【メルヘン】春酔いの菫砂糖(巴めろ マスター) 【難易度:とても簡単】

プロローグ

●春色の菫に酔いて
「いらっしゃいませ」
 ショコランドを訪れた貴方とパートナーは、とある喫茶店へと足を踏み入れました。『陽だまり猫』という名前のその喫茶店には、紅茶の良い香りが漂っています。けれど、普通の紅茶とはどこか少し違うような?
「ああ、うちの紅茶には菫の砂糖漬けを浮かべるんです。砂糖菓子の森で摘んできたばかりの、新鮮な砂糖漬けの菫ですよ。ふわりと菫が香って、とっても美味しいんです」
 貴方の問いに、マスターと思しき穏やかな老妖精はにっこりとして答えます。ショコランドらしい不思議な飲み物に興味を引かれた貴方は、その紅茶を注文してみることにしました。案内された個室(喫茶店の席は珍しくも全て個室だったのです)へと間もなく運ばれてきたとびきり素敵な香りの紅茶を口に運べば――上品な甘さがふわりと口いっぱいに広がります。美味しい、と口にしようとした瞬間、くらりとしました。身体が気だるくも甘美な熱を帯び、何だかふわふわと幸せな心地がします。
「どうですか? うちの自慢の『春酔い紅茶』は」
 マスターが穏やかに微笑みました。
「砂糖菓子の森産の菫の砂糖漬けにこだわって、心地良い砂糖酔いを楽しめるのがうちの紅茶のウリなんですよ。では、どうぞ素敵な甘い時間を過ごしていってくださいね」
 マスターの説明を、貴方はどこか遠くから聞こえる声のようにぼんやりと聞きました。

解説

●喫茶『陽だまり猫』について
プロローグに登場した『春酔い紅茶』(詳細は後述)が自慢の、趣のある喫茶店inショコランド。
砂糖に酔って甘い素敵な時間を過ごせるようにと、店内の席は全て個室となっております。
リザルトは個室での出来事の描写となりますので、他の参加者様と出会うことはございません。

●『春酔い紅茶』
ショコランドにある、森の全てが砂糖菓子で出来たメルヘンな森、『砂糖菓子の森』産の砂糖漬けの菫の花を浮かべた花咲く春を思わせる紅茶。
仄かに甘く菫が上品に香ってとても美味しいのですが、飲むと砂糖酔い(気持ち良くお酒に酔ったような状態)になってしまいます。
酔いの程度には個人差がありますが、お酒に強い方でも例外なく砂糖酔いいたしますのでご注意を。
また、お酒に弱い方でも気分が悪くなったりはしませんのでご安心くださいませ。
アルコールは含まれておりませんので未成年の方にも楽しんでいただけます。
『春酔い紅茶』を飲むのはどちらか片方でも、お二方ともでも。
紅茶は1杯50ジェールです。

●シチュエーションについて
リザルトは、『春酔い紅茶』を口にしてしまったところからのスタートとなります。
プロローグのように知らず飲んでしまうハプニングもいいですし、概要を知った上で好奇心から口にしても問題ございません。
『春酔い紅茶』を口にするのは神人さんでも精霊さんでもあるいはお二方ともでもOKです。

●消費ジェールについて
ショコランドでのデート代300ジェール+紅茶の代金をお支払い願います。

●プランについて
公序良俗に反するプランは描写いたしかねますのでご注意ください。
また、白紙プランは極端に描写が薄くなってしまいますので、お気を付けくださいませ。

ゲームマスターより

お世話になっております、巴めろです。
このページを開いてくださり、ありがとうございます!

『砂糖菓子の森』の砂糖漬けの菫などは、女PC様サイドの『【チョコ】シュガー・パニック?!』にも登場していますが、ご参照いただかなくとも本エピソードを楽しんでいただくのに支障はございません。
なお、プロローグ公開までに前述のエピソードのリザルトが公開いただいているかは不明ですが、近日中に! 恐らく!
皆さまに楽しんでいただけるよう力を尽くしますので、ご縁がありましたらよろしくお願いいたします!

