プロローグ
●ヴァーチャル戦闘訓練の依頼
ウィンクルムの二人がA.R.O.A.受付にやってくれば、今日もオーガやオーガに関連する依頼が並んでいる。
どれにしようか……とパートナーと二人で吟味していると、
「仮装空間を用いたヴァーチャル戦闘訓練 データ収集のご協力のお願い」
という依頼が目についた。
以前から、リンドブルム社という企業が、ヴァーチャルシミュレーションによる仮想戦闘訓練を行っているという話は耳にしていた。今回もそのデータを集めるための依頼のようだ。
●ヴァーチャル戦闘訓練の意義
ウィンクルム同士が、直接生身の肉体で切り結びあい、戦闘訓練を行うのは、様々なリスクをともなう。
リンドブルム社のヴァーチャルシミュレーションは、ウィンクルム同士がトランス状態で、安全性を維持したまま、ジョブスキルを用いた戦闘訓練をすることを可能にした。
仮想空間での非現実のことを、脳内で現実のことと錯覚させ、実際に経験したように体に記憶させることができるのだ。
まだまだ本稼働には遠いテスト状態ではあるものの、過去の試験稼働においては、実際の戦闘同様の体験をすることができているようだ。
●vsパートナー
「……あれ、でも、『今回のテストでは、少し趣向の違う実験を行う予定です』だって」
戦闘訓練の要項を読んでいたパートナーが、声を上げた。
「『今回は、参加ウィンクルム全員に【ハイトランス・ジェミニ】を行って頂きます。
現実にはまだハイトランスを行えるレベルや親密さに達していなくても、この仮想空間ではハイトランスが可能です。』」
「へー、ハイトランス・ジェミニか。面白そう……」
思わずそう漏らすと、パートナーは先を続けた。
「『更に、今回はハイトランス・ジェミニ状態で、パートナーと一対一で対戦して頂きます』」
「……それって」
仮想訓練とはいえ、正気の状態のパートナーと、真剣に戦わなければならないということか。
「いいかもしれないよ」
パートナーは少し考えて言った。
「敵が幻惑の術を使ってきたときや、敵にパートナーが操られたときに、自分のパートナーを攻撃しなきゃいけない場面もあるかもしれないし……。そうでなくても、お互い対等に切り結ぶことで、今まで見えなかった互いの側面を発見できるかもしれない」
パートナーは乗り気になったようで、「やってみない?」と誘ってきた。
解説
★重要★
この訓練では一応の勝敗はつきますが、勝負の結果よりも、参加者や開発した会社にとって有益で実りの多い戦闘訓練になったかどうかが重要です。
また、実戦ではない戦闘訓練ですので、スポーツマンシップにのっとり楽しみましょう!
●訓練形式
今回の訓練ではハイトランス・ジェミニに移行後、神人と精霊が一対一でパートナーと戦います。
別のペアとの戦闘はそれぞれ独立しており、互いに影響しません。
●トランス
仮想空間に入った時点で強制的にトランス状態へと移行するため、インスパイア・スペルを唱えての口付けは不要です。
しかし、ハイトランス・ジェミニに移行するには、インスパイア・スペル及び、神人からの精霊の手の甲への口づけが必要です。
●ジョブスキル
実際のレベルに関係なく、『レベル7』までのものを『一つだけ』使えます。(※以前より使えるスキルが増えています)
実際のレベルより上のスキルを使われる場合はジョブスキルをセット『せず』、プランに『「○○をセット」と明記』して下さい。
もともと使用可能であれば、普通にセットしておくだけでOKです。
●神人のスキル
今回は、ハイトランス・ジェミニのみ使用可能です。
●その他
レベルが高いペアには下方修正、低いペアには上方修正が入ります。
ステータスの上昇値及び、下降値はジョブで変化します。
ゲームマスターより
こんにちは! 蒼鷹です。
女性サイドでは初めてのこーやGM以外の【交錯する刃】ですが、ちょっとこれまでのものとは違う、番外編というかたちになります。
神人vs精霊の一対一の対戦ということで、ハピネス要素が強いです。
