貴方達に贈る夜想曲(こーや マスター) 【難易度:簡単】

プロローグ

●招待状
 受付娘は少し緊張していた。
理由は彼女の目の前にすわる男。
 仕立ての良さそうな、ほんのりと光沢のある黒いスーツにダークグレーのネクタイ。
年頃は六十代半ばといったところか。
一目見るだけでも分かる品の良さは、男が富裕層の人間だと示しているようなもの。
何か粗相があってはいけないと、受付娘が構えてしまったのも仕方がないだろう。

 そんな彼女を落ち着かせるためか、男は柔らかな笑みを浮かべ、革の鞄から五通の封筒を取り出した。
「突然で申し訳ありません。このタブロス市内にあります『ノクターン』というレストランを経営しております、クロードと申します。ウィンクルムの皆さんを当店にご招待したく思い、伺った次第です」
「ウィンクルムを、ですか?」
「はい。話せば長くなるのですが、先月より当店で歌うようになりました歌姫が……失礼、歌手がおりまして。
彼女の歌は評判が良く、お陰で随分お客様が増えました」
「そんなにも歌が上手な方なんですか?」
「ええ、私を含めた店の者だけでなく、お客様からも歌姫と呼ばれる程です。その彼女が、ウィンクルムの皆さんを店に招待したいと」
 受付娘は目を丸くした。
クロードの身なりからしても、話の内容からしても店はかなりの高級店だろう。
そこがウィンクルムの招待とは!
「歌姫さんはどうしてウィンクルムを?」
「さあ……詳しくは答えてくれませんでしたので。元より、口数が少ない人なのです」
 実はと、クロードが声を潜めて僅かに身を乗り出す。
釣られるようにして受付娘もクロードに倣う。
「彼女の引き抜きの話が絶えないのです。長く彼女にいてもらう為に、ここで要望を聞いておきたいと思いまして。
ですので、私共を助けると思って御来店いただければ幸いです。招待人数が多いので、皆様を無料でご招待という訳にはいきませんが」
 茶目っ気たっぷりの表情と口調は、受付娘の笑みを誘う。
理由の一つではあるのだろうが、出来るだけ歌姫の願いに応えたい彼なりの気遣いの表れだろう。
「分かりました。それではウィンクルムに案内を出しておきますね」
「はい、お願いいたします」
 しゃんと伸ばした背筋のままクロードは頭を下げた。
受付娘も同じように頭を下げてから、歌姫の名を聞いていないことに思い至った。
 立ち上がって身支度を整えるクロードに、受付娘は問い掛ける。
クロードは朗らかな笑みと共に歌姫の名を紡ぎだした。

「シレーヌと言います。綺麗な青い瞳の女性ですよ」

解説

●参加費
二人合わせて合計500jr
『ノクターン』での食事代の他に、正装の為の貸衣装代も含まれています

精霊さんはスーツとなりますが、神人さんはどういうドレスにするかもお選びください
お任せの場合は『アクションプランの頭』に『衣:任』と記述ください

●食事
コース形式となります
・オードブル
・スープとパン
・魚料理
・口直しのシャーベット
・肉料理
・デザート

成人はワイン、未成年はぶどうジュースがつきます
ワインが駄目な方はぶどうジュースに変更することもできます

●シレーヌ
「【夏の思い出】貴方の為に歌う小夜曲」に登場した、セイレーン岬のシレーヌです
彼女がタブロスにいるのはプロローグ及び解説では秘密です
本人に聞けば答えてくれるかもしれませんし、答えてくれないかもしれません
シレーヌについては触れなくともなんら問題ありません
彼女はウィンクルムを招待できればそれで満足で、話す必要性を感じていませんので

なお、当日はシレーヌが歌っております
それとなく合図をすると歌い終わった後、テーブルへ挨拶に伺います

●プラン
綺麗な服を着ての食事を純粋に楽しむもよし
歌を楽しむもよし
二人の何かしらの切欠にするもよし
シレーヌを気にするもよし

何か一つを重視して、そこから肉付けしていく形で書かれることをお勧めします

ゲームマスターより

おなかすいた

リザルトノベル

◆アクション・プラン

ハロルド(ディエゴ・ルナ・クィンテロ)

  衣:任

食事中のこと
ディエゴさんからシルバーのブレスレットをプレゼントされた
元は何も装飾のないシンプルなものらしいけど、私に合うようにお店で青いジュエルの装飾をつけて貰ったみたい

