プロローグ
●闇の氷を溶かして
甕星香々屋姫(みかぼしかがやひめ)は、下界を覗ける鏡を用いて、地上の様子を覗き見ていました。『人間界風紀粛清大作戦』が上手く進んでいるかどうかが気に掛かっていたのです。鏡に次々と映っては消える下界の今。ふと、雪深い森で角の生えた小さな竜たちと戦う男女らの姿が鏡に映り、甕星香々屋姫は鏡が映す場所をそこに固定しました。
「ウィンクルムですか。愛の力で戦う戦士……よろしくない、非常によろしくありません。観察の必要がありますね」
甕星香々屋姫は、まだ幼さの残るかんばせに大人びた真剣な表情を乗せて、鏡が映す光景に見入りました。
スノーウッドの森の中。デミ化してしまった小型の氷竜をウィンクルムたちは相手取っていた。氷竜は全部で5体。小型犬ほどの大きさのそれはそこまで強くはないようだけれど、ちょろちょろと飛び回って中々攻撃が当たらない、そういう意味では少しばかり厄介と言えなくもなかった。と、その時。
「キィィィィ!」
ウィンクルムをからかうように木々の間を飛び回っていた氷竜たちが不意に動きを止めたかと思うと、神人たちへと向かって氷の息を吐き出す。精霊たちが、パートナーを守るように彼女らの前に立った。冷たくはあるけれど、これも大した攻撃ではない。だが。
「っ……!」
精霊たちの目に、細かな氷の破片が入った。刺すような鋭い痛みに眉をしかめたその瞬間――精霊たちの心に、違和が生じた。ある者は自分の心が氷のように冷たく冷え切っていくのを感じ、またある者は狂気じみた感情が心の奥からぶわりと溢れ出すのを感じる。その変化は抗いようもないもので、精霊たちは間もなく、完全に常の自分を失った。デミ化した影響で、氷竜の放つ氷の破片は人の心の闇を引き出し、増幅する効果を纏っていたのだった。
「キキィ!」
氷竜が楽しそうな声で鳴けば、精霊たちはゆらりと自分の神人へと向き直る。狂気じみた光が宿る精霊たちの瞳は、冷たい氷を思わせる薄い薄い青に色を変えていた。
「これは……大変なことになりましたね」
甕星香々屋姫は益々鏡に見入ります。さて、愛の力とやらはこの状況を切り抜けるほどの力はあるのだろうか――あるのだとすれば少し、本当にほんの少しくらいはそれを認めてやってもいいかもしれないと、甕星香々屋姫は胸の内に思うのでした。
解説
●目的
精霊を愛の力で元に戻しデミ化した氷竜たちを退治すること
●精霊たちの状態について
ざっくりばっさり言ってしまうと闇堕ちしています。
普段心の片隅に追いやっている負の部分が溢れ出した感じです。
どんなふうに闇堕ちするのか、そしてどんなふうに喋り動くのかはプランにて必ずご指定くださいませ。
なお、闇堕ちしたと同時に精霊たちは氷竜の支配下にありますので、氷竜の指示で自身の神人と相対します。
相対すると言っても戦闘必須ではなく、1対1のやり取りになるよくらいの意味合いです。
●精霊たちを元に戻す方法
愛の力で氷の破片を溶かしてください。
方法は問いません。説得も、物理も、その他何らかの行動も可です。
●プランについて
精霊がどんなふうに闇堕ちするのか、闇堕ちした精霊をどうやって元に戻すのか、元に戻った精霊とどんなやり取りをするのかが3本柱になるかと思います。
今回に限り、デミ討伐に関する部分はプランに記載なくても達成とさせていただきますので、上記3つの部分に存分に文字数を割いていただければと。
敵は弱い+精霊を闇堕ちさせたことで油断しまくっていますので、ワンパンで片が付くかと思います。
討伐部分の描写はめちゃくちゃ薄くなる予定です。
また、元に戻った精霊が闇堕ち時の記憶を保持しているかもお好みでご指定くださいませ。
なお、リザルトはプロローグの直後からのスタートとなります。
それ以前の部分に関するプランは採用されない可能性がございますのでご注意くださいませ。
ゲームマスターより
お世話になっております、巴めろです。
このページを開いてくださりありがとうございます!!
