宵咲、香散見の花灯り(貴翔キーマ マスター) 【難易度:簡単】

プロローグ

●待人
 そよ吹く風に、少女は思わず襟を寄せた。
 この時季は、まだまだ肌寒い。けれど、空気は――風は仄かに甘い春の香を含んでいる。
 冬を忍んで花咲き始めるこの季節が、彼女は大好きだった。
 日の当たる場所から綻ぶ様に咲き誇る、村の自慢の梅並木は今年も順調に見頃を迎えている。
 中でも、彼女がとりわけ楽しみに待っているのが村の奥に並んだ二本の樹。
 毎年、少し遅れて花開くそれは、やわらかに枝を垂れ、今年も毀れる様にほろほろとした蕾を沢山つけていたから、待ち遠しくて、待ちきれなくて。
 毎日こうして様子を見に来てしまう。
「あっ!」
 ――咲いてる!
 上の方。今年は白い方が先に咲いてる。
 思いっきり手を伸ばしても届きはしないのだが。仰ぎ見て、とても嬉しそうに花咲くその笑顔。
 紅い方も、もうすぐだね。
 二本並んだ枝垂れ梅の幹を、労わる様にそれぞれ撫でて「良かった」と、彼女は呟いた。
「皆にも報せて来るね!」
 準備をしなきゃ。あたたかな春を迎える為の、お祭りの準備を。

●宵花祭のお誘い
 ――満開の梅の花を、大切な人と観に行きませんか?

 街角に貼られたチラシの文面がふと目についた。
 どうやら、タブロス市近郊のとある小村で執り行われる春祭りのお知らせらしい。
「フローレイン……」
 チラシに書かれた村の名を読み上げてみる。
 見所は、村の自慢の梅並木と、紅白の対で並んだ枝垂れの夫婦梅。
 それぞれ開花時期は少しずれているのだが、全ての梅が咲き揃う特別な数日間があるという。その限られたひと時に催される観梅の祭だ。
 花を愛で、春を迎える喜びを共に祝し、楽しむ祭日。
「おっ。『宵花祭』――今年もそんな季節かァ」
 しみじみと呟く声が、横合いから聞こえて来た。
 ――宵花祭?
 視線を向ければ、男が「コレよ」とチラシに描かれた丸灯を指して教えてくれる。
「フローレインの宵花祭は、文字通り『夜』の梅を味わう祭なんだ」
 淡い灯が梅花を彩る夜だけの祭。
 陽の下では白や薄紅に映える花が、灯に照らされると仄かに青く浮かんで、それはそれは美しい光景なのだと男は語る。
 並木沿いには屋台も出るし、村の女達が用意した『宵花みくじ』なる物もある。
「ここだけの話、あのおみくじには佳い結果しか入ってないらしい。なんたってめでたい祭だからな。喜びに満ちた時間を過ごしたいって奴らには最適な余興だよ。俺も昔――」
 おっと。聞きたくないわな、おっちゃんの昔話なんざ。
 男は、滑らかな口の前に指で『ペケ』を作って苦笑した。
 かつての宵花祭でよほど思い出深い出来事があったのだろうか、何処か照れ混じりに見える。
 見ず知らずの相手に、ついつい口が軽くなる程――少なくとも、それが悪い思い出ではない事は明らかだ。
 誤魔化す様に手を振りながら、しどろもどろ。
「いや、まあ、なんつーか。……俺の楽しみは、どっちかって言うと『こっち』の方でね」
 ――その手つき。お酒ですか?
 おうよ、と、男は何故か胸を張った。
 ある意味、夜の祭に似合いの代物。トロッと甘い絶品の梅酒が振舞われるというのである。
 毎年、大量に採れる梅の果実を蜂蜜で漬け込み、祭の時期には花も見頃で酒も飲み頃。
 未成年者に振舞われるのはノンアルコールの梅ドリンクだが、こちらも爽やかな甘味と酸味で美味だと彼は言う。
「ホットもイケるし、飲み比べだって出来るしな」
 さも旨そうに、表情豊かに口にした後、不意に思い出した様に背筋を伸ばし――
 話してたら俺もまた行きたくなって来た、と男は言った。
 今年はちょっくら行ってみるかな。
 そして、茶化す様な言葉を寄越して、豪快に笑いながら去って行くのだ。

 お嬢ちゃんも、気が向いたら遊びに行ってみると良い。
 それで、だ。
 行くなら一つ、気を付けなァ。
 ――申し訳程度に灯はあるが宵の陰は深くて濃い。大事なものを見失わない様に――

解説

『忠義』『高潔』『澄んだ心』等々――
凛とした素敵な花言葉を持つ梅の花を、パートナーと観に行きませんか?

