
(アイツに触れるとか触れないとか考えてる場合じゃねーだろ!しっかりしろ!)
まるでそんな楓乃の瞳の光に勇気を貰うかのように、ウォルフ元来の力強い声が響き渡った。
「楓乃!こい!」
互いを信じた両の手が伸ばされる。
淡い紫と、強い光秘めた金色の瞳が交差し……楓乃はウォルフにしっかりと抱きとめられた。
「受け止めてくれてありがとう」
腕の中で、温かい言葉が囁かれる。
この素直な態度に反発するのはもう限界だった。
(うだうだ考えるのはもうヤメだ!あーあー!そうだよオレはこいつが好きなんだ……!)
強く抱き締められたことに、やはり心配をかけてしまったのかと顔を上げた楓乃の目には、
ここ最近、ずっと見ていた不機嫌そうな表情はもうどこにも映らなかった。
(ウォルフの照れてはにかんだ顔久しぶり……。胸があったかい)
視線が絡めば、二人の間には恥ずかしそうな微笑が漏れる。
それでもどちらもまだ離れがたそうに、顔を隠しその腕を放す様子は無い。
(もうはっきりわかった。私、ウォルフのことが大好き。あの人よりも、ずっと……)
真っ暗な視界の中、光溢れる世界を教えてくれて、ずっと励ましてくれたあの人の存在を忘れることは無いけれど。
ウィンクルムとして、守ってくれて、勇気をくれて、『今』を楽しむことを教えてくれたこの不器用な優しい人に応えたい。
新たな気持ちが二つの心に宿る。
まだすぐに言葉にすることは難しいけれど、それは確かに二人の心に育まれた想いなのだった。
●
薄紫色のヴェール姿を、何度も何度も振り返っては満足そうに瞳を細めるクレドリックから
何十回目かの視線を受ければ、流石にロアを口を開いた。
「……クレちゃん、お願いだから前見て歩いて」
「大丈夫だ。ぶつかるのは私であってロアに怪我などさせん」
「そういうことじゃないのよ?!」
目当ての店を告げてからの短い道中、道行く人に迷惑だとかその視線が居た堪れない!とか
説明に苦労するロアの姿がしばし。
クレドリックが理解出来たかはさておき、二人は使い魔屋のテントの前に到着した。
犬、猫、鳥に始まり、テントの外も中も様々な動物であふれている。
「ふわふわもこもこな動物もいるのねー……」
ロアが動物に触れやすいよう、その手を、時に服を引いて地面に近い位置までクレドリックは降ろしてやりながら
あくまでその瞳に映すのは動物たちではなくロアだったり。
(ウサギ可愛い…!うわああこっちきたー!)
クレドリックの観察眼に気付くことなく、ロアは僅かに浮く足元へ不思議そうにやってきたウサギたちに釘付けになる。
抱っこしてもいい?なんて首を傾げると、ロアと同じ方向に首を傾げたウサギたち、暫くしてから
了承するように、ロアの浮遊するつま先にぺそっと前足を乗せた。
「かっ可愛いー!言葉通じたみたい!」
「ほぉ、使い魔か。……どのように訓練をつんでいるのかね?」
たまらずウサギを抱き上げるロアを見つめながら、クレドリックも人語を理解する動物に少々の興味を持った様子。
しばしロアの腕の中のウサギたちの頭に手を乗せ、この小さな脳のどこに本来の許容量以上の知能が……などと考えていたが。
その思考は次第に脱線する。
最終的にクレドリックのウサギへの視線の意味する所は、
『どうすればそのようにロアから抱き締めてもらう言動を身に付けられるのか』に落ち着いていた。
観察に集中していたクレドリックの肩が、いつの間にかずっしり重いことに本人が気付いたのは
それがとまった数分後だった。
ふとクレドリックは自身の肩へ顔を向ける。
「……何故私の肩にとまっているのかね……?」
クレドリックの両肩には、2羽ずつ、計4羽もの鴉がすっかりくつろいでいたのだ。
問われたことに返答するように、『カァッ』と控えめに鳴く鴉。
ウサギの他にも寄ってきた黒猫と戯れていたロアが、鴉の鳴き声に顔を上げると飛び込んできた光景に一度目を丸くする。
