【慈愛】さつきのきつさ出張版〜冬霞の庭(キユキ マスター) 【難易度:普通】

プロローグ

●当喫茶、冬季限定につき
 タブロス郊外にある<さつきのきつさ>。ここは毎月何かしらの花が満開となり、その見事さで他の追随を許さぬ庭園である。無類のパズル好きである店長や愉快な店員の手により企画されるイベントは、老若男女、ファミリーからお一人様まで、驚きの集客率を誇る。
 そこまでは誰もが知っていてもおかしくないのだが、この庭園には、冬季のある時期にのみ開放される特別な『離れ』が存在した。

 ミッドガルド地方、タブロス市からずっと北。春夏よりも冬に長く囲まれる、ホワイト・ヒルという町がある。そのホワイト・ヒルから、まだ比較的浅い積雪の中をざっくざっく、と雪を掻き分け歩いて30分。ようやく見えてくるのが、レトロな看板とこじんまりとした建物だ。
 レトロな看板には、こう書いてある。

『冬霞の庭』

 ふゆがすみのにわ、と云うらしい。その文字の下には控えめに、『さつきの喫茶〜冬季特別店舗』とも記されている。こじんまりとした建物が、どうやら店のようだ。まだ『CLOSE』の札が掛かっている。
「店長! 畝、造り終わりましたよ〜」
 庭の土を掘り返す手伝いをしてくれたポニーから鋤を外し、<さつきのきつさ>店員のミユキは店の硝子窓から見える上司へ手を振った。カタン、と窓が開く。
「では、今週はこれで終わりにしましょう。タブロスへ戻りますか」
「はい!」
 見渡す限りのだだっ広い空間。薄っすらと積もる雪、掘り返された土。次にここへ来る頃には、見える土もまた雪の下に埋もれていることだろう。もしかしたら、凍っているかもしれない。
 だが、それで良いのだ。
 店長の招きに従い、ミユキは建物の中へ戻る。ポニーはこの後、ホワイト・ヒルにある厩舎へ引っ越しだ。
「それじゃあ私、明日はタブロスのA.R.O.A.さんに行ってきますね!」
「ええ、お願いします」
 冬の間だけ、<さつきのきつさ>はここに庭園を造る。なぜかというと、『ここでなければならない』理由があるからだ。
 ーー正確に言うと、『ここにしか咲かない花』が在った。

 その花の種は、喫茶のすぐ裏手に広がるスノーウッドの森……そのさらに奥……で手に入るもの。去年までなら<さつきのきつさ>の者だけで間に合っていたのだが、今年は少し事情が違う。すでにA.R.O.A.ホワイト・ヒル支部から、通知が来ていた。
 森の様子がおかしい、と。


●おつかい要員、募集します。
「……なるほど。それでこちらへ」
 タブロスA.R.O.A.本部の職員は、ミユキの話にふむ、と考えた。
 曰く、ホワイト・ヒル郊外の庭園『冬霞の庭』では、毎年この時期に『氷戀華(ひょうれんか)』という花を植え、一般公開しているという。
 この花はスノーウッドの森の奥、冬の間だけ現れる『樹氷の迷宮』でのみ種を手に入れられるそうだ。
「迷宮で一緒に遊んでくれる精霊さんに、種を頂いているんです」
 ミユキの云う『精霊』は、『樹氷の迷宮』に住む『雪の精』のことだろう。話だけは聴いたことがある。
「ただ……その、今年は森の最奥部がおかしくて、森に入ることを控えるようにとそちらから話が」
「ええ。ホワイト・ヒル支部から通知を出していますね」
「そうなんです。だからウィンクルムの方たちに、種をもらってきて頂きたくて」
『氷戀華』は、かつて雪の精と知り合い意気投合した店長が、何とか森の外で咲かせることに成功したものだ。そのとき、その時期、その場所でしか咲かない。
「この花、種だけじゃなくて、『見に来てくれる人』が居ないと咲かないんです」
「見る人が居ないと咲かない……?」
 何とも不思議な花だ。
 意味が分からず首を捻った職員へ、ミユキがスマホに保存した写真を見せた。
「これが『氷戀華』です。去年、私の足元で咲いたものですね」

 美しい、花だった。

 職員はしばし言葉を失う。
「これは、凄いですね……」
 口から出たのは何ともよくある感想で、けれど自分の持つ語彙を総検索しても、これ以上の言葉が見つからない。とにかく、職員は頷いた。
「……分かりました。こちらから募集を掛けましょう」
 この花を楽しみに、タブロスから観に行く者も多いのだろう。これには、それだけの価値がある。
「ありがとうございます!」
 じゃあ、あの、よろしくお願いしますね!
 ミユキは嬉しそうに笑って、頭を下げた。

