【指南】君を化かして(蒼鷹 マスター) 【難易度:簡単】

プロローグ

●巨星堕つ
 その噂は、風のように妖怪達の間に広まった。

 炎龍王が、死んだ。

 その噂に喜ぶ者あり、ほっとする者あり。
 しかし、数は少なくても、確実にその死を悼む者もあったのだ。

●愛しき炎龍王
 紅月神社に仕える妖狐の一人、コン助が、年始の挨拶を終えて部屋に帰ってくると、畳の間にはどよ~~んと重たい沈黙が満ちていた。部屋の中心にいるのは、夏祭りのごたごたで命を救ってやって以来、コン助の家に居候している化けだぬきである。
 たぬき、悄然とした様子で、
「え……炎龍王様がおかくれになった……とは……。
おれはなにを心の支えにして生きていけばいいんだぁああぁぁ~~!」
 ふとんに丸まって、さめざめ泣いている。
「たぬき、お前、炎龍王の配下やめて、今は紅月神社の手伝いをしてるんだろ」
「そうだよ! だけど、死んだって聞かされて初めてわかったんだ……あの方がおれにとってどんなに大きな存在だったか……ぅああああ……」
「そ、そんなに悲しいか……?」
「だって、あの方はある冬の寒い日に、道ばたで行きだおれているおれを拾ってくれたんだ! 六畳一間の下宿に泊めてくれて、工事現場のアルバイトで稼いだ給料で肉まんをコンビニで買ってくれたんだよ! もう最高にうまかったよ、あの肉まんは!
おれは忘れない。あの方の優しさを。角が生えてからワイルドでバッドなロックンロールになっちゃったけど、おれは本当はあの方が好きだった。好きだったんだよ……!」
 コン助、聞きながら想像を膨らませた。

 六畳一間にとぐろを巻く炎龍王。
「安全第一」のヘルメットを被って、肉体労働にいそしむ炎龍王。
 コンビニに肉まんを買いに行く炎龍王。

(……たぬきのやつ、炎龍王と、誰か炎龍王の配下の妖怪を、記憶の中でごっちゃにしてるんじゃないか?)
 たぬきは思いこみの激しい性格なので、コン助の推測は正しいだろう。
 そんなコン助の心中など知る由もなく、たぬきは「そうだ、こうしちゃいられない。炎龍王様の遺志を継がねば!」などと叫んでいる。
「炎龍王様はこんな時どうするだろう? そうだ、新任の神様なんか気に入らないに違いない! 甕星香々屋姫(みかぼしかがやひめ)の思惑を阻止することこそが、炎龍王様の遺志にかなうこと!
コン助、おれがんばる! がんばって恋人たちを幸せにしてみせるよ!!」
「……色々ゆがみまくってる気がするけど、結果としてテンコ様の思いにそうことになるんなら、何でもいいと思うよ」
 ついていけなさそうに呟いたコン助をよそに、たぬきは大急ぎで出かける支度をはじめたのであった。

●新年の来訪者

 ぴんぽーん。

 ドアのチャイム。あるいは、扉を叩く音かもしれない。来客を告げる音に、あなたは玄関を開けるが、そこには誰もいない。
 新年早々、いたずらかな? と首を傾げていると、

 ぽん、ぽん、ぽぽーん。

 ちょっと間抜けな、かわいらしい音が足下から聞こえてくる。見下ろすと、
「ああ、良かった。気づいてくれた」
 嬉しそうに甲高い声でしゃべったのは、後ろ足で直立し、こちらを見上げる一匹のたぬきだった。小型犬ほどの体にぴったり合う、白と黒の羽織袴を着て、裃を身につけている。たぬきが軽やかに腹を叩くと、どういう仕組みかわからないが、袴の上からでも小気味よい、かわいらしい腹鼓の音が聞こえてくる。
「明けましておめでとうございます。わたくし、こういう者でございます」
 たぬき、うやうやしく頭を下げ、同時に、両手で名刺を差し出してきた。たぬきの毛で書かれたと思われる、少したどたどしい毛筆で、

