冬の海辺に咲く(立川フュー マスター) 【難易度:とても簡単】

プロローグ

●お誘い
乾いた空気が波音をしっとりと耳朶にしみこませる。
寄せては返す波の運動の単調さが時間の感覚を狂わせ、心許ない星の光は夜の闇を打ち払うにはおよばず孤独を強く感じさせる。

冬の海辺は夏のそれとは趣を異にするものだ。
かつての喧騒は遠く、この時期に海辺まで足を運ぶ者は少ない。
よく見知った場所の雰囲気がこれだけ違えば、人は少し恐怖と、それにも勝る驚きを感じるだろう。
その場で行われる行動にも、夏の時分には感じられなかった新たな発見があるに違いない。

例えば、花火。
打ち上げ花火を見たことがあっても、ろうそくとバケツを持ち込んで手持ち花火を楽しんだことがある者は少ない。
そのまったくの季節はずれの行いは滑稽に見えるかもしれないが、冷たい空気の中、荒涼感さえある海辺に灯る光のまばゆさをは一度体験してみて損はないはずだ。
さあ、あなたも冬の海辺に光の花を咲かせよう。

●裏事情
「――ってわけでぇ……、そんなロマンティック体験が簡単にできちゃう一泊二日の旅(花火セット付)がタクシーチケット込みでな・な・なんと大特価300ジェール!」
いやー、これは申し込むしかないっしょー、などとそのA.R.O.A.の女性職員は畳みかける。

たまたまA.R.O.A.に顔を出していたあなたは運悪く彼女に捕まってしまっていた。
初めはオーガの事件がまた発生したのかと真面目に聞いていたあなた。
しかし話が進むにつれ、これがオーガどころかA.R.O.A.とさえまったく関係のない彼女の私用――ぶっちゃけ押し売り――だということに気付いた。
「花火セットは何でも揃ってますよぅ。すすき花火みたいな定番からねずみ花火に落下傘、ロケット! 最後は線香花火で締めくくれば彼との仲ももう花火みたく打ち上がっちゃう。きゃーっ」
あなたは彼女が万年金欠であることを風の噂で知っていた。
「……え? 夏に使わないまましまいこんでた花火セットを転売しようとしてるだけだろう? い、いや、そんなことは……ナイデスヨ?」
あなたは彼女が給料日前は素パスタでしのいでいることを風の噂で知っていた。
「げっ、なんでそんなことまで……。う、うわぁぁぁん! お願いですぅ、私を助けると思って買ってやってくださぁぁい! せめてパスタにケチャップぐらいかけたいんですぅぅ!」
彼女の泣き落としに負けたのか、宣伝口上に惹かれたのか、はたまた彼女とは関係なく単に気が向いたのか……、あなたは財布から300ジェールを取り出していた。

解説

冬に花火ってオツじゃないかしら?
そんなエピソードになります。

●やること
冬の浜辺で花火デート。
花火を楽しみ、冬の浜辺の雰囲気を楽しみましょう。

●花火
夏のあまりの花火セットが、浜辺までの往復が無料になるタクシーチケットと合わせて300ジェールで譲られ(?)ます。

花火セットはちょっと豪華なもので、大抵の種類は揃っているようです。
また、バケツやろうそくなどは女性職員が用意し、当日までにお渡ししております。

●場所
夏には海水浴場として公開されている普通の浜辺です。
きちんと整備されているようで、ごみもありません。
実施日は各ウィンクルムごとに異なり、また一般のお客様もいないので二人だけの浜辺となります。
(お友達と一緒に参加される場合はその旨書いていただけると合同の実施となります。)

●その他備考
・移動中の描写はされません
・打ち上げ花火などは上がりません(上げることもできません)
・大変寒い日になるため、
 ・海には入れません
 ・防寒対策はしっかりしていただきますようお願いします