また、余談ですがGMページにちょっとした近況を載せております。
こちらもよろしくお願いいたします。

リザルトノベル

◆アクション・プラン

羽瀬川 千代(ラセルタ=ブラドッツ)

  可愛らしい店名に惹かれ入店
ラセルタさんは紅茶飲まないの?珍しい

甘い香りと心地良い浮遊感に身を委ね
何だかとても眠たい、ような…(くらり

平気だよ…少しひりひりするくらい
なら、ちょっとだけ甘えてもいいかな(ぽふ

(じっと見つめ)…あのね、ばあやに似てるって言われた驚きで吹き飛んでいたけれど
初めてラセルタさんに会った時、目が綺麗な精霊さんだなぁと思っていたんだよ
青くて眩しくて、まるで宝石みたいで
一緒に星を見た時は瞳に映った光がきらきらしててね…こっそり見てた(ふふ

だって、今日初めて言ったもの
…ねえラセルタさん。パートナーになって一年経って
まだまだ俺は力不足だと思うけれど…これからも一緒に頑張ろうね(ぎゅ



信城いつき(レーゲン)
  レーゲンが酔ったらどうなるか、内緒で飲ませてみようっと
いや、一度桜で酔ったことあった。その時は……わわわっ(前回同様、突然抱き締められた)

頭を撫でたりする動作も、俺に普段するのと違う
他の人と思ってる?
もし、ここでキスされても…酔ってるから仕方ないよね

………………やっぱりダメ!(寸前で拒絶)
うー、酔わせた俺が間違ってましたっ、責任とって酔いがさめるまで面倒見ます
色んな意味で危険なので、寝て下さいっ!はいソファにでも横になって!

本気で好きなんだよ。
だから酔いにつけこむんじゃなくて、本当の意味でキスしたいんだ。

(もう決めた。我儘でいいって言ったよね。
我儘で行くよ。時がきたら好きだって告げるよ)



柊崎 直香(ゼク=ファル)
  この喫茶店は紅茶が美味しいんだって
香りも楽しみたいし違うもの頼もう
と、それらしく誘導し勝手に注文

ゼクに『春酔い紅茶』。僕は他の紅茶を。

猫舌な僕は程よく冷めるのを待つ間ゼクを観察
さすがに最近何をするにも疑われるようになったにゃー
今回もだけどね、と言葉には出さずわくわく。
ゼクはお酒に強いから酔っぱらうとこ見てみたかったんだ

って、ゼクさん上機嫌ですね
普段はわりとレアな笑顔が大盤振る舞いですか
写真に撮って……と思ったけどさすがに可哀相かな。やめとこう
家出されては困る

ゼク、おいしいー?
よかったねー、と頭撫で
直香くんとお約束だぞー
帰り道はお手手繋いで帰ろうねー
と、逃げ道は断っておく。
彼は約束は違えないのだ


アレクサンドル・リシャール(クレメンス・ヴァイス)
  二人共詳細知らず来店
隣の席に座り、菫の花が浮かぶ可愛らしい紅茶のいい匂いに
楽しそうに笑いかけてから一口

なんだろこれ、なんかふわふわする

心地よさにうっとりとしながら凭れかかり
甘えてすりすりと肩に頭を寄せてから見上げる

クレミーって、普段肌見せないけど本当に色白だよな
とろんとした顔して肌が桜色に染まってて……なんか色っぽい
(指を伸ばしかけて、ぺちんと叩かれるが、照れている様子に笑う)
今、すごい真っ赤になってるぞ

酔うお茶かあ、面白いな
そういえば、クレミーはお酒飲むのか?
じゃあ、趣味は?
えー、こういう話って逆にしてないじゃん
リュートかあ……聞いてみたいな
俺?趣味は競技紙飛行機かなあ
設計とか割と奥深いんだ



俊・ブルックス(ネカット・グラキエス)
  紅茶二人前

酔ったせいか、いつもにもましてネカが情熱的な気がする…
受け入れようとは決めたものの余計に照れることに焦って紅茶をぐびり

好きなものの話
どっちかというと紅茶派だな
この菫砂糖もうまいが俺はローズジャムを入れて飲むのが好きだ
他に好きなものな…好きって言えば、お前の好きってどういう好きなんだよ?
未だによく分からねえんだけど、俺のどこが好き、とか…言ってて恥ずかしくなってきた
…おっと
ふらっときてネカにもたれかかる

はぁっ!?
酔った勢いでそんなこと言えるか
酒(じゃないけど)の席の話は流すもんだろ
言い返されてつい本心を告げてしまいそうになり、ネカの肩に額を押し付けて耐えつつ小さく呟く