タブロス市近郊の小村フローレインで、この時期の夜にだけ催される梅見祭。
(祭の期間中、村人達は昼夜逆転の生活をしているとか何とか……)
まだまだ肌寒いので防寒に必要な物は各自で御用意下さい。
※重ね着、人肌の温もり、精霊さんへのアツい想い等々。尚、祭では温かい飲物も振舞われます。

以下、見所補足です。


■梅並木
村のメインストリートに沿ってずらーり。
様々な種類の梅の花と甘い香り、灯にほんのり青めく幻想的な光景が楽しめます。

屋台と並列している箇所と、屋台の無い、純粋に花を楽しむ為の並木道とが分かれています。
※特に飲食禁止にはなっておりません。

村には並木とは別に満開の梅の樹が点在しており、そちらも自由に楽しめます。


■夫婦梅
村の何処かにある二本並んだ枝垂れ梅。枝が重なり合って、仲睦まじく見えます。
花はそれぞれ八重の白と一重の薄紅。こちらも淡い灯で照らされています。
運が良ければ花枝の陰に春告鳥の姿を見る事が出来るとか。

村人達は、勿体ぶって夫婦梅の場所を教えてくれません。
訊ねても意味深に「ふふ」と笑うばかり。是非ご自身でその場所を探してみて下さい。

ちなみに、『宵花みくじ』は、引いたら夫婦梅の枝に願いを込めて結わえ付けるのが習わしとなっており、
今年の売り娘さんだけは、夫婦梅を見て欲しい一心で口が滑り易くなっています。


■屋台
日本のお祭り屋台で見かける様な飲食物、遊戯類が揃っています。
全品30Jr(遊戯は3回1組。景品は村の特産の蜂蜜梅を使ったお菓子(プチケーキ、クッキーetc))。

『宵花みくじ』は1回10Jr。
箱から引いたリボンの色で、売り娘さんが運勢を占います。

その他、梅酒や梅ドリンクは無料で冷温問わず飲み放題。
漬けるのに使った梅も試食用に提供されています(実質食べ放題)。

ゲームマスターより

貴翔でございます。

タイトルの『風散見(かざみ)』は梅の異名の『風散見草』から拝借しました。
異名や花言葉が沢山あって、梅を表現する言葉の多様さ神秘さに惹かれます。
季節の花ってどうしてこんなに美しいんでしょうね。(桜も然り)

そんな梅見の、春の夜祭を楽しんで頂ければ幸いです。


以下、完全なる余談。
梅酒は専ら他所様から頂くばかりですが、梅ドリンクは家でよく作ります。
漬けた梅はしわしわになっちゃいますが、あの固さと程好い甘味が好きです。
思えば我が家ではジャムにするより、そのままおやつになる方が多かったり……面倒臭がりなのかも。

リザルトノベル

◆アクション・プラン

篠宮潤(ヒュリアス)

  ◆「本当に綺麗な梅だ…こんなに沢山見るの、僕は初めてだな」
おじさんの話を家族にしたら勧められ。パートナーを誘い。
梅並木に感嘆の呟き。

◆「ヒューリ、梅酒飲むかい?(自分と精霊の分をもらって渡そうと)
 …みくじ、やってみてもいいだろうか」
精霊に気を遣っているようで案外マイペース。
※精霊もやるかはお任せ。Jr消費了承。

◆「くじは結ぶのか?えっ。夫婦梅…?。……」
売り娘さん達から軽く情報を得れば視線を精霊へ。探したい、と顔に出ている。

◆「今年の春は…いいものになる、だろうか…」
持ち前の感性と視力で、夫婦梅無事発見(出来ればいいな)
神人化して初めて迎える春。思い巡らせてくじ結び。
振り返ると精霊へ微笑。



