【慈愛】天堕ちる流星(蒼鷹 マスター) 【難易度:普通】

プロローグ

 凍えるほど寒い。

 夜風は肌を刺す見えない無数の棘を内包しているかのようだった。息をするたびに真っ白な濃い呼気が、天の川のごとく風に流れる。
 スノーウッドの森はあまりにも静かで、時さえ凍りつくようだ。動物も、植物も、生きるものは皆息を殺して、冷たい冬の無言の浸潤に耐えている。一行の歩む靴音と、時折フクロウが陰気に鳴く、それだけがこの夜の音の全てであった。
 新月であった。ウィンクルムにだけ見える月、テネブラが、北の空でひっそりと紅い光を投げかける。雪の積もった林道は星明かりにほの暗く反射し、先頭を行く若い女性のランタンだけが、人の造った唯一の光である。

 一行はやがて森の広場に着いた。中央にいくつか、半ば雪に埋もれた、十字架の形をした石碑が青黒く佇んで見えた。
 その一つの前で、女性は立ち止まった。
「これが、彼の墓です」

 プロキオン。冬の大三角を形作る星の名の、テイルスの精霊は、ここノースガルドの辺境の村出身であった。人懐っこい陽気な青年で、仲間からも信頼されていたという。
 彼はちょうど一年前の今日、オーガとの戦いで命を落とした。そして生前の彼の望みで、故郷の村近くのこの森に埋葬された。
 一同を案内してきた女性、彼のパートナーであった神人、マイラは、墓の前に立っても泣いているようには見えなかった。もっとも、その表情は目深にかぶったフードの陰で、ほとんど見えなかったのだが。
「今夜はちょうど新月で、しかも、流星群が降り注ぐ夜でもあるの。……彼は、星を見るのが好きな人でした」
 だからこの夜に、ウィンクルムの皆さんと一緒に、星を眺めることができたら、彼も喜ぶだろう、と。
 それが彼女の依頼だった。

 故郷の深い、暗い森で、プロキオンは眠っている。
 マイラがランタンの光を消し、世界が闇に落ちる。
 見上げれば、満天の星空。どれがどの星か見分けがつかないくらいだ。

 つ、と涙が伝うように、吸い込まれそうな夜空の頂から、星が一滴流れ落ちた。

解説

流星は人の死を表す、そんな言い伝えがあります。
また、冬の冷たさや雪の白さは死を想起させ、死を象徴する季節でもあります。

パートナーを亡くしたマイラは話しかけてもほとんど何も答えません。静かに、皆さんの話を聞いています。

流星を眺めながら、自由に、パートナー同士で会話していただければと思います。

死んだらどうなるのでしょうか。
魂や死後の世界はあるのでしょうか?
それとも電気が消えるように、真っ暗になってお終いなのでしょうか?
天国や地獄、あるいは生まれ変わりはあるのでしょうか。

あるいは、自分のパートナーがもし亡くなったとしたら……
もしくは、自分が死んだ時のため、あらかじめパートナーに言っておきたい言葉はありますか。

オーガにより失われた命のことを思い出し、オーガと戦う気持ちを新たにするのもいいかもしれません。

墓に手向ける花代が、お二人様300ジェールかかります。
(花の描写はあってもなくてもいいです)

この森は古代の森からは離れており、安全です。オーガなどは出ません。

ゲームマスターより

こんばんは。冷たい冬の描写が大好きな蒼鷹です。
心情系は初挑戦ですが、こういう作風が本来のスタイルのはず、です。……たぶん。
どうぞよろしくお願いいたします。

リザルトノベル

◆アクション・プラン

かのん(天藍)

  花名と花言葉(追憶)から白いクリスマスローズの花束を
マイラさんにも同じ花の小さなブーケを
※花言葉の他の意味は度外視

少し離れた所で待つ天藍の隣に行き空を見上げる
夏に見た流星群より物寂しく感じるのは季節のせいでしょうか
:履歴34

2人で暖を取るようにマントに包まれ石碑を見ながら
1人遺されるのは辛くて悲しいですけれど、誰かを遺して先に逝くのも辛く切ないと思うのです
:履歴37
10代半ばに両親と死別し天藍に別離の辛さを話している

