【夏祭り・鎮守の不知火】もふもふわらわら(紺一詠 マスター) 【難易度:とても簡単】

プロローグ

『すねこすらせろー』
『すねこすらせてー』
『すねこするのだー』

 犬とも猫とも付かぬ、つぶらな黒い瞳の、小動物めいた生き物が大量発生し、祭りに訪れた人々の足許に擦り寄るという珍事が起こった。
 生き物の名は、すねこすり。妖怪の一種だ。人懐こい性質で、夜道の歩行者に忍び寄り、毛むくじゃらの全身を使って人の脛をこすろうとする。やることといったら、ただそれだけ。こすりどころ(なんだそれ)が悪ければ転倒もありうるし、害を為そうとする人間には噛み付くこともあるものの、大勢にとっては多少歩きにくくなるぐらいの、比較的無害な妖怪である。

『もっといっぱいこすりたいなー』
『もっといっぱいこすりたいねー』

 が、今回はちょっと様子が違うらしい。
 先ずは、数。多い。多すぎる。1人の人間に10匹以上ものすねこすりが殺到するのだ。転倒による負傷者は今のところないようだが、それも時間の問題であろう。
 そして、場所。すねこすり達は鎮守の森から浮かれ出て、紅月祭りの只中へあふれ、祭りの客に突進しているそうだ。ちょっとした営業妨害、祭典妨害である。
 最後に、熱。炎龍王の加護の下にあるせいか、通常のすねこすり達より幾分体熱が高いらしい。といってもじんわりする程度だが、夜間とはいえ季節は晩夏、なまぬるい生き物にこぞって膝下に詰め掛けられると、なんというか、こう……とてつもなく鬱陶しい。祭りに興じるどころではなくなる。
 別のなにかを愉しみたい人々には好評らしいが、ムスビヨミへの信仰の奉呈という、紅月祭りの本来の意義を考えると、すねこすりをこのまま放任しておくのも考えものである。

『ふわふわのすねーごつごつのすねー』
『たぷたぷのすねーしなしなのすねー』
『すべすべのすねーもじゃもじゃのすねー』

 さて、本題に入る。すねこすり達は殊の外、ウィンクルムの脛がお気に入りのようだ。祭りでもウィンクルムの脛をえらんでこすっていったという目撃情報がある。なんとなくではあるが、ウィンクルムの気配を察する能力があるのかもしれない。
 そこでウィンクルムの諸氏には、トランスをして鎮守の森へ入り、思う存分に歩き回って、すねこすり達の気を晴らししてやってほしい。これで少なくとも祭りの期間中、すねこすりがあふれることはなくなるだろう。

『すねーすねー』
『すすすすねねねね』
『すねすねすねねーすー』

 追記:なお、すねこすりは動くもの、生身の肌がお好みのようなので、そのあたりを踏まえた対応が望ましい。

解説

なんだかんだで、デートっぽい?

・個人行動でも団体行動でも大丈夫です。御自由にどうぞ。
・鎮守の森では、すねこすりの他の妖怪は出ません。安心してさくさく歩き回ってください。
・1時間も相手してやれば、すねこすりは満足します。
・鎮守の森に入るまえに祭りに立ち寄る時間は、十分あります。
・でも、ゴミは各自でお持ち帰りしましょう。
・すねこすりはすねこすりなんで、脛が好きです。腕や腹では満足しないみたいです。この注釈、どうでもいいですね。

ゲームマスターより

おひさしぶりになります、紺一詠です。
諸々御迷惑をおかけしました。おめおめと舞い戻ってまいりました。心の広い方はまたどうぞよろしくおねがいいたします。

リザルトノベル

◆アクション・プラン

信城いつき(レーゲン)

  すねこすりを満足させるんだよね?
レーゲン、対決しない?何匹すねこすりさせるか。
負けたら勝った方の言うこと聞くんだよ、じゃスタート!

