プロローグ
しんしんと、音も無く雪が降り積もる中で。その無垢な白を塗りつぶすように、黒い影がひたひたと忍び寄って来ていた。スノーウッドの森林地帯にある、そのちいさな森を――じわじわと、禍々しい瘴気が包み込もうとしていたのだ。
瘴気は、恐怖や憎悪を好むという。森では動物が暴れ出したり、美味しい筈の植物の実の味が変わったりなど、厄災が広がって――そして、ちいさな可愛らしいいのちもまた、危機に瀕していたのだった。
「ぴよー……」
苦しそうな声で、ぴよぴよと哀しげに囀るのはまるっこいひよこたち。普通のひよこは黄色だが、此処の森に住むひよこは雪のような白銀色をしていた。
元気一杯に雪の中を駆け回り、愛らしい声で囀るこの子たちを、近隣の村の人々は『雪ひよこ』と呼び可愛がっていたのだが――今、雪ひよこたちは瘴気に侵され、木々に隠れて寒そうにぷるぷると震えている。
「ぴよ、ぴよぴよ!」
――おなかがすいたよう。切なく羽毛を震わせるひよこたちは、今にも泣きだしそうにつぶらな瞳を潤ませていて。
「……あ、雪ひよこさん? た、大変っ!」
偶然通りかかった村の娘が異変に気付き、この危機を救って欲しいと、その日の内にA.R.O.A.に依頼が持ち込まれたのだった。
「……そんな訳でひよこさんがピンチなんですよ!」
ぐっと拳を握りしめたA.R.O.A.職員が、集まってくれたウィンクルムたちに告げる。スノーウッドの森を蝕む瘴気の話は聞いていたのだが――長閑な場所にある、とあるちいさな森にもまた、危機が迫っているらしかった。
その森には『雪ひよこ』と言う、可愛らしいひよこが群れており、近隣ではちょっとした名所になっているのだとか。しかし、瘴気が広がったことにより、ひよこたちの餌である木の実が食べられなくなり、ひよこたちも元気を失ってぐったりしているらしい。皆には、この危機をどうにかして欲しいのだと職員は言った。
「森で発生している瘴気は、愛や喜び、希望といった感情を嫌います。だからつまり……ウィンクルムの皆さんが森に行って、仲良く楽しむことで瘴気を払えるんです!」
公認でばっちりいちゃいちゃしてきてくださいね、と職員の女性は瞳をきらきらさせて――夢見る乙女のように胸の前で両手を組んだ。
「それでも、雪ひよこさんは弱ってますから、皆さんが餌を持って行って食べさせてあげるといいですね。それから、ひよこさんと一緒に遊びながら楽しく触れ合うことで、瘴気も払われて……森も元に戻る筈です」
ちなみに、雪ひよことは白銀の羽毛を持つひよこで、寒さに強く、いつもなら雪の中を元気に遊ぶ姿がよく見られるのだそうだ。大きくなってもひよこのままで、ふわふわまんまる。羽毛はふっかふからしいので、是非もふって欲しい。雑食なので餌はえり好みしないが、穀物や木の実辺りが良いだろうか。
「それと、森に住む動物さんは頭がいいので、会話も出来ちゃうんですよ!」
これを使えば大丈夫――そう言って職員が取り出したのは、鹿のような耳の付いた帽子であった。ノースガルドの商工ギルドから借り受けることが出来た、この貴重な帽子は『ルンプルの帽子』と言い、これをかぶった者は動物と話をすることが出来るのだそう。
ひよこたちと秘密のお話を楽しむのもいいですね、そう言って職員は皆に意味ありげなウインクをした。
「瘴気を払って、森を救う為です。胸を張って堂々とデートして来て下さいね」
解説
●今回の目的
森に広がった瘴気を払う為に、公式デートをしに行こうというお誘いです。愛や希望、楽しむと言ったことが瘴気を払うことに繋がります。また、森に住む雪ひよこたちが元気をなくしているので、彼らに餌をあげたり遊んであげたりして、元気を取り戻してあげましょう。