「紅月神社 いたずらたぬき」

 と書いてある。
 あなたが名刺を受け取ると、
「わたくし、元々は炎龍王の配下の妖怪だったのでございます。ですが、夏祭りの時にいろいろすったもんだがございまして、そのとき命を助けて下さった妖狐の皆様と一緒に、今では紅月神社のお手伝いをさせて頂いております。
ええっと、このたび、新任の神様がいらっしゃったのはご存じでございましょ……ぷぎゅ!」
 せりふの途中で舌をかんだらしい。動物のたぬきの姿で人間語、しかも丁寧語を乱発してしゃべっていれば仕方がないだろう。あなたが、敬語でしゃべらなくてもいいよ、と言うと、たぬきは安心した様子で、
「ありがとう、助かるよ。とにかく新任のカガヤ姫が来てから大変なんだ。ウィンクルムにも協力してほしいってテンコ様が言うものだから」
 協力? とあなたが言うと、
「新任の神様のお目付役の童子の前で、君とパートナーが仲良くしているところを見せて、カガヤ姫の、恋愛に対する偏見をなくすのに協力してほしいんだ。
ねえ、そんなわけで、これからパートナーのところにいかない?」
 たぬき、いたずらっぽい顔で、前足を「しーっ」というように口に当てて、
「でも、パートナーには何にも言わないでね。
おれと手をつなぐと、しばらくの間、パートナーから姿が見えなくなるから、それで君のいないときにどんなことをしているか、こっそり覗いちゃおうよ!
そのあと、いきなり姿を見せて、びっくりさせようよ」

解説

●目的
たぬきの妖術で姿を見えなくして、お正月を過ごしているパートナーの、普段見せない素顔を覗いちゃいましょう。
寝正月? それとも正月早々、訓練や仕事で汗を流しているでしょうか。それとも知らない子と初詣に……??

神人と精霊、どちらが「覗く側」で、どちらが「覗かれる側」か、プランに明記して下さい。

パートナーのいる場所の近くへ行く

たぬきと手をつなぐ(妖術発動)

二人でパートナーを観察

妖術を解除、急に姿を現してびっくりさせる

というのが基本的な流れです。

●妖術
たぬきと手をつなぐと、30分くらい、二人はパートナーから姿が見えなくなります。(去年夏より妖力がつきました)
一度手をつなげば、その後手を離しても見えなくなる効果は継続します。
声は聞こえますのでひそひそ話推奨です。
たぬきにお願いすれば術は解除できます。
また、たぬきは10分ほどであれば、二人で建物の二階ほどの高さまで浮くことができます。窓の外から覗くのにいいでしょう。

●たぬき
特に何もなければ動物のままです。
お願いすればパートナーそっくりに変身できます。(たぬきのしっぽ付き)

●精霊について
精霊が覗かれる側の場合、精霊は神人が近くにいるのが感覚的にわかることがありますので、少し遠まきに観察するのをおすすめします。

●修羅場った場合
たぬきは、パートナーが都合の悪い場面を目撃されて、喧嘩になったり修羅場になる可能性を全く考えていません。
何とかその場で丸く収めて下さい。そうでなければデート失敗になってしまいます。

●監視役
お目付役の童子がついてきます。
10歳くらいの座敷童風の女の子で、遠巻きに観察しており、特に構ってあげなくても問題ありません。
もっとも、手招きすればよってくるので、三人で手をつないでもいいでしょう。
機会があればパートナーの事など教えてあげてもいいですね。

●その他
紅月神社への寄付金……300ジェール
双眼鏡レンタル……50ジェール

ゲームマスターより

明けましておめでとうございます。
一富士ニ鷹三なすび、すてきな初夢は見られましたでしょうか。
見られなかった方も代わりといってはなんですが、蒼鷹とたぬきがささやかな夢をお届けします。

一作目のリザルトノベル「君に化かされて」の続編ですが、前回のものは読まなくても全く問題ありません。
……え、正月休みなんてもうとっくに終わってる?
そんなことは気・に・し・な・い!

