【慈愛】『盗まれた小切手の謎』(大江和子 マスター) 【難易度:普通】

プロローグ

 スノーウッドの森の瘴気を払おうと、ホワイト・ヒルの街でカップル限定の催し物が開かれた。推理劇場『盗まれた小切手の謎』。
 イベント会場で、まずは役者による事件の大まかな劇が行われ、その後参加者全員に詳細の書かれた冊子が配られた。
 以下、その内容である。


※※※


 ある日曜日の午後18時、ジケンボ警部のもとに電話がかかった。
 電話の主はマートン・レイン。そこそこ財のある資産家で、ジケンボ警部の古い友人だった。
「小切手が盗まれたんだ! とんでもない高額の! すぐに来てくれ!」
「マートン、落ちつきなさい。どこかにひょいと置き忘れたんじゃないの? 警察よんで僕のうっかりでしたじゃ、いい赤っ恥だよ? 話は聞いてやるからこっちにおいで」
「置き忘れどころか置きっぱなしにしていたんだ! 書斎の机の引き出しの中に! それに君のところへ行っている間に犯人が逃げたらどうする! 月曜になれば銀行は開くし、あの小切手はどうしても必要なものなんだ! 頼む、来てくれ……ここだけの話、犯人は身内じゃないかと考えている。」
 この事件に興味を覚えたジケンボ警部は、やる気に満ちあふれた部下二人を連れてマートン・レインの家へと向かった。
 レイン邸はかなり大きかったが、働いている人物は少ない。
 秘書のケネスとメイドのエミィ、専属運転手のサム、マートン本人を合わせて計4人だ。
 マートンが呼んだらしい助っ人たちが、いまだ屋内を捜索している。
「やあ、マートン酷い顔だね」
「当たり前だ……」
 かきむしった頭はボサボサ、よそいきのスーツは上下ともしわくちゃ、すっかり憔悴しきった様子でマートンは今朝から今までの自分と3人の行動をジケンボ警部に話した。


7:30 マートン起床。

8:00 食堂で朝食。住みこみのエミィとサムは別室で食事。ケネスは自宅で朝食をとる。

8:45 ケネスが来る。マートン、書斎の机の鍵付き引き出しに、確かに本物の小切手があるのを確認する。(※1)

9:20 外出の準備をする。
     エミィはマートンに必要なもの(帽子、スーツ一式、ステッキ、その他携帯用品を用意)を用意し、
     ケネスは資料を集め(マートン個人に関係ある部屋へは特に許可なく出入り可)、
     サムは車(車そのものはマートンのものだが整備、点検はサムの仕事)の準備をした。

9:40 出発(※2)

10:30 郵便局に到着。マートンの指示どおりケネスが書留で手紙を出す。サムは車の中で待機。

12:00 ある人物と昼食をかねた会談。
      レストランでマートンは子牛のカツレツとサラダ、ケネスは鱒のフライとトマトのスープを食す。
      サムは行きつけの食堂でサンドイッチとコーヒー。

13:15 サムの車の中でマートンは20分ほど仮眠。その間、サムとケネスは他愛の会話をかわす。
      以後、15:30まで仕事(内密事項のため、詳細はぼかされる)

15:50 一旦帰宅。また別の仕事に向けて準備。

16:00 ここでようやく書斎の引き出しに鍵をさしたままだったことに気づき、さらに中の小切手もなくなっていることに気づく。

16:20 思い当たる限りの場所を探すが見つからない。

16:30 やむなく、この後の予定をキャンセルし、3人に事情を話し協力をこう。三人、身体検査や持ち物検査を承諾する。

16:50 外部から信頼できる者を20人ほど集め、徹底的にレイン邸を捜索。
      天井裏、庭、サムが運転をしていた車、はては冷蔵庫の食品や家電製品の中まで調べるが見つからない。
      該当の三人は加わらず、身体検査および持ち物検査(エミィには女性が検査)を受ける。
      財布やペン、靴の裏底や下着まで探れるものはみな探るもののなし。
      住みこみのサムとエミィの部屋も調べたが成果なし。

18:00 マートン、ジケンボ警部に連絡をとる。

※1
この後、家を出るまでマートンは一度も書斎には近づかなかった。さらに引き出しに鍵をさしっぱなしにしていた。
ケネス、エミィ、サムは家の中を自由に歩き回ることができた。

