【ハロウィン・トリック】願い、灯る(巴めろ マスター) 【難易度:簡単】

プロローグ

●車椅子のお姫さまは灯る火の夢を見る
「1人娘のルルアンが目を覚まさないんです……」
 沈痛な面持ちでA.R.O.A.本部を訪れたのは、きちんとした身なりの壮年の紳士だった。常は柔和な表情を湛えているであろう優しげな顔には、今は疲れ切ったような色が滲んでいる。ルルアンと依頼人たる彼女の父親は、A.R.O.A.と全く縁のない存在ではない。父親の方はタブロスでは名の知れたとある企業の社長を務める富豪でA.R.O.A.とも縁深く、その関係で、彼の愛娘である車椅子の少女・ルルアンは、かつてA.R.O.A.のウィンクルムをお菓子尽くしの誕生日パーティーへと誘ったことがある。
「夜、玄関で倒れているルルアンを使用人が見つけて――娘は病弱ですので慌てて医者に診てもらいましたがどこも悪いところはありませんでした。倒れていたルルアンの傍には絵本が落ちていて……初めはルルアンが部屋から持ち出した物だと思っていたのですが、後から冷静になって考えてみると、私を始め、家の誰も娘にその本を買い求めた覚えがないのです」
 それでやっと、ああこれは話に聞いたトラオム・オーガの仕業だと思い至ったのだという。
「これがその、落ちていた絵本です」
 そう言ってルルアンの父親が取り出したのは、『マッチ売りの少女』の絵本だった。

●幸せな幻想
「マッチは、マッチはいかがですか?」
 お人形のような少女が、雪降る夜の通りで小鳥の囀るような声で歌っている。ルルアンの夢の世界に辿り着いたウィンクルムたちは、今は2本の足で立つその姿を冬色の街並みの中に見留めて、急ぎ彼女の元へと駆け寄った。街の誰にも相手にされていなかった可哀想なマッチ売りは、自分の話を聞いてくれそうな相手をやっと見つけたことが嬉しいのだろうか、顔を明るくする。
「あのっ、マッチを買ってもらえませんか? 不思議なマッチなんです。火を灯すと幸せな幻の世界に誘ってくれる、魔法のマッチ」
 ウィンクルムたちは首を傾げた。魔法のマッチを売り歩く少女――ここにきて、本当の物語と微妙に違う要素が出てきた。けれど、ここは夢の世界だ。そういうこともあるのかもしれない。
「私、このマッチが全部売れなかったらパパに申し訳なくておうちに帰れない……」
 元の物語では、マッチ売りの少女は父親から酷い扱いを受けているはずだ。けれど父親のことを尋ねてみると、ルルアンは自分の父親はとても優しいのだと誇らしげに笑う。
「おうちは貧乏だからこうして私も働かなくちゃだけれど、でも、パパとはとっても仲良しなの」
 ウィンクルムたちは顔を見合わせた。夢のオーガを退治する方法は、オーガそのものを倒すか、若しくは物語をハッピーエンドで終わらせること。『マッチ売りの少女』は悲しい結末の物語だけれど、家で優しい父親が待っているのならば、マッチさえ売れればこの物語をハッピーエンドに導けるかもしれない。売ってもらえないだろうかと尋ねれば差し出される魔法のマッチ。それを全てのウィンクルムの片割れが受け取った、その瞬間。
 ――パッ!
 誰も火を付けていないのに、マッチに勝手に火が灯った。明るいオレンジ色が通りに映えて――途端、ウィンクルムたちの姿が夜の街からかき消える。それを暗い目で見送ったルルアンの華奢な肩に、物陰から現れた1人の男が優しく手を置いた。
「よくやってくれたね、ルルアン」
「パパ……」
 男は、ルルアンの父親の姿をしていた。服装こそ物語の設定に沿ったボロを纏っているが、優しい顔も柔和な表情も、間違いなくルルアンの父親のものだ。
(だけど……)
 僅かな違和を、ルルアンは首を振って振り払う。例えここが2本の足で駆け回れる夢の中でも、パパが言うことに間違いはないはず。パパは優しくって、頭が良くって、頼もしくって、ルルアンのことを大好きだよって言ってくれて、ルルアンもパパのことが大好きで。だから、パパが声を掛けてくれる人がいたら売ってあげるんだよとルルアンに託した不思議なマッチをあの人たちに渡したのは、絶対に正しいことのはずなのだ。
「……ねえ、パパ。皆はどこに行っちゃったの?」
「言ったろう? 幸せな場所へ行ったんだよ。マッチを手にしていた人の幸せを映した、ぬるま湯のように心地良い幻の世界へ」
 だからお前が心配することは何もないんだよと、夢の中の父親が優しく優しく言う。
「そう……そうなのね……」
 でも、という言葉を飲み込んで俯いたルルアンには見えないところで、男――ルルアンの父親という役を務めるトラオム・オーガは邪悪に笑った。