ディエゴさんはブレスレットの話をし始めた
これは彼がまだ小学生の頃にお小遣いを貯めて買ったもので、その時の彼は曰く小柄で気弱だった…って

お父さんも軍人で、そんな彼を心配して部下に武道の手ほどきを頼んだんだって
厳しい人だけど、先生のおかげで今の彼がいて…とても感謝してるみたい…そして、そんな時に…

(…前のお祭りの時もそう
言いにくいだろう事を私に話してくれる
だけど私はどうだろう?
記憶を取り戻したのに、怖くてまだ話せないでいる)



八神 伊万里(アスカ・ベルウィレッジ)
  衣:薄紫色のイブニングドレス

歌の邪魔をしないように携帯の電源は切っておく
ストラップがないので少し使いづらい

静かに歌と料理を楽しむ
シレーヌさんの事情はよく知らないけど、挨拶して素敵な時間にお礼を言う

私も契約のことを思い出した
あの時は「運命を受け入れよう」と思って契約したけど今は少し違う
今まで色んなことがあったよね
それを運命の一言で片づけてしまうのは乱暴じゃないかって
それに、人形に攫われた時に思ったの
運命は自分で切り拓くものだって
それで、スペル変更を考え中なの

手に何か小さい感触
これ…私のストラップ?
拾ってくれてたんだ…凄く嬉しい
大切な宝物だから
ありがとう、アスカ君
私…これからもアスカ君の隣に居たい



楓乃(ウォルフ)
  衣:任

ウォルフと一緒にこうゆう所に来るのはギルティ戦後の立食パーティぶりね。
着替えも済んだしウォルフと合流しよっと。

(ウェイター姿はよく見るけどスーツ姿はまた違うのね…///)
あ、ううん。何でもないの。
…折角なんだもの。こうゆう時くらい腕組んでもいいわよ、ね?

とっても美味しい!ウォルフ料理得意だし味覚えて作れない?
あら?この歌声…。
心の奥がふんわり暖かくなるような…。素敵な声。
何だか昔のこと思い出しちゃうな。

(どうしてあの人は離れて行っちゃったんだろう)

あ…やだ。こんなに楽しいのに…。勝手に涙が。

え?歌姫さん?泣かないでって…?
…不思議。彼女を見てると自然と落ち着いてくる。
お話、聞きたいな。



ミオン・キャロル(アルヴィン・ブラッドロー)
  衣:任/豆腐
歌姫…シレーヌ?…まさかね

歌がじんわりと心に染み込む
目が合ったら吃驚して会釈

最初は姿が見れたらと思ってたけど
…嬉しいのかも
神人になって悪い事ばかりじゃないのね
…別に

お久し…ぶり、驚いたわ

あの岬、オーガ退治の依頼でまた行ったわ
帰りに歌が聞こえた…気がしたの
皆、ちゃんと無事に帰ってきたわよ(にっこり

ええっと…首都に居るのなら
…また来たい…わ
貴女の歌…聞きたいの、道標に
あぁごめんなさい、何でもないわ
握手を求める

…何?
何故?止まっても振り返っても何も変わらない
他に道がないなら前に進むしかないじゃない!

多分、意味があることなのよ(自身に言いきかせ
ぎゅっと右手で紋章を握りしめる



シャルル・アンデルセン(ノグリエ・オルト)
  衣:任
あの…このような所に連れてきていただいてよかったのでしょうか?なんだか私場違いな気がして。
もちろんノグリエさんは大人だからすごく似合っています。
他の女性とのお付き合い、ですか?
(あれ、なんだかちょっともやっとしちゃうな)

ノクターン。「夜想曲」でしたね。
そんな名前に似合う素敵なレストランです。
少し緊張しちゃいますが。

…歌ってる方、とてもお上手ですね。すごく綺麗でなんだか…なんだか。悲しく?なってきます。
あ、あれ、なんで悲しくなるんだろう。
素敵な歌なのに泣いたりしちゃだめ。
「歌」を聞くとすごく心がざわざわするんです。
何故だかわかりません…悲しくて。
これは私の記憶に関係しているんでしょうか…。