微かな呟きを耳にし天藍の顔を見上げ
2人で過ごす幸せをくれた天藍の肩口に頭を乗せ
1人だけになるのは寂しいので
出来る事ならそうなれば良いなと思います
離れぬよう天藍と指を絡め空を見上げる



八神 伊万里(アスカ・ベルウィレッジ)
  献花後、寄り添って空を見上げていると
アスカ君が昔のことを話してくれた
予想より壮絶な過去に涙ぐむ

そんなのって酷い…!
私がそこにいたら、すぐにアスカ君と契約して戦ったのに
あ…ごめんね、いきなり泣いたりして

今までウィンクルムの正義を漠然と信じていた
だからそんな人がいるなんて悲しいし悔しい
パートナーとの信頼も、そうするのが当然だからアスカ君を無条件で信じていたのかも
私は…彼という個人をきちんと見ていただろうか?
そして自分は、彼の信頼に足る人間であっただろうか

思い悩むけどアスカ君の言葉にほっとした
そういう風に言ってくれるアスカ君だから安心できるんだ

…くしゅ!
私寒いの苦手で…もう少しぎゅってしててもいい?



ミオン・キャロル(アルヴィン・ブラッドロー)
  花束を墓に供える
どちらともなく依頼を受けた

ほぅと両手に息
見上げると1筋、沢山の筋
星と昏い森と静謐な空気に思いにふける

左手の甲を握る
頬と伝わる涙
動機が激しくなる呼吸が短くなる
死…?居なくなる?貴方が?独りの世界。
『あの時、私は世界に独りだった』
視界がぐらりとする
足元をがおぼつかなく倒れそうになる
見慣れた顔で現実感が戻る
今は一人じゃない
…大丈夫よ

神人の心を抉る、涙が溢れそうになるのを我慢
左手の甲を見せる
コレを見つけて、貴方に会うまで1人で部屋に閉じこもってたのを思い出しただけ
バツが悪くなり背を向ける

人生を一瞬で決めた事に腹が立ったの
…本気で思ってるの、それ?(ぎっと睨む

呆気にとられ吃驚



アマリリス(ヴェルナー)
  わたくし達にも花を手向けさせてくださいませ
やはりオーガは脅威の存在ですね
ヴェルナーは大きな怪我もせずにいたので少し麻痺していましたわ
…色々と幸運でしたのね

死んだらどうなるのでしょう
こうした生活を続けている限りは縁遠い話ではないですね
でもそんな時にはヴェルナーが守って下さいますね?

…普段のヴェルナーならお任せくださいと言い切ってくれそうなものですが
やはりお爺様に何か言われたのでしょうね
正直わたくしよりお爺様の言葉に影響されているのが気に食いませんわ

もともと比較にならない事ぐらい知ってますわ
でも言いたい
貴方は生者よりも死者の言葉を優先するのですか?

70点かしら
…貴方の命もそんなに安くはありませんわ



 凍てついた天空を、音もなく下り落ちる流れ星。
 一つ、また一つ。
 冷厳たる輝きを放つ、冬の星座の星々は、人の目には永遠を生きるようにも思える。
 しかし、死はあらゆるものをその内に包んでいく。あの星影すら、いずれは輝きを失う。

 ならば……

 星の命に比べれば、その瞬きほどしかない、夢幻のような人の命のあいだに、我らは何をなすべきだろうか?

