淑女と紳士の皆様へ(木乃 マスター) 【難易度:簡単】

プロローグ

「あー……どっかに執事とか落ちてないかなぁ」
受付に座る女性職員は退屈そうに独り言を呟いていた。
ボリュームのあるクセ毛をツインテールにしたガン黒の……いわゆる、ギャルなのだが心は純粋な乙女のようだ。
「手を引いてエスコートしてくれてぇ、席に座るときは椅子を引いてくれてぇ、優しく微笑んでくれちゃったりとかぁ……」

「……あの」
ギャル職員が脳内の王子様にお花畑へエスコートされかかったとき、不意に声をかけられる。
「……えっとぉ、来るとこ間違えてねぇスか?」
声をかけてきた相手は、とても誠実そうな青年だった。
しかしその装いは……黒のテールコートに白シャツ、手元は純白の手袋。
足元は綺麗に磨かれた革靴、首元には細身のリボンタイをつけていた。
――――俗に言う、執事に見える。
ギャル職員は妄想は妄想と割り切れているのか訝しげに見つめながら、青年に訪問先を確認する。
「いえ、間違えておりません。A.R.O.A.に……正確にはウィンクルムの皆様に用事があり馳せ参じました」
青年は安心したように穏やかな笑みを浮かべると、ギャル職員の言葉を否定する。

(うそうそ、生執事なんだけど!?マジ受ける!)
「なになに、オーガでも出てきちゃった感じ!?そこんとこ詳しく聞きたいんだけど!!」
「い、いえ……オーガではなく、こちらの茶会にご招待させて頂こうかと」
ギャル職員の食いつきぶりに執事は少し引きつつ、胸元から一通の封書を取り出す。
丁寧に赤い封蝋をされており、封蝋には月桂樹の印字があった。

「私は『Cafe des fleurs』の執事長を務めております。この度はウィンクルムの皆様にご協力を賜りたく馳せ参じました」
『花の喫茶』という意味のある執事喫茶からやって来たという執事長は、改めて自己紹介すると恭しく一礼する。

この執事喫茶、最上級のもてなしと最高級のお茶会が楽しめると噂されているが
不定期に開店し、予約も常に埋まっているため一種の都市伝説のように言われているのだ。
「実は執事研修を実施するのですが、そちらにご参加をお願いしたい所存でして」
「執事研修?」
「執事というのも主人に最高の奉仕をするためには修練が必要なのです。
 詳しいお話は招待状に書いてあるので、そのままお伝え下さいませ」
執事長は再び恭しく一礼すると、そのまま帰っていった。

***
「チョー羨ましいんだけど、 Cafe des fleursに招かれるなんて!」
神人達に憎々しい様子でキッチリと伝えるギャル職員。
「執事研修?なんだけど、今回は1500Jrのクイーンコースを執事見習いがもてなすからモニターして欲しいんだって。
 見習いの中でも優秀な子が揃ってるから、指示とかは出さなくていいそうよ。
 ……あ。モニターだからお金はかなり安くしてくれるってさ」

「日時は全員午後3時にお店の庭園で、今年は暑かったからまだ薔薇が見頃って感じ?
 カジュアルな雰囲気でやるから服装はよっぽど変な格好じゃなきゃなんでもいいって。
 あ、あとね」

ニヤニヤしながらギャル職員はこっそりと耳打ちした。
「問い合せたら、精霊にも執事服を貸してくれるって言ってたから精霊に執事やってもらうことも出来るよ♪
 モニターのこと内緒にして、精霊に執事してもらうのも面白いかもよ」

解説

目的:
お茶会を満喫しよう
(精霊に執事をやってもらう場合は『精霊のおもてなしを満喫しよう』)

Cafe des fleurs:
不定期に開店する謎の執事喫茶。
ヴィクトリア調のエレガントな館と広大な庭園を有しており、
『花の喫茶』に相応しく季節の花々が開店する度に変わっている。
最上級のもてなしと最高級のお茶会が満喫できる、という噂がある。
今回は新人執事の研修としてモニター協力をしてきた。