※2
なお、エミィはマートンの外出から帰宅まで、一歩も家を出ていないと主張。事実、玄関と裏口にだけ設置してあるカメラには問題の時間中外へ出る姿は映っておらず、窓は防犯対策のためすべてに鉄格子がはめてある。マートン、ケネス、サムも15:50まで戻った様子はない。


 マートンはジケンボ警部に次のような情報を教えた。
「私だって身内を疑いたくなんかない。だけど厄介なことに3人とも動機があるんだ。ケネスはギャンブル狂で借金があった。エミィは浪費家で身の丈以上の買い物はしょっちゅう。サムは品行や性格ともども問題はないが、母親が病を患って早急に大金が必要だった」
 さらにマートンは言いにくそうに次のことも話す。
「その……これは私の落ち度なんだが、実は私はいつも書斎のドアは開けっぱなしにしているんだ。ドアの外からでも机の上になにか置き忘れていないかわかるようにね。机の位置と向きは……そうだな、たとえば君がドアから書斎を覗けば、ちょうどその正面に机があって、その時私が仕事をしていれば、私の背中と椅子の背もたれが見えるはずだよ。……つまり、鍵をさしっぱなしにした引き出しも見えるってわけだ」
 ジケンボ警部は質問をする。
「3人は、引き出しに小切手があるのを知っていたのかい?」
「表だって言った記憶はないが、おそらくね」
「彼らの主な仕事を聞きたいんだけど……」
「ああ。秘書のケネスは私のスケジュールや資産の管理、その他必要なサポートをしてもらっている。時々私の代表として仕事を任せることもある。メイドのエミィは炊事、洗濯、買い物、繕いもの……まあ、家事一般とその他雑用のもろもろだな。電話の受け答えも彼女だ。専属運転手のサムの仕事はもちろん車の運転だが、簡単な警備も任せている。家の周りを見回る程度だがね」
 ジケンボ警部が頭を働かせている中、部下、エイ、ビイもそれぞれの推理談義に夢中になっていた。
「やはりケネスだろう、やれる機会や行動が多い」
 エイがそう口にだせば。
「いや、エミィですよ。家の中にいたってことは、細工しほうだいってことじゃないスか」
 ビイはこう返す。
「……それともサムかな?」
「もう、誰もかれも怪しいっすね……」
 最後には二人そろって消沈してしまう。だが犯人よりも先に見つけなければならないものは。
「小切手はどこだ」
「さんざん手を尽くしてまーだ見つかってないんスよね」
 ビイは拳を固めながら力説する。
「きっとこの家に小切手はないんですよ! 他の場所に巧みに隠したに違いないっス!」
「いや、身体や持ち物をもう一度洗い直してみるべきだ。警部はどっちを……」
 二人はジケンボ警部の顔を見てぎょっとした。彼は笑っていたのだ。
「そうだね。じゃあ、まずはしょんぼりしているマートンに小切手を返そうか」
「わかったんスか!?」
 したり顔でジケンボ警部は話を続ける。
「小切手が盗まれたのはマートンが出発するまでの間。すばやく盗めば5分もかからない。共犯者はいない。犯人は、自分が疑われず、誰も容易に見つけることができず、そしておそらくはほぼ確実に取りもどすことができると思われるところに隠した。……だけどマートンの迅速な対応と、ここまでの大人数よんでの大騒ぎは誤算だったようだね。またいつ検査されるかと思うと、取り戻したくともできない。ともかく、小切手はまだ無事だよ」
(舞台ではここでジケンボ警部が参加者に語りかけた)
「――さあ、君たちの出番だ」

解説

二人で協力して事件を解決しよう!
選択式推理イベント。
参加費はカップルで400Jr。ただし正解数によって少しだけ料金が戻ります。

以下、三つの問いから一つずつ答えを選んでください。

問1 場所と人、どっちを調べる?(※この選択で問2の分岐が変わります)

(A)場所  (B)人


問2 具体的に調べる場所もしくは人は?

※問1で(A)を選んだ場合は以下(1)~(5)の中から選択
【 (1)マートン・レイン邸 (2)移動に使った車 (3)郵便局 (4)レストラン (5)サムの行きつけの食堂 】


※問1で(B)を選んだ場合は以下(6)~(11)の中から選択
【 (6)ケネス (7)エミィ (8)サム (9)マートン (10)ジケンボ (11)エイとビイ 】


問3 ずばり、犯人は?