二人はハイトランス・ジェミニの後ですので、能力的には対等です。
神人は精霊のようにジョブスキルが使えない分、不利ではありますが、その代わり特殊効果のついた武器や道具などがあれば、装備して試してみてはいかがでしょうか。
ジョブスキルや特殊な道具を一切使わずに、純粋にパートナーとの戦闘訓練を楽しんで頂いてもいいです。
それでは、よろしくお願いいたします。
リザルトノベル
◆アクション・プラン
リチェルカーレ(シリウス)
インスパイア・スペルを唱え口づけをした後 少し距離を取る よろしくお願いします …ご指導よろしくお願いします、かしら? 笑顔で一礼した後 錫杖を構える 力で敵わないのは知っている 相手の攻撃は避けるか 錫杖で受け流してかわす 積極的に間合いに踏み込む 相手から目を逸らさないこと やみくもに攻撃するのではなく シリウスの見えにくい方向から打ち込むよう心がける 攻撃をかわされ 勢いあまって転んでもすぐ立ち上がる …っ、手加減、しないって、約束よ 息を切らしながらもそう告げる 射抜くようにこちらを見る翡翠の目が 綺麗だと思う あの眼差しに相応しい自分でいたい 戦闘が終われば大きく息をついて ありがとうございました と礼 |
油屋。(サマエル)
アタシは「弱い」って言われるのが一番嫌いなんだよ(怒 ハイトランス 状況に応じて持つ長さを切り替え 時には柄を棍のようにして使う リーチ外からの攻撃→柄を長く持つ 接近戦→柄の中程を持つ 至近距離で隙を狙った攻撃→柄を短く持つ 基本 精霊のリーチ外から攻撃を行う 向かって来たら柄を足に引っ掛けて転倒させる 防御する際は槍を地面に固定し、自分は屈んで衝撃を軽減させる スキル発動時は防御のフリをし、隙を突いて攻撃 防御の後は隙を突かれぬよう出来るだけ早く体制を立て直し 下から上へ突き上げるような形で反撃を行う 自分一人の考えで動いたら駄目 まずは相手の気持ちになってみないと 何の事だか… 精霊から殺気を感じたら距離をとる |
日向 悠夜(降矢 弓弦)
ハイトランス移行前に2人の間でルールを決めておきたいな ・武器落とし成功でも勝ち ・体術使用可 よし、ハイトランスを…わぁ、トランスとはまた違った感覚だ 降矢さんは遠距離攻撃のうえに属性でも有利だからね… だからといって防戦一方ではダメ 盾と剣で矢を回避しつつスキルの合間を縫って近づきたいね スキルの切れ目で盾を前に構えて一気に近づくよ 全力で走って突っ込む! 近付けたら武器落としも狙いつつどんどん攻めるよ …近付いたとたん弓弦さんの動きが固くなった気がする 「弓弦さん!接近されておしまいじゃ、この訓練の意味がないよ!」 お疲れ様弓弦さん 弓弦さんと並んで戦える様になれるんだって知れて良かったな 勿論!これからの為に、ね |
アマリリス(ヴェルナー)
実戦より先に仮想空間で試せるのは有難いです 覚悟、と ならば貴方も見せてくださいませ ハイトランス・ジェミニ使用 RKですから防御への恩恵が大きいですね お互い決定打がない以上持久戦になりそうですわ 経験の差からしてもわたくしの不利は間違いありませんが わたくしはそんなに諦めがよくありませんの 槍で戦う 距離を取り精霊の武器のリーチ外からの攻撃を意識 相手の挙動を常に目におさめ警戒 攻撃の瞬間はよく見定め盾以外の箇所へ なるべく守りにくい足元を 時折柄での叩きを混ぜつつ基本穂での貫通狙い 今まで何も思う事もなく見ていた訳ではありませんの 知っているわ、貴方がそちらの手で盾を持つその意味も 貴方が盾ならばわたくしは剣になるわ |
●手に入れたいもの
仮想空間の中でも、地面を踏みしめれば音がする。
ざっ、と靴をならして、油屋。とサマエルは対峙する。
神人が自分の手の甲に口づけするのを、サマエルは複雑極まりない思いで見つめていた。
「盲目の神よ、彼の者達に死の快楽を与え賜え」
(なぜだ、早瀬)
何故、俺の愛を受け取らない?