お茶会:
参加者は全員午後3時、お店の庭園にいる。
現在は赤、白、ピンクの薔薇が見られる。
バラは観賞用なので手を触れないように…

庭園は垣根で区切られており一種の個室になっている。
今回はモニター協力のため、見て回ることは不可。

執事達が個別にお茶菓子や紅茶を入れてくれるが、
指示を出さなくても察して動く。
2人きりになりたい時はすでにその場から離れているのでプランに書かなくてOK。

メニュー:
いわゆる英国式ティータイム。
一口サイズのミートパイ、色とりどりのクッキー、
香ばしいスコーンに紅茶(英国式なので紅茶しか出ません)
スコーンへ付け合わせる生クリームにジャムが添えられる。

指定がなければ紅茶はダージリン、ジャムはブルーベリーになる。
紅茶と言ってもハーブティーも用意できるようで、ロイヤルミルクティーもその場で作れる。
モニター割引で『400Jr』
※通常は1500Jrですが、今回は全員モニター割引されます

用意できる執事服は男性物のみ。
女性の体格に合うサイズは一切ありません。
そして更衣室も男性専用ですので、
誤って神人は執事服は着用しないように…ちょっとした騒動になります。

ドレスコード:
かしこまった形式ではないので特になし。
カジュアルな装いが好ましい。

注意事項:
他ウィンクルムの雰囲気にも配慮してエレガントな振る舞いで、
突拍子もない行動はお控え下さい。

ゲームマスターより

紳士は良いです、意味深じゃなくそのままの意味で。木乃です。

今回は新人執事のおもてなしをモニタリングする……
という名目でお茶会を楽しんで頂きます!
淑女の皆様ならエレガントな振る舞いで楽しんでくれるでしょう。
執事と仲良くしてると精霊も嫉妬しちゃうかも?

それでは皆様のご参加お待ちしております。

リザルトノベル

◆アクション・プラン

アリシエンテ(エスト)

  本日の装い:黒基調に白リボンや下地等でアクセントの入った派手すぎない長袖のゴシックワンピース

いつも大暴れしているのとは異なり
場所を人目の無い自宅と同じように判断

「良く整えられた薔薇ね」
ずっと長年執事のエストと過ごした、お互いに話し相手としてすら見なかった空気のような無言の日々

顔を向け綺麗な言葉を並べるのは、相手にこの場の主催者がいる時のみ
それらと同じ様に案内された席で、主催がいない為、誰にとも無く告げる
これでも楽しんでいる

エストと居過ぎたせいか、執事達の行動は粗があった場合のみ無言でカウント
しかし頭から水を被せられても冷静で怒らない

モニターなので帰りに感想を聞かれたら、感想を静かに素直に伝える



Elly Schwarz(Curt)
  心情】
モニター自体初めてなので、緊張します。

行動】
・執事さんの話を聞く
庭園とても素敵ですね。近くで見れないのが少し残念です。
初めて英国式を体験しましたが、優雅な一時ですね。
(並べられた菓子とロイヤルミルクティーを頂く)

・執事さん退室後(クルトが考え込んでいる姿に気がつく)
あの、クルトさん。最近何かありましたか?
あなたが悩んでると、僕心配です…う、ウィンクルムとして!
ですからミートパイを食べて元気になりましょう!(無意識にアーン)
ハッ!ふ、深い意味はないです!すみません!
助けられてばかりですから、僕だって力になりたいんですよ。
(ウィンクルムとして。僕もそう思うのに、何故心がざわつくのでしょう?)



香我美(聖)
  自分から執事喫茶に行くって事は無いですし、行きたい人が予約も取れないって言うような執事さんがどんなサービスをしてくれるのか行きたがって子に教えてあげたら喜んでもらえるかしら。
『花の喫茶』と言うぐらいですし、薔薇の花を見るも楽しみですね。

滅多にないことだし少し照れてしまいますね。
執事さんの行動は素敵だけれど、聖さんは楽しめているかしら。

まあ、最終的にはきれいな薔薇とおいしいお茶に気が行ってしまって上品な喫茶店に来たときと同じ様な反応になりそうですけれど。

・服装
白のブラウスに黒のロングスカート



シャルル・アンデルセン(ノグリエ・オルト)
  執事さん、って不思議な感じですね。ノグリエさんのお屋敷にはメイドさんはいらっしゃいますが執事さんていなかったですよね。
執事さんの恰好で私にお茶を入れてくれたり…それ以外でもノグリエさんは私のことを甘やかしてくれる。
今日もきっと私が落ち込んでいたから連れてきてくれたんでしょう。
ノグリエさんと一緒にいるのは幸せです。
けれどノグリエさんはなんでそんなに私に良くしてくれるんでしょう?
私はそんな大事なことを覚えていないんです。
思い出そうとするとなんだか寂しい気分になるんです。
でも、こんなにもよくしてくれるノグリエさんにこんなこと言えなくて。
私はノグリエさんにこんなにも良くしてもらえるような人間なの?


