プロローグ
「ホウキー、ホウキはいらんかえー」
しわがれた老婆の声がタブロスの市内に響く。
「上質のホウキ草から作ったこのホウキ」
質素な茶色のホウキを老婆が掲げる。
「ハロウィン仕様に飾ったこのホウキ」
パープルやオレンジといった鮮やかな色合いのホウキだ。リボンが結んであったり、黒猫やコウモリ、蜘蛛の巣といったハロウィンモチーフで賑やかに飾られている。
「そして特別サイズのこのホウキ! 二人乗りだってできるのさ」
ホウキに二人乗り?
不思議に思った何人かが、老婆の方へと振りむいた。
老婆はゴーグル付きの黒いトンガリ帽子をきゅっと被り、さっそうと自分のホウキにまたがるところだった。
重力という大地の束縛から解き放たれるように、ホウキに乗った老婆の体はふわりと浮き上がる。
「魔女バボラの店! ハロウィンの期間限定でタブロスで店開きだよ。興味があったらよっといで!」
軽やかにホウキで旋回しながら、魔女は高らかに店の宣伝をした。
タブロスの片隅に建てられたカラフルなテントがバボラの店だ。ちょっとしたサーカスのようでもあり、占いコーナーのようでもある。
「いらっしゃい! よくきてくれたね」
客の姿を見て、バボラはニマッと笑う。
店ではホウキのレンタルをおこなっているらしい。
バボラの説明によれば、ホウキ自体に魔法がかかっており、誰でも簡単に乗れるそうだ。ホウキはタブロス上空をゆっくりと回って、またこの店の前に戻ってくる。
空での過ごし方は自由だ。空からの景色を眺めても良いし、パートナーと二人きりでの会話を楽しんでも良い。
飛行する時間帯も、明け方から深夜まで選べる。
「せっかくのハロウィンの季節だ。魔女のホウキで空を飛んでみるのはどうだい? お安くしておくよ」
解説
・魔女のホウキのレンタル代
A:シンプルホウキ一本:100jr
B:ハロウィン仕様一本:200jr
C:二人乗り可能用一本:600jr
・ホウキに関して
シンプルホウキとハロウィンホウキでは二人乗りはできません。
どのホウキでも、安全装置としてパラシュートの魔法がかけられたコウモリ型のブローチが貸し出されます。
・プランに関して
レンタルするホウキの種類の記入は必須になります。神人はハロウィンホウキで精霊はシンプルホウキ、という風に別々のホウキを選ぶのもアリです。
また、希望の飛行時間帯がある場合は、そちらも明記してください。こちらは特にご指定がなければ、日中のフライトとなります。
ゲームマスターより
山内ヤトです!
ハロウィンシーズンにワクワクしています。
魔女のホウキをレンタルして、パートナーと遊覧飛行はいかがでしょう?
リザルトノベル
◆アクション・プラン
リチェルカーレ(シリウス)
Bの箒をレンタル 夜の空中散歩 可愛らしい箒にひかれ 「折角だからのってみましょう?」と シリウスを誘う 黒猫やリボンの装飾に可愛い と笑顔 予想以上にバランスをとるのが難しくて 最初は緊張の面持ちで 浮き上がった時にバランスを崩し小さく悲鳴 思わず隣を飛ぶ彼にしがみついて それに気づいて今度は真っ赤になって体を離す いつもと変わらない彼の声と添えられた手に 少し落ち着きを取り戻す 言われた通りの姿勢を維持して 周りを見渡す余裕が出て 広がる空と 町の明かりに歓声 なんて綺麗! まるで鳥になったみたいね 満面に笑みを浮かべ 彼を仰ぎ見る 端正な顔と 支えてくれる大きな手のひらに なぜかどきり 月明かりのせいかしら |
日向 悠夜(降矢 弓弦)