リザルトノベル

◆アクション・プラン

リチェルカーレ(シリウス)

  覗く側

童子も誘って 3人でこっそり彼の家へ

足音を忍ばせて近くへ寄る
普段の彼と少し違う あどけない寝顔
ぴくりと動いたのに驚いて 見えなくなっていることを忘れたぬきの後ろに隠れる
耳に届いた自分の名前に真っ赤に

見つめる先の彼は少し笑っていて
赤い顔のまま 傍らにいる二人に呟く

…いつもは こんな風には笑ってくれないのよ
私のこと 小さな子どもだと思ってるんだわ

言いながらそっと額の前髪をどけようと
手を掴まれてどっきり
少し悩んだ後 術を解いてもらう

おはよう、シリウス

彼からの言葉に絶句 みるみる赤く
…っ知らない!と言いながら腕の中から脱出しようと
恥ずかしくて でもどきどきして
無意識の内に満面の笑み



Elly Schwarz(Curt)
  覗く

・リビングにクルトの書き置きらしいメモを見つけている。
(書き置き内容:少し実家に戻る。すぐ帰る。)
・いけないと思いつつも、誘いに乗りクルトの実家へ
怪しいお誘いですが、気にはなります、ね。
クルトさんの実家って、どんなところなんでしょう?
へ!?(こ、ここが…!?)

・たぬきの押しに負け、妖術使用し潜入(
他の方には見えるんですか?では窓からこっそり…え?ダメですよ!
うう…解りました。
パーティー?でしょうか。
(クルトさん、別人のよう、です…)

・見つかる
わっ!?あ…クルトさん!これは…え、えっと…(汗
(一瞬だけ、クルトさんが遠い人に見えてしまいましたが
見つけてもらって安心するなんて…僕は単純ですね。)



ペディ・エラトマ(ガーバ・サジャーン)
  覗く側

「ガーバのところに……ですか?」
相手のプライベートを覗いてしまって良いものでしょうか?でも急に現れて驚かせてみるのもちょっと面白そうね。
「えぇと……今日は何をするって言ってたかしら。確かA.R.O.A.本部にいると言っていたわね。」
童子さんも一緒に行きましょう。

「何をしているのかしら?」
遠巻きに見ていましたが「あんな顔をさせたくない」という呟きが聞こえてしまいました。
「……」
当時の事を思い出して少し胸が痛みますが、タヌキさんと童子さんがいるので我慢します。

ガーバは私のために努力をしてくれているのに、私は何もしてきていませんでした。
何かできることを探したいと密かに思います。





桜倉 歌菜(月成 羽純)
  覗く側

彼のお母さんが経営してるカクテルバーにはお正月休みは無いって言ってた羽純くん
働く姿が見たい

たぬきさんにお願いし、童子さんと三人で夜のバーへ

以前羽純くんと約束したの
バーに入るのは私が成人してから
姿を消して、お店の中には入らず、窓から中を伺う

寒いし
たぬきさんと童子さんと手を繋ごう

大人の世界
羽純くん、あんな風に笑うんだ…大人びた笑顔

女の人が羽純くんに近付いて…何か渡そうと?
気になる…っ
たぬきさん、お願い!中へ行って話を聞いてくれないかな?

たぬきさんに羽純くんが気付いた?
こっちへ来て…

たぬきさん、もういいです、解除を

ごめんね、羽純くん!
(呆れちゃったよね?
羽純くんの事、見てるの楽しいよ!(力説



●彼女の足跡には花が咲いて
 長椅子の上に黒髪の青年が横たわっている。翡翠色の双眸は軽く閉じられたまま――傍らに本が落ちているところを見ると、本を読んでいる途中にうたた寝してしまったのだろうか。
 青年は、長く眠るのは好きではなかった。浅い眠りにまどろむとき、いつも夢に見るのは、全ての失った日のこと。だから青年はまどろむのを避けた。毎日疲れるまで動き、必要な時間だけ眠れば、ほとんど夢を見なくて済む。そのようにして、悪夢から逃れるように生きてきた。
 まどろむたびに昏い笑みを浮かべたナイトメアが、次第にその足音を遠ざけるようになったのは、いつの頃からだろうか――。
 いま、青年の胸に立ち現れるのは、光満ちる暖かい午後の光景。咲き乱れる野辺の花、隙間を舞う白や黄色の蝶。遙か青空に響くひばりの鳴き声。
 細身の体に銀青色の髪がふわり、微風にそよいで。少女はおとぎ話に出てくる妖精のように自分の前を歩く。その背中に羽根はないけれど、青年には見えない翼があるように思えた。そうでなくてはこんなに軽やかに、花咲く小道を歩けないだろう。悪夢の鳴らす昏い足音の代わりに、少女の足跡には歩を進めるたび、次から次へと白いすみれの花が咲く。世界そのものが神の恩寵であると、こんな春の午後なら思えた。今を盛りと色を競う野辺の花を愛でる彼女の微笑みは、花々以上に輝いて見えて。青年はいつしか、自分も同じように笑っていることに気がつく。
 花に向けられている視線をこちらに向けたくて――。
「リチェ」
 青年の口から彼女の名前がこぼれた。