ティカル(ガイ)
  アドリブ歓迎
お茶会…。執事さん……。
僕、こういう雰囲気好きですね。
【わたくし ~ですわ ~ですのよ というお嬢様口調で】

服装
・白のワンピース
・藍色のショール
・髪型は三つ編みおさげ

行動
・ガイに執事してやろうかと言われ、キョトン。
 だけど見てみたいので「冗談ではなくやってください」とニコリ。
・紅茶はハーブティー。ジャムはブルーベリー以外。
・執事と話してみたいと思い、丁寧に声をかける。



◆お帰りなさいませ
―お嬢様、旦那様。
恭しく一礼するテールコート姿の男性が両脇に整列して並んでいる、30名ほどだろうか?
16歳くらいの初々しい少年もいれば、還暦を超えているだろう落ち着いた雰囲気の老紳士も混ざっている。
全て『花の喫茶』と呼ばれる《Cafe des fleurs》で奉仕している執事である。

「へぇ、キチンと修練を積んだ使用人ばかりね」
アリシエンテは目の前に並ぶ執事達の一糸乱れぬ動作にポツリと呟く。
今日は黒を基調に白リボンがアクセントに入った派手すぎない長袖のゴシックなワンピース姿。
下地にもさりげなく白リボンを混ぜており、シンプルながら上品で可愛らしい装いである。
(ふむ、ここで働くだけでは勿体無い者ばかりのようですね)
後ろで控えていたエストも目の前に整列する執事達の動きに感じるものがあるのか、感心したように見つめている。
しかし思うところがあるのか、なんとも言えない表情をしている。
『旦那様』と呼ぶ立場だからこそ、逆にそう呼ばれることにむず痒さを感じたのかもしれない。
「ダメよ、エスト。そんな顔をしては招待して下さった方に失礼よ」
クスリと小さく微笑みながらアリシエンテはエストをたしなめる。
「……失礼致しました、私が『旦那様』と呼ばれるのは不慣れなモノで」
エストはすぐに表情を引き締めると正直に自身の心境を伝える。
(ま、少しは恥らいがあると思ってあげればいいかしら)
表情には出さぬように気をつけながらアリシエンテは向き直る。

「ぼ……わたくし、こういう雰囲気は好きですわ」
ティカルがいつもの口調を引っ込めつつ、興味津々な様子で執事達やその向こうに見える屋敷を見つめていた。
今日は白いワンピースに髪色と同じ藍色のショールを羽織り、髪型も三つ編みに整えて清楚なお嬢様スタイル。
「お前からそんな言葉が出るとは、これは予想外だな」
ああ、今日はお嬢様だからか?とからかうのはガイ。
黒色のライダージャケットに同色のTシャツとズボンでカジュアルというより、メタルでロックな衣装。
「そうですわ、今日は執事さんが美味しいお茶とお菓子も用意してくださる素敵なお茶会ですもの」
「ふーん……じゃあ、俺が執事になってやろうか?」
ティカルの機嫌のよさそうな態度に面白がってガイも冗談めかしに申し出る。
突然の申し出にキョトンとしているティカルに内心気まずさを感じて取り消そうとするが
「じゃあガイがわたくしの執事ですわね?」
「え」
「やって下さるのですよね、冗談ではなく」
その笑みには有無を言わさない凄みがある、ガイは少なくともそう感じた。

Elly Schwarzは内心緊張していた。
(モ、モニターなんて初めて、何をしたらいいのでしょうか?)
『モニター体験』というが体験者は特別なにかをする必要はない、強いて言うなら体験した感想を伝えればそれで充分だ。
「なんだぁ、この程度で緊張か?」
懐かしそうに眺めていたCurtがEllyの様子に気づいて茶化すようにニヤリと笑う。
あきらかにからかっている様子のCurtにムッとしながら横目で睨む。
Curtはどこ吹く風といった様子でそのまま言葉を続ける。
「見習いとはいえ優秀な執事だろ?黙って奉仕を受ければいいんだ、気になるならさっさと執事長に言え。そういう事だろ?」
いつの間にか脇に控えていた執事長にCurtは問いかける。
「はい、お嬢様にお楽しみ頂けるように誠心誠意ご奉仕をさせて頂きますのでご不快な事が御座いましたらすぐにお申し付け下さい」
Curtの問いにニッコリと笑みを浮かべる執事長、Ellyは少しだけ気が楽になった。
(そんなに格式張ったモノじゃないみたいですし、ゆっくり楽しみましょう)

