プロローグ
その聖域は、静かに朽ちていた。けれどそこに満ちているのは――滅びに向かって喘ぎ、かつての栄光を懐かしむような憂いではない。悠久の時を重ね、死の先にあるものを見据えるような、それは威厳に満ちた静寂。
ひび割れた壁、崩れ落ちた柱。けれどそれさえも、廃墟となった聖域を彩る装飾のよう。半ば砕け散った色硝子は、月明かりを受けて万華鏡のような煌めきを見せて。
そして――頭上に設えた荘厳な薔薇窓は、楽園の陽光めいた光を地上に投げかける。その先に佇むのは、風雨に浸食されて尚、慈愛を投げかける聖母像。
そこは、かつて村の信仰を集めた教会であった。けれど、深い森に護られるようにしてそびえる聖域はやがて、凶暴化した獣たちに阻まれ――村人は畏れをなして、足を踏み入れなくなってゆく。
ゆっくりと、その聖域は忘れられていくのかと思われた。しかし、村人は信仰を捨て去ることは出来なかった。勇気ある者達が、教会を再建しようと立ち上がったのだ。
しかし、様子を見に行った村人のひとりが、廃教会で恐ろしい物を見たのだと叫んだ。
青白い月明かりの下、古びたドレスを纏う死者達が居た。ゆらり、ゆらりと――まるで死を謳うように、死者達は舞踏に興じていたというのだ。
そして。その頭部には鋭い角が生えていた、とその村人は震える声で仲間達に告げた。
「……以上が、村で起きている異変です」
纏めた書類に目を通しながら、ことの始まりを告げたA.R.O.A.職員の声が、静かに辺りに吸い込まれていく。
事件が起きた場所は、タブロス郊外にあるハイラートと言う小村だ。村人は皆信心深く、慎ましやかに日々を送っている。
その村外れにある教会は、村人の信仰を集めていたのだが――野生動物の凶暴化などにより、最近では足が遠のき、静かに朽ちていこうとしていたのだという。
しかし、このままではいけないと、村人達は再建の為に立ち上がった。ところが――教会の様子を見に行った際、村人のひとりが教会の異変に気付いたのだと言う。
「頭部に角がある死者が数体、教会を根城にしていたそうです。デミ・リビングデットで間違いないかと」
それは、オーガの影響で動き出した死者だ。新たな生命をその身体に宿した、呪われしデミ・オーガ。
「恐らく、教会の墓地に埋葬されていた死体が蘇ったのでしょうね。悲しい事ですが……デミ・リビングデットは若い娘や青年たち。皆、婚礼衣装を身に纏い、虚ろな表情で終わりなき舞踏を踊っていたそうです」
ハイラートの村では、若くして天に召された者達は、埋葬の際、婚礼衣装を纏うという風習があるそうだ。天に召される事を、神聖な婚姻と見なし――地上に別れを告げて、せめて死後の世界で伴侶と結ばれるように、と。
「それで、ですね。村のしきたりがありまして。現在の廃教会は、祝福が途絶えた地なので……足を踏み入れるものは、死の国へ赴くのと同じと捉えていて」
そこで、職員はそっと微笑を浮かべて咳払いをひとつ。そして次にその口から零れたのは。
「ウィンクルムの皆さんは、パートナーと婚礼衣装を身に着けて教会に向かって頂きます」
とんでもないドレスコードを囁いて、職員が意味ありげな視線を送る。衣装は村の人達が用意してくれるらしいので、好みのデザインがあれば期待に添えられるだろうと言って。夜の廃教会で、婚礼衣装を着て死者と戦うとは、随分と仰々しい依頼になりそうだ。
「敵はデミ・リビングデットが6体、それと教会に棲みついている大蝙蝠が5体ほどいるようです。こちらはただの野生動物なので大した脅威ではありませんが、戦いを邪魔してくると思うので、何とかした方がいいでしょうね」
例えばデミ・オーガとの戦いを、横合いから妨害される可能性もある。と、なると、神人が精霊の背中を守るよう、大蝙蝠をあしらうのもいいだろう。幸い、強さはさほどではないので、神人でも十分戦える筈だ。
「どうか、ふたりで協力してこの事件を解決してください。死がふたりを分かつまで……なんて言いますけれど」
そう言って、職員は遠い目で天を仰ぐ。
「土にも還れず永遠に踊り続けるなんて、とても哀しいことですから」
解説
●成功条件