闇堕ちした精霊さんを愛の力で元に戻そう! という部分がメインのちょっと変則的なアドベンチャーエピソードです。
狂気、ヤンデレ、鬼畜、無感情などなど、精霊さんを好みの感じに闇堕ちさせて楽しんでいただけますと嬉しいです!
闇堕ちは浪漫だと思っております……!
皆様に楽しんでいただけるよう全力を尽くしますので、ご縁がありましたらどうぞよろしくお願いいたします!!
また、余談ではありますがGMページちょっとした近況を載せております。
こちらもよろしくお願いいたします。
リザルトノベル
◆アクション・プラン
リーリア=エスペリット(ジャスティ=カレック)
精霊の様子がおかしい…。 彼に話しかけ、反応を窺う。 こちらを向いた彼の瞳は薄い青。 アメジスト色の瞳とは違う、冷たい色…。 え?なんでじりじりと迫ってくるの? な、なんでこんなことに! (木に追い詰められ、少しパニック) ちょ、近い、近いよ! しかも、「僕のものになれ」ってどういうこと!? 「まだ色々と聞くべきことも聞いてないし、わかっていないのに、こんな手段に出るなー!」と、思わず拳を振るう。 どうしてこうなったかわからないが、ちゃんと彼から彼自身の言葉で話を聞きたい。 だから、今の状態は許せない! 拳は顔面にクリティカルヒット。 (愛の力=物理) 彼が元に戻り、安心する。 やはり彼はこっちがいい…。 その後は氷竜討伐。 |
月野 輝(アルベルト)
これは、誰? こんな冷たい瞳をしたアルなんて知らない 私の知ってるアルは、その種類はともかく、いつも笑顔で 優しい時も意地悪な時も呆れてる時も戦ってる時さえも でも これがアルの中にあった一面なら受け入れる 私を忘れたというなら思い出して貰うわ、絶対に ■対精霊 こんな風になってしまう何かが貴方の中にあったのね お願い、それを私に聞かせて? 貴方がしてくれたように、今度は私が貴方の胸の支えを取り除いてあげたい 私じゃ、アルの力になれないの? (駆け寄って精霊の頬に平手打ち) 忘れてた?私はちゃんと思い出したわよ! 私は、アルの事っ! ……元に戻ったの? (ハッとし) 何でもないわよ、知らない知らないっ (真っ赤になってそっぽ向き |
ロア・ディヒラー(クレドリック)
(いきなり抱きしめられ)え、ちょっと大げさなんだけどどうしたのクレちゃん…! し、四六時中って…(クレちゃんの様子があきらかにおかしい、ど、どうなってるんだろ)クレちゃん落ち着いて、ね? 話を聞こうとせず、勝っ手に私がクレちゃんを見捨てる前提で話を進めていることにいらいらする。 クレちゃんの馬鹿! (思わずクレちゃんの頬を平手打ちする) そんなことは思わないし、いつそんな事私が言ったのよ!ディアボロって種族素敵だから不吉だなんて思わないし、そんなの関係なくクレちゃんの事大好きだよ。私のクレちゃんへの気持ち、信じてくれないの? それが悲しくて涙がながれる。 クレちゃんが元に戻って嬉しい反面凄い事いったような… |
ミオン・キャロル(アルヴィン・ブラッドロー)
ありがとう、大丈夫!? アルヴィン?(様子がおかしい精霊に近づき腕に触る っ…!(痛みに息をのむ 反射的に振り払い精霊から離れる 怪我と精霊の変貌による恐怖と怯え 紋様を触る 何で、どうしたのアルヴィン! 精霊が自分に無造作に剣を振り下ろすのを身を捻り躱す 必死に精霊の名を呼び、訴える 何度目かで避ける時に転び、ゆっくりと剣が振り上げられる 以前に精霊から預かったネックレスが精霊の視界に入る(依頼34 …き…、嘘つき!! 涙のたまった目でぎっと睨みつける 敵、まだ終わってないわ! 適当な布で止血 …手(精霊に手をだし立たせる事を要求 この代償は高いわよ(責任を感じる精霊に茶目っ気交じりに 何処の誰だか知らないけど最低よ!(怒り |