わわわ来た来た。くすぐったいけど我慢我慢
これ任務だから、いっぱい可愛がってあげないとね
はいこっちのすね空いてるよー
(移動させるどさくさで、こっそりもふもふ)

多分レーゲンの事だから俺が勝つようにする思う。
だから
「俺よりすねこすり少ないよね……じゃあレーゲンの勝ち!」
俺、すねこすりの数が多い方が勝ちなんて言ってないよ(どや顔)

さあ願い事言って。
いつも俺の事ばかり大事にしてくれるよね
だからたまには俺も大事にさせて

こんなのでいいの?仕方ないなぁ
(レーゲンの胸にすりよる)



俊・ブルックス(ネカット・グラキエス)
  浴衣:紺地の格子柄
持ち物:冷却ジェルシート
動きやすいよう浴衣の裾たくし上げ
特に処理してないけど脛はツルツル

まあそう言うなよ、これも任務…って
その言葉は失敗するフラグじゃねえか!?
つーか先月もやったぞ再結成

文句を言いつつも、脛をこすられながら今流行りの妖怪アニメの体操風ダンス
これは犬じゃない、もふもふしてるだけの妖怪だ
そう考えると怖くはない

終わったら希望者にシートを配布
やっぱりちょっとなまぬるいなー、ぺたり
そうだな、次はまたダンスのできる依頼…っておい!
戦闘任務じゃなかったのかよさっきと言ってること違うじゃねーか!?
踊り疲れたんじゃなくてツッコミ疲れなんだけど…言っても分からねえだろうな、はぁ…



柳 大樹(クラウディオ)
  折り畳み椅子2脚借用。座って足揺らせば、動いてはいるよね。
ラムネ2つ購入。片方はクロちゃんの。

フードと口布外せ。浴衣に合わないんだよ。
:抵抗無く頬にキスしトランス

すねこすりー。ウィンクルムが来ましたよー。
:椅子に座り、浴衣を捲り偶に足を動かす
:生温さは我慢、トランス効果限界まで付き合う
:要望あれば歩く

:すねこすりを眺め
クロちゃん、この前は悪かったね。
俺の我侭で無茶な任務やらせてさ。

相変わらずくそ真面目なことで。:溜息

:前回のデミ・ウルフの死骸と、顕現の切欠のデミ・ウルフを脳内で思い返す。
(自分でヤれたら、気が済むと思ったんだけど。所詮、八つ当たりは八つ当たりか)

:一匹撫でて
すっげえ、もふもふ。



アルクトゥルス(ベテルギウス)
  ベルたんが積極的で私は少々驚きを隠せませんが、良い事だと存じます

森に行く前に少しお祭りで遊んで行きますがなんだかソワソワしており早めに引き揚げて森へ

トランスは初ですがキスは他の方と何度も

なので抵抗は無いですが

ベルたんの心はモコモコにあるようです

拒絶されるよりも良いので私は喜んでトランスしますが

イラッとしたのは気のせいです

気持ちを隠すのは得意ですから、私

こすりやすいようにゆっくり歩き、お互い転びそうになったら手を差し出して支えます

すねこすりに通じるか存じませんが
炎龍王の配下では暑苦しいから夏はヒンヤリしていたら喜ばれるとお勧めします
冷たいすねこすりを集めた広場があったら気持ち良さそうですし



