プロローグ
●貴方の声をもう一度
「今はもう聞けない……大切な人の声を、聞きにいきませんか?」
ミラクル・トラベル・カンパニーの青年ツアーコンダクターは、静かにそう言って目元を柔らかくした。
「パシオン・シーのあるローカルな海岸に、ちょっと不思議な貝殻があって」
例えるならば暖炉の火のように温かく輝くその貝殻に、名前はない。けれど、その貝殻のことを近隣に暮らす住民は皆知っている。心に火を灯すような優しい仄灯り揺らすその貝殻は、手に取ると僅か温かく、耳に当てると――。
「さざ波の音の代わりにね、もう二度と会えなくなった人の……この世にはもういない人の声が、聞こえるんだって」
耳に当てて声を聞くだけだから、こちらからは何も問えない。会話もできない。けれど確かに、懐かしい人が自分に言葉掛けるのが、聞こえるのだと。
「どういう仕組みかは、長いこと研究されているらしいけど未だに分からないみたいなんだ。だから、それが本当にもう聞くこと叶わないはずの大切な人の声なのか、それともその声を聞く人の心が作り出す幻の声のようなものなのか、それは誰にも分からない」
だから、声が言うことを愛しい人の本当の言葉だと解するも、「ああ、自分はあの人にこんな言葉を掛けてもらいたかったんだな」と思うも、それは声を聞いた貴方の自由。
「もう一度聞きたい声が、ありませんか? あるならば是非、不思議な貝殻を耳に当てに」
言って、青年ツアーコンダクターは穏やかに笑み零した。
解説
●今回のツアーについて
パシオン・シーのとある海岸にて、不思議な貝殻探し。
時間は夜。貝殻は仄かに温かく光るので、見つけるのは簡単です。
ツアーのお値段はウィンクルムさまお一組につき300ジェール。
●不思議な貝殻について
詳細につきましては、プロローグをご参照願えればと思います。
耳に当てると、『亡くなった大切な人』が自分に語りかけるのが聞こえます。
聞こえるのは『亡くなった大切な人』の声のみです。ご存命の方の声は聞こえません。
耳に当てた貝殻から声が聞こえるという性質上、会話やこちらからの問い掛けはできません。
また、同じ貝殻を耳に当てても聞こえる声はその人によって違うので、誰かと声を共有することはできません。
貝殻の仕組みは判明しておらず、声は大切な人からのメッセージかもしれませんし、自分の心が作り出した幻の声かもしれません。
けれど確かに聞こえてくるその声を、どう捉えるかは声を聞く人の自由です。
誰のどんな言葉が聞こえるかをプランにご記入いただけますと、可能な限りリザルトにて描写させていただきます。
●プランについて
公序良俗に反するプランは描写いたしかねますのでご注意ください。
また、白紙プランは描写が極端に薄くなります。お気をつけくださいませ。
なお、公式設定にそぐわない描写がプランにあった場合その部分は採用いたしかねます。
エピソードの性質上、この点特にご注意願えますと幸いです。
可能な限り皆さまのプランをリザルトに反映したいと思っておりますので、何卒よろしくお願いいたします。
ゲームマスターより
お世話になっております、巴めろです。
このページを開いてくださり、ありがとうございます!
今回は、しっとりした時間を皆さまにお届けできればと。
皆さまに楽しんでいただけるよう力を尽くしますので、ご縁がありましたらよろしくお願いいたします!