●ノックの音
「わたくしたちにも花を手向けさせてくださいませ」
 微風に優しい色の長髪がふわり揺れて。
 アマリリスは純白の花を墓に捧げた。冬の夜の寒さにつぼみを閉じ、朝をじっと待つ可憐な花。
 ヴェルナーもそれに倣うが、彼の碧眼は物憂げだった。墓の主、使命に殉じた戦士への礼節を忘れてはいない。しかし彼の心に引っかかっているのは、そんな騎士の礼節を彼に教えこんだ、亡き祖父の言葉だ。
(……私は、アマリリス様のことを考えていなかった? そのうち愛想をつかされる?)
 貝殻の向こうから聞いた、予想だにしなかった祖父の言葉。
(私のあり方は、間違っていたのだろうか)
 祖父が苦言といった響きで遺した言葉が、気がつくと脳裏を占めている。
「ヴェルナー?」
「…………はいっ!」
 いつもより2テンポくらい遅い。
「なにかありましたの?」
「いえ、なんでもありません」
 その口調の不自然さに、アマリリスは内心訝しみながらも、ウィンクルムの死という現実を目の前にした率直な感想を口にする。
「やはりオーガは脅威の存在ですね。ヴェルナーは大きな怪我もせずにいたので少し麻痺していましたわ。……色々と幸運でしたのね」
 ここで普段なら、予想の斜め上いく天然返答が戻ってくるのだが、今夜の青年は答えにためらった。
 彼女に対する今までの態度が間違いなら、こんなときどう言えばいい? ぎこちない沈黙が流れる。アマリリスはそんな青年の碧眼を窺うように見たが、返事がないので先を続けた。
「死んだらどうなるのでしょう。こうした生活を続けている限りは縁遠い話ではないですね」
 そういえば、とヴェルナーも思い出す。もう随分と長い間一緒だ。初めての任務は夏になる前、いきなりDスケールオーガとの戦いだった。彼女の言うとおり、今まで大怪我もなく済んだのは幸運だったのだろう。
 ずっと待ちわびていた神人だけあり、理想は高くなっていたのは認める。アマリリスがその理想通りだったのも事実だ。
(でも、最初からそんなだっただろうか?)
 何か引っかかる。なにかを忘れているような。思いだそうと頭を捻っていたときに、
「でも、そんな時にはヴェルナーが守って下さいますね?」
 そう問われ、思わず彼女の紅い瞳と目があった。じっと見つめられ、即答するはずの言葉が喉にひっかかった。
「はい、……最善を、尽くします」
 歯切れの悪い返事だった。
 アマリリスはわずかに首を傾げ、心中で呟く。
(……普段のヴェルナーならお任せ下さいと言い切ってくれそうなものですが。やはりお爺様に何か言われたのでしょうね)
 彼の憧れの人。目を輝かせて思い出を語る人。
 大切な存在なのはわかる。けれど。
(正直、わたくしよりお爺様の言葉に影響されているのが気に食いませんわ)
 アマリリスは数歩青年の傍に踏みこんだ。いつもより近く、青年が何事かとドキッとするほどに。彼女はきっぱりとした口調で、
「もともと比較にならない事くらい知ってますわ。
でも言いたい。貴方は生者より死者の言葉を優先するのですか?」
 紅く強い眼光に射抜かれて、青年は言葉を失う。無意識を覆っていた祖父の幻影が、一瞬ふっと消える。今、自分は彼女と共にいるのだ。
 青年の心に一つの確信が浮かんだ。なぜこんなに悩むのか、今こんなに苦しいのかわからない。祖父の言葉もうまく消化できていない。
 だが、一つだけ間違っていないことがある。
「必ず貴方を守ります、この命に代えても。私は貴方を失いたくありません」
 それは、主人と騎士、神人と精霊の契約、敬愛する祖父に倣うなどといったものだけでは片づけられない、「ヴェルナー」の「アマリリス」に対する決意の表明だった。
 その碧眼の真剣さは、アマリリスの心も射抜いていた。頬に、いや皮膚全てに熱いものが湧き上がってくるのを感じる。しかし、自分の中の熱に対し素直な反応をするのはプライドが拒んだ。夜風に髪をなびかせる彼女の採点は手厳しい。
「70点かしら」
 視線を逸らす。頬が火照るのは寒さに負けまいと着込んだモッズコートのせい。あるいは青年のまっすぐな、きれいな瞳のせいだと。その瞳は本当に生きるか死ぬかの事態に陥ったら、今言ったことをためらいもなく実行する眼であった。
「……貴方の命もそんなに安くはありませんわ」
 簡単に死んだら承知しない、そんな響きが少し遠回しに伝わって、青年は口をつぐんだまま黙礼した。