●雪ひよこ
スノーウッドのちいさな森に生息する、白銀の羽毛を持つ珍しいひよこ。ふわふわまんまるで、寒さに適応する為に羽毛はふっかふかです。大人になってもひよこ、人懐っこく、雑食性。好奇心旺盛で、遊んでくれる人がいるとわらわらと群がって来ます。現在は瘴気の影響で元気をなくし、お腹を空かせています。
●ルンプルの帽子
鹿っぽい耳の付いた帽子で、これをかぶった者は動物と会話が出来ます。しかし30分以上の連続使用は疲れるので、ときどき会話担当を変えるのがおすすめです。
※パーティ人数分貸し出されています。
●参加費
ひよこの餌代として、一組300ジェール消費します。どんな餌を持っていくかはお任せです。
●お願いごと
今回のエピソードとは関係ない、違うエピソードで起こった出来事を前提としたプランは、採用出来ない恐れがあります(軽く触れる程度であれば大丈夫です)。今回のお話ならではの行動や関わりを、築いていってください。
ゲームマスターより
柚烏と申します。ひよこが大好きなので思いっきり趣味に走りました。動物と触れ合える素敵な森、しかもお話も出来るとは……私も行ってみたいです。
ひよこさんを助けながら、パートナーさんと楽しいひとときを過ごしてください。それが森の瘴気を払うことにも繋がります。
ほのぼの、ほっこりした感じになるでしょうか。ひんやりとした冬の森、けれど温かなお話を提供出来ればと思います。それではよろしくお願いします。
リザルトノベル
◆アクション・プラン
淡島 咲(イヴェリア・ルーツ)
ひよこさん達の為にも美味しいごはんを持っていかないとですね! ひよこさんが食べるようなものってあまり浮かばなくて木の実の砕いたものや鳥飼育用の餌を用意してみたのでが…食べてくれるかな? 元気になったらもふもふさせてね。 綺麗な白銀の羽毛。暖かい雪みたいですね。 (帽子使用) 雪ひよこさん達可愛いですね!ごはんは美味しかったですか? あ、もふもふさせてくれるんですか?ありがとうございますー(もふもふ) やっぱり可愛いですねー可愛いっていうのはこういうのを言うのですよ! イヴェさんは私に対して可愛いって言いすぎですよ…嬉しいですけど。その…イヴェさんはいつもカッコいいですよ…ふふ、いつものお返しです。本心ですけど |
エリー・アッシェン(ラダ・ブッチャー)
心情 ラダさんは動物好きでしたね。おや? 何やら難しい顔……? 行動 餌の粟穂で雪ひよこと軽く綱引きして遊んだり、羽を触らせてもらいます。 ラダさん、森の瘴気は喜びや愛情で払えるそうですよ。 手を繋ぐのは構いませんが、これではまるで熱血少年漫画です。雪ひよこさんもそう思いませんか? そうツッコミを入れながらも、こういう手の繋ぎ方も私たちらしくて、気に入りました。疲れるので腕は下げますが、手は繋いだまま。 協力? もっと派手に恋人らしい演技をしよう、と? 私は雪ひよこと遊ぶラダさんを見ているだけで、充分穏やかで幸せな気分ですよ。ラダさんはどうですか? 無理に返事を急かすことはせず、彼の顔を見ながら静かに待ちます。 |
ミオン・キャロル(アルヴィン・ブラッドロー)
お腹を空かせてるなんて可哀相じゃない 動物は苦手じゃないわよ…見る、だけなら 動物と話せるって、すごい帽子ね(被る ヒヨコが食べてるのを精霊の傍でしゃがんで、じー ちょ、何するのよ!沢山登っ…か、可愛いふわふわ もっと?ドライフルーツ食べる?美味しいわよ(にぱーと笑顔 ぽんとされ、何よ? 顔が熱くなり払いのけ はぁ!? 何を言ってるの 雪ヒヨコのローストチキンは美味しいのかしら? がしっ…片手で帽子を掴む ぐぐっとひっぱり な、何でもないわよ あっちのコ達にご飯あげてくるわ ヒヨコを帽子に放り込み逃げる 変な事を言わないで!分った!? 話が済んだら戻る 精霊をちょっと見る 何でもないわよ! 変に意識して熱い…頬を両手ぽむぽむ うー |