シリア・フローラ(ディロ・サーガ)
  ●『フローレイン』ってなんだか名前が似ててちょっと親近感。「『宵花祭』ですか。一足早く春を感じるのもいいですね~」
●梅並木と屋台をメインに見て回る予定。並木では、2人のペースを合わせて見たいので、手を繋ぐ
「離れないようにね。迷子になったら困るから。ふふ」「夜の花見は新鮮ね。綺麗ね」
●屋台では「やっぱり、お祭りには屋台は欠かせないわよね」
サーガの視線を感じ「べ、別に花より団子じゃないのよ?」と言い訳
梅ドリンクを見つけ体を温めます
射的・輪投を見つけ、自分はやらずにサーガを応援
成功したら「わー、サーガすごーい!」
失敗したら「残念だったね。ありがとう」
●「今日は、ありがとう。一緒に見れて楽しかったよ」


アガサ(ヘルゲ)
  家の温室に薬草の傍ら趣味で花を育ててるわ
どんなに手をかけて育てても結局最後には枯れてしまう物に
時間をかける事を無駄に思う人もいるかもしれないけれど
永遠なんてものは存在しない有限の美しさを感じて私は好き

チラシで見て祭は気になっていたの
昔は花はと言えば梅と言ったものでしょう
梅酒を片手に梅並木や屋台をふらつきながら噂の夫婦梅を見たいわ
ただ私そこまで酒は強くないの 飲み過ぎると饒舌になるらしいわ

花の良さなんてあの脳筋にわかるか知らないけど
契約してしまった以上仲良くとは言わずとも
マシな友好関係を築くべきなんでしょうね
だから…とりあえず私の好きなものを知ってほしい
…口下手なのよ

服装:ピーコート







●春来たる村の祭
 仄青く照らされ、宵空に浮かび上がった薄紅色が揺れている。
 甘酸っぱい春の香りを人々に届ける優しい風に、ほろ酔いの梅の花弁も舞い遊ぶ。
 連なる満開、梅の花道。
 花が降る村――フローレイン。

 その名にどことなく親近感を覚えたシリア・フローラは、パートナーと共に春を迎える村祭へとやって来た。
 新鮮な気持ちで路の両辺を彩る贅沢な光景を視界に収め――、
「やっぱり、お祭りには屋台は欠かせないわよね」
「?」
 祭と言えば屋台とばかり、キラキラと輝く彼女の瞳が食べ物ばかり映している様に見えるのは、パートナー――ディロ・サーガの気の所為ではないらしい。
 確かにそこかしこから、美味しそうな匂いが漂って来るけれども。
 半ば引き摺られる様について行きながら、彼は少々呆れ顔。
 ――花見に来たんじゃないのかなぁ。
「『宵花祭』ですか。一足早く春を感じるのもいいですね~」
 ――って、出立前に言ってたのに。
 あれこれと目移りしている最中、パートナーのそんな視線に気付いたフローラは、
「べ、別に花より団子じゃないのよ?」
 弁解すると、あからさまに視線を泳がせた。
 四方八方から飛んで来る客引きの呼び声。二人を呼び止めようとする数多の声の狭間には、無数のノボリが屋台の数か或いはそれ以上に乱立し、色もとりどり、鮮やかに人目を引いている。
 彼女の目が留まったのはその中の一つ。
 ――『名物、蜂蜜梅ドリンク』。
 屋台のノボリも多種多様ながら、恐らく最多であろうその文字列。
 梅酒も有りますよ。ホットは如何ですか? と売子に勧められ――
「それ、ください!」
 速攻で温かい梅ドリンクを所望したフローラは身体を温めつつ、お茶を濁す。
「あ、見てサーガ。射的もあるよ! やってみようよ」
 俄然、食べ物屋台以外にも注目し始めた彼女のどこか浮き足立った様子に、思わずサーガの笑みも零れた。
 楽しそうだから、良いか。
 彼女のそんな姿を見ているだけで、嬉しくなる少年なのだった。