…くそ、落ちた…



●これからも一緒に
「『陽だまり猫』……可愛らしい名前のお店だね」
 ちょっと寄っていかない? とラセルタ=ブラドッツに笑み掛けて、諾のお答えが返れば羽瀬川 千代は楽しげに店の中へ。その後を追おうとして――ラセルタは、目立たない小さな張り紙に気がついた。『春酔い紅茶あります』と書かれたその貼り紙には、件の紅茶についての説明も記されていて。ラセルタ、口元に優美な弧を描く。
(『春酔い紅茶』……成る程、これは酒豪の千代に飲ませてみたい)
 面白い話が聞けるやも知れん、と思う。それに、或いは聞いた言葉の真意も。
「ラセルタさん?」
 千代が呼んだ。何も知らないその声にラセルタは笑みを深くすると、ゆったりとした足取りで店内へと足を踏み入れた。

「ラセルタさんは紅茶飲まないの? 珍しい」
 注文の折、千代はそう言って目を丸くしたが、特段そのことを深追いはしなかった。紅茶が運ばれてくれば「いい香り」と相好を崩し――それから少し困ったような顔でラセルタの様子を窺う。
「構わん、先に飲め」
「それじゃあ……遠慮なく」
 少し笑って、千代は紅茶に口を付けた。間を置かずに現れる、奇妙な感覚。甘い香りに頭の芯さえ痺れたようで――けれど、その違和さえどうしようもなく心地よい。身体が、心が、ふわふわとする。
「あ、れ……? 何だかとても眠たい、ような……」
 やや甘ったるいような声でそう呟いた千代の身体が、くらりと傾ぐ。そして――ゴンッ! という鈍い音を辺りに響かせて、千代はテーブルに額から落ちた。ラセルタの青の瞳が見開かれる。
「……大丈夫か? まさかテーブルに額をぶつけるとは……」
「あはは、平気だよ……少しひりひりするくらい」
 額を抑えながらふらり身を起こした千代は、ふにゃりと笑っている。ラセルタは思わず呟いた。
「……醒めた後で痛むなどとは言い出さんだろうな……」
「醒める?」
「いや、何でもない。それより、倒れるなら此方にしろ」
 ぽんぽんと膝を叩いて促せば、「なら、ちょっとだけ甘えてもいいかな」とぽふりとラセルタの膝に頭を預ける千代。くすぐったそうに笑って、金の瞳でじっとラセルタのことを見つめる。
「何を見ている? 言いたいことがあるなら言えばいい」
 今なら全て許してやらなくも無いぞ、とどこか得意げにラセルタが口の端を上げれば、千代は柔らかく目を細めてゆっくりと言葉を零し始めた。
「……あのね、ばあやに似てるって言われた驚きで吹き飛んでいたけれど、初めてラセルタさんに会った時、目が綺麗な精霊さんだなぁと思っていたんだよ」
 金の視線は、真っ直ぐにラセルタの瞳を見つめている。
「青くて眩しくて、まるで宝石みたいで。一緒に星を見た時は瞳に映った光がきらきらしててね……こっそり見てた」
 とっておきの秘密を打ち明けるように千代はそう言って、ふふ、と小さく笑い声を漏らす。顔には出さないまでも面映ゆく、つと視線を逸らすラセルタ。
「……そんなことは、初めて聞いたが」
「だって、今日初めて言ったもの」
「俺様にもっと晒せと言いながら……隠し事が多いのはどちらだ」
 ぺしんと額を軽く叩いてやれば、何が可笑しいのか千代がくすりと笑った。
「……ねえ、ラセルタさん」
 甘く呼ばれる、名前。
「パートナーになって一年経って、まだまだ俺は力不足だと思うけれど……これからも一緒に頑張ろうね」
 言って、千代はぎゅうとラセルタの腰に抱きついた。その言葉に、その行動に。ラセルタは青の目を軽く瞠って、それからふっと笑み零した。
「……そうだな、千代と過ごす時間は幾らでもある」
 頭を撫でれば、千代がくすぐったそうに笑う。
「仕方ない、お前が自分から話すまで待っていてやろう……千代が俺様を信じていると言ったように、俺様も千代を信頼している」
「本当? すごく嬉しいけど……初めて聞くような」
「聞いていない、と? ……これも初めて言ったからな」
 応じて、ラセルタは千代の黒髪に柔らかく指を通した。