 二人の心が素直にふれあうには、もう少し時間がかかるだろう。だがヴェルナーの言葉は、静かな屋敷の門戸を、開けてほしいと叩くノックの音のように、確かに互いの心に響いたのであった。
 

●契約と覚悟
 墓に添えられた花束が微風に揺れる。音すら凍ったような夜、共に歩いてきた仲間の囁き声のほかは何も聞こえない。ミオン・キャロルとアルヴィン・ブラッドローは、無言のまま墓に祈りを捧げた。
 依頼を受けたのはどちらからともなくだった。
 プロキオンの死は他人事ではない。初めてオーガと対峙したときの鮮烈な記憶。ペアリ村にて、アルヴィンが深手を負い、気絶した仲間たちを介抱しながら、肌にぞっと走った「一歩間違っていたら」の思い。刑務所の依頼にて、酸性の雨にうたれたミオンの傷。
 シンクロサモナーであるアルヴィンは、自分の体力を削る代わりに強さを発揮する。そのデメリットがいつ最悪のかたちで戦場で現れてもおかしくはない。
 ミオンが自分の両手にほう、と濃厚な白い息を吐いた。空を見上げれば一筋の光。
「流れ星だ」
 アルヴィンが呟いた。凍えるような夜空、雪の代わりに、柔らかな線を描いて降り注ぐ幾筋もの光。
 星と昏い森と静謐な空気にミオンはもの思いに耽る。キノコ狩りの時彼から手渡された、母親の形見だという大切なペンダントのことを思い出していると、
「流星は、人の死を表すだってさ」
 また独り言のように彼が呟いた。

 彼女がほぼ無意識に、左手の甲を握る。その手の神人の模様は天命か、それとも呪いなのか。
 まるきり変わってしまった人生。
 涙が彼女の頬を伝わった。動機が激しくなり、呼吸が短くなる。
(死……? 居なくなる? 貴方が?)

 独りの世界。

 恐ろしい空想。あの笑顔が永遠に消えた夜。血に染まる亡骸。棺桶。
 自分のすぐ傍には、恐れが現実となり、孤独にじっと耐えるマイラの姿がある。
 天空を支配する闇が世界をミオンから断絶させ、心の奥までその手を伸ばすようだった。
 血の気が引き、夜気がいっそう冷たく牙を剥く。ファー付きのハーフコートを着こんでいるはずなのに、身体の芯から震えがくる。
(あの時、私は世界に独りだった)
 閉ざされた扉。暗い部屋。
 視界がぐらりとした。足元がおぼつかなくなり倒れそうになる。
「どうした?」
 アルヴィンが慌てて崩れかけたミオンの肩を掴まえる。白く温かな息が頬にかかり、見慣れた顔がすぐそばで、心配そうにのぞきこむのを見て、ミオンに現実感が戻る。
「今は一人じゃない。……大丈夫よ」
 アルヴィン、その言葉に思わず、
「俺の死でも連想したか?」
 他意なく放たれた天然発言だったが、先ほど孤独の闇に引きずりこまれかけた神人の心を痛切に抉った。思わず涙が溢れそうになるのをぐっとこらえる。眉を寄せ、潤んだ眼を背けた彼女の様子に、アルヴィンは少なからず慌てた。
(少し前まで普通の生活だったんだな)
 今の人生を、彼女は自ら望んだわけではない。自分の言葉は無神経だったか、と反省していると、ミオンが左の手の甲を差し出して見せてきた。
「コレを見つけて、貴方に会うまで一人で部屋に閉じこもっていたのを思い出しただけ」
 そっと肩にかかる彼の手を払って、ふいと背を向けた。バツが悪くて。
「……なら、何であの時に怒っていたんだ?」
 青年はずっと気になっていたことを口にした。それは神人と精霊の契約の時のことだ。
 笑顔で挨拶して契約を済ませたら怒られた。そしてそのとき彼女に走った、一瞬の怯えた表情。
「人生を一瞬で決めたことに腹が立ったの」
 そういうわけじゃないけどな、と彼は思う。
「俺ら精霊に選択肢はないだろ」
 神人は複数の精霊と契約できても、精霊は一人の神人としか契約できない、そういう仕組み。
「……後悔してるとか?」
 俺と契約したことを。
 ミオンはその台詞に驚き、黒い眼を見開き、彼を振り返った。
「本気で思ってるの、それ?」
 ぎっと睨んだ。
 アルヴィンはふむ、と少し考えた。鳶色の瞳が彼女を見つめ返す。
 彼女の左手に。
 青年の手が触れた。そのまま左手をとられ、彼女が眼を見張る。目の前に跪き、頭を垂れる青年の姿。契約の時の姿そのままだ。アルヴィンは模様に口づけし、厳かにこう宣言した。
「アルヴィン・ブラッドローはミオン・キャロルの剣となり盾になることを契約により誓い捧げよう」
 そして、すっと立ち上がった。あっけにとられ、動けないでいるミオンにいつもの口調で告げる。
「死なないよ、契約した以上は傍にいるさ」
 軽く笑って、ぽんと頭を叩いた。
「約束だよ」