「ヒューリ、梅酒飲むかい?」
 目立つノボリと呼び声に誘われる様に、ととと、とドリンク屋台に駆けて行き、戻って来るなり篠宮潤は連れ合いにそう訊ねた。
 彼女の両手が既に二つの盃で塞がっているのを見て、『ヒューリ』と呼ばれたテイルスの青年・ヒュリアスは意外そうに目を瞠り、一拍後にはその目を細めて彼女に応える。
「酒は好きだ。……ウル、飲めたのだな」
 彼は彼女を『ウル』と呼ぶ。
 知り合って間もない故に、双方、互いについて知っている事も少ない。
 飲める歳である事ぐらいは知っていても、二者択一でさらっと酒を択ぶ様なタイプであるとは少なくとも見た目からは想像が及ばず、こうして新しい発見が出来る機会は貴重で、新鮮だ。
 尤も、彼女が酒を手に取ったのは、遥かに大人な彼への気遣いだったのかもしれないが。

 彼と同じ様な事を考えた者は他にも居るらしい。
 表面上は決してそうと見えず、状態はかなり深刻であったとしても。
 ――なんで俺を連れて来たんだろ……。
 ただ花を観るだけならば1人でも行けるし、実際彼女はそうするだろうと思う。
 ヘルゲ・バーデンは、自分を祭に誘った神人の真意を量りかねていた。だが、それでも、彼なりに最大限好意的な解釈をして、今この場所に居る。普段から何を考えているかよく判らないアガサ・スズシロの顔色は、今共に在るこの瞬間にもやはり彼には読めなくて、謎は深まるばかり。
 彼女が滔々と述べる『花について』もよく判らなかったから、彼は判り易い己の欲求に従った。
 まずはこの抗い難い腹の虫を鎮めなくては。
「飯が食いたい」
 目当ての屋台を見つけるなり、情緒の欠片もない反応。
 アガサにとっては半ば予想の内だった様で、驚きもせず肩を竦めて軽く嘆息しただけで、彼を屋台へと送り出した。というよりむしろ、その態度は放任じみている。
「………」
 花の命が象徴する有限の美しさなど、この男には説くだけ無駄なのだろうか。
 腹に堪えそうなブロック肉の串焼きなど買い求め、齧り付くその足で次の屋台に向かうヘルゲを、見失わない程度に付かず離れず追いながら、アガサは途中のドリンク屋台で梅酒の盃に手を伸ばした。
 唇を湿らせ、喉を潤して、見上げる梅並木。
「昔は、花はと言えば梅と言ったものでしょう」
「ふーん」
 よく判らねぇけど。
 などと、気のない返事をする彼の手には、こってりソースの山盛り焼きそば。二品目もがっつり系である。
 本気の食事をしながら彼の目は、梅ではなく射的の屋台を捉えていた。
 噛み合わないのはいつもの事――だが。
 ――さて、どうしたものかしら、とアガサは黙々と盃に口を付けた。
 弾まない会話に口数は殊更に減る一方、ただ喉を過ぎ行く酒量だけが増えて行く。

●屋台巡りのその先は
「わー、サーガすごーい!」
「う、うん。応援してくれたから」
 射的の屋台で歓声を上げてはしゃぐ先客の姿――フローラと、何故かたじたじのサーガである。
 結局、応援に徹する彼女に乗せられる形で挑戦したサーガは、勢いと風向きを味方に付け、最後のワンショットで何とか景品のお菓子を撃ち取った。
 梅ジャムが乗ったクッキーは可愛く包まれ、フローラの目にさぞや眩しく映っている事だろう。
「独り占めせず仲良く分けて食うんだぞ! ……おっ、兄ちゃんもやるかい」
 ぽん、とサーガの掌に菓子を置いてやった店主は二人を完全に子供扱いで見送ると、入れ違う様にやって来るなり射的用の銃に手を伸ばすヘルゲに嬉々として説明を始めた。
 1回につき弾は3発。的に当てて、倒すか落とすか。それ以外はノーカウントだ。――おっ、毎度!
 さっそく的を狙い始めた彼の傍ら、肩を竦めて代わりに支払いを済ませるアガサの耳に飛び込んで来たのは、威勢の良い店主の声と少し離れた別の屋台の呼び声。
「夫婦梅に願掛けをしてみませんかー。宵花みくじはこちらですよー!」
 はらはらと花弁を踊らせる風に、コートの襟元を押さえてそちらを見遣る。
 ――そういえば、まだ見てないわね。夫婦梅。
 ぼんやりと、そんな事を思いながら。