●貴方のことを聞かせて
「この店は、どの席も個室なんやね」
 席に案内され腰を下ろすと、クレメンス・ヴァイスはほっとしたように息を吐いて目深にかぶったフードを外した。透けるように白い肌が露わになる。彼の傍らに座ったアレクサンドル・リシャールが、しみじみと言った。
「クレミーって、普段肌見せないけど本当に色白だよな」
「何やの、改めて」
 緋色の瞳に見つめられて、白磁の肌を仄か朱に染めるクレメンス。
「別に、意識してるわけやないんよ。森に暮らしてたら、肌晒しとるんは危ないからねぇ」
 森にはかぶれる植物もあるし、虫や蛭なんかもいてるから。気恥ずかしさから言い訳のようにそう言って、クレメンスはメニューを開く。アレクサンドルも、隣からひょいとそれを覗き込んだ。
「『春酔い紅茶』ってのがおすすめだって! 折角だからこれにしないか?」
「ええね。そしたら、それを2杯頼もうか」
 言い合って、2人は顔を見合わせ笑い合う。『春酔い紅茶』の効果には気づかぬままで。

「なんか可愛らしいな。菫砂糖がぷわぷわしてる」
「それに、ええ匂いやねぇ」
「ほんとだ、いい匂い」
 その芳香に楽しそうに笑みを漏らして、アレクサンドルは紅茶を口に運んだ。クレメンスもそれに倣う。
「うん、味もいいな…………あれ?」
 最初に異変を自覚したのは、アレクサンドルの方だった。
「なんだろこれ、なんかふわふわする……」
 菫の酔いが運ぶ心地良さにうっとりと瞳を蕩けさせ、アレクサンドルは傍らのクレメンスにくたりと凭れ掛かる。クレメンスが、蒼の視線をパートナーへと向けて、言葉を零した。
「アレクス、くっつきすぎや。……何や、暑うなってきたわ」
 身体の火照りを、神人の接触のせいだと解して。ボタンを一つ外して、クレメンスは襟元を緩めた。一方のアレクサンドルは、酔いのせいもあるのか、クレメンスに指摘されてもひっつくのを止めようとしない。逆に、甘えるようにクレメンスの肩口に自分の頭を擦り寄せる。クレメンスが熱っぽい吐息を漏らし、アレクサンドルはそれに惹かれるようにパートナーのかんばせを見上げた。
「クレミー……とろんとした顔して白い肌が桜色に染まってて……なんか色っぽい」
 そのまま桜の頬に触れようとして――伸ばした手は、クレメンスの手によってぺちんと叩かれた。アレクサンドルの言葉に、伸ばされた指に一気に真っ赤になって、クレメンスは覚束ない手つきでボタンを留め直す。
「今、すごい真っ赤になってるぞ」
 分かりやすく照れるその様子が何だか愛しくて、アレクサンドルは口元を和らげた。

「お酒は入ってへんみたいやけど、酔うお茶なんやね」
「酔うお茶かあ、面白いな」
 何かが妙だと店員に話を聞いて、やっと『春酔い紅茶』の何たるかを知った2人。クレメンスが、ふうと息を漏らす。
「アレクス。あないな絡み方されたら……その、恥ずかしいんやけど」
 頬を朱に染めて俯くクレメンスに、アレクサンドルは苦笑めいた笑みを返した。そして、「そういえば」と話題を逸らす。
「クレミーはお酒飲むのか?」
「普段? お酒はのまへんよ。夜は日が沈んだら寝てまうし」
「じゃあ、趣味は?」
「趣味ねぇ。リュートを弾いたりは……って、何でこないな話になるん」
「えー、こういう話って逆にしてないじゃん」
 それにしても、と屈託なく笑うアレクサンドル。
「リュートかあ……聞いてみたいな」
「へ?」
「クレミーのリュート、聞いてみたい」
 真っ直ぐな視線に真っ直ぐな言葉。益々赤くなって、クレメンスはぽそぽそと言葉零した。
「いや、人様に聞かせたことないけど……そないに言うなら……」
 やった! とアレクサンドルが白い歯を零す。その様子に、クレメンスも密かに微笑んだ。
「それで、アレクスの趣味はなんやの?」
「俺? 趣味は競技紙飛行機かなあ。設計とか割と奥深いんだ」
 アレクサンドルの生き生きとした表情に、自然と柔らかくなるクレメンスの目元。2人きりの時間は、ゆったりと過ぎていった。