また、余談ではありますがGMページにちょっとした近況を載せております。
こちらもよろしくお願いいたします。
リザルトノベル
◆アクション・プラン
かのん(天藍)
詳細知らぬまま天藍に誘われツアーに参加 夜の海岸の貝殻探し 冷えた潮風に無意識に天藍の腕に手を 寄り添い周囲を歩き砂に半分埋まった貝殻見つけ、耳元に届く声に目を見開く かのんと両親が優しく名を呼ぶ 残響のような穏やかな2人の笑い声 天藍から改めてツアーの詳細を聞く 両親が笑いながら私の名を呼んでくれました 貝殻を大切に両手で包み込む 有り難うの言葉だけではとても足りない今の気持ち どうしたら天藍に思いの全てを伝えられるのでしょう 身を寄せてお礼の言葉を繰り返す 天藍に呼ばれて顔を見上げ 両親に名前を呼んで貰えた事も嬉しいのですけれど ・・・天藍に私の名前を呼んで貰える事が同じ位・・・(一度首を振り)それ以上に嬉しいのです |
シャルル・アンデルセン(ノグリエ・オルト)
亡くなった人の声が聞こえると聞いてつい訪れてしまいましたが…。 記憶喪失の私にも声は聞こえるでしょうか? それでも…過去を少しでも知りたくて…私に居た大事な人を知りたくて…。 (貝に耳を当てて) 歌が聞こえます…優しい綺麗な声。 歌を聞くと何故か悲しくなることが多かったのですがこの歌は心が温かくなります。 ~♪ あ、思わず口ずさんでしまいました。 これは子守唄なのですか?そうですか…これはきっと私のお母さんの歌声なんですね。 ノグリエさんは約束通り過去を少しずつ話してくれます。けれど何故そんなに辛そうに話すのでしょう。私の過去が悲しいから?確かに悲しい事実です。それでも私の知らない事を知ってる貴方に近付きたい。 |
アマリリス(ヴェルナー)
本当に好きなのですね、お爺様のこと 声を聞いている間は邪魔にならないよう少し離れている事にしますわ お爺様がいた為に今のヴェルナーがあるのですから感謝しなくてはなりませんわね そうでなければきっとわたくし達が出会う事もなかったのでしょう ただ欲を言えばもう少し内面もどうにかして頂きたかったと そう簡単には変わらないと理解していても思わずにはいられません 初めて出会った時、あの時わたくしは顕現したというのに… 後日、適合したと連絡があり顔を合わせた時の言葉が 「初めまして」 …神人ではなかった時のわたしは全く記憶に残っていなかったと? 夢があるのは素敵な事だとは思いますが、それ意外の事がおざなりになりすぎですわ… |
出石 香奈(レムレース・エーヴィヒカイト)
あたしは今回は息抜きに来ただけ 大切な人を亡くしたことなんてないし きっとレムが、亡くなったご両親の声を聞きたいんだと思ってた 嫌よ、どうせ何も聞こえないわ あたしの親なんて今ごろあたしのことなんか忘れて どこかでのうのうと暮らしてるに決まってる… 一度は拒否したものの、精霊に励まされ勇気を出して貝殻を耳元に …女の人の声 「貴方だけでも生き延びて」 どういうこと? これがもしかして母さんの声? 今まで気を張って生きてきたのが崩れてしまいそうになって レムの隣に座り空を仰ぐ 自分の出生について知りたい でも一人では怖い…レム、一緒に探してくれる? 重なった手のぬくもりが安心する 縋るだけの関係にはなりたくないと思ってたのに… |
ハガネ(フリオ・クルーエル)
乗り気じゃ無いが断る理由も無い 坊主が浜辺を掘り返して貝殻探してる姿は 獅子より犬に見えてくるな 渡された貝を耳に当てる 「よぉクソガキ左目の具合はどうだ?」 あたしに名前をつけた男の声で 過去にした会話が聴こえ思わず名前を呟いた 坊主、オマエじゃない ぶっきらぼうだが甘い男 流星融合ではぐれてから再会することは無かった 20年間記憶に蓋をして忘れ諦めていたが 大切な人と自覚し死んだと言う事を知る 「ハガネ!オマエは生きろよ!」 貝殻は海に投げ捨て歩き出す 坊主が離れたら聞こえないように呟く (男の名前もフリオ) フリオめ、勝手にくたばりやがって 追い付いてきた坊主に何が聞こえたかは教えないで頭を乱暴に撫でる …オマエは生きろよ |
