【月見・ラパン】想いの笛、空泳ぐ銀鱗(柚烏 マスター) 【難易度:普通】

プロローグ

 星々が瞬く空の下、その湖面は静かに澄み渡っていた。まるで鏡のように空を映しだし――手を伸ばせば、星の欠片を掴みとってしまえそうな程に。
 ――と、その時。しぃんと静まり返った湖に、不意に澄み渡る笛の音が響いた。
 まるで、誰かを呼ぶように。おいで、おいでと手招くように。その音色はそよ風が歌うようでもいて、或いは未だ見知らぬ誰かに向けて、焦がれるような囁きにも似ていた。
 そして、その笛の音に呼ばれたかのように――湖面が震え、波打ち。綺麗な水飛沫を上げて、銀色の魚が次々に姿を現した。
 美しき夜の光に照らされる鱗は、まるで月と星の煌めきを宿したかのような白銀。更に珍しいことに、そのヒレは優美な羽となっていた。
 羽持つ魚たちは、笛に誘われてゆらり、ゆらりと空を舞う。それぞれに群れを作り、愛おしそうに身をくゆらせながら。
 ――ああ、と。笛の音を耳にしていた誰かは思う。
 この音色は、きっとこの魚たちの鳴き声なのだと。

 つきうさ農区で農業に携わるラビットが、狩猟の手伝いをして欲しいと依頼にやって来た。
 銀鱗の湖、と呼ばれる湖で、魚を採って来て欲しいのだと彼は言う。
「その魚はソラトビウオって言うのさ。ちょっと変わった魚なんだけどね、収穫祭で纏まった数が必要になって」
 その魚は夜行性で、普段は湖の中に棲んでいるのだが、夜になれば羽をはばたかせて空を舞うのだそうだ。湖に居る時は、深い深い場所に潜っている為に捕まえる事が出来ず、夜になって空を飛ぶ時に捕まえる他ない、と言うのが彼の弁なのだが。
「奴らを捕まえるにはちょっとしたコツがある。魚笛、というのを使うんだ。ソラトビウオたちは、この笛の音が好きなんだよ。想いをこめて吹けば、魚たちは応えてくれる」
 しかし、とラビットの青年は顔を曇らせる。このソラトビウオは、どうやら純粋な想い――とりわけ、誰かの事を想って奏でる笛でないと操れないというのだ。
 そこで、ウィンクルム達の出番という訳だ。互いの事を思いやれる、彼らの強い絆があればソラトビウオは応えてくれるのではないかと言って、青年は瞳を輝かせた。
「どうかお願いするよ、ソラトビウオたちを捕まえて来て欲しいんだ。夜空に舞う魚たちの姿はとても綺麗だから……素敵な時間を過ごせる、とも思うんだけどね?」
 想いに応えるように、魚たちは空を泳ぐ。彼らの姿を眺めながら、静かな湖で共に過ごすのも、月での良き思い出となるかもしれない。

 ――あのひとの事を想って、湖を渡る笛の音。
 その音色が、どうか魚たちに届きますように。

解説

●目的
ソラトビウオの収穫。ついでに湖で寛いでいきましょう。

●ソラトビウオ
つきうさ農区にある、銀鱗の湖に生息する魚。夜行性で、夜になると羽を使って空を泳ぐ。なかなか捕まえる事の難しい魚だが、魚笛の音色である程度自由に操れる。けっこう美味。

●魚笛
ソラトビウオを操る事の出来る笛。不思議な音色を奏でる。しかし、誰かの事を想うような純粋な想いをこめないと上手く操れないと言われる。貴重な笛なので貸し出しとなります。

●その他
時刻は夜、魚笛を持って銀鱗の湖に着いた地点からスタートします。笛を吹くのはふたり一緒。どんな事を想い、笛を吹くのか。パートナーに対する心情なども交えて下さればと思います。どんな風にソラトビウオを操りたいかもあれば、教えてください(心情が素晴らしければ、結構思った通りに動いてくれます)
※ちなみに、魚笛のレンタル料+寄付、という事で300ジェール消費します。