解説

●目的
ルルアンを無事目覚めさせること。
この目的は、物語をハッピーエンドで終わらせるか又はトラオム・オーガを倒すことで達成されますが、本エピソードではオーガを倒すことになるかと思います。

●敵
トラオム・オーガ1体
マッチ売りの少女の父親役。ルルアンの父親の外見を模した姿です。
幻世界に人を閉じ込める能力を持っていますが戦闘能力はとても低いです。
ウィンクルムたちが幻世界を脱出したら虚を突かれてボロを出すと思いますので、倒すのは簡単です。

●幻の世界について
トラウム・オーガの罠でウィンクルムたちが飛ばされた異空間。
リザルトは、ウィンクルム毎にバラバラに、マッチを受け取った方(プランにてご指定ください)の願望・幸福な夢を元にした世界へ飛ばされたところからのスタートとなります。
幻の世界を生み出した神人or精霊にはそこが幻の世界であるという認識がなく、何らかの形で『これは幻だ』と自覚させれば2人揃ってルルアンの夢世界へと戻れます。
幻の世界がどんなものなのか、及びどうやって幻世界を脱出する=パートナーの目を覚まさせるのかをプランにご記入くださいませ。
但し、親密度等次第で、パートナーの言動を採用いたしかねる場合がございますことをご了承願えれば幸いです。

●ルルアンについて
生まれつき病弱な13歳の少女。現実世界ではいつも車椅子に乗っています。
夢の世界の父親に違和感を抱いてはいますが、今はまだオーガだとは気づいていません。
『お菓子の国のお姫さま』にも登場しておりますが、該当エピソードをご参照いただかなくとも今回の依頼に影響はございません。

●その他
夢の世界へは童話の本以外のアイテムを持っていくことが可能です。
また、能力も現実世界と同じです。

ゲームマスターより

お世話になっております、巴めろです。
このページを開いてくださりありがとうございます!!

オーガ退治はさらっとさくっとを予定しております。
リザルトでも、皆様のプラン次第ではありますがその辺りの描写はかなり薄くなるかと。
その分、プランでは幻の世界の概要やそこでの2人のやり取り等に字数を割いていただければと思います。
幻の世界についてプランに記載がない部分は適宜補完させていただく場合がございますが、あくまでも願望を元にした幻の世界ということでご了承願えますと幸いです。
逆にどうしても譲れない部分はプランにご記入願えればと思います。
皆様に楽しんでいただけるよう全力を尽くしますので、ご縁がありましたらどうぞよろしくお願いいたします!!

また、余談ではありますがGMページにちょっとした近況を載せております。
こちらもよろしくお願いいたします。

リザルトノベル

◆アクション・プラン

リヴィエラ(ロジェ)

  リヴィエラ:
(※マッチを受け取る。彼女の両親が生きている願望の世界へ)

お父様、お母様…生きてらっしゃったのですね…!
私、ずっとお会いしたかった(両親に泣いて抱き付く)

え、ロジェ様…どういう事、ですか…?
ここは現実でしょう…?
嫌、いやぁぁっ、この世界を壊さないで…!

(願望の世界を出る)

ロジェ様は…私に、嘘をついていたのです、か…?
お父様だけは生き残ったって…どうして教えてくださらなかったのですか!
どうして、どうして…!(膝をついて泣き出す)
待って、ロジェ様…それならどうして私をお父様に会わせてくださらないの!?
(崩れ落ちて泣き出す)憎むなんてもう出来ない…こんなに貴方を愛してしまったのに…



エリー・アッシェン(ラダ・ブッチャー)
  心情
私の願望は自らオーガを倒すことです。精霊の身体能力は素晴らしいですね。戦うラダさんの背中を見ながら、私はいつも自分に力がないことを悔やんでいました。

行動
マッチは私が取りました。
願望を反映し、魔王風のディアボロに変身。オーガを狩ることが私の喜びです。廃墟の壁や家具には、妖刀魔剣の類が無造作に突き立てられています。
幻想なので、存在しないはずの女の精霊、適応神人が不在、ギルティも楽勝で倒せる、などの欠陥があります。
我に返ったら、珍しいトラウム・オーガに興味を示しつつ依頼遂行。
ルルアンさんは病弱で、あまり活発に動けないんですね。非力な自分をもどかしく思うことはないのか疑問ですが、口には出しません。


