【慈愛】紅色の氷中花(こーや マスター) 【難易度:とても簡単】

プロローグ

●閉じ込めた紅
 そこはノースガルドにある小さな村『アトリ村』。
ノースガルド特有の雪化粧は、勿論この村にも施される。汚れる前に積みあがる雪の白さは豪雪地帯だからこそ。
 純白の世界となったアトリ村のすぐ側には、とても美しい湖がある。
冬には氷が張るのだが、不思議なことにその氷の中には必ず沢山の芙蓉の花が閉じ込められている。
 なんでも凍る直前に、近くの芙蓉の木が、湖へ注ぎこむように花を落とすのだという。
澄んだ水質ゆえに、氷の上からでもはっきりと紅色の花を見えるのだ。
 そして芙蓉の花を閉じ込めたこの湖の上は、歩くことが出来る。もとい、滑ることが出来る。
貸し出されるスケート靴で、パートナーと散歩を楽しめるのだ。
 ただし、氷中の花を楽しむのが目的。言うまでも無く、この湖の上で『踊り』を披露することは持っての他。
毎夜、スケート靴のブレードで傷付いた氷を整えているとはいえ、ジャンプやスピンなどによる氷への負担は好ましくない。
 また、湖の側には休憩所がある。
氷上で冷えた体を温める為に飲み物やスープなどが販売されている。寒さで風邪を引くということは防げるだろう。
 さあ、氷の中に閉じ込められた紅の芙蓉を愛でに出かけよう――

解説

○参加費
貸し靴代及び交通費で一組300jr

温かい珈琲・紅茶40jr
コーンスープ・クラムチャウダー50jr
ほかほかのカップケーキ60jr


○すること
紅色の木芙蓉の花が閉じ込められた湖の上をお散歩、休憩はお好みで
氷上はスケート靴での移動になります
また、プロローグで触れてありますように、ジャンプやスピンはお控えください

氷が割れるなどのアクシデントは起こりませんのであしからず

ゲームマスターより

いやああああああ!
――絹を裂くような悲鳴がロッジに響き渡る。
この声には覚えがあった。
私は持っていた木綿の布を投げ出し、貯蔵庫へ走り出した。
貯蔵庫では、荒野豆腐を握りしめた……


(ここでの話は本エピソードと一切関係ありません。いえすのーたっち)

リザルトノベル

◆アクション・プラン

マリーゴールド=エンデ(サフラン=アンファング)

  ○スキル:植物学使用
サフラン、スケートをした事がないみたいなんですの
うふふ、大丈夫ですわ
私がばっちり教えますからっ

サフランの手を取って、ゆっくりと氷の上を歩きます
サフランが慣れてきたら手をはなしましょう

「芙蓉の花言葉には『しとやか』という言葉もあるんですのよ」

そう言ってサフランから少し離れて振り返り
スカートの裾つまんでお辞儀
差し出された手を見てちょっと驚きつつも、その手を取ってにこりと笑います

そのまま氷の上を花を見ながら一緒にのんびり歩きます

…でも、サフランったら
もう普通に歩けるようになったんですのね
サフランから頼られる事なんてあまりなかったですから、ちょっとだけ残念ですわね
内緒ですけれど、ね


ミサ・フルール(エミリオ・シュトルツ)
  湖の上をお散歩だなんて素敵だね!
木芙蓉の花も早く見てみたいな!
け、けど、私スケートって初めてで…わわっ(転びそうになるが精霊に助けられ)
あ、ありがとう、エミリオさん…(ドキドキしながら)

(精霊にスケートを習う)
エミリオさんのおかげでだんだん怖くなくなってきた
もう1人でも歩けるから手を離しても平気だよ
(精霊に離したくないと言われ、赤面)嫌じゃないよ!
…私もこのままがいい(精霊の手をぎゅっと握り返し)

(木芙蓉の花を見つめながら)
木芙蓉の花言葉って知ってる?
「繊細な美、しとやかな恋人」って言うんだって
うう、エミリオさんのいじわる!
そりゃあ私には似合わないかもしれないけど…っ!?(キスをされ一時停止)