●鎮守の杜
 白地に笹の葉散らした散った浴衣を、涼やかな色目の角帯できりりと締め上げて、ネカット・グラキエス、しかし両腕を交差に組みつつ、すこしばかり不承顔。
「いつになったらまともに戦闘できる任務につけるのでしょうか」
 本日の義務といったら、ただすねこすりに脛こすられるだけ心許りの報酬があるとはいえ、鎮守の森へはトランスのできるウィンクルムしか侵入できないとはいえ、これはまことにウィンクルムの実務といえるのだろうか。
「まあそう言うなよ、これも任務だろ」
 俊・ブルックスの浴衣は、紺地の格子柄。赤銅色の髪を掻き上げつつ、相棒を宥めやる。と、ネカット、気難しげに思案投げ首する。
「……とりあえず妖怪さん達の相手をすればいいんですね」
 ネカット、表情を凛と引き締めた。
「それなら……私にいい考えがある!」
「うん、なんとなく予想できる……って、その言葉は失敗するフラグじゃねえか!?」
 浴衣で身を包むのは、彼等だけでなく、というよりは信城いつきとレーゲンの二人以外は皆、浴衣で身を装っている。
 レーゲン、滅多に着付けぬショートパンツでおちつかないのか、いつもどおりのゆったりした微笑みの中心、青葉の瞳が泳いでいる。その僅かな変化に気付くと、いつき、くつくつ、忍び笑いをこぼした。
「似合ってるよ、レーゲン」
「すっごくよく似合ってるよぉ、ベルたん! さすがボクが見立てただけあるね☆」
 アルクトゥルスは相棒のベテルギウス、爪先から旋毛までじっくり見遣って、いつきと似たような科白で口説く。が、ベテルギウスはそれどころではないようで、強持て捻り、ファータの細耳までぴんとして、森の入口のほうへねつっこく注意をかたむけている。
 彼等二人、ここへ到着するまでいくらか夏祭りぶらついてきたのだが、その間中、ベテルギウスは心ここにあらずといった風情。特に〆切はないということだから、
「さあて。揃いましたし、そろそろ行こうかー」
 柳 大樹、クラウディオのほうへ改めて向き直る。無論彼等も浴衣がけ。が、クラウディオと来たら頑にフードと口布はそのままにしようとする。大樹、顎で指示した。
「クロちゃん。それ外せ」
 屋台で仕入れたラムネ壜2本を右に、折りたたみ椅子2脚を左に持つ大樹では、外してやれない。クラウディオ、言われたとおりにする。大樹は小器用に首を曲げ、とりたてて顔色変えず、クラウディオの頬に唇あてがう。
 在るがままに在れ。気流が螺旋を描いて巻き上がり、薄絹めく白銀のオーラが二人を包む。
「はい、」
 すっかりトランスを済ませ、大樹、クラウディオのほうへ荷物の丁度半分をおしやる。クラウディオは黙って受け取った。他のウィンクルム達も各々、トランスを納める。
『謝肉祭はっじまっるよーーー!!!!!』
 軍楽隊の喇叭のごとく甲走る声は、アルクトゥルスのもの。なにか血迷ったわけでなく、彼等のインスパイアスペルがそうだというだけのことだ。
 実は二人ともトランスは初めてだが、アルクトゥルスがベテルギウスの片頬に寄せる仕種は堂々場馴れしたものだし、ベテルギウスときたら相変わらず森のほうが気になるようで、結果、仕事をしないと評判の表情筋は此度もぴくりともせず、への字口はそのまんま。
 アルクトゥルス、針のような苛立ちを、束の間おぼえる、といったって、伸びっぱなしの鼻の下はそのままなのだが。
「じゃ、スタート!」
「ああ、いつき。走ったら危ないから」
 今回、大きな危険はないようだ――と聞かされていたって、無闇に駆け出せば、どうしたって注意に欠ける。お先に失礼します、とでもいうふうに、レーゲンはウィンクルムに一度頭を下げてから、身を翻していつきを追う。銘々、森へ入る。


