プロローグ
キャンディニア王国では、少し前から一部マニアの間で、人気になっているアクセサリーがある。それは――。
「指輪?」
ウィンクルムは、その専門店の前で足を止めた。
ピンクとグリーンで彩られた建物には、大きく『LOVE』と書かれている。
「なにが『LOVE』なんだろうね?」
「だよなあ。……飴の指輪だろ? この国にしたら結構普通じゃねえのか」
バレンタインの時期だからか、ハートに彩られたショーウィンドウ。
そこには小人用、妖精用、そして人間用のサイズの指輪が並んでいた。人間世界でたとえるならば、デザイン的には、プラスチック製のものに似ているだろうか。
形はいたってシンプルで、色だけが鮮やかだ。
「赤はストロベロリーかな。青はソーダで、黄色はパイナップル?」
「残念! その黄色は、バナナなんですよ」
大きな店の中から、小さな店主が顔を出す。
「ようこそ『ラブ アクセサリー』のお店へ!」
「や、ようこそって……見てただけだから、俺達」
「なにをおっしゃいますか! ウィンクルムさんなら、このアクセサリーは十分楽しめますよ。ええ、それはもう!」
小人の主人はにこにこと手もみをしながら、同じく小人の店員に指示をして、人間サイズの指輪を持って来させた。
「どうぞ、はめてみてください!」
ずいっと出された指輪を、神人の方へと渡してくる。
「あ? まあ、はめるくらいならいいか」
神人はそれを受けとり、中指にはめようとした。しかし店主は「そこは違います!」と体をぴょんと跳ねさせた。
「愛の指輪といえば薬指ですよ!」
「ああ? めんどくせえな……って、これちょっときついな。本当に入るのか?」
「もちろんです、大丈夫ですよお客さま。ささ、ぐいっと!」
「あ、入ったじゃん」
横から見ていた精霊が、ぱしんと手を叩いた。その音と同時に、店主がにやりと口角を上げる。
「はい、お買い上げありがとうございます!」
「は? 俺買うなんて言ってねえけど! お前が付けろって言ったんだろ」
別にこれを買うのはやぶさかではないとしても、やり口が気に入らない。神人は、鮮やかな指輪をすぐに指から引き抜こうとした。しかし、だ。
「……抜けない」
店主がくすくすと笑う。
「最初に言ったでしょう? これはラブ アクセサリー。これをとかすには、パートナーの熱い舌が必要なのです」
「はぁ!? それって舐めろってことか!?」
「もちろん、愛が壊れるのを覚悟で、ハンマーで叩いてもらっても構いませんよ? ああ、さみしいうえに絵柄的に痛いですが、ご自分で舐めても構いません。でもこのラブ アクセサリーが売れている理由の一つは、恋人の指を舐めるための大義名分ができるから、というのもあるからだと、私は思っております。さあて、あなた達は、どうします?」
解説
相棒の指にはまって抜けなくなってしまった、キャンディーの指輪『ラブ アクセサリー』を外してあげてください。
店主推奨の外し方は、パートナーが舐めてとかす方法です。
でも、自分で舐めてもいいし、ハンマーで割っても構いません。
もちろんその他のどんな方法でもOK。
ウィンクルムの関係を崩さない形で、指輪を外せたら成功です。
(要は、割り方を理由にケンカをして、相互理解なく割ってはいけないということです。説得すれば大丈夫)
割る場合の道具は、店主が大抵のものは用意しています。
が、店主は舐めるの推奨派なので、貸し出しは相当渋ります。
なんとかしてください。
『ラブ アクセサリー』は無理やり押し付けられたものですが、残念ながらお値段をいただきます。
ひとつ200jr。
ひとりが付けてもいいし、ふたりでつけてもいいです。
ゲームマスターより
男性側ではお久しぶりです。瀬田です。