ごめんね、の後に油屋は理由を言わなかった。
ハイトランスにあふれ出る黒炎のオーラはサマエルの心からそのままあふれ出すようだった。
(許せない)
「ふふ 弱いくせに……本当に戦えるのか?」
彼の言葉に、槍「緋矛」を両手でしっかりと構えた油屋の青い目が怒りに燃える。
「アタシは『弱い』って言われるのが一番嫌いなんだよ」
その目はサマエルの側で最近ほとんど陰を潜めていた、喧嘩っ早く荒くれ者だったかつての油屋の目だった。
精霊の挑発に、背中を預ける「相棒」に槍を向けるわずかな躊躇いも吹き飛んだ。
先に動いたのはサマエルだった。すっと油屋の間合いに踏み込むと、鉄棒「巨勢入道」で、様子見がてら袈裟懸けの一撃。
油屋は大きく後ろに飛び、槍の柄を長く持ってリーチ外から、柄をサマエルの足に引っかけて転倒を狙う。
しかし、そう簡単にはいかない。サマエルの鉄棒も、槍ほどではないにしろ長いのだ。
カンッ、と槍と鉄棒が噛み合う音がした。足もとの槍を払った鉄棒をそのまま上へと振り上げるようにして、胴体への攻撃を防ぐと同時に逆風に叩きつける。
「くっ……」
避けきれそうにない。油屋は槍を地面に固定して、屈んで歯を食いしばった。
ガッ。
重たい衝撃。サマエルは全力には見えないのに、油屋は槍ごと吹き飛ばされた。
ハードブレイカーの、しかも苦手相性の一撃はこんなにも重いのか。今の一撃で両手がしびれ、思うように動かない。
(まともに食らったら2撃ともたない……!)
「おやおや? その程度か。これじゃああっけなく終わってしまいそうだな」
笑って、サマエルが鉄棒を振りかざす。それは絶命間近のオーガを見ているような、いや、もっとたちの悪い怨念を秘めた笑みだった。
「あははっ、その怯えた表情可愛い……! なぁもっと見せてくれよ」
サマエル、恍惚としながら鉄棒を振り降ろす。
(このまま滅茶苦茶にして、全て俺のものにしてやろうか)
だが、その陶酔が隙となった。
ザッ。
薙ぎ払う槍にサマエルの髪が切り飛ばされ、右腕に一筋、赤い筋が刻まれる。ヴァーチャルとはいえ傷口の断面までよく再現されている。
「そうこなくてはな」
むしろ楽しそうにサマエルが呟いた。
戦況はサマエルの圧倒的有利で進んでいた。油屋も、相手との間合いにあわせ細かく槍を持ち替えて善戦していた。こうして武器に注意を払っていたせいで、武器の振り落としを狙い、鉄棒でなぎ払ってくるサマエルの動きを封じることができていた。
しかし、力差は歴然だった。サマエルは一撃の力をおさえ、コンパクトな力で機動力重視の戦法をとっている。一撃は小さいはずなのに、まるで歯が立たない。スピードでもサマエルが上、さらには、サマエルは動きの間に、油屋を言葉でなじって動揺させようとする。
「弱いにも程がある。相手にならんな」
「ククッ、乳が邪魔そうだな。重くて動けないか?」
油屋ぐっと歯を食いしばる。大きな乳房は戦闘には確かに邪魔だ。しかし、相手のペースに乗ってはいけない。
「自分一人の考えで動いたら駄目。まずは相手の気持ちになってみないと」
剣戟の隙間に呟いた油屋の言葉に、青年の目が怒りに見開いた。しかし口元は笑顔のままで、
「では聞くが、貴様こそ、少しでも考えた事はあったのか。その相手の気持ちとやらを」
「何の事だか……」