ミルヒヴァイス=フォルモンテ(ソレイユ=ヴェルミリオン)
写真で一度見させて頂いたのですが 雪ひよこさん、可愛らしいですわ! もふもふです! これはもう行くしかないですね! ソレイユ様♪ 雑食という事でしたが…枝豆とかとうもろこしとか食べるでしょうか? 森の木の実を食べていたということは木苺とか良さそうです♪ え、あの…やはり恥ずかしいですし ふふ、では…私とってもドジですし、転んでは大変です エスコートして、下さいますか?(おどけながら ルンプル帽子でひよこさんと会話できるのですか? それは素敵ですわね! 会話ができるのでしたら、好きな食べ物をお聞きしたいですわ! 次お会いできた時に持って行けますしね 大丈夫、おっことしたりしませんわ ちゃんとしっかり抱えますから安心して下さい |
春加賀 渚(レイン・アルカード)
……うん、すごく興味ある (分かりやすいなぁ… 餌は色々と選択肢があって悩むけど栄養ありそうだし玄米を持っていくね さあ、どうぞ(手のひらにのせて食べさせてみる ふふ、可愛い いっぱい食べてね ほら、レインさんもやってみたら?怖くないよ 動物と触れ合うのも絵になると思うなー (レインさんて面倒くさい性格をしているけどすごく扱いやすいかも あ、そういえばルンプルの帽子もあったんだっけ 被ってみよう わあ、こんな風に聞こえるんだね レインとひよこの戯れを眺めつつ、ああ、ひよこも同じ感想なんだなとくすくす ん、格好つけた笑顔よりも今みたいな素のふにゃっとした笑顔のが素敵だなって そうだね(ひよこもふもふ ふわふわでもこもこ…幸せ |
●お姫様と王子様は森へ
スノーウッドのちいさな森を、じわじわと侵食していく瘴気。恐怖や憎悪を好み、厄災を撒き散らすそれに――愛らしいいのちもまた、危機に晒されていた。
「ぴよ、ぴよー……」
それは、雪のような白銀の羽毛を持つ『雪ひよこ』。近隣の村でも愛される、まんまるひよこたちも瘴気の影響で、ぷるぷると哀しそうに震えていて。
(助けなきゃ……!)
瘴気を払えるのは、愛や喜び、希望と言った正の感情だ。ならば、ウィンクルムである自分たちが、パートナーと素敵なひとときを過ごすことが、瘴気を払うことに繋がる筈。ぐっと拳を握りしめ、固い絆で結ばれたふたりは森へと赴く。
「写真で一度見させて頂いたのですが……」
ほぅ、とうっとりと溜息を吐いた、ミルヒヴァイス=フォルモンテの白い呼気が宙に溶けていく。ふわりと波打つ銀の髪に、夢見るような青の瞳はまるで、雪の妖精の如く愛らしい。
「雪ひよこさん、可愛らしいですわ! もふもふです! これはもう行くしかないですね! ソレイユ様♪」
「うん、写真で見たけど、やっぱり可愛いよね」
花のような笑みを浮かべるミルヒヴァイスに、柔らかく頷いて。精霊のソレイユ=ヴェルミリオンは、細く編んだ三つ編みを揺らした。ミルヒヴァイスの髪が雪ならば、彼の髪は穏やかな陽光のよう。さく、さくと降り積もる雪をブーツで踏みしめながら、やがてソレイユはミルヒヴァイスに手を差し伸べた。
「ふふ、ミルヒ。雪の積もる森は危険だからね。手を繋いで行こう」
「え、あの……やはり恥ずかしいですし」
仄かに顔を赤らめて、自分の頬に手を当てるミルヒヴァイスであったが――ソレイユは、紳士的な物腰を崩さない。ふふ、と優雅に笑い、澄んだ瞳をそっと細める。
「おっと、断らないでね。男性は、女性をいつでもエスコートするものだろう? ね? だから手を取って」