ジェシカ(ルイス)
なんかまた面倒くさい事に… ぶん殴って正気に戻したい所だけどやめとくわ 実力が違うからまともに相手しても怪我だけですむかどうかだし 何より、私が怪我してたらルイスが正気に戻った時に絶対気にするもの 攻撃にはひたすら回避で対応するわ 本当にルイスらしくないわね… しっかりしなさいよ! それってただ逃げてるだけじゃない 私がこっちにきたのはルイスとなら大丈夫だと思ったからよ 無理だと思ったらタブロスに来ないで今まで通りの生活を続けましょうって言ってるわよ もっと堂々としてなさいよ ルイスが思ってる以上に私はルイスの事、信じてるわ もうお互い子供って年でもないもの 何をするかなんて自分で決めればいいわ |
●君を離さない
「あ、ありがとクレちゃん。大丈夫?」
ロア・ディヒラーが自らを庇ってくれたクレドリックへと感謝と心配の念を伝えれば、彼はゆるりとロアの方へと振り向いた。常は銀色の瞳が薄氷の色に染まっているのに気付く間もなく、ロアはクレドリックにぎゅうと抱きすくめられて。
「へ……? え……?」
「ロア……ロアが無事でよかった……」
「え、ちょっと大げさなんだけどどうしたのクレちゃん……!」
ロア、驚きに身じろぐも、愛おしげに彼女の名を呼んだクレドリックは、ロアをその腕に優しくけれど強く抱いたままだ。大切で繊細な宝物を二度と離すまいとしているかのように。放っておけば飛び立ってしまう愛しい小鳥を、美しくも堅牢な鳥籠の中に誘うかのように。
「ロア、さあ、安全な研究室に帰ろう。普段どんなに私が不安かわかるかね? ……常時見ていても落ち着かないのだよ。ロアに何かあったらと思うと私は……」
「クレちゃん? どうしたの、ねえってば」
「……四六時中傍にいたい。ロアがどこかへ行ってしまわないように……」
「し、四六時中って……」
クレドリックの胸の中で、ロアは思う。何が起こっているのかさっぱり分からないけれど、今のクレドリックは普段の彼とは違う、と。
(クレちゃんの様子があきらかにおかしい、ど、どうなってるんだろ……)
とにかくこのままではいけないと思い決め、ロアはクレドリックへと優しく声を掛けた。
「クレちゃん、落ち着いて、ね?」
「ロア? 嫌……なのかね?」
クレドリックがロアから僅か身を離す。ロアを見やる氷の瞳に、傷付いたような色が映って揺れた。
「私がディアボロだから、不吉だから……私を見捨てるのか」
「クレちゃん、違う、そんなこと言ってないよ」
「そんなことは許さない、鎖に繋いででも私の傍に……」
失うことへの怖れが、底の知れない狂気へと変わっていく。けれど、ロアは竦むことはしなかった。話を聞こうとせずに、まるで今にも自分が彼を見捨てようとしているかのように話を進めるクレドリックへの苛立ちが、腹の底から沸く。
「離さない、逃がさない……ロアは私の……」
「っ……クレちゃんの馬鹿!」
ぱしん! ロアの手のひらが、思い切りよくクレドリックの頬を打った。幼子のようにきょとんとして、僅か目を見開いたクレドリックが鈍く痛む頬を抑える。
「……ロア?」