●愛の籠に落ちる
「普段はアルコールはたしなむ程度ですが、酔うといつもより饒舌になってしまう気がします」
 そう言って、ネカット・グラキエスは『春酔い紅茶』をくぴりとした。和らげた瞳が真っ直ぐに捉えるのは俊・ブルックス。そして――。
(酔ったせいか、いつもにもましてネカが情熱的な気がする……)
 先ず、距離が近い。身動ぎすれば触れてしまいそうな距離から、酔いに艶めいた深緑が俊に絡みつく。ネカットの好意を受け入れようと決めた俊ではあるが、意識すればするほど余計に頬が火照るのに動揺して。胸の内の想いごと押し流すように、ネカットの物と同じ紅茶をぐびりと飲んだ。一方のネカット、酔うと饒舌になるのは俊も同じだろうかと、嬉々として傍らの人に問いを零す。
「シュン。シュンの好きなものって何です?」
「好きなもの?」
「はい。一緒に暮らしてだいぶ経ちますが、まだまだ知らないことは多いですから。この機に、シュンのこともっと知りたいです」
「……別にいいけど。だけど好きなものって、ちょっと漠然としすぎてないか?」
「んー、じゃあ、先ずは好きな飲み物で」
 手元の紅茶へとちらと視線を遣って、ネカットはそう言って俊へと笑み掛けた。俊、少し考えるように紅茶を口に運んで、
「どっちかというと紅茶派だな。この菫砂糖もうまいが、俺はローズジャムを入れて飲むのが好きだ」
「成る程、覚えておきますね。他に何か好きなものは?」
「他に好きなものな……好きって言えば、お前の好きってどういう好きなんだよ?」
 ぽろり、俊の唇から零れる問い。思わぬ問い掛けに、ネカットが目を丸くする。
「え、私の好きの種類?」
「未だによく分からねえんだけど、俺のどこが好き、とか……って、あー、言ってて恥ずかしくなってきた」
 火照る頬を手で仰いで、気恥ずかしさを誤魔化すようにまた紅茶を口にする俊。ネカットが困惑したように眉を下げた。
「分かりません、じゃ駄目です?」
 問うも、俊の琥珀の視線が「駄目だ」と雄弁に語っている。益々眉を下げるネカット。
「うーん、困りました……とにかく愛でたいし近くに置いておきたいんです」
 答えになっているような、いないような。俊、何か言い返そうとしたが、
「……おっと」
 途端くらりとして、ネカットの肩口にもたれかかる形になる。「大丈夫です?」と俊の背をぽんぽんとしたネカットが、少しの間の後再び口を開いた。
「……そういうシュンこそどうなんです? 私のこと好きですか?」
 この前みたいに誤魔化すのは駄目ですよ、と釘を刺せば、「はぁっ!?」と思わず声を裏返す俊。
「酔った勢いでそんなこと言えるか。酒の席の話は流すもんだろ」
 正確には『酒』じゃないけど、と付け足す俊に、ネカットは毅然として言い返す。
「違います、酔った勢いで言った言葉はそれが本性です。勢いで誤魔化されるだろうと油断して気が大きくなって大胆になるんです」
 その言葉には、説得力があるような気がした。少なくとも、今の俊にとっては。その言葉に触発されてつい本心を零してしまいそうになり――けれども俊は、ネカットの肩へと額を押し付けて小さく耐えた。そんな俊の様子に、ネカットがくすりと笑う。
「……なんて、眠くなりました? もう少し肩を貸しましょうか」
 言って、俊の背を撫でるネカットの手つきは優しい。まどろみに落ちていきながら、俊は甘やかな空気に溶け消えるような微かな声で呟きを漏らす。
「……くそ、落ちた……」
 それでも今は、背に触れる温もりがどうしようもなく心地よかった。