時間:夕暮れ時 ホウキ:C バンジージャンプで宙に舞った事はあるけれど ホウキで空を飛ぶのは初めてだなぁ 一人じゃ怖いの?じゃあこの二人乗りはどう? 私が前に乗るからさ。安全運転、任せておいて? わあー!風が気持ち良いね!もうちょっとスピード出ないのかな? 降矢さん、腰に手を回してしっかり捕まって?パラシュートの魔法があるからって、落ちたら危ないんだよ? 風を感じるのも良いけれど、タブロスの様子を見れて良いね 夕暮れ時だからね…家路を帰る人達がいっぱい…家族かぁ… …見て、降矢さん…大きな夕日 …綺麗だね 何時もならカメラを持って来ればよかったって後悔するけれど…降矢さんと二人占めできて良かったなあって…そう思うんだ |
ファリエリータ・ディアル(ヴァルフレード・ソルジェ)
ホウキで空を飛べるなんてすごく素敵っ! もちろんヴァルと一緒に乗るわっ。 二人乗り用のホウキにするわねっ。楽しそうっ♪ 時間は夜にするわ、夜景とか綺麗そうだものっ。 ヴァルの方が運転上手そうだからヴァルに頼んじゃおっと。 コウモリのブローチも可愛いわねっ、これに魔法かかってるなんてすごーい! わあ、夜景も星空もとっても綺麗ー! すごいすごーい! 宝石をばら撒いたみたいねっ。 こういうアクセサリー作れたらいいなあ、どんな石を使えば出来るかしら? 飛ぶのが終わったらバボラさんにホウキ返しに行くわねっ。 面白そうなお店なのにハロウィン限定なのね、残念っ。 とっても楽しかったです、ありがとうございました! |
エメリ(イヴァン)
ホウキ B:ハロウィン仕様一本 すごい、ホウキで空を飛べるなんて素敵だね イヴァンくんは疑り深いなぁ 大丈夫だよ、いざとなったらブローチがあるみたいだから安心だよ …パラシュートもちょっと楽しそうだよね すごーい、空から見るとこんな感じなんだね 風も気持ちいいし来てよかった …イヴァンくん大丈夫? なんだかいつも以上に口数少ないけど もしかして、高いところ苦手だった? うわー、ごめんね だったら二人乗りのにすればよかったね 一緒だったら怖さは少し薄れたかも あ、じゃあ手を繋がない? くっついていれば少しは怖さがなくなるかもよ 本当は降りちゃうのが一番いいんだろうけど… もうちょっとだけ飛んでてもいい? きっと一緒なら大丈夫だから |
菫 離々(蓮)
ポケットにはお菓子を忍ばせていますよ 可愛らしいホウキです!とハロウィン仕様を選ぼうとしたら なぜかハチさんに止められてしまったので、 注文は二人乗りのを一本お願いします 希望は夜間。タブロスの夜景を見てみたいです。 旧市街と新市街で灯りの数も違うのでしょうね あれは図書館、私たちの家はこの辺りでしょうか、と 指差しながらそわそわしつつハチさんとお喋り。 実は出掛ける前に「お菓子は準備オーケーです」と 宣言していたのですがハチさんからあの台詞が来ません…… 広場のたくさんのオレンジ色の光はカボチャの飾りでしょうか、 などハロウィンですねアピールでお待ちします 聞けたらハッピーハロウィンです、とキャンディをハチさんへ。 |
ハロウィンの間だけ、年老いた魔女バボラがタブロスで不思議な店を開いている。空飛ぶ魔法のホウキのレンタルサービスに、五組のウィンクルムが興味を示した。
●トキメキと安心感
ハロウィンの雰囲気たっぷりの魔女のテントに惹かれるように『リチェルカーレ』と『シリウス』がやってきた。
リチェルカーレは青い瞳を輝かせ、デコレーションされたハロウィンのホウキに見入っている。
「まあ、可愛いホウキ」
柔らかに微笑む。
「ねえ、シリウス。折角だからのってみましょう?」
「……仕方がないな」
シリウスはクールに肩をすくめつつ、その誘いを受けた。
楽しそうな様子のリチェルカーレ。うきうきとした表情の彼女に誘われたのなら、無下に断ることもできない。
リチェルカーレは黒猫やリボンで飾られたハロウィンのホウキを選び、シリウスはシンプルなホウキを選んだ。飛行する時間帯は夜にした。