「クレちゃんは……なんでそんなに鴉が肩に……!?」
「なにゆえか、居心地がよいらしい」
「今もしかして言葉分かったのっ?」
「何となくだが」
クレドリックと鴉の不思議シンパシー。ロアの突っ込み追いつかず。
肩でゆったり身を寄せ合う鴉たちと、それを見つめるどこか優しげなクレドリックの表情に
ロアもそのうち微笑して。
「凄く……魔法使いっぽいね」
「エンドウィザード、だからかね?」
クスリと、そんな会話をしてからクレドリックは呟くように続けた。
「動物にこんなに至近距離に近づかれたのは初めてだ」
「クレちゃんは見た目怖いけど優しいの分かればみんな寄ってくると思うよ?」
遠慮は無いが素直な思いやり混じる言葉。
クレドリックは、そのロアらしい言葉に自然な笑みを浮かべる。
今、この瞬間の彼を見た人は怖い印象など全く受けないであろう、そんなクレドリックの一度失われてしまった、自然な微笑。
それはいつだって、ロアがそばにいることで取り戻してきたものだった。
「大体怯えられるのでな。人間も同じだが……ロアはそんな事無かった」
「……なんで怯える必要があるのよ」
クレドリックの自嘲じみた言葉(本人はそんなつもりは無かったであろうが)に、ロアの頭にクレドリックの過去が過る。
不当な扱いで怯える、小さな影が。
むぅ……と無意識に憤りを感じて、返す言葉が可愛げのないものになってしまった。
気に障ったかな、とクレドリックの顔を窺っていたロアが見たのは、月のように細められた淡白い瞳だった。
(あ、れ?クレちゃん……嬉しそう……)
ロアにだけ分かる表情の変化。
クレドリックにはどうしてロアがむくれたようになったのかは理解出来なかった。
ただ……それが自分の為であるとは何故か確信できて。
なによりもそれが嬉しかったのだ。
(な、なんだろう。いつもと違う表情だよ……)
はやりだす動悸を沈めようと、手の中のウサギたちをモフるのに集中しようとするロア。
と、そんなロアへ向けてか、突如クレドリックの両肩にとまる鴉たちが『カァッカァ!』と何かを警告するように鳴き声を上げた。
クレドリックがいち早く察知する。
鴉たちが翼を広げ肩から離れ、その両の手が広げられた。
まさにそこへと、ロアが宙からバランスを崩すように落ちてきたのだった。
何が起きたのかと、ロアの目がまん丸く見開かれている。
「び、びっくりした……。クレちゃん、よく羽衣の効果が切れるの、分かったね……」
ウサギたちを落とさないよう無意識にしっかりと抱き止めたまま、それでも先程の動悸とは違う心臓の早鐘を聞きながら
ロアは疑問を口にした。
「鴉たちが教えてくれたのだ。野生のカンというやつだろうかね……これはまた興味深い」
「そっか。ありがとう。鴉さんたちも」
テントの屋根の上で、鴉たちが微笑ましそうに翼を一度広げて応えた。
「ロア、怪我はしていないかね?」
「え?うん大丈夫だよ」
「全く……これで怪我をしていようものなら、あの店主を煮て焼く必要が出るところだ」
「一般人に魔法かっ飛ばしちゃ駄目だからね!?」
クレドリックに抱きとめられたままそんな突っ込みを忙しく入れながら。
未だ強く力込められた腕に、ロアの心臓の音は一向に静まる気配を見せない。
(落ちたのはビックリしたけど……も、もうおさまっていいハズなのに……あれっ)
「ロア?やはりどこか痛むのかね?」
「へ、平気平気!」
顔を覗き込まれれば、更に早まる動悸に居ても立ってもいられず、ロアはクレドリックの体を押すようにして腕の中から離れた。
(あ……。おさまってきた)
しかし、ということは……動悸の原因は、と考えそうになってロアの頬に若干赤みが灯る。
あたふたと思考を追いやっているロアの後ろ姿と、自身の両手を、どこか物足りなそうに見つめているクレドリックの姿があったとか。
●