一応『ロマンス』にはしていますが、もちろんコメディでも構いません。
瀬田の傾向と対策については、マスターページに書いてありますので、よろしければご覧ください。
簡潔に言いますと、マスターおまかせの場合は、プランに☆で大丈夫! ってことです。
でもその場合は『かなりいじる可能性があるから、覚悟してね』ってことでもありますから、ご注意を。
あ、☆マークつける時は、コメディ希望とか、ロマンス希望とか書いてもらえると助かります。
その方向にもっていくようには、がんばります。
それでは甘いひと時? お楽しみくださいませ。
リザルトノベル
◆アクション・プラン
叶(桐華)
わぁお押し売りだー 甘いものゲットしたから僕は素直に嬉しいけどね うん?自分で舐めるよ? え、なに、舐めたかったの?やーん桐華さんのえっちー(けらけら) ん、苺味だ。桐華も舐めてみる?要らないの? お、取れた。うん、甘くて美味しかった さ、桐華、手貸して。左手だよ、左手 (アンウーの息吹にサラリスの涙を重ねて) 桐華も言ってたじゃない 指輪は、間に合ってるって この指輪は溶けてなくなったりしないよ 安心して、口付けるがいいー …これを付けてる以上は、僕を置いて消えることは許さないよ キスして、誓ってよ。僕を一人にしないって 今度は、ちゃんと言うよ 『お願いだから、僕に、君に出会わなきゃよかったなんて後悔、させないでよね』 |
初瀬=秀(イグニス=アルデバラン)
☆ロマンス希望 ……厄介なことになった…… なんでこんなもんうっかりはめたんだ数分前の俺 左手薬指に呪いでもかかってんのか(遠い目) とりあえず工具か何か借りて…… いや、確かにそうだが、待てここでか!? やめろ羞恥で死ぬ!精神が死ぬ!! せめて人目につかない場所でやれ!! な、なんか勢いに押し切られた感が…… まあ実際手は大事にしたいんだが あーもうほんとどうしてこうなった…… 変に抵抗して大騒ぎになるともう面倒なので とにかく人目につかない場所で好きにさせる ……やばい、人目がなくても普通に恥ずかしい くそ、頼む早く終われ……!(念) 外れたら速攻洗面所へ 手洗ってくるんだよ! ……くそ、顔赤いのばれてねえだろうな |
セラフィム・ロイス(火山 タイガ)
☆ ロマンス (ソーダ指輪を見) 幼い頃、近所のお兄さんに連れられていった夜店の指輪に似てる 家でつける事はできなくて(咎められる)いつの間にか無くしてしまったけれど… ばっ…飛躍しすぎだ。そんなのじゃないあんな根無し草 (告白の返事だってしてないのに。強いよね 本当にそうなんだ。…嬉しいと思う僕も…?) でも、ありがとう…(何とか目を見て微笑) 青く透けてて綺麗… て!?商売上手というか…はあ Σ駄目に決まってるだろ!?(赤面) そ、れは…。壊したくないからいい ……でも(買ってもらったのに。見ていたいのに) 本当? ?!だから舐めるのは…(真剣さと変な声だしそうで押し黙り) (考えない。タイガはただ純粋にやってるだけ) |
天原 秋乃(イチカ・ククル)
飴の指輪か。さすがはキャンディニア王国って感じだな で、なんで俺がお前の指にはめてやらなきゃいけないんだよ。自分でやれよ 似合ってるかなんて聞かれても、俺にはよくわかんねぇよ… イチカの薬指の指輪を見てると、気恥ずかしくなってきた もういいだろ外せ …抜けない?冗談言うなよ 舐めないと外せない!? じゃあ、イチカお前自分で舐めてとれよ …チッ、そうきたか。後で覚えとけよ…? 売り言葉に買い言葉でついつい舐めるのを選んだけど、なんだこの状況…すごく恥ずかしい… 余裕そうなイチカの表情もなんとなく癪に障る …いっそ指輪ごと指噛んでやろうか ……いや、こいつ俺がそういうことしたら喜びそうだからやめておこう |