●貴方の声
「光る貝殻を探しにいこう」
天藍が自分をここに誘ったのは、確かそんな文句だったと夜の海でかのんは想う。その紫の瞳に仄か温かく輝くという貝殻を探しながら、冷えた潮風の誘うままに傍ら歩く天藍の腕に知らず手を伸ばせば、それに気づいた天藍の逞しい手がかのんの手を優しく握った。天藍の上着のポケットに繋いだままの手が仕舞われれば、寒空の下でも2人繋がったその部分だけはほっこりと温かい。
「少しは温まったか?」
「はい。ありがとうございます、天藍」
まだ何も知らないかのんの柔らかな笑顔を見ながら目を細める天藍。1人の時にこのツアーの話を聞き、そうすると頭に浮かんだのは早くに両親と死別したというかのんのことだった。そのままツアーに申し込んで、2人は今ここに居る。
(実際何がどう聞こえるかは分からないから詳しいことは伝えずにここまで来たが……喜ぶ顔が見られたらいい)
寄り添い合うようにして、夜の浜辺に貝殻を探す2人。そのうちに、かのんが「あ」と小さく声を上げた。
「天藍、ほら、あの貝殻」
かのんが指差したのは、砂浜に半分埋まった巻貝。話に聞いていた通りに優しく光を放っている貝殻の元へ歩み寄り、2人はその場に腰を落とす。貝殻を掘り起こし軽く砂を払った天藍が、そっと貝殻をかのんの耳へと宛がった。小首を傾げながら貝殻に手を添えるかのんの耳に、不意に囁くようにして聞こえる懐かしい声。
『『かのん』』
かのんの目が見開かれる。優しくかのんの名を呼ぶ2人分のその声は、亡くした両親のものだった。穏やかで耳心地の良い笑い声が、残響のようにかのんの耳に届く。やがて本当に何も聞こえなくなると、かのんは驚きに目を瞠ったままで貝殻をそっと耳から離した。天藍が静かに不思議な貝殻について説明するのを、かのんは未だどこか夢心地で聞く。そして、小さく呟いた。
「……両親が、笑いながら私の名を呼んでくれました」
「そうか」
応じる天藍の声は、酷く優しかった。貝殻を大切な宝物を扱うように両手に包み込むかのんを見やって、静かに微笑む天藍。
「誘って良かった」
「あのっ……天藍も、聞きますか?」
「いや、俺の所は曾祖父母の代から揃って元気だから」
そう答えて、天藍はかのんの手を貝殻ごと自身の大きな手で包み込む。かのんは目を見開いた。
「天藍は使わないのに、私が両親の声を聞けるように申し込んでくれたのですか?」
言葉を返す代わりに、天藍は優しく目を細めてかのんを見つめる。無言の、しかしそれは肯定の返事だった。咄嗟には返す言葉を探しあぐねたかのんの身体が、そっと抱き寄せられる。じわり、温もりが染みた。
「ありがとうございます……だけではとても足りません。……この気持ちの全部を、どうやったら伝えられるのでしょう。天藍、私……」
天藍へと身を寄せて、かのんは感謝の言葉を懸命に紡ぐ。想いに言葉が足りないと、もどかしさを胸にありがとうの気持ちを繰り返すかのんの名を、天藍が呼んだ。
「かのん」
呼ばれて、面を上げて天藍の顔を見上げるかのん。
「俺が好きでしたことだ」
「天藍……」
真っ直ぐに天藍の顔を見上げたままで、かのんは次の言葉を探す。
「両親に名前を呼んで貰えたことも嬉しいのですけれど……天藍に私の名前を呼んで貰えることが同じくらい……」
そこまで言って、かのんは一つ頭を振った。
「……それ以上に嬉しいのです」
返る言葉に、天藍はかのんのことを強く抱き締めた。
●名前を呼ぶは
「うーん、中々見つからないなぁ……」
「……坊主が浜辺を掘り返して貝殻探してる姿は、獅子より犬に見えてくるな」
「犬じゃないよ! ライオンだよ!」
