プロローグ
●リア充一押し☆
「やあ、A.R.O.A.の諸君。愛を育んでるかい?」
軽い口調でアーサーは言った。
アーサーはバレンタイン地方を治めるバレンタイン伯爵の息子、すなわち王子である。
彼の、まさに王子然とした容姿は見る者を魅了する。流れるようなブロンド、抜けるような白い肌。極めつけの大きな青い瞳はどこまでも吸い込まれてしまいそうだ。
これだけの美形であれば、さぞかし求愛されることの多い人生を送ってきたのだろう。「デートスポットもいいけどね、もっと面白いところを知っているよ」と紹介を始める彼の言葉には経験に裏打ちされた自信がにじみ出ていた――。
●妖精に変身!
「ようこそいらっしゃいました、ウィンクルムの皆さん」
長老は深々と頭を下げたので、彼の小さな身体はさらに小さくなった。
ここはショコランドの外れにあるシロップの谷。
妖精たちがひっそりと暮らすのどかな土地だが、一方でショコランドでは人気の観光スポットでもある。
「そら、お前たち。あれを持っておいで」
背丈が数十センチほどしかない妖精たちが四人がかりで運んできたのは、パイ生地でできたバスケットだ。
丁寧に編まれた可愛らしい造りに加えて、パイ生地特有の香ばしい香りが漂うと、ショコランドの外からやってきたウィンクルムたちは物珍しさに沸き立ってしまう。
「ほっほっほ。外の方は反応が新鮮ですなぁ。しかし、驚いていただくのはこれからですぞ」
そう言って長老はバスケットの上をふわりと飛んだ。長老と呼ばれるだけあって顔の皺からかなりの老齢であることが窺えたが、そんなことを感じさせないしなやかな飛び方であった。
長老は宙返りや二回転捻りなどのアクロバティックな技でウィンクルムたちを魅了し、飛びながら尻文字を描くお茶目を挟みながら、最後にバスケットにかけられた布――実はこれも水飴でできていた――をそっと掴んで取り去った。
バスケットの中に入っていたのは飴玉の山だった。飴玉はずっと眺めていたくなるような澄んだ半透明の緋色をしている。宝石をも思わせる美しさだが、宝石と違うのはその形状だ。飴は一つ一つが数字の『8』を立体に膨らませたようなひょうたん形をしていた。
「これが『フェアリードロップ』です。玉が二つくっついたみたいなおかしな形をしておるでしょう。
これをですな、このように玉同士を切り離すように二つに割るのです。……そう、割れましたかな。できたら食べてみてください。ええ、普通の飴玉と同じように舐めればよい」
ウィンクルムたちは各々二つに割ったフェアリードロップを舐め始めた。
すると――なんということか。ウィンクルムたちの身体がみるみる縮み始めたのである。
時間の経過とともに身体の縮小は早くなり、長老と同じぐらいの背丈まで縮んだところでぴたりと止まった。
事前に話を聞いていたとはいえ、ウィンクルムたちは未知の体験に慌てふためいた。しかし、その驚きも束の間、ウィンクルムたちの背中にくすぐられるようなむず痒い感覚が走った。
「さあ、いよいよですぞ」
長老の言葉に後押しされたのか、ウィンクルムたちの背中からは蝶を思わせる流線型の羽根が生え始めた。蛹が羽化するように少しずつ各人は大振りの羽根を広げていく。
ついに羽化を完了したウィンクルムたちの背には鮮やかな模様がはためいていた。
「おめでとうございます。これで皆さんも少しの間ではありますが、我々と同じく、空を駆ける術を手に入れたのです」
フェアリードロップ――それは摂取することで妖精の如き身体になる摩訶不思議の飴である。シロップの谷でのみ精製される門外不出の飴は谷を出ると効力を失う。そのため、この地は小人などの非妖精の種族が妖精気分を味わうことのできる観光地として栄えていたのだった。
「大丈夫、小人じゃなくても害はありませぬ。現にアーサー王子もお連れの方『々』とよくお忍びでいらっしゃるぐらいですからな。ええ、とてもお綺麗な方々ばかりで……おっと」
バレンタイン家のスキャンダルについては聞き流すことのできるウィンクルムたちだった。
「うぉっほん……。え、ええと……、残念ながら眼下のチョコレートビスケットの森は瘴気に蝕まれておりますが……。空をご覧なさい、わたあめ雲は無事です。さあさ、自由に空の散策を楽しんでくだされ」
解説
●概要