柳 大樹(クラウディオ)
赤い指輪。 俺ら恋人関係じゃねーんだけど。 ウィンクルムが皆恋人とか思ってるなら大間違いだよ。 俺も成るまでそう思ってたんだけどさ。 舐めればいいんだよね。 クロちゃん行こうか。 まさか店先で実演しろって事は無いだろうし。俺は見られて喜ぶ趣味はねーし。 ん、やっぱ硬いか。(自分で軽く歯を当て確認 なかなか溶けない。ていうか、腕上げるのだるくなってきた。 そうだ。クロちゃん、舐める? 俺は気にしないけど。 前も言ったけどさ。 精霊ってイケメンだよね。 んー、つまり。 真面目なクロちゃんが舐めてるだけでも色気あるっていうか、背徳的ってヤツ? 俺は同性愛とかどうでもいいし、興味無いけど。 クロちゃんは? だと思った。 ね、まだかかる? |
●「クロちゃん、舐める?」
左手薬指にはまっている赤い指輪から、店主の顔へと視線を移して、柳 大樹はため息をついた。
「俺ら、恋人関係じゃねーんだけど。ウィンクルムが皆恋人とか思ってるなら、大間違いだよ。ま、俺らも実際ウィンクルムになるまでは、そう思ってたんだけどさ」
店主が小さな体をぴょこりと跳ねさせる。
「そうなんですか!? それは失礼しました……が、まあ、せっかくですから! ささ、ここはずいっと!」
何がせっかくなのかはわからないが、どうせこの店主は引きそうにないし。
「舐めればいいんだよね。じゃ、クロちゃん行こうか」
大樹はクラウディオの手を引いた。
飴自体にも店主にも害はないだろうからと口を挟まずにいたが、まさか舐めとかすことになろうとは。その行動にいったい何の意味があるのか。大樹の呆れ顔の意味が、クラウディオにはわからない。
「俺は見られて喜ぶ趣味はねーからさ」
「趣味?」
個室のある喫茶店でもあればと思ったが、店はどこも人でいっぱいのようだった。仕方がないと、大樹は狭い路地を覗き込む。大丈夫だ、誰もいない。道を曲がり、人ひとり通るのがやっとの隙間、建物の陰に身を滑らせた。前歯を甘い指輪にかちりと当てる。
「ん、やっぱ固いか」
ぺろりと舌先で舐めた。これをとかすにはなかなか根性がいりそうだ。このストロベリー味はタブロスのものよりも濃厚で、なかなか美味い。
最初はひたすら無心で舌を動かしていた大樹だったが、だんだん腕を持ち上げているのがだるくなってきた。無言で立っているクラウディオに目を向ける。
「クロちゃん、舐める? 俺は特に気にしないんだけど」
「……飽きたのか?」
「うん、そうとも言うね」
てろりと光る指輪に視線を落とし、クラウディオは、フードと口布を外した。やらねば大樹の指はこのままだ。たいして邪魔になるとは思えないが、万が一にも、任務に支障が出ては困る。
自分の物とは違う白い手をとって、指輪に口を寄せる。ウィンクルムの契約を結んだ際の口づけが、ふと頭をよぎった。今でも大樹の手には不釣り合いに見える、赤い文様。かつてはそこに唇を落とした。
猫が水を飲むように、ちろちろと舌を出して飴を舐める。しかしそれは、なかなか形を変えてはくれなかった。いっそ指ごとしゃぶってしまったらどうだろう。指先が喉につかえてしまうか。あるいは、もっと唾液がいるのかもしれないと考えていると、それまで黙っていた大樹が口を開いた。
「前も言ったけどさ、精霊ってイケメンだよね」
唐突な発言に、クラウディオが顔を上げる。
「……何が言いたい?」
「んー、つまり。真面目なクロちゃんが舐めてるだけでも色気あるっていうか、背徳的ってヤツ?」
「そうか」
「うん。まあ俺は同性愛とかどうでもいいし、興味もないんだけど。クロちゃんは?」
「そういった感情は、私にはよくわからない。それを持つことにより任務に支障が出るのであれば、私には不要だ」