「本当に綺麗な梅だ……こんなに沢山見るの、僕は初めてだな」
 赤みの濃いもの、薄いもの、明るい空の下ならば黄色に近いものも確認できたかもしれない。
 全てが夜色に染まり、灯りに切り取られ、花そのものが輝いている様にも見えて、潤は感嘆しきり。
 人の流れに飲まれて足が止まる事も、視界を遮られる事もない、花を観るにも適したその位置取りはヒュリアスのエスコートの賜物なのだが、彼のさりげない気遣いを知ってか知らずか、「あっ」と思い出した様に彼女は屋台の方を振り返った。
 張り切る売子さんの口上が聞こえて来る。
「……みくじ、やってみてもいいだろうか」
 そういえば引いてなかった、と。うっかり通り過ぎてしまった『宵花みくじ』の屋台へと引き返す彼女のマイペースに、特に振り回されている意識もなくヒュリアスは従った。
「いらっしゃいませ! 如何ですか?」
 すこぶる笑顔で売子が勧めて来る筒。先の切り込みからは白いリボンの端が束になって覗いている。
 ずい、と差し出されて、潤は思わず一本を択んだ。次いで、売子に促されたヒュリアスも択ぶ。
 当初は神人が引くのを見ているだけのつもりだったが、売子さんに勧められ、押し切られ、断らずに居たら引く羽目になったのだ。
「じゃー、行きますよ。『せーの』、で――」
「……せーのっ」
 息を合わせ、売子さんと声を揃える潤。ヒュリアスは黙して同時に引いた。
 というか、売り娘が筒を引いた為、引かされた様な格好である。が、細かい事は気にしてはいけない。
 二人が引いた白いリボンの真ん中から先に色付くグラデーション。片やは薄紅、片やは黄。
「きゃー。梅色が出ましたね!」
 テンションも高く売子の少女が潤の手を取った。どうやらとても良い色が出たらしい。彼女自身が作ったのだろうか、豪い興奮のし様で「おめでとうございます」と繰り返した売子さんは片目をばちんと瞑って見せた。
「澄んだ心で素直に過ごしていたら、きっといい事がありますよ」
 とてもざっくりとした事を言われた。
 ウィンクもあまり巧くはなかったがあまり人の事を言えない気もしたので、潤は曖昧に相槌を打つに留めておく事にする。
 ヒュリアスの黄色については「気高さは美徳です! 貴方の先見が彼女を援くでしょう!」と、これまたざっくりとしたコメントを表し、売子さんはやり遂げた顔。
「更なる願掛けをお望みでしたら夫婦梅にどうぞ。良かったら、お客さん達も枝に結んで行って下さいね」
「くじは結ぶのか? えっ、夫婦梅……? ……」
 そういえば、そんな習慣があるとチラシにも書いてあったっけ。
 潤が発する疑問にその都度笑顔で頷いていた売子さんは、彼女があまりに熱心に耳を傾けているのに気を良くしてか、やがて「ここだけの話……」と声を潜めて身を乗り出して来た。
 ひそひそひそ。
 ――。
 女二人の内緒話に早い段階で背を向けていたヒュリアス。ややあって潤が彼を振り返て来る気配。
「「………」」
 互いに無言ながら、彼女の顔にははっきりと「夫婦梅を探したい」と書いてある。
 却下する理由は、特に見当たらなかった。