ゲームマスターより

 柚烏と申します。少し変わったルーメンでの漁のお誘いです。
 静かな湖で、ソラトビウオと戯れて。大切なパートナーを想って魚笛を吹く、心情重視の物語になりそうです。
 勿論、魚たちと一緒に賑やかに過ごすのもありです。皆様の思い出を彩れますよう、精一杯頑張りたいと思います。

リザルトノベル

◆アクション・プラン

リチェルカーレ(シリウス)

  一面の星空に わぁ、と一声漏らして
あまりにも子供っぽいかしら シリウスを伺う
肩をすくめる彼の横顔に ちらりと笑みが浮かんだのを見つけ恥ずかしさに 頬を赤らめて
だけどほんの少し 彼が見せてくれる表情の変化が嬉しい
心があったかくなるような くすぐったいようなこの気持ちは どんな音になるのかしら

想いを込めるのだと そう言われたのを思い出す
兄のようで 保護者のようで
でもそれだけじゃない
大切な…私の パートナー
今は 護ってもらうばかりだけれど
いつかそうじゃない私になるから 待っていて
そんな気持ちをこめて

響くのは高く遠く澄んだ音
旋律は穏やかに柔らかに

魚たちは 円に舞う
並び立つ彼を見上げ 笑みを



アリシエンテ(エスト)
  誰かを思い描く…?
そんな明確なビジョン持ち合わせていたかしら?
まあ、最初だもの気ままに吹いてみても良いわよねっ。
(エストならば何を吹いても合わせてくれる事を疑わない)
あ、あら…?上手く綺麗な音が出な…それどころか、ソラトビウオが一匹も跳ねない!

これは…。
…仕方ないわね(小さく観念したようにため息を一つ。背筋を伸ばし、瞳を閉じて笛の持ち方を少し変え
今まで合わせてくれていたエストの音に、少ない音量から確かめ、重ね合わせるように吹き始める)

おまえたち、どうせ食べられてしまうのでしょう?
ならば、最後に想い一つ聴いていきなさい

…情けなきかな主失格の、執事を想う愚かな想いを

想いの形、その姿で見せてもらうわ



月野 輝(アルベルト)
  上手く吹ければソラトビウオのダンスとか見れるのかしら
ふふ、楽しみね

■思う事
最初は無理矢理お爺ちゃん達の事考えてたの
アルの事考えて吹いたら思ってる事がバレそうで
でも結局、いつの間にかアルの事考えてたわ

初めて会った時、いい人そうだと思ったの
すぐにそれが勘違いだったって判って
笑顔の裏にも言葉にもいつもからかいの色が入ってて

でも…からかってはくるけどバカにされた事は一度もない、のよね
大切にされてる、そんな気がしてきて、この頃はいつも気が付くと目で追ってる
この気持ちって……
(魚がハート形を空中に描いたのを見て大慌て
え、ち、違っ


アルが眼鏡してないの初めて見るわ
この顔…誰かに似てる…まさか?
(笛の音が乱れる


テレーズ(山吹)
  楽器は得意ではないですが頑張りますね
気持ちが大事なら私と山吹さんでは何の問題もないはずです!

山吹さんといえば優しい人の一言に尽きますね
思いやりに溢れたとても素敵な人です

でもたまには自分を優先したり、怒ってもいいんですよ
あ、でも昔好奇心からわざと迷子になった時は怒られましたね、すごい淡々と
あの時は正直やばいと…
あ、この流れはまずいですね!
修正修正と

いつも笑顔で、誰かのためにと
時々寂しかったりもしますけど見返りを求めないその姿勢に憧れます
やっぱり山吹さんは私の自慢の精霊さんですよ

一瞬危なかったですが素敵でしたね
こんなに綺麗なのに味も美味しいだなんてとってもお得ですね!
えへへ、それほどでもです



シャルル・アンデルセン(ノグリエ・オルト)
  夜の湖面に空を飛ぶお魚さん達。
きっと綺麗でしょうね。
今日は我儘をいってノグリエさんについてきてもらいました。
ソラトビウオを呼ぶ笛には思いが届くと聞いたから…。
昔の自分を思い出せなくて不安で…それでもノグリエさんは優しくて…自分自身にちっとも自信を持てない私にもいろんなものを与えてくれるし私のことを思ってくれる。
そんなノグリエさんのことはとても大事で大切で大好きでそんなまだ言えない気持ちも
この笛の音にして伝えたい。
この音色がどうか貴方の心に届きますように。
今、口にすることが出来ないでいる気持ち全部を込めて笛を吹きます。
貴方にとって耳触りの良い音ではないかもしれないけれど…聞いてほしいんです。