 『夜想曲』の店内は、店の格に相応しい落ち着きのある賑わいを見せていた。
どの客も静かに雰囲気を楽しんでいる。
 かといって会話が無い訳では勿論無い。
蝋燭を一本一本灯すように、常よりも言葉を吟味し味わっているだけ。
 クロードは優雅な動きで君達をテーブルへと案内する。
パートナーをエスコートしながら、君は何気なく彼女の日常とは違うその姿に笑みを浮かべる。
案内されたのはピアノに近いテーブル。
パートナーをクロードが引いた椅子に座らせてから、君自身も腰掛けた。


●第1番
 濃いグリーンのドレスが店内の照明を受けて緩く煌いた。
ビスチェ状のデザインの上半身に、黒色のオーガンジー・ショールを羽織っている。
 ハロルドが貸し衣装の店員に任せた際に、パートナーとの調和も大事だからとディエゴ・ルナ・クィンテロと合わせた色合いの衣装が用意されたのだ。
そのディエゴも上質な濃紺のダークスーツに青いボウタイで装っている。
軍人らしいぴしりと伸びた姿勢によって、スーツがよく映える。
 二人が席についてナプキンを広げると、給仕が飲み物を注ぎにやって来た。
ディエゴには赤ワインを、ハロルドには葡萄ジュース。
少し色合いの違う濃い赤の液体がそれぞれのグラスに収まった。
 ディエゴが包装されていない小さな箱を差し出す。
少し不思議そうに首を傾げたハロルドへ、「開けてみろ」と促した。
 開いてみると、中からは銀色に輝くブレスレットが姿を見せた。
深く澄んだ青い石を抱いたそれを、ハロルドは慎重な手つきで持ち上げる。
「これは……?」
「お前にやる。子供の頃に小遣いを貯めて買ったものだ」
 前菜が運ばれて来た為、一度話を区切る。
二人の前に置かれたのは、コンソメのジュレやパセリで飾られた鴨のテリーヌ。
 給仕が離れてからディエゴはワインで口を湿らせた。
花のように芳醇な香りが口内を満たす。
「子供の頃の俺は小柄で気弱だった。そんな俺を心配した父親が、自分の部下に武道の手ほどきを頼んだ。
それが先生だった。厳しい人だったが、先生のお陰で今の俺がいる。感謝してもしきれない」
 口を動かしながらもディエゴはナイフとフォークを動かす。
ハロルドも、ディエゴの話に耳を傾けながら料理を口へ運ぶ。
 鴨特有のあっさりした味にジュレが合わさって、小さく美味しいと零せば、ディエゴが同意するように緩く笑む。
「そんな折に、先生が戦地に向かうことになった。俺はお守りにとブレスレットを贈った……お守りが効いたのかどうか……先生は傷だらけで帰ってきた。が、ブレスレットだけは綺麗なままで戻ってきた」
 語る内容の物々しさとは逆に、ディエゴの表情は穏やかなものだ。
懐かしむような眼差しには『先生』への尊敬の色が湛えられている。
「先生は……銃創の中にブレスレットをねじ込んで最後まで戦い抜いたんだそうだ。俺は……国もそうだが、子供の心すら裏切らない美徳に感銘を受けた」
 ディエゴは空いた皿の上にナイフとフォークを置いた。
すでにハロルドの皿も同じように、ナイフとフォークが斜めに置かれている。
少し間を置いてからすぐに給仕が皿を下げて行った。
「最も尊い徳は「忠義」だと今でも思う。馬鹿な事をして、その事も生きていく気持ちも捨てかけてたが
……お前と出会って変わった」
 ディエゴは再びワインに口をつけた。
テーブルに置いたグラスの中で、赤いワインが揺れている。
「だから、その忠義の証をお前にやる」
 真っ直ぐに金の瞳がハロルドを見つめる。
自然とハロルドの目に涙がこみ上げてくる。
ぎゅっと、ハロルドはテーブルの下でナプキンを握り締めて堪えようとしたが……駄目だった。
 前の祭の時もそうだった。
鳴らぬ風鈴を切欠に、ディエゴは話しづらいであろう自身の過去を語ってくれた。
それなのに、自分はどうだろう?
馬上で『見て』、記憶を取り戻したというのに怖くてディエゴに話せないでいる。
ぽろぽろと涙を零すハロルドに、ディエゴは驚いたように声を掛ける。
「どうして泣いている?」
「……嬉しくて」
「あ、ああ……嬉しいのか、そうか……」
 ハロルドは誤魔化す為に笑って嘘を吐いた。本当のことを、少なくとも今は知られたくない。
けれど、流れる涙は止められない。
「着けてやるから泣き止め」
 そのディエゴの優しさがハロルドには痛かった。
涙が一滴、頬を伝って落ちると、腕を飾った青い石が鈍く光った。