●二人の距離感
 先程、籤を引いていた二人は夫婦梅を探しに行ったのだろうか。
 恐らくそうに違いない。薬草栽培の傍ら趣味で花を育てるアガサもこの村の夫婦梅には大いに興味があった。
 村人達が手塩にかけた梅達を堪能できる絶好の機会を得たのだから、梅並木と併せて見ておきたい。
 ふと視線を戻せば、ヘルゲは2つの的を落としてお菓子の包みを2つ、店主から受け取る所だった。
「行くわよ、ヘル」
 気持ちが先走る余り、多くを語らずどこか冷たい声音になってしまった事には、さほど自覚もなかった。
 ただ――程なくヘルゲに強い語調で呼び止められて、思いがけず彼女の足が止まる。
「おい?! どこ行くんだよ。そっちはもう屋台がないぞ」
 屋台、ですって?
 行く理由が無いとでも言いたげなヘルゲの声色に若干の警戒も感じ取り、ゆっくりと思案する。
 先行し掛けて振り返ったアガサとの間に流れる、気まずい空気。
「……どんなに手をかけて育てても結局最後には枯れてしまう物に、時間をかける事を無駄に思う人もいるかもしれないけれど。永遠なんてものは存在しない、有限の美しさを感じて私は好き」
 言ったでしょ、と彼女は言った。
「それは、さっきも聞いたけど……」
 よく判らない、と一度目に彼は答えた筈だ。酔っているなと彼は思う。
 同じ話を二回もするし、呂律も足取りも少し怪しい。
 アガサは溜息を吐いた。それが一度目と同じで、ヘルゲは少しだけむっとした表情を浮かべる。
「契約してしまった以上仲良くとは言わずとも、マシな友好関係を築くべきなんでしょうね」
「そんな言い方」
 あるかよ、と言い掛ける彼の言葉を遮る様に、「だから」と彼女は畳み掛けた。
「だから………とりあえず私の好きなものを知ってほしい」
 言わなくて良い事も、普段は言わない言うべき事も、お酒の力を借りて少しだけ饒舌に吐露。
 それが口下手な彼女の、今出来る精一杯。
「………」
 理想とはかけ離れている、とはいえ、彼とて彼女を嫌っている訳ではなかった。
 きっと、彼女も戸惑っているだけ。そう思い、今日も、折角誘われたのだからと互いを知る機会に出来れば良いと意を決して彼も此処に居る訳で……理解する事を拒む道理はない。
 それがどんなに腹の立つ言い方だったとしても、余程の事が無い限り我慢しようと決めた今日、己の心に違えるほど耐え難い物言いでもない。
 受け容れ難い要求ですらない。
 ――無いなぁ。何も無い。無い無いづくしだ。
 考えてみれば、彼の屋台巡りにも彼女はずっと付き合っていた様なものだ。
 彼女自身の意図がどうであれ、この際、些細な問題――知り合う為の第一歩。
「わかった」
 彼は応えた。
 ――で、どこに行きたいって?

 ほんの少しだけ二人の距離を近づける、祭の夜。

「ごめんね、フローラ。応援してくれたのに」
「残念だったね。ありがとう」
 あの後、調子に乗って(乗せられて)輪投げにも挑戦したサーガだったが、良い事はそうそう続かないものである。とはいえ、既に戦果は上げているのだから、落ち込む必要などありはしない。
 ちなみに彼が射的で獲ってくれたクッキーは既に2人のお腹の中だ。
 彼をフォローする様に手を差し伸べ、フローラは改めて梅並木へと視線を向けた。
 胸いっぱいに甘い香りを吸い込み――、しみじみと吐き出す。
「綺麗ね」
 夜の花見も、良いものだと思う。とても新鮮だ。
「離れないようにね。迷子になったら困るから。ふふ」
「……別に、迷子になったりしないよ」
 繋いだ手の先で、表情を隠す様に俯くサーガ。
 神人の彼女より年下であり、特別な外見特徴を持たないポプルスである事から、傍目には姉弟の様に見えてしまうのは否めない。フローラ自身もそう感じている節がある。揃いの手袋をして、こうして手を繋ぐのは、サーガには気恥ずかしく、とても勇気の要る事ではあったのだが。
 どこか特別な、祭の夜である。
「今日は、ありがとう。一緒に見れて楽しかったよ」
「ぼ、ぼぼ僕も楽しかったよ」
 不意打ち気味のフローラのその一言に、宵陰にも隠しきれないほど、サーガは照れて真っ赤になっていたとか。