(あ)ケネス (い)エミィ (う)サム (え)マートン (お)ジケンボ (か)エイとビイ


●解答例

(A)、(1)、(あ) 

もしくは 

【B、6、い】

など、答えがわかる記述ならなんでもOK。
ただし、問1はAなのに問2は6(※問1でBを選んだときの選択肢)など、選択がちぐはぐになってしまった場合は問1、問2とも無効になってしまうので注意。

神人、精霊で答えが異なっていても可。(神人が(A)、精霊が(B)を選んでも問題ありません)

問1正解で-10Jr 問2正解で-20Jr 問3正解で-30Jr 全問正解で-100Jrとなります。
全問正解は神人、精霊の答えを合わせても有効となります。(神人が問1問2、精霊が問3正解なら-100Jr)
ただし、同じ問いの答えが正解でもマイナス料金が二倍になることはありません。(神人、精霊とも、問1の答えが正解でも-20にはならない)


●その他

・小切手は180mm×80mmの長方形。

・登場人物(役者)たちへの質問や聞きこみは可能。

・簡単な軽食(サンドイッチ、森のキノコスープ)と飲み物(コーヒー、紅茶、ミックスジュース)の用意あり。食い放題飲み放題。




ゲームマスターより

閲覧ありがとうございます。
プロローグではNPC劇場でしたが、リザルトでは神人、精霊の謎解きが中心となります。
(リザルトの最後のほうで解決編NPC劇場が少しあり)

穴の多い設定や事件内容はご容赦ください……

あっ、と驚くような事件ではなく、小切手を隠したトリックじたいはとても古典的なものです。(ホームズ「えい!」 ガシャーン! ワトソン「あ! 中から宝石が! こんなところにあったのか!」みたいな感じ)
裏の裏ではなく裏を読むぐらいの推理でちょうどいいかもしれません。
推理が間違っていたとしても、選択が合っているのなら事件解決です。
協力して全問正解を狙うもよし。二人で勝負をするのもよし。当てずっぽうするもよし。
皆さまの名(迷)推理をお待ちしております。

※参加受付開始日あたりに、GM欄のコメントにていくつかヒントを加える予定です。(ヒントの上部に改行の空白あり)

リザルトノベル

◆アクション・プラン

月野 輝(アルベルト)

  ミステリって考えてる時間が楽しいわね
アル、一緒に考えてくれる?

■回答【A、3、あ】

■推理
これだけの人数で捜索して見つからないとなると、小切手は家の中と車にはないのではないかしら?
だから家から出ていないエミィは除外
残るは……
郵便局って手紙出したら届けてくれるわよね
仕事の資料に紛れさせて小切手を持ち出し、用事のついでに自分宛にも手紙を出して
その中に小切手を入れておけば確実に手に入ると思うのよね
郵便局でケネス宛の手紙を探してはどうかしら?

■推理ショー後
このスープ凄く美味しい!
レシピ教えて貰えないかしら
今回のお礼にアルに作ってあげたいな、なんて…
な、なんでもないわ!

今日は誘ってくれて有難う
また誘ってね


手屋 笹(カガヤ・アクショア)
  【A、3、あ】
(可愛そうな人を見る目)
推理イベントですしミステリーの雰囲気を楽しみたいです。カガヤも一緒に頑張りましょう。

わたくしは…ケネスさんが犯人じゃないかと思っています。
動機はマートンさんが仰っている通りだとして。

郵便局を調べたいです。
そこでケネスさんが出したものはマートンさんに頼まれた書留だけだったかどうかを確認したいです。
ケネスさんは外出前に小切手を盗み
それを外出時に一緒に持ってきた。
それを郵便局で自分宛の郵便として出したのではないでしょうか。一時的に邸のどこにも無い状態、自分の身からも離した状態になり
後に必ず自分の元へ小切手が戻ってくる方法です。

それ全部わたくしの推理ですけどね…



かのん(天藍)
  【B、9、あ】
恋愛小説よりも推理小説の方が好きです
読みながら犯人当てた事はないですけれど
天藍は普段どんな物を読みますか?
軽食つまみつつ、2人で相談して犯人を捜す
わしゃわしゃと頭撫でられ首を竦める

推理
ケネスさんが資料集めにマートンの室内に入った時に、小切手発見して盗んだのではないでしょうか?
自分がそのまま持っていると見つかるので、とりあえず手元から離しつつ確実に回収できる手段があったケネスさんが怪しいです
解決編で小切手が入った手紙が届くのではないでしょうか?