●第2番
 濃い赤の刺繍がアクセントとなっている、淡いブルーのドレスを着たシャルル・アンデルセンは居心地悪そうにノグリエ・オルトへ話しかける。
慣れない場所に緊張しているのだ。
「あの……このような所に連れて来て頂いて良かったのでしょうか?なんだか私、場違いな気がして……」
「いいんですよ。シャルルに元気になってもらおうと思ってのことですし、折角の招待なんですから」
 赤いボウタイに、シャルルのドレスと同じ色のチーフを差し込んだダークスーツのノグリエはとても場に馴染んで見える。
緊張しきったシャルルはまるで正反対。
「ボクも気の利かない男ですね……食事に誘うことくらいしか浮かばなかったんですよ。
今まではそれを当たり前のように気取る女性としか、こういった所には来たことがありませんでしたから」
 ノグリエが持ち上げたグラスの中で、ワインが揺れる。
すると匂い立つ、芳醇な薫り。
「他の女性とのお付き合い、ですか?」
 少し気になったようにシャルルが首を傾げる。
その様子を見て、ノグリエは苦く笑った。
気にはなったようだが嫉妬にはまだ遠いようだ。
少し残念に思いながらもワインを味わう。

「『ノクターン』……夜想曲でしたね。そんな名前に似合う、素敵なレストランですね。少し緊張しちゃいますが」
 運ばれてきたばかりの、綺麗に盛り付けられた白身魚のポワレを前にシャルルは言う。
未だ緊張は解れていないが、楽しむだけの余裕は生まれてきたからかその顔には笑みが浮かんでいる。
 落ち着いた雰囲気の店内に料理。そして、響き始めた歌声。
「食事も美味しいし、あの女性の歌も素敵ですね。……シャルル、泣いているんですか?」
 そう、シャルルは泣いていた。
歌姫の巧みな歌声は、高く、低く、自在に響いて綺麗だと思うのに。
どうしてか悲しくなってくる。涙が溢れてくる。
涙に濡れたシャルルの金の瞳が揺れる。
 シャルルは慌てて銀食器を皿に置いて、涙を拭う。
拭った涙はナプキンに小さな染みを作り、徐々に広がっていく。
「あ、あれ、なんで悲しくなるんだろう……。素敵な歌なのに、泣いたりしちゃだめ」
 シャルルは自身に言い聞かせるように呟くも、止められない。
『歌』を聞くと心が嵐の海のようにざわめく。何故かは分からないけれど、悲しくて仕方がない。
 覚えていない、自分の過去が関係しているのかもしれない。
そう思い始めたシャルルに、ノグリエがハンカチを差し出す。
「悲恋の歌でしょうか。彼女の歌がシャルルに届いたのかもしれませんね」
 ノグリエはあえて見当違いのことを口にした。
『歌』がシャルルにとって悲しいものだと知っていたから。そして今はまだ、シャルルに過去を話してやれる勇気がないから。
この店は『歌』がある店だと知っていたのに連れてきてしまったのは、失敗だったかもしれない。
 それでもノグリエは思う。
シャルルを捕らえる枷はもうない、自由なのだと。



●第3番
 楓乃は落ち着いたオレンジ色で鈴のようなシルエットのドレス。ウォルフはダークスーツにオレンジのアスコットタイを締めている。
可憐な印象の楓乃に対して、ウォルフはフォーマルながらも若干砕けた印象だ。
 二人でこういった所に来るのはギルティ戦後の立食パーティ以来。
スーツを着ての食事は堅苦しくて仕方がないが、それで楓乃が喜ぶならいいか……などと考えてから感覚が麻痺してきたのではないかとウォルフは自問自答してしまったり。

「へー。上手く化けたじゃん。馬子にも衣装ってやつか?へへっ」
 ウォルフの照れ隠しが混ざった軽口に、楓乃は答えない。
見慣れたウェイター姿とは違いスーツ姿の彼は新鮮で、どうしようもなくどぎまぎしてしまっているのだ。
「っと、どうした?ぼーっとして。いつもなら言い返してくんのに」
「あ、ううん。何でもないの。……折角なんだもの。こういう時くらい腕組んでもいいわよ、ね?」
 おずおずと楓乃はウォルフの腕に手を伸ばす。
ウォルフはたじろぐが――
「は?腕って…。ま、まぁ…別にいーけどよ」
 結局は楓乃の要望を聞き入れてやる。
正式な場ではパートナーをエスコートするのも男性の大事な勤めだ。
あんまりくっつくんじゃねーよ、そう言う彼は間違いなく照れていた。