 彼女を見送り、職員は早速募集の準備を始めようとPCを立ち上げる。
 そこで気づいた。
「……今回は、なんかマトモだったな」
 普段の彼女がマトモではないと言っているに等しいのだが、ツッコミ要員が不在だった。

解説

今回の任務は「おつかい」、ついでに『樹氷の迷宮』で遊……おっと間違い。
『樹氷の迷宮』で遊ぶ、ついでに「おつかい」です(*´ω`*)
迷宮へはミユキが案内してくれます。
迷路を楽しみつつ、雪の精と戯れつつ、『氷戀華』の種を受け取って戻ってきましょう。

■樹氷の迷宮
雪の精の住む宮殿がどこかに存在する、冬季限定・森の天然迷宮。
皆で固まって進むも良し、分かれ道で別々に進むも良し。
二又、三叉路でどうするか、プランにちょこっと記載があると助かります。
ただし、雪の精の悪戯は不意打ちです(`・ω・´)キリッ

■雪の精
迷宮に住む精霊。本来は人の目に映らないが、粉雪を固めた人型に衣装を着せ、子どものような姿を現すことがある。
筆談で会話ができます。人間に友好的、かつ悪戯好きなおちゃめさん。
…お察しの通り、さつきの店長ととっても仲良しです。ええ。

■氷戀華
雪の精から種を分けて貰えたら、『冬霞の庭』でさつきの店長に渡しましょう。
おつかいが終われば、店長が特製のお茶とお菓子を振る舞ってくれます。
花が咲くのは12月。

ゲームマスターより

キユキと申します。
初めましての方もそうでない方も、エピソードをご覧下さりありがとうございました。
べっ、別に、顔文字の場所がなかったから解説に入れたわけじゃないんだからねっ!(突然のツン)

今回の<さつきのきつさ>は少し趣向を変えて、花の種を受け取りに行くエピソードです。
花の描写は、12月に咲くまで内緒です。
雪の精との戯れを、思う存分お楽しみ下さいませ!

リザルトノベル

◆アクション・プラン

リーリア=エスペリット(ジャスティ=カレック)

  依頼を受け、氷戀華の種を受け取りに行く。
見る人がいないと咲かない花って不思議。
なんだかワクワクする。

迷路で分岐のところに来たら、直感に従い二叉路は右、三叉路は直進。

雪の精と出会えたら、コミュニケーションを取ろうとしてみる。
筆談は、ジャスティのメモ帳を借りる。
雪の精って、かわいい。
こうしてこの子たちと触れ合えるのって嬉しいな。

そういえば、雪の精霊って悪戯好きなんだっけ…。
可愛らしいレベルの悪戯なら別にいいけど、どんぐらいなんだろ…。

氷戀華の種をもらったら、雪の精にお礼を伝える。


店長のところに戻る途中、ジャスティと話したい。
氷戀華について、どんな花だろうか?とか、最近どう?とか色々話したい。


篠宮潤(ヒュリアス)
  ・二又:主に右、三叉路:真ん中
・直感で突き進む「…あれ?」行き止まり
・ウサギパペット(装備欄参照)手袋代わりに持参

「これ…自然が作った、んだよね…!」
未知の遺跡好き、大興奮

「?ヒューリ、今後頭部に氷、雪?…投げた?」
「ぷわ!?」
今度は顔面に雪玉
「…あ。雪の精…?」
出会えばパペット掲げてコンニチハ←会話苦手故の苦肉の策
しかし、その内会話も忘れて雪玉投げ楽しんでいる
(参加者様誰か通りがかって雪玉当たっちゃったら「ご、ごめんー!…ご一緒に、どう?」ちゃっかり巻き込む)

種貰えれば嬉しそうに、少し名残惜しそうにパペットでバイバイ

「ヒューリも夢中、だった、ね」
思い出し微笑
僕と一緒で、いいの…?う、うん!


Elly Schwarz(Curt)
  ・氷戀華の種を分けて貰いに、楽しみながら樹氷の迷宮へ
・【エピ41】の事があり、無意識にクルトから目をそらしてしまう
森の天然迷宮だなんて、滅多に体験出来るものではありませんね。
氷戀華も一体どんな花が咲くのでしょうか?ワクワクします!
こう言う時は何も考えずに進むと抜けられるものだったりしません?