●いつもと違う君の顔
「この喫茶店は紅茶が美味しいんだって」
 と、メニューに視線を落したまま、何でもないふうに柊崎 直香は言った。常のように、特に悩むことなくコーヒーを頼もうと思っていたゼク=ファル、その言葉に顔を上げる。
「香りも楽しみたいし違うもの頼もう」
 尤もらしくそう言うや、ゼクの返事は待たずに直香はさっさと店員を呼んでしまった。テキパキと注文をする直香を赤の視線が訝しげに捉える。
(直香の勧めに……乗っていいのか。何か企んでいないか?)
 ゼクが己が神人に謀られるのは、もはや常のことと言ってもいい。危機回避の為、脳みそをフル回転させる苦労の精霊、ゼク。
(ショコランドらしさはあるものの……特に不審な点はない店内だ)
 ショコランド基準で考えるとシックな部類に入る落ち着いた喫茶店。怪しげなところは見受けられない。間もなく2人分の紅茶が運ばれてきたが、運ばれて来た紅茶にも妙な点は見られないし、店員の笑顔にも裏があるとは思えない。身の安全を守ろうとするゼクを、猫舌故に自身の紅茶がいい具合に冷めるのを待ちながら、直香は楽しげに観察していた。
「さすがに最近何をするにも疑われるようになったにゃー」
「当たり前だ。自分の行いを顧みろ」
 じとーっとした視線を向けられれば、「ゼクこわーい」と心にもないことを言って、直香がころころと笑った。ゼクの唇からため息が漏れる。
(全く……だが、今回は杞憂みたいだな)
 そう判断して、ゼクは『春酔い紅茶』に口を付けた。付けてしまった。ゼクに見えないところでにまりとする直香。
(なーんて、今回もだけどね)
 胸の内だけで呟いて、直香はわくわくと事の行く末を見守る。動機は至って単純、「ゼクはお酒に強いから酔っぱらうとこ見てみたかったんだ」が彼の言い分である。と、『春酔い紅茶』を口にしたゼクが、その上品な味わいにほうと息を漏らした。
「甘い香りも好みではある……直香のも良い香り、だな?」
 直香の紅茶へと僅か鼻先を寄せたゼクが、ふと眉根を寄せて首を傾げる。
「? ……嗅覚が鈍っただろうか」
 ぽつりと言葉を零した瞬間、くらりと目眩がした。思考が、何か得体の知れない渦に飲まれていく。考えが纏まらない。頭が芯の方からぼうっとする。
(ああ、これは、また、直香に、)
 何とか正常な判断が出来たのは、そこまでだった。後はただ、直香が愉快そうに笑っているのを見て、ぼんやりと曇る頭で、思う。
「直香がとても……楽しそうだ」
 そのことが、今は何だか酷く快いことに思えるゼクである。ふにゃりと、普段の彼の仏頂面からは想像するのも難しいような緩んだ笑顔を見せるゼク。直香が面白がっているように言葉を零す。
「って、ゼクさん上機嫌ですね。普段はわりとレアな笑顔が大盤振る舞いですか」
 写真に撮って……と思ったけれど、
(さすがに可哀相かな。やめとこう。家出されては困る)
 と、何とか思い留まる直香。一方のゼクは、相変わらず機嫌良く口元を緩めている。身体が軽くて、なのに上手く均衡が保てなくて。でもそれすらも、今のゼクには可笑しいような気がするのだった。
「ゼク、おいしいー?」
「……くらくらする」
 全く答えになっていない返事に「よかったねー」なんて応じて直香がゼクの頭に手を伸ばそうとすれば、
「……なんだ、屈めばいいのか?」
 と、ゼクはごくごく素直に身を縮ませた。直香の手が、ゼクの頭を撫でる。
(誰かに撫でられるのなんていつ振りだ……)
 そんなことをぼんやりと思うゼクに、直香は言った。
「直香くんとお約束だぞー。帰り道はお手手繋いで帰ろうねー」
「手を? うん、それぐらい、構わないが?」
 物分かりのいいお返事に、逃げ道は断ったと直香は愛らしい口元に弧を描く。彼は、約束は違えないのだ。