廃教会に棲みついた、デミ・リビングデット6体の撃破。大蝙蝠は倒さずとも問題ありません。
●デミ・リビングデット×6
頭部に角を持つ、デミ・オーガ化した死者。村に埋葬された若者たちの成れの果て。婚礼衣装を纏い、廃教会で死者の舞踏に興じていますが、何らかのきっかけで村を襲う可能性があります。男性が3体、女性が3体。男性はロイヤルナイト、女性はテンペストダンサーに近い戦法を取ります。
●大蝙蝠×5
廃教会に棲みついた野生の蝙蝠。ネイチャーなので、一般の攻撃も効果があり、さほど強くありません。デミ・オーガに従っている訳ではないですが、好戦的なので戦いに乱入してきます。纏わりついたり、噛みついてきたりします。
●廃教会
ハイラート村の外れにある、信仰の拠り所だった教会。野生動物の増加などにより近付く事が困難になり、現在は静かに朽ちつつあります。村のしきたりにより、教会に足を踏み入れるものは、婚礼衣装を身に付けなければなりません。衣装は村で用意してくれます。余程特殊なものでない限り、希望に添えるかと思います。
●補足
衣装を纏い、廃教会に足を踏み入れた時点からスタートします。時刻は夜、教会の中は月明かりが差し込んでいるので、特に視界に不自由はありません。
ゲームマスターより
柚烏と申します。婚礼衣装を纏って、教会で死者とのバトル……というシチュエーションを楽しんで下さればと思います。
神人の皆さんも戦い、パートナーの背中を守って共に敵へ立ち向かう、そんな熱い展開を楽しんで下さい。戦闘は演出重視、ややダークめの華麗な感じで盛り上げていきたいと思いますので、こだわりの戦法などありましたらプランに盛り込んで下さいね。
村の教会を解放し、死者に眠りを。それではよろしくお願いします。
リザルトノベル
◆アクション・プラン
油屋。(サマエル)
ワインレッド+黒色の華やかなウェディングドレス 出来れば亡くなった方のための花を用意 カサブランカ・ピンポマム・ユーストマ(白) トランス 教会に入り次第、出入口を封鎖 精霊と背中合わせになり大蜘蛛が来たら 戦闘の邪魔にならないよう追い払う 場合によっては攻撃(殴る蹴るを基本に最終手段で武器) ネイチャーならなるべく傷つけないようにはしたいけど 売られた喧嘩は買う主義だからよぉ どうなっても知らないぜ蜘蛛野郎 精霊側にも気を配りつつ、危険があればフォロー 精霊に対して一瞬恐怖の感情 終わったらお祈り、デミになっちゃったけど 元はこの村で亡くなった人達だもん 最後はちゃんと土に還してあげたい ※両者アドリブOK |
日向 悠夜(降矢 弓弦)
●心情 死の国へ赴くには婚礼衣装を着なければならない…珍しい風習だよね ハイラートに教会を取り戻す為に、彼らを土に還す為に…頑張ろう! 教会に踏み入ったら先ずはトランスだね …恰好が違うから、なんだかそわそわしちゃうね。あはは 戦闘時は降矢さんの傍で邪魔してくる大蝙蝠を相手にするよ 降矢さんには彼らに集中して欲しいからね 降矢さんの動きに息を合わせ、邪魔にならない様努力するよ 蝙蝠の動きに翻弄されないよう、なるべく心を落ち着かせて行動したいな リビングデットが此方に来た場合は無理に攻撃せず避ける事に集中して距離を取って立て直そうとするよ ●衣裳 動きやすさを重視したアンクル丈ドレス 細かいデザインはお任せ |
クロス(オルクス)
アドリブOK 青色ドレス 若い死者達が未だに彷徨っているのか… 死者への冒涜にしか見えない… 俺達で楽にさせてやろうぜ 行動作戦 ・神人達は自分のパートナーが蝙蝠の妨害を受けないように、それぞれパートナーの近くで護衛をする ・ドレスを踏んづけたり汚さない様に気をつける ・個々に撃破 「ドレスでの戦闘動きずれぇ! でもそんな事言ってられねぇんだよな… オルク、大丈夫か! 蝙蝠は俺達に任せてリビングデッド(女)を俺の分迄倒してこい! 死者が蘇るなんてしちゃダメなんだ…っ 絶対に…! (其れにいい加減乗り越えないと… 父さん母さんお祖母ちゃん、じぃじやばぁばや村の人達、そしてネーベルにクロノスの死を…) 前に進み強くなる為に!」 |