「わぁー……執事さん、って不思議な感じですね」
物珍しそうな視線を向けるシャルル・アンデルセンは少年から老人まで同じ装いをしている光景に目を瞬かせた。
ノグリエ・オルトは細く切れ長の目でなんでもない風に同じ光景を見ている。
「でも、ノグリエさんのお屋敷にはメイドさんはいらっしゃいますよね」
「世間にはメイド喫茶なる場所もあるそうですよ」
ノグリエの切り返しはやや強引だったもののシャルルは「それもそうですね」とポンと両手を合わせており、ノグリエの言葉を真に受けていた。
(……本当は違う理由もありますけれど、ね)
「今日はボクが執事役を務めさせてもらいます、いいですか?」
「えへへ、ちょっと恥ずかしいですけどお願いします」
ノグリエの誘いを受けてやってきたシャルル、連れてこられた真意は解らないもののいつもと違う環境に嬉しさと恥じらいを交えた笑みを浮かべる。
(もしかしたら……今日もきっと私が落ち込んでいたから連れてきてくれたのかも)
心に暗い影がふと過ぎり、シャルルは悲しげに目を伏せる。
蜂蜜色の瞳が不安げに揺れているのをノグリエは見逃さなかった。

「綺麗な場所ですね、聖さん」
薄桃色の唇に弧を描き景色を眺めているのは香我美。
白いブラウスにロングスカートのシンプルな装い、そのシンプルな着こなしが落ち着いた印象を引き立てる。
自分から行くこともなし、行きたい人ですら予約の取れないような執事喫茶からの招待。
(……そういえばあのふわふわ髪の職員さん、行きたがっていたわね)
どんなもてなしをされたか教えたら喜んでくれるかしら、と思いつつ屋敷に視線を向ける。
ヴィクトリア調の石造りの建物、円柱状の角部屋をアクセントにとんがり屋根が印象的な屋敷だ。
庭園から薫る薔薇の甘い芳香が、おとぎ話の中にいるような雰囲気を感じさせる。
「こんな所初めてだけど、男の僕でも楽しめるのかな」
聖は不思議そうに首を傾げている、今日はカラーシャツにスラックスと派手過ぎない装いをしている。
「性別は関係ないと思いますよ、楽しむ気持ちがあればなんでも楽しいと思います」
品の良い笑みを浮かべて香我美は聖の疑問に答える、内心では少しでも楽しめるようにと祈りを込めて。

***
「それでは、これより皆様をご案内させて頂きます。本日お仕えさせて頂く者がご案内いたしますのでそのままお進み下さ……あ」
執事長は案内の申し出の後、ふと思い出したように言葉を止める。
「ガイ様、ノグリエ様は支度がございますので私と共に来て下さい。ティカル様とシャルル様は先の通りにお席へご案内させて頂きます」
ようやくかと言いたげなノグリエに対し、冷や汗を垂らしているガイ。
対照的な反応を見せる2人は執事長と共に屋敷の中へと消えていった。
残りの8人は各々のテーブルをもてなす執事に連れられて、庭園へと誘われる。

――視界にはどこかで聞いた不思議の国のような、薔薇の庭園が映る。

◆薔薇園
「庭園、とても素敵ですね」
Ellyは柵で仕切られた庭園の薔薇をまじまじと見つめる。
赤、桃、白の薔薇がグラデーション状に植えられていた。
「お気に召したようで光栄です」
笑みを返す執事は優しげで柔らかな印象の20代くらいの青年。

EllyとCurtが通された場所は全面、白薔薇で囲まれていた。
丸いガーデンテーブルとチェアが2脚、テーブルには香ばしい香りのお菓子が並んでいた。
「ありがとうございます、ここも綺麗ですね」
Ellyは目を見開き嬉しそうに礼を告げる、Curtはそんな様子を見せられて面白くもなんともない。
「早く茶の用意をしろ」
Curtはそのまま乱暴に席に着く、不機嫌な様子に驚きつつEllyも対面のチェアに向かう。
執事は「失礼いたしました」と詫びつつEllyの椅子を引いて席に着かせるとすぐに紅茶を淹れ始める。