水田 茉莉花(八月一日 智)
  ほづみさんの幻の世界に入っているけど…あたし見えてないんだ、ほづみさんに
自分の背や童顔のこと、よっぽど気にしてたのね…

あたしだって、自分の背は嫌いだわ
背のせいでスカート履きたくないし
女の子らしい服も…躊躇しちゃうのよね

あーあ、今まで似合わなかった服着てはしゃいでるわ
うん…あたしだって背が低かったら
ふわふわのスカートとか履くかもしんない
…あーもう、あんな姿見てたら腹立った

バカちびアホちびハナタレどちびー!
いい加減しっかりしろ、あたしを思い出せってんだバカー!
(ハリセンで滅多討ち)

ほっつき歩ってたじゃないわよバカー
やっとわかったー五月蠅い、黙れぇ!(ボロ泣き)
もうさっさとオーガぶん殴って帰ろう、ね



ハガネ(フリオ・クルーエル)
  精霊がマッチ受取るのをひったくる

■幻
雨の中独りでデミオーガがと戦っている
勝ちはどうでもいい
周りに転がる骸達は覚えもあるがどうでもいい
幸福が何かなんてあたしは知らないし求めてもいないが
そのうち病でくたばるその時までに、クソ共を道連れにしてやるのがあたしの願いさ

自分勝手で無謀な自滅にガキを巻き込むのは面倒だから独りでいい

傷は深いが追い詰められる感覚に生を感じ笑う

クソガキめ邪魔しやがって…

(倒れる体を支えられた温もりに幻と自覚)

泣くな

■脱出後
変な物見せやがって!
化けの皮剥いでやる

坊主ははあっちの娘の相手してこいよ

(溜息)無視が嫌ならあたしを抜かすんだなクソガキ!(トランスして戦闘に参加

※アドリブ歓迎


ミルヒヴァイス=フォルモンテ(ソレイユ=ヴェルミリオン)
  【心情】
病弱な少女をかどわかすなんて許せませんわ!
それに、物語は「めでたしめでたし」で終わるのが常ですわ
夢から覚めずにバッドエンドなんて、オーガが許しても私が許しません

【夢】
願望「理想の恋愛」
物語である眠れる森の美女の世界観のような場所

運命の方と素敵な出会い方をして、そのままお付き合いして結婚って理想ですよね

それこそ、童話で見るような恋愛って憧れますわ!
私にも、童話の様な恋がしてみたいのですが…

王子様は、王子様になってくれなくて
でもパートナーになってくれるって…

ソレイユ様に、王子様になって欲しかったのですが…
キスは、お預けでしょうか?

【行動】
トランスした後オーガをウィンクルムソードで斬ります


●冷たい雨の下で
 冷たい雨が、刺すように荒野へと降りしきっている。転がるのは、骸。デミ・オーガと、それから、塗り潰したように顔つきだけがぼやけた人間の。フリオ・クルーエルは、ぶるりと身を震わせた。
(何これ……何だよ、ここ……)
 受け取ったマッチを――何かを察したのだろうか、ハガネにひったくられて。オレンジ色の炎を見たと思ったら、次の瞬間にはここにいた。
(じゃあここは、ハガネの世界? こんなの幸せな夢でもないし……これが、願いなのか?)
 胸に落ちるのは一抹の不安。フリオは、地獄絵図のような世界の中に相棒の姿を探した。