エリー・アッシェン(ラダ・ブッチャー)
心情 うふふ……。結婚は人生の墓場だという人もいますが、ハイラートの風習は面白いですね。 衣装 シンプルな白いドレス。動きやすい足首丈。 葬儀用の花を集めたブーケ。 行動 私はラダさんの補佐を。特に武術などは習得していませんが力になりたいです。 戦闘開始直後、敵の数が多いうちはコウモリ撃退と精霊の背後の防衛に専念します。 敵の頭数が減って背後を狙われる危険性がなくなれば、私も積極的にデミ・リビングデットに挑みます。シンクロサモナーのスキルには憑依侵食現象というリスクがあります。ラダさんの気力体力の消耗を私の行動で補えれば良いのですが……。 無事に戦いを終えることができたら、最後にブーケを死者たちに供えましょう。 |
クラリス(ソルティ)
別の命を植えつけられて逝く事も出来ないなんてね…放っておけるわけないじゃない ■ドレス:膝丈の白いミニドレス。ガーターベルトに仕込み小刀 トランス後、周囲を警戒しながら大蝙蝠の位置を確認 ソルティのサポートをしながら蝙蝠がこちらに来たら蹴技、拳、小刀で応戦 ドレスの裾を破って動きやすさを確保 妨害なんて絶対にさせるもんですかっての! ■戦闘後 二度も辛い思いをさせちゃったわね…今度こそ安らかに眠れるように埋葬してあげましょ 今回の事、もし本人たちの無念の想いがそうさせたのだとしたら…。母さんたちも蘇る事を望むのかしら そうね、そうだといいわ(髪飾りの花を外して供え) 言い忘れてたけど…ソル、馬子にも衣装ってヤツね |
●誓いの儀式
人の訪れも絶えた廃教会。静かに朽ちていこうとしていたそこに、異形の角持つ死者が現われた。彼の呪われし存在を眠らせる為、ウィンクルム達は戦いに赴く。
――そう、ハイラート村のしきたりに従い、婚礼衣装を身に纏って。
「死の国へ赴くには婚礼衣装を着なければならない……珍しい風習だよね」
柔和な笑みを湛えた、日向 悠夜は傍らの精霊、降矢 弓弦を見上げた。そんな悠夜が纏うのは、動きやすさを重視したアンクル丈のドレス。普段とは違うその装いに、弓弦はやや照れたように「似合っている」と呟く。
「ああ、この珍しい風習を後世に残す為にも頑張ろうか」
満月を思わせるような澄んだ金の瞳で、弓弦は月夜に佇む廃教会を見渡した。この建物自体にも歴史的価値があるだろうから――なるべく傷つけたくない、と思いながら。
「ふむ、ゴリラにも衣装」
「サマエル、今何か聞こえたんだけどなぁおい」
悠然と佇む、貴公子然としたサマエルの口から飛び出した呟きに、油屋。はべきばきと指を鳴らして物騒な気配を漂わせる。しかし、今の油屋。は、黒とワインレッドを基調にした、華やかなウェディングドレス姿なのだ。少女には少々大人っぽいと思われるドレスだが、油屋。の豊かな胸元は、可憐さよりも先に艶やかさを引き立てている。
「うふふ……」
そんな二人の後方から、まるで幽鬼のようにふらりと姿を現したのは、エリー・アッシェン。月光に照らされる青白い美貌、その唇から零れたぞくりとするような笑声が、夜気を震わせる。
「結婚は人生の墓場だという人もいますが、ハイラートの風習は面白いですね」
ふわりと儚く翻る、シンプルな白のドレス。闇夜で出会ったら、彼女こそが死者の花嫁であると間違えたかもしれない。けれどその外見に反し、内面は前向きで明るいのがこのエリーなのだ。
「アヒャヒャ、墓場だなんて恐ろしいなぁ」
そして、彼女の精霊である、ラダ・ブッチャーもまた、外見と内面のギャップに戸惑うひとは多いと思われた。白いフロックコートに、胸元を飾るアスコットタイは、彼の故郷の伝統的な布を用いている。鮮やかな色合いはラダにとても良く似合っているのだが――どう見ても柄の悪いお兄さんだ。初対面でエリーが悪党と誤解したと言うのも理解できる。
しかし、そんな見た目に反して、性格は温厚。争いごとは好まないのだと言うから不思議である。
「若い死者達が未だに彷徨っているのか……死者への冒涜にしか見えない……」
その身に纏うは、己の髪色を思わせる青のドレス。脳裏に過ぎる死の記憶を振り払い、毅然とした顔でクロスは戦場という名の聖域を睨む。