断言し、クラウディオは再び指輪に挑む。この固い飴を、いったいどうしてとかそうか。思考はそれ一色である。うつむいた頭上では、大樹が「だと思った」と呟いた。
「ね、まだかかる?」
「かかる」
「……ねえ、クロちゃん。それ、かなり甘いよね。平気? あとでしょっぱいもの、食べに行く?」
「たとえば?」
「そうだなあ。おせんべいとか……ブラックコーヒー?」
でもキャンディニアにあるかなあと、大樹は空を仰いだ。鮮やかな青が眩しく、少しばかり目を細める。
「こんなとこで、指舐めて……やっぱなんか、背徳的」
●「いっそ指輪ごと、指噛んでやろうか」
「飴の指輪か。さすがはキャンディニア王国って感じだな」
緑の指輪を太陽の陽ざしに透かして持って、天原 秋乃は感心したように言った。その秋乃の前に、イチカ・ククルが手を差し出す。
「秋乃、早くはめてよ」
「なんで俺がお前の指にはめてやらなきゃいけないんだよ。自分でやれよ」
ほら、と渡してやろうとするが、それじゃないのだと眼前5センチのところまで、左手を寄せられた。嘆息まじりで甘い指輪をはめてやれば、イチカはいつも通りの笑みで問う。
「どう? 似合ってる?」
「そんなこと聞かれても、俺にはよくわかんねえよ……」
男の指に、玩具のように派手な緑の指輪。似合う以前に違和感がありすぎた。しかも自分がはめてやったものだから、なんだか気恥ずかしくなってくる。手をひらひらさせているのも目障りだ。
「もういいだろ、外せ」
「ええ? せっかく秋乃にはめてもらったのに、外すなんて、もったいないよ」
左手の角度を変えては眺めていたイチカは、少しだけ唇を尖らせた。わざと子供っぽい仕草でからかうと、秋乃がじろりとイチカを睨む。
「はいはい、外せばいいんでしょ……って……あれ? 抜けない」
「は? 冗談言うなよ」
「いやいや、僕嘘はついてないよ」
そこで、店主の言葉である。
「これをとかすには、パートナーの熱い舌が必要なのです」
「じゃあ、イチカお前自分で舐めてとれよ」
「じゃあ秋乃、後はよろしく」
言葉は二人同時に発せられた。秋乃の眉が露骨に寄り、イチカは笑顔で言葉の先を続ける。
「叩いて壊すなんてもったいないし、僕は本当のところ、この指輪が抜けないのは大歓迎だからね。だって、僕は秋乃の物だって証拠になるからさ。さあ秋乃、どうするか選びなよ?」
そうきたか。秋乃は舌打ちした。それはもう、思いっきり盛大に、である。
放置でもいいか? いや、でも「僕は秋乃の物」だなんてアピールでもされたら、正直うるさい、めんどくさい。
「後で覚えとけよ」
秋乃はイチカの手を乱暴に掴んだ。それを口元まで持ち上げて、薬指を睨み付ける。くっだらねえもの作りやがってキャンディニア。ってかなんで俺言うこと聞いてるんだよ。いっそ指輪ごと、指噛んでやろうか。あ、でもこいつ、そういうことしたら喜びそうだからやめとくか?
緑の指輪に唇を近づける。ぺたりとした硬質のメロン味を感じてすぐ、飴だけ割ってやろうと、がりと歯を立てた、が。……悲しきかな、指輪はびくりともしない。
――割れない!? これじゃ単なるキス……。上目使いにイチカを見れば、にやりと弧を描く口元が見え、一気に頭に血が上った。
「なんだよお前が舐めろって言ったんだろ!」
「うん、言ったよ。流されやすい秋乃のことだから、やってくれると思ったし」
「流され……!」
自覚しているからこそ、返す言葉がない。そんな秋乃の頭に、イチカの右手がのった。
「はいはい、落ち着いて」
髪を撫ぜられ、体が飴同様に硬くなる。
違うだろ俺! ってか撫ぜるなよ、いつもからかってくるくせに、そんな優しい手つき……! いや、優しいとか、違うし! 俺はもう、流されない!