「くくっ……」
 自嘲めいた笑い声が、知らず口から漏れる。雨に濡れながら、ハガネは独り戦っていた。相手はデミ・ウルフ。こちらは既に満身創痍で、戦況は芳しくない。だが。
(……勝ちはどうでもいい)
 荒野に濡れる骸たちだって、覚えはあるがどうだって構わない。幸福が何かなんて知らないしそれを求めてもいないけれど、じくじくと傷の痛む感覚と追い詰められたこの状況は、ハガネに『生』を感じさせた。自然と弧を描く唇。
「そのうち病でくたばるその時までに、クソ共を道連れにしてやるのがあたしの願いさ!」
 短剣を振るう。獣の血が飛び散る。体勢を立て直したデミ・ウルフが、ハガネを食い殺さんと吠えた、その時。
「ハガネ!」
 いつの間にか耳に慣れてしまった声が、聞こえた。
「来るな!」
 半ば反射的に、ハガネは叫ぶ。独りでいいのだ。この世界に、温もりは要らない。それでも、フリオは止まらなかった。2者の間に割って入りカットラスで敵に切りつければ、切った手応えもなしにその姿がかき消える。
「クソガキめ……邪魔、しやがって……」
 視界が霞み、ハガネの身体がぐらりと傾いだ。慌ててその力ない身体をフリオが支え、その場に横たえる。
「大丈夫か!? しっかりしろよ、オバサン!!」
 呼び掛けるが、ハガネに死が近いことが感触で解った。ハガネが嗤う。
「……独りでいいんだ」
 自分勝手で無謀な自滅にガキを巻き込むだなんて、如何にも面倒じゃないか。そんなことをぼんやりと思うハガネの頬に、ぼろぼろと温かい水滴が落ちた。
「オレたち……オレたち、ウィンクルムだろ! オレのこと無視して独りで死ぬなんて願い、叶えさせないからな!」
 顔をぐしゃぐしゃにして泣き、涙に言葉を詰まらせながらフリオが言う。温もりが、この世界は幻だとハガネに囁いた。
「泣くな。……面倒臭い」
 涙に濡れた少年の頬へと、ハガネは無意識に手を伸ばす。雨が止んだ。世界が、終わる。

●お姫様は眠る
 天蓋付きのふかふかと甘やかで優美なベッド。お姫様のようなドレスを身に纏ったミルヒヴァイス=フォルモンテ、ベッドへと身を横たえ、その固く閉じられた瞳の奥で運命の訪れを静かに待つ。
(運命の方と素敵な出会い方をして、そのままお付き合いして結婚って理想ですよね)
 ミルヒヴァイスは物語の姫の如く昏々と眠っている。けれど、その意識は覚醒していた。ここは童話の中のような世界。ミルヒヴァイスが待つのは、憧れの、童話みたいな恋の始まりだ。少女の甘い夢の世界に、パートナーたるソレイユ=ヴェルミリオンも引き寄せられるようにして姿を現す。
(ミルヒが先にマッチを受け取ってしまったから……どうやらここが、ミルヒの願望ということかな?)
 口元に手を遣って、辿り着いた世界をぐるりと見回すソレイユ。ベッドに横たわる姫君、絵に描いたようなお姫様の寝室、窓を覗けば城を覆い尽くすようないばらの蔓。これはまるで――。
「見てる限りだと……思い出すのは『眠れる森の美女』、だね」
 呟き、眠るミルヒヴァイスの傍らへと歩み寄って、ソレイユは軽く首を傾げる。
「……この状況って、誰かがミルヒにキスをしなきゃ起きないってことかな? ……この場合王子役は……」
 辺りを見渡しても、2人の他には誰もいない。誰かが訪れる気配もない。
「……僕でいいのかな?」
 答える者はないが、多分そうなのだろう。でも、とソレイユは僅か眉を下げる。そして、ミルヒヴァイスの白い頬を慈しむように柔らかく撫でた。
「了承もなしに女性の唇を奪うのは、紳士としては最低の行為……だよね」
 ミルヒ、とソレイユは眠る少女に呼び掛ける。
「ごめんね、僕は君を起こす王子様にはなれない」
 言葉零せば、ミルヒヴァイスの青の瞳がそっと開かれた。
「王子様は、王子様になってくれないのですか?」
 切なげな声で問うミルヒヴァイス。目を覚ました少女に、ソレイユは静かな笑みを向ける。
「うん、ごめん。でもね、君のパートナーにならなれるよ」
「パートナー?」
「そう。あの女の子を助けにいかないと」
 その言葉に、ミルヒヴァイスが大切なことを思い出したというように目を見開いた。がばり、身を起こすミルヒヴァイス。
「そうでした! 病弱な少女をかどわかすなんて許せませんわ!」
 愛らしいかんばせに凛とした色を乗せるミルヒヴァイスを見て、ソレイユは柔らかく笑み零す。女性には余り事件に関わって欲しくないと思っているソレイユだが、それで止まらないのがミルヒヴァイスという少女だ。ミルヒヴァイスに、するりと手が差し伸べられる。
「さぁ、迎えにきたよ、ミルヒ。一緒に倒すべき敵を倒しにいこう」
「はい! 物語は『めでたしめでたし』で終わるのが常ですわ! 夢から覚めずにバッドエンドなんて、オーガが許しても私が許しません!」
 言い切って、ミルヒヴァイスはソレイユの手を取る。霧散していく世界の中で、ミルヒヴァイスはぽつりと呟いた。
「でもやっぱり、ソレイユ様に王子様になって欲しかったのですが……」
 キスはお預けでしょうか? と小首を傾げて零された問いに、ソレイユは密やかな笑みを返したのだった。