「あぁ悲しい事だな……未だに成仏出来ずにいるんだ……」
クー、と呟き、震える彼女の手を取るのはオルクス。揃いの淡い青の婚礼衣装は、呪われた生に死を与える為の、彼らの戦装束だ。
(オレ達の手で楽にしてやろう……)
きっとそれが、自分達の出来る最良のことだから。
ぎぃ、と軋んだ音を立てて、クラリスとソルティが協力して教会の扉を開く。どうやら鍵は壊れているらしい――素早く教会内に突入したウィンクルム達の前に、薔薇窓から差し込む月明かりの照らす光景が、甘い悪夢のように広がった。
「……いつまで、あなた達は踊り続けるの?」
翡翠の瞳を瞬かせ、クラリスは答えの返らない問いを発する。足を踏み入れた滅びの聖域では、月光を浴びて死者達がゆるやかな舞踏を踊っていた。その姿は恐ろしいと言うよりも、酷く寂しいように見えて――粛々と入場したウィンクルム達は武器を手に、戦いの始まりを告げる誓いのくちづけを交わす。
「盲目の神よ、どうか力を」
「集え奇跡の絆、インフィニティレガルジーア!」
油屋。がサマエルへ厳かに告げれば、クロスとオルクスも互いに頷いて手を取った。言霊と共に舞うのは、淡い水色の桜吹雪。
「身は土塊に、魂は灰に」
ブーケを手にエリーが囁き、ラダも神妙な顔で頷く。
「……恰好が違うから、なんだかそわそわしちゃうね。あはは」
一方、照れ隠しのように悠夜は苦笑したが、次の瞬間には弓弦に向き合い、真剣な表情で触神の言霊を唱え始めた。
「友よ、共に進もうぞ」
(クラリスには酷な依頼だけど、俺が絶対に守るから)
密かな誓いを胸に、ソルティはクラリスと見つめ合い――クラリスはそっと、ソルティの頬に唇を寄せる。
「別の命を植えつけられて、逝く事も出来ないなんてね……放っておけるわけないじゃない」
かつて目の前に広がった、死の光景。けれど、それが意に反して蘇るのだとすれば。ただ静かに、眠らせてやる他無い。
「我が信念を以て……全てを破壊する!!」
クラリスのその言葉と共に、電流を帯びた水柱が、涼やかに辺りに広がった。
●死の舞踏
虚ろな目をした生ける死者――デミ・リビングデットの舞踏がふっと止んだ。生命に溢れる獲物を見つけ、彼らも自分達の舞踏に加えようとでも言うのだろうか、ゆらりゆらりと、死者達はウィンクルムへと迫る。
「あら……やって来ましたね」
きぃきぃと言う耳障りな鳴き声を上げて、廃教会を住処にしていた大蝙蝠達も騒ぎ出す。侵入者であるウィンクルムに襲い掛かろうと、牙を剥き出しにするその姿に、エリーが儀式杖を構えて身を屈めた。
「ハイラートに教会を取り戻す為に、彼らを土に還す為に……頑張ろう!」
悠夜の声が皆の背中を押し、火力の高いラダとサマエルが、礼服を纏う男性リビングデットに狙いを定めた。彼らが前衛に立ち、盾となる死者を迎え撃つ一方――射手である残り3人の精霊が女死者を仕留める、というのが彼らの決めた作戦だ。
(降矢さんには彼らに集中して欲しいからね)
ボーンナイフを抜き放った悠夜が、一直線に後方へ飛んでくる大蝙蝠へ刃を走らせる。彼女達の精霊が扱うのは飛び道具だ。空を舞う彼らに纏わりつかれると、射線を遮られる可能性が高い。
(動きに翻弄されちゃ駄目だ、心を落ち着かせて……)
扉を背にして立つ後衛の仲間達は、敵の逃走阻止も兼ねている。サマエルの用意したロープで入口を封鎖して居る為、戦いの決着が着くまではここから出る事は叶わない。
「ドレスでの戦闘動きづれぇ! でもそんな事言ってられねぇんだよな……」
普段は男装をしているクロスは舌打ちし、背中合わせに立つオルクスにちらりと目を遣った。
「確かに動きづらそうだが、文句ばっか言ってられんぞ。クーはオレより蝙蝠に集中してくれ!」
オルクスが言うや否や、大蝙蝠がふたりを襲おうと牙を剥く。ドレスを踏んづけないように、と注意を払いながら、クロスは短剣で蝙蝠の羽を薙いだ。
「オルク、大丈夫か!」
――蝙蝠は俺達に任せて、リビングデットを俺の分迄倒してこい。その想いが伝わったかのように、コネクトハーツによって増幅された力が、オルクスの放つ弾丸に更なる威力を加える。