サマエルの雰囲気が殺気立っている。何度も彼の戦いを横で見てきた油屋は、その威圧感にぞっとしながら、直感した。
(技が、来る)
油屋、槍を大地に突き立て再び防御姿勢をとる。そこを狙ってサマエルのグラビティブレイクが襲いかかる。槍を、そして槍ごと彼女を叩きつぶすつもりで。
しかし。
油屋、グラビティブレイクを予想して、一瞬早く防御から攻撃に転じた。全力で地を蹴り、サマエルの懐に飛び込む。一直線に槍を構え喉仏を狙う。
ザッ。
訓練空間に落ちる影が交錯する。
ゆっくりと、一人の影が崩れ落ちる。
それは青年の影だった。
影が揺らいで、消え失せる。一人残った油屋は汗だくで、荒い息をつきながらしばらく立ち尽くしていた。
(……勝った……! アタシが、サマエルに?)
技発動の予兆を察知し、防御のふりをして、彼の一瞬の隙をつく。
横や後ろで何度となく青年の戦いを見守り、その癖やパターンを学んできた油屋ならではの戦いかただった。
途切れた意識が浮上した。電極を頭に取り付けたままの姿で殺風景な部屋にいる自分を、サマエルは自覚する。
「……負けた」
振られた悔しさは余計につのる結果となった。
それでも。
サマエルは隣で目を閉じ、まだ「向こう」にいる油屋を見つめた。
(早瀬、貴様が愛おしい)
●覚悟と謝罪
ヴェルナーとアマリリスは、すでに実戦の場でハイトランス・ジェミニを使用できる状態であった。
「実戦より先に仮想空間で試せるのは有難いです」
そう言ってヴェルナーに参加を促したアマリリスに、青年は内心複雑な思いを禁じ得なかった。
ヴェルナーは彼女の柔らかい長髪と、ほっそりした体つきを見る。その姿はウィンクルムになるまでは、戦いとは無縁の人生を送ってきたであろう、深層の令嬢そのものだった。
護るべき人を、最前線に立たせてよいのだろうか。
力があるなら使うべきだ、とヴェルナーも思う。オーガに傷つけられる人々を護る力があるなら。だから彼女の気持ちもわかるし、意思を尊重したい。
ヴェルナーは仮想空間で彼女と向かい合うと、意を決して言葉を紡いだ。
「アマリリス、訓練の前にお願いがあります」
「何ですか?」
「実戦の前に、この場で身をもって覚悟を示して欲しいのです。自らの命を懸け、敵の命を奪う覚悟を」
「覚悟、と」
アマリリスは優しい色の瞳の眼光を鋭くして、
「ならば貴方も見せてくださいませ」
神人が青年の手をとり、その甲に口づけする。
「汝、誠実たれ」
ヴェルナーは契約の時をふと思い出す。理想の契約相手が現れた、あの日のことを。
もう大分昔の事になっていて懐かしい。
そんな青年の感慨も知らず、彼女は、
「ロイヤルナイトですから防御への恩恵が大きいですね。お互い決定打がない以上持久戦になりそうですわ。
経験の差からしてもわたくしの不利は間違いありませんが」
形のよい唇が品良く、しかし自信ありげに微笑む。
「わたくしはそんなに諦めがよくありませんの」
言うと、槍「緋矛」を八相に構えた。持久戦を意識した、体力の消耗を避ける構えだ。
青年も気を引き締め、利き手の右手に盾を持ち、エペ「ディックダール」を左手に構える。これは防御と前線の維持を重視するための、普段からの戦いのスタイルだ。
油断はしない。気の抜けた戦いをするのは相手に失礼だ。
最初に動いたのはヴェルナー、堅実な彼らしくまずはプロテクションで防御の強化を図る。