ああ、やっぱり彼は王子様のようだとミルヒヴァイスは思った。おずおず、と言った感じで彼女は手を伸ばし――触れ合った手から、確かな温もりが伝わって来る。
「ふふ、では……私とってもドジですし、転んでは大変です。エスコートして、下さいますか?」
「こちらこそ、喜んで。お姫様」
何処か芝居がかった感じで、おどけながら――ふたりは手を繋いで冬の森を往く。やがて雪ひよこたちの住処に足を踏み入れると、そこには少々ぐったりしたひよこたちが、ぷるぷると身を寄せ合って震えていた。
「大変……早く、餌をあげないと。雑食という事でしたが……」
「どんな餌がいいかな?」
ぴよぴよ、と切なげに鳴くひよこたちをふたりで温めながら、ミルヒヴァイスが取り出したのは、この日の為に用意したひよこの餌。枝豆やとうもろこしをぱらぱらと撒いて、更に懐から差し伸べたのは瑞々しい木苺だった。
「森の木の実を食べていたということは、木苺とか良さそうです♪」
「うん、木の実はいいね。じゃあ僕はくるみをあげようかな」
勿論、きちんと殻は取ってある。美味しそうな餌と、温かな雰囲気に誘われたのだろう――ひよこたちはふたりの元へわらわらと群がり、ぴよぴよと嬉しそうに囀りながら、くちばしで懸命に餌を啄んでいく。
「あ、ちょっとくすぐったいです……」
「ふふ、本当に可愛いね。少し弱ってるって聞いたけど、こうやってご飯を食べれるなら、きっとすぐに元気になれるだろうね」
微かに身をよじらせるミルヒヴァイスに、にっこりとソレイユが微笑みながら――やがてミルヒヴァイスは、「あ」と瞳を瞬かせて荷物をまさぐる。やがて取り出されたのはルンプルの帽子。これがあれば、ひよこさんと会話が出来る筈だ。
「素敵ですわね……会話が出来るのでしたら、好きな食べ物をお聞きしたいですわ!」
次に会えた時に持って行けるから――そんな期待を滲ませながら、帽子を被ったミルヒヴァイスが問いかけてみると、雪ひよこたちは口々に好きな食べ物を挙げていく。森に生る木の実に豆、果実が好きという子も居れば、小さな虫を食べると言う子も居る。
――あれ、何だか渋いひよこさんが「肉」とワイルドな答えを囀ったような。
「っと、餌を持ってるのが判ったら囲まれちゃったかな?」
照れたようにソレイユが頭を掻けば、確かにふたりの周りには雪ひよこがころころといっぱい群がっている。けれどみんな、幸せそうに「ぴよ!」と鳴いていて――ふたりが楽しむことで、瘴気の影響も徐々に薄れていったようだった。いつの間にか、ミルヒヴァイスの両の手には、零れ落ちそうなほどにひよこさんが乗っかっている。
「大丈夫、おっことしたりしませんわ。ちゃんとしっかり抱えますから、安心して下さい」
ふむ、と可憐な神人の姿を見てソレイユは思う。ほっこりとした感情が、今の彼の胸を満たしていた。
「雪ひよこも可愛いけど、そうやってミルヒが囲まれてると……なんか、和むね」
●恋するふたりの秘密の告白
「ひよこさん達の為にも、美味しいごはんを持っていかないとですね!」
そう言って決意を漲らせた、淡島 咲は雪ひよこが食べるものって何だろうと、思いを巡らせていたようだったが――抱えた荷物に確りと餌を準備して、精霊のイヴェリア・ルーツと寄り添って冬の森を歩く。咲の柔らかな黒髪と、イヴェリアの流れるような黒髪――そして黒衣は、白く彩られた世界でのしるべのようにも見えた。
荷物は俺が持とう、と静かにイヴェリアは呟き咲の負担を減らし、空いた片方の手を繋いで雪を踏みしめて。瘴気に満ちた森に安らぎを取り戻そうと、ふたりは雪ひよこたちの住処へと向かった。
「ぴ、ぴよー……」