「そんなことは思わないし、いつそんなこと私が言ったのよ!」
「だがロア、私は……」
「ディアボロって種族素敵だから不吉だなんて思わないし、そんなの関係なくクレちゃんのこと大好きだよ」
私のクレちゃんへの気持ち、信じてくれないの? と問いを投げれば、胸を刺す悲しみにロアの頬を涙が伝った。
「……ロア。泣かないでくれたまえ」
縋るように言って、クレドリックはロアの目元へと手を伸ばす。
「何故、殴られた私よりも痛そうな顔をしているのかね」
ぽろり、またロアの瞳から溢れた涙へと、クレドリックの指先が触れる。拭った涙は、泣きたくなるほど温かかった。
「ロ、ア……」
瞳の氷が解けていく。常の色を取り戻した銀の瞳が揺れる。
「……ロア、もう泣かないでくれたまえ。ロアに泣かれては……どうすれば良いのか、分からなくなる」
「クレちゃん……?」
泣かないでほしいと訴えるクレドリックの顔を見上げて、ああ、いつものクレちゃんだとロアは安堵する。と同時に、思い出される先刻の自分の発言。
(良かった……。けど、私すごいこと言ったような……)
そんなロアの胸中は知らず、泣き止んだロアを見てクレドリックは一つ息をついた。そして、思う。ロアを泣かせた原因を早急に消さねば、と。
●君の全てを
「ジャスティ……?」
尋常ならざる気配にリーリアが彼の名を呼べば、ゆらり、リーリア=エスペリットの方へと顔だけで振り返ったジャスティ=カレックはくっと口の端を上げた。リーリアを映すその瞳は、氷を思わせる薄い薄い青。
(ジャスティの様子がおかしい……それに、あの瞳の色は、何?)
常のアメジスト色の瞳とは違う冷たい色に見据えられて、リーリアはぞくりとした。
「そんな顔をするな」
こちらへと向き直ったジャスティが、リーリアとの距離をゆっくりと詰めながら可笑しそうに笑う。尊大な物言い、傲慢な笑み。全てがあまりにも『彼らしく』なくて、リーリアはゆったりと歩み寄ってくるジャスティと距離を取るように、じりじりと後ずさった。
「え? なんで迫ってくるの?」
「なんで? さあ、何故だと思う?」
くつくつと笑み漏らすジャスティへと何か言葉を返そうとして――けれど、それは叶わずに終わる。背が、森にそびえる大木に当たっていた。もう、逃げ場がない。
「さあ、捕まえた」
「っ……!」
大木を背に息を飲むリーリアを見て、ジャスティは薄く笑った。今の彼を突き動かしているのは、彼女を自分のものにしたいという独占欲。常から自覚している彼女への恋心、いつか想いを伝えたいという願い。本来ならどこか切なくもあたたかいものであるはずのその想いは、闇孕んだ氷の破片によって歪められ、ジャスティの心を軋ませていて。
「もう逃げられない」
大木に手をついて、ジャスティはリーリアの動きを完全に封じる。近すぎる距離にリーリアが慌て、その頬を朱に染めるのも、今のジャスティには大した問題ではない。
「ちょ、近い、近いよ!」
「だからどうした? リーリア……僕のものになれ」
「へ? 何それ、どういうこと!?」
騒ぐ口を塞いでやろうと、ジャスティはリーリアの顎をくいと持ち上げる。唇が唇に触れようとした、その瞬間――。
「ま、まだ色々と聞くべきことも聞いてないし、わかっていないのに、こんな手段に出るなー!」
リーリアの拳が、ぶんと風を切った。
(どうしてこうなったかわからないけど、ちゃんと彼から彼自身の言葉で話を聞きたい。だから、今の状態は許せない!)