●空虚なる王座
 廃墟に風が鳴る。その壁や土埃に塗れた豪奢な家具の数々には『妖刀』や『魔剣』という名が相応しいような禍々しい武器が無造作に突き立てられ、まるで奇妙なオブジェのよう。そこここに放置されたオーガの死体を見て、ラダ・ブッチャーはその顔に複雑な表情を浮かべた。
(武器に廃墟にオーガの死体……普通の人にとっては悪夢だけど、エリーにとっては楽園なんだろうねぇ)
 顔を上げる。廃墟の王座に座するのは、ディアボロの角を生やしたエリー・アッシェンだ。その姿は、ラダの目には廃墟を統べる魔王のように映った。
「うふふ、ここにお客様が来るとは珍しいですね」
 おもてなしが必要ですねと、エリーは口元に弧を描く。どうやらエリーは、ラダのことを覚えていないようだった。
(うう、地味に傷つくよぅ……)
 とラダが思っていること等露知らず、廃墟の女王は機嫌良く、自らが屠ったオーガの剥製をラダに自慢する。
「どうです? こんなにも巨大なオーガも私の前では無力なのです。精霊の身体能力は素晴らしいですね」
 陶然とした笑みを浮かべながら、エリーは悪趣味な剥製を撫でる。それ自体を愛でているのではない。この幻の世界で彼女が得た、精霊の力を、自らオーガと戦うことができる力を愛でているのだ。うっとりと笑むエリーを前に、ラダはきゅっと口元を引き締めた。
(幻だって自覚させなきゃ!)
 廃墟に吹き荒ぶ風に負けぬよう、ラダは声を張り上げる。
「ねえ、エリー。エリーが精霊なら、神人はどこにいるの?」
「かみ、うど……?」
 エリーの顔が僅か強張った。ラダが、この世界の綻びに触れたからだ。王座へと、パートナーの元へと歩み寄るラダ。
「エリー。神人の力がないと、精霊はオーガとは戦えないんだよぉ」
「違う……オーガを狩ることが私の喜びなんです……私は戦える……」
 自分に言い聞かせるように、エリーが呟く。ラダは、赤の文様を持つエリーの左手をぎゅっと握った。この想いが伝わるようにと、強く強く願いながら。
「アンタは神人で、ボクはその精霊だよぉ。思い出してよ、エリー!」
 エリーが銀の目を見開いた。廃墟の世界が、さらさらと細かな砂のように崩れていく。
「ラダさん……私は……」
「エリー! ボクのこと思い出してくれたんだねぇ!」
 未だ白い手を握ったまま、ラダは子供のような笑みを零した。そんな彼に、エリーは寂しい微笑みを向ける。
(……戦うラダさんの背中を見ながら、私はいつも自分に力がないことを悔やんでいました)
 その想いが生み出した世界が音も立てずに静かに崩壊していくのを、エリーは手に相棒の掌の温もりを感じながら見送った。