夜。バボラの店の前から、二人はそれぞれのホウキにまたがり、フワリと宙に浮かび上がった。
「わ、飛んだ! なんだかちょっと緊張するわね」
リチェルカーレはホウキの上であたふたしていた。
「あ、こ、これはっ、予想していたよりもバランスをとるのが大変……っ!」
店ではあんなにうれしそうにホウキを眺めていたリチェルカーレだが、いざ上空へ飛び立つという段階になって不安がわいてきたようだ。
ホウキの上で一生懸命にバランスをとろうとするリチェルカーレの表情は、楽しげというよりも緊張でこわばっていた。
「ホウキ自体にも魔法がかかっているんだろう? コツさえつかめば、誰でも簡単に乗れるはずだ」
素っ気ない口調だが、シリウスなりの励ましの気持ちを込めた言葉だった。シリウスはすでに悠々と浮かび上がっている自分のホウキを悪戦苦闘中のリチェルカーレのホウキへ寄せる。
「そうですね、コツさえつかんでしまえば……。きゃあ!?」
リチェルカーレが大きくバランスを崩し、悲鳴が上がる。
「大丈夫かっ! リチェ!」
とっさにシリウスは片手を差し伸べていた。
思わずリチェルカーレは隣で寄りそうように飛んでいたシリウスにぎゅっとしがみつく。
「……リチェ?」
驚きでシリウスの目が見開かれた。そして彼女の華奢な体と柔らかな髪の感触、ふんわりと甘い女性的な香りに、一瞬シリウスの思考は停止する。
「あっ、シリウス、ごめんなさいっ!」
それに気づき、リチェルカーレは赤面しながらパッと体を離す。
急に離れたせいで、またしてもバランスを崩しそうになるリチェルカーレの手をシリウスは無意識につかんでいた。
リチェルカーレの目を見ながら、シリウスは静かにアドバイスする。
「背筋を伸ばして、肩の力を抜いてみろ。落ちそうになったら支えてやるから」
普段と変わらぬシリウスの声。リチェルカーレの体勢をサポートするように、そっと手が添えられる。
「ありがとう」
支える手の大きさにトキメキと安堵を同時に感じる。落ち着きを取り戻し、シリウスのアドバイスに従っているうちに、だんだんとホウキでの飛行にも慣れてきた。
「見た目はだいぶ違うが、こうして風を切って進むのは、少しだけバイクに似ているかもしれないな」
バイクの運転技術を持つシリウスは、そんな感想を抱く。
リチェルカーレもシリウスのアドバイスでホウキ乗りのコツをつかみ、周囲の風景を見渡す余裕も出てきた。
どこまでも広がる空に、町の灯り。
「なんて綺麗! まるで鳥になったみたいね」
リチェルカーレは満面の笑みを浮かべ、シリウスの方を仰ぎ見る。
彼は端正な顔を少しだけゆるませて、小さく噴き出した。
「さっきまであんなに怖がっていたくせに、もう笑った」
だが、この笑顔は嫌いじゃない。そう思う自分に、シリウスは密かに苦笑した。
●繋いだ手
「すごい、ホウキで空を飛べるなんて素敵だね」
といって、『エメリ』が微笑めば。
「ホウキで空を……ですか」
傍らの『イヴァン』はどこか渋い顔。
「このお店、ハロウィンの期間限定なんだって。このチャンスは逃せないよね」
エメリはハロウィン風に飾られたホウキから、お気に入りのデザインのものを探し始めている。ホウキを借りて空を飛ぶ気満々だ。
「僕もこれで空を飛ぶ日がくるとは思いませんでした」
嬉々としたエメリの様子に観念したかのように、イヴァンは軽くため息をついた後、ごくシンプルなホウキを手にとった。
「……あの、僕じつは」
「ん? なぁに? イヴァンくん」
楽しげな顔でエメリが振り返る。
「いえ、……なんでもないです」
いいかけた言葉をイヴァンは飲み込んだ。
うららかな秋の空。今日の天気は快晴だ。店の前で、イヴァンは何度もホウキを確認していた。
「本当に飛びますよね? 途中で落ちたりしないでしょうか」
「イヴァンくんは疑り深いなぁ。大丈夫だよ、いざとなったらブローチがあるみたいだから安心だよ」