ぷるぷると震える雪ひよこを抱きしめ、ふたりは持ってきた餌を広げて、ぐったりとしたひよこたちを元気づける。咲が用意したものは、木の実の砕いたものや鳥飼育用の餌。食べてくれるかな、とどきどきだったけれど――雪ひよこたちはひとくち、ふたくちと懸命に餌を啄んでいった。
「元気になったら、もふもふさせてね」
餌を食べるひよこを撫でながら、咲は優しく瞳を和らげる。綺麗な白銀の羽毛は、まるで暖かい雪のようだと思い――そうやってふたりで見守っている内に、雪ひよこたちは次第に元気を取り戻していった。
「やはりサクは可愛いな。楽しそうだし、一緒に来れてよかった」
ひよこに餌をやる姿もまた愛らしく、自然とイヴェリアの口から言葉が零れる。心に浮かんだことを素直に口に出しているだけなのだけれど、やっぱり可愛いという言葉にはどきりとさせられて――咲の顔に知らず知らず熱が宿る。ひよこも元気になれたようだし、そう告げるイヴェリアに、咲は「ええ」と頷き、照れ隠しのようにしてひよこたちに向き直った。
「雪ひよこさん達可愛いですね! ごはんは美味しかったですか?」
『おいしかったよー!』
ルンプルの帽子を被った咲が問いかけると、ぼくもぼくもと口々に雪ひよこが喜びの言葉を口にする。と、その内の一羽が、ちょこちょこと咲の手によじ登って、ふかふかの羽毛をぽふりと乗せた。
『もふもふ……する?』
「あ、もふもふさせてくれるんですか? ありがとうございますー」
ふかふかのおなかをもふもふ、そうしているとぼくもぼくもと他のひよこたちも群がって来た。頭をなでなで、てのひらでころころ、そうする度にふわふわの温もりがきゅんと咲の胸をときめかせる。
「やっぱり可愛いですねー。可愛いっていうのはこういうのを言うのですよ!」
――イヴェさんは私に対して可愛いって言いすぎですよ、と咲は照れたように付け足した。でも、その……嬉しいですけど、ともごもごと呟く声が、ひよこの鳴き声に混ざって森に吸い込まれていく。それに対してイヴェリアは、端正な顔に僅かな困惑を浮かべた。
「……可愛いって言いすぎって言われてもな」
そう言って、咲から手渡されたルンプルの帽子を被り、真面目な顔でひよこに問いかけるイヴェリア。
「お前たちは十分可愛いんだが。ひよこと女の子の可愛いっていうのは別物だろう? なぁ、お前たちはどう思う。サクは可愛いよな?」
『うん、かわいいよー』
『おにあいだよー』
「……ってイヴェさん、何を聞いているんですかっ」
生憎ひよこの返事は分からなかったものの、ぽっと益々顔を赤くして、咲はわたわたと手を振る。だけど――今ならば言えるだろうか。こほんと咳払いして、咲はイヴェリアに向き直った。
「その……イヴェさんは、いつもカッコいいですよ……ふふ、いつものお返しです」
けれどそれは、紛れもない本心。言う方から言われる方に回ったイヴェリアは、その瞬間はっと息を呑んだ。
「これは……なかなかくるものがあるな……だがむしろ俺から言わせると、それはサクの可愛さが強調されただけにしか感じられないんだよ……」
本当に、重症だ。恋というものが、こんなにもどかしいものだとは思わなかった。恋愛事には疎く、今の感情を持て余していたけれど、今なら分かる。自分は目の前の少女に、一目見た時から惚れていたのだろう。
「俺はサクが好きだよ。何度考えたってその結論にしか至らない」
怜悧な相貌、その月のような金の瞳には確かな熱が宿る。気付いた時、咲はイヴェリアに抱きしめられていた。
「……すべてを捨ててでも、得たいと思えたんだ」
「イヴェ、さん……」
大切な人からの告白を受けて、咲の胸に温かなものが満ちて――森を蝕む瘴気が、ゆっくりと払われていく。
●仲良し大作戦、発動!