シャルル・アンデルセン(ノグリエ・オルト)
  わわっ、スケート靴で歩くのって結構難しいんですね…。
あっ、ノグリエさんすみませんしがみついちゃって。
(なんだか恥ずかしいな)
手をですか?大丈夫ですゆっくり歩きます!
(前は素直に手を取れたのにな)

氷の中の芙蓉綺麗ですね。
お花の綺麗な姿を残すために氷の中に閉じ込めたみたいです。綺麗だけど冷たくて少し寂しい感じ。
…花を見つめるノグリエさんも少し寂しそうです…何を思ってそんな風に寂しい顔をするのですか?
私の知らない誰かや何かを思ってそんな顔をするノグリエさんを見るのは悲しいです。

だめですね、氷の上だとまるで心まで凍ってしまいそう。暖かい紅茶を二人でいただきましょう。少しは胸が…心が温かくなると思います


アマリリス(ヴェルナー)
  まあ素敵
寒いですがこの光景のためと思えば苦になりませんわ

最近ぼんやりしていますわね
原因はなんとなくわかりますがわたくしの知った事ではありません
…相談もしてくれないのね

近くで芙蓉の花が見たいです
スケート靴で湖の上まで行きましょう
ぼーっとしてたら転びますわよ
無様に這い蹲らないようにしてくださいませ

慣れていませんし移動に時間は掛かりそうですが
ゆっくりいけば問題ありません

憧れますわ、この光景
美しい姿のまま、ずっと
ヴェルナーはどう思いますか?

らしい回答ですわね
途中で気をまわしたようですが正直な言葉を聞けるほうが嬉しいですわ
だから、もっと悩みがあるならわたくしの事を頼ってくれても…
…なんでもありませんわ


汐見 セツカ(ジノファン・マリストージュ)
  凍った湖の下が花畑だなんて、まさにファンタジーの極みですね!
土下座の勢いでマリストさんを誘った甲斐がありますっ
スケート靴でいざ氷上へ…あ、あれえぇ?!
(ハの字に開く震え足、通算二度目の生まれたて小鹿モードに顔面蒼白)

有り難く手をしっかと握って口を閉じています
大きな手の感触に思わず胸がきゅんと!
…多分、転ぶ事への恐怖のドキドキですけども(ううう)

…うむむ(氷下の芙蓉が紅くて素敵で堪りませんが騒ぐのは我慢です!)
!わ、私は大満足です。その、マリストさんは楽しい、です?
(あああ沈黙が怖い!でも、怖がってばっかりじゃ、距離は縮まらないですよね…)
つ、次も一緒に、出掛けてもらえますかマリストさん…っ!