Ellyの前には温められたミルクを茶葉に通したロイヤルミルクティー、Curtの前には琥珀色のダージリンティーが出される。
「いい香りです」
終始、笑みを浮かべるEllyの様子に眉間のシワが深まるCurt。
執事は使用した食器を手にその場を離れ、同時にEllyがCurtの様子に気づく。
「どうしたんですか?」
「別に」
Ellyの問いにも無愛想に返すCurtは出されたダージリンティーを険しい顔で啜る。

「クルトさん、最近何かありましたか?」
先程から不機嫌になり始めたCurtにEllyがまくし立てるように言葉を続ける。
「あなたが悩んでいると、心配です……う、ウィンクルムとして!」
Ellyはテーブルの上にあったミートパイを取ると
「ですからミートパイを食べて元気になりましょう!」
バッとテーブルに身を乗り出してCurtの眼前にミートパイを差し出す。
「珍しく大胆だな?」
「ふ、深い意味はないです!」
Curtの感想に我に返るElly。
「照れる事はない、頂くとしよう」
差し出されたミートパイをそのまま一口、Curtの口の中にパイのサクサク感と牛挽肉と玉葱の旨みが広がる。
「悪くはないな」
「……助けられてばかりですから、僕だって力になりたいんですよ」
「助けるのはウィンクルムとして当然だろ?」

(ウィンクルムとして……僕もそう思うのに、何故心がざわつくのでしょう?)
Curtの言葉は間違っていない、そう考える頭とざわつく心にEllyは戸惑いを感じていた。

***
「……」
「……」
アリシエンテとエストはここに来るまでも終始無言だった、主催者に相当する執事長の目を離れたからだろう。
付いた執事はアリシエンテと同い年くらいの涼やかな目元が印象的な青年。
2人分のダージリンティーを黙々と淹れている。
「良く整えられた薔薇ね」
「有難うございます」
アリシエンテの言葉に涼やかな執事は一言だけ礼を告げる、囲うような薔薇の垣根には情熱的な赤い薔薇と儚げな薄桃色の薔薇が咲いている。
執事はカチャ、と小さな音を立てながらカップの乗ったソーサーを置く。
(……食器の音を立てるなんて初歩的なミスだわ、所詮見習いね)
しかしアリシエンテは一瞥するも表情を変えずに黙って紅茶を口にする、マスカットのような芳香とさわやかな味わいが口の中に広がる。
セカンドフラッシュと呼ばれる初夏に摘まれた茶葉だ。
エストも食器の音には気付いたものの、指摘する様子は見られずダージリンの香りを確かめている。
どうやら今は完全に客人としての立場に徹しているようだ。

「比較をすれば」
穏やかな風の流れが沈黙の中を通り抜けたとき、唐突にアリシエンテが口を開く。
「エストは変わってしまったわね」
視線は紅茶に向いたまま。それは今まで通り空気のような扱いをしている為。
再びしばしの沈黙が流れ、今度はエストが口を開く。
「そうでしょうか」
その言葉が表す意味はそのままである。
変化というものは常に見ているモノであると気づきにくい。それが『自分』という生を受け、最期まで付き合うモノなら尚更。
しかし顔を上げると、エストの金色の瞳には戸惑いが浮かんでいた。
「いや……もしかしたら、そうかも知れません。ご不快であるようならば、今すぐにでも──」
「そのままで良いわ」
遮るようにアリシエンテの言葉が紡がれる。
「……ええ、そのままで」

アリシエンテの言葉に目を見開いたエスト、そして
「ありがとうございます、アリシエンテ」
静かに、そしてハッキリと礼を宣べる。その口元には微かに笑みが浮かんでいた。