ゲームマスターより

はじめまして、立川フューと申します。
ゲームマスターとして初めてのエピソードとなります。
素敵なお話をお届けできるよう精一杯書かせていただきますので、どうかよろしくお願いします。

リザルトノベル

◆アクション・プラン

月野 輝(アルベルト)

  冬の海だからって着込んできたつもりだったのに、それでも寒いわね…
もっと着込むべきだった?
でも、それだと着ぶくれしちゃってあんまり可愛くないかなって
べ、別に可愛く見せたいとかそう言う訳じゃないけどっ

大丈夫、暖かいコーヒー淹れたポット持ってきたし

(クリスマスに贈った手袋をしてるのを見て)
その手袋使ってくれてるのね、嬉しい

寒い中での花火って夏の花火より心に染みる気がするわね
とても綺麗…
昔、私がせがんで一緒に花火して貰ったの覚えてる?

え、アルのご両親って…
そう、だったの
私、何も知らなくて…
教えてくれてありがとう

私、もっとアルの事を知りたい
また聞かせてね?

くしゅんっ
え、アル??
うん、とてもあったかいわ…



ひろの(ルシエロ=ザガン)
  勢いに負けて花火貰ったけど。
「寒い……」
夜の海は真っ暗で、飲み込まれそうでちょっと怖い。

えっとね。(聞かれると応えようとする姉気質
「バケツに水入れて、やり終わった花火は水につけるの」
蝋燭は倒れないようにして、火を点ける。
花火の先を見せ、
「ここ、紙が長くなってるから。ここにろうそくの火を当てて、花火に火をつけるの。花火は危ないから、火が点いたら人に向けちゃ駄目」

ロケット花火は苦手。(音が
私も、初めて見たけど。そんなには。

言われて、すすき花火に火を点ける。
(なんだろう。声掛けて貰っただけなのに。嬉しい……?)(知らず口元が緩む

寒いし。周りに何も無くて少し、怖いけど。
(ルシェとこれて良かった、かも)



シャルル・アンデルセン(ノグリエ・オルト)
  夏に初めて海を見ましたが冬の海とはこんなに違うんですね…波の音がとても大きく聞こえます。
きりっとした冷たさもまた冬の海の醍醐味でしょうか?
花火、いろんな種類がありますね。
打ち上げ花火とかはちょっと怖いので手持ち花火でいいでしょうか?
手元でキラキラするのが好きです。

冬の海、綺麗な花火。大きな波の音。今なら大きな声で歌っても大丈夫でしょうか。
まだ静かなところで歌うのはちょっと怖いのですが。
ここなら歌えそうだなって。
歌は悲しいって思うのになんでこんなに歌いたいんでしょうね。

~♪

えと、お粗末様でした(ぺこり)


これ…私の誕生日プレゼントですか?祝っていただけるなんて嬉しいです…ありがとうございます。


ジゼル・シュナイダー(ヘルムート・セヴラン)
  すっごい寒い…
冬の海と聞いて着込んでくるも風の冷たさに引き気味

出発前に防寒として着込み念のため
精霊の様子を確認したら普段着でこようとしたので慌てて
服着せてきたので少し疲れ気味

ロマンティックとか言ってたけど…
まあ私達にはもともと関係ない事だったね
私は花火ができればそれでいい

花火ってやった事ないんだよね
だから少し、楽しみ

浜辺に2人っきりだが会話がほとんどなくて花火と波の音くらいしか聞こえない
もともとヘルムートに話術は期待してないから構わない
寂しい時もあるけど、そういう人なんだって分かってきたし
変に小言いってくるよりかは、全然…

…なに?どうしたの?
急に頭を撫でられて困惑
…へんなの。いつもの事だけどね


アンダンテ(サフィール)
  花火!素敵ね
打ち上げは見たことあるけど、自分でやった事はないの

寒いって事だからしっかり着込んできたわ
普段の服装の上から色々と着ていて野暮ったい格好
…変かしら?