強い想いを乗せた拳は、過たずジャスティの頬を捉える。愛の力(物理)、見事すぎるほどのクリティカルヒット。流石精霊、リーリアの渾身の一撃を受けてもジャスティは沈まず、けれど、見開かれたその瞳からは、あっという間に氷の色が溶けるように消えて。アメジストの瞳をぱちぱちとして、狼狽するように呟くジャスティ。
「あ、れ……? 僕はいったい何を……」
「……ジャスティ、近い」
リーリアに低く指摘されて、ジャスティは慌てて身を離す。どうしてこんな体勢に……? と困惑顔で首を傾げるジャスティを見やって、リーリアは密やかにその口元を緩めた。
(良かった。やっぱりジャスティはこっちがいい)
安堵に胸をあたたかくするリーリアへと、ジャスティが声を掛ける。
「リーリア。頬が痛いのですが、僕は一体いつダメージを受けたのでしょうか?」
「え? さ、さあ、どうしたのかしらね」
赤くなった頬を抑えるジャスティに、リーリアはぎこちない笑みを向けた。と、ジャスティのアメジストの視線がリーリアのかんばせへと注がれる。リーリア、と彼はまたその名を呼んだ。
「顔が赤いですが、大丈夫ですか?」
どうやら、先ほど感じた頬の熱がまだ残っていたらしい。誤魔化すように、リーリアは氷竜を指差した。
「そ、そんなことより今はデミ・オーガ退治よ、デミ・オーガ退治!」
ほら、早くやっつけるわよとリーリアが急かすので、氷竜へと向き直るジャスティ。記憶が一部抜け落ちているが一体何があったのだろうかと、その胸の内に思いながら。
●僕は君に負けない
振り返ったルイスの瞳は、凍りついたような薄い薄い青に染まっていた。そのただならぬ気配にジェシカは戦慄――は特にせず、呆れたようなため息を零す。
「ルイスったら……なんかまた面倒くさいことに……」
「五月蠅いよジェシカ」
氷の瞳でジェシカをねめつけて、ルイスはベク・ド・コルバン『べスパ』を構えた。
「ジェシカ、僕は強いんだ……」
「そうね。ぶん殴って正気に戻したいところだけどやめとくわ。実力が違うからまともに相手しても怪我だけですむかどうかだし」
それに。
「何より、私が怪我してたらルイスが正気に戻った時に絶対気にするもの」
少しも気圧されずにけろりとそう言い切ったジェシカの態度が、今のルイスには癇に障ったようだった。普段は穏やかな表情を乗せるそのかんばせにはっきりと浮かぶ、怒りの色。
「馬鹿にするな!」
叫んで、ルイスが鈍器を振り被り、思い切り振り下ろす。怒りに任せたその一撃を見切るのは難しくなく、けれど、精霊の本気の攻撃を避けるのはジェシカには容易ではない。何とか避け切るも、風圧に頬を血が走った。森の地面を、直撃した鈍器が抉る。周囲のこと等省みない、純粋な破壊。
「っ……!」
ジェシカの表情が痛みに歪むのを見て、この距離では拙いと引くのを見て、ルイスは声を上げて笑った。ルイスを変えてしまった心の闇は、自己主張すらままならない臆病な自分の性格への劣等感だ。だから、心の闇に身を任せた今の状態は、ルイスにとって甘美なほど心地良かった。森を逃げるジェシカを、ルイスはゆったりとした足取りでじわじわと追い詰める。その口元に笑みを浮かべたままで。
「ねえ、ジェシカ。僕はもう、ジェシカに振り回されるばかりの僕じゃないんだ」
「本当にルイスらしくないわね……しっかりしなさいよ! それってただ逃げてるだけじゃない!」
「……逃げてる? 僕が?」
ルイスの顔から、拭ったように笑みが消える。
「逃げてなんかいない! 僕は強いんだ、僕は……!」
「……ねえ、ルイス」
怒りにか、それとも本当のルイスの心に沈む何か別の感情からか。声を震わせるルイスへと、ジェシカは真っ直ぐに声を掛ける。
「私がこっちにきたのはルイスとなら大丈夫だと思ったからよ。無理だと思ったら、タブロスに来ないで今まで通りの生活を続けましょうって言ってるわよ」
だから。
「もっと堂々としてなさいよ。ルイスが思ってる以上に私はルイスのこと、信じてるわ」
ジェシカに彼女らしい気丈な笑みを向けられて、ルイスはその目を見開いた。偽りの強さよりも強固な揺るぎない言葉が、ルイスの胸を突く。瞳の氷が溶けていく。武器を持った手が力なく下ろされる。