全く……とちょっと大人びたような生意気なような口をきいて、それでもフリオ・クルーエルは砂浜に埋まる貝殻を探す手は止めない。秋の夜、海辺の砂はずっと触れていると手がかじかむほどに冷たいけれど、仄かな温もりをそこに見出すことを諦める気はないフリオである。
(世の中にはオレと違う考えが沢山あって、ハガネはオレより生きてて知らない過去があって人の死を沢山見てた)
冷えた手でせっせと砂浜を掘り起こしながらフリオは思う。独りで死に場所を探すハガネは、大切な人を亡くしたのだろうか? と。
(もしもそうだとしたら……大切な人の声を聞いたら何か変わるかも)
そう思ったから、フリオはこのツアーに参加しようと思ったのだ。誘いを掛ければハガネは如何にも乗り気じゃないというような顔をしたけれど、断りの文句を考えるのも面倒くさいというふう(に、フリオには見えた)で、諾の返事をした。そうして今は、懸命に貝殻を探すフリオの後ろで、裾の破れた襤褸コートを潮風にはためかせている。
「あ……」
指先が、何やら温もりに触れた。やがてフリオの手に収まったのは、ふわり温かい光を纏った目当ての巻貝で。試しに、自分の耳へとそれを当ててみるも。
「何も聞こえないや。知ってる中で大切な人は皆生きてるから」
呟きを捉えて、ハガネが呆れたようなため息を漏らした。
「坊主、オマエ何がしたかったんだよ。馬鹿なのか?」
「馬鹿じゃないっ! ……なあ、ハガネも聞いてみてよ!」
「……は?」
「何だよ、聞こえないならそれでいいじゃん。ほら」
怪訝な顔をしたハガネだったが、ずずいと差し出された貝殻を仕方なしに手に取って耳に当てる。
『よぉクソガキ左目の具合はどうだ?』
耳に届いた声に、チタンブルーの瞳が見開かれた。自分に名前をつけた男の声、いつかの昔に聞いた台詞。ハガネは、思わず『彼』の名前を零した。
「フリオ……」
「えっ?」
「違う。坊主、オマエじゃない」
ハガネの言葉に、フリオは悟る。名前を呼ばれたかと思って嬉しくなったけれど、あれは自分ではなく、貝殻の向こうの誰かへと向けられた言葉だったのだと。だから、見守る。その傍らで、ハガネは遠い過去へと知らず思いを馳せた。
(ぶっきらぼうだが甘い男……流星融合ではぐれてから再会することは無かった)
20年間記憶に蓋をして、忘れ、諦めていた。けれど、貝殻は教える。彼の死と、それから彼が、ハガネにとって大切な存在であったことを。
『ハガネ! オマエは生きろよ!』
声が言った。その言葉を耳に残したのを最後に、貝殻を海へと投げ捨てて歩き出すハガネ。
「なにするんだよー!」
フリオが騒ぐ。貝殻を追いかけようとしたようだったが、不思議な巻貝は既に水底に沈んだ後だ。
「うー、流石に海には入れないや……」
残念そうなフリオの声を遠くに聞きながら、ハガネは自分にだけ聞こえるほどのごく小さな声で呟く。
「……フリオめ、勝手にくたばりやがって」
砂浜を踏む足音がハガネへと近づいてきた。やっとハガネの隣に並んだフリオが、僅か息を切らせながらハガネを見上げて問いを零す。
「なあ、何が聞こえたんだ?」
「さぁな」
「何だよそれ!」
拗ねたように唇を尖らせるフリオの頭を、ハガネはぐしゃぐしゃと乱暴に撫でた。
「……オマエは生きろよ」
小さく呟けば、
「何言ってるんだよ、ハガネもだよ!」
とハガネの顔を見上げてどこまでも真っ直ぐにフリオが言った。苦笑するハガネ。
「ねえ、ハガネ」
「何だ」
「いつか、ちゃんと名前で呼んでね」
応える代わりに、ハガネはフリオの短い髪を、また掻き混ぜるようにして撫でた。
●重ねた想い
秋も深まった夜の海は、どこか寂しげな風情だった。寒さに閉口するのにもいい加減飽きて、出石 香奈は呆れたように呟きを漏らす。
「『息抜き』に来るには随分と殺風景な場所ね」
「そうかもしれないな。だが、ここでしか得られないものもある」
香奈の皮肉に気づく様子もなく、真面目に応えて砂浜に目当ての貝殻を探すレムレース・エーヴィヒカイト。香奈は嘆息した。