ふふ、ありがとう
私もあの格好が一番私らしいと思っているの

じゃあ準備も出来たしはじめましょうか!
やるなら全制覇したいわね

えーと、火はどこにつければいいのかしら?こっち?
逆?じゃあここかしら…

わ、すごいわ!綺麗ね…
あら…、どうしたの?
何だか疲れた顔してるけど

時間も立ち肌寒さを感じ始め撤退
楽しかったわね
そろそろ片づけをしてから戻りましょうか

前は早く一座のみんなに会いたくて仕方なかったけど…
今はそうでもないのよね
今の生活も好きだし手放したくないの



●染み入るは遠き日の
「冬の海だから着込んできたつもりだったのに……」
 それでも寒いわね、と月野 輝は白い息と共に呟いた。
 彼女の息はその場に留まらず、たちまちに霧散してしまう。潮風こそ吹いていないものの、澄んだ空気の静けさは輝の身体を萎縮させるのに充分だった。
「もっと暖かい衣装も持っていたでしょう? 風邪など引かないように気を付けて下さいよ」
 身を凍らせる輝にアルベルトがもっともなことを指摘した。だが、それでは着膨れをして、可愛くなくなってしまう。かといってそれを言葉にすると、まるでアルベルトのために着飾ってきたようになってしまう。
「……大丈夫、温かいコーヒー淹れたポット持ってきたし」
 輝はポットを掲げ、精一杯、強がってみせた。

 寒さに負けず、コーヒーで暖を取りながら、二人は季節外れの花を浜辺に咲かせ始めた。
 喧騒のない、静かな浜辺に『しゅうしゅう』と花火の音だけが木霊する。
 まるで異世界だと輝は思う。
 そんな普段とは違う雰囲気が、普段は触れぬ記憶を呼び起こした。
「……ねえ、アル。昔、私がせがんで一緒に花火して貰ったのを覚えてる?」
「ええ」
 輝は驚いた。輝自身も忘れかけていたというのに、それをアルベルトは事も無げに答えたからだ。
「覚えてますよ。私はあの頃もう十歳でしたから」
「あ、そっか」
「それに、実の両親が亡くなった後はそういう思い出が私を支えてくれましたし、ね」
「え? アルのご両親って……」
「話してませんでしたね。今の両親は養父母なのですよ」
 『覚えてますよ』と言ったときと同じで、アルベルトの言葉は『すとん』としていて事も無げだ。笑みすら浮かべている。
 ただ、彼の瞳だけが遠い。
 本当に何も思うところがないのか、哀しんでいるのか、それとも全く別の場所に心があるのか。輝にはわからない。

「……私、何も知らなくて」
 そんな彼を直視できず、輝は思わず顔を背けてしまう。
 アルベルトは苦笑しながら彼女の傍へ歩み寄り、両肩に手を置いて言った。
「言ったでしょう、支えになったと。
 ――満たされない心を埋めてくれたのが輝だったと言ったら、信じますか?」
「私が……?」
 遠かった視線が近づいたような気がした。
 今まで止んでいた潮風が、わずかに吹き始めるのを、輝は身体をもって感じていた。しかし寒くはない――というより、『熱』いぐらいだ。アルベルトの眼差しが輝に強く、注いでいた。
 そして瞳と瞳が交差し――アルベルトは大きく笑った。
「ちょ、ちょっと、笑うところじゃないでしょう!」
「だ、だって輝ったらずっと口をぽかんと開けて……ふふ」
 いい加減、笑いの収まらぬアルベルトに輝はそっぽを向いた。
 だが、いつもの調子に戻った彼に、そして自分自身に輝は安堵した。
「……教えてくれてありがとう。また聞かせてね」
 もっとあなたのことが知りたいから――そう言いかけた彼女の鼻孔を潮風が刺激した。
「くしゅんっ」
「おや、大丈夫ですか」
「うん……、もう一杯コーヒーを――って、アルっ?」
 アルベルトは後ろから輝を覆っていた。
「この方が暖かいと思いますよ」
「……うん。とてもあったかいわ……」
 アルベルトの熱が、服を通して輝に伝わる。着膨れさせずに良かったと、改めて思う輝であった。