「ジェシカ……僕は……」
今にも泣き出しそうな顔を、ジェシカへと向けるルイス。震える声で、紡ぐ言葉は。
「……ごめん、いつも迷惑かけて。僕は……もう少し前向きになりたい」
「もうお互い子供って年でもないもの。何をするかなんて自分で決めればいいわ」
迷子になった子供のように立ち尽くすルイスへと歩み寄り、そう言ってジェシカは笑った。何を責めるでもなく。そんな彼女の頬に滲む赤に、ルイスはそっと触れる。
「……ごめんね」
「ほら、しんみりしない! 今は敵を倒すのが先、そうでしょ?」
ジェシカの言葉に、ルイスはこくりと頷いた。
●全テ壊セヨ解放ノ為ニ
「ありがとう、大丈夫!?」
自分を庇ってくれた精霊へとミオン・キャロルは声を掛けた。しかし、アルヴィン・ブラッドローは振り返らない。ミオンの声に応えない。
「キキィ!」
その状況を楽しむかのように鳴いた氷竜が――次の瞬間、一閃の元に断ち切られる。血を噴き出して地に落ちる敵だった物を見て、ムーンスカルに付着した赤を払ったアルヴィンが愉快そうに薄く笑うのが、ミオンにも気配で分かった。
「……アルヴィン?」
様子がおかしい。そう感じたミオンは、無意識に彼を引き戻そうとするかのようにアルヴィンの腕をぐいと掴んだ。途端、腕を走る鈍い痛み。
「っ……!」
息を飲む。腕に、吸血薔薇の蔓が絡み付こうとしていた。顔だけで振り向いたアルヴィンが、薔薇の棘に傷付いた腕を無造作に持ち上げて、滲んだ血をぺろりと舐める。そして、にぃと笑った。双眸の色が凍っているのにぞっとして、済んでのところで薔薇の蔓を振り払いばっと後ろへと引くミオン。ミオンを見やるアルヴィンの片方の目には悪魔が宿っている。完全に臨戦体勢だ。ターゲットは――氷竜では、ない。氷の瞳に狂気の色を宿したアルヴィンが、口元を笑みの形に歪めている。腕の痛みと精霊の豹変ぶりに強い恐怖を感じて、ミオンは怯えに震える右の手で左手の甲の文様に触れた。
「何で……どうしたの、アルヴィン!」
アルヴィンは応えない。ただ微笑んで、大幅の剣を構え直す。その笑顔の裏にあるのは、『精霊である』という理不尽への激しい怒りだった。精霊であるが故の縛り。未来に願望は抱けず、無意識に諦めを抱いていた。精霊とは何? という問いに明確な答えはなく、鬱屈とした感情はただただ腹の底に降り積もるばかり。氷の破片は、彼の心の奥にあるそんな深い闇を表へと引き摺り出したのだった。心の闇に導かれるまま、アルヴィンは振り被った剣を無造作に振り下ろす。ミオンはその攻撃を、身を捻ってかわした。バランスを崩してその場にまろぶ。ゆっくりと振り上げられる剣が、にまにま笑いを浮かべているように鈍く光った。
「アルヴィン!」
声を振り絞って叫ぶ。けれどその声は、アルヴィンの耳には届かない。彼の耳に聞こえているのは、自らの心が囁く暗い声ばかり。
――アレハ、オ前ヲ縛ル象徴。サア、自由ト解放ヲ。
声に操られるようにして、アルヴィンは剣を振り下ろそうとし――けれどその瞬間、きらりと光る物が、彼の視界に映った。それは、ミオンが転んだ際に雪の上に落ちた、アルヴィンが彼女に預けた母の形見のネックレス。記憶が巡る。何度か見た神人の涙、冬の森で契約の真似事をし交わした約束、そして、ミオンの笑顔。
「……き……、……嘘つき!!」
涙の溜まった目で、ミオンが真っ直ぐに自分を睨み付けている。氷の溶けた双眸を、アルヴィンはゆっくりと閉じた。力が抜けたようになって、地に膝をつく。
「……ごめん」
ミオンの肩に頭を預けて、アルヴィンは小さくそう呟いた。まだ恐れの色が残る声で、けれどしっかりとミオンが言う。
「敵、まだ終わってないわ!」
「……ああ」
先ほどまでの記憶も感情も曖昧で、けれど、ミオンを傷つけたのが自分だということは覚えている。怒りの残滓も心の底に残っている。自分の内にあった感情に戸惑いを覚えつつ、アルヴィンは立ち上がり、氷竜たちに向かって剣を構えた。今度はその胸の内の怒りを、護るべき神人を傷つけた自分へと向けながら。
●凍る心
(これは、誰?)