聞き込み
マートンさんが頼んだ書留の数を確認してみたいです

解決編後
犯人捜しのイベントは始めて参加しましたけど面白いですね、天藍はどうでしたか?



ロア・ディヒラー(クレドリック)
  推理かー。暇つぶしに丁度いいかと思ってみてみたけど本格的だね
か、カップル限定だったの!?
そだよねペアもカップルって言うし、恋人同士限定なんてどこにも書いてないもんね、クレちゃん!

私はケネスが怪しいと思うなー。一番小切手を入手しやすい立ち位置だし。それに盗んだ小切手を屋敷外に持ち出せた唯一の人物でもあると思うんだ
郵便局で書留出したんだよね?
その中に咄嗟に小切手も一緒に入れたんじゃないかな。
まだ郵便局にその書留はあるはず。中を調べればきっとその中に入ってるよ!…多分
…もしくは書留以外にも郵便物を出しててその中って可能性もあるけど
【A、3、あ】
輝ちゃんや笹ちゃん、かのんさんも参加してたんですね!



 劇の幕がおりると、観客席の探偵たちは思い思いの方向へと散っていった。
 捜査の計画をたてるもの、直接現場へ赴くもの。
 ここで、4組の探偵たちの行動をのぞいてみるとしよう。


●探偵 手屋笹&カガヤ・アクショア

「小切手の臭いが分かればくんくんするんだけどなー」
 残念そうなカガヤの台詞を、笹は口ではなく目で返した。
 小雨降る下ダンボールの中で、傘と未来のご主人様に思いをはせる捨て犬をみるような、憐れみと慈愛に満ちた視線で。
「…犬のテイルスだからって冗談です。可愛そうな人を見る目をしないで笹ちゃん!」
 笹は気をとりなおして仕切りなおす。
「推理イベントですしミステリーの雰囲気を楽しみたいです。カガヤも一緒に頑張りましょう」
「論理立てて考えるだけって苦手だけどミステリーのどきどきする雰囲気好きだな。笹ちゃんは何か思いついた?」
 パラパラと冊子をめくりながら、笹は頭をひねる。
「わたくしは…ケネスさんが犯人じゃないかと思っています。動機はマートンさんが仰っている通りだとして」
「ケネスさん?」
 問い返すカガヤに笹は頷く。
「郵便局を調べたいです。そこでケネスさんが出したものはマートンさんに頼まれた書留だけだったかどうかを確認したいです」
 カガヤはよしきたとばかりに勇み立った。
「それじゃあ俺は邸で今日郵便が届いたかどうか聞いておくよ。さすがにまだだと思うけどタイミングに拠るかもしれないし。丁度来てたりしてね」
 そういえばとカガヤは首を傾げる。
「笹ちゃん、どうしてケネスさんが犯人だと思うの?」
「ああ、それはですね……」


「ケネスさんは外出前に小切手を盗みそれを外出時に一緒に持ってきた。(意味ありげにつかつかと、左右に行ったり来たり) それを郵便局で自分宛の郵便として出したのではないだろうか。(助手に語りかけるように笹のほうをふり返る) つまり! 一時的に邸のどこにも無い状態、自分の身からも離した状態になり後に必ず自分の元へ小切手くる方法です。(人さし指をつきつける) というわけでこれが俺達の推理だよ! さあ、どうですケネスさん? これが真相だ!(ばーん)」
 少し離れた世界に旅立ったカガヤを遠い目で見つめながら笹は呟く。
「それ全部わたくしの推理ですけどね…」
 ケネスを演じた役者は、申し訳なさそうな顔でカガヤに応じた。
「すみません、今犯人を明かすことはできず……解決編の舞台までお待ちを……」
「あ! す、すみません! つい盛りあがっちゃって……!」
「何をやっているのですかカガヤ……」
 さて、二人の捜査はというと。
「マートンさんたちに応対した局員さんの話だと、出した手紙はマートンさんがケネスさんに頼んだ書留だけで他はないそうです」
「邸にも郵便は届いてないみたいだ……まだ他に何かあるのか?」
 笹とカガヤは頭を突き合わせて推理を練った。