「くっそ、やめだやめ!」
秋乃は叫びながら、イチカから体を離し、頭に触れる手を払いのけた。真っ赤な顔は、怒りか羞恥か、当人にもわかっていない。イチカがくすくすと笑い声を上げた。
「ああ、とても良い眺めだった。じゃあ後は自分でとかすことにするよ。僕は今の眺めで、十分満足したからね。あ……でもこれって」
「なんだよ」
「いや、大したことはないんだけど、間接キスだなあって思って」
「そんなこと、わざわざ言うなよ!」
秋乃は思いきり、イチカを睨み付けた。
●「というわけですから、舐めますね」
「……厄介なことになった……」
初瀬=秀は文字通り頭を抱えた。
「なんでこんなもんうっかりはめたんだ、数分前の俺! 左手薬指に呪いでもかかってるのか!」
声を上げながら、今はあからさまに怪しく見える、ピンク色の飴の指輪を睨み付ける。
「秀様、抜けないものは仕方ありませんから外しましょう! 現実から逃げないで!」
イグニス=アルデバランは項垂れてしまっている秀の頭上から語りかけた。穏やかな声音を、周囲の人間は彼の優しさだと感じるだろう。しかし今イグニスは、商売上手の小人が与えてくれた状況に、歓喜と興奮を押さえこめずにいた。頬は紅潮し、声のトーンだって、いつもより浮ついている。
これは上手くすれば、秀様の指を舐めるという大チャンス……! これを! 逃すわけには! ――である。
「とりあえず工具か何か借りて……」
秀はにんまり笑っている店主に目を向けた。店なら何かしらの道具ぐらいおいてあるだろう。しかしイグニスが、その肩にそっと手を置き制止する。
「ダメですよ割ったら! うっかり手が滑って怪我したら、一大事じゃないですか! 喫茶店の仕事ができなくなってしまいますよ」
「それはそうだが……」
「ですよね! というわけですから、舐めますね。大丈夫ですから、お任せを!」
イグニスが白い指で、秀の手首を掴む。
「待て、ここでか!? やめろ羞恥で死ぬ! 精神が死ぬ! せめて人目につかない場所でやれ!」
とっさに叫んだ秀の言葉に、イグニスはあっさりと手を離した。そして……にこりと頬笑む。
「それは、人目がなければOKということですね?」
「え? ……いや、おいっ!」
店の奥を借りようとしたら、部屋は小人サイズということで、猫の額ほどの広さの庭に通された。道路からは見えなくても、店からは丸見えなんだがと思わないでもない。しかし抵抗して大騒ぎになるのは面倒と、きらきら眼のイグニスに、すべてを任せることにした。
「万が一にでもお怪我のないように、気を付けていただきます」
「いた、いただく?」
動揺する秀をスルーして、イグニスは再び彼の手をとった。左手を両手で掴み、深く一礼。ピンクの指輪がはまる指もとに、そっと唇を寄せる。いずれはここに本物の指輪を――! 思いながらぺろりと舐めれば、ピーチ味だ。
飴を舐めるイグニスの表情は、秀には見えない。舐めているのは指輪であるから、舌の感触も当然ない。しかし自分の手掴んだイグニスが、そこに顔を伏せているという状況自体が恥ずかしい。邪魔になったらしい横髪を、耳にかける仕草が……。っておい、やめろ!秀は目を瞑った。ひたすら早く終われ、終わってくれと念じる。しかし飴をとかすのは、時間がかかる。しばらくは耐えていたが、もう限界だった。
「イグニス、噛め!」
「しかし秀様」
「いいから!」
イグニスは視線を上げた。真っ赤な顔の秀が、ぎゅっと目を閉じている。早く終わらせたくて仕方がないのだろう。自分としてはもっと楽しみたいのだけれど。
――仕方ありませんね。
秀の指を傷つけないように気を付けて、ゆっくりと歯に力を込めていく。熱心に舐めていたお蔭で、飴はぱりん、と小気味よい音を立てて割れた。
「よしっ!」
声と同時、引かれる手のひら。秀はすぐにイグニスに背を向ける。
「あれ、秀様、どちらへ……?」