魔女バボラからは魔法のブローチも貸し出されている。万が一ホウキから落下してしまった際に、コウモリの羽が広がってパラシュートのようにゆっくりと降下できる魔法がかけられたブローチだ。
ブローチを軽くなでながら、エメリが小声でつぶやく。
「……パラシュートもちょっと楽しそうだよね」
ジトーッとした視線で、イヴァンがエメリを見る。
「……わざと落ちるのだけはやめてくださいね。心臓がいくつあっても足りませんから」
「気をつけるよー」
エメリはそういったが、そのワクワクした表情を見る限り、ノリと勢いでやりかねない、と一抹の不安をイヴァンは抱くのであった。
「本当に、頼みますからね」
念押しのような懇願。
「うん、わかったよ。それじゃそろそろ空の旅にいこう」
軽やかにエメリのホウキが舞い上がる。可愛らしいホウキのデザインと相まって、まるで本物の魔女娘のようだ。
イヴァンは息を呑み、精神を集中させる。彼の乗るホウキも、エメリの後を追いかけて浮き上がった。
「すごーい、空から見るとこんな感じなんだね」
赤いロングヘアーをなびかせながら、エメリは眼下に広がる景色や風の流れを楽しんでいる。
のどかな秋の日差し。空には白い鱗雲。
「風も気持ちいいし来てよかった」
ふと、エメリはイヴァンの様子がおかしいことに気づく。
「……イヴァンくん大丈夫? なんだかいつも以上に口数少ないけど」
思考を巡らせ、エメリはある可能性に思いいたる。
「もしかして、高いところ苦手だった?」
「別に、そんなことはありませ……、うわっ!」
虚勢をはってウソをつこうとしたものの、うっかり下を見てしまい、ロコツに視線が泳ぐ。
「イヴァンくん、もしかして本当は……」
そう、いわゆる高所恐怖症というやつだ。
「うわー、ごめんね。そうだったんだー」
空の上で顔色がやや青くなっているイヴァンを見て、エメリは心配そうにホウキを近くに寄せた。
「だったら二人乗りのにすればよかったね。一緒だったら怖さは少し薄れたかも」
だが飛び立ってしまった以上、今さら二人乗りに変更することはできない。それに上空でそんなことをしたら、きっとバランスを崩して二人ともホウキから落ちてしまう。
「あ、じゃあ手を繋がない?」
打開策をエメリが思いつく。
「くっついていれば少しは怖さがなくなるかもよ」
「……た、多少は気が紛れるかもしれませんね」
イヴァンは緊張した顔でホウキから片手を放し、恐る恐るその手をエメリの方へと伸ばす。
「心配ないよ。大丈夫だよ」
しなやかなエメリの手が、こわばったイヴァンの手を優しく包む。
穏やかな口調でエメリは話す。
「本当は降りちゃうのが一番いいんだろうけど……、もうちょっとだけ飛んでてもいい?」
イヴァンは小さく頷いた。
「ありがとう! きっと一緒なら大丈夫だから」
繋いだ手に、どちらからともなく力を込めた。
●二人占めの景色
「バンジージャンプで宙に舞った事はあるけれど、ホウキで空を飛ぶのは初めてだなぁ」
サラリとそんなことをいいながら、『日向 悠夜』は店内のホウキを見渡した。
「空を飛べるというのは是非とも体験したいけれど……、ホウキ……少し恐怖心が出てしまうね……」
少し気後れした様子の『降矢 弓弦』は、一本のホウキを試しに手にとってみた。優美でしなやかな木の柄は、ちょっと頼りない。これにまたがり空を飛ぶのは、なんだか心理的に不安感がある。
「一人じゃ怖いの? じゃあこの二人乗りはどう?」
悠夜は二人乗り用の大きめサイズのホウキを指さした。
「私が前に乗るからさ。安全運転、任せておいて?」
「僕が後ろ……」
弓弦は夏の思い出を振り返る。水上バイクの故障で無人島にたどり着いたあの時も、運転は悠夜が担当していた。