●綺羅の歌声
 乾いた空気に波の音がよく馴染む。
「冬の海はこんなにも違うんですね……波の音がとても大きい」
 シャルル・アンデルセンの知る波音は夏のそれだ。随分と様変わりしていることにシャルルは郷愁のような感動を覚えていた。
「ノグリエさん、今なら大きな声で歌っても大丈夫でしょうか」
 花火も残り少なくなってきたところで、シャルルはおそるおそるノグリエ・オルトに尋ねた。
「おや、歌ってくれるんですか?」
 ノグリエは彼女の伺いに軽い安堵を覚えた。
 最近、シャルルは歌を口ずさむことが増えてきている。良い傾向だと、ノグリエは思う。
「まだ静かなところで歌うのはちょっと怖いのですが……ここなら歌えそうだなって。だめでしょうか」
「いいえ。シャルルのしたいようにしてください」
 シャルルは海辺に歌声を響かせ始めた。
(綺麗ですね。声も、シャルルも)
 シャルルの歌は聴く者を魅了する。昔、歌うことを禁じられていたとは思えぬほどだ。鈴の音の歌声か、天の使いの歌声か。いや、そんなありきたりな表現では彼女の歌声は形容できないだろう。
(キミの父親はキミを『ローレライ』と評したけれど)
 船頭を惑わす水の精、ローレライ。
 彼女は自分がローレライと呼ばれたことを覚えていない。覚えているのは今やノグリエだけであろう。その事実を知る者として、いつかは彼女に話すことになる――のかもしれない。
(自分が彼女に厭われることはいい。だが、それで彼女が傷つくことだけは……)
 事実を知った彼女がどう思うか、それは伝えるその日までわからない。
 ノグリエは頭を振って、再びシャルルの歌声に耳を傾け始めた。

「……、……、…………。
 ……えと、お粗末様でした」
「ブラボー……! すごいですよ、シャルル」
 シャルルが歌い終わりの礼をしたのと同時に、ノグリエは拍手とともに彼女の歌声を賞賛した。
「そ、そんな……」
「美しい歌声……ああ、ぴったりの表現が見つからないことがもどかしい……。でも、そう……、花火にも負けない、煌めきの歌声でした……」
「……えへへ、何だか照れちゃいます」
「では、そんな綺羅の歌姫に。シャルル、もうすぐ誕生日でしたね」
「あ……」
「ふふ、忘れてましたね」
 ノグリエは笑いながら包装された小箱を取り出してシャルルに手渡した。
 そのまま促されるようにシャルルは小箱にかけられたリボンを解き、箱を開ける。中には真珠のネックレスが月明かりを受けてその身を輝かせていた。
「これ、誕生日プレゼント……。祝っていただけるなんて嬉しいです……! ありがとうございます」
「いえいえ。それに、私にとっては大事な日なんですよ。大事な――」
 大事なシャルルが生まれた日だから。そう、ノグリエは言葉を続けるつもりだった。
 しかし――

「お礼に私、もう一度歌いますね……!」
「え?」

 ――再び歌い出したシャルルの歌声にかき消されるように、ノグリエの言葉は飲み込まれた。
(あらら……、少し、運に恵まれませんでしたかね)
 だが、ノグリエは別段落胆することはなかった。
 この海の前で真珠のネックレスを渡せたことこそが、僥倖だったからだ。