(レムは亡くなったご両親の声を聞きたいんだろうけど……あたしは大切な人を亡くしたことなんてないし、息抜きに来ただけなのに)
そんなふうに思うものの、レムレースの心中を慮って文句を口に出しこそしない香奈。そう、香奈には聞きたい声なんてない。ここに来たのは、レムレースに息抜きにと誘われたからで、それ以上の意味はなかった。そんな香奈に、しゃがみ込み砂浜を掘り返していたレムレースが振り返って言った。
「香奈、一緒に探そう」
「え? 何で、あたしは別に……」
「息抜きだ」
「……はいはい、息抜きね、息抜き」
しょうがなしに、レムレースと共に貝殻を探し始める香奈。そんな香奈をそっと横目に見やって、レムレースは思う。
(香奈の親は本当に彼女が言うような人物なのだろうか。実は何か事情があったのではないか……そんな気がして)
それが、レムレースが香奈をこの場所へ誘った本当の理由だった。敢えて言葉にしなかったのは、先に真の理由を伝えれば彼女が機嫌を損ねるかもしれないと思ったから。やがて、香奈の手が仄か温かい貝殻に触れる。掘り出したそれをレムレースへと差し出せば――彼は緩く首を横に振った。
「香奈が見つけた物だ。折角だから、息抜きついでに耳に当ててみてはどうだ?」
「……嫌よ、どうせ何も聞こえないわ。あたしの親なんて今ごろあたしのことなんか忘れて、どこかでのうのうと暮らしてるに決まってる……」
暗い視線を落とす香奈へと、レムレースは柔らかく言葉を紡ぐ。
「もし何かが聞こえたら、お前にも大切な人がいたということ。何も聞こえなくてもそれはそれ、現状が変わるわけではない。……少しだけ、俺の戯れに付き合ってくれないか」
優しさを帯びた、真摯な声音が香奈の心に染み渡った。その声に励まされて、香奈は勇気を振り絞り、恐る恐る貝殻を自分の耳へと宛がう。――声が、聞こえた。
『貴方だけでも生き延びて』
耳に届いたのは女性の声。震える手で貝殻を耳から外し、香奈は呆然として呟く。
「……どういうこと? これがもしかして母さんの声?」
今まで気を張って生きてきた。それが不意に崩れてしまいそうになって、支えていた糸がぷつりと切れてしまったように香奈はその場にへたり込んだ。隣にはレムレースがいる。香奈を支えるように、そこに座っていてくれる。香奈は、銀の星煌めく空を仰いだ。その口から、ぽつりぽつりと言葉が零れる。
「ねえ、レム。あたし……自分の出生について知りたい」
レムレースは香奈が想いを溢れさせるのをただ黙って聞いていた。声が聞こえたということは心の底では母を求めていたということだろうかと、彼女の切ないような胸中へと想いを馳せながら。
「でも一人では怖い……レム、一緒に探してくれる?」
言葉を返す代わりに、レムレースは貝殻を握る香奈の手に自身の手をそっと重ねた。彼女の力になりたいと、そんな想いを掌に乗せて。香奈の掌からも、色んな想いが伝わってくる。抑えようもない不安と――それから、感謝の気持ち。それを確かに受け取ったと、レムレースは思った。そうしてレムレースの手の温もりは、香奈へと柔らかな安堵を運ぶ。
(安心する……縋るだけの関係にはなりたくないと思ってたのに……)
(……そうか、俺は香奈にもっと頼られたいのかもしれない)
掌と想いは確かに重ねて、けれど別々の感想を抱く2人。2人の手の中で、貝殻が淡く瞬いていた。
●声が語るは
「アマリリス様! 見つけました!」
仄か温かく光放つ貝殻を手に、ヴェルナーは顔を輝かせ晴れた声で言った。数年前に病気で他界した、けれど今もヴェルナーの心にしかと在り続ける祖父の存在。その声が聞きたいのだというヴェルナーの想いを無下にする理由は、アマリリスにはなかった。
「良かったですわね、ヴェルナー」
「ありがとうございます」
ふわりと笑み零せば、折り目正しく真面目な、彼らしい礼の言葉を返すヴェルナー。けれどその頬は僅か紅潮し、口元は柔らかい。分かりやすい喜びように、アマリリスは目元を和らげた。