●探偵 月野輝&アルベルト

「ミステリって考えてる時間が楽しいわね。アル、一緒に考えてくれる?」
 ワクワクとはしゃぐ輝を楽しそうに見つめながら、アルベルトはくすりと笑む。
「もちろん考えますが、輝と答えが違っても怒らないで下さいよ」
 人の波をくぐり抜けながら、二人は捜査の計画を練る。
 最初に推理の口火を切ったのは輝だった。
「これだけの人数で捜索して見つからないとなると、小切手は家の中と車にはないのではないかしら? だから家から出ていないエミィは除外。残るは……」
 輝は冊子に記されていたある場所をアルベルトに指し示す。
「郵便局って手紙出したら届けてくれるわよね。仕事の資料に紛れさせて小切手を持ち出し、用事のついでに自分宛にも手紙を出してその中に小切手を入れておけば確実に手に入ると思うのよね。郵便局でケネス宛の手紙を探してはどうかしら?」
 アルベルトは輝の推論に興味をもったようだった。
「概ね輝に賛同しますが探す場所は屋敷としましょうか。地元の郵便局から出した手紙はその日の内に届く事もあり得るかもしれません」
 輝の推理を元に、補強を重ねていく。
「自宅宛にしては家族が開封する可能性がありますし、この屋敷宛に出せば秘書の彼が郵便物をチェックする事になるでしょうからいち早く小切手を回収できるのではと」
 ここでアルベルトはクイッと眼鏡をあげた。レンズの謎めく光に、輝は思うところがあるが口には出さない。
「捜索隊もさすがに郵便物の中身までは見てないでしょう。今日届いた郵便物があるかどうか、エミィに聞いてみましょう」
 二人はさっそく現場へと向かった。
 調査後、再び相談をする。
「郵便局にケネス宛の手紙はなかった……アルの言うとおり、レイン邸に送ったのかしら?」
「しかしエミィの話では、どの手紙も今朝の、それも小切手が盗まれる前に届いたものばかりで午後に届いたものは一通もない。少々ややこしい事態になりましたねえ……」
 ともすれば沈んでいきそうな空気を、輝は自らを奮い立たせて振り払った。
「アル、現場百回、捜査は足が基本よ! もう一度考え直しましょう!」
「おや、輝の中の『刑事(デカ)魂』に火がついたようですね」
 アルベルトはそのたくましさを好ましく思いながら、先ゆく輝を追いかけた。


●探偵 かのん&天藍

「恋愛小説よりも推理小説の方が好きです。読みながら犯人当てた事はないですけれど。天藍は普段どんなものを読みますか?」
「本格推理小説よりはハードボイルド系の方が好きかな。軽食コーナーはあっちか……俺が持っていくからかのんは席の確保を頼む」
 天藍が二人分の軽食と飲み物をトレイにのせて休憩所へいくと、かのんが手と声で合図をした。かなり混んでいる。
 他の参加者たちに聞こえないよう、二人は並んで座り、顔を寄せあってひそやかに相談を始めた。
「なるほど」
「何かわかりましたか?」
「かのんの手料理のほうがうまいな」
「何の調査ですか!」
 神妙な顔でサンドイッチの審査をする天藍を軽く窘めながら、かのんは紅茶を飲む。それから、思いついた推理を天藍に話した。
「ケネスさんが資料集めにマートンの室内に入った時に、小切手発見して盗んだのではないでしょうか?」
 ふむ、と天藍は相づちを打つ。
「自分がそのまま持っていると見つかるので、とりあえず手元から離しつつ確実に回収できる手段があったケネスさんが怪しいです。解決編で小切手が入った手紙が届くのではないでしょうか?」
 いわゆる『お約束』を思って、二人は笑う。
「ジケンボ警部がおもむろにマートン邸に届いている郵便を調べるか丁度良く届いた郵便受け取って、その中から出てきたら面白いよな。ただな……」
 天藍は推理のほころびを見つけたらしい。
「その日の午前に出した郵便が夕方に届くのか疑問が残るな」
 あ、とかのんは声をあげると、眉間に皺をよせて考えこんでしまった。
 その様子が、蕾へと縮んだ花のように見えて、天藍は思わずかのんの頭に手をのせた。
「綺麗な顔が勿体ないな」
 わしゃわしゃと髪をかき混ぜられて、かのんは首を竦めてしまう。
 隙あらば手を重ねようと画策する天藍だったが、肝心のかのんの指は悩む顎を支えてしまっているのだった。
 その後、かのんは頼んだ書留の数を確認をするためマートンを演じた役者のもとへといき、天藍はケネスが何通書留をだしたかを確かめるために郵便局へと調べにいった。
 再び合流し、答えをてらしあわせる。
「マートンさんが頼んだ数は3通だそうです」
「郵便局にも聞いたがきっちり3通、書留だけで他はないそうだ」
「それに、天藍の言うように夕方に届くのかという疑問もまだ残っています」
「慌てずに、ひとつひとつ、考えていくか……」
 推論を補いあいながら、かのんと天藍は調査を重ねていった。