●壊れた嘘
「お父様、お母様……生きてらっしゃったのですね……!」
 青の瞳に、澄んだ涙が滲む。リヴィエラのマッチは、彼女を失った両親が生きている世界へと誘った。
「私、ずっとお会いしたかった……!」
 幸せな涙を流しながら、手を広げて自分に優しく微笑みかける両親へとリヴィエラは抱きついた。何にも代えがたい大切な人たちの温もりが、リヴィエラの身体に染みる。そんな幻の世界の光景に、ロジェは紫の目を瞠った。
「何でリヴィーの両親が揃ってここにいる……?」
 2人の姿が揃うはずはないと、リヴィエラは知らずともロジェは確かに知っていた。
(ここは恐らく死者を体現した世界……でも、彼女の『父親だけは』生きている!)
 リヴィエラの両親は死んだ――それはロジェが、リヴィエラを自分の元に留めるためについた大きな嘘だった。だからこそ、ロジェはこの世界の綻びにすぐに気がついたのだ。
「おいリヴィー、ここは現実の世界じゃない!」
 ロジェは、リヴィエラの元まで駆け寄ると、彼女を幻の両親から無理矢理に引き剥した。
「え、ロジェ様……どういうこと、ですか……?」
 ここは現実でしょう……? と呟くリヴィエラの瞳に、怯えの色が揺らいでいる。口元に浮かんだ笑みの強張るのを見て、ロジェは堪らなくなって叫んだ。
「違う! 何でかって? 君の父親は生きているからだ!」
 リヴィエラが涙に濡れた目を見開く。幻の世界が、軋むような音を立て出した。
「生ぬるい幻想の世界なんか消えろ!」
「嫌、いやぁぁっ、この世界を壊さないで……!」
 ロジェに縋りつくリヴィエラだったが、彼女はもう、この世界が真実の世界ではないと心のどこかで気づいてしまっていて。父親が消える。母親が消える。世界が、物悲しい音を響かせて崩壊していく。その音はまるで、リヴィエラの苦しみに寄り添うかのように。
「ロジェ様は……私に、嘘をついていたのです、か……?」
「……ああ、そうさ。俺は君に大嘘をついていたんだ。実際は『君の母親は確かに死んだが、父親は生きている』」
「お父様だけは生き残ったって……どうして教えてくださらなかったのですか!」
 ロジェは答えない。激昂するリヴィエラとは対照的に、彼は氷のような鋭さを纏っている。
「ロジェ様……どうして私をお父様に会わせてくださらないの!?」
「君のいる場所はあの父親の元じゃない。一般人に神人は守れない」
 もうあの屋敷には帰さないとロジェはリヴィエラを一瞥して冷たく言い放った、崩れゆくのを待つばかりの世界に膝をついて、リヴィエラは涙を流す。
「どうして、どうして……!」
「憎むなら憎め。君は俺の物だ」
「憎むなんてもう出来ない……こんなに貴方を愛してしまったのに……」
 崩れ落ちて泣き咽ぶリヴィエラ。そんな彼女を、ロジェは世界が壊れていく音を耳にただただ見つめていた。

●理想の自分
「おれ☆ダンディ!」
 メンズファッションを扱う洒落たショップにて、八月一日 智は鏡の前でくるりと回った。喜色を浮かべたその顔は、それでも成る程、29歳という実年齢にふさわしい落ち着きと色気を纏っている。それに、背だってすらりと高い。
「背も高いし年齢相応の渋顔だし! やっぱりこれだよなー」
 浮つく智の姿を、水田 茉莉花はただ眺めていた。
「……あたし見えてないんだ、ほづみさんに」
 智の願望を映し出す鏡に茉莉花の姿は映らず、呟く声も、智の耳には届かない。それにしてもと、茉莉花は腕を組む。
「ほづみさん、自分の背や童顔のこと、よっぽど気にしてたのね……」
 茉莉花は軽く息をついた。
「……あたしだって、自分の背は嫌いだわ。背のせいでスカート履きたくないし、女の子らしい服も……躊躇しちゃうのよね」
 ぽつり、智のそれとは真逆の自身のコンプレックスが口をつく。と。
「……あれ?」
 智が、茉莉花の方を振り向いた。青い瞳が何かを探すように動き――けれどその目は、茉莉花の姿を捉えることはなく。
「……おれ、何で後ろを向いたんだろ?」
 不思議そうに首を傾げながら、スーツを手に試着室へ向かう智。そして。
「うっはー、スーツも似合う!」
 着替えて鏡の前へと戻ってきた智、思わずそう声を上げる。
「やっぱ背が高いと何でも似合うよなーバカにされねぇよなー」
 なんて言葉も口をついた。茉莉花は、そんな智を見て苦笑を漏らす。
「あーあ、今まで似合わなかった服着てはしゃいでるわ」
 するとまた、智がくるりと振り返る。でもその視線は、茉莉花を突き抜けるのだ。
「……またおれ後ろ向いた……何か忘れてねぇか?」
 何か大切なものを置いてけぼりにしているような心地がする。智はぐしゃぐしゃと頭を掻きながら、レジへと向かった。そしてその姿のまま街へと繰り出す。
(女の子がおれのほう見て……くーっ、イカスおれ格好いい!)
 幻の世界には、智を惑わす罠が沢山だ。緩む口元を手で隠す智を、その隣を歩いていた茉莉花は呆れ顔で見つめる。
「うん……あたしだって背が低かったら、ふわふわのスカートとか履くかもしんない。でも……あーもう、なんか腹立った!」
 茉莉花が叫んだ、その瞬間。1台のセダンが、智のすぐ脇を猛スピードで駆け抜けた。道の端に溜まっていた雨水が、ばしゃりと跳ねてスーツに掛かる。
「うわっ?! ……だーっ! みずたまりの水かぶせてくんなそこのセダン!」
 ぎゃんぎゃんと叫んで――自分の口からとび出した言葉に目を見開く智。
「みずた、まり? ……あれ? みずたまりって……」
 足りないピースを見つけたような気がした。そのピースがどこに填まるのかはまだ分からないけれど、でも。と。
「バカちびアホちびハナタレどちびー! いい加減しっかりしろ、あたしを思い出せってんだバカー!」
「は?! な、なんだなんだ?」
 背後から降り注ぐ、ハリセンによるめった打ち。最初こそ驚きの方が先に立った智だったが、ハリセンでぶたれまくったらやっぱり痛い。しかも茉莉花、全力である。
「いでいでいで……いっでーよでかっちょ茉莉花!」
 反射的に叫んだのは、記憶の底に沈められていたパートナーの名。智は目を見開いた。最後のピースがぴたりと填まり、幻の世界が歪み出す。智が本来の姿に戻る。茉莉花の存在が、確かなものとなって立ち現れる。
「まりか? ……あ、いた、みずたまり! どこほっつき歩ってたんだよ」
「ほっつき歩ってたじゃないわよバカー! やっとわかったー!」
 自分に向けられた青の視線が、言葉が、茉莉花の胸に安堵を呼ぶ。
「ほら、敵倒しにいくからトランストランス」
「うう、ぐすっ……五月蠅い、黙れぇ!!」
 ぼろぼろと泣きながら、茉莉花は智の頬へと口づけを零した。崩壊していく世界の中で、泣き声で茉莉花は言う。
「……もうさっさとオーガぶん殴って帰ろう、ね」