「水上バイクの時もそうだったけれど、もしかしたら男としてこれは問題なのでは……?」
考え込んで、ついそんな独り言をこぼしてしまう。
二人がフライト時間に選んだのは、夕暮れ時だった。
「降矢さん、準備は良い? それじゃ、いくよ!」
「あ、ああ。任せたよ」
夕日を浴びながら、魔女の店の前から二人乗りのホウキが飛び立つ。
「わあー! 風が気持ち良いね!」
ホウキはゆるやかな風の流れに乗って安定して飛んでいる。
「良かった。思ったよりも危なっかしくないんだね」
落ち着いた遊覧飛行に、弓弦は内心自分の胸を撫で下ろす。
「もうちょっとスピード出ないのかな?」
けれどアクティブな性格の悠夜は少々もの足りない口ぶりだ。
「あ、降矢さん、腰に手を回してしっかり捕まって? パラシュートの魔法があるからって、落ちたら危ないんだよ?」
「これなら楽しめそうだ……って、えっ!? こ、腰に手を回す?」
「うん。安全のためにね」
女性の腰に手を回す。少しドギマギしてしまうシチュエーションだ。弓弦はしばし硬直してしまう。
「……」
二人はウィンクルムとして絆があり、この状況ではそうすることが必要であり、悠夜本人も構わないと許可している。
「それじゃ、失礼して……」
弓弦は悠夜の腰にぎゅっと手を回した。
グラマラスなスタイルの悠夜だが、ウエストは優美なラインを描いている。
「な、なんだか照れてしまうね」
気恥ずかしさをごまかすように、弓弦は苦笑する。
「あはは。降矢さんったら」
悠夜は明るく笑う。
「風を感じるのも良いけれど、タブロスの様子を見れて良いね」
日暮れが進むと、だんだんと町の雰囲気も変わってきた。帰宅する人々が作り出す雑踏の流れを見下ろす。
「夕暮れ時だからね……家路を帰る人達がいっぱい」
どこかしんみりとした声で悠夜がつぶやく。
「……家族かぁ……」
ごく小さな声だったが、その言葉はすぐ後ろにいる弓弦の耳にも届いた。どこか意味ありげな、ため息混じりの悠夜の発言。
「悠夜さん……」
「ねえ……見て、降矢さん……大きな夕日」
その視線の先にあるのは、遮るものがない真っ赤な夕日。
「……綺麗だね」
悠夜と同じ景色を弓弦もまた眺めていた。
「……綺麗だ。タブロス市内でも、こんな景色を見られるんだね」
二人でゆっくりとその景色を味わう。
その間、弓弦は真剣に何かを考えているようだった。
「……悠夜さんが誘ってくれなければ、僕はこの景色を知らなかった」
知識に対しては貪欲だが、出不精気質の弓弦。だが悠夜と共にいることで、自分に足りない行動力を彼女が補ってくれている。弓弦はそう思うのだ。
揺るぎない純粋な声で弓弦がいう。
「悠夜さん、君に出会えて良かった」
「どうしたの? 降矢さん、改まって。なんだか……、照れるよ」
今の弓弦の表情は、悠夜からは見えない。悠夜の表情も、弓弦に見られることはない。
「何時もならカメラを持って来ればよかったって後悔するけれど……降矢さんと二人占めできて良かったなあって……そう思うんだ」
「……僕も、二人占めできて嬉しいよ」
弓弦の手に、わずかに力がこもる。
そのまま二人は、美しいタブロスの日暮れの景色に静かに見入っていた。
●まるで宝石のような
「ホウキで空を飛べるなんてすごく素敵っ!」
好奇心の強い『ファリエリータ・ディアル』はキャッキャッと無邪気な声を上げて、バボラの店を見渡した。
「ふうん……。変わった店もあるんだな」
腕組みをした『ヴァルフレード・ソルジェ』が、はしゃぎながら小さな店内を回るファリエリータの後にゆっくり続く。
ファリエリータがくるりと振り返った。
「ねぇねぇヴァル、一緒に乗りましょっ」
甘えるようにパートナーの精霊を誘う。
ヴァルフレードは肩をすくめてから、こう答えた。