●探偵 ロア・ディヒラー&クレドリック

「推理かー。暇つぶしに丁度いいかと思ってみてみたけど本格的だね」
 きょろきょろと、ロアは忙しなく会場内に目を走らせる。
 そんなロアを見つめながら、クレドリックはロアに疑問を投げた。 
「カップル限定らしいが、いいのかね?」
 さらっと言われた事実に、ボンッとロアの羞恥が爆発する。
「か、カップル限定だったの!?」
 慌てて冊子を確認すれば、しっかりと『カップル限定』なる文字が。
 沸騰しすぎたやかんのように、グラグラとロアの頭は茹だるが、そのとき、意外にも助け舟をだしたのはクレドリックだった。
「本来はカップルという言葉は恋人同士という意味では無かったはずだが」
「そだよねペアもカップルって言うし、恋人同士限定なんてどこにも書いてないもんね、クレちゃん!」
 珍しく全力でクレドリックに同意するロア。
 本来ならば嬉しいはずのロアの賛成を、なぜかクレドリックは喜べなかった。
 適当な場所に身を落ちつけて、二人は話しあう。
「私はケネスが怪しいと思うなー。一番小切手を入手しやすい立ち位置だし。それに盗んだ小切手を屋敷外に持ち出せた唯一の人物でもあると思うんだ」
 ロアは自分なりの推理をまとめる。
「郵便局で書留出したんだよね? その中に咄嗟に小切手も一緒に入れたんじゃないかな。まだ郵便局にその書留はあるはず。中を調べればきっとその中に入ってるよ! ……多分。……もしくは書留以外にも郵便物を出しててその中って可能性もあるけど」
 話し終わるのを待ってから、クレドリックは自身の考えを明かした。
「ふむ、ロアの推理ではケネスが犯人なのだな。私はサムが怪しいのではないかと思うのだよ。他二人が食事をしている時に行きつけの食堂にかくしたのではないかとね」
 次の意見を言うのに、クレドリックは少しためらった。
「ロアの推理だとケネス一人で郵便を出した風だが、書留を出している間マートンはケネスの近くにいた可能性がある。…その場合はたして郵便に小切手を忍ばせられただろうか」
 的確な指摘に、ロアの表情が固まる。
 さらにその後の調査で、ロアに怒涛の追い打ちが、かかってしまったのだった。
「クレちゃんの言ったとおりだったよ……マートンさん、近くにいたばかりか書留に必要なサインも自分でしたんだって……」
「ロアよ、奮い立て。それしきのことで諦めるな。私ともう一度真実の追求をやりなおそう」
 珍しく、クレドリックがロアの精神フォローにまわった。