妖精になって空の散歩を楽しみましょう。
なお、フェアリードロップや移動の費用で一組様につき、600ジェールをいただいております。
●フェアリードロップと妖精
妖精になってしまう不思議な飴、フェアリードロップ。
舐めることで妖精のサイズまで縮み、羽が生えてきます。
サイズは二十センチ程度です。
羽のタイプは蝶です。模様は人それぞれ異なり、法則性はありません。
●飛行
蝶と同じように羽を羽ばたかせることで飛ぶことができます。
平均的な運動神経を持つ人であれば五分から十分も練習すれば自在に空を駆けることができるようになります(運動音痴の人はそれ以上の時間を要することもあります)。
●場所
今日は晴れ渡る青い空です。
後述するわたあめ雲が浮かんでいます。
今日の風はやや強め。流されることもあるかもしれません(ただし迷子になることはありません)
普段ならビスケットでできた幹にチョコレートの葉が繁った木の群生地『チョコレートビスケットの森』の散策もできるのですが、現在は瘴気に蝕まれ黒く染まっています。
●わたあめ雲
空に浮かぶ、ふわっふわのわたあめでできた雲です。
身体が妖精サイズに縮んでいるので、大きく分厚い雲なら身体を預けることもできます
一応、食べることができます。絶品、とまではいきませんがタブロスの市販製品程度には美味しいようです。
●ご安心を
・羽は不思議な特性を持つため、身体から物理的に生える一方で服を破らず通り抜けるように外へ露出しています
・二時間経つと全てが元通りになります。身体が縮んだこと、羽が生えたことによって身体に傷や傷跡を残すことはありません
ゲームマスターより
めったにできない体験って心拍数もあがってドキドキしちゃいますよね。
しかも妖精に変身だなんて女の子好みのメルヘンチック。
これはロマンスが生まれても仕方ありませんね!
……アーサー王子はいずれの方ともお友達らしい清い交際をしています(フォロー)。
リザルトノベル
◆アクション・プラン
リチェルカーレ(シリウス)
モンシロチョウの羽 面白そうに羽を眺め震わせて 最初はひとりで飛ぼうと練習 上手く飛べず 飛び立った瞬間風に流されてしまう くるりと回った体が何かに受け止められて 目をぱちくり 誰の腕の中にいるのか気づいて真っ赤に 「…ありがとう」 差し出された手をそっと握る 少し骨張った大きな手にどきどき そんなこと全然思わない この手は皆を…私をいつも守ってくれる手よ 私、あなたの手 大好きだわ 彼の手を包み込むように両手で握って けれど呆気に取られたような彼の顔に 口走った内容に気づく 恥ずかしさに手を離そうとするも 握られた手に思わず相手の顔を見つめる …赤く、なってる? はにかみながら 小さく頷く こうしていたら、迷わないわ |
八神 伊万里(アスカ・ベルウィレッジ)
すごい、本当に羽が生えてる…(くるりと回って …は、反則って何が? 最初は上手く飛べずにもたつくが 先を行く精霊を追いかけるうちになんとか飛べるように アスカ君待ってよー! 急いで追いつこうとしてバランスを崩し雲にダイブ あ…ありがとうアスカ君 冷静に考えると飛べるんだから支えてもらわなくてもと思い至り 恥ずかしくなって離れようとするが引き止められる どうしたんだろう、アスカ君不安がっている…? 宥めるように背中を撫でる 分かった、それでアスカ君の不安が少しでも取り除けるなら… 私はいつでも傍に居るから もう二度と、家族を失わせたりしない 今は気が済むまでこうしてていいよ 落ち着いたらまた空中散歩しようね、きっと楽しいよ |
楓乃(ウォルフ)
●飛行練習 あまり運動は得意では無いのよね…。 もう皆どんどん飛び始めているのに…。 でも意外。ウォルフは運動神経いいからすぐ飛べちゃうかと思ったわ。 ●飛行 あ!飛べた!飛べたわ!! ふふ。よかった。一緒に飛べて。 (ウォルフの両手をとって微笑む) あ…。 そうね…。雲の所に行きましょう。 (移動中も辺りの景色に大興奮) ●雲 きゃ~!もっふもふね! 一度でいいから雲に触ってみたかったの! この雲はちょっと薄そうね。あっちの雲なら…。 本当に雲の上で寝れちゃった。 雲の上から雲を見るなんて変な気分。 あ、チョコレートビスケットの森が…。 早くこの世界を救いたいね…。 私に…何ができるの…かな。 ね…、うぉるふ…。(動き疲れて眠る) |