 こっそり無断で入る彼の部屋。音は聞こえるらしいので、ドキドキしながら抜き足差し足で忍び寄る。一緒に入ったたぬきと童子も息を殺して、そおっとそおっと歩いているのはなんだか可笑しい。
 シリウスは、長椅子の上で眠っていた。普段と違うあどけない寝顔。この顔だけ見ていると、青年と言うよりはまだ少年といっていいくらいだ。
(風邪、引かないかしら)
 冬の日のうたた寝に、リチェルカーレは少し心配した。ぐっすり眠っているようなら、ベッドから毛布を持ってきて、かけてあげた方がいいかもしれない。
 青年はよく眠っているように見えたが、銀青色の髪の少女がすぐそばまで近寄ると、ぴくり、と動いた。思わずドキッとして、彼女は見えなくなっていることを忘れ、たぬきの後ろに隠れる。隠れるといっても小動物の大きさでしかないたぬきは、リチェルカーレの前であわあわするだけなのだけど。
「リチェ」
 青年が呼んだのは自分の名前。無意識にこんな無防備な顔で呼ばれて、彼女は思わず真っ赤になる。どんな夢を見ているのだろう。
 じっと見つめる先の彼は少し笑っている。いつもの冬の星のような厳しさはなく、春のような柔らかい笑顔で。リチェルカーレは頬を染めたまま、傍らにいるたぬきと童子に呟く。
「……いつもは、こんな風には笑ってくれないのよ」
 童子は興味津々で、
「そうなの?」
「うん。いつもはもっと……不機嫌そう。笑ってもこんな風じゃないの。きっと、夢を見ているのね。私のこと小さな子供だと思ってるんだわ」
 言いながらそっと額の彼の前髪に手を触れようとして、

 ぎゅっ。

 不意に手を掴まれて、心臓が跳ねた。
 ほとんど無意識のように、反射的に伸びた彼の手。翡翠色の瞳が見開き、見えていないはずのリチェルカーレをまともに射抜いた。
「……リチェ?」
 その言葉に宿るのは、ほんの少しの困惑と、「確かにここにいる」という確信。何より、握った彼女の手首の感触を、他の誰かと間違えるはずはない。
 リチェルカーレ、たぬきを見た。頷いて、たぬきはぽん! と腹鼓を打つ。シリウスは、視界にリチェルカーレの他に、たぬきと、10歳くらいの子供が現れたのに少し驚くが、彼女に悪さをするような生き物ではないと直感する。
「おはよう、シリウス」
 少しばつが悪そうに少女が言う。そっと離れようとしたその体を、彼は手首を掴んだままぐいっと引き寄せる。
「……大人扱い、すればいいのか?」
 青年はそのまま少女を抱きしめ、腕の中に閉じこめてしまった。夢うつつに聞いた言葉への返事を耳元で囁けば、リチェルカーレは赤くなっていた頬をさらに染めて言葉を失った。
「……っ知らない!」
 恥ずかしくて、どうにかもがいて腕の中から脱出しようとするが、そんな動きさえ愛おしそうに、ますますぎゅっと抱き留められる。青年の温かさに、頬が火照って、心臓が高鳴って、どうにかなってしまいそうで。
 リチェルカーレは無意識のうちに満面の笑みを浮かべていた。その笑みはたぬきや童子には見えていなかったかもしれない。それだけ少女はしっかりと、シリウスの両腕に包まれていたから。



●孤高の翼は孤独な魂に手を差し伸べて
 大空を黒い翼が滑空している。陰になって見えるのは、逆光のせいだ。風を掴み、青い大洋のごとき大空を我がものにする鳥の姿は、窓越しに空を眺める青年の心をとらえた。
「……旅行日よりだな」
 空を舞う荒々しくも美しい鳥の姿を、山の頂から見下ろすようにして眺めたこともあった。あのとき自分は鳥と同じ視野でものを見ていた。不毛の高山と、すそ野に広がる青い森と、どこまでも続くような茫漠たる平野。秋が来れば火のように赤く輝く幾億の木の葉、その梢は、今は白い雪で真っ白に化粧しているだろうか。
 ガーバ・サジャーンは軽く首を振って、勉強に戻った。
 ジョブスキルの勉強やオーガの性質について学んで、ウィンクルムとしての活動に役立てるため、A.R.O.A.本部の図書室で、彼は読書に励んでいた。