ヒャッハーッ! とラダ・ブッチャーの陽気な声が森に響いていく。怖がられることもあるけれど、本当は温厚なラダは、この状況をどうにかしたいと思っていた。
(雪ひよこの生息環境を正常な状態に整えなくちゃ)
動物学者もかくやといった風情で思案に耽るラダを、うふふぅ~……と妖しい笑みで見守るのはエリー・アッシェンだ。
「ラダさんは動物好きでしたね。おや? 何やら難しい顔……?」
そんなふたりを取り囲むように、ぴよぴよと愛らしい鳴き声を響かせるのは雪ひよこ。持ってきた餌を食べて元気を取り戻した彼らは、どうやらふたりに遊んで欲しいらしく――エリーの持つ粟穂を引っ張って軽く綱引きをしたり、「さわってー」と言うように羽でつんつんと掌を突っついたりしている。
「ラダさん、森の瘴気は喜びや愛情で払えるそうですよ」
真剣に悩むラダにエリーがそっと助言をすると、やがて彼は「なるほど!」と言うように顔を輝かせた。
「そっか、ボクらが仲良くすれば良いんだよねぇ! えっと、じゃあ……」
そう言ってラダは、ガシッとエリーの手を握る。しかしそれは、乙女らしいような甘いものではなく――何というか、その、例えるのならば腕相撲と呼ぶのが相応しいだろうか。
「……手を繋ぐのは構いませんが、これではまるで熱血少年漫画です。雪ひよこさんもそう思いませんか?」
「ん? 何か間違ってた? ごめんよぅ」
静かにツッコミを入れるエリーだが、内心ではこういう手の繋ぎ方も自分たちらしくて気に入っていた。今一つ、ラダはぴんと来ていないようだが――ふたりで手を繋いで、隣り合って座って雪ひよこの様子を見つめる。
――流石にそのままだと疲れるので、腕は下げたけれど、繋いだ手は離さずに。
「……あら」
しかし、そんなふたりの様子を雪ひよこたちは楽しそうだと思ったらしい。熱血、というエリーの言葉にこくこく頷き、仲間同士で羽をタッチして「ぴよ!」と得意げに胸を張っている。そんな姿が面白くて楽しかったけれど、ラダはまだちょっと訝しげだ。
「でも、これで瘴気が払えるのかなぁ。もっと派手に仲良しアピールした方が、森が早く元に戻るかも! エリー、雪ひよこのために協力して!」
「協力? ……もっと派手に恋人らしい演技をしよう、と?」
ぱちぱちと、エリーは銀色の瞳を瞬きさせたが――ラダとエリーは戦友のような間柄で、フランクな関係なのだと思っていたから。きっと、ラダは使命感に駆られて言っているのだろう。
「……私は、雪ひよこと遊ぶラダさんを見ているだけで、充分穏やかで幸せな気分ですよ。ラダさんはどうですか?」
無理に返事を急かすことはせず、エリーはラダの顔を見ながら静かに答えを待った。すると、ややあってから彼は無邪気に――アヒャヒャと笑って、うんと大きく頷く。
「動物と触れ合うのは落ち着くし、ハッピーだよねぇ!」
「なら、それで充分でしょうね?」
そうなのかなぁ、と隣で穏やかに微笑むエリーを見ながら、ラダは考える。上手く言えないけれど――最近、自分を見る彼女の目が、少しずつ変化してきている気がするのだ。
(あれぇ、エリーは頼れる戦友、のはずだよねぇ……?)
幸せ、と言って微笑むエリーの姿は、そのひとことで言い切るには少し違うような気もして。けれど、そんなふたりの楽しそうな雰囲気が森を満たし、雪ひよこたちは嬉しそうにぴよぴよと囀っていた。
●意地っ張り乙女といたずらひよこ
森の小さな集落の出身で、森で育ってきた為、アルヴィン・ブラッドローはスノーウッドの異変には心を痛めていた。
「食うモノが無いってのが一番辛いよな。でも、沢山食べて幸せになれば、瘴気も消えるさ」
「お腹を空かせてるなんて、可哀相じゃない」
そうね、とミオン・キャロルも頷き、動物は好きだと言うアルヴィンに――少し悩んだ末に言葉を発した。
「動物は苦手じゃないわよ……見る、だけなら」
動物と話せるルンプルの帽子を被り、ミオンは笑顔で雪ひよこに餌を撒くアルヴィンの姿を、傍にしゃがんでじーっと見つめていた。どうやらアルヴィンはナッツの詰め合わせを持ってきたらしい。香ばしい匂いにつられたひよこたちが、ぼくもぼくもところころ群がってくる。
「はい、ミオン」