・クルトの問いかけに
(…僕、無意識に避けていたんですね)
避けたつもりはないのですが…すみません。
どう思っているか、ですか。
あなたにはいつも助けられていますし、信頼していますよ。

・メモ帳に雪の精に「うそつき」と書かれる
(嘘つき…です、か)
筆談:秘密ですよ?
(僕も…好き、です…っ)自分の無力さに唇を噛み締める。



宮森 夜月(神楽音 朱鞠)
  樹氷の迷宮…
精霊と二人で探索する事に。

「迷っても大丈夫なように、前にどこかで読んだ左手の法則っていうのを使ってみようと思うんだ」

壁に左手を付き、以降左手を離さないよう壁を辿るので、
わかれ道もすべて左。

妖精のいたずらには怒るが、激怒ではなく
ぷんぷん怒る感じ。
朱鞠も一緒になっていたずらを仕掛けてきたら応戦。

雪の精…
「花の種を少し分けてもらってもいいかな?」
基本的には優しく接する。

冬霞の庭…

「どんな花が咲くのか楽しみだね……またそういう意地悪を言う」

「お菓子、すっごくおいしい!」
お菓子は好き。笑顔で食べる。
猫舌なため、飲み物が少し冷めるのを待っている間に
朱鞠に全部飲まれる。

「あぁ、私のお茶がぁ…」


エレオノーラ(ルーイ)
  いったいどんな花を咲かすのでしょうね
ふふ、ルーイったら
まだ種は貰っていないんですからね

筆談が出来るそうですから紙とペンを持っていきましょう
悪戯好きとの事ですが何かしてくるのでしょうか

迷宮との事ですから道が複雑だったりするのかもしれませんね
迷わないよう気をつけましょう
手を?そう、ですね

私、昔から体温が低いので…
ルーイの手は暖かいですね

精霊はどうしたら姿を現してくれるのでしょう
でも精霊が現れたら迷宮探索は終わり、ですよね
できればもう少し、このまま…
ゆっくり迷宮を歩いていればそのうち会えます、よね
会ったら筆談で種をくださいとお願いしてみますね

貰ったら店長へ
咲くのは12月ですか
楽しみが一つ増えましたね


●おいでませ迷宮!
 昨夜までの吹雪も止み、青空には雲が浮かぶ。ざくざくと深い雪を踏みしめながら、ミユキが前方を指差した。
「着きましたよ。あそこです!」
 彼女が指差した先は、なんてことのない森の木々。その一角に全高1m程の雪だるまが立ち、片手に木の看板を持っていた。

『雪の精、こちら』

 よく見れば、看板も矢印の形をして森の奥を指している。誰かがぷっ、と噴き出した。
 ミユキは雪だるまの手前で立ち止まる。
「出口が分からなくて戻ってこられないときは、雪の精さんにお願いすると良いですよ」
 それじゃあ氷戀華の種、よろしくお願いします!
 眩しい笑顔のミユキに見送られ、皆は雪だるまの看板に従い森へと足を踏み入れた。



●雪の精はコチラ!
 樹氷とは、水滴が樹の枝等に付いて直ちに冷却され、そして出来上がる自然造形物の総称。その樹氷となった針葉樹が、目の前に立ち並んでいる。樹氷の間の小道は真っ直ぐなようでくねくねと曲がったり、見通しは悪め。時折10mを超える針葉樹が聳えており、圧倒されてしまう。

 全員違う道に入ってみようということで、『宮森 夜月』と『神楽音 朱鞠』は2人で樹氷の間を歩いている。両側は樹氷で塞がれ、前後にしか道がない。
「迷っても大丈夫なように、前に何処かで読んだ『左手の法則』っていうのを使ってみようと思うんだ」
 夜月は樹氷の壁に左手を付いて進み始める。もっとも、冷たいので触るフリだ。
 朱鞠が意地悪げに口の端を上げた。
「ずっと左に行くなら、宮森の方向音痴で他の者に迷惑を掛けることはなさそうだな」
 夜月はムッと唇を尖らせる。
「そこまで方向音痴じゃないよ!」
「嘘をつけ」
 言い合う内に三叉路が現れた。不思議なオブジェとなった木々の間を、左へ。その先には右手へ向かう道があるが、ここは直進。

 パサッ

 頭上で何か音がと思ったら、夜月の周りにさらさらと白い粒が降ってきた。
「雪?」
 彼女の後ろに居た朱鞠は、見た。
 夜月の頭上、壁である樹氷の外側にある大きな針葉樹にちらつく、鮮やかな色を。その色から枝が伸びて、バッサバッサと針葉樹の枝を揺らしているのを。

 バサッ!