「手、洗ってくるんだよ! 飴とお前の唾液でべとべとだからな。店主、洗面所を貸してくれ!」
颯爽と歩きながら、秀は右手の甲を、頬に当てた。熱い。
「……くそ、顔赤いのばれてねえだろうな」
「うーん、照れているんでしょうか? しかし秀様の素敵なお顔は、心にきっちり保存しましたからね」
口の中には、ピーチの飴が残っている。その小さな欠片を舌先で転がしながら、イグニスは、穏やかに微笑んだ。
●「なんとかするから、任せてくれ」
セラフィム・ロイスは、手のひらの上に載せた、青色の指輪に視線を落とした。
「幼い頃、近所のお兄さんに連れられて行った夜店の指輪に、よく似てる。家の人が怒るから、家で付けることはできなくて、いつの間にかなくしてしまったけれど……」
懐かしそうな声音に、火山 タイガは、彼が思いだしている人を想像する。お兄さんと言うことは、セラより年上で……どんなヤツだ? そんな昔のことを今更言いだすなんて。
「……もしかして、好きだった?」
思わず問えば、セラフィムはぱっと顔を上げた。
「ばっ……飛躍しすぎだ。そんなのじゃない、あんな根無し草」
悪態をつくのは、信頼の証というのを、タイガは知っている。そして、セラフィムは想いを素直に言葉にするのが、苦手だということも。だからこそ、彼の代わりに、店主に指輪の代金を支払った。
「いいよタイガ。ここは自分で……」
「気にすんなよ、セラ! 恋人に指輪贈るってやっぱ憧れだし! いつか本物も贈りてぇな」
不安は笑顔に隠し、明るい本心だけを言葉にする。へへ、と笑うと、はにかむセラフィムと目が合った。
「ほら、はめてやるから」
「ありがとう」
大きな緑の目を見つめながら、セラフィムは、タイガの強さに感心する。
――告白の返事をしていない僕にも、タイガはいつもどおり接してくれる。そのことが、とても嬉しいんだ。
そう思うってことは、僕もタイガを……? と。ちらりと思いはするが、さすがにこれは、本人には相談できない。
タイガの手によって、指にはまった飴の指輪。空と同じ青色を、セラフィムはじっと見つめた。そこに、店主の衝撃の告白だ。
「これをとかすには、パートナーの熱い舌が必要なのです」
「えっ……」
固まるセラフィムの手を、タイガはすぐさま両手で取った。真顔、である。
「舐めていい?」
「駄目に決まってるだろ!?」
叫ぶセラフィムの両頬は、真っ赤に染まっている。しかしタイガは手を離さない。
「えーっ、こんな機会めったにねーじゃん! 自分で舐めたりハンマーで壊すなんてできないだろ」
「舐めるくらいはできる……っていうか……壊したくないから、いい」
その言葉に、今度はタイガが固まった。
壊したくないって、それって……。っていうか。
「……人に聞かれねえ? その指輪、どうしたんだって」
「……でも」
セラフィムが、悲しそうに口をつぐむ。手元の指輪を彼が望むのは、かつての『お兄さん』を思ってのことか、それともタイガからのプレゼントだからか。タイガにはわからない。
俺が買ってやったからって思ってくれたら嬉しいけど……いや、それより、セラが寂しそうなのが、一番の問題だ。
ありがとうって言ってくれた、あの笑顔を俺は守りたい。
「――わかった。なんとかするから、任せてくれ」
「本当?」
セラフィムの瞳が輝く。タイガは首を一度縦に振ると、相棒の白い左手、その薬指の根元を、ぺろりと舐めた。
「だ、だから舐めるのは……!」
手を引こうとするセラフィムの手を、タイガがぎゅっと掴む。
「壊さない。指輪のサイズを広げるだけだから」
「で、でも……っ!」
セラフィムは唇を噛みしめた。そのうちにタイガがまたうつむいて、手に甲に顔を寄せていく。頬が熱い。恥ずかしい。タイガはただ、純粋な気持ちでやっているだけなのに。
唇が触れるまであと10センチ……5センチ……3センチ……。
ああ、でも!