「どんどん持って来~い!へへっ!」
「とっても美味しい!」
 味わったテリーヌの美味さに、笑うウォルフと楓乃。
がっつく訳ではないが、自然と口と皿を往復するフォークの動きは早くなる。
「この店結構有名らしくてさ。さすがにどれも美味いな!」
「ウォルフ料理得意だし味覚えて作れない?」
「お前な……。ここでちゃんと味わっとけよな」
 楓乃は名案とばかりに口にしたが、ウォルフはゲンナリとした表情。
彼の腕前も中々のものだが、流石に高級レストランの味を真似るのは今の彼には難しい。
何よりもこういった店は雰囲気も含めた上での食事が前提だ。
 楓乃は残念そうではあるものの、ウォルフの助言通りにここでの食事を堪能することにした。
テリーヌを食べた後にスープとパン、そして魚料理が運ばれて来た頃に歌が流れ出した。
歌と料理、二人の会話を堪能しながら肉料理を食べ終えようとした時だった。
「あら?この歌声……綺麗な声ね」
「ん?確かにいい声してんな。不思議な感じがするぜ」
 随分と小さくなった牛フィレ肉のグリエを切り分けようとしていた手を止め、楓乃はピアノのある方へと目を移す。
緩く金の髪を纏め、ほっそりしたドレスに身を包んだ歌姫――シレーヌが、ピアノの音色を糧に歌っている。
甘く、夢見るように紡ぎ出される旋律の温かさには、楓乃に遠い日の事を思い出させた。
 そのせいか、口へと運んだ肉の最後の一切れは運ばれてきた時よりも冷めてしまっているのに、どうしてか温かく感じる。
かつて自分に世界を教えてくれ、そして、恋した人。
 どうしてあの人は離れて行っちゃったんだろう――
一滴、また一滴と楓乃の頬を涙が伝う。
「ってオイ、何で泣いて……ったく仕方ねぇな……。ホラ、隠しててやっから」
 ウォルフは立ちあがり、隠すように楓乃の横に立つ。
マナーに反するかもしれないが、パートナーの泣き顔を隠す為であればそれを咎める者などいるはずもない。
「鼻、出てんぞ。歌姫に笑われるぜ?」
 ウォルフが差し出したハンカチを受け取り涙を拭うも、零れ落ちる楓乃の涙は止まらない。
そこへすっと、音も無くシレーヌが歩み寄ってきた。
「……泣かないで」
「え……?」
 歌っていた時とは違い、細く小さな声だがそれは確かに楓乃に届いた。
驚いた楓乃がぱっと顔を上げる。
「大丈夫、彼が、いる。だから、泣かないで」
 一句一句区切るような言葉とシレーヌの姿に、楓乃は自然と落ち着いてくる。
楓乃と同じようにウォルフも不思議そうにシレーヌを見ている。
どうしてか、楓乃はシレーヌと話をしたくなった。
「お話、聞きたいな」
 けれどシレーヌは少し困ったように笑った……ようにウォルフには見えた。
「また、今度。あなたの、今日は、彼との時間、だから」
 そう言って二人に会釈をしてシレーヌは別のテーブルへと歩いていった。
そうだ、今日はちゃんとウォルフとの食事を楽しむんだと楓乃は思いなおす。
「いきなり泣いちゃってごめんね。もう大丈夫。デザート、楽しみだね」
 楓乃が再び笑みを浮かべたことにウォルフはほっとして席に戻る。
楽しみだなと笑顔で返事をしながらも、彼女の涙が忘れられなかった。