●きみのこえ
 地上とは遠く離れた月、ルーメンの地を踏みしめて。煌々と輝く星々の下、まるで水鏡のような銀鱗の湖にウィンクルムたちはやって来た。
 それは、空を泳ぐ魚――ソラトビウオを収穫する為。祭りの準備だと思えば、自然と彼らの心も浮き立った。渡された網に納まる位に集まればいいのだけれど、と思いながら、皆はそれぞれに魚笛を握りしめる。
「夜の湖面に空を飛ぶお魚さん達。きっと綺麗でしょうね」
 ふわりと可憐な笑みを浮かべて、シャルル・アンデルセンは共に湖へとやって来た、ノグリエ・オルトを振り返った。その弾みでシャルルの真白の髪を飾る、美しい蒼の羽飾りが夜風に揺れる。
 我儘を言って、今回ノグリエについて来てもらったとシャルルは思っているようだったが――決してそんな事はない、とノグリエの細い目は告げているようだった。
(シャルルが自分から一緒に行ってくれるなんて、嬉しいですね)
 自分との距離を考えての行動だと、ノグリエは思っていたのだが。近付きすぎて、抱きしめれば壊れてしまいそうな互いの存在――だからこそ、笛を奏でて少しでも想いを伝えられれば、とふたりは思う。
「じゃあ……ノグリエさん」
「ええ、一緒に。想いを奏でるとしましょう」
 ソラトビウオを呼ぶ笛には、思いが届くと聞いたから――ススキの穂が風にそよぐ中、ふたりの澄んだ笛の音が静かに湖に響き渡る。
(昔の自分を思い出せなくて不安で……それでもノグリエさんは優しくて)
 失われた記憶は、シャルルを苛み。自分という存在が不確かな故にか、自分自身にちっとも自信を持てないシャルルにも、ノグリエはいろんなものを与えてくれるし、彼女の事を思ってもくれる。
(ああ。あの日から、キミは少し無口になってしまった。いつも言葉を選んでるし、声を出すのを恐れているみたいな……)
 一方、ノグリエが思いを馳せるのは、シャルルの知らないシャルルの過去。けれど、彼はそれを言葉に出す事をせず、そっと胸の奥に仕舞うに留めた。
(過去のキミは、また別の意味で口を塞いでいたけれど……声を言葉を怖がっていた)
 そっと瞳を閉じて、魚笛から紡がれる音色が重ねられてゆき――湖面に銀色のさざなみが生まれ、やがて夜空に次々と銀の魚が舞い踊る。ああ、とそこで、シャルルの蜂蜜色の瞳が煌めいた。
(……ノグリエさんのことは、とても大事で大切で大好きで。そんなまだ言えない気持ちも、この笛の音にして伝えたい)
 ――この音色がどうか、貴方の心に届きますように。
 今、口にすることが出来ないでいる気持ち全部をこめて、シャルルは笛を吹く。
(貴方にとって耳障りの良い音ではないかもしれないけれど……聞いてほしいんです)
 銀の魚の群れを従える、儚き少女はあまりにも美しく――ノグリエは一瞬、笛を吹く手を止めてその光景に魅入っていた。
(キミに伝えなくてはいけないことは沢山あるんだろうけれど……それでも今が幸せならと、思ってしまったボクの罪でしょうか)
 けれど、今はただ、静かなこの時に身を委ねていたい。自分のような不純な者が笛を吹いても、綺麗な音色は出ないかもしれないけれど――想いは次々に溢れて来る。
 シャルルが奏でる笛の音は、とても美しい。でも。
「……ボクは君の声が聴きたいよ」
 そのノグリエの呟きは笛の音に紛れ、ちいさな雫のように、ぱしゃんと水面に落ちて消えた。