●解決編

 ジケンボ警部は大きくふり返ると、犯人に指をさした。
「――君だね」
 指の先には、エミィがいた。
「カメラには外へ出る君の姿は映ってはいない。家から一歩も出ていない話は事実だろう。だけど僕は逆に聞きたいな。どうして君は外へ出なかった? 『買い物』も『洗濯』も君の仕事のはずなのにね。カメラには買い物カゴを持ってドアを開ける君や洗濯物を干したり取り込んだりする君は映ってないんだ」
 観念したようにエミィはうつむく。
 ビイは頭を抱えてうろたえた。
「お、俺、てっきりケネスかサムがやったもんだとばかり……」
「彼らはやれる機会や行動が多いものね。けどケネスには始終誰かがそばにいたし、怪しい行動をすればすぐに感づかれた。サムのほうはひとりで自由に動けるチャンスはあったけど、盗む機会のほうはどうだったかねえ。車の運転やら点検やら警備やら、彼は外の仕事が多い。家にずっといるとかえって目立つんだ。くわえて主人の外出がわかっているのに、車の整備もせずに家の中をうろついてちゃ、他の三人は怪しんだろうね」
 マートンは戸惑いながら叫んだ。
「待ってくれ! エミィが盗んだのなら、小切手はどこにあるんだ! この家にはなかったし、彼女は外へ出ていないんだぞ!」
「その解決には、君を調べる必要があるんだ」
「おいおい、必要なことは全部話したし、私の個人部屋や持ち物も可能な限り探したんだ。これ以上は……」
「だけど、『身体検査』は受けていないはずだよ。いいから、おいで」
 ジケンボ警部はマートンの体のあちこちを叩く、と、何かを見つけたらしく、マートンからスーツの上を脱がした。
 そのままスーツの裏地が表になるようにひっくりかえす。
「右脇の裏地の糸をほどいて、あらたに繕い直したあとがあるね」
 ジケンボ警部は指摘したあたりの裏地の糸を破くように切ると、中に手をつっこんだ。
 再び手が現れたとき、指は少しくしゃくしゃになった小切手をつまんでいた。
「彼女はね、この邸から小切手が見つからなければ、ずっと家にいた自分は疑われずにすむと考えたんだ。『誰かが盗んで外へ持ち出したのだろう』って誤解すると計算したんだろうね。でも鍵のことはすっぽり抜けていた。マートンには、探しづらく、人もあまり呼べず、警察の連絡も明日にまわすであろう夜に発見してもらいたかったろうにね」
 ビイは納得のいかない顔でエイに問いかける。
「外出着に細工なんて、なんでそんな危ない真似を……他にもスーツあるんスよね? だったら一人きりになったときにでも……」
「そしたら家宅捜査のときに見つかったかもしれないだろ。マートンさんの私室や持ち物だって調べているんだから。着ていた服だからこそ見落としたんだ」
 ジケンボ警部は話を引き継ぐ。
「被害者が『私の身体検査をしてくれ』なんてあまり言わないし、今日着た服に細工がされていたなんてなかなか思いつかないものねえ。ときにビイ君、君の背中をさわってごらん」
「え? あ! 何か紙が貼ってある!」
(ビイは観客に背中を向けた。紙には答えがあった)

正解【B、9、い】


●イベント後

「カガヤ、元気をだしてください」
 耳も尻尾もすっかり萎れてしまっているカガヤを笹は励ます。
「俺……あんな大見得きって推理して……なのに全問不正解って……かっこ悪すぎ……!」
「わたくしも、はずしてしまいましたから……って、カガヤは推理していないじゃないですか!」
「ごめんね笹ちゃん……俺きっと、探偵どころか警察犬にもなれない……」
「――もう!」
 笹はやや乱暴にカガヤの腕をとった。
「え? さ、笹ちゃん……!」
 戸惑うカガヤを引きずるように、笹はずんずんと歩いていく。
 参加者のために用意された軽食コーナーへと来た。スープを配るスタッフに笹が声をかける。
「スープを二つください」
「え、ええと……」
 何かを言いかけるカガヤの目の前に、ずいっとスープが突きだされた。
「頭脳明晰でなくともかっこよくなくとも、いつも明るく笑っているカガヤがわたくしは好きです。……だから元気だしてください」
 優しく笑う笹の笑顔がカガヤの心を打つ。
「笹ちゃん……!
 カガヤは感激のを流しながらスープを受け取ると、景気づけるように一息に飲み干した。
「よおし! エネルギー満タン! 見ててね笹ちゃん! 嗅覚はもちろん聴覚も鍛えて、どんな犬にも負けない立派なテイルスに……って、やめて笹ちゃん! 荷馬車に乗せられて売られていく子牛を見るようなそんな悲しい目をしないで!」
 元気いっぱいにくるくると表情を変えるカガヤは、笹がいつも知るカガヤそのものだった。


「このスープ凄く美味しい!」
 軽食コーナーのキノコスープに、輝は感嘆の声をあげた。
 単純な料理だったが、それだけにキノコの魅力が直接舌に伝わったようだ。
「レシピ教えて貰えないかしら。今回のお礼にアルに作ってあげたいな、なんて……」
 ここで言うつもりのなかった本心まで飛び出したことに気がついて、はっ、と口をつぐむ。
「な、なんでもないわ!」
 慌ててなかったことにしようとするものの、こういう発言に限って、アルベルトは一言たりとも、もらさずに聞いているのだ。
「ではこの間のシチューのようにまた一緒に作りましょうか」
 アルベルトは優美に微笑んだ。笑顔と表情にこめた気持ちが伝わって、ボッと輝の頬が赤く灯る。
 軽食コーナーの入り口に、チラシを簡単に折っただけのお手軽レシピ集が積まれていた。キノコスープの作り方も記載してある。
「ふむ、意外と手に入りやすい材料で調理できるようですね」
「アレンジでパスタや麺をいれるのもあるわね。アル、これも試してみましょう」
 今度は涙をこぼす食事にはしない。調理から食器を洗うまで、笑顔と冗談だけで満たすのだ。
 ふと、輝とアルベルトの視線が重なった。先に言葉をかけたのは輝だった。
「今日は誘ってくれて有難う。また誘ってね」
 感謝を贈り物のようにそっとアルベルトへとさしだす。
 アルベルトは返答するより先に、輝の頭を撫でた。
「どういたしまして。私も楽しかったです」
 ただこれだけのやりとりに、どれだけの気持ちがこめられているのか、どこまで伝わっているのか。
 だけどこの謎はまだとけなくていい。
 楽しげに語りあう、男女の背中が遠ざかっていった。