●紅色の銀盤
 凍った湖の中で眠る紅色の木芙蓉。
噂を聞いたマリーゴールド=エンデが「見たいですわ!」と目を輝かせたから来たものの……サフラン=アンファングはスケート靴を前にしてから気付いてしまった。
よく考えてみればスケートなんてしたことがなかったということに。
 そのことを呟けば、マリーゴールドは「私がばっちり教えますわ」と、それは楽しそうに張り切り始めたのだ。
氷上へと向かえば、サフランの手を取ってゆっくりと先導を始めた。
とはいえ、マリーゴールド自身も格段スケートが上手い訳ではない為、教えられることといえば氷上を軽く滑ることくらい。
サフランの身体能力を思えばそれで充分ではあるのだが……。
「はい、いーちー、にーいー、いーちー、にーいー、そう、上手ですわ」
「ヤダ、マリーゴールドサンッタラセンセイミタイー」
「だったら先生って呼んでもいいんですのよ?」
 マリーゴールドはサフランの軽口を笑って受け流す。
教えてもらっている側である以上、今のサフランの立場じゃ逆転は難しいが仕方ない。
肩をすくめ、サフランはマリーゴールドの指示通り慎重に足を動かす。
 ぎこちなかった足取りは、次第に滑らかに。するり、するりと滑るようになったことを確認し、マリーゴールドは手を離した。
支えを失い、少しばかり感触は変わったものの、サフランは教えられた通りに滑れている。
「芙蓉の花言葉には『しとやか』という言葉もあるんですのよ」
 マリーゴールドが氷を一蹴りするだけで、僅かに開く二人の距離。
スケート靴のブレードで円を描きながらマリーゴールドは振り返った。スカートの裾をつまみ、膝を曲げてお辞儀をして見せると、サフランの表情には驚きの色。
 期待通りの反応にマリーゴールドが気を良くしたのも束の間、今度はサフランが氷を蹴って距離を詰める。
そして腰を曲げ、恭しくマリーゴールドへと手を差し出した。
まるで踊りを申し込むようなその仕草に、マリーゴールドは目を丸くする。
「お手をどうぞ、お嬢さん?」
 ぱちくり、目を瞬いた末にマリーゴールドは微笑む。
ゆったりと、優雅な仕草でサフランの手に自身の手を重ねた。
「それでは、エスコートをお願いするわ」
「お任せあれ」
 芝居がかったやり取りに、くすりと二人は笑みを零す。
マリーゴールドが軽く氷を蹴れば緩やかに動き出す体。
アイスダンスと洒落こむ訳にはいかないけれども、こんな風に滑るのも悪くないとサフランは思う。
 遅れることなく隣を滑るサフランの姿は、マリーゴールドとしては少しばかり残念。
サフランに頼られるというあまりない機会がもう終わってしまったのだなと、心中で呟く。
サフランからすれば、教えてもらったことへのお礼なのだがマリーゴールドはそのことに気付いていない。
 それでもマリーゴールドはサフランと紅色の花を見ながらも、並んで滑ることを楽しんだ。
『しとやか』なお嬢さんとエスコート役。
氷に閉じ込められた芙蓉を愛でるよりも、二人はそんなやり取りを楽しんだ。



●紅色の願い
 木芙蓉の花を早く見たいからと、ミサ・フルールは慌しく氷上へと進み出た。
けれどスケートは初めてだという彼女がそのまま滑れるという訳も無く――
「わ、わわっ!」
 悲鳴と共にミサの体が氷上へと倒れこもうとした時、その体をエミリオが受け止めた。
そのままミサの体が安定するまで支えてやる。
「大丈夫?」
「あ、ありがとう、エミリオさん……」
 自身の腕の中でみるみるうちに赤くなるミサに、一拍遅れてエミリオも赤くなる。
慌てて、けれどミサが転ばないように気をつけながらエミリオは離れた。
離れた温もりを、少しばかり惜しみながら。

「ほら、へっぴり腰にならない。上体を起こして、ちゃんと前を向いて」
 エミリオの言葉通りに、恐る恐る体を起こす。
少し体がぐらついても、エミリオが支えてくれている為、転ぶことは無い。
「もう1人でも歩けるから手を離しても平気だよ」
 支えてくれていたからこそ薄れた恐怖心。
けれど、支えているエミリオの手は離れるどころか先程よりも強く握られる。
「……俺は離したくない、ミサは嫌なの?」
 言われて再びミサは赤くなるが、それでも急いで言葉を返す。
「嫌じゃないよ!……私もこのままがいい」
「じゃあ、このままで」
 エミリオは穏やかな笑みを浮かべ、手を繋ぎなおす。
導く為の手から共に進む為の手へ……指と指を絡めて、二人は湖の中央へと進む。
 遠目でも分かる紅は、近づくに連れより鮮やかに姿を見せる。
氷の中で美しいままの姿を保つ花を見つめながら、ミサは恋人に問い掛けた。
「木芙蓉の花言葉って知ってる?『繊細な美、しとやかな恋人』って言うんだって」
 時を止めた紅の花はその花言葉通りに見える。
氷の中から姿を見せる芙蓉は、しとやかに微笑んでいるようですらあって。
ミサは笑みを深くした。
「しとやか、ね。ミサのイメージとは程遠いね」
 対して、エミリオは意地悪く笑う。
確かに自分はしとやかではない、その自覚はあるけれど……ミサはうぅと、唸る。
「エミリオさんのいじわる!」
 言い返すミサの頬へ、エミリオの手が伸びる。
宥める為のものと思ったミサは、お構い無しに言葉を紡いだ、けれど――
「そりゃあ私には似合わないかもしれないけど……っ!?」
 重なる唇。優しいのに、足元に広がる赤のような激情がそこにある。
時を忘れたミサに、エミリオが優しく言い添えた。
「冗談だよ……俺はどんなお前も好きだから」
 誰よりも愛しく、憎い、恋人。
その頬の感触を掌で何度も感じながら、エミリオは願う。
 自分はいつ、自分自身を見失うか分からないから。
ミサはミサのままでいて欲しいと、願う。
どうか、どうか――