●お仕置きの時間です
 『マッチ売りの少女』の世界へと、次々にウィンクルムたちが戻ってくる。オーガが次の行動を起こす間もなくその場には5組全てのウィンクルムが揃ってしまった。
「チィッ!」
 焦りからだろう、『優しい父親役』の仮面が男の――トラオム・オーガの顔から剥がれ落ちる。咄嗟にルルアンを人質にしようとしたオーガだったが、
「! 違う、パパじゃない!」
 叫んだルルアンがオーガの足を踏みつけてその手から逃れた。ウィンクルムたちの方へと走ってきたルルアンをウィンクルムソードを手にしたミルヒヴァイスが優しく背に守り、2人の前にはマジックワンド『ダークアイ』を構えたソレイユが立つ。ワンドの先の猫目石が、オーガを威嚇するように光った。
「変なもの見せやがって! 化けの皮剥いでやる」
 坊主はあっちの娘の相手してこいよ、とハガネがチタンブルーの瞳でオーガを見据え前に出ようとすれば、
「ハガネ! オレのことを置いていかせたりしないからな! トランスだ!」
 とフリオも片手剣を手にその隣に並び立つ。ハガネ、舌を打って年若い相棒へと視線を遣れば、フリオはまだ涙の余韻を残した目で、真っ直ぐに自分を見つめていた。ハガネの唇から、零れ落ちるため息。
「無視が嫌ならあたしを抜かすんだなクソガキ! ……さっさと終わらせよう」
 唱えるは力呼ぶスペル、零すは掠めるような頬への口づけ。オーラを纏ったフリオが、片手剣を構え直す。
「テメー、おれ様の純情コケにしたな?」
 とダブルダガー『ハイ&ロー』を手の中に弄ぶ智も、やる気は十分だ。
「クソ、舐めやがって……!」
 ルルアンの父親の顔のままでオーガがその表情を卑しく歪めるのを、ソレイユが彼女の目から隠す。オーガの頬を、鋭く正確な銃弾が掠めた。
「五月蠅い……黙らせてやる」
 両手銃『リボリングガン』の狙いをオーガにつけたまま冷えたような声で言うロジェ。オーガが顔を引き攣らせるのを余所に、エリーがうふふと笑った。
「トラオム・オーガですか……興味深いですね」
「アヒャヒャ! マッチの分のお返し、させてもらわないとだよねぇ!」
 口元に弧を描いたまま儀式杖『深海の掟』を掲げるエリーの傍らで、ラダも大剣『テーナー』をぶんと振るう。オーガの顔から、色が消えた。