●第4番
 空になった肉料理の皿が下げられると、歌い終えたシレーヌに八神 伊万里はそれとなく合図をした。
彼女は途中で別のテーブルに立ち寄ってから、こちらのテーブルへとやって来た。
「素敵な時間をありがとうございます」
 そう言って伊万里が頭を下げると、アスカ・ベルウィレッジもそれに倣う。
が、アスカは頭を下げた際に襟元が喉元に当たってしまい、少し眉を顰める。
正装ということでブラックスーツを着たが、襟元が苦しくて仕方がない。
それも我慢してはいるのだが。
「そう言って、もらえたなら、何より」
 うっすらと笑みを浮かべてシレーヌは答えると、伊万里は挨拶をしたかっただけだと察したのか、一礼してすぐに別のテーブルへと去って行った。
アスカはその背を見送りながら思う。
シレーヌは確かに美人だとは思うが、薄い紫のドレスを着た伊万里の方が魅力的だ。
 そんなアスカを尻目に、伊万里は自身の携帯を確認した。
店へ入る前に切ったものの、念の為に歌が始まった頃に電源が切れているか確認したのだが、愛用のストラップがないせいか、どうにも不安なのだ。
 確認を終えた伊万里が顔を上げると、懐かしむようにアスカが口にした。
「こんな格好でレストランなんて、伊万里と初めて会った時を思い出すな」
「あの時は振袖だったっけ」
 伊万里がくすっと笑うと、アスカの鼓動が跳ねる。
同じように正装の振袖姿を見てもあの時はなんとも思わなかった。けれど、今は違う。
可愛くて他の奴に見せたくないとすら思える。その意味を、アスカは知っている。
「アスカ君?」
「いや、なんでもない」
 誤魔化しながらもアスカはポケットの中にある、黒猫のストラップを握り締める。
以前、伊万里が攫われた時に落としたものだ。
「私も契約のことを思い出した。あの時は「運命を受け入れよう」と思って契約したけど、今は少し違う。今まで色んなことがあったよね。
その全部を、運命の一言で片づけてしまうのは乱暴じゃないかって、思うようになったの」
 言いながら、運ばれて来たデザートを慎重に伊万里は切り分ける。
バニラアイスが添えられたいちじくのコンポートが滑りやすいのだ。
「それに、人形に攫われた時に思ったの。運命は自分で切り拓くものだって。それで、スペルの変更を考え中なの」
 食器の音を立てないようにと、緊張しながらいちじくを切り分けていたアスカは手を止めた。
ポケットに手を入れ、黒猫のストラップを握り締める。
「伊万里、手ぇ出せ」
 不思議そうに伊万里は首を傾げるも、聞き返すことなくアスカに従って手を伸ばす。
その手に、アスカはそっとストラップを握らせた。
「前に落としてたろ。今まで返すタイミング掴めなくて」
 ゆっくり開いた手の中に見慣れた、少しの間、離れ離れになっていた黒猫。
伊万里の瞳が輝いた。
「拾ってくれてたんだ……凄く嬉しい。大切な宝物だから……。ありがとう、アスカ君」
 帰ってきた黒猫をぎゅっと胸元で抱きしめながら、これからもアスカの隣にいたいと伊万里は思う。
そんな伊万里を見て、アスカは自身の気持ちを確信した。
 一瞬触れた暖かな伊万里の手。その温もりを失いたくない、離したくないのだと。
今はまだ、言えそうも無いけれど。
いつかは、きっと。


●第5番
 歌姫の名前を聞いた時は、違うと思った。まさかと思った。
けれど姿を見せた歌姫は、かつて言葉を交わしたその人だった。
 歌うシレーヌと、ミオン・キャロルの瞳が交錯する。
ふっと微笑んだように見えたシレーヌに驚きながらもミオンは会釈を返した。
 ゆったりとした曲調の歌が店内を満たす。
歌は赤い炎のような色の、アメリカンスリーブのドレスに身を包んだミオンにもじんわりとしみこんでいく。
 初めての高級店にやや緊張していたミオンの様子が変わったことにアルヴィン・ブラッドローは気付いた。
赤いアスコットタイを巻き、ダークスーツを着たアルヴィンもこういった店の経験はないが彼女ほど緊張はしていなかった。
 その余裕ゆえか、ミオンの黒い瞳が潤んでいることにも気付いた。
「どうかしたか?」
「……最初は姿が見れたらと思ってたけど……嬉しいのかもしれない」
 レモンのシャーベットを救い上げながら、ぽつりとミオンは答えた。
「神人になるって、悪い事ばかりじゃないのね。私の言葉、覚えててくれたのかしら」
 そうであって欲しいといわんばかりにミオンの頬が緩んでいる。
アルヴィンはそんなミオンに、少しからかうように言葉を投げた。
「酔っているのか?いつもより饒舌だな」
「……別に」
 赤く染まって見える頬は、ワインと歌、どちらの影響だろうか。
むっと拗ねたようなミオンを他所に、アルヴィンは給仕を呼び、歌い終わったら歌姫と話したいと伝えた。
 シレーヌに自分達が良い影響を与えていたなら……それによって彼女がタブロスに来たのなら。
そうであれば、剣を取って血に染まっていく自分を嫌悪するミオンが先に進める理由になるから。