●こころのとびら
 ざぁっ、と優しい夜風が湖を吹き抜け、月野 輝の艶やかな闇色の髪をさらう。細い指先でそっと風に舞う髪を押さえながら、輝は傍らのアルベルトに囁いた。
「上手く吹ければ、ソラトビウオのダンスとか見れるのかしら」
「想いを込める……輝が私の事を考えて吹いたら、かえって魚が逃げるのではないでしょうかね」
 楽しみね、と言ってふふと微笑む輝に、アルベルトもくすりと穏やかな微笑を返す。けれど、その慇懃な程に丁寧な口調には、からかいが多分に含まれていたが。
「誰がアルの事を考えるなんて言ったの? 私は……そう、お爺ちゃんの事を考えようって思ってたの」
 そう言いながら、輝は急いで魚笛を取り出し唇にあてた。そう、祖父の事を考えようとしたのは本当だった。アルベルトの事を考えて吹いたら、自分の思っている事がバレそうだったから。
 けれど――涼やかな中にも仄かなぬくもりがある、そんな輝の笛の音が響くにつれて、彼女の表情がゆるゆると変わっていく。ぱしゃん、と湖から次々に空へ飛び出すソラトビウオ。その銀鱗が星明りを受けて、きらきらと宝石のような煌めきを宿す。
(ああ……結局、私。いつの間にかアルの事考えてる)
 魚笛を奏でる度――輝の瞼の裏に、今までの思い出が次々に蘇っていった。初めて会った時、いい人そうだと思ったこと。けれど、すぐにそれが勘違いだったって判って。笑顔の裏にも言葉にも、いつもからかいの色が入ってたこと。
 腹黒眼鏡、なんて命名したら、「それは褒め言葉ですね」なんて返された事もあった。
(でも……からかってはくるけど、バカにされたことは一度もない、のよね)
 ――大切にされてる。そんな気が輝にはしてきていて、この頃はいつも、気が付くと目で追っている。まさか、とは思うけれど、この気持ちと言うのは……。
「……っ!」
 一方のアルベルトは眼鏡の奥の瞳を和らげ、慈しむような素振りで輝の横顔を見つめて魚笛を吹く。凛とした佇まいの中に秘める、年頃の娘らしい仕草が何故だか自身の心をくすぐるのを感じながら。
(再会した時は少し驚きました。あの小さかった子が『女性』になっていたのですから)
 かつて一度自分たちが出会っていた事を、輝は知らないだろう。妹のように、アルベルトが思っていた輝――実際話してみれば、あの頃のままの部分がかなり残っていて。懐かしいと思うと同時に、彼女に思い出されるのが怖くなっていた。
(私は、あの頃とだいぶ変わってしまいましたしね……)
 だから言わずにいたのだが、それは正しい事だったのかとアルベルトは悩む。そんな時、彼の目に飛び込んで来たのは、ハートの形を宙に描いて楽しそうに舞うソラトビウオ。やや遅れて、慌てふためく輝の悲鳴が聞こえてきた。
「え、ち、違っ」
 気が付けばふたりを祝福するように、魚たちが周囲をくるくると回るように踊っていて。仄かに顔を赤らめた輝とぶつかってしまい、その衝撃でアルベルトの眼鏡が地面に落ちた。
「アルが眼鏡してないの初めて見るわ……」
 思わず輝はぽつりと呟くが、それでも制御を失ったソラトビウオを何とか操ろうと、再度魚笛に指を走らせる。けれど、そのアルベルトの姿が記憶の何処かをくすぐって、輝の瞳が何度も瞬いた。
(この顔……誰かに似てる……まさか?)
 その動揺が笛の音を乱し、それを察したアルベルトは過去を話すべきか迷った。それでも――乱れた輝の笛の音を支えるように、アルベルトの奏でる頼もしい旋律が、銀の魚たちを次々に従えていく。
(ただ、今も変わらないのは、彼女を守ろうと言う気持ち)
 妹のようで妹じゃない存在を、他の者には渡したくないと言うのは独占欲だろうか――そんな想いを込めながら、重なる笛の音は高らかに湖に響き渡っていった。