***
「お待たせしてしまいましたね、お姫様」
ノグリエは先にシャルルを案内した執事に通されて、シャルルの待つ庭園の一角にやってきた。
薄紅色の薔薇と赤みの強い桃色の薔薇が咲いており、その中に座して待つシャルルの姿はより際立って見えた。
「全然待ってないですよ」
別れてから10分程度。
楽しみにしていた気持ちの方が強いのだろう、シャルルは満面の笑みで迎え入れた。
「まずはお茶を出しましょうか」
ノグリエは茶葉とティーカップが温められていることを確認すると電気式のコンロでコポコポと音を立てているケトルを揚げる。
「カップも温めておいた方が香りも良いのですよ」
陶磁器のティーポットに蒸した茶葉と熱湯を移し、温めたカップをシャルルの前に置くとそのまま勢いよく注ぐ。
カップの中に琥珀色の水が溜まり、ふわりと紅茶の香りを広げる。
「ホントの執事さんみたいですね」
「いわゆるゴールデンルールという淹れ方ですよ、どうぞ」
実はノグリエは先ほど執事から聞いた手順通り動いただけ、という事はまた別の話。
シャルルは促されるままシュガーポットから角砂糖をひとつ加えると一口。

「……うん、とっても美味しいです」
そう呟くシャルルは微笑む、身につけた羽先の青い羽飾りのような力を入れてしまえば壊れてしまいそうな儚さを感じさせる。
(ノグリエさんと一緒にいるのは幸せ、けれどノグリエさんはなんでそんなに私に良くしてくれるんでしょう?)
過去を思い出そうとすればするほど寂しい気持ちが込み上げる、こんな事すら伝えられないのに。
「……シャルル」
静かに、けれど力強さを秘めた愛しい声が語りかける。
「何を言われたんですか?今、何を考えているのですか?」
聞かれている意味は解っていた。先日の占い師の言葉、そして私の気持ち。
「なんでもないですよ」
今はまだ伝える勇気がない、シャルルは精一杯の笑みを返す。
―そんな強がりはノグリエの前では意味を成さないと解っているけれど

「シャルル……ボクのお姫様。どうか前みたいに自然な笑顔を見せてくれませんか」
ノグリエは真摯な眼差しを向けている。
(……勇気がなくて、ごめんなさい……でもいつか、必ずお伝えします)
そう心の中で誓ったシャルルはもう一度、ホントになんでもないですよ、と儚げな笑みを返した。

***
「こんな色の薔薇もあるのですね」
香我美の通された先には白薔薇が咲いていた、しかし普通の白薔薇ではなかった。
「花先に色が付いているね、誰かがペンキで色を付けようとしたのかな?」
それは淡く薄いクリーム色をしていて、花先に紅色や濃い桃色に染まっている薔薇だった。
聖はどこかで聞いた童話を思い出し、思わず笑みを零す。

「そちらはスィートネスとエモーションと呼ばれる品種です」
メガネをかけ、髪を後ろに撫でつけるように整えた生真面目そうな執事が答える。
加賀美が席に着くときは椅子を引き、表情を変えずに執事は紅茶を淹れる用意を始める。

(ふふ、本当にお嬢様のように扱うのですね……少し、恥ずかしいです)
香我美は紅茶を待つ間、執事の丁寧な対応に少しだけ頬が熱くなる感覚を覚える。
終始落ち着いた振る舞いを見せるが、やはり香我美も女性であることには変わりはない。
「ふふ」
「……聖さん?」
「なんでもないよ」
向かい側に座っている聖は機嫌良さそうに微笑んでいる、香我美は不思議そうに聖を見ていると脇から用意された紅茶が静かに置かれる。
「セカンドフラッシュのダージリンティーです」
「……綺麗な水の色ですね」
香我美はカップの中を覗くと紅茶の中でくるくると細かな茶葉が回っているのが見えた。
淹れたばかりだからこそ、見える。
聖も同じ物を出されると「ありがとう」と告げて一口飲む。

「紅茶って、こんなに美味しかったんだね」
「……これも、最上級のおもてなしの一助なのでしょう」
聖の顔から嬉しそうな笑みがこぼれたのを見て、聖も楽しんでくれているのだろうと香我美は感じた。

***
「お茶はハーブティーがいいですわ、あとジャムはブルーベリー以外でお願いします」
「……かしこまりました、僭越ながら私が選ばせて頂きます」
長い黒髪の途中を赤いリボンでまとめた執事は、置かれていたバスケットから乾燥したハーブの詰まっている小瓶を取り出す。
「季節の変わり目ですので、ジンジャーで疲労回復と冷え予防を。エルダーフラワーで風邪予防も兼ねたお茶をご用意いたします」
執事は二つの瓶を取り出すと茶漉に乾燥ハーブを入れてハーブティーを淹れる用意を始めた。