アンダンテ(サフィール)
いつか空を飛んでみたいって思ってたの こんな形で叶うなんて嬉しいわ 飛んでいるとベールが落ちちゃいそうね なくしちゃうと困るから全部閉まっておこうかしら あ、気づいた? 結構日がでているし、今だと赤とかそのあたりかしら まあ、サフィールさんたらお上手ね! でもすごく嬉しいわ、ありがとう 変なのって言われる事も結構あるけれど…これが私だもの そういえばサフィールさんの髪の色もあまり見ない色よね? まあ、可愛い名前があるのね! ふふ、また一つサフィールさんの事に詳しくなれたわ あら、結構風が強くなってきたわね 逸れないように手を繋がない? たとえ流されちゃっても、二人一緒ならきっとなんとかなるわ だから、離さないで |
アウローラ(ヴィノール)
すごいわね、まさか妖精になれるなんて… な、なによ。いいじゃないはしゃいだって 飛ぶ練習 あっちこっちにふらふら 結構難しいわね… えっ、もう飛べるようになったの!? だ、誰が鈍くさいですって? 必要ないわよそんなもの! 教えて貰えばよかったんだろうけど あの状況で素直に教えてって言うのは私には無理 1人で自由自在に飛べるようになってあっと言わせてやるわ …あ、やばい。結構流されちゃったかも ふらふら飛んでたら風に流され一人 元の場所に戻れるか自信がなく不安 いや、私結構流されたし偶然通りかかる場所じゃないようないと思うんだけど… 貴方も案外可愛い所あるのね …えーっと、飛び方のコツ、教えてくれる? それは早く忘れて! |
●目映さの理由
眩しい、とリチェルカーレは思う。
シリウスは早々にこの新たな身体に慣れたようだった。複雑な軌道を描いて空を飛び回り、さらに練度を高めようとしている。
彼に生えた羽はカラスアゲハのそれによく似ていた。ラメのように星々を描いて光る青緑が眩しくて、リチェルカーレは思わず腕で覆いをしてしまう。
目を閉じ、彼の光が入ってこない位置まで移動すると、リチェルカーレは一つ深呼吸をした。そうして己に生えた、モンシロチョウを思わせる羽をぷるぷると震わせた。
さあ大空へいざ羽ばたかん――としたいのだが、彼女が空に舞うことはなかった。あと一歩、というところなのだが、どうしても後ずさりしてしまう。
「迷いがあるのかな」
口を『へ』の字にしつつ、自問するリチェルカーレ。
そうだ、迷っているから進めないのだ、迷いなどないつもりで挑めばきっと大丈夫に違いない、今なら飛べる――。
自己暗示をかけ、彼女は空のシリウスめがけて飛び出した。
今までと違い、羽の震えはなかった。白の両翼が勢いよく開き、リチェルカーレの身体はふわり空に舞った。
「あはっ! 見て、シリウス! 私も、飛んで――」
その瞬間、大きな風がリチェルカーレを襲った。
「きゃあぁぁぁ!」
彼女の小さい身体は風の勢いに負けて、ぐるぐるとあらぬ軌道を描いた。
恐怖のあまり、羽を動かすこともできない。このままでは森に墜落する――そう思ったその時。
「リチェ!」
彼女の体のあらゆる方向にかかっていた力が、何かに受け止められてなくなっていた。
リチェルカーレはわけがわからず、目を一つぱちくりさせた。
その様子がおかしかったのだろうか、眼前のシリウスが笑みを一つ零していた。
「……え、シリウス?」
そう、シリウスが目の前に、いる。
そこで彼女は自分が彼の腕に抱えられていることにようやく気付いたのだった。
「あ、あぁぁぁ……!? あ、あの……!」
先ほどまでの恐怖は消え失せ、代わりに今は恥ずかしさが彼女を支配している。
「まったく……、目が離せない」
「ご、ごめ――ううん、ありがとう……」
「掴まれ」
「え、ええ」
彼の手を包み込むように両手で握ると、少し骨張った大きな手に、鼓動が加速するのを感じる。
自分の心音が伝わってしまうのが恥ずかしくて、リチェルカーレは手を薄く握りなおしたのだが、「……気持ちが悪いか?」と、シリウスはそれを嫌悪と捉えたようだ。剣のための固くなった傷だらけの手だからな、と彼は自嘲気味に付け加えた。
「そ、そんなこと全然思わない! この手は皆を……私をいつも守ってくれる手よ……!