 その夜、青年の心に生まれたのは、少しの、しかし確かな覚悟。
 ……彼女の中にある、血に染まる自分や、望まない戦いへの不安を、少しでも和らげる事ができるなら。

●還る場所
 石の十字架に淡い水色の花を供えて、八神 伊万里とアスカ・ベルウィレッジは、どちらからともなく寄り添った。黒く沈む森の木々が空を円く縁取る。輝く冬の星座と、その隙間から絶え間なく流れ落ちる星を二人で眺める。アスカが空を見上げたまま、ぽつり、白い息の合間に呟いた。
「失った大切な人……俺にとっては元の家族かな」
 それはいつか、伊万里に話しておこうと思っていたことだった。故郷にいたころの過去の記憶。伊万里はアスカの横顔を振り返った。ついに話してくれる時がきた、と思った。
 アスカが淡々と、静かに語り出した。
 故郷の村で家族と暮らしていた頃。ある日、空飛ぶオーガに襲撃を受けたこと。日常が一瞬で崩壊した。それでも希望はあった。故郷を治める領主の娘が神人、しかも契約を済ませたウィンクルムだったから。
 ところが……。
 領主の娘はただの人間よりも弱かった。土地を治める長の子としても、そして神人としても、なすべきつとめを果たさないばかりか、我が身可愛さに真っ先に逃げたのだ。パートナーの精霊と一緒に。
 失意と絶望。
 それでも彼女の父は、領主として立派だった。自ら村に火を放って、オーガと心中しようとしたのだ。だが、ただの人間の抵抗は、オーガの前にいかに無力だったことか。
「俺はその時、崖から落ちて生死の境を彷徨っていた……。両親と妹は死んだ」
 何故、あの二人は自分たちを見捨てたのか。どうして、自分には力がなかったのか。今でもその怒りは心を離れない。
 伊万里はアスカの口から告白された壮絶な過去の記憶に衝撃を受けていた。家族を失ったことは知っていたが、想像以上だった。
「そんなのって酷い……!」
 思わず碧眼が涙で潤んだ。
「私がそこにいたら、すぐにアスカ君と契約して戦ったのに」
 守る力があるのに逃げるなんて。大切な人たちが死の苦痛を味わっているときに、なにもできないなんて。悔しさが、悲しみが、アスカの感情を追体験するように伊万里に伝わり、伊万里は涙を抑えることができなかった。
「なんで伊万里が泣くんだ?!」
 その涙にアスカは慌てて肩に手を置き、涙を拭う。
「あ……ごめんね。いきなり泣いたりして」
 誰よりも、悲しみ、苦しんでいるのはアスカなのだ。その本人の前で泣いたりしてはいけない、と伊万里は自分を抑えようとする。しかしアスカは、神人の眼から溢れる清らかな涙に触れ、自分の心が温かく優しいもので満たされるのを感じていた。
「ありがとう、俺の大切な人のために泣いてくれて。それに『俺と契約したのに』って言ってくれて……俺を選んでくれて嬉しい」