「タイガ、やっぱり……!」
右手で、タイガの肩をぐっと押す。
「ほら……血が止まるほどきついわけじゃないし、飴だし、きっと、そのうち溶けるから……」
「……セラがいいなら……いいけど」
真っ赤な顔、かつ潤んだ瞳で言われてしまっては、タイガとしては引くしかない。
爽やかなソーダ味の指輪は、セラフィムの白い肌の上で、きらりと輝きを放っていた。
●「桐華も舐めてみる?」
小人の店主に『ラブ アクセサリー』を差し出されても、桐華は一切の表情を変えなかった。
「指輪なら、間に合っている」
指にはめた『アンウーの息吹』を店主に見せる。こんなもの、いくつも身につけるものではない。しかし傍らで、叶は嬉々として、キャンディニア製の赤い指輪をはめていた。「おい、お前もはめてるだろう『サラリスの涙』」と言いたくなる。しかも菓子の指輪が、とれないときたものだ。
「わぁお、押し売りだー」
「って、どーすんの、それ」
「ん? 甘いものゲットしたから、俺は素直に嬉しいけどね。大丈夫、とれないなら自分で舐めるし」
叶はそう言って、唇から舌をちろりと出した。手の甲側から赤い飴を舐めようとし――はたと動きを止める。紫色の瞳が捕らえたのは、相棒桐華の赤い眼差し。
「ずっと見てるけど、もしかして舐めたかったの? やーん、桐華さんのえっちー」
けらけらと笑う叶。アルコールでも入っているのかと思うほどご機嫌だ。そんな叶の言葉を、桐華は真顔で一刀両断、切り捨てる。
「そんなもん期待してないから」
「ふーん、それなら僕、舐めちゃおっと」
再び伸びた、紅い舌。それは器用に、白い指の飴の部分だけに絡みつく。
「ん、苺味だ。ほんとにいらないの?」
「いらねえよ」
……どうせ本気で、舐めさせようなんて思ってないくせに。俺がしないとわかっていて、聞いてくるんだ、こいつは。
件の指輪の店の前。憮然としている桐華の横を歩きながら、叶は熱心に飴を舐め続けた。最後はかり、と歯を立てて、苺飴は叶の口内へと消える。
「甘くて美味しかった」
「そりゃよかったな」
「うん。じゃあ今度は、桐華の番ね。さ、桐華、手貸して。左手だよ、左手」
「左手?」
訳がわからないままでいると、手首を掴まれ、持ち上げられる。そのとき桐華は、本来なら叶の指にあるべきものが、なくなっていることに気付いた。
「お前、指輪は……」
「ここ」
叶はいつの間に外したのか、右手の人差し指と親指で、それを持っていた。桐華の『アンウーの息吹』とペアとなる『サラリスの涙』。それを叶は、桐華の薬指に、ゆっくりとはめていく。
「……なに、してんの?」
「なにって……桐華も言ってたじゃない。指輪は間に合ってるって。この指輪は、とけてなくなったりしないよ。だから、安心して口づけるがいいー」
「……そういうことはな、渡すときに言え」
桐華はその場に、片膝をついた。恭しく、叶の左手に触れる。道行く人が足を止めるが、知ったことではなかった。
「俺はお仕着せじゃなく、お前を守るつもりで契約したんだ。拾った野良神人が、予想以上に性格悪くて、辟易したけどな」
「その言い方! ひどいなあ」
いつもの声音、笑う口元。しかし、目だけが真剣だ。桐華が、叶の手を握る。頭上で、細く息を吐く音が聞こえた。
「……これを付けてる以上は、僕を置いて消えることは許さないよ」
「……責任はとるさ」
「キスして、誓ってよ。僕を一人にしないって。今度は桐華本人に、ちゃんと言うから」
語尾が、わずかに震えている。続く言葉も、また。
「お願いだから、僕に、君に出会わなきゃよかったなんて後悔、させないでよね」
桐華の脳裏に、夏の日の記憶がよみがえった。
大切な人に変化する式神を桐華に変えて、同じ台詞を告げていた叶。あのとき俺は、なんと言った?