「わぷっ!」
 さらさらとした雪が大量に、夜月の頭の上へ見事に落ちた。真っ白になった夜月はふるふると頭を振って、雪を散らす。
「ちょ、ちょっと、何?!」
 隣からの忍び笑いにそちらを見れば、朱鞠が小さく肩を揺らしている。それとは別に、枝を揺らす音がなおも上から。
「あっ!」
 見上げた夜月の目に、赤・青・ベージュの縞模様のマフラーをした小さな子どもが映った。コートは紺色だ。
 雪と氷に包まれた樹に、子どもが登れるとは思えない。よく見れば顔は雪と同じくらい真っ白で、手は雪だるまのように枝で出来ている。
 肩の雪を払い落とし、夜月はもしかして、と呟いた。
「雪の精……?」
『それ』はふわりと宙に浮いて、両手代わりの枝で顔の口許を抑えた。笑いを堪えている? そして唖然とする夜月の頭上で、枝揺らしを再開。
 また! と慌てた夜月の頭の上に、しかし枝からではない雪が落ちた。
「わっ、わっ?!」
 存外低い位置からのそれは、背後に立つ朱鞠の手から。
「ちょっと朱鞠!」
 振り返り文句を言おうと口を開いた夜月だが。

 バサッ!

 雪の精が落とした樹上の雪で、彼女はまたも雪塗れにされた。

 朱鞠に雪を掛け返したりと幾度か3者で繰り返して、疲れたのは夜月だけ。理不尽に思いつつ息を整えてから、夜月は雪の精へ問い掛けた。
「氷戀華の花の種を、少し分けてもらっても良いかな?」
 ふよふよと浮いていた雪の精が、彼女の掌に小さな麻袋を落とす。
「これが種?」
 冬霞の庭で育てられる、ここだけの花。
「どんな花が咲くのか楽しみだね」
「花か。宮森の持ってきた種だけ、チューリップか何かが咲くのではないか?」
「……またそういう意地悪を言う」
 ニヤニヤと夜月をからかう朱鞠は、いつの間にやら雪の精の手を触ったりマフラーを引っ張ったりと遊んでいる。そうして彼は雪の精へ頼んだ。
「そなた、森の入り口へ案内してはくれぬか?」
 宮森が方向音痴なものでな、と続けるので、彼女はまた膨れることになった。
 雪の精は快諾してくれたようで、2人を手招きしている。



(氷戀華……)
 何かの本で名前だけは見たことはあったが、種と花は見たことがない。植物育成をしている『ジャスティ=カレック』には、とても興味深い花だ。
「あっ、道が分かれてるね」
 右へ行こう、と『リーリア=エスペリット』は迷い道を右へ。
「雪の精霊って悪戯好きなんだっけ……」
 可愛らしい悪戯なら別に良いけど、どんぐらいなんだろ?
 前方に三叉路が見えてきたところで、分かれ道の角に別の色があった。
「雪だるま、だな」
 大きな3段重ねの雪だるまだ。赤いバケツが帽子、木の実で顔。そして腕代わりの枝が片方、入り口で見たものと同じく矢印の看板になっている。
「『宮殿、こちら』?」
 看板に書いてある文字に、2人は目を丸くした。
「宮殿があるの?!」
 矢印は左を向いている。じゃあ左へ、と足を踏み出したところで、ジャスティが気づいた。
「リーリア、待ってください」
「え?」
 彼は雪だるまへ視線を注いでいる。リーリアも倣って雪だるまを見つめてみた。
「あっ!」
 くるりと矢印の看板が回り、『こちら』が右を指した。
「えっ、左じゃなくて?」
 またくるり、と看板が回り、正面の道を指す。
「もう、どっちよ!」
 おかしくなって笑い出してしまったリーリアは、雪だるまの足元から覗く赤い裾を見つけた。

「悪戯っ子、見ーつけた!」

 子供用の赤いダッフルコート。そこから覗く手足と顔は真っ白で、目や鼻は小さな小石。『それ』は見つかったことを恥じるように、両手で顔を覆っている。
「こんにちは、雪の精さん」
 リーリアは中腰になり、雪の子どもへ声を掛ける。ジャスティがメモ帳とペンを取り出すと、雪の精がおずおずと手を伸ばしてきた。中腰まで屈み、彼はペンを差し出す。
「構いませんよ。使ってください」
 粉雪の手がペンを取り、さらさらと文字を書き出した。
(雪の精って、可愛い)
 子どもの仕草が、さらに可愛い。