 閉ざされた彼女の過去を少しずつ紐解いていくように、今のノグリエの気持ちも、少しずつ、彼女に伝わっていくだろう。



●まだ見ぬ日
「……まあ防寒ですから、今回は何も」
 しっかり着込んできたけど変かしら、と尋ねるアンダンテにサフィールはそう応答した。
 彼女は普段着ている占い師の衣装の上から何枚もの防寒着を身につけていた。その安直さに、仕立屋の息子として物申したいところがないわけではない。
「……でも、その微妙な格好を見てると――」
「ああっ。やっぱり変なんじゃないっ」
「まあまあ。――その格好を見てると、いつもの衣装がアンダンテによく似合っていたんだなとは思いますよ」
「……、ふふ。そうね、私もあれが一番私らしいと思っているの」
 アンダンテはカルメンでも踊るようにくるりと回った。彼女の顔を隠すベールが揺れた。

「じゃあ準備も出来たし始めましょうか!」
 花火に心躍らせるアンダンテは高らかに開会を宣言した。
 サフィールは花火セットから一本取り出して、アンダンテに手渡した。オーソドックスなすすき花火だった。
「ありがとう。じゃあ火を……、えーと、火は……こっち?」
「そっちは持ち手側です」
「逆ってこと? じゃあここかしら……」
「そうそう、逆、逆――はっ」
 自分の花火を選んでいたサフィールは生返事を取り消し、急いでアンダンテを見やった。
 案の定、彼女は穂先を自分の方へ向け、ライターで火をつけようとしていた。

「ぅおっとぉぉぉっ!」

 サフィールは人間離れした跳躍で、彼女が持っていたライターを間一髪で叩き落とした。そして何が起こったのか驚く彼女の前でへなへなと膝を突いた。
 アドレナリンが大量に分泌されたサフィールは息も絶え絶えだったが、振り絞るようにして言った。
「穂先は、自分に向けない、ように」
「ああ!」
 合点がいったという様子で、アンダンテは花火を持ち直し、改めて火を点した。
 間もなく、黄土色の花が海岸に咲き始めた。
「わ、見て! 綺麗ね……。あら、どうしたの? 何だか疲れた顔してるけど……」
 別に、と肩をすくめて見るもアンダンテはやはり気付かない。
「ねえ、サフィールさんも花火持って。どっちが長い時間火が保つか、勝負しましょう」
「……、……ふふ、そうですね」
 無邪気に花火を楽しむアンダンテの姿に、サフィールは思わず微笑んでしまう。
 覚束ないところも多い彼女だが、そんな彼女を見ているのは嫌いではないサフィールである。

 時間はあっという間に過ぎていく。寒さも一層強くなってきたということで、二人は今日の閉会を決めた。
「楽しかったわね」
 ええ、と相づちを打ちながらサフィールはてきぱきとごみをまとめていく。だが、
「本当に楽しかった」
と呟くアンダンテの言葉には、手を止めざるを得なかった。
「どうかしましたか」
「……前は早く一座のみんなに会いたくて仕方なかった。
 けど、今はそうでもないの。今の生活も好きだし……手放したくないのよね」
 アンダンテは自分の防寒着の袖口を引っ張りながら、しみじみと言った。
「……別にすぐ手放さなくていいんじゃないですか」
 サフィールはそう言ってごみ袋の口をしっかりと閉じた。
「アンダンテ、悩む時間はまだいくらでもありますよ」
「……そうね、ありがとう」
 そう、時間はまだある。まだ見ぬ彼女を知る機会もあるだろう。
(今日も見ることが叶わなかった彼女の私服とか、ね)
 楽しみと恐ろしさの混じる愉快な気分でサフィールは思った。