●たいせつなひと
「想いで操るとは、月には不思議な魚もいるものですね」
 うまく操れればいいですが、と穏やかな微笑を浮かべ、山吹は恭しくテレーズの手を取る。テレーズもまた、スカートの裾をふわりと揺らして、愛らしい仕草で一礼した。
「楽器は得意ではないですが、頑張りますね。でも、気持ちが大事なら、私と山吹さんでは何の問題もないはずです!」
 無邪気な瞳で笛を握りしめるテレーズに頷き、山吹は「せーの」で一緒に吹いてみようと提案する。その合図と同時、ふたりの笛が奏でたのは――まるで春風のようにあたたかく、心が弾む旋律。その音色に誘われるように、湖を飛び出して空を泳ぐ魚たちも、心なしか楽しそうだ。
(山吹さんといえば優しい人の一言に尽きますね。思いやりに溢れたとても素敵な人です)
 きらきらと、テレーズの白金の髪が夜風に舞えば、山吹の夜色の髪は慈しむように闇と溶け合う。それは互いが居なければ存在出来ない、光と闇のように――山吹は謳うように優しく、己の想いを紡いでいった。
(テレーズさんといえば、少し子供っぽい所はありますが、ただただ純粋なんですよね。いつまでも純粋な心を失わない様は、少し羨ましくもあります)
 その分、突拍子もない行動も多く心配させられる事も多いのだが……ふと、笛を奏でながら交差したテレーズの笑顔に、知らず知らず山吹は相好を崩す。
(この笑顔には、自然と毒気を抜く力があるのかもしれませんね。願わくばこのまま、彼女の心を曇らせるような事がないようにと思います)
 真摯な山吹の祈りと、純粋なテレーズの想いが一つになって。優美な羽で風を切り、星空まで飛んでいきそうな魚たちを見守りながら、テレーズはそっと山吹へ語りかけた。
(山吹さんは優しい、ですが……でもたまには自分を優先したり、怒ってもいいんですよ)
 そう静かに心の中で呟いたテレーズだったが、ややあって、その藤色の瞳が「あ」と言わんばかりに見開かれる。
(でも昔、好奇心からわざと迷子になった時は怒られましたね、すごい淡々と。あの時は正直やばいと……)
 と、そのテレーズの想いを受けてか、急にソラトビウオの群れの動きが、がくっと悪くなった。まるで落ち込んだようにふらふらと、今にも湖に沈んでいきそうだ。
「急に魚の動きが悪くなったような……何を考えたんでしょうか」
「あ、この流れはまずいですね! 修正修正と」
 訝しむように首を傾げる山吹に、わたわたと手を振って。テレーズは気を取り直して深呼吸、再び魚たちを操ろうと唇に笛を近付ける。
(……いつも笑顔で、誰かのためにと。時々寂しかったりもしますけど、見返りを求めないその姿勢に憧れます)
 ――ソラトビウオの動きが、戻って来た。テレーズのひたむきな想いを受けて、優美な羽は空へとはばたく。ああ、とテレーズは静かに吐息を零した。
(やっぱり山吹さんは、私の自慢の精霊さんですよ)
 そうしてひとしきり戯れた後、名残惜しそうに魚たちを網へと導いてから。ススキの草原に腰掛けて、テレーズと山吹は星空を映す湖を眺めていた。
「一瞬危なかったですが、素敵でしたね」
 ええ、とにこやかに微笑を浮かべる山吹に、テレーズは網に仕舞った魚たちを指差す。
「こんなに綺麗なのに味も美味しいだなんて、とってもお得ですね!」
「……これを見た後にそう考えられるテレーズさんは、その、逞しいですね」
 一瞬、色気より食い気と言う言葉が過ぎったような気もしないでもないが、言われたテレーズは「えへへ、それほどでもです」とはにかんでいた。
「褒めてはいないんですけどね……でもそれが、テレーズさんらしさなんでしょうね」