 不思議な雰囲気が場に満ちているのは、祭の所為ばかりでもないのかもしれない。
 それは彼女と彼が、神人と精霊である事に、浅からず起因しているのかもしれない。本人の自覚の有無に関わらず――
 持ち前の感性と、売子さんの情報を目一杯駆使して潤はその場所に辿り着いた。
 村外れ――梅並木が途切れた先で、目印の梅の木を逆に折れて進んだ藪向こう。それは静謐な空気と共に息衝き、頭を垂れて、いつ来るとも知れない客人を出迎える。
 不意に開けた視界に弾けた様に飛び込んで来る色彩の世界に潤は目を瞠り、その一瞬、呼吸も忘れていた様に思う。
「わ……すごい」
 やっとの思いで搾り出す言葉も、ただただシンプル。
 道中の梅並木もそれは見事なものだったが、咲き揃った枝垂れ梅の荘厳な佇まいはまた別格だ。
 至極、神聖な場所の様にも感じられる空間には今、二人の他には誰も居ない。村人達に場所を秘匿され、枝に結わえ付けられたリボンの籤だけが、此処に辿り着いた一握りの客の存在を示している。
「――……」
 暫し、言葉もなく立ち尽くした。
「今年の春は……いいものになる、だろうか……」
「良いものになる。というより自分でするものだ」
 惚けた様に呟く彼女に、彼は何の色も乗せずに応えて返す。
 神人となってから初めて迎える春。巡る季節の始まりにも等しい場所に立ち、契約を交わした精霊と共に在って――これまで思い描いていたとは異なる未来に向かって歩き出そうという自分自身を見つめ直す様に、思いを巡らせながら先人に倣って枝にリボンを結び付ける彼女の後で、同じ様にする彼は果たして何を考えているのか。
 ――しかし。
 とにもかくにも、何か良い事が起こりそうな気がして来た。結び終えた潤は彼を振り返り、微笑。
 応える様に目を眇めてヒュリアスは、再び夫婦梅に向き直った彼女の背中越し、枝を重ね合う紅白の梅の御大と彼女自身に盃を軽く掲げた。
 熟成された芳醇な梅酒の甘い香りと、真新しい春の香りが一つに融け合い、喉を流れ落ちて行く。

 溢れんばかりの花の盛りは明日をも知れぬ。
 散り逝く前に御照覧あれ。宵花祭もたけなわの、今が最も良い時季と――村人達は口々に言う。
 春を告げる枝の狭間に、この日、小さな影が降り立つのはもう少し後の事だが、その姿を見る事は叶わなくとも、恐らくは花と共に彼女達を見守っていた事だろう。
 終が間近い花達を美しく照らす仄灯りが、また1人、2人と人を誘う。
 かくして――それぞれの祭の夜は更けて行くのだった。



依頼結果:成功
MVP

メモリアルピンナップ


( イラストレーター: 真崎 華凪  )


エピソード情報

マスター 貴翔キーマ
エピソードの種類 ハピネスエピソード
男性用or女性用 女性のみ
エピソードジャンル ハートフル
エピソードタイプ ショート
エピソードモード ノーマル
シンパシー 使用不可
難易度 簡単
参加費 1,000ハートコイン
参加人数 3 / 2 ~ 5
報酬 なし
リリース日 03月08日
出発日 03月17日 00:00
予定納品日 03月27日

参加者

会議室

  • [3]アガサ

    2014/03/15-23:15 

    桜も好きだけど夜の梅も風情があっていいわね。
    〆切ギリギリだけど参加させてもらうわ

    アガサよ、どこかで見かけたらよろしくね

  • [2]篠宮潤

    2014/03/14-09:34 

    桜よりどちらかというと梅が好き、なので
    このお祭りは行きたくなってしまった。。。

    篠宮 潤だ。
    愛想がない精霊はヒュリアス(←自分棚上げ)

    見かけたらどうぞよろしく。楽しもう。

  • [1]シリア・フローラ

    2014/03/13-23:19 

    依頼成立しましたね。よかったよかった
    早速挨拶を。

    シリア・フローラです。
    よろしくお願いしますね。

    精霊と一緒にお花見ですね。楽しみです。


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