私は、あなたの手、大好きだわ」
心からの言葉を一通り言い切ってしまうと、リチェルカーレは自分の頬がより一層赤く、熱くなるのを感じた。
自分は何てことを口走ってしまったのか。
消え入りたくなる羞恥にリチェルカーレは押しつぶされそうになったが、そうならずに済んだのはシリウスが彼女の手をそっと――しかし力強く――握り直したからだ。
「……迷子になられると、困るからな」
そうやって彼女から視線を外して答える彼の顔は――
(赤くなってる?)
リチェは嬉しくなった。彼もまた自分と同じであることがわかったからだ。
「そうね。こうしていたら――迷わないわ」
まっすぐ見つめる瞳と、包んだ手の暖かさ。
眩しい、と彼は思う。
それは、彼女の羽が真っ白だから……ではない。
●ちくり
「あ! 飛べた! 飛べたわ!」
きゃっきゃとはしゃぐ楓乃の姿に、ウォルフは安堵した。そして一息ついてから、
「お、オレも飛べたみてぇ」
と、さも初めて飛べたように振る舞った。
「ウォルフは運動神経いいから、すぐ飛んで置いていかれちゃうかと思ったわ」
「ま、まあこういうこともたまには、な」
無邪気な楓乃の台詞がウォルフの心に『ちくり』。
彼は妖精の身体になるや否や、すぐに飛行のこつを掴んでいたが、わざと飛べないふりをして楓乃の練習に付き合っていたのだった。
「ふふ、良かった、一緒に飛べて」
そう述べた楓乃は、ウォルフの両手を抱えるように取った。
(っ……)
ウォルフは少し前から彼女との接触を意図的に避けている。
練習に付き合っている間はまだしも、彼女が飛べるようになった今、彼女の手を握る理由をウォルフは見つけることができない。
ウォルフは彼女の手をできうる限り丁重に放した。
「あ……」
「ホラ、さっさと雲んトコ行くぜ?」
ウォルフは上空に浮かぶ雲の一つを指さして言った。
「そう、ね……。……行きましょう」
また、彼の心に『ちくり』が一つ。
「きゃ~! もっふもふね!」
楓乃はようやく届いたわたあめ雲を触りながら喜んだ。
適当な厚さの雲を見つけた二人は羽ばたくのを止め、飛び込むようにその雲に体重を預けた。
「うふふ、本当に雲の上で寝れちゃった……!」
「ああ。なかなか出来ることじゃねぇよ」
わたあめ雲はべとつくこともなく、二人を優しく包み込んだ。まるでふかふかのベッドに身体を預けた時のような心地の良さだ。
「……ま、味はそこそこだけどな」
文字通り味わってみたウォルフの評価は厳しくも正しい。
「美味しいわたあめはきちんとしたお店にいかないとだめなのね……。
あ、見て、ウォルフ! チョコレートビスケットの森が……」
雲からはみ出すように顔を出した二人は、チョコレートビスケットの森の惨状を目の当たりにした。
美しいハーブチョコレートの葉の色も、ざわめきも、今は見る影もない。ボッカたちオーガの影響によって瘴気に蝕まれた森からは、時折風にのって、すえたにおいがこの上空まで届いていた。
「早くこの世界を救いたいね……」
「ああ……。そうだな。早く何とかしないとな」
「私に……何ができるの……かな。
ね……、うぉる、ふ……」
楓乃の言葉が段々と小さくなっていったので、ウォルフは慌てて楓乃を見やった。
「楓乃? ……寝たのか」
運動が不得意な楓乃が珍しく身体を動かしたのだ。その疲れが出たのだろう。
小さな寝息を立てて眠る楓乃をじっと見つめるウォルフ。
途中、彼女の前髪が乱れていることに気付いた彼は、彼女を起こさないようにそろりそろりと指先を動かして前髪を整えた。
(これで良し、と)
前髪以外にも問題はないかと視線を滑らせると、楓乃の形の良い唇がウォルフの目に入った。
入ったまま、離れない。
呼吸のたびにかすかに揺れる唇。
ウォルフは居ても立ってもいられなくなり――
「……って! オレ、何考えてんだ……!