●ほしのそら
 青と碧の瞳をいっぱいに開けば、そこに広がるのは一面の星空。まるで今にも、その煌めきが降り注ぎそうで――手を伸ばせば届きそうな感覚に、リチェルカーレは「わぁ」と一声歓声を漏らす。
(あまりにも子供っぽいかしら)
 ふと、隣に居るシリウスを見遣れば。彼は知らん顔をして、怜悧な相貌で彼方を見据えていた。けれど肩をすくめるシリウスの横顔に、ちらりと笑みが浮かんでいたのにリチェルカーレは気付き――恥ずかしさに、かぁと頬を赤らめる。
(……どこまでもまっすぐで純粋で。自分の持っていない、柔らかな眼差しが眩しくて――目が離せない)
 小さく吹き出して、そのくるくる変わる彼女の表情を観察していたシリウスがそんな事を思っていたなど、リチェルカーレには知る由もないだろう。だけど、シリウスの浮かべた笑みを思えば、リチェルカーレの心はふわりと軽くなった。
 ――ほんの少し、彼が見せてくれる表情の変化が嬉しかったから。魚笛を取り出し、ふたりは向かい合って静かに頷く。銀の魚に、自分たちの想いを伝える為に。
(心があったかくなるような、くすぐったいようなこの気持ちは、どんな音になるのかしら)
 想いを込めるのだと、そう言われたのを思い出して。リチェルカーレの笛の音は、柔らかく愛らしく湖に響き渡る。普段、彼女が口ずさむ歌声を思わせるように――その優しい音色に、シリウスの奏でる少し低めの音が寄り添った。
(兄のようで、保護者のようで。でもそれだけじゃない、大切な……私のパートナー)
 ぱしゃん、ぱしゃんと。リチェルカーレの心の声に導かれるように、銀の魚たちが星空に踊る。きらきらと上がる水飛沫は、まるで地上に零れ落ちた星の欠片のよう。
(今は護ってもらうばかりだけれど、いつかそうじゃない私になるから、待っていて)
 響くのは、高く遠く澄んだ音。旋律は穏やかに柔らかに。その想いを受け取って、魚たちは悠然と空を泳いでいく。大に小に円を描きながら、波打つように飛ぶソラトビウオ――その姿を見たリチェルカーレの瞳が嬉しそうに輝くのを、シリウスはそっと横目で見つめていた。
(A.R.O.A.と契約した時から、神人は守る対象だった。それ以外の何物でもなかったのに)
 シリウスの翡翠の双眸が細められ、様々な感情が入り混じった吐息が零れる。想いをこめて奏でる笛の音だけが湖に響き、この静かで温かな沈黙が、不思議と愛おしく思えた。
(……今は契約ではなく、ただこの少女を護りたいと、そう思う)
 ざあっ――と一陣の風が吹いて、ススキの穂が一斉に揺れる。まるでここは銀の浪間。その中に佇むふたりは、地上に遊ぶ魚なのだろうか。
 そんな中で、魚たちは円に舞う。その鮮やかな光景を瞳に焼き付けながら、リチェルカーレは並び立つシリウスを見上げ、そっと笑みを零した。
「……素敵、ね?」
「ああ」
 交わされた言葉は、それだけ。でも――ふたりにはそれだけで十分だった。笑いかけるリチェルカーレに、シリウスもそっと笑みを返して静かに手を伸ばす。
(これからも、共に)
 密やかに呟きながら、シリウスはくしゃりと、リチェルカーレの銀青色の髪を撫でた。