「ガーバのところに……ですか?」
 ペディ・エラトマは、たぬきの誘いに少し首を傾げた。緑がかった柔らかな色の長髪が、さらっと揺れる。
「相手のプライベートを覗いてしまって良いものでしょうか?」
「大丈夫、大丈夫! 怒らないって! きっと意外な一面が見られるよ!」
 のんきなたぬきの言葉に、彼女は「急に現れて驚かせてみるのもちょっと面白そうね」と笑った。
「えぇと……今日は何をするって言っていたかしら。確かA.R.O.A.本部にいると言っていたわね」
「じゃあ、行ってみようよ!」
「ええ、童子さんも一緒にね」
 和服の女の子はペディが手招きすると、嬉しそうににっこり笑みを浮かべた。

 図書室は年の始めということもあってか、人は少なかった。ペディとたぬきと童子は特に咎められもせずに受付を済ませ、中に入った。本棚の向こうにガーバを見つけ、手を繋いで術を発動する。
「何をしているのかしら?」
 そっと近寄り、呟く。机の上に分厚い書籍やノートが置かれている。そのタイトルをペディは読んだ。ウィンクルムの任務に関するものばかりだ。
「偉いね、勉強してるよ」
 たぬきが感心したように囁いた。

 そのときガーバはちょうど、ペディと初めて会ったときのことを思い出していた。
 少女はまだ8歳くらいだった。小さくて頼りなくて、親ともはぐれ一人きりで途方に暮れていた。哀れ、という言葉がぴったりの幼子。
 今は身長も伸びて大人らしくなり、恐怖や孤独に硬く強張っていた表情も穏やかになっている。時には、笑う顔も見られるようになった。それなりに楽しそうに暮らしているようだ。
 ……しかし。
 ウィンクルムになった以上、親を奪い、幸せな暮らしを奪ったオーガと対峙することになる。しかも神人である以上、狙われる危険は一般人よりさらに高くなっているのだ。
 オーガと戦うのは心配だった。でも、やらねばならないのなら。
 少しでも敵のことを知って、味方のことを知って、危険な目に遭う可能性を減らしたい。
「ペディにまたあんな顔をさせたくない」
「……」
 一人呟いたガーバの声に、少女は言葉を失う。
 鮮明に蘇る、あのときの記憶。突然つき落とされたどん底と、明日をも知れぬ恐怖の日々。その中で差し伸べられた、ガーバの大きな手。
 沁み入るように心が痛んだ。少女の表情が硬くなる。たぬきと童子がいるので、それ以上取り乱すのは我慢した。
(ガーバは、私がいないときも、私のために努力してくれているのに、私は何もしてきていませんでした)
 何か、自分も彼のためにできることはないだろうか。
 勉学に励む青年の横顔を見て、自分にもできることを探したい、そう彼女は密かに思った。

 たぬきに術を解いてもらい、彼の前に立つ。
「ガーバ」
 突然ペディに声をかけられ、集中していたガーバは驚いて視線を上げた。
「ペディ! どうしたんだ、こんな所に」
 ペディはちょっと曖昧に微笑んで、
「大したことはないけど、少し色々あったの」
 そして、もしよかったら、あとで鎮守の森に散歩に行きましょう、と誘った。もちろん勉強が終わってから、と付け加えて。
(放浪が少し懐かしいのを、見透かされたのかな)
 ガーバは苦笑する。
「いいよ。今ちょうどきりのいいところだ。これから一緒に行ってみようか」

 一月の森はきりりと冷えて、清浄な空気が肺腑の奥まで染み渡るようだった。ガーバはほっと息を漏らした。彼が想像したとおり、白く雪化粧した森の梢から、青空を悠々と舞う鷹の姿が見える。嬉しそうな精霊の様子に、ペディも思わず、誘って良かった、と小さく微笑んだ。
 彼と彼女は苔むした自然石の石畳の道を歩きながら、話をした。たぬきの誘いや、お目付け役の童子のこと。少し後ろから、たぬきと童子が並んで歩いていく。童子は仲良く寄り添う二人に視線が釘付けだ。
「恋人になるって、お互いを思いやること?」
 そう聞いた童子に、たぬきは、そうだよ、と力強く頷いた。