『こんにちは。遊びに来てくれて嬉しい』

 中身は意外と大人びているようだ。
「ほんと? 私も会えて嬉しいよ!」
『あなたはどこの人?』
「私? 私は……」
 こうしてこの子たちと触れ合えるのって、嬉しいな。
 雪の精と楽しげに笑うリーリアの姿に、ジャスティも微笑む。可愛いものが大好きな彼女のこと、ほわんとした空気が目に見えるようだ。
(数年前に出会ったときは、男勝りで勇ましい彼女が苦手でしたが……)
 今では彼女と出掛けることも好きになってきた。その変化はジャスティに、戸惑いと嬉しさの両方を与えている気がする。
 メモを何枚か捲って会話を続けていたリーリアが、雪の精へ尋ねた。
「あのね、氷戀華の種を貰いたいんだけど……」
『さつきの店長が来てるの? じゃあ、これ』
 リーリアの差し出した手に、ぽすっと小さな麻袋が乗った。
「ありがとう!」
『どういたしまして』
 笑顔で礼を言ったリーリアに、雪の精も笑みの表情を浮かべ返した。

 帰り道、リーリアとジャスティは未だ見ぬ花へ思いを巡らせる。
「氷戀華、どんな花が咲くのかな?」
「種の形や大きさも、今までに見たことのないタイプですね」
 喫茶へ戻ったら、メモ帳に記しておこうと思います。
 そう言ったジャスティはやはり植物が好きなんだな、とリーリアはどこか嬉しくなる。
「ねえ、ジャスティ。最近どう?」
「どう、とは?」
「んっとね、」
 2人の楽しげな会話は、喫茶へ辿り着くまで続いた。



 雪の小道を歩きながら、『ヒュリアス』は以前に見た庭園の花を回顧した。
(神社での奉納花が、それは見事であったしな……)
 店長と店員に関しては如何とも言い難いが、扱っている花は確かなはずだ。つまり、氷戀華も。
「これ……自然が作った、んだよね……!」
 雪道で二又を右へ、三叉路を直進。迷宮を歩みながら、『篠宮潤』は興奮しっぱなしだ。先を駆ける彼女に、ヒュリアスは思い出す。
「……そうであった」
 彼女の探究心が半端でないことを。
 溜め息を吐きつつ、潤が転けても対応できるようその後ろを着いて行く。
(他人に怯えているより、余程イイ表情だとは思うがね。これで目的さえ忘れてくれなければ……)
「……あれ?」
 ここは行き止まりだ。

 パスッ!

「?!」
 突然冷たいものが頭にぶつかり、潤はヒュリアスを振り返った。
「? ヒューリ、今後頭部に氷、雪? ……投げた?」
「俺が? すると思うかね?」
「……だよ、ね?」

 パスッ!

「ぷわ?!」
 今度は潤の顔面に何かがぶつかり、弾けた。ヒュリアスも目を瞬く。
(あらぬ方向から何か飛んできたような)
 2人で周りを見回すと、樹氷の壁の上方に2つの色があった。
 白のニット帽に、雪の顔や手足、茶色のジャケット。片や赤のニット帽に桃色のジャケットが、こちらを窺っている。
「……あ。雪の精?」
 ハッとした潤は両手に嵌めていたウサギパペットを口許に持ってきて、ちょいちょいとぎこちなく動かした。
「え、えっと、コンニチハ?」
 普通に話せば良いのでは、とヒュリアスは思わないでもないが、黙っておく。
 潤をじっと見つめていた白いニット帽の雪の精が、片手に雪玉を作った。赤い方も、表情が笑みになっている。
「もしかして、雪がっせ……わっ!」
 思いついた潤が言い終わる前に、雪玉が飛んできた。慌てて避けた彼女に、2人の雪の精が笑う仕草をしている。
「そ、それなら……こっち、も!」
 足元の雪を固めて、ていっと雪玉を投げ返す。すると別の雪玉がこちら目掛けて。
「ひゃっ? やった、なっ!」
 樹氷の壁に寄っていたヒュリアスの眼前は、もはや雪合戦の図だ。
(……楽しそうで何よりだがね)
 そうしてしばらくは放置、と判断したのだが。

 パスッ!

 眺めていただけのヒュリアスの顔面に、雪の精の投げた雪玉がヒット。
「ヒューリ?!」
 潤がおろおろと彼を見遣れば、ヒュリアスはぶつかった雪を払い樹氷に積もる雪で雪玉を作った。無言だ。

 ボスン!