その隙に、アマリリスが動く。槍の長さを生かし、彼の剣の間合いの外から足もとを目がけて突きを食らわす。
カッ。
固い音が響く。当たったが、ダメージはないようだ。
アマリリスは武器が長いせいで挙動が大きく、その分動きが察知されやすい。一方ヴェルナーは軽く取り回しのいい片手剣で、彼女が一回攻撃する間に複数の攻撃が可能である。武器のリーチ差を機敏さで補い、盾で槍を受け流しながら相手の懐に潜り込む。
攻撃直後は動きが止まる、その一瞬を利用して、ヴェルナーは足の長さの違いを利用して一気に踏み込み、肩口を突く。
カッ。
再び固い音。まともに突撃が決まったが、ジェミニの恩恵で彼女にダメージは入らなかった。
青年は内心安堵した。ジョブスキルなしでこの堅さなら、実戦での彼女の防御も心強い。
「はっ!」
気合いの息を吐いて、彼女が槍の柄で叩いてくる。ヴェルナーは無理せず後ろに退いた。
戦況はアマリリスの想像通り、持久戦となった。プロテクションを定期的に使用し、強化を図るヴェルナーをアマリリスは崩せないし、ヴェルナーも彼女の防御を破れない。防具で護られていない部分に攻撃が入れば、ダメージを与えられるだろうが、慎重に戦う二人のこと、決定的な隙はなかなか生まれなかった。
やがて彼もMPがつき、プロテクションを再使用できなくなった。そのときをアマリリスは狙っていたのだ。
ザッ。
彼女の槍が、ヴェルナーの足をかすめた。
「っ……」
薄皮一枚剥ぐような、僅かなダメージだった。しかし、その日初めての攻撃成功だった。
彼女の槍が勢いづいた。少しずつだが確実に、ヴェルナーの装甲をかいくぐり、一撃を決める。
気がつくと青年は防戦に回っていた。
「今まで何も思う事もなく、貴方の戦いを見ていた訳ではありませんの。知っているわ、貴方がそちらの手で盾を持つその意味も。貴方が盾ならばわたくしは剣になるわ」
攻撃の間にアマリリスが言う。次第に槍の扱いに慣れ、彼女の攻撃は精度を増していた。
しかし。
攻勢に転じた分、彼女の防御に隙が生まれるようになった。青年はそれを見定め、カウンターで一気に間合いを詰めると、不意を突いて足払いを仕掛けた。同時に剣と盾で挟むようにして、槍を彼女の手から弾く。
カラン、と槍が落ちた。
青年の突剣は、彼女の眉間から数センチの空間に静止していた。
青年は動かない。
「突きなさい。そうしなければ訓練は終わらないのよ?」
青年は、はい、と小さく呟いて、彼女の額を刺し貫いた。
吹き出す血の代わりに、彼女の像が揺らいで、目の前からかき消えた。
現実へと帰ってきた青年は、彼女に謝罪した。
「貴方の覚悟、しかと受け取りました。……私は貴方を無意識に軽んじていた。申し訳ありません」
成長していたのは自分だけではなかったのだ。
青年の謝罪を受け、彼女は誇らしげに微笑する。その顔を彼は美しいと思った。
●強い瞳
「この手に宿るは護りの力」
人工的で無機質な部屋の光景に、ふわっと、柔らかく暖かい風と光が広がる。羽根のように、あるいは花びらのように。ちらちらと光がふたりの間を舞い降りて消えていく。シリウスの手の甲に口づけしたリチェルカーレは、数歩退いて距離をとった。
「よろしくお願いします。……ご指導よろしくお願いします、かしら?」
優しい面立ちに春の日差しのような微笑みが広がって、少女はぺこりと一礼する。シリウスは苦笑した。可愛らしい小柄な姿。戦いからは遠ざけておきたい。彼女は戦場より、春の野原の方が似合うから。