「まあ、ファリエがそういうのなら、付き合ってやらないこともないが」
なんとなく偉そうなのは彼の個性だ。
「魔女のホウキ、か……」
自分の体格に合ったホウキを探し、ヴァルフレードはシンプルなホウキの並ぶコーナーへと近づく。
「あら。違うわ、ヴァル」
「違う?」
「そっちにあるのは、一人乗りしかできないホウキでしょう? 私は二人乗り用のホウキが良いのっ!」
ファリエリータは二人乗り専用のホウキを手に取ると、ヴァルフレードの方へずずいっと差し出した。
可憐で儚げな印象の容姿からはあまり想像できないが、ファリエリータは天真爛漫で元気いっぱいの娘だ。ミーハーであり、けっこう押しも強い。
「おい……」
「だってせっかく二人乗りのもあるんだものっ、乗ってみたいじゃない!」
ファリエリータはヴァルフレードとの二人きりの空の旅を空想して微笑んだ。
「うふふ! 楽しそうっ!」
「やれやれ」
軽くため息をつくヴァルフレード。ファリエリータのこの明るいテンションに振り回されるのは少し疲れる。だが、くるくると変わる彼女の活き活きとした表情を見たり、なんだかんだで頼りにされたりするのは、悪い気はしないのだ。
「時間は夜でいいかしら? きっと夜景が綺麗だと思うのっ」
ファリエリータはすでに魔女のバボラにレンタルの申し込みをしていた。振り返ってヴァルフレードに希望の時間帯を確認する。
「ああ。俺もタブロスの夜景を見てみたい」
「OK! それじゃ夜に決定ねっ」
ファリエリータはポンッと手を叩いた。
「ホウキの運転は任せちゃっていい? ヴァルの方が上手そうだしっ」
「まあ、スポーツの類にはそれなりに自信があるしな。ホウキの運転ぐらい、楽勝だろう」
運動神経は優れている方だ。ヴァルフレードは余裕を見せる。
「それは頼もしいわっ。よろしくね!」
夜。ホウキにはヴァルフレードが先頭で乗り、その後ろにファリエリータが腰かける。
「コウモリのブローチも可愛いわねっ、これに魔法かかってるなんてすごーい!」
「ファリエ、飛ぶぞ。ちゃんとつかまれよ」
しなやかな筋肉のついたヴァルフレードの背に、ファリエリータは慌ててつかまった。
夜の空は少し肌寒かったが、ヴァルフレードにしがみついていれば温かい。
「わあ、夜景も星空もとっても綺麗ー! すごいすごーい!」
ファリエリータは歓声を上げる。
「宝石をばら撒いたみたいねっ。こういうアクセサリー作れたらいいなあ、どんな石を使えば出来るかしら?」
「星のアクセサリーか。ダイヤモンドの輝きも捨てがたいが、隕石を素材にしても良いんじゃないか?」
鉱物に関心のあるヴァルフレードはそんな意見を述べる。
星空の下で会話を弾ませていると、フライトの終点が近づいていきた。
「私、バボラさんにお礼をいってくるわね」
ホウキを返却する際にファリエリータは礼儀正しくお礼をいう。
「とっても楽しかったです、ありがとうございました! 面白そうなお店なのにハロウィン限定なのね、残念っ」
「ヒッヒッヒ。喜んでもらえてこっちもうれしいよ。楽しいハロウィンを!」
魔女は二人にハロウィンの祝福の言葉を投げかけた。
●ハロウィンの合言葉
魔女バボラの店に、『菫 離々』と『蓮』の姿があった。
楽しげなハロウィンの雰囲気にワクワクそわそわしている離々だったが、別の理由で蓮は周囲を警戒してそわそわしていた。彼の立場は少々ワケありなのだ。
が、そんな複雑な事情は一向に介さぬ朗らかさで、離々はホウキを見て回る。ちょっと刺激的な血しぶき風のペイントだろうと、毒蜘蛛モチーフの飾りだろうと、離々はふわふわにこにこ微笑んでいる。
「可愛らしいホウキです!」
ハロウィンの装飾がされたホウキに手を伸ばせば、横からスッと制された。
「ハチさん?」
「お嬢。そいつはおよしになった方が……」
「あれ? そうですか?」