 流星は雨のようにしたたり落ちる。泣きやんだ伊万里の言葉もぽつりぽつりと雨だれのように響く。
「今まで、ウィンクルムの正義を漠然と信じていた。だからそんな人がいるなんて悲しいし、悔しい」
 けれど、と伊万里は思う。アスカの告白は、今まで思ってもみなかったことを考えさせられた。
 今までパートナーをずっと信じてきたが、その信頼も「そうするのが当然だから」アスカを無条件で信じていたのかもしれない。
 ウィンクルムとか、契約とか、そんなことではなく……。自分は「彼」という個人をきちんと見ていただろうか?
 奇しくもそれは、同じ場所で空を見上げるヴェルナーが、祖父に突きつけられたのと同じ課題だった。
(そして、私は彼の信頼に足る人間だっただろうか?)
 思い悩む伊万里の真剣さも、まっすぐさもアスカはよく知っている。そんな伊万里に、彼が特別な想いを抱いていることを、彼女はまだ知らない。いつか素直に打ち明けよう、そうアスカは思った。
 考えこむ彼女に、彼が言葉をかける。静かに、しかし力強い響きの声で。
「伊万里は俺の還る場所なんだ。弱いから守るんじゃない、大切だから守りたい。そうすれば俺は絶対に死なないし絶望にも堕ちない」
 伊万里ははっとして、アスカの赤い眼を見た。真剣な瞳に全身が熱くなるのを感じる。やがて、花がほころぶように、伊万里はアスカに微笑んだ。アスカの胸をいっぱいにするような暖かい笑顔だった。
「アスカ君の言葉、ほっとした……そういう風に言ってくれるアスカ君だから安心できるんだ」
 伊万里はくしゅ、と小さなくしゃみをして、
「私寒いの苦手で……」
 と、アスカに身体をすり寄せる。着こんだモッズコートや伯爵マント越しとはいえ、二人の心の距離そのままに、身体の距離も縮まる。
「……もう少しぎゅってしててもいい?」
「うん」
 少し照れて、アスカが微笑んだ。
 このまま想いを告げようか? いや、今は追悼の時だから、もう少し我慢だ。

●クリスマスローズ
 ガーデナーのかのんが自ら選び、墓に供えたのは、小さな白い花を咲かせるクリスマスローズ。かのんはもう一つ用意してきたブーケを手にすると、片割れを亡くした神人に歩み寄った。
「マイラさん、よかったら受け取って下さい」
 墓の傍らで、沈黙して佇んでいたマイラは、かのんに声をかけられ目を見開いた。
「この花はクリスマスローズ、花言葉は『追憶』といいます」
 同じ花の小ぶりなブーケを手渡される。
「……ありがとう」
 笑顔はなかったが、その声には思いやりに対する感謝の気持ちが感じられた。
 かのんは少し離れた天藍の隣に行き、共に空を見上げる。天藍がいたのは広場の中心、星空が一番よく見える場所だった。
 流星群は今やピークに達し、空から降り注ぐ無数の星々はウィンクルムたちを包みこむようだ。
「夏に見た時より多いくらいだな。人里から離れているせいだろうか」
 レンジャーの天藍は野営をする機会も多い。星空を頼りに仕事をこなすときもある。だから夜空を見なれてはいるが、北国の、澄んだ冬の大気の下で見る星空はまた格別だった。
「あのとき見た流星群より物寂しく感じるのは、季節のせいでしょうか」
 そう囁いたかのんの息はミルクのように濃い。
「……それだけではないだろうな」
 流星とは奇妙な自然現象だ。願い事が叶うといわれているのに、死を象徴するときもある。
「かのん、動かずにいると冷える」
 モッズコートの上に羽織ったマントを広げると、天藍は隣に立つかのんを包み、そっと引き寄せた。冬の厚着越しにではあるが、触れあう二人の体温。こうしていれば不思議なほど寒くはなかった。
 二人で暖を取るようにマントに包まれ、かのんはふと、空から黒い石碑へと菫色の瞳を移し、
「一人遺されるのは辛くて悲しいですけれど、誰かを遺して先に逝くのも辛く切ないと思うのです」
 早くに両親を失ったかのん。セラピーを受けた事がきっかけで、天藍にもその過去は話している。実感のこもった呟きに、青年は抱き寄せる手に少しだけ力をこめた。
 夏になる前の依頼で、自分の心の中の恐怖の対象が映し出される霧の中、天藍がオーガに殺される幻影を見たというかのん。天藍はその後の依頼で約束をした。かのんを一人遺して先に逝くような事はしない、と。
 自分がかのんを遺していくような事はできないと思っていた、その思いが、最近少しずつ変化していることに天藍は気づく。
(今の俺は、自分が後に遺される事に恐れを感じている)
「……いっそ」
 ほとんど無意識のように、天藍が言葉を紡ぐ。
「生きるも死ぬも諸共にいられたら」
 小さな、かのんにだけ聞こえるほどの囁き声が、彼女の耳にこぼれ落ちる。かのんは天藍の顔を見上げた。澄んだ紫の瞳と眼が合って、青年はしまった、と思った。つい束縛じみた内容をこぼしてしまった。
 だが、彼女の瞳には優しい微笑みが浮かんだ。それは切ないくらい可愛らしかった。
「二人で過ごす幸せをくれたのは天藍、貴方です」
 飼い主を信頼しきった犬がするように、天藍の肩口に頭を乗せる。その重さが天藍には快い。
「一人だけになるのは寂しいので、出来る事ならそうなれば良いなと思います」
 その言葉に途方もない愛おしさを覚え、天藍は返事の代わりに、思わずかのんをぎゅっと抱きしめた。その腕に力が入る。
「かのんだけは手放したくない、手放せない」
 そうかのんの耳元に囁きながら。