危ないことをしてほしくない、というのが正直な想いだった。それでも、護られるだけで良しとしない、「少しでも役に立ちたい」と願う彼女の純粋な気持ちを知っているから。
(こちらも全力で向かうのが、礼儀だろう)
こんな風に強く優しい気持ちで、誰かを愛するが故に戦いに挑む。そんな人間もいるものなのだと。
神人と精霊の関係やA.R.O.A.について不信をぬぐいきれない、そんなシリウスの冷えた心を、日だまりのように照らす光。
彼女が錫杖「銀音」を構えた。シリウスも双月「白黒」をすっと両手に握りしめる。
先に動いたのはシリウス、手の双剣が銀色の残像を描いて。
リンッ。
錫杖が涼しい音を立て、双剣をガードする。そのまま手を持ち替えて受け流し、双剣を払うと、正面上段からのストレートな一撃。
シリウスは双剣を組むようにして、錫杖を受け止めた。そのままねじるようにして錫杖を払う。リチェルカーレが体勢を立て直す間に、すっと側面から回り込んで横腹に斬りつける。リチェルカーレも機敏にかわすが、テンペストダンサーの命中率は高い。胴に軽く入った。しかし、ダメージにはならないようだ。
シリウスはさらに追撃を加えるも、リチェルカーレは錫杖を素早く持ち替え、追撃を阻んだ。すかさず打ち込んできた彼女の一撃を、横にひらり、飛んでかわす。優雅な動きは天性のもの、錫杖が肩を僅かに掠めるが、ダメージにはならない。
手数と身軽さではシリウスが上だったが、リチェルカーレは不利にも臆することなく、積極的に間合いに踏み込んでいった。
(相手から目を逸らさないこと)
シリウスに教えてもらったことを心の中で反復しながら、やみくもに攻撃するのではなく、武器のリーチの長さを生かして、シリウスの見えにくい方向から打ち込むように、彼の両脇や足元を狙う。
「右、左、右……反応が遅い」
リチェルカーレの攻撃パターンを見切って、冷静な声でシリウスが言う。
「動きをよく見ろ。それではオレに当たらないぞ」
そう声をかけると、真剣な青と碧の瞳と正面から視線がぶつかる。さっきまでの柔らかな、優しい少女の顔とは違う、凛とした決意を秘めた顔。
(こんな顔もするのか)
ハロウィンの時に見た、夢の中の傷だらけの彼女も、そういえばこんな顔をしていた。
「はっ!」
気合いの声とともに少女が大きく踏み込み、錫杖を一直線に突き出してくる。青年は大きく後ろへ飛びすさりながら、双剣で鋭く錫杖の柄を叩いた。少女はバランスを失し、勢いあまって派手に転んだ。
少女の転倒に、思わずシリウスは動きを止めた。
「大丈夫か?」
その言葉に澄んだ強い瞳が向けられる。リチェルカーレは膝に手をかけ、素早く立ち上がりながら、
「……っ、手加減、しないって、約束よ」
すでに息は上がっていたが、彼女の闘志は少しも衰えてはいない。青年は思わず破顔した。
「そうだな……早く起きろ。続けるぞ」
こちらが優勢とはいえ、相手の武器の方が長い分、気は抜けない。
袈裟懸けに振り下ろされた錫杖を受け流し、かえす剣で肩口めがけて斬り込むと、先ほどまでなら確実に決まった攻撃が、涼しい音を立てて錫杖に阻まれた。
「今のはいい動きだ」
シリウスは微笑する。それでも瞳は冷静なままだ。その射抜くようにこちらを見る翡翠の目を、リチェルカーレは綺麗だと思った。