●お屋敷を抜け出して
 その豪邸は、まるで森の中に聳えているようだった。たぬきの妖術で無事通り抜けた門番のところから、何分歩いただろうか。たどり着かないかと思われた頃にやっと見えた、尖った屋根。壁は白く、前庭の植物園は迷路のよう。瀟洒な屋敷を、Elly Schwarzはぽかんとして見上げた。
「へ!? ……こ、ここが……!?」
 たぬきはのんきに、クルトさんの実家ってお金持ちなんだねーと呟いているし、童子は「ここに入るの?」とはしゃいでいる。
 たぬきが誘いにくる少し前、エリーはリビングに、Curtの書き置きらしいメモを見つけていた。
「少し実家に戻る。すぐ帰る」
(クルトさんの実家って、どんなところなんでしょう?)
 胸の奥に湧いた興味を抑えるようにしていたエリーに、たぬきの誘いは渡りに船だった。
(怪しいお誘いですが、気にはなります、ね)
 いけないと思いつつも、好奇心を抑えられず、気がつくと屋敷へと向かっていたエリーとたぬき、童子。
 まさかこんなところだとは、夢にも思っていなかった。
 玄関には車や馬車が連なり、パーティーでも開いているようだ。

 オールバック風に撫でつけた茶色の髪、長身に黒いスーツ。クルトは内心げっそりして、赤いドレスの貴婦人に儀礼的な挨拶と営業用スマイルを捧げていた。これで何人目だろう。
(はぁ……新年早々疲れる)
 人の見ていないところで顔をぴくぴくとひきつらせ、クルトは一人ごちる。
(ウィンクルムになったからと言って解かれる呪縛ではなかったか)
 青年は育ての親である伯父の台詞を思い出す。
「わかっているだろうが、新年会には必ず来るように。私の政治仲間が皆顔をそろえる重要なパーティーなのだからな。……来ないとどうなるか、想像がつかないほどお子さまではあるまい?」
 クルトは軽く首を振った。伯父が本気になったら、今のエリーとの日々が揺るがされかねない。
 しかし……、それにしても辛い。
(愛想笑いなんか表情筋がつりそうだ。早く帰りたい)

「他の方には見えるんですか? では窓からこっそり……」
「この人ごみじゃ窓からじゃ見えないよ! 大丈夫、おれが何とかする」
 ぽん! と腹鼓を打つと、エリーの伯爵マントが空色のドレスとなり、童子の着物は高級感が増し、たぬきは毛皮のバッグになった。
「ちょっとの間なら、この格好でいられるから、入ろう!」
「え? ダメですよ!」
「早く早く! 長く保たないんだから」
「うう……解りました」
 たぬきの押しに負け、エリーはパーティーへ潜入した。

 優雅なワルツのリズムに、紳士淑女が舞い踊る。壁際を彩る美味しそうな食事の数々。エリーが見とれていると、見知らぬ青年に「踊りませんか」と声をかけられ、慌てて丁重に断った。
 やっとクルトが見えた。貴婦人とワインを酌み交わす、主催者然とした紳士の傍にいた。大きなシャンデリアの下、美しく着飾った人々に少しも劣っていないどころか、黒を見事に着こなし、流れるような作法で挨拶を交わすその姿は、どこから見ても立派な上流階級の御曹司だ。
(クルトさん、別人のよう、です……)
 自分とクルトの距離が、現実の距離よりもずっと遠くに思えて、エリーはしゅんとなった。