●紅色の檻
「わわっ!」
「大丈夫ですか、シャルル?」
「あっ、ノグリエさん、すみません、しがみついちゃって……」
 謝りながらも、シャルル・アンデルセンはノグリエ・オルトから離れることが出来なかった。
不慣れな氷上は不安定で、手を放してしまえばそのまま倒れてしまいそうだから。
 ノグリエはそんなシャルルの様子を微笑ましそうに眺める。
慣れるまではゆっくり歩きましょうと声をかけ、その言葉通りにゆっくりと滑る。
すると、ノグリエにしがみ付いているシャルルの体も自然と前へ進む。
少しとはいえスピードがつくことで体は安定し始めたが、まだ不安でシャルルは手を離すことが出来ない
「なんなら手を繋ぎましょうか?」
「え、手を、ですか?大丈夫です、ゆっくり歩きます!」
 慌ててシャルルは掴んでいた手を離した。
以前ならば何でもないように手を繋いだに違いない。差し出された手にただ感謝して、その手を取ったはずだ。
けれど今は、素直にノグリエの提案を受け入れることは出来なかった。

 僅かに腰を曲げ、氷を覗き込む。
広がる紅色の世界に、シャルルは感嘆の声を漏らした。
「綺麗ですね。お花の綺麗な姿を残すために、氷の中に閉じ込めたみたいです」
 その綺麗さに、冷たさと寂しさを感じたシャルルは花から目を逸らすようにノグリエを見た。
けれど、寂しさから逃れることは出来なかった。
何故ならばノグリエの横顔からも寂しさを感じたから。
 ノグリエは『閉じ込めた』と評したシャルルの言葉を反芻する。
それはシャルルを閉じ込めたいという欲望ゆえに。けれど、それでは『あの男』と何も変わらない。
シャルルに自由になって欲しいと願ったというのに。
 シャルルは、そんなノグリエの横顔が遠く感じた。
自分が知らない人や、何かを思ってノグリエが表情を曇らせるのが、悲しい。
 ノグリエがシャルルの視線に気付いた。
シャルルの悲しそうな表情に、ノグリエはシャルルのことを思っているからだというのに……そう思うけれど。
言葉を交わすよりも、過去に想いを馳せるばかりでは、ただ想うばかりでは、二人の想いが重なる訳も無いのは当然のこと。
 隣にいても、隣にいないのと変わりは無いのだとどちらかが気付かなくてはならない。
ただ想うだけでは動くことに繋がるわけもないのだから。
 頭を一振りし、シャルルは気分を切り替える。
このまま氷上にいれば、心まで凍ってしまいそうだ。
「お茶にしませんか?温かい紅茶が飲みたいです」
「紅茶ですか?そうですねいただきましょう」
 シャルルの誘いに応じて、二人は紅色の氷上を後にする。
寂しさをその場に残して。