 他のテーブルの前で何度か立ち止まった後、シレーヌはゆったりとした動きで真っ直ぐにミオン達のテーブルを訪れた。
一瞬、言葉に詰まったミオンをアルヴィンが促す。
するとミオンはつっかえながらもシレーヌに声を掛ける。
「お久し……ぶり、驚いたわ……」
「お久しぶり。来てくれて、嬉しい」
 一句一句、区切りながらではあるものの以前よりもしっかり話しているシレーヌにミオンはほっとした。
「あれから、あの岬、オーガ退治の依頼でまた行ったわ。帰りに歌が聞こえた……気がしたの。
皆、ちゃんと無事に帰ってきたわよ」
 にっこりと笑って見せたミオンに、シレーヌも薄い笑みを返す。
嬉しいと言いたいように、二人には見えた。
「会えて嬉しいよ、故郷を出たのか?」
「うん。もう、いられないから」
「え?」
 アルヴィンの問いへのシレーヌの返事に、ミオンは驚いたように声を上げた。
シレーヌは、困ったように、悲しげに笑った。
「船が、沈んだから。もう、おじさんたちに、庇ってもらう訳には、いかなかったから」
 呆然としたミオンに対し、アルヴィンは苦虫を噛み潰す。
そう――彼らが受けた依頼で、船は沈んでいた。
これ以上自分を庇えば村長の立場が危うくなると、シレーヌは分かってしまったのだろう。
「もう、夢は、叶わないけど。でも、ここなら、皆が歌を、聞いてくれる。だから、私は、頑張れる」
 シレーヌはゆっくりと、壊れ物に触れるようにミオンの手を取る。
座ったままのミオンがシレーヌを見上げれば、彼女の表情がとても穏やかなものに見えた。
「ありがとう。歌を、聞かせてって、言ってくれたから。まだ、私は、歌えるの」
「………首都に居るのなら……また来たい……わ。貴女の歌……聞きたいの、道標に」
 ミオンの言葉にシレーヌは笑みを浮かべた。
儚げな花のように、笑った。
「喜んで」

 シレーヌが立ち去ってから沈痛な面持ちでミオンは黙り込んだ。
そんなミオンに、アルヴィンは言葉の矢を放つ。
「戦うのが嫌なら依頼を受けなければいい」
「何故?止まっても振り返っても何も変わらない。他に道がないなら前に進むしかないじゃない!」
 小さな声ではあるものの、ミオンは叫んだ。
意味があることなのだと、己の左手の甲に浮かぶ紋章を握り締める。
「望みのままに……無理はするなよ?」
 アルヴィンは立ち上がり、ミオンへ手を差し伸べた。
これからも共に歩く、パートナーの為に――



依頼結果:成功
MVP
名前:楓乃
呼び名:楓乃、バカ楓乃
  名前:ウォルフ
呼び名:ウォルフ

 

メモリアルピンナップ


エピソード情報

マスター こーや
エピソードの種類 ハピネスエピソード
男性用or女性用 女性のみ
エピソードジャンル ロマンス
エピソードタイプ ショート
エピソードモード ノーマル
シンパシー 使用不可
難易度 簡単
参加費 1,000ハートコイン
参加人数 5 / 2 ~ 5
報酬 なし
リリース日 09月27日
出発日 10月03日 00:00
予定納品日 10月13日

参加者

会議室

  • [5]ミオン・キャロル

    2014/10/01-09:34 

    よろしくお願いします、ミオンです。

    スタンプの発注を真剣に考えてしまったわ…
    挨拶スタンプ良いわね

  • [4]楓乃

    2014/09/30-21:45 

    スタンプ可愛らしいですねぇ~和みます(ほわわ~)
    みなさんよろしくお願いします~。

  • [3]八神 伊万里

    2014/09/30-13:24 

    いいなあ…(スタンプを羨ましそうに見ている)
    あ、それはともかく。
    みなさん、よろしくお願いしますね。

  • [1]ハロルド

    2014/09/30-01:13 


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