 白い雪の精へヒュリアスの雪玉が当たり、雪の精が空(くう)で1回転。結構な威力だ。くるりと元に戻った雪の精ともう1人が、ぽかんとしている。
(む、無言、で、全力返し?!)
 潤は驚くべきか笑うべきか困った。



「見る人が居ないと咲かない……そんな珍しい花があるんだ」
「いったいどんな花を咲かすのでしょうね」
『エレオノーラ』と『ルーイ』は、樹氷の間を明るい気分で歩く。
「12月が楽しみだね!」
 エレオノーラはくすりと笑みを零した。
「ふふ、ルーイったら」
 まだ種は貰っていないんですからね。
 晴れているので、少し雪色の反射が眩しい。
「迷宮とのことですから、道が複雑だったりするのかもしれませんね」
 迷わないよう気をつけましょうと提案したエレオノーラに、ルーイは思いつく。
「そうだ、手を繋いでいこうよ」
「手を?」
 首を傾げる彼女に、言葉を続けた。
「悪戯は不意打ちだったりするらしいし、何かあってはぐれちゃったら困るから」
 迷ったらごめん……でも、必ず出口は見つけるから安心して!
 根拠があるかはともかく、エレオノーラは差し出されたルーイの手に自分の手を乗せた。
「つめたっ! エレオノーラ、手冷たい!」
 ルーイは繋いだ手を両手で引き寄せ、擦り合わせる。じわり、と繋ぐ手が熱を持ち始めた。
「私、昔から体温が低いので……」
 ルーイの手は暖かいですね。
 互いに笑って、2人手を繋ぎ迷宮を進む。

 ルーイはどうやら、直感で角を曲がっているらしい。手を引かれながら、エレオノーラは考えた。
(精霊は、どうしたら姿を現してくれるのでしょう?)
 でも精霊が現れたら迷宮探索は終わり、ですよね。
 それは少し、寂しい。
(出来ればもう少し、このまま……)
「雪の精さーん!」
 ルーイがどこかの存在に呼び掛ける横で、エレオノーラはぽつりと呟いた。
「悪戯好きとのことですが、何かしてくるのでしょうか?」
「うーん」
 エレオノーラに悪戯されると心配だから、俺にやってくれれば良いんだけど。
(悪戯っていったら、後ろから驚かされたりヒヤッとするものくっつけられたり……とか?)

 ヒヤリ

「?!」
 首筋に冷たいものが触れ、ルーイは硬直した。
「ルーイ?」
「いや、今何か冷たいものが……」
 周りを見ても、何もない。ここは道の真ん中で、樹氷も傍には無い。

 ヒヤッ

「うわっ!」
 ルーイは思わず繋いでいない手で首を庇う。
「な、誰だ?!」
 慌てて頭を巡らせるルーイに、エレオノーラが何かを見つけた。
「雪の精……?」
「えっ、どこに?」
 ルーイに応えた彼女の指先は、彼の真上を指していた。赤茶のポンチョを着た、雪の身体の子どもが浮いている。すぐ傍へ降りてきた『それ』は、くるくると踊った。
「可愛いですね」
 エレオノーラの言葉に、雪の精も嬉しそうに笑う。
 ホッと息をついたルーイの隣で、エレオノーラは持ってきたメモ帳に文字を書いた。

『氷戀華の種をくださいませんか?』

 雪の精は彼女のペンで『いいよ』と記し、その手に触れる。即されたエレオノーラが掌を上に向ければ、麻の袋がひとつ。
「ありがとうございます」
 微笑んだ彼女に照れたように、雪の精も笑う。そんな彼女らにこちらも笑って、ルーイも礼を言った。
「ありがとう!」
 そして何処かへ帰るらしい雪の精を呼び止める。
「あの、出口まで連れて行ってもらえないかな?」
 雪の精はひょいと2人を飛び越え、来た道をふよんと飛び始める。
 エレオノーラとルーイはもう一度礼を言い、その後を歩いた。



 迷宮を歩く『Elly Schwarz』の足取りは、どこか軽い。そのことに『Curt』は少し安心した。
(家にいてもずっと避けられてた気がしたが、ここは素直に楽しんでるようだな)
 Ellyが口を開く。
「森の天然迷宮だなんて、滅多に体験出来るものではありませんね」
 氷戀華も、一体どんな花が咲くのでしょうか? ワクワクします!
「そうだな。目一杯楽しんだら良いんじゃないか?」
 彼女はここが迷路であることも気にしていないようだ。
「こういうときは、何も考えずに進むと抜けられるものだったりしません?」
 曲がり道では僅かな考察時間で行き先を決め、どんどん先へ行く。Curtはその後ろを。
(雪の精は悪戯をするんだったか)