●火玉の誓い
「で、ヒロノ。どう遊ぶんだ。オレは打ち上げ花火しか知らん」
 ひろのは初め、彼、ルシエロ=ザガン流のジョークだと思った。しかし彼は依然として真顔のままなので、それが冗談の類いではないことを悟った。そして驚いた。
「手持ち花火という単語を聞いたことはあるが、これがそれか? 点火はどうするんだ? 爆発するのか? 鑑賞するにはどう構えればいい?」
「え、えっとね」
 知らないとあれば自分が責任をもって指導しなければ――。
 ひろのは四人きょうだいの二番目だ。ルシエロの無垢な好奇心が、彼女の姉貴気質を呼び起こした。
 ひろのは砂浜に固定した蝋燭台に蝋燭を立て、火を点けた。
「この先っぽに蝋燭の火を当てて、花火に火をつけるの」
 それを聞いたルシエロは穂先を蝋燭に当てると、花びら紙に火が移った。紙はゆらゆらと溶けるように燃えていき、やがて薬筒に達すると、黄金色の火花がシャワーのように流れ始めた。
「ほう」
 最初のうちはつまらなさそうな面持ちで眺めていたルシエロだったが、やがて炎の色が緑、赤と変わると感嘆の溜息を漏らすようになったのを、ひろのは聞き逃さなかった。
「打ち上げとは違った趣だな。……他にも種類があるのか」
 彼は花火セットから数本の花火を取り出し、それらを束ねて一度に火を点けた。
「え、そんないっぺんに……」
 幾重もの光の筋が彼の持つ花火から放たれた。色とりどりの炎が一度に噴き出す様は壮観だが、ひろのにはそれよりも勿体なさの方が上回る。ルシエロにも、想像に反して……といった苦々しい表情が浮かんでいる。
 慌てたひろのが取り出したのはロケット花火と蛇花火である。しかし、どちらも「ゴミの始末が面倒だ」「……微妙だ」と評価は芳しくない。彼女は余計に申し訳なくなってしまった。

「あ……あの……」
 ひろのはなぜこうも自分が引け目を感じているのかわからなかった。だが『ルシェを不機嫌にさせてしまった』という認識は枷のように彼女自身の足にまとわりついた。
「ルシェ――」
「ほれ」
「え?」
 彼からひろのに差し出されたのは一本のすすき花火だった。
「やはりこのタイプの花火が一番良い。一度に何本もやるより一本ずつの方が楽しめることもわかった――どうした、早く取れ」
「え、だって――」
 つまらなかったんじゃ、とひろのが問うより前に、
「オレがこうして楽しんでいるのに――オマエがやらずにどうする」
彼は答えていた。

「っ……。なら、こういうのもあるけど……」
 そう言ってひろのは二本の線香花火を取り出し、片方を彼に手渡した。
「これは……、一緒に火をつける」
 ちりちり光だした火花を見て、ルシエロは微笑んだ。

(ルシェと来れて良かった、かも)
 ひろのもまた知らずと口元が緩んでいたが――それが花火によるものではないことは言うまでもない。

「これは、小さくとも華やかだな」
 線香花火の控えめな火花と、しかし火の玉がゆっくりと花火を燃やしていくのを見て、ルシエロは思う。
(ヒロノの主張の無さは、この線香花火に似ていなくもない。華やかさはまるで及ばないが――)
 やがて火玉が落ち、その線香花火は終わった。それがまた彼の心中を刺激した。
(……コイツという火玉は、落とさぬよう気をつけるとするか)
 火傷することに欠片も躊躇しない、誇り高き誓いだった。



●言葉に代えて
「ロマンティックとか言ってたけど……」ジゼル・シュナイダーは潮風で流れた黒髪を掻き上げた。
「まあ私達にはもともと関係ないことだったね」
 ヘルムート・セヴランも頷いて同意する。

 言葉がないのはいつものことである。後始末用のバケツの準備も蝋燭の準備も特に声を掛け合うことなく、分担作業で完了した。
 開始も同じだった。各々が勝手に花火を取り、火をつけることでなし崩し的に始まる。

 言葉がない様子や、表情の変化も乏しい様子から誤解する者もいるかもしれない。しかし、心中ではジゼルは花火を楽しみにしていたし、ヘルムートにしても、ジゼルが隣にいるこの空間に和みのような落ち着きを感じていた。
 この空気を共有できるから、二人は一緒にいると言っても過言ではなかった。