掌に餌を乗せて、ひよこに食べさせているアルヴィンは、ミオンの手にも餌を渡してあげた。無表情を装いつつも、その顔が少し綻んでいる事に気付いたからだ。
「……って、え? ちょ、何するのよ!」
と、懸命に餌を食べるひよこを見つめるミオンの元へ、いたずらっこなひよこたちが「わぁい」と歓声をあげて近付いてきた。餌をくれると思ったらしく、ひよこは次々にミオンの身体を登っていく。
「沢山登っ……か、可愛いふわふわ」
あ、ついつい本音が出てしまった。だけどミオンは知らず知らずにぱーっと笑顔になり、懐に忍ばせていた餌を取り出す。
「もっと? ドライフルーツ食べる? 美味しいわよ」
――そんな、彼女の笑顔が好きだったから。アルヴィンはいつもの癖で、ひよこと戯れるミオンの頭をぽんぽんと撫でて、にこりと笑った。
「……何よ?」
「ん? なんとなく?」
かあ、と顔が熱くなり、手を払いのけたミオンだったが、アルヴィンはそれにも構わず更になでなでを続け――されるがままになっているミオンの耳に、ルンプルの帽子の力で雪ひよこたちの声が聞こえてきた。
『あかくなったー』
『らぶらぶで、わるいのいなくなるー』
「はぁ!? 何を言ってるの!」
悪戯ひよこにからかわれたミオンは、がしっとひよこを握りしめ、引きつった笑みを浮かべる。
「雪ひよこのローストチキンは美味しいのかしら?」
「……って、ひよこが握りつぶされそうになってるけど、大丈夫か?」
雪ひよこの声が聞こえないアルヴィンは、彼女たちのやり取りが分からず、いきなり妙な殺気を漂わせたミオンに訝しげな顔をした。と、うふふ、と何処かぎこちなく笑うミオンに、更なる追い討ちがかかる。
『してきされたら、はずかしいらしいよ』
『ひと、むずかしー』
「な、何でもないわよ」
疑問に思ったアルヴィンは、ルンプルの帽子を借りようと手を伸ばすが――ミオンは帽子を掴んでぐぐっと引っ張って。あっちのコ達にご飯あげてくるわ、と踵を返し、彼女はひよこを帽子に放り込んで逃げた。
「変な事を言わないで! 分かった!?」
「……忙しいやつだなー」
けれど、アルヴィンはそのままのんびりと餌やりに戻り、「てんねん?」と言うひよこの声が聞こえた気がしたが、彼はそのまままったりと時を過ごす。ひよこたちもからかいすぎたと思ったのか、それ以上は口にせず大人しくしており――少しして、向こうからミオンが戻って来た。
「おかえり?」
そう言って微笑を浮かべるアルヴィンを、横目で見つめたミオンはついつい「何でもないわよ!」と突っかかってしまい。これは、からかわれて変に意識した所為なんだと思うことにした。
(熱い……)
熱を持った頬を両手でぽむぽむと叩き、ミオンは「うー」とやるせない吐息を零したのだった。
●素直になれない彼の扱い方
「ふわふわもこもこ……!?」
雪ひよこの居る森の話を初めて聞いた時、レイン・アルカードの椅子が、がたっと大きな音を立てた。
「い、いや興味なんてこれっぽっちもないから!」
(いや、まだ何も言ってないんだけどなぁ……)
向かいに座る春加賀 渚は、はんなりとした微笑の裏に、何処か悟りを開いたような雰囲気を滲ませており。大体レインのパターンが掴めてきたなぁ、などとぼんやり思う。
「でも、どうしても行きたいっていうなら、付き合ってやっても……」
「……うん、すごく興味ある」
静かに紡がれた渚の言葉に、レインの顔が一気にぱぁぁと輝いた。やっぱり、すごく行きたかったらしい。分かりやすいなぁ……と渚は吐息を零し、こうしてふたりは雪ひよこの居る森へとやって来たのだった。
「さあ、どうぞ」
色々悩んだ末、渚は栄養がありそうな玄米を持っていく事にした。手のひらに乗せたその餌を、瞳をきらきらさせた雪ひよこたちが一生懸命に啄む。
「ふふ、可愛い。いっぱい食べてね」
(……っ、本当に、もこもこだ……!)
一方、餌をあげる渚の姿を眺めていたレインは、ひそかに感動していた。どうしよう、連れて帰りたくなるくらいひよこが可愛い。いいなーと思い、じーっとその様子を見ているものの、どうしても自分がやりたいとは言い出せずにいた。
(やっぱり、男がこういうの好きなのって、恥ずかしくないか……?)