●現実世界への帰還
 ぱちり、ルルアンは自分のベッドの上で目を覚ます。彼女の夢から舞い戻ったウィンクルムたちも、部屋のそこここで身を起こし始めた。
「私……」
「ルルアン!」
 ベッドの上に身体を起こしたルルアンを、彼女の母親が抱き締める。まだどこかぼんやりとしているルルアン。その瞳に、目尻の涙を拭う父親の姿が映った。夢の中での出来事が思い出されたのだろう、その表情が強張る。
「あ……」
 愛らしい唇から漏れ出るのは、震える声。どうしたの? と身を離した母親が心配そうに問うも答えようもなく。そんなルルアンの頭を、ラダがくしゃくしゃと撫でた。
「ルルアン、体調は大丈夫?」
「あ、は、はい」
「よかったぁ。悪い夢はボクたちが倒したからね、もう、怖くないよぉ」
 初対面の時はエリーにすら悪党かと誤解されたラダではあるが、ルルアンは子供らしい聡さと素直さで、彼の温厚な性質を解したようだった。屈託のない笑みに、小さい、けれど確かな微笑みが返る。そんな2人を静かに眺めるエリー。
(ルルアンさんは病弱で、あまり活発に動けないのでしたね)
 非力な自分をもどかしく思うことはないのだろうかと、過ぎった疑問は胸中に仕舞って。
「皆さん……ごめんなさい。私のせいで、皆さんが危ない目に……」
 謝るルルアンの手を、フリオはぎゅっと握った。そうして、ルルアンににっと笑み零す。
「謝らなくていいって! 悪いのは、オーガなんだからさ」
 な? と同年代らしい気安さで明るく言い切るフリオの言葉は、ルルアンの心に届いたようだった。次いでルルアンが溢れさせたのは、恐怖に強張った声でも、苦しい謝罪の言葉でもなく、
「皆さん、本当にありがとう」
 心からの感謝と、花綻ぶような笑み。ミルヒヴァイスがぽん! と手を叩いた。
「めでたしめでたし、ですわね! やっぱり物語の終わりは、ハッピーエンドが一番ですもの」
 そんなミルヒヴァイスを見てソレイユも目元を柔らかくする。マッチに見た淡い夢に、幻の世界での出来事に晴れぬ心を抱く者もいるけれど。夢に囚われた少女を救うという物語は、一筋の曇りもなくハッピーエンドを迎えたのだった。



依頼結果:大成功
MVP
名前:エリー・アッシェン
呼び名:エリー
  名前:ラダ・ブッチャー
呼び名:ラダさん

 

名前:ハガネ
呼び名:オバサン、ハガネ
  名前:フリオ・クルーエル
呼び名:坊主、クソガキ、チビ

 

メモリアルピンナップ


エピソード情報

マスター 巴めろ
エピソードの種類 アドベンチャーエピソード
男性用or女性用 女性のみ
エピソードジャンル 冒険
エピソードタイプ ショート
エピソードモード ノーマル
シンパシー 使用不可
難易度 簡単
参加費 1,000ハートコイン
参加人数 5 / 2 ~ 5
報酬 多い
リリース日 10月06日
出発日 10月17日 00:00
予定納品日 10月27日

参加者

会議室

  • リヴィエラ様はウサレース以来ですわ~♪
    それ以外の方は初めまして!
    ミルヒヴァイス=フォルモンテと申します。
    名前は長いのでどうぞミルヒとお呼び下さいな♪
    パートナーはライフビショップのソレイユ様ですわ!
    どうぞ皆様宜しくお願い致します♪

    マッチは、私が受け取りましたわ!(どやぁっ
    だって、ちょっと怪しかったんですもの。
    ソレイユ様は戦う時の為に素面であって頂かないと…!

  • [4]ハガネ

    2014/10/09-22:59 

    フリオ「こんにちは!みんな初めましてだね!
    オレはフリオ!ロイヤルナイトやってるんだ
    こっちは相棒のハガネ

    よろしくお願いします!

    オレがルルアンちゃんからマッチ受け取ろうとしたら横から取られたから、ハガネの夢?願望?を見ることになりそうだよ

  • [3]エリー・アッシェン

    2014/10/09-19:19 

    エリー・アッシェンと申します。
    パートナーの精霊はシンクロサモナーのラダさんです。

    マッチは私が受け取りました。
    うふふ……。なんだかとっても楽しい気分です!!

  • [2]水田 茉莉花

    2014/10/09-18:26 

    はじめましての方もお久しぶりの方も、よろしくお願いします!
    あたしは水田茉莉花、パートナーはほづみさんです。

    ・・・ウチは、ほづみさんがマッチを貰っちゃったみたい。
    どんな夢を見てるのか、気になるけど(ため息)

  • [1]リヴィエラ

    2014/10/09-10:08 

    ロジェ:
    俺の名はロジェ。パートナーはリヴィエラと言う。
    皆、今回の依頼ではどうか宜しく頼む(頭を下げつつ)

    俺達の方では、リヴィエラがマッチを受け取ってしまったようだ。
    何とか現実の世界に戻らなければいけないな。


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