覚えている。あの日のことは、叶の涙まで、全部。
「今度は『くだらない』なんて言わない。守らせろとも、もう言わない。お前を置いて消えたりしないから、安心して傍にいろ。叶」
桐華が、叶の左手に唇を押し付ける。二度目の誓い。叶は、くしゃりと顔をほころばせた。
依頼結果:大成功
MVP:
名前:叶 呼び名:叶 |
名前:桐華 呼び名:桐華、桐華さん |
エピソード情報 |
|
---|---|
マスター | 瀬田一稀 |
エピソードの種類 | ハピネスエピソード |
男性用or女性用 | 男性のみ |
エピソードジャンル | ロマンス |
エピソードタイプ | ショート |
エピソードモード | ノーマル |
シンパシー | 使用不可 |
難易度 | 簡単 |
参加費 | 1,000ハートコイン |
参加人数 | 5 / 2 ~ 5 |
報酬 | なし |
リリース日 | 01月29日 |
出発日 | 02月04日 00:00 |
予定納品日 | 02月14日 |
参加者
会議室
-
2015/02/02-20:03
お顔馴染みさんお揃いでうっかりを装って現場目撃しちゃいたい欲求も無きにしも非ずだったりする僕です。
そんな感じで毎度おなじみ叶と愉快な桐華さんだよ今回も宜しくねー。
店員さんの圧力を跳ね返して僕は一人で寂しく飴を舐めると思う。
だって甘いんでしょ?美味しいんでしょ?
食べなきゃそーん。 -
2015/02/02-14:30
全員顔見知りだな。初瀬とイグニスだ、よろしく。
まあいくらなんでも店先で舐める事態にはならないでほしいが……
どのみち買い上げなんだからそのまま家帰って割ればいいと思ったんだがな、
こう、圧を感じる気がする(溜息)
まあ時間被らないと思いたいがお互い見なかったことにしような? -
2015/02/02-00:16
どうも、僕セラフィムとタイガだ。皆、顔なじみだね。よろしく頼むよ
大樹と叶は2連続一緒じゃないか。こういうのも珍しい気がする
さて、厄介なことになったけどどうするか・・・
店先で舐めるのは勘弁してほしいな。せめて個室とか人の目がないならいいけど
(いや、それも居辛いか・・・?)
とりあえず、頑張るよ -
2015/02/02-00:03
初めましての奴はいないな。どうも、天原秋乃だ。よろしく
飴の指輪…か。俺としては、外せないなら叩き壊してしまえばいいって思うけど、そうはいかない、いかせないっていう何かの力を感じるな……
ところで、これって指輪をつけるのは神人・精霊どっちでもいいんだよな?
それじゃダイスに決めてもらおうかな。偶数なら俺、奇数ならイチカがはめるってことで……
【ダイスA(6面):5】 -
2015/02/01-10:58
やっほー。
顔馴染みばっかだね。ご存知のとおり柳大樹でーす。
よろしく。(右手をひらひらと振る
飴の指輪ねえ。
まさか店の前で舐めろって訳じゃないよね?