「キミの想いと一緒に、コイツを楽にしてやんよ!」
鋭い銃声が立て続けに響き、死者の乙女の身体がのけ反った。銃弾によって貫かれた肌から、赤黒い血が飛び散る。それでも死者はその勢いを失わない。
「ああ、やっぱり邪魔ね!」
小さく叫んだクラリスは、思い切ってドレスの裾を破り、動きやすさを確保した。元々膝丈までの白いミニドレスだったのに、そうなってはかなり目のやり場に困ると言うものだが――クラリスは気にせず、ガーターベルトに仕込んでいた護刀を抜き、ソルティの邪魔をする大蝙蝠に向けて振り回した。
「妨害なんて絶対にさせるもんですかっての!」
その決死の一撃が、射撃の邪魔をする蝙蝠を追い払う。通った射線に、ソルティはすかさず軍用2丁拳銃を構えると、焦らず冷静に――正確に目標を捉えるように引き金を引いた。
「……ッ、浅い……!」
しかし、その一撃は動きを止めるまでには至らない。ゆらりとした動きからは想像もつかない、死者の鉤爪の連撃が、今度は立て続けにソルティの肌を斬り裂いた。
「ソル!」
飛び散る朱にクラリスは歯噛みするものの、自分の力ではデミ・オーガには敵わない。続けて反対側からも迫る死者の娘に、クロス達も覚悟を決めた時――他の仲間達より一歩引いた位置に居り、全体を視通すように立ち回っていた弓弦が、短弓につがえていた矢を放った。
「……大丈夫か?」
狙い澄ました一撃はオルクスに迫る死者を射抜き、その隙に彼らは距離を取り、次なる攻撃の準備に移る。一方で、盾となる死者へ踊りかかるラダとサマエルも、大降りの武器を難なく振り回し、守りに長けた敵を打ち砕こうとしていた。
「ヒャッハーッ!」
人狼の牙を大剣に憑依させたラダが、歓喜の声を上げて死者に斬りかかる。青白く輝く狼のあぎとは、ぞっとするほどに美しく残酷に、死者を屠ろうとその牙を剥いた。
「……鎮魂歌でも歌ってやろうか? こう見えて聖職者の家系でなぁ」
酷く妖しく、酷薄な笑みを貼り付けたサマエルは、夜風に舞う花弁をうっとりした表情で見つめると――詩を口ずさみながら、踊るようにして距離を詰める。その手に握られるのは、ベク・ド・コルバン。猛禽の嘴を思わせるピックの付いた、両手用の鈍器だ。
優雅なサマエルの所作に似合わず、その戦法は単純明快。即ち、向かって来たものをひたすら、殴る。
「くく、血の華が咲くというのは、なかなかに美しい」
強烈な一撃を放つ力をその身に秘め、更に敵の装甲を砕くように鈍器を操るサマエルの姿に、油屋。は何とも言えない感情が生まれるのを感じたのだが。それでも彼女は彼の背中を守り、戦闘の邪魔をする大蝙蝠を何とかしようと拳を振り上げた。
野生動物であるネイチャーならば、なるべく傷つけないようにはしたい、けれど。
「売られた喧嘩は買う主義だからよぉ、どうなっても知らないぜ蝙蝠野郎」
蝙蝠の牙がかすめて、薄らと血が滲んだ腕を乱暴に拭い、油屋。の豪快な蹴りが蝙蝠を追い払う。エリーも精霊の背後を守る為、武術の心得が無いなりに力になろうと――慎重に狙いを定め、儀式杖で蝙蝠を薙ぎ払った。
その戦いは、華麗な舞踏の如く。神人達の奮闘により蝙蝠は倒れ、あるものは散り散りになって逃げ出したお陰で、精霊らはデミ・オーガとの戦いに専念する事が出来ている。
「さあ、再び眠るといい」
弓弦の穏やかな声が、廃教会に静かに響き渡った。その身に纏うタキシードは、弓を引きやすい様に工夫がされており、弓弦は流麗な動きで弓を構える。誤射を少なくしようと意識しながら――立て続けに放たれた矢は両脇から獲物に迫り、その逃げ道を奪った。
――死者の娘が胸から矢を生やし、がくりと前のめりに倒れる。それは、弓弦が死者のひとりを葬った瞬間だった。
●血塗れの婚礼
デミ・オーガを仕留めた事で、ウィンクルム達の士気が上がる。ラダはヒャハ、と小さく笑うと、獣じみた動きで跳躍し、死者との間合いを一気に詰めた。
死人相手に、フェイントやスタミナ切れを狙うのは意味がなさそうだ。だからとにかく、力尽くで倒すしかないと思いながら。
「でも、デミ化しているけど、元は村の若者だったんだよね?」