(あの眼差しに相応しい自分でいたい)
二人は20分ほどの間稽古を続けたが、どちらにも決定打がなく、ハイトランス・ジェミニが切れるまで決着がつかなかった。
今回は、ハイトランス・ジェミニのテストということで、ハイトランスの効果が切れた時点で訓練終了になった。
つまり、引き分けだ。
それでも、リチェルカーレは知っている。
今回、シリウスはジョブスキルを積極的に使おうとはしなかった。もし、ジョブスキルを通常の戦闘のように使っていたら、彼女は彼に負けていただろう、と。
最後に仮想空間で二人は向かい合った。リチェルカーレはほう、と大きく息をついて、ありがとうございました、と深く礼をした。
シリウスも、相手に合わせて一礼した。言葉ではなく剣と錫杖で語り合う、それはいつもの語らいとは違う、不思議な充実感をもたらしてくれる時間だった。
●共に強くなろう
「ハイトランス移行前に、2人の間でルールを決めておきたいな」
仮想空間で向かい合い、最初に口を開いたのは日向 悠夜だった。
「武器落とし成功でも勝ち、というのと、体術も使用可。
リンドブルム社の人は訓練のルールについては特に制限をつけていなかったし、弓弦さん、それでいいよね?」
「ああ、いいよ」
むしろ嬉しい、と降矢 弓弦は思った。仮想空間とはいえ、悠夜の頭や心臓を目がけて弓を射るのはいい気持ちはしない。
悠夜が弓弦の手の甲に口づけする。
「友よ、共に進もうぞ。」
二人の身体がオーラに包まれると、悠夜は面白そうに、
「……わぁ、トランスとはまた違った感覚だ」
数歩離れて一礼した。
「弓弦さん、よろしくね」
「こちらこそ、悠夜さん」
悠夜は太刀「紅蜘蛛」を中段に構え、弓弦は強弓「狐狸鬼宿し」に矢をつがえ、すっと悠夜に向けた。
(降矢さんは遠距離攻撃のうえに属性でも有利。攻撃回数もこちらより多い。距離をとって戦われたら向こうの勝ち)
心中で悠夜が呟くのと同じ頃、
(近付かれたら一気に不利になってしまうね……。僕の有利な距離で戦いたいけれど、そうもいかないだろうね)
降矢も苦手な接近戦に持ち込まれた時のことを考えていた。
一対一の戦闘は、プレストガンナーにとってはやや難しい状況だ。
プレストガンナーは通常、接近職のジョブの後ろから狙撃したり、木や壁などを盾代わりにして戦うのがセオリーだ。
離れているうちに仕留められれば問題ないが、近づかれると厄介だ。
(ならば……)
試合開始の合図と同時に、弓弦が大きく後ろに飛び退いた。同時にダブルシューターを発動する。
強弓がしなり、立て続けに放たれた矢は悠夜の両脇へ迫り、彼女の逃げ場を奪う。
(武器を落とせれば良いんだがね……)
だが、こう来ることは悠夜も予想済みだった。
盾を前面に出し2本の矢を防ごうとする。
キィンッ。
一本の矢は防いだ。2本目はかわしきれず彼女の剣を持つ手をかすめて飛んでいく。
「ゴメンっ……」
本物のような悠夜を傷つけたことに、弓弦が思わず声を漏らす。
悠夜は動じない。それどころかダメージを受けた直後に走り出している。
(防戦一方ではダメ。スキルの合間を縫って近づくよ!)
盾を構え一気に肉薄する悠夜。弓弦も距離をとろうとするが、正面から全速力で来る悠夜と、彼女の動きを見ながら後ろに退く弓弦では速度が違う。
(想定内だけど……くっ……速い!)