●紅色の花畑
 氷の中で眠る木芙蓉の花々。
凍った湖の下が花畑だなんて、まさにファンタジーの極み!
 今はまだ見ているだけだというのに、すでに汐見 セツカの紫の瞳はキラキラと輝いている。
これでこそジノファン・マリストージュを誘った甲斐があったというものだ。
 そのジノファンは、土下座も止む無しと言わんばかりのセツカの懇願に折れた形だ。
気だるげな彼の表情からは、やはり面倒臭さが滲み出ている。
 ジノファンよりも一足先に、飛び出すように氷上へと足を踏み出したセツカだが……。
「あ、あれぇ!?」
 ふらふら、がくがく。
足は生まれたての小鹿のように内側へと曲がっている。転ぶほどではないが、進むことは出来そうも無い。
 盛大にジノファンは溜息をついた。先日、竜の子を見たときもこんな感じだったような気がする。
仕方ないといった様子でジノファンは手をセツカへと差し出した。
「騒いだら、その場で置いてくからな」
 明言はしないものの、差し出された手と言葉が何を意味しているかは明白。
申し訳なさを覚えつつも、セツカはありがたくその手を握った。
 ジノファンの手はセツカからすれば大きく、セツカの手はジノファンからすれば小さく。
鼓動が高く跳ね上がるが、セツカはそれを転ぶことへの恐怖だろうと認識した。
ジノファンは力を入れれば壊れそうなほどに小さく感じるセツカの手を慎重に握る。
 手を引いてやりながらゆっくりと湖の中央へと進む。
スケート靴のブレードが氷を削り、二人の軌跡を描いていく。
「……!」
 セツカが声にならない声を上げた。
咲き誇る紅の芙蓉が美しく、思わず声を上げそうになったものの堪えた結果だ。
騒ぐ訳には行かない、それでも漏れ出る声は抑えきれず、うむむと唸るような声が出てしまった。
 珍しく静かだと思っていたパートナーの唸り声はしっかりとジノファンの耳に届いた。
セツカの顔を見れば、口をめいっぱい閉じたフグのような膨れっ面。
騒がないようにと配慮したつもりなのだろうが、可笑しくて仕方なかった。
 思わず噴出してしまい、肩を震わせてジノファンは笑った。
ぎょっとしたセツカはそれでもまだ沈黙を守っている。
「いい、いい、今は好きなだけ騒げ。掴んでてやるから」
 『待て』を覚えたペットにするようにワシワシと頭を撫でてやれば、セツカの顔がパァッと輝く。
「わ、私は大満足です。その、マリストさんは楽しい、です?」
「まあ、きれぇなモンだ」
「よかった」
 セツカは安堵の吐息を漏らすも、すぐにおずおずとジノファンを窺う。
返答と沈黙が怖いが、怖がってばかりでは縮まる距離も縮まらない。
「あの、つ、次も一緒に、出掛けてもらえますか。マリストさん……っ!」
 嫌なら来ない、答えかけたがすぐに飲み込んだ。そう答えればセツカが調子に乗る気がしたのだ。
煙草を吸おうかと手をポケットへと伸ばすも、すぐに止めた。
毎晩、スケート靴で傷付いた氷を整えているという話だ。煙草を吸うのも良くないだろう。
 代わりに芙蓉を眺めながら沈黙する。
すると、みるみるうちにセツカがしょげていく。
 縋るようなセツカの眼差しに、ジノファンの眉間が皺を作る。
観念して、短く告げた。
「悪くなかった」