――ならば、なるべく遺体は綺麗な状態で倒したい。それが優しいラダの見せた気遣いで。それでも彼は獲物を完全に仕留めようと、青狼の牙持つ憑依武器を操り、弧を描くように薙ぎ払った。
ああ、と己が身を嘆くように。もしくは解放された歓喜に浸るように。ラダの血を纏わせた牙を震わせ、生ける死者は再び屍へと還っていく。
「……残念だ、死の舞踏も仕舞いか」
サマエルの歌が不意に途切れ、微かな吐息が聖域に染み渡ると。無造作に振り下ろした鈍器が、鈍い音を立てて死者を物言わぬ塊へと変える。どす黒い血が飛び散り、その昏き赤はサマエルと、その隣にいた油屋。を鮮やかに彩った。
ひっ、と。その時サマエルの見せた凄惨な表情に、油屋。は一瞬恐怖の感情を抱く。
「ホラ早瀬、やはりお前には赤が似合う」
どこか壊れたような笑みを浮かべ、サマエルは油屋。に近付き、細い指で血に濡れた頬を優しく撫でた。その手触りは奇妙な程に愛おしく――ふざけているの、と呟く言葉は、油屋。の喉で力無く震える。
「そう沈んだ顔をするな、笑えよ。折角の美しい姿が台無しだ」
死者の返り血を油屋。の唇に塗って、サマエルは笑った。
「……悪いが、大人しく成仏しようか!」
一方で後衛の射手達は、確実にデミ・リビングデットを追い詰めていた。ソルティが逃走に注意しながら敵を追い込み、華麗な射撃で一体を仕留めた後。オルクスの想いをこめた銃声が、廃教会に響き渡る。
「死者が蘇るなんてしちゃダメなんだ……っ、絶対に……!」
祈るように叫んだ、クロスの拳は小さく震えている。きっと彼女は、オーガに滅ぼされた故郷の姿を幻視しているのだろう。
(其れにいい加減乗り越えないと……父さん母さん、じぃじやばぁばや村の人達……)
次々に浮かぶのは、かけがえのない大切な人達の姿。彼らの死を、クロスは決して忘れないだろう。
「前に進み、強くなる為に!」
そう言い切ったクロスに応えるように、オルクスも大きく頷いた。
「クーが前に進むならオレだって、前に進み続けてやるさ……!!」
過去の亡霊を祓うように、オルクスの古銃が火を噴いた。その銃が奏でる音色は、過去との決別を誓うもの。そして共に未来へ進む為のしるし。
あと、少し――最後の一体を倒せば、戦いは終わる。けれど今までの戦いで、ウィンクルム達も大分傷ついている。特に前衛に立ち、憑依武器を操るラダは消耗が激しく、それは確実に彼の体力を侵食していた。
(ラダさんの消耗を、私が補えれば良いのですが……)
そう思ったエリーは、大蝙蝠を退けた後、積極的にデミ・リビングデットに挑んでいた。しかし、ネイチャー相手ではともかく、神人の力ではデミ・オーガの相手は荷が重い。
「駄目、無理に攻撃せず避ける事に集中して!」
遠くから悠夜の声が聞こえて来るが、それでもエリーは止まらなかった。けれど、振り下ろした杖は、死者に傷を負わせることは出来ず――代わりに死者が襲い掛かってくるのを、エリーは避ける事が出来なかった。
「エリー!」
ラダの悲痛な声が響くが、庇うには間に合わない。死者の牙がエリーを襲おうとしたその時、二発の銃声が廃教会に木霊した。
「再び地上に別れを告げ、天に召されるよう」
硝煙を上げる拳銃を両手に構え、祈りの言葉を紡いだのはソルティ。援護射撃として放った彼の銃弾が、死者の額を見事に貫いていた。
「……祝福を」
その一撃がとどめとなり、最後の死者もまた――再び土に還ったのだった。
●葬送の路
こうして、廃教会は再び静寂を取り戻した。今度こそ永遠の眠りについた死者へ油屋。は祈りを捧げ、彼らの為に持って来た花を手向ける。
「元はこの村で亡くなった人達だもん。最後はちゃんと土に還してあげたい」
その手に握られているのは、カサブランカにピンポマム、そしてユーストマ。どれも、愛にちなんだ言葉が秘められた花だ。その隣ではサマエルも、死者に黙祷を捧げている。
「……うふふ。これは、あなた達に」
エリーとラダも、葬儀用の花を集めたブーケを死者に供え、冥福を祈った。そんな中、どこか寂しそうな顔で祭壇の聖母像を見つめるクロスを見守りながら、オルクスは師に誓う。
(師匠、見てて下さい……。大切な人を、愛する人を守る為……オレは戦い続けます……!!)