悠夜の太刀がうなりを上げる。身体をひねってかわそうとするが、完全に回避はできず、肩口の防具にざくり、傷が刻まれる。
(接近戦に持ち込まれてしまうと……避けるので精一杯で狙いが定まらない……っ)
それでも何とか弓を撃とうとするが、弓を引く動作は動きが大きいため、悠夜も近距離でなら読みやすい。
ザンッ。
再び悠夜の一撃が袈裟に決まった。本当は手に持つ強弓を狙った一撃だったが、弓弦も辛うじて彼女の狙いを読んで避け、武器の落下は免れた。
(……近付いたとたん弓弦さんの動きが固くなった気がする)
「弓弦さん! 接近されておしまいじゃ、この訓練の意味がないよ!」
太刀の代わりに今度は握った拳で。弓弦の強弓を狙いつつ、悠夜が叫ぶ。
「……っ、そう言われても」
弓弦の目に浮かぶ戸惑いの色。
「戦いは、弓を撃つだけじゃないでしょう?」
今度は足で蹴りを狙いながら、悠夜が言う。
(弓を撃つ、だけじゃ、ない?)
青年は両手で回し蹴りを受け止めた。とっさに足を伸ばし、片足だけで立っている悠夜の軸足に足払いをかける。
「う、わ」
ドサリ。
重心がアンバランスになったところでの足払い、悠夜はなすすべなく倒れ込んだ。
その隙に一気に後ろに退く弓弦、再びダブルシューターが炸裂する。
「わっ!」
機敏に身を起こしたものの、慌てて逃げ惑う悠夜。避けきれず矢が肩口にヒットする。
「気がついたねっ! でも、まだまだこれからだよ!」
そう叫ぶ悠夜は真剣な中にも、遊んでいるように楽しそうだ。
弓弦も戦いながら微笑を浮かべた。
戦いは弓弦が悠夜の体力をじわじわ削り、また、接近戦の対処も少しずつうまくなってきたので、悠夜が懐に飛び込んでも弓を払い落とすには至らず、最終的には弓弦の勝利となった。
「お疲れ様弓弦さん」
負けたにも拘わらずさっぱりとした表情で、悠夜が礼をする。
「お疲れ様、悠夜さん。いい戦いだったね」
弓弦も頷く。こちらが得意属性、ジョブスキルも使っていたことも考えれば、内容的には弓弦の負けと言ってもいいくらいだ。
「弓弦さんと並んで戦える様になれるんだって知れて良かったな」
「……分かってはいたけど、接近戦となるとどうも体が動かないなぁ……」
青年は、はは、と少し情けなさそうに笑って、
「敵に接近された時に、とっさにでも体が動く様にならないかな。接近戦の訓練、これからも付き合ってくれるかい?」
「勿論! これからの為に、ね」
微笑む彼女に、弓弦は、この人が神人でよかった、と思う。
(一緒に切磋琢磨して、一緒に強くなろう)
依頼結果:大成功
MVP:
エピソード情報 |
|
---|---|
マスター | 蒼鷹 |
エピソードの種類 | アドベンチャーエピソード |
男性用or女性用 | 女性のみ |
エピソードジャンル | 戦闘 |
エピソードタイプ | ショート |
エピソードモード | ノーマル |
シンパシー | 使用不可 |
難易度 | とても簡単 |
参加費 | 1,000ハートコイン |
参加人数 | 4 / 2 ~ 4 |
報酬 | ほんの少し |
リリース日 | 02月20日 |
出発日 | 02月27日 00:00 |
予定納品日 | 03月09日 |
参加者
会議室
-
2015/02/25-23:15
ごきげんよう、アマリリスと申します。
皆様お久しぶりです。
どうぞよろしくお願いいたします。 -
2015/02/25-21:53
こんばんは!日向 悠夜です。
どの子も何度かご一緒してる…かな?
改めて、よろしくお願いするね。 -
2015/02/24-21:35
悠夜さん、アマリリスさんはお久しぶりです。
油屋。さんは初めましてですね。
今回はよろしくお願いします。 -
2015/02/24-00:59
お久しぶりで御座います。おや、リチェルカーレさんとは初めまして…でしょうか?
今回は精霊と神人での戦闘でしたね。ふふ、楽しみです。