●かさなるおと
「誰かを思い描く……? そんな明確なビジョン、持ち合わせていたかしら?」
 訝しむように額に手を当てるアリシエンテは、まじまじと魚笛を見つめて――最初だもの、気ままに吹いてみても良いわよね、と思い直す。
(魚を繰る笛、しかし彼女の事ですから……)
 彼女の精霊たるエストは、主の行いを密かに案じていたのだが。アリシエンテの根底にあるのは、己に付き従うエストへの揺るぎない信頼。彼ならば、何を吹いても合わせてくれる事を疑わず、彼女の繊手が笛を繰る。
(あ、あら……? 上手く綺麗な音が出な……)
 しかし、そこから紡がれたのは、旋律とはとても呼べない不純音で。静かに音を合わせるエストも一苦労、案の定ソラトビウオは一匹も跳ねなかった。
(分かっていた結果ですが、これで魚が飛ぶ訳がありません……ん?)
 それでも主の行方を見守るエストの隣で、アリシエンテは小さく観念したようにため息を一つ吐き。
「これは……仕方ないわね」
 しゃんと背筋を伸ばし、瞳を閉じて笛の持ち方を少し変えた。今まで合わせてくれていたエストの音に、今度は少ない音量から確かめ、重ね合わせるように吹き始める。
(……っ)
 やがて――エストの金の瞳に映ったのは、先程まで必死に吹いていたのとは裏腹の毅然とした、まるで神々に楽を捧げるかのようなアリシエンテの姿だった。
 淡い金の髪はゆるやかに波打ち、伏せた睫毛は彫刻めいた美しさを漂わせている。彼女が奏で始めたのは、自分の吹いていた曲調と重なる、透き通った笛の音。
(おまえたち、どうせ食べられてしまうのでしょう? ならば、最後に想い一つ聴いていきなさい)
 ――ゆらり、ゆらり。恭しく従うように、次第にソラトビウオがアリシエンテの周りに近付いてくる。片手に笛を持ち、その笛を吹きながらも――こちらに手を差し伸べるアリシエンテの姿に、エストの心は激しく揺さぶられた。
(……情けなきかな主失格の、執事を想う愚かな想いを)
 アリシエンテの指先には、次々にソラトビウオが集まって来ていて。銀の魚を従えた彼女はまるで、この湖に住まう妖精か女神のように思えた。
 その想いの形を、その姿で見せて貰ったふたりの間には静かな沈黙が満ちる。ああ、と小さくかぶりを振って、エストはその繊細な相貌を天に向けた。
(……。この音に応えてしまっては、私はきっと執事として失格なのでしょう)
 でも、それでも。エストの拳が握りしめられて、静かに震えが走る。
(ですが……その想いを。私がどうして否定出来るというのでしょうか)
 やがて――エストは意を決して、その手に握られた笛を取る。アリシエンテの旋律に追従するように、どこまでもどこまでも、透き通った音色で応える。
 このお互いの音が耳に響き、調和として広がり届くと云うのなら。
(私は死んでも構わない)

 ――それぞれの想いが、それぞれの旋律を生み。誰かを想う心を受けて、その銀の魚は飛沫を上げて飛び立つ。空には星、地には湖。美しき音色は高らかに響き渡り――あのひとを想って笑い、哀しみ、愛し、そして謳う。
 想いの笛を奏で、空を泳ぐ銀鱗。それは月で紡がれた、ささやかでかけがえのない思い出。



依頼結果:成功
MVP

メモリアルピンナップ


エピソード情報

マスター 柚烏
エピソードの種類 ハピネスエピソード
男性用or女性用 女性のみ
エピソードジャンル ハートフル
エピソードタイプ ショート
エピソードモード ノーマル
シンパシー 使用不可
難易度 普通
参加費 1,000ハートコイン
参加人数 5 / 2 ~ 5
報酬 なし
リリース日 09月16日
出発日 09月25日 00:00
予定納品日 10月05日

参加者

会議室

  • [5]アリシエンテ

    2014/09/24-22:12 

    最近駆け込んでばかりいるわっ!(ばたばたと慌しく入室)
    歩きながら、ずっとソラトビウオの事を考えていたのだけれども……

    結局、何も思いつかなかったわ!(真顔)

    じ、時間が解決してくれると信じている……!orz
    (と言いつつも、もふもふと何かをかじりながら、プランを練り練りしているもよう)

  • [4]テレーズ

    2014/09/23-03:05 

    こんばんは、テレーズと申します。
    みなさんお久しぶりです。お魚楽しみですね!
    今回はよろしくお願いしますねー。

  • [3]リチェルカーレ

    2014/09/20-19:29 

    こんにちは、リチェルカーレです。
    パートナーのシリウスと参加します。

    夜空を笛の音にのって舞うソラトビウオ…きっととても綺麗でしょうね。
    早く見てみたい。

    一緒に参加する皆さん、よろしくお願いします。

  • こんにちは、シャルル・アンデルセンです。
    パートナーのノグリエさん共々よろしくお願いします(ぺこり)

    ソラトビウオ。
    笛の音に惹かれてやってくるお魚…きっと素敵なんでしょうね。

  • [1]月野 輝

    2014/09/19-22:48 

    こんばんは、皆様お久しぶりです。
    ソラトビウオなんて私初めて見るわ。
    どんなお魚なのか楽しみね♪

    収穫する間は別行動になっちゃうでしょうけど、
    皆さんの収穫も楽しみにさせて貰うわ。
    どうぞよろしくね。


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