「宙に浮くその姿……まるで天使の羽か天女の羽衣と言ったところですね」
優しく手を添えてのんびりと、テントとテントの間に出来た通り道を歩く。
ノグリエのそんな言葉には、まだどこか寂しさが混じっている気がして、シャルルは改めてその手をぎゅっと握り返した。
「……私はノグリエさんの傍の他に行きたい場所なんてないんです」
ノグリエの足が止まる。
浮いているせいもあるだろうか。普段は大人な彼が、まるで迷い子のように小さく見えた。
もう一方の手で、心もとなそうな彼の心ごと繋がれた手を包むようにして言の葉を続ける。
「だから大丈夫ですよ。私は天使でも天女でもなんです。もしそうだとしても望んで此処にいるのですから」
「……シャルルはどれだけボクのことを甘やかしてくれるんでしょう」
守らなければいけない、誰にも触れさせない程に……と思っていた少女が、いつの間にか自分を照らす程の強い光になっていて。
ノグリエは一度その瞳を伏せる。
(その言葉がどれだけ嬉しいか。居たいから傍にいてくれる……きっと鳥篭なんて必要ないんだ)
何度となく思った。
自分の知らないところへ飛び立ってしまうんじゃないだろうか。
鳥籠のように自分の手の届く場所に留めて、ずっと守っていけたらいいのに、と。
しかしシャルルは教えてくれる。
自由に飛び立ったとて、身を寄せる止まり木は自分なのだと。
再び顔を上げた先には、ずっと微笑みを称えたままのシャルルの顔があった。
「ふふ、今日はバザールを楽しみましょう、ノグリエさん」
「ええ。楽しみましょう」
笑顔を向け合ってまたノグリエは歩み出す。
様々なテントの横を通り過ぎると、その一つにシャルルがぱっと表情を輝かせた。
「あ!ノグリエさん、私、そこの水晶屋さん見てみたいです!」
「あれですね。勿論構いませんよ」
二人でテントの入口をくぐると、出迎えてくれた沢山の水晶たちが視界に溢れた。
「水晶、沢山ありますね。透き通ってとても綺麗……このペンデュラム。ノグリエさんに似合いそうです」
「ボクより、シャルルに似合いそうですよ。……水晶ってシャルルに似てると思うんですよね。
どんな宝石でも似合いますけど……純粋で透明で、とても綺麗です」
「ノ、ノグリエさん、褒めすぎですよ……っ」
「そんなことはありません」
恥ずかしそうにはにかむシャルル。にこにこ笑顔だが至って本気の声色なノグリエ。
手を繋いだまましばし、所狭しと並べられた水晶たちを楽しそうに見ていく。
「シャルルにはこのペンダントを……おや」
似合いそうな水晶のペンダントを見つけ、シャルルに合わせてみようとノグリエが振り返ると
大きな球体状の水晶を一心に見つめているシャルルが目に入った。
どこか懐かしい光を放っている気がして、シャルルはその水晶から目が離せずにいた。
浮いた状態で可能な限りそれを覗き込んでみる。
―― ゆらり。
シャルル自身の影以外に、ほんの一瞬、白い濁りの中に人の影が現れた気がした。
(あれ……今誰かの優しい顔が見えたような……)
「何か見えましたか?」
すっと映りこんだ大きな影に白い濁りは霧のように影も形も無くなっていた。
ハッと体を起こしてノグリエの方を向く。
「ご、ごめんなさいノグリエさん。なんだか夢中になっちゃって……」
「シャルルが楽しいならいいんですよ」
微笑と出会えばシャルルもホッとした顔を浮かべ。
あれは誰だっただろう。
どこかで見たことがある気がしたのだけれど……。
そんな先程の影に抱いた思いは、そっと心の中に仕舞った。
水晶屋のテントを出れば、またあてもなく不思議なテントたちを横目に見ながら楽しく通りを行く。
せわしなくあちこちをキョロキョロ眺めていたシャルルは、とあるテントの前にいた動物を見つけた。
「使い魔のうさぎさんです!可愛いです!もふもふです!」
「やぁ。これはまたシャルルに似ていて可愛らしいですね」