「ほら、レインさんもやってみたら? 怖くないよ。動物と触れ合うのも絵になると思うなー」
と、そこで渚から助け舟が出された。そうとは気付かないままにレインは「そ、そうだな」と乗っかり、念願のひよこの餌やりを楽しむことにする。
(レインさんって面倒くさい性格をしているけど、すごく扱いやすいかも)
ね、と渚がひよこを見つめれば、ひよこも「分かりやすいね」と言うようにぴよと鳴いた。
「あ、そういえば、ルンプルの帽子もあったんだっけ。被ってみよう」
よいしょ、と帽子を被るや否や、ぴよぴよとした囀りが愛らしい声となって、渚の耳に聞こえて来る。
『ありがとうー。おかげでげんきいっぱいだよ!』
『とってもたのしいよー』
『おねーちゃん、くろうしてるよね。がんばってね』
――最後のひとことは、レインの面倒を見る自分を思いやってのものだろうか。ああ、ひよこも同じ感想なんだなぁ。
「わあ、こんな風に聞こえるんだね」
それでも渚は、レインとひよこの戯れを眺めつつ、不思議と心が浮き立った。知らず知らず、くすくすと笑みが零れて――此方を見つめるレインが小首を傾げる。
「ん、格好つけた笑顔よりも、今みたいな素のふにゃっとした笑顔のが素敵だなって」
「す、素敵!?」
さらりと告げられた渚の言葉に、レインの声が上ずった。でもしかし、と彼は仄かに顔を赤らめてたどたどしく返事をする。
「い、いや、それを言うなら渚もいい笑顔してたというか……」
「そうだね」
……ん? 見れば渚はひよこをもふもふするのに夢中で、生返事をしたようだ。
「……って、聞いてねえし!」
それでも幸せそうにひよこをもふる渚は可愛くて、いや羨ましくて。結局ふたりは同じようなやり取りを何度も繰り返したのだった。
「ふわふわでもこもこ……幸せ」
――ふたりの愛が幸せが、そして希望が、澱んだ森の瘴気を払っていく。ありがとう、と言うように、その冬の森にはいつまでも、雪ひよこの囀りが響き渡っていた。
依頼結果:成功
MVP:
名前:淡島 咲 呼び名:サク |
名前:イヴェリア・ルーツ 呼び名:イヴェさん |
エピソード情報 |
|
---|---|
マスター | 柚烏 |
エピソードの種類 | ハピネスエピソード |
男性用or女性用 | 女性のみ |
エピソードジャンル | ハートフル |
エピソードタイプ | ショート |
エピソードモード | ノーマル |
シンパシー | 使用不可 |
難易度 | 簡単 |
参加費 | 1,000ハートコイン |
参加人数 | 5 / 2 ~ 5 |
報酬 | なし |
リリース日 | 11月26日 |
出発日 | 12月04日 00:00 |
予定納品日 | 12月14日 |
参加者
- 淡島 咲(イヴェリア・ルーツ)
- エリー・アッシェン(ラダ・ブッチャー)
- ミオン・キャロル(アルヴィン・ブラッドロー)
- ミルヒヴァイス=フォルモンテ(ソレイユ=ヴェルミリオン)
- 春加賀 渚(レイン・アルカード)
会議室
-
2014/12/01-21:16
遅れましたミオンです。
皆さん、よろしくお願いします。
エサ…私、最近ドライフルーツ好きなのよね。食べてくれるかしら?
あら、意外?
ほわほわヒヨコがお腹を空かせてるなんて可哀そうじゃない!
動物は嫌いじゃないわよ。…見てる、だけなら。 -
2014/11/30-16:59
春加賀 渚と申します。
よろしくお願いしますね。
ふっかふか…。うん、楽しみ。
元気を取り戻して万全の状態の時にもふっとできればいいな。 -
2014/11/29-20:30
うふふ……。エリー・アッシェンと申します。
皆さんよろしくお願いしますね。
雪ひよこにあげるエサ……、どんなものが良いでしょうね?
穀物や木の実が良いそうですが、具体的にどんなエサを持っていくかで悩み中です~。
でも、楽しい悩みです!
-
2014/11/29-11:49
-
2014/11/29-11:16
皆さまおはようございます~♪
エリー様はお久しぶりですね!
咲様、ミオン様、渚様は初めましてです!
ミルヒヴァイス=フォルモンテと申しますわ♪
名前は長いのでどうぞミルヒと呼んで下さいな♪
ところで…雪ひよこですよ~!
もふもふ、もふもふですのよ!
うふふふ、写真で見てたのですがソレイユ様も「可愛いのはいい事だね」って言いながら抱きしめたくてそわそわしてました♪
とっても楽しみですわ~!