変わったのは瞳の色だけではない、月野 輝を見るアルベルトの瞳は氷のように冷えている。こんな冷たい瞳をしたアルなんて知らないと、輝はぶるりと身震いをした。けれど、一縷の望みに縋るように、輝は何もかもを拒絶するような無表情の精霊へと声を掛ける。
「……アル?」
「何だお前は」
「え……」
「お前など知らない。気安く私の名を呼ぶな」
冷やかに言い放つアルベルトのその胸中には、重い闇がどこまでも広がっていた。実の両親の死後、シラー家に養子として引き取られたアルベルト。跡継ぎになるための厳しい教育は、彼の心に葛藤を呼んだ。自分は、跡を継ぐための道具なのかと。今のアルベルトの心を占めるのは、その心を一筋の光も差さぬ闇色に染めたのは、幼い輝との思い出に縋ることで心の裏に押し隠してきた、暗い想い。凍るような眼差しを受けて、輝はきゅっと唇を噛んだ。
(私の知ってるアルは、その種類はともかく、いつも笑顔で)
優しい時も、意地悪な時も。呆れている時も、戦ってる時さえも。その時その時の表情が、輝の脳裏にありありと浮かぶ。今目の前にいるのは、輝の知らないアルベルトだ。早鐘を打つ胸を、輝はぎゅうと抑えた。
(でも)
決意を込めた眼差しで、前を見つめる。
(これがアルの中にあった一面なら受け入れる)
自分を忘れたというなら絶対に思い出して貰うのだと、輝はどこまでも真っ直ぐにアルベルトの瞳を見据えた。
「……こんな風になってしまう何かが貴方の中にあったのね。お願い、それを私に聞かせて?」
「何も知らない癖に、知ったような口をきくな。お前に何が分かる」
「貴方がしてくれたように、今度は私が貴方の胸の支えを取り除いてあげたいの」
私じゃ、アルの力になれないの? その心に歩み寄り、寄り添い、問いを掛ければ、アルベルトの氷の瞳が惑うように揺れた。その口から、言葉が溢れる。
「忘れてたのはお前の方だろう」
思わず口をついた台詞に、アルベルトはその目を見開いた。自分で自分に言葉に息を飲んだアルベルトの頬を、駆け寄った輝が手のひらで打つ。再び驚きに見開かれる、アルベルトの瞳。
「忘れてた? 私はちゃんと思い出したわよ! 私は、アルのことっ!」
輝がそこまで口にした、その時。その言葉が引き金になったように、アルベルトは反射的に輝のことを抱き締めていた。瞳の氷が、溶け消えていく。瞳の金を柔らかくして、アルベルトはその口元に密か笑みを浮かべた。
「それで?」
「え……」
「私はアルのこと……その続きは?」
身を離し、からかうように輝の瞳を覗き込めば、輝の表情が僅か和らぐ。
「……元に戻ったの?」
問いの答えのように、アルベルトは笑みを深くした。ふわり安堵の息を零して――その後で、輝ははっとしてアルベルトから顔を背ける。
「な、何でもないわよ、知らない知らないっ」
その頬の朱に染まっているのを見て、くっと声を漏らすアルベルト。
「な、何よ」
「いえ? 何でもありませんよ」
笑顔で応えながら、アルベルトは胸の内に今まで無意識に誤魔化してきた自分の本心をはっきりと自覚する。輝への想いは、『妹』ではなかったのだと。
「さて……それでは、さっさと終わらせてしまいますかね」
その口元に笑みを乗せたままで、くるり、氷竜たちの方へと向き直る。戦いは、すぐに決着が付きそうだった。
●さあ、帰ろう