あの時、彼を護れなかった分、クロスは絶対に自分が護る。そんな決意を胸に秘めながら。
そして――死者を埋葬しようと身を屈めるクラリスへ、心配そうに声を掛けたのはソルティだった。
「怪我はない? ホント俺の寿命が縮みそうだよ……」
心配してくれたの? と言うように小首を傾げて微笑むクラリスを見て、本当に手のかかる妹みたいだと思いながら――ソルティは穏やかな瞳で廃教会を見渡した。
「これで、この教会も誰かの幸せを祈る本来の姿に戻れるかな」
「そうだと良いわね。二度も辛い思いをさせちゃったから……今度こそ、安らかに眠れるように」
そこでふっ、と。ふたりの間に沈黙が下りる。ややあって、少し陰のある顔でクラリスが切り出した。
「今回の事、もし本人たちの無念の想いがそうさせたのだとしたら……。母さんたちも蘇る事を望むのかしら」
ソルティは複雑な、泣きそうな笑いそうな顔をした後、ぽんとクラリスの頭を撫でる。そのままくしゃくしゃと、緩やかな青の髪をかき混ぜた。
「大丈夫。母さんたちなら絶対に大丈夫だよ。だからそんな怖い顔しないの。ドレスが勿体ないぞ」
そう言って、ソルティはクラリスのドレスを見たが――裾が破れているのを目にして頭を抱える。
「そうね、そうだといいわ」
「あー……これ、縫い直せるかな……帰ったら謝り倒さないとなぁ」
くすりと笑いながら、クラリスは髪を飾っていた花を外して、死者に供えた。死がふたりを分かつまで――かつてここで交わされていた永遠の誓いに思いを馳せながら、彼らは廃教会を後にする。
「言い忘れてたけど……ソル、馬子にも衣装ってヤツね」
「ありがと。クラリスも意外と似合ってるよ」
死者の舞踏会は終わり、どうか安らかな眠りをと願いを捧げ。葬送の戦を終えた花嫁と花婿は、月下の煌めきに彩られながら、静かに夜の森に消えていった。
依頼結果:成功
MVP:
名前:クラリス 呼び名:クラリス |
名前:ソルティ 呼び名:ソル・ソルティ |
エピソード情報 |
|
---|---|
マスター | 柚烏 |
エピソードの種類 | アドベンチャーエピソード |
男性用or女性用 | 女性のみ |
エピソードジャンル | 戦闘 |
エピソードタイプ | ショート |
エピソードモード | ノーマル |
シンパシー | 使用不可 |
難易度 | 普通 |
参加費 | 1,000ハートコイン |
参加人数 | 5 / 2 ~ 5 |
報酬 | 通常 |
リリース日 | 08月30日 |
出発日 | 09月08日 00:00 |
予定納品日 | 09月18日 |
参加者
会議室
-
2014/09/06-00:24
顔を出すのが遅くなってごめんよ!
日向 悠夜って言います。パートナーはプレストガンナーの降矢 弓弦さん。
クラリスさん、初めまして。よろしくお願いするね。
他のみんなは久し振り!改めてよろしくね。
全体の方針は了解だよ。
女リビングデットを優先的に狙って戦うね。 -
2014/09/05-10:06
クロス:
>エリーさん
確かにそうだよな…
今回は汚れても仕方が無い状況だし…
うん極力気をつける感じで挑むか! -
2014/09/05-00:43
ペアごとの行動と、前衛は男リビングデッド担当の旨、了解です~。
>クロスさん
戦闘の際にドレスが汚れてしまうかもしれませんが、そのことで村人さんたちから責められたりはしないはず! ……だと思います。 -
2014/09/03-22:56
クロス:
遅くなってすまない!!
>リビングデッドの逃走及び村への襲撃
ならオルクには出入口に配置させてリビングデッド(女)の方を退治しろって言っとくな!
先に後衛側が倒せたら前衛側へ手伝うようにも言っとくよ
>大蝙蝠による戦闘妨害
了解した
んじゃそんな風にプランに書いとくよ
それと読み返した時に思ったんだが…
婚礼衣装で戦うんだよな?
それって…ドレス…だよな…?
村の人達が用意してくれると言うが…
ドレス着ての戦闘…汚しそうなんだが(汗)
まぁ汚れたらその時になったら考えるか… -
2014/09/03-20:32
>クラリスさん
ごめん、今見返してみたらアタシが間違ってたみたいだ orz
個々で撃破だね、アタシもそちらが良いと思うな。 -
2014/09/03-19:39
>大蝙蝠による戦闘妨害
そうねー…蝙蝠に関しては5匹纏まって攻撃してくるとは限らないし、
あたしたち神人は『自分のパートナーが蝙蝠の妨害を受けないように
それぞれパートナーの近くで護衛をする』っていうイメージだったんだけどどうかしら?