離々は不思議そうに蓮を見る。緑色の目で、蓮の顔をジッと見つめた。止められた理由が思い当たらないようだ。
「安全性を疑うわけではありませんが、乗り物にお嬢一人で乗せるのは抵抗がありまして」
視線をずらしながら蓮は静かにそういった。その後でごく小さな声で付け足す。
「……あとスカートの丈、少々短いようなので」
そういうわけで、二人乗りのホウキをレンタルすることになった。
夜のフライト前。
真剣な顔で、蓮はブローチをチェックする。安全確認は怠らない。
そして離々への気遣いも。
「上空、寒いですかね? 身長差的に前側にお嬢が乗るので風も来るでしょう」
と、いいながら、蓮はスルリと自分のコートを脱いで離々へと手渡す。
「よかったら俺のコートをどうぞ。サイズ大きいですが」
離々はそれを笑顔で受け取って、丁寧に礼を述べる。
「ありがとうございます。それじゃハチさんのコート、使わせてもらいますね」
コートを羽織った離々がホウキにまたがり、その小さな背中を守るように蓮が後ろ側に乗る。
トンと軽く地面を蹴ると、魔法がかかったホウキはそのまま空へと舞い上がっていった。
「わあ。思ったとおり、ステキな夜景です」
夜間のフライトを希望したのは、タブロスの夜景を見るためだ。離々の予想どおり、旧市街と新市街では灯りの数や建物が違っていた。
見慣れたタブロスの町並みでも、上空から眺める風景は新鮮で。
「あれは図書館、私たちの家はこの辺りでしょうか」
「となると、A.R.O.A.の建物はあの辺りでしょうかね?」
灯りを指さしながら、そんな会話を続ける。
話をしながら空を飛んでいる間、離々は何かを待ちわびるように落ち着かない様子だった。
一方、蓮はというと、ひたすら離々がバランスを崩したりしないよう全力で見守っていた。
「……」
出かける前に、離々は蓮にこう告げていた。「お菓子は準備オーケーです」と。蓮に渡すためのお菓子として、クーヘンバスケットをちゃんと持ってきている。
なのに、ハロウィン定番のあのセリフがこない。
「広場のたくさんのオレンジ色の光はカボチャの飾りでしょうか」
などとしきりにハロウィンアピールをして、蓮の出方をうかがう離々だった。
「……」
蓮は蓮で、悩んでいる最中だった。
離々の期待もわかるのだが、自分は子供ではなく立派な成人男性。しかも仮装だってしていない。トリート、お菓子をもらうのは照れがある。
それに。
トリック、蓮が離々にイタズラなど企てようものなら、菫一家の怖い怖い親御さんによって、物理的に存在を消されることは確実!
だが、離々の用意してきたお菓子に、蓮が興味を引かれているのも、また事実だった。
蓮は甘い匂いについに観念して。
「トリック・オア・トリート。……お嬢?」
やっと聞くことができたセリフに、離々は大いに満足したようだ。
にこやかに笑って、クーヘンバスケットからキャンディを一握り。
「ハッピーハロウィンです。ハチさん」
輝く夜景を見下ろしながら、離々から蓮へ、一握りのキャンディが手渡された。
依頼結果:普通
MVP:
エピソード情報 |
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マスター | 山内ヤト |
エピソードの種類 | ハピネスエピソード |
男性用or女性用 | 女性のみ |
エピソードジャンル | イベント |
エピソードタイプ | ショート |
エピソードモード | ノーマル |
シンパシー | 使用不可 |
難易度 | 普通 |
参加費 | 1,000ハートコイン |
参加人数 | 5 / 2 ~ 5 |
報酬 | なし |
リリース日 | 10月05日 |
出発日 | 10月10日 00:00 |
予定納品日 | 10月20日 |