●紅色の光景
 吐く息が白い。湖が凍るほどだ、それも当然。
素肌を晒している頬に刺すような冷気を感じるが、それでもアマリリスは寒さが苦にならない。
この光景を見ることが出来たのだから。
「綺麗ですわね」
「……なんだか紅いですね」
 ちらり、アマリリスの赤い瞳がヴェルナーを盗み見る。
スケート靴の紐を結ぶヴェルナーの動作は常よりも鈍い。氷を見る目にも覇気が無い。
最近の彼はぼんやりしている。
 アマリリスはその原因をなんとなく察していたが、知ったことではない。
少なくともアマリリスから問い掛けることではないのだ。
ただ、相談してもくれないことに一抹の寂しさを感じるけれども。
 その思いを胸に隠し、アマリリスは氷上へとヴェルナーを連れ出した。
アマリリスが近くで芙蓉を見たいと言えばヴェルナーは断らない。
 けれど、ヴェルナーはスケートの経験がなかった。これが初めてなのだ。
先に滑り出したアマリリスとの距離が自然と開く。
「ぼーっとしてたら転びますわよ。無様に這い蹲らないようにしてくださいませ」
 止まって振り返ったアマリリスを追うようにおっかなびっくり滑り出したものの、流石精霊と言ったところか。
滑らかとまではいかないが、すぐに慣れてアマリリスに追いつく。
 上出来だと言わんばかりにアマリリスの笑みが刹那、深くなる。
急ぐことなくゆっくりとアマリリスは滑り出した。慣れていないヴェルナーが追いつける速度だ。
 アマリリスのペースに合わせ、ヴェルナーが付かず離れずの距離を保ちながらも二人は中央へと向かう。
その間も二人の口数は少ないままだが、そこに気まずさは無い。
 徐々に増えていく足元の芙蓉を眺めながらも、アマリリスは進む。
振り返りはしないが、氷を削る音でヴェルナーが遅れずに付いて来ていることは分かる。
 紅色の湖の中央でアマリリスは足を止めた。
足元に広がる芙蓉は流されることも散ることも萎れることも無く、時を止めたまま。
「憧れますわ、この光景。美しい姿のまま、ずっと」
 アマリリスは首だけを動かし、ヴェルナーを振り返る。
何も言わず控えるだけの彼にアマリリスは問い掛けた。
「ヴェルナーはどう思いますか?」
「美しいまま……ですか。私は、憧れない
 つい、紡ぎ出してしまった否定の言葉を封じ込めるように、ヴェルナーの手が慌てて口を塞ぐ。
けれど、それをアマリリスは許さない。
「構いませんわ。言ってくださいな」
「……ずっと同じなのは嫌です。最後には土に還りたいと思います」
 気まずそうにヴェルナーはアマリリスを見た。
不安げなヴェルナーの予想に反し、アマリリスの微笑みには満足気な色が見える。
「らしい回答ですわね。途中で気をまわしたようですが、正直な言葉を聞けるほうが嬉しいですわ」
 くるり、体ごとヴェルナーと向かい合う。
否定したことを未だ気にかけているようなヴェルナー。
「だから、もっと悩みがあるならわたくしの事を頼ってくれても……」
 言いかけてアマリリスは口を噤む。
言ってしまえばヴェルナーは、『アマリリスが望んだから』行動に移すような気がして。
 違う。アマリリスが望むのは、そうじゃない。
「……なんでもありませんわ」
 飲み込んで、アマリリスは踵を返そうとした。
彼女自身も動揺していたのだろうか、バランスを崩してしまう。
 しかし、倒れる前にヴェルナーがその体を支えた。
小さな体だった。少なくとも、ヴェルナーからすれば。
 この小さな体を頼りにはしている。
けれど、今はまだヴェルナーの中での折り合いが付かない。
「……もう少し、待っていて下さい」
 二人の体が離れる間際、ヴェルナーは呟いた。
懇願めいた小さな呟きがアマリリスに聞こえていたのかどうか。
それは、アマリリスしか知らない。
 二人の足元で、変わることなく紅色の芙蓉が咲き誇っていた。



依頼結果:成功
MVP

メモリアルピンナップ


エピソード情報

マスター こーや
エピソードの種類 ハピネスエピソード
男性用or女性用 女性のみ
エピソードジャンル イベント
エピソードタイプ ショート
エピソードモード ノーマル
シンパシー 使用不可
難易度 とても簡単
参加費 1,000ハートコイン
参加人数 5 / 2 ~ 5
報酬 なし
リリース日 11月24日
出発日 11月29日 00:00
予定納品日 12月09日

参加者

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