 エリーは人いきれから逃れ、庭の植物園にいた。冷たい空気にほっとする。慣れない宴の後で、まだ心臓が少しどきどきする。ほぼ同時に、たぬきの妖術の効果も消え、エリーはシンデレラのように普段着に戻った。
 人の気配がした気がして、逃れるように早足で歩くと、植え込みの曲がり角でばったりクルトに出会った。青年もほぼ時を同じくして、こっそり抜け出してきていたのである。
「?! な、なんでこんなところにエリーが?!」
「わ?! あ……クルトさん! これは……え、えっと……」
 しどろもどろになるエリー。その焦った顔がかわいくて、愛おしくて、思わず抱きしめようとするが、
「……ところで、外へ出て折りいったお話というのは」
 真後ろの植え込みの向こう側で、伯父が誰かと話す声が聞こえる。クルトは仰天し、手を止めた。
(ここじゃまずい、誰に見られるかわからない。祖父の噂好きの親戚に見られるとあとが面倒だ)
「クルトさん、エリーちゃん、こっちは人がいないよ」
 たぬきと童子が小声で手招きする。クルトは、なんだこのたぬきは、と思ったが、同じく小声で、
「まぁ良い。早く帰りたかったんだ。一緒に帰ろうか」
「えっ、いいんですかクルトさん」
「もう十分だ。行くぞ」
 青年はスーツ姿のままエリーの手を取ると、颯爽と歩き出す。エリーはいつものクルトらしい様子にほっとした。
(一瞬だけ、クルトさんが遠い人に見えてしまいましたが、見つけてもらって安心するなんて……僕は単純ですね)
 一人微笑する。
 その背後、茂みの向こうで、実はクルトがいたことに気がついていた伯父だったが、
「抜け出したか。……良いだろう」
 とぼそっと呟いていたことには、立ち去る一同は気がついていなかった。



●冬の夜の止まり木にて
 そのカクテルバーは、タブロス市内にある。夫に先立たれた元ウィンクルムの女性が経営する店に正月休みはなく、正月料理を食べ飽きた大人の男女がカウンターに寄り添う。
「ジャックローズ、お待ちどお様」
 薔薇色の酒をグラスに注ぎ、二本の指をグラスの底に添えてすっとカウンターを滑らせたのは、経営者の息子、月成 羽純。儚げな美青年の物腰柔らかな給仕は、それを目当てにここに来る女性がいるのも頷ける。
「羽純くん、あんな風に笑うんだ……」
 普段と違う大人びた笑顔に、窓の外からほうっ、と白い息をつくのは、パートナーの桜倉 歌菜だ。

「羽純くんの働く姿が見たい」
 たぬきの誘いにそう応じたのは昼間のこと。バーが開くのは夜だから、夕方まで待ってから出かけた。道中、歌菜はたぬきと童子に彼の話をした。童子は興味津々だ。
「以前羽純くんと約束したの。バーに入るのは私が成人してからって」
「じゃあ、内緒で入るの?」
「ううん」
 歌菜は童子の問いに首を振って、
「バーの外から、窓から覗くなら、約束は破ってないでしょう?」
「外から覗くのか。ちょっと寒そうだね。でもいいよ、了解!」
 たぬきが笑う。三人は店の前まで来ると、皆で手を繋いだ。
 急速に冷えてくる冬の夕方。手から伝わる互いの体温はあったかい。

 三人は窓の外から羽純の様子を窺う。仄かな暖色の光が照らす薄暗いカウンター。少し物憂げに、睫毛を伏せがちにシェイカーを振るう羽純のすらっとした姿。
「大人の世界だね」
 童子の囁きに歌菜も頷く。いつもと違う彼に、ドキドキするような、少し不安なような。
 ドアが開いて、二十歳頃の黒髪の美人が現れた。羽純の前に座り何か注文する。
(きれいな人……羽純くんと仲いいのかな)
 歌菜の胸の鼓動に不安の響きが増す。
 女性は桜色のカクテルを受け取り、口を付けながら羽純と話していたが、やがてバッグから何かを取り出した。
(何か渡そうとしてる……? 気になるっ)
 歌菜、とうとう我慢できずに、
「たぬきさん、お願い! 中へ行って話を聞いてくれないかな?」
「了解! 他のお客がドアを開けたら入るよ!」
 たぬき、気楽に請け負った。その時タイミング良く、店に入る客がいたので、後についていく。

 客に向ける羽純の笑顔はあくまで営業用。歌菜に見せる素っ気ない態度こそが彼の素である。笑顔が自然なのは、単に店の手伝いに慣れているから。彼は常連客の一人が、映画のペアチケットを渡して来たのをやんわりと断った。
「いつも誘って下さるのに、心苦しいですが」
 相手は冗談めかした口調で落胆の色を隠しつつ、
「偶には付き合ってもいいんじゃない? 好きな子でもいるの?」
 羽純は言葉に詰まった。その沈黙に、彼女はからからと笑い、
「居るんだ。残念。貴方を惚れさせた子がどんな子か見てみたいな」
 そして、ご馳走様、と席を立つ。
 勘定をしながら、羽純は一人心中で自問した。
(以前なら、はっきりそんなの居ないと言えたのに、どうしてだ)
 今はウィンクルムのパートナーが居るから?
 ……いや、そんな単純なことじゃない。
 何かもやもやしたものが胸に残った。