「本当に好きなのですね、お爺様のこと」
「はい。尊敬しておりますし、憧れの人ですから」
「早く耳に当てて御覧なさいな」
「はい。では」
幾らか緊張した面持ちで、ヴェルナーは貝殻を静かに耳に当てる。細波の音の代わりに、声が聞こえた。
『元気か?』
語りかけてくるのは、紛れもなく憧れの祖父の声で。ヴェルナーの顔に、感極まったような表情が浮かぶ。
「聞こえます。本当に、祖父の声です」
アマリリスに告げたヴェルナーの声が僅か震えているのは、きっと色んな感情が波のように押し寄せたせい。
「少し、離れておきましょうか。邪魔をするのは野暮というものでしょうから」
言って、アマリリスはヴェルナーに背を向け海岸を歩き出す。波のうち寄せる音を耳に聞きながら、アマリリスは思う。
(お爺様がいた為に今のヴェルナーがあるのですから感謝しなくてはなりませんわね)
そうでなければ2人が出会うこともなかっただろうと、ヴェルナーとの出会いに想いを馳せれば、過ぎる想いに思わずため息が零れた。
(ただ欲を言えば、もう少し内面もどうにかして頂きたかった、なんて)
そう簡単には変わらないと理解していても、思わずにはいられないアマリリスだ。左手を数多星瞬く夜空へとかざす。その手の甲にあるのは、神人の証、赤の文様。アマリリスは、ヴェルナーと初めて出会った日へと心をとばす。
(初めて出会った時、あの時わたくしは顕現したというのに……)
後日適合した精霊として顔を合わせたヴェルナーは、こともあろうに「初めまして」と言ったのだ。神人でなかった頃の自分は全く記憶に残っていなかったのかと、悲しいやら腹立たしいやら。
「夢があるのは素敵なことだとは思いますが、それ以外のことがおざなりになりすぎですわ……」
アマリリスの愛らしい唇から、疲れたようなため息が漏れた。
アマリリスがそんなことを考えながら時を過ごしているなど露知らず、ヴェルナーは貝殻を通じて憧れの祖父の声を耳に聞いていた。
『自分によく似ていたからきっと出来ると指導にも熱が入ってしまったが、訓練にも熱心で過去の武勇伝をきらきらした瞳で聞くヴェルナーは自慢の孫だった』
昔を懐かしむようにそう言った後で、『これからも怠らず精進して欲しい』とヴェルナーに呼び掛ける貝殻の声。向こうにはこちらの声は届かないのだということも忘れて、ヴェルナーは「はい!」と真摯に力強く声に応じた。
『ただ……』
不意に、貝殻の向こうの声が曇る。
『パートナーにあまり理想を押し付けすぎないように。もう少し、自分のことだけでなく相手のことも考えろ』
忠告に、目を見開くヴェルナー。
『その内愛想をつかされるぞ、なんといっても年頃の女の子なんだから。……そういう所まで俺に似なければよかったんだがなぁ』
最後の呟きには、苦い色が滲んでいた。それきり声は聞こえなくなってしまい――ヴェルナーの胸に不安が満ちる。その時、そろそろ頃合いだろうかとアマリリスが戻ってきた。ヴェルナーが耳から貝殻を外しているのを見留めて、彼へと声を掛けるアマリリス。
「お話、終わったのですね……ヴェルナー?」
「! は、はい」
「お爺様の声を聞いた後だというのに、難しい顔になっていますわよ。何かありましたの?」
「い、いえ、何でも、ないのですが……」
歯切れの悪いヴェルナーの言葉に、首を傾げるアマリリスだった。
●愛を込めた子守唄を
「亡くなった人の声が聞こえると聞いてつい訪れてしまいましたが……記憶喪失の私にも声は聞こえるでしょうか?」
仄か温かく光る貝殻をそっと手に握って、シャルル・アンデルセンは蜂蜜色の瞳を期待と幾らかの不安に揺らす。そこに映った色を見て、ノグリエ・オルトは胸の内だけで嘆息した。
(やっぱり自分の過去が気になるのでしょうね)
ノグリエはシャルルの過去を知っている。それが彼女を傷つけるものだと知っている。けれど、ノグリエは少しずつ昔の話をすることを彼女に約束したのだ。今、ノグリエに出来るのは、彼女が過去を求めるのを傍らで見守ること。