つーかもう時間もねぇし! さっさとコイツ連れて下りねぇと……」
――時間が迫っていることに――居ても立ってもいられなくなったウォルフは、一目散に地上に降りていく。
気持ちよさそうに眠る楓乃を抱き抱え、腕の内の充足感と三度目の『ちくり』を携えて。
●君と僕の色の距離
空を飛ぶ。誰もが一度は願う夢だ。
「こんな形で叶うなんて嬉しいわ」
彼女のうきうき気分がベール越しに伝わってきそうだと、サフィールは微笑ましくなる。
サフィールはアンダンテと早速飛行の練習を始めた。
二人とも妖精に縁があったのか、数分もすると足が地上を離れたままになった。
「調子がいいですね。もう行けるんじゃないですか?」
「そうね! じゃあ――あ、飛ぶとベールが落ちちゃいそうね。なくしちゃうと困るから全部仕舞っておこうかしら」
アンダンテは頭に向かって持ち上げるようにしてベールを外し、しばらくぶりにその容貌をさらけ出した。
目鼻立ちははっきりしているが、どこか慎ましさを感じる造り。肌の白さは目に痛いくらいだ。眉にかかる前髪は細く、空気の流れに乗ってしなやかに揺れている。
普段見る機会が少ない分、神経を研ぎ澄ませてサフィールはアンダンテを観察する。もちろん、そうとわからないよう、瞳に一瞬写した像を強く、脳裏へと浮かべるのだ。
ただ、彼の視線はアンダンテの瞳に止まったまま動くことなく、数秒が経過していた。
「……あれ?」
彼の視線が止まったのは彼女の瞳に違和感を覚えたからだ。初めは気のせいかとも思ったが、直感がそう言っていない。
数秒凝視すると、サフィールは、あぁ……、と気の抜けた声を漏らした。
「あ、気付いた?」
アンダンテはいたずらっぽく微笑んで言った。
「不思議な光彩ですね」
サフィールの抱いた違和感の正体は瞳の色だった。前にサフィールが見た彼女の瞳は黄色や黄金色の系統だったが、今の彼女は橙色や赤色の系統だった。
「結構日がでているし、今だと赤とかそのあたりかしら」
「普段が宵闇の月の色だとしたら、今は夜明けの色でしょうか。綺麗だと思います」
「まあ、サフィールさんたらお上手ね!」
口元に手を当ててアンダンテはころころと笑った。
「でもすごく嬉しいわ、ありがとう。
変なのって言われることも結構あるけれど……これが私だもの」
その話はそれきりだった。アンダンテが促すように飛び立ち、サフィールもそれを追って空へ羽ばたいて、二人はいよいよ大空にデビューしたのだった。
サフィールとて空を飛ぶ体験には強い関心があった。だが今の彼の心はこの空と違い、晴れ晴れとはしていない。
こういう時に限って風も穏やかだった。先行するアンダンテの飛行も好調だ。サフィールとの距離はわずかではあるが離れつつある。
「ストロベリーブロンド」
「え?」
だから彼は彼女を止めるのに効果的であろう言葉を選んだ。その目論見はあたり、彼女は加速をやめ、ぴたりと空中で静止し、サフィールに振り返った。
「俺の髪の色ですよ」
「へえ……、可愛い名前があるのね」
「可愛……。まあ、そういう見方もありますね」
アンダンテの瞳がどういう見方をされていたのか、語る術も問う術も今のサフィールにはない。
それが今の二人の距離だ。
だが距離があり、手を掴むことができなくとも、引き留めることはできる。
「でもそれがどういう――」
「駄目ですよ。……離す時は言ってください」
「……あ、ごめんなさい。私、速く飛びすぎてたわね」
そういう意味ではないのですけど、とまでは言えなかった。
「……まあ、どこかに流されてしまうのでなければ」
そして、傍にいれば流れていきにくくなる『支え』ぐらいにはなるだろう。
今はまだそれでいい。
●幻影に軋む心
フェアリードロップの効果により妖精となった八神 伊万里はまるで精巧に作られた人形のように愛らしかった。
「ッ……、反則だろ……!」
「反則?」
伊万里の虜になったアスカ・ベルウィレッジはまだ飴を口にしていない。手を口元へ運ぶ動作をしたかと思えば、それは手のひらで顔を覆っただけで、要するに彼女に見惚れたまま、かろうじて無意識が赤面を隠そうとしているだけなのである。