もはやノグリエの通常運行の台詞には頬を染めるに留め。
手を引かれそのウサギの前までやってきた時、シャルルは羽衣の揺蕩う力に違和感を感じる。
「あ、浮力が……落ち……っ」
「おっと効力が切れたみたいですね。……おかえり、シャルル」
シャルルがほんの僅か先に口にしてくれたおかげで、ノグリエの両手はしっかりとシャルルを抱きとめるのに成功した。
思わず瞑った瞳をそろそろと開くと、穏やかな微笑と目が合う。
「ノグリエさんありがとうございます」
「天女サマを落とさずに済んで良かったですよ」
イタズラっこのような笑みを浮かべたノグリエに、ふふっと笑い。
ウサギたちは、どうしたの?とばかりに二人を見上げていたが、そのままテントの中に引っ込んでしまった。
他の動物たちも次第にテントの中へと引き上げていく。
「おや。そろそろ店仕舞いなお時間でしょうかね……残念。あっ、残念といえば、さっきの水晶屋さんで
シャルルにペンダントでも買おうと思っていたのに、うっかり忘れてしまいました……」
どこかしょんぼり空気を纏ったノグリエに、シャルルは微笑みかける。
「いいんですよ。こうして、ノグリエさんと一緒に色々なところを回れただけで私は嬉しいです」
「シャルル……本当に優しいコですね」
「じゃあこの羽衣お返しに行きましょうか」
そう言って腕の中から下りる気満々だったシャルルだが、一向に下ろされる気配なく
挙句には抱きかかえられたままノグリエはそのまま歩き出してしまった。
「ノ!ノグリエさん!?私、自分で歩けますよ!」
「いえ天女様を歩かせるわけには、と」
「もう羽衣脱いでます~~~」
ボクの楽しみだったのですが……と心底残念そうな表情で、渋々シャルルを下ろしているノグリエであった。
〇
順番に羽衣を返しに来るウィンクルムに、ヴェールの口元から隠せないほどの店主の嬉しそうな声色が漏れていた。
「うん。楽しんでくれたのなら本当に嬉しいよ。とぉっても嬉しいよ。此方こそありがとう!」
こんな美人さんたちが自分の試作品を羽織って、宣伝して回ってくれた!
明日からのお客さんの入りが楽しみだっ!
なんとも商売人らしい、ささやかというかある意味純粋というか、な幸せの灯火が
一つ、また一つと、ウィンクルムたちの持つ幸せのランプにほんわか灯るのであった。
依頼結果:成功
MVP:
名前:ロア・ディヒラー 呼び名:ロア |
名前:クレドリック 呼び名:クレちゃん |
名前:出石 香奈 呼び名:香奈 |
名前:レムレース・エーヴィヒカイト 呼び名:レム |
エピソード情報 |
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マスター | 蒼色クレヨン |
エピソードの種類 | ハピネスエピソード |
男性用or女性用 | 女性のみ |
エピソードジャンル | ハートフル |
エピソードタイプ | EX |
エピソードモード | ノーマル |
シンパシー | 使用不可 |
難易度 | 簡単 |
参加費 | 1,500ハートコイン |
参加人数 | 5 / 2 ~ 5 |
報酬 | なし |
リリース日 | 02月25日 |
出発日 | 03月03日 00:00 |
予定納品日 | 03月13日 |
参加者
- ロア・ディヒラー(クレドリック)
- 楓乃(ウォルフ)
- シャルル・アンデルセン(ノグリエ・オルト)
- 出石 香奈(レムレース・エーヴィヒカイト)
- アンダンテ(サフィール)
会議室
-
2015/02/28-20:10
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2015/02/28-19:04
-
2015/02/28-17:30
-
2015/02/28-15:47
-
2015/02/28-15:11