(亡くなった大事な人の声が聞こえる貝殻。その貝殻が囁くのは優しいものであってほしい)
祈るような気持ちでそう願うノグリエの前で、シャルルは意を決したように貝殻を耳に当てる。過去を少しでも知りたい、自分に居た大切な人を知りたいと。貝殻が零したのは、歌声だった。
「歌が聞こえます……優しい綺麗な声」
シャルルの呟きを、ノグリエは静かに耳に聞く。緊張に僅か強張っていたシャルルの口元が、ふわり綻んだ。
「歌を聞くと何故か悲しくなることが多かったのですが、この歌は心が温かくなります」
そうしてシャルルは、耳に聞こえる優しい歌に自然と自分の声を重ねる。混じり合い響く2人分の歌声。貝殻の声はノグリエには聞こえないけれど、シャルルが小さく紡ぐ歌が夜の海岸にしっとりと溶けていくのをノグリエは聴いた。暫しの後、耳には貝殻を当てたままでシャルルがはにかんだように笑う。
「思わず口ずさんでしまいました」
ノグリエは絶やさぬ笑みの奥で僅か逡巡し、けれど誓った約束を果たすため、ゆっくりと口を開いた。
「それは……子守唄ですね。歌っている女性はシャルルの母上でしょうか」
「これは子守唄なのですか? そうですか……これはきっと私のお母さんの歌声なんですね」
歌はまだ聞こえている。優しく心を温かくするその歌声が自身の母のものであると知って、シャルルは耳にその声を刻みつけるようにして歌に聴き入った。やがて、そんなシャルルへとノグリエが伝える言葉は。
「あの男は彼女が歌を、言葉を紡ぐのでさえ恐れていたから……これは、彼女の願望なのかもしれないね」
「……願望?」
「そう、大事な我が子に子守唄を唄ってあげたかったという彼女の願い」
ノグリエは切ないような声でシャルルへと真実を語る。
「分かるね? キミの母上はすでにいない」
「……はい」
貝殻から声が聞こえるというのは、そういうことだ。シャルルもそれを知っていて、その上で貝殻を耳に当てたのだ。貝殻とノグリエがシャルルに教えたのは、シャルルにとって母親が大切な人であったこと、母親もまたシャルルを愛してくれていたのだということ。そしてもう、彼女はこの世にはいないのだということ。ノグリエは緩く首を横に振った。
「……悲しい事実はまだ沢山ある」
呟かれた声は、痛みの色を纏っていて。シャルルはその声を耳に思う。
(ノグリエさんは約束通り過去を少しずつ話してくれます。けれど、何故そんなに辛そうに話すのでしょう。私の過去が悲しいから?)
確かにシャルルが知ったのは悲しい事実だ。でも。
(それでも、私の知らないことを知ってる貴方に近付きたい)
そんな願いを抱くシャルルの傍らで、ノグリエもまた思案に沈む。
(未だシャルルの心も蝕むあの男の『命令』……もうそんなものに怯える必要はない)
そっと翳るノグリエの表情。
(ボクはシャルルをあの男から離したかった。いや……奪いたかったんだ。醜い独占欲とエゴの為だけに)
真っ直ぐな気持ち、自嘲めいた想い。すぐ近くに在りながら、2人はすれ違うような心を抱く。貝殻はまだ、シャルルだけのために歌声を紡いでいた。
依頼結果:大成功
MVP:
エピソード情報 |
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マスター | 巴めろ |
エピソードの種類 | ハピネスエピソード |
男性用or女性用 | 女性のみ |
エピソードジャンル | イベント |
エピソードタイプ | ショート |
エピソードモード | ノーマル |
シンパシー | 使用不可 |
難易度 | とても簡単 |
参加費 | 1,000ハートコイン |
参加人数 | 5 / 2 ~ 5 |
報酬 | なし |
リリース日 | 11月09日 |
出発日 | 11月16日 00:00 |
予定納品日 | 11月26日 |