間違ってたらごめんなさい!
皆の認識も教えてくれると嬉しいわ!
-
2014/09/03-16:32
皆ありがとう!じゃあ個々で撃破っていうよりも、精霊は精霊同士、神人は神人同士で纏まってそれぞれ相手をするって事で良いのかな?じゃあサマエルには男性側を担当するように言っておくよ。
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2014/09/03-12:41
>リビングデッドの逃走及び村への襲撃
あたしも入口を塞ぐ案に賛成よ。
ただ、リビングデッドはロイヤルナイトとテンペストダンサーに似た戦法を取るというし、サマエルさんとラダさんだけに前衛をお願いするのは確かに少しキツイかもしれないわね……
教会の出入口は一つだろうし、基本的にはプレストガンナー勢は可能な限り出入口付近に配置したままで
リビングデッド(男)×3は前衛組、リビングデッド(女)×3は後衛組みたいな感じで分担するのも手じゃないかしら。
ただ、今回はこっちの精霊の数より敵の数の方が多いのが厄介なのよねー
>大蝙蝠による戦闘妨害
そうね、蝙蝠の妨害はあたしたち神人で意地でも阻止しましょ! -
2014/09/03-10:18
クロス:
>リビングデッドの逃走及び村への襲撃
そうだなぁ、その案が今の所有効かな?
入口さえ塞いじまえば村に行く事は無いだろうし…
トラップとかやってる暇無いからね
>大蝙蝠による戦闘妨害
精霊達のジョブか…
まとめてみると
オルクス→プレストガンナー
ラダさん→シンクロサモナー
ソルティさん→プレストガンナー
サマエル→ハードブレイカー
降矢さん→プレストガンナー
わぉ、プレストガンナーが3人もいた…
あぁそれならプレストガンナーの3人に入口を塞ぐ役割をしてもらえれば良いのか?
サマエルとラダさんに前衛で戦ってもらう…
でも二人じゃキツいか…?
蝙蝠は俺達神人が相手すれば良いとして…
他に注意点とかあれば言ってくれ!
(背後:すみません!これから背後が仕事の為、会議室に来れるのが夜になってしまいます(汗)帰ってきたら覗きますので!!よろしくお願いします!) -
2014/09/03-00:33
うふふ。エリー・アッシェンと申します。
パートナーの精霊はシンクロサモナーのラダさんです。
月明かりのおかげで、視界に不自由しないのがありがたいですね。
・リビングデッドの逃走及び村への襲撃
単純な案ですが、精霊たちが入り口を塞ぐような位置に陣取る、とかでしょうか?
事前にトラップなどを仕掛けるのは、時間的に厳しいかもしれませんね……。
(エピソードが、廃教会に足を踏み入れた時点からスタートするので)
・大蝙蝠による戦闘妨害
好戦的な気質なんですねぇ、この大蝙蝠って。うふぅ……。
パートナーの精霊の戦闘スタイルにもよると思いますが、武装した神人が精霊の近くで待機し、大蝙蝠がやってきたら神人が迎え撃つのはどうでしょう?
大雑把な案しか浮かびませんね。
他の方のご意見、大歓迎です。 -
2014/09/02-19:18
クロス:
こんばんは!
俺はクロス
クラリスは初めましてで他は久し振り(微笑)
今回も宜しくな!
確かに、この二つが重要且つ注意点か…
蝙蝠がさほど強くないなら神人達だけで退治するのはどうかなと思ったけど危険だよな~(汗)
うーん…どんな作戦が良いのか… -
2014/09/02-17:43
初めまして、あたしはクラリスよ。
ちょーっと薄気味悪いけど、成仏して幸せにならなきゃいけない人たちが成仏出来ずに
デミ・オーガ化してるなんて事、放っておけないわ。頑張りましょうね!
確かに、何がトリガーになって村を襲いに行くかわからないものね。
あと、蝙蝠に妨害される可能性も高い以上、万が一リビングデッドが逃走した場合の妨害は最悪の結果になりかねないわ。
蝙蝠自体の戦闘力は低いとはいえ注意が必要だと思うの。
・リビングデッドの逃走及び村への襲撃
・大蝙蝠による戦闘妨害
大きくだけどこの二つに注意すればいいんじゃないかしら? -
2014/09/02-16:05
こんちはー油屋。だよー!クラスさんは初めまして、他の人はお久しぶり~
今回は単純に敵を倒せば良いみたいだね。気を付けるべき事は
教会からリビングデッドが逃げ出さないようにするぐらいかな?