「……花火、綺麗だね」
 光の筋を眺めながら、ジゼルはヘルムートに問いかける。案の定、彼の肉声は返ってこない。先ほど同様に彼が首肯で答えていたからだ。
 ジゼルは別段花火から視線を移すことはしなかったので、彼の返事を彼女が認識することはなかった。ヘルムートも認識の確認は取らなかったため、その会話はまるでジゼルの独り言のように終わってしまった。
 だが、それでいいとジゼルは思う。
 彼はそういう人間なのだという認識は既にジゼルの中で固まりつつあった。実際、その認識は誤ってはいない。今、ヘルムートのことを一番よく理解しているのはジゼルだろう。ジゼルも面倒を嫌う性質だったので、彼女にとってもこの関係は都合が良かった。
 たとえ、自身が一抹の寂しさを感じていたとしても――だ。

 ただし、ジゼルの認識も誤っていないだけであって、正鵠を射ていたとまではいえない。
 確かに、ヘルムートの素っ気なさは他人に冷たいイメージを与えるかもしれない。何も感じないロボットのように無機質な世界で生きているのでは――そんな誤解を与えるのも仕方の無いことだろう。
 だが、実際の彼はロボットと呼ぶにはあまりにも体温が高い。

「え……?」

 頭に急に温もりが振ってきたので、ジゼルは驚いた。
 ヘルムートが花火を持っていない方の手でジゼルの頭を撫でていた。

「な……に? どうしたの?」
 彼らしかぬ――そう彼女は認識している――行動にジゼルは困惑を隠せない。
 ただ、当のヘルムートからすれば、それは自然な行為だった。うつむき、愁いを含む表情をしたジゼルを放っておくことは――彼にはできなかった。
 彼の手のひらが暖かいのは、ジゼルのお陰だった。出発前、普段通りの格好で行こうとしていたところをジゼルが見咎めたのだ。結果、彼は熱の逃げない格好に変えさせられていた。
 その時は気の利く、母親のような少女だとヘルムートは感想を持った。
 だが――今の彼女の横顔からヘルムートが見いだしたのは、他人を求める年齢相応の子供の表情だった。

「……へんなの」
 ジゼルにはヘルムートが考えていることの全てが伝わっているわけではない。
 しかし、それでいいとヘルムートは思う。
 嫌うでもなく、着飾るでもなく、自然体で接し、接することができる。そこに心の安息があると、今の彼は強く感じていたからだ。
「でもまあ――いつものことだけどね」
 いつも通りの彼女の反応に、ヘルムートは安堵する。それは小さな笑みとなって彼に浮かんだ。



依頼結果:成功
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エピソード情報

マスター 立川フュー
エピソードの種類 ハピネスエピソード
男性用or女性用 女性のみ
エピソードジャンル ハートフル
エピソードタイプ ショート
エピソードモード ノーマル
シンパシー 使用不可
難易度 とても簡単
参加費 1,000ハートコイン
参加人数 5 / 2 ~ 5
報酬 なし
リリース日 01月12日
出発日 01月20日 00:00
予定納品日 01月30日

参加者

会議室

  • 私はジゼル。よろしく。
    なんか寒そう…。

  • [4]ひろの

    2015/01/17-19:33 

    ひろの、です。
    よろしくお願いします。

    防寒対策……。

  • [3]アンダンテ

    2015/01/17-00:04 

    私はアンダンテ。
    よろしくね。

    冬の花火もなかなか面白そうよね。
    みんなも目一杯楽しんできてね。

  • [2]月野 輝

    2015/01/15-18:40 

    こんばんは、初めての方とお久しぶりの方が半々かしら。
    どうぞよろしくね。

    とは言っても、基本的にはパートナーと二人だけらしいから、現場で会う事はないのかしらね。
    皆さん、素敵な時間が過ごせるといいわね。


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