「……おい」
「あら、何時からいらっしゃったのですか?ガイ」
つまらなさそうな顔をしているガイが突っかかるように呼びかける、ティカルは気づいていなかったようだ。
「お前、この俺に執事やれって言っておいて……」
「だって執事さんとお話なんて滅多にできる機会じゃないですのよ」
ティカルは不思議そうにガイを見つめるが、ガイは苛立ちを通り越して呆れたような視線を向けていた。
「はぁ……どうせハーブティーなんか淹れられねぇからいいんだけど」
ガイは溜息を吐きながらティカルの対面の席にどかっと座った……が、黒髪の執事が首根っこを掴んで立たせる。

「……今の貴方は『執事』ですよ、立場を弁えて下さい」
ニッコリと微笑むその表情は蛇のような、冷たい鱗が頬をなぞるようなゾワリとしたモノを感じた。
「ふん」
面白くなさそうに鼻を鳴らしたガイはティカルの後ろに回ってむすっとした顔をしていた。

(……あら、これではガイは来賓として楽しめないですよ?)
ティカルはふと疑問が湧いて出てきた。ガイも楽しむつもりでやってきたはずなのに。

答えはかんたんである。
ガイは『執事』をティカルにやれと言われ、『執事』として同席しているからである。
当然、召使の分類に入る執事は主人と同席し、同じ執事の給仕を受ける事は出来ない。

何故でしょう?とぼんやり考えるティカルの後ろにいるガイの表情は見えないが、機嫌は良いとは言えないだろう。

◆いってらっしゃいませ
「お嬢様、旦那様、ご堪能頂けましたか?」
一通りお茶会を過ごした面々が再び門を潜ろうと屋敷の方へ歩いていくと、執事長が恭しく一礼する。
「ご不快なことはありませんでしたか?」
「……そうね、ティーカップを置くとき音を立ててしまうのは初歩的なミスと言わざるを得ないわ」
アリシエンテは思ったままの、率直な感想を述べた。
「それは……確かに、基本の動作が出来ていない証拠ですね」
「でも、スジは悪くなかったわ。お茶を淹れる動作もキチンと出来ていたし……もう少し、修練が必要なだけかと」
執事長が少し眉を寄せると、アリシエンテは言葉を続けた。
「ありがとうございます、頂いた感想は見習いの者にキチンとお伝えしたします。本日は貴重なお時間を賜り大変光栄に思います」

屋敷の門の前に来ると、執事長を中心に執事が横一列に並ぶ。
「いってらっしゃいませ。お嬢様、旦那様……皆様のご健闘、お祈り申し上げます」
執事長の最敬礼に合わせて他の執事達もそれに倣う。

強く吹いた風に乗って薔薇の香りも後押ししてくれた。



依頼結果:普通
MVP

メモリアルピンナップ


エピソード情報

マスター 木乃
エピソードの種類 ハピネスエピソード
男性用or女性用 女性のみ
エピソードジャンル ハートフル
エピソードタイプ ショート
エピソードモード ノーマル
シンパシー 使用不可
難易度 簡単
参加費 1,000ハートコイン
参加人数 5 / 2 ~ 5
報酬 なし
リリース日 08月29日
出発日 09月09日 00:00
予定納品日 09月19日

参加者

会議室

  • [6]アリシエンテ

    2014/09/06-19:54 

    いつもながらにっ、遅くなって……!(ばたばたしていたのを、何かが脳内を横切りぴしりと止まる)

    『皆さん、ごきげんよう。
    私はアリシエンテと申します。この場を皆様と共有出来る機会に、心より感謝を』

    ……こ、こんなに疲れたものだったかしら……っ、む、昔は呼吸するように出来たものを……!
    皆様っ、どうか宜しくお願いするわねっ!!

  • [5]香我美

    2014/09/06-00:19 

    こんばんは、初めまして。
    ご挨拶が遅くなりまして、香我美と申します。こっちはファータの聖さんです。
    宜しくお願いしますね。

    執事喫茶って、話に聞くことはあっても行くのは初めてなので楽しみです。

  • [4]ティカル

    2014/09/03-23:54 


    まさに一人前になるための修行、でしょうか。
    初めまして、こんばんは。僕はティカル。とガイと申します。

    宜しくお願いしますね。

  • 初めましての方は初めまして、お知り合いの方は改めまして
    僕はElly Schwarzと言います。精霊はディアボロのCurtさんです。
    よろしくお願いします!

    モニターなんて初めてなのでドキドキしますね!

    (誤字がありましたので再投稿しました。)


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