「かのんのお手柄だな」
「推理ははずれてしまいましたけど……」
 かのんの手には小切手に似せた紙が握られていて、『30』の数字が記入されている。
 これを交換所までもっていけば、参加費が30ジェール返金されるのだ。
 かのんは天藍に問う。
「犯人捜しのイベントは始めて参加しましたけど面白いですね、天藍はどうでしたか?」
 天藍は笑顔で答えた。
「考え方が2人似ているのか、気にする視点が同じで面白かったな」
 同感だとかのんは頷く。
 同じものを同じ視点でながめ、答えまで同じだったと笑いあう。ただ、それだけの事実がとても嬉しかった。
「ところで返金された30ジェールはどうしましょうか?」
「15ずつ分けてもいいがちょと味気ないな……せっかくだ、ホワイト・ヒルの街を歩きながら考えようか」
「それでうっかり喫茶店やレストランなどに入ってしまって……」
「きっかり30ジェール払うはめになったりしてな」
 綺麗にオチのついた話に、また二人は声をたてて笑う。
 ふと、天藍はかのんの左手を盗み見た。彼女の手のひらはすっかり空いている。
 忍びよるように自分の右手をそっと近づけさせ……
「ああ、あそこが交換所のようですね」
 そして、かのんはさっと走っていってしまう。
 天藍の右手は中途半端にあがったまま、置いてきぼりにされてしまった。
「まいったな……」
 小切手よりも簡単には盗めないものがある。
 楽しげに走るかのんの背中を見つめながら、天藍は誤魔化すように右の人さし指で頬を掻いた。



「輝ちゃんや笹ちゃん、かのんさんも参加してたんですね!」
 知人を見つけてかけ寄るロアを尻目に、クレドリックは軽食と飲み物をとり、テーブル席につく。ほどなく、ロアが戻ってきた。
「クレちゃん、お待たせ!」
 サンドイッチとスープをわたすと、ロアは礼をいって受け取り、ぱくりとパンに噛みついた。
 それから二人は今日のことについて、楽しく語り合った。出発前のこと、推理のこと、正解を当てられなくて悔しかったこと、今度はどこへ行こうかなど。
 表情豊かなロアを見つめるうちに、クレドリックはふとこんなことを思う。
(考え込むロアも興味深い。問題点を指摘されて衝撃を受けてがっかりするロアも)
 クレドリックは目を細める。
(……私は出し物自体よりもロアと一緒に楽しんでいる事実が嬉しい)
 彼女と出会ってから、どれだけの月日がたったことだろう。
 胸の中にも世界があると教えてくれたのはロアだった。
 涙のように温かいこのぬくもりをくれたのもロアだった。 
 ロア、ロア、ロア。
 この名前は、もう個人を特定するためだけの記号などでは決してない。
「クレちゃん、どうしたの?」
 突然黙ってしまったクレドリックに、ロアは不思議そうな顔を向ける。
 何でもないとクレドリックは返した。
「ただ、この世はロアと、私と人生を歩むロアだけがいる世界でも構わないと思ったのだよ……」
「私しかいないよクレちゃん……」
 クレドリック、まさかの決め台詞で痛恨のミス。

 ――イベント終了。事件解決。



依頼結果:成功
MVP
名前:かのん
呼び名:かのん
  名前:天藍
呼び名:天藍

 

メモリアルピンナップ


エピソード情報

マスター 大江和子
エピソードの種類 ハピネスエピソード
男性用or女性用 女性のみ
エピソードジャンル イベント
エピソードタイプ ショート
エピソードモード ノーマル
シンパシー 使用不可
難易度 普通
参加費 1,000ハートコイン
参加人数 4 / 2 ~ 4
報酬 なし
リリース日 11月23日
出発日 11月29日 00:00
予定納品日 12月09日

参加者

会議室


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