「変なアスカ君。先に飛ぶ練習してるよ?」
結局アスカが妖精へと変化したのは伊万里より十分も遅れてのことだったが、元来運動に長けたアスカである。アスカは彼女より先んじて飛行法をマスターしていた。
「ね、私にも飛び方教えてよ!」
羨望の眼差しで伊万里は言った。
「じゃあついてこいよ」
アスカはあごをしゃくって上前方にあるわたあめ雲を示した。そして翻ると地面を蹴って空へ飛び出した。
「えぇ!? あ、アスカ君待ってよー!」
置いていかれることを恐れてか、伊万里はアスカの背中を急いで追いかけた。
伊万里の飛行は初めこそ、ぎこちなさがあったが、先を行くアスカと鬼ごっこを興じているとその軌跡にだんだん曲線が多く見られるようになってきた。
「慣れてきたかー?」
「う、うん」
彼はくるくると回ってみたり、スピードに緩急をつけたりして、徐々に彼女を飛行に慣らしていったのだった。
(そろそろ追いつけるかも……)
伊万里には、今のスピードよりもまだもう少し速く飛べるという自信があった。次にアスカがおふざけで距離を縮めた時に加速すれば彼を捕らえられる――伊万里は喉を鳴らして不敵に微笑んだ。
しかし、それが驕りを生んだ。
「あっ……!?」
伊万里の羽が雲の端にかすったのである。僅かなブレはすぐに大きな揺れとなった。
「きゃあぁぁぁ!」
「伊万里!」
気付いたアスカは咄嗟に方向を転換し、手を伸ばして伊万里を引き寄せようとした。が、彼女の手は掴めたものの、彼女に巻き込まれるようにして一緒に雲へとダイブしていった。
「はぁはぁ……。っぶねえ……」
突っ込んだ先の雲が分厚かったことが幸いした。雲は二人を受け止め、二人はそれ以上落ちることはなかった。
「あ……ありがとう」
「大丈夫か? 怪我は?」
アスカが問うた。
「ん……、怪我とかじゃないんだけど……、その、ちょっと腕、痛い……」
アスカははっとした。伊万里の腕を掴んだまま、力一杯握りしめていたのだ。
アスカはすぐに手を離したが、伊万里の腕にはアスカが掴んだ跡がくっきりと残っている。
「わ、悪ぃ!」
「大丈夫。それに悪いのは私の方だから。
――でもびっくりした。こんなに必死なアスカ君、初めて見たかも」
妖精みたいに綺麗で儚げで――今日の伊万里は本当に反則だと、アスカは思う。
「……どこかに行ってしまうんじゃないかって思っちゃって、そしたら急に不安になって……」
反則なら、その分のペナルティがある。そのことをアスカは知っていて、何より恐れている。
伊万里は彼の心中全てを察したわけではなかったが、彼の視線の先に、彼の家族がいることはわかった。
「……ごめんね。私は――家族みたいに――あなたの傍に居るから――」
その答えにアスカは安堵する。
しかし、隙間風が鳴り響くように、埋めきれなかった心の空白はより一層、彼の心を蝕んだ。
「……家族じゃ嫌なんだ」
アスカはぽつりと、伊万里には届かない声で呟いた。
●そして始まる
「えっ、もう飛べるようになったの!?」
着地に失敗したアウローラはしたたか打ち付けた膝小僧をさすりながら言った。傷ができるほどではなかったが、痛いものは痛い。言葉に痛みへの呪詛までもが乗ってしまったのは事実だった。
彼女の言葉に敏感に反応したのか、ヴィノールは文字通り上から一瞥するだけで彼女に手を差し伸べようともしない。
ヴィノールは彼女のパートナーである。ただし、パートナーとは言ってもそれはウィンクルムとしての意味合いでしかなく、関係の実態は恋愛の『れ』の字にもかすらない、というのが大方の見方だった。
心底相手を嫌っているわけではないが、アウローラは意地っ張りの気があり、ヴィノールもヴィノールで人を食ったような性格をしているから、なかなか二人の溝は埋まらない。
そういう意味では、今日こうして二人で行動することは稀に見る展開だった。互いに思うところもあって、それがうまく噛み合った結果だったのかもしれない。