 酔いの醒めた後、
「……都合よく記憶は飛ばないものだな」
 と痛む頭を抑えたゼクは、約束通りに直香と手を繋いで帰路についたのだった。

●我儘な勇気を
「美味しそうな紅茶だね。いい匂い」
 そう言って、『春酔い紅茶』を前にしたレーゲンは常から柔和なその表情を殊更に和らげた。彼は、『春酔い紅茶』の何たるかを知らずに今、信城いつきの傍らに腰を下ろしている。
(レーゲンが酔ったらどうなるか、内緒で飲ませてみようっと)
 というのがいつきの魂胆……というか、ささやかな悪戯心なのだった。何食わぬ顔をして、自身の紅茶――こちらは通常の紅茶である――を口に運ぶ。隣では、レーゲンも美味しそうに件の紅茶を口にしていた。ふと、いつきは思う。
(いや、一度桜で酔ったことあった。その時は……)
 と、過去へと飛ばしかけた思考は、唐突に破られた。レーゲンである。不思議な桜に酔わされた時と同じように、レーゲンはいつきの小柄な身体をぎゅーと抱きすくめていて。
「わわわっ!」
 思わず口から声が漏れるも、レーゲンはその整ったかんばせに蕩けるような幸せ笑顔を浮かべていつきのことを離そうとしない。
「れ、レーゲン! ちょ、ちょっと……!」
 何とかその柔らかな拘束から逃れれば、レーゲンはやはり幸福な夢の中を漂っているような表情で、それでも不思議そうにことりと首を傾げた。唇から息を逃がすいつき。頬が、自分はあの紅茶を口にしてもいないのに火照っている。今の抱擁は、何だかとても『特別』な感じがした。
「びっくりしたぁ……いや、俺のせいなんだけど」
 どきどきする胸を抑えながら軽く俯き零せば、今度は頭にレーゲンの手が伸びて。いつきの髪を、レーゲンの手が柔らかく撫ぜる。触れる温度は、常と変わらないけれど。
(でも、頭を撫でたりする動作も、俺に普段するのと違う)
 いつきはそれを、とても敏感に感じ取った。多分それは、目の前の青年に抱いている想い故に。レーゲンの手は、いつきの髪を撫で続けている。慈しむように、例えようもない優しさで。
(……もしかして、他の人と思ってる?)
 菫の運ぶ酔いに惑うたレーゲンの目に映っているのは、他でもないいつき、記憶を失う前の彼自身なのだが、それはいつきの知るところではない。だから、いつきは思う。今、レーゲンが自分に重ねているのは、レーゲンの心に住む大切な『誰か』なのではないかと。レーゲンが、思案の底に沈むいつきをそっと引き寄せる。優しく持ち上げられた顎。零されるのはきっと、口付けだ。
(もし、ここでキスされても……酔ってるから仕方ないよね)
 ぎゅっと目を瞑る。レーゲンの気配が、真っ直ぐに近づいてくる。唇に、唇が――。
「………………やっぱりダメ!」
 叫んで、いつきはレーゲンの身体を自分からぐいと引き離した。
「うー、酔わせた俺が間違ってましたっ、責任とって酔いがさめるまで面倒見ます!」
 宣言するも、レーゲンはそれでもやはり緑の瞳をとろんとさせて微笑み零すばかり。可愛い生き物を愛でる時のような、穏やかで愛情に満ちた表情だといつきは思った。
「ああもう! 色んな意味で危険なので、寝て下さいっ! はい、横になって!」
 テキパキとレーゲンをソファで横になるよう促すいつき。こてんとソファに身を預けたレーゲンはぎゅうといつきのことを引き寄せて、いつきの温度に誘われたように気持ち良さそうに眠りの中に落ちていった。レーゲンの温もりを近く近くに感じながら、ぽつり、小さな声でいつきは呟く。
「……本気で好きなんだよ」
 だから。
「酔いにつけこむんじゃなくて、本当の意味でキスしたいんだ」
 愛しい人の綺麗な寝顔に、いつきは想う。そして、大きな決断を下す。
(もう決めた。我儘でいいって言ったよね。我儘で行くよ。時がきたら好きだって告げるよ)
 胸に宿るのは、確かな覚悟。すやすやと心地よさそうなレーゲンの寝息だけが、いつきの耳をくすぐっていた。



依頼結果:大成功
MVP
名前:羽瀬川 千代
呼び名:千代
  名前:ラセルタ=ブラドッツ
呼び名:ラセルタさん

 

メモリアルピンナップ


エピソード情報

マスター 巴めろ
エピソードの種類 ハピネスエピソード
男性用or女性用 男性のみ
エピソードジャンル イベント
エピソードタイプ ショート
エピソードモード ノーマル
シンパシー 使用不可
難易度 とても簡単
参加費 1,000ハートコイン
参加人数 5 / 2 ~ 5
報酬 なし
リリース日 02月08日
出発日 02月15日 00:00
予定納品日 02月25日

参加者

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