 彼が歩調を速めると、Ellyも速くなる。ずっと続くそれに、Curtも我慢の限界にきた。
「なぁ、やっぱり俺を避けてないか」
 はた、とEllyは足を止めCurtを見返る。
(……僕、無意識に避けていたんですね)
 そんなつもりはなかった。
「避けたつもりはないのですが……すみません」
 しかしCurtの視線は和らがず、なおも畳み掛けてくる。
「答えを急かすつもりはなかったが、お前がどう思ってるのか気になる」
「どう思っているか、ですか」
 あなたにはいつも助けられていますし、信頼していますよ。
「……そうじゃねえよ」
 Curtが聞きたいのは、そういうことではない。分かっているEllyは、ぎゅっと両の手を握り締めた。

「ですが僕は……まだあなたの気持ちに答えることは出来ません」

 広がる銀世界は、それ以外の音を消してしまった。Ellyの声は、はっきりとCurtの耳へ届く。
(ウィンクルムとして傍に居られるだけでも凄いことなのに、クルトさんにこれ以上望むのは……)
 2人共、樹氷の間から赤色が覗いていることには気がつかない。
(『まだ』? ……エリー、お前は今、何を悩んでる?)
 Curtが眉を寄せたそのとき、風が吹いた。風に乗って、別の人の声が流れてくる。

 パスッ!

「わっ?!」
「何だ?!」
 2人の頭に、同時に何かがぶつかった。顔を上げると、赤いニット帽の子どもが樹氷の上に居る。
「ゆ、雪の精……?」
 呆気に取られていると、桃色のジャケットから伸びる手が雪玉を作った。
「わわっ!」
「っと、危ねえ」
 先にあった三叉路から誰かが駆けて来る。篠宮潤だ。
「ご、ごめんー! えっと、Schwarz、さんと、Curt、さん」
 ……ご一緒に、どう?
 投げられた雪玉、潤が手にする雪玉、答えはひとつ。EllyとCurtは顔を見合わせた。
「ゆ、雪合戦?」
「らしいな」
 と言った傍から、赤い雪の精が雪玉を投げてくる。先の雰囲気が嘘のように、Ellyは笑みに変わり雪玉を作った。
「えいっ!」
 彼女の投げた雪玉が、見事雪の精に当たる。間を置かずCurtも雪玉を投げた。気づけば白いニット帽の雪の精が増え、潤の後ろからヒュリアスもやって来る。
「ふ、2人とも、上手い、ね!」
 負けるものか、と潤もまた雪玉を投げた。

 ゼェハァと全員が息を上げた頃、ようやく雪合戦は終了となった。雪の精はけろりとしている。
 Ellyはメモ帳を取り出し、赤い雪の精へペンを差し出した。
「あの、氷戀華の種を分けて頂きたいのですが……」
 ペンを受け取った雪の精が、メモ帳に文字を書き出す。

『うそつき』

 種の譲渡への返事ではない。これは、雪合戦の前の。
(嘘つき……です、か)
 Ellyもメモ帳に文字を書き入れた。

『秘密ですよ?』

 本当は。
(僕も……好き、です……っ)
 こんなにも未熟な自分では、彼に相応しくない。本音を告げないことだって、そう。
(本当、は)
 己の無力を痛感し、Ellyは唇を噛み締める。そこへひやり、と冷たい感触がして顔を上げた。
「え?」
 掌サイズの麻袋を手渡してきた雪の精は、ペンでまた文字を記した。

『またふたりできてね』

 赤い雪の精は、ペンを返すとひらりと樹氷の向こうへ消えてしまった。Ellyは唖然と見送ってしまう。
「それに種が入ってるのか?」
「! そ、そうみたいです!」
 Curtの声にメモ帳を隠し、Ellyは何でもないフリをした。

 一方、潤は白い雪の精へ話し掛ける。律儀にパペットを口許に持ってきて、だ。
「あ、あの、氷戀華の種……分けてくれないか、な?」
 小首を傾げた雪の精が、小さな麻袋を渡してくれる。
「これ、が、種?」
 こくりと頷くのを見て、潤はそれをヒュリアスへ見せるように掲げた。ヒュリアスも頷きを返す。
「さて、喫茶へ戻るかね」



●おつかい終了
『冬霞の庭』へ戻ると、暖かなアップルパイと紅茶(銘柄はアールグレイ)が振る舞われた。
「皆さん、今日はありがとうございました」
 店長は皆が貰ってきた麻袋を開き、中身を1つの籠へ纏める。