とにかく、二人はこのシロップの谷へやってきて一緒に妖精となり、空に浮かぶわたあめ雲を目指し飛行訓練を積んでいたのだ。
メルヘンな身体の扱いに先に習熟したのはヴィノールの方だった。
「なんだ、まだまともに飛べないのか? 鈍くさいな――」
彼も彼女と同じく、けして悪気があったわけではない。実際、彼の言葉はこう続く予定だった。
『だったらコツを教えてやってもいいが』
しかし現実にはその台詞が続くよりも、
「だっ、誰が鈍くさいですって……?」
とアウローラがこめかみをひくつかせる方が先だった。
「必っ要ないわよ、そんなものぉ!」
ものぉ、ものぉ、ものぉ……。
アウローラの咆哮が谷間にむなしく木霊するのだった。
そういうわけで、彼女はぐずぐずと飛ぶ、というより流されるようにして宙に身を揺らしていた。
教えを乞えば今頃は自在に飛べていたのだろう。が、彼女は独力で飛べるようになって、あっと言わせてやることに精を出すタイプだった。
そういう彼女だから周りが見えなくなることも、少々。
「……あ、やばい。結構流されちゃったかも」
強風に煽られてバランスを崩す者がいる一方で、彼女は運良く風に乗って集合地点より遠く離れた地点までやってきていた。
彼女にとって不幸なのは、彼女の飛行能力ではけしてその地点にはたどり着けなかったことと、いい風はそうそう長く続かないということである。
アウローラはかろうじて墜落することはなかったものの、前にも後ろにもろくに進めなくなってしまった。
「ど、どうしよう……」
耳をすませてみるが他のウィンクルムたちの話し声は聞こえない。助けは呼べない。
小さくなったとはいえ地面に落ちてしまったら身体は無事なのだろうか――彼女の脳裏に悪い妄想が連鎖的に浮かんでいく。
「何してるんだこんな所で」
不安に押しつぶされそうになった彼女の頭上から声が落ちてきた。
見上げた先にいたのはヴィノールだった。
「あなた……」
呼びかけても彼は反応せず、腕を組んだままだった。
「その……。あの、もしかして――」
「か、勘違いするな。僕は偶然通りかかっただけだ」
もちろん、偶然通りかかるような場所ではない。喧嘩別れをしてしまった後の早い段階から、着いてきていたのだろう。
「ねえ……、えっと……」
初めて知る彼の振るまいに彼女は動揺する。だが次の瞬間には、
「飛び方のコツ、教えてくれる?」
と、アウローラ自身も知らぬ言葉が出た。
「現金なやつだな……。まあ、いいだろう。教えてやる」
(ああ、可愛い……)
アウローラの怒りはいつの間にかどこかへ行ってしまっていた。
二人の時計の秒針が一つ動いた。
依頼結果:成功
MVP:
エピソード情報 |
|
---|---|
マスター | 立川フュー |
エピソードの種類 | ハピネスエピソード |
男性用or女性用 | 女性のみ |
エピソードジャンル | ロマンス |
エピソードタイプ | ショート |
エピソードモード | ノーマル |
シンパシー | 使用不可 |
難易度 | とても簡単 |
参加費 | 1,000ハートコイン |
参加人数 | 5 / 2 ~ 5 |
報酬 | なし |
リリース日 | 01月21日 |
出発日 | 01月30日 00:00 |
予定納品日 | 02月09日 |
参加者
会議室
-
2015/01/29-23:54
-
2015/01/29-21:47
初めまして、アウローラです。
よろしくお願いします。 -
2015/01/29-00:16
ご挨拶が遅れました、八神伊万里とパートナーのアスカ君です。
皆さんよろしくお願いします。
空中散歩…楽しみですね。 -
2015/01/25-13:28
私はアンダンテ。よろしくね。
妖精になれるだなんて楽しみね。
空を飛ぶのってどんな感じなのかしら…。
みんなも素敵な一日が過ごせますように。 -
2015/01/24-01:11
-
2015/01/24-00:22