 次から次へと下り落ちる冬の流れ星。冷え切った大気、音のない夜は、まるで別世界に迷いこんだように思える。闇に沈む森と足元の白い雪は、死者をその内に抱え、眠りについている。
 森は幾多の生命の死のもとに、その豊かさを保っている。天藍も多くの死を見てきた。かのんのガーデナーという職業も、植物の命を扱う仕事だ。
 生き物全てが逆らうことのできない、死とはいったいなんなのだろう?
「来世や生まれ変わりがあるかどうかは、俺にはわからないし、生きている者は誰も確かめることはできない。……でも、だからこそ」
 星々を見上げて天藍は言う。
「未来が先行き困難だったとしても、二人がいる今を生きたい」
 かのんも同じ気持ちで、凍りつくような空を見上げる。二人は指と指を絡め合う。この深い闇の中でも離れぬように。
「夏の約束、覚えていますか?」
「もちろん」
 来年も二人で、お互いの誕生日を祝えるようにと願ったあの夜。もう一度約束し合うように、二人はその小指を絡め合った。



依頼結果:大成功
MVP

メモリアルピンナップ


エピソード情報

マスター 蒼鷹
エピソードの種類 ハピネスエピソード
男性用or女性用 女性のみ
エピソードジャンル シリアス
エピソードタイプ ショート
エピソードモード ノーマル
シンパシー 使用不可
難易度 普通
参加費 1,000ハートコイン
参加人数 4 / 2 ~ 4
報酬 なし
リリース日 11月18日
出発日 11月25日 00:00
予定納品日 12月05日

参加者

会議室

  • [5]八神 伊万里

    2014/11/24-23:52 

  • [4]かのん

    2014/11/24-14:23 

  • [3]八神 伊万里

    2014/11/24-11:51 

    八神伊万里とパートナーのアスカ君です。
    みなさん、よろしくお願いします。

    うぅ…寒そうですね…暖かくしていかないと。

  • [2]ミオン・キャロル

    2014/11/24-01:00 

    ミオン・キャロルです。
    皆さん、よろしくお願いします。

    もう冬ね、季節が過ぎるのあっという間。
    (ほぅっと両手に息を吹きかけ)

  • [1]アマリリス

    2014/11/24-00:52 


PAGE TOP