 女性の退席後、彼はふと違和感を感じた。店の中に動物でもいるような感じだ。
「……なんだ? 何かいるのか?」
 その台詞にたぬきはどきっ! として、後ずさりした。

 こん。

 後ろ足がテーブルの脚にぶつかって、音を立てる。
「やっぱり、何かいる」
 音のした方、窓際に数歩歩み寄ると……、
「? 歌菜?」
 根拠はない確信。見えないが、彼女がいる。
 窓の外の歌菜は慌ててたぬきを手招きする。
「たぬきさんに羽純くんが気がついた! こっちに来て……」
 たぬきはドアを開けて、転がるように外へ出ていった。

 羽純が気配を追って外へ出ると、丁度歌菜がたぬきにお願いして、術を解いたところだった。
「歌菜……か? お前、どうして……」
「ごめんね、羽純くん! 羽純くんが働いている様子、見てみたかったの!」
 頭を下げて、歌菜、事情を説明する。
(羽純くん、呆れちゃったよね?)
 一方、羽純は確かに呆れていた。
「俺を見て何が面白いんだか」
 そう言いながら、羽純はふと、歌菜の肌が寒さに白くなっていることに気がついた。冬の夜に30分近くもじっとしていたのだ。
「羽純くんの事、見てるの楽しいよ!」
 握り拳で力説する歌菜の、その握った手を取る。案の定、冷え切っている。温かい手のひらに、歌菜の瞳が思わず見開いた。
「馬鹿だな、こんなに冷えるまで」
 青年が微笑する。営業用でない本当の笑み。
「来い。温かい飲み物を用意してやる。……たぬきも童子もな」
 そのまま手を引いて、店を通り抜け、奥の自分の部屋へと連れて行く。歌菜はあっけにとられ、されるがままにされていた。
(羽純くんの、部屋)
 その手の温もりも、彼の気遣いも嬉しくて。歌菜は思わずぬいぐるみ代わりにたぬきを抱きしめた。
 やがて三人の前に、温かいココアが差し出されたのであった。



 童子がカガヤ姫の元に、恋人の互いを想いあう優しさと、精霊の作るココアのおいしさを伝えに戻っていったのは、もう少し後の話。



依頼結果:成功
MVP
名前:リチェルカーレ
呼び名:リチェ
  名前:シリウス
呼び名:シリウス

 

名前:桜倉 歌菜
呼び名:歌菜
  名前:月成 羽純
呼び名:羽純くん

 

メモリアルピンナップ


エピソード情報

マスター 蒼鷹
エピソードの種類 ハピネスエピソード
男性用or女性用 女性のみ
エピソードジャンル ハートフル
エピソードタイプ ショート
エピソードモード ノーマル
シンパシー 使用不可
難易度 簡単
参加費 1,000ハートコイン
参加人数 4 / 2 ~ 4
報酬 なし
リリース日 01月05日
出発日 01月11日 00:00
予定納品日 01月21日

参加者

会議室

  • ギリギリの書き込みになり申し訳ありません。
    昨日気になる点を質問していました。
    運営さんからの正式な返答はまだ頂いておりませんが
    GMさんがページにてご返答頂いておりましたので
    コピペ失礼します。

    ・姿は周囲の人には見えますが、妖術で見えなくできます。
    ・妖術で知らない場所にいる相手を探すことができます。

    皆さんのお役に立てましたら幸いです。

  • [6]桜倉 歌菜

    2015/01/10-22:27 

  • [5]桜倉 歌菜

    2015/01/10-22:26 

  • [4]桜倉 歌菜

    2015/01/10-22:26 

    あらためまして、桜倉歌菜と申します。
    リチェルカーレさん、エリーさん、またご一緒出来て嬉しいです!
    ペディさん、はじめまして♪

    私はたぬきさんにお願いして、パートナーの羽純くんの様子を見に行く予定です。
    ドキドキしちゃいますね…!

    よろしくお願いします♪

  • [2]リチェルカーレ

    2015/01/08-20:42 

  • [1]桜倉 歌菜

    2015/01/08-01:07 


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