それからの戦闘は、あまりにも呆気なく終わった。精霊と対峙して負ってしまったミオンの怪我には、医学の心得のあるアルベルトが応急処置を施す。
「とりあえずはこれで問題ないかと」
「良かった、大事がなくて」
アルベルトの言葉に、輝がほっとしたように笑みを零した。ミオンが礼の言葉を述べて頭を下げれば、アルベルトの笑みが返る。アルヴィンは、その様子をただ見守っていた。
「……手」
責任を感じているのであろう精霊へと手を向けて、立たせるようにミオンが要求すれば、アルヴィンは無言でその指示に従う。神人を立たせた後もその手を握ったままのアルヴィンに、ミオンは茶目っ気交じりに笑み掛けた。
「この代償は高いわよ」
返るのは、困ったような笑顔。
「さ、帰りましょうか!」
漂う重苦しい空気を払拭するような明るい声で、ジェシカが言った。否を唱える理由は誰にもなく、一行は森を後にする。
鏡越しにその一部始終を眺めていた甕星香々屋姫は、森から遠く遠く離れた場所で密かに安堵の息をついたのだった。
依頼結果:成功
MVP:
名前:月野 輝 呼び名:輝 |
名前:アルベルト 呼び名:アル |
エピソード情報 |
|
---|---|
マスター | 巴めろ |
エピソードの種類 | アドベンチャーエピソード |
男性用or女性用 | 女性のみ |
エピソードジャンル | イベント |
エピソードタイプ | ショート |
エピソードモード | ノーマル |
シンパシー | 使用不可 |
難易度 | 簡単 |
参加費 | 1,000ハートコイン |
参加人数 | 5 / 2 ~ 5 |
報酬 | 通常 |
リリース日 | 12月31日 |
出発日 | 01月09日 00:00 |
予定納品日 | 01月19日 |
参加者
- リーリア=エスペリット(ジャスティ=カレック)
- 月野 輝(アルベルト)
- ロア・ディヒラー(クレドリック)
- ミオン・キャロル(アルヴィン・ブラッドロー)
- ジェシカ(ルイス)
会議室
-
2015/01/05-22:21
ジェシカよ。よろしくね。
とんでもない事になっちゃったわね。
どうにかしなきゃいけないけど、どうしようかしら…。 -
2015/01/05-18:39
明けましておめでとうございます。
ミオンです。皆さん、宜しくお願いします。
新年早々、何というか…。
この前の怪我も治ったばっかりだし、お祓いにでも行った方がいいのかしら?
と、とにかく正気に戻ってもらわないと…(不安になり左手の紋章をぎゅっと握る) -
2015/01/04-15:39
こんにちは、えとみなさんどうぞよろしくお願いいたしますっ。
クレちゃん…この間私が操られた時にはクレちゃんもぼろぼろになりながら頑張ってくれてたし今度は私の番…!気合入れていかないとだよね。 -
2015/01/03-19:28
こんばんは。
今回もよろしくね♪
ジャスティ、どうしてあんなことに…。
驚き過ぎてしまったわ…。
とりあえず、やるっきゃないわ…(拳バキボキ) -
2015/01/03-09:15
こんにちは、今回は顔見知りばかりね。皆さんよろしくね。
それにしても、困った事になったわね。
こんなアルを見たの初めてだわ。
何とかして元に戻って貰わないと……どうしたらいいのかしら……。