 氷戀華の種は金平糖に似た多面体の氷の中に、六角形の白い塊が浮かんでいた。大きさは2cm角、1つから10株程生えるらしい。

「冷たい氷ではありますが、1日程度では解けませんね」
 店長の解説を聞きながら、ジャスティは種の色や形状をスケッチした。彼の絵が出来上がるまで、リーリアはじっとその手元を見守る。
「咲くのは12月ですか」
 楽しみが増えましたね。
 そうエレオノーラとルーイが和やかに話す一方で、EllyはCurtと視線を合わせられずに俯くばかり。
 ミユキは彼らを不思議そうに見つめている。

 潤とヒュリアスは迷宮でのことを思い出しながら、紅茶とパイを楽しんだ。
「ヒューリも夢中、だった、ね」
「……忘れてくれたまえ」
 紅茶を飲むヒュリアスは些か不本意そうだが、こう続けた。
「氷戀華は12月か。見に来るとしよう。……そんな驚く顔をするところかね?」
 片眉を上げたヒュリアスへ、潤は恐る恐る尋ね返した。
「僕と一緒で、いいの…?」
「見んと割にあわん気分でな」
 事も無げに返してくるヒュリアスの心遣いが、潤の胸に染みる。
「う、うん!」

 夜月は目を輝かせてアップルパイを頬張っていた。
「お菓子、すっごくおいしい!」
 猫舌なので、紅茶はもう少し後から。
 彼女が猫舌であることを朱鞠は知っているのだが、彼にそんなことは関係ない。
「宮森が飲まぬのなら、我が頂くとしよう」
 夜月がパイに夢中になっている間に、朱鞠の手がカップへ伸びる。
「あっ!」
 紅茶の芳しい香りは、朱鞠の胃の中へ。
「あぁ、私のお茶がぁ……」
 苦笑した店長が紅茶を継ぎに来るまで、彼女は恨めしく朱鞠を睨んでいた。



 End.



依頼結果:成功
MVP

メモリアルピンナップ


エピソード情報

マスター キユキ
エピソードの種類 ハピネスエピソード
男性用or女性用 女性のみ
エピソードジャンル イベント
エピソードタイプ ショート
エピソードモード ノーマル
シンパシー 使用不可
難易度 普通
参加費 1,000ハートコイン
参加人数 5 / 2 ~ 5
報酬 なし
リリース日 11月23日
出発日 12月01日 00:00
予定納品日 12月11日

参加者

会議室

  • [9]篠宮潤

    2014/11/30-15:01 

    単独で探索、OK、だっ。みんなお手数かけてごめん、ね…;

    迷宮楽しみつつ、種げっと、頑張ろう…!

  • [8]宮森 夜月

    2014/11/29-15:32 

    わー、みなさんよろしくお願いします!
    私達も、迷宮へは単独で入ろうかなと思います。


    朱鞠:宮森が迷子になれば、他の者にも迷惑をかけるであろうしな
    どこかで行き会った時はよろしく頼むぞ

  • 反応に遅くなったが、神人Elly Schwarzと、そのパートナーのCurtだ。

    今回俺達も単独になると思うが
    途中で会った時は、まぁよろしく頼む。

  • [6]エレオノーラ

    2014/11/29-00:06 

    エレオノーラと申します。
    よろしくお願い致しますね。

    いったいどのような花が咲くのでしょうか。今から楽しみですね。
    迷宮は私達も単独で考えていました。
    途中、お会いしましたらよろしくお願いしますね。

  • そういえば、迷宮探索について言いそびれてたわ…。
    こちらは、直感で迷宮を突き進むかも…。
    単独になりそうだわ…。

  • [4]篠宮潤

    2014/11/28-10:47 

    すっかりご挨拶が遅くなっていた、よ…;ご、ごめんなさ、い、だ…っ;

    篠宮潤(しのみや うる)だよ。宮森さ、ん、初めまして、だね。よろしく、ねっ

    基本、【迷宮は各自個々で探索】、な方向で…いい、のかな?
    「皆で固まって進むも良し、分かれ道で別々に進むも良し。」ってあったから、一応のご確認、だよ。
    (僕は、プランで勝手にどなたかに絡みに挑んでるかも、だけど…っ、き、気にしないで、ねっ;)

  • [3]宮森 夜月

    2014/11/26-16:08 

    初めまして、宮森夜月と言います!
    よろしくお願いします!

    樹氷の迷宮…迷子にならないといいですけど…

  • おはよう。
    みんな、よろしくね。

    氷戀華…。
    素敵な名前の花ね。どんな花が咲くのかしら…。
    植物好きなパートナーも気になっているみたいだし、種をいただきにいくの楽しみだわ。


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