●すねこすくらべ
 なんだっていつきがあれだけ急いていたかといえば、予め、レーゲンと申し合わせていたからだ。
「レーゲン、対決しない?」
「何をだい」
「どっちが何匹すねこすりさせるか。負けたら、勝った方の言うこと聞くんだよ」
 そんなわけで、いつき、スタートダッシュが肝心だとばかり、転がるように走り出したのだ。雪明りにも似たほのかな燐光があふれる森、見通しはけして悪くない。だのに、レーゲンは心配性だ。両手を拡声器のかたちにして、いつきを諭す。
「いつき。木の根が張り出してるかもしれないから、気を付けて」
「だいじょうぶー!」
 すねこすりは何処から、と、目を配るまでもなかった。いつきの、レーゲンの、脛にもじゃもじゃがいっぺんにつどったかとおもえば、たちまち雪だるま式にふくれあがる。
『すねこするんるん』
 くすぐったい。いつき、我知らずぎゅっと両目を閉じる。
 あっと、いけない。これだってちゃんと任務だから、いっぱい可愛がってあげないと。
「はい、こっちの脛空いてるよー」
 いつき、片脚あげて立ち方を変える。すると、すねこすりの一部は律義にもいつきの足にへばり付いたまま、別の一部はずんぐりむっくりの体型で跳び上がる、彼の脚をおっかける、その様子はまるで――……、
「鞠つきしてるみたい」
 おもしろくなって、えい、えい、と、右左また右に足を組み替え、すねこすりを跨いでみたり跨がれてみたり。えい、えい、と、すねこすりも移動する。どさくさにまぎれて、いつき、すねこすりの尨犬のようなふかふかの体表に指をそろりと差し入れる。
「わー、もふもふ」
『すねもふー』
 ところで、脛というのは、おおよそ踝から膝までの前後をいう。要するに、脚の長い人間であればあるほど、脛の表面積も大きくなる。いつきの身長は155cm、レーゲンは185cm。いつきが持ちかけた勝負は前提条件からして自分が先んじていること、レーゲン、とっくに気付いていた。
「あっちの脛の方が気持ちよさそうだよ」
 けれど、レーゲンは有利な条件に安住する性格ではない。いつきに見えない角度で、いつきに聞こえない声色で、すねこすりに話し掛ける。
『すねね?』
「そう、あっち」
 行っておいでとすねこすりを押し遣るついでに、すねこすりの下顎をちゃっかり撫で上げるあたり、いつきとレーゲン、実は思ったよりも似た者同士かもしれない。
 もふもふもふと、戯れの時間は、まんまるのすねこすりのようになだらかに過ぎた。
「レーゲンの勝ち!」
 ふいと、いつきが声を張り上げる。驚いたのはすねこすり、数匹ほどころり転げて、それからレーゲン。誰がどうみたって脛こすられている(現在進行形)回数は、レーゲンのほうが多い。訝しむレーゲンに、いつき、ちょっと鼻を高くして、腕を腰にあてて、告げる。
「俺、すねこすりの数が多い方が勝ちなんて言ってないよ」
 ――……やられた。
 レーゲンの酌量なぞ、いつき、ちゃんとお見通しだったのだ。苦笑よりもずっと気持ちのいい笑みが、レーゲンの口許に控えめに懸かる。
 うれしい、いつきの気持ちが。そして、自分を負かしてくれたことが。いつきは成長しているのだ。そんなふうに子ども扱いするような科白、口にしてしまったら、いつきはむくれるかもしれないけれど。
「さあ、願い事を言って」
 爪先立ちして(浮いた踵にまですねこすりがよぎる)レーゲンに擦り寄るいつき。それじゃあ、と、レーゲン、幾分近くなったいつきの旋毛を掻き抱く。
「おや、こんなところに茶色いすねこりが」
「ん、」
「……もう少し懐いてもらっていい?」
「こんなのでいいの?」
 仕方ないなあ、と、呟きつつ、いつきはレーゲンに縫い止められる。
 レーゲンはいつもいつきを大事にしてくれる。だから、たまにはいつきがレーゲンを大事にしようと思ったのに、これじゃあまたいつもと同じようで。いつき、もう一度同じ言葉をくりかえす。
「仕方ないなあ」
『しかたないねー』
 すねこすりの1体が、近付いた二人の足を同時にこすりながら、御満悦の声で啼いた。


●ネカザイル復活
 これは犬じゃない。俊は己の内心に言い聞かせる。研いだなめいしのごとく、処理せずともつるつるの脛に、すねこすり、存分にまとわりつかせながら。
『すねこするー!』
 犬はこんなふうに鳴かないし、
『すねこするー!』
 こんなふうに脛に執着しないし……恐らくは、
「皆様の期待をお受けして、ネカザイルfeat.妖怪すねこすり、今日だけの特別再結成です!」
『すねこするー!』
 犬ならば、ネカットの不意打ち気味の再結成宣言にのらないだろうし、現在、タブロスの巷で流行している妖怪アニメの体操風ダンスに挑戦したりしないだろうし……多分。てか、すねこすりよ、おまえらネカザイルが何のことだかわかってないだろう。
「つーか先月もやったぞ、再結成」
「天が呼ぶ、地が呼ぶ、人が呼ぶ! 今月もまた再結成しろと私を呼ぶのです」
「すくなくとも俺は呼んでねえ」
 そんなふうに、小一時間ももふもふと行軍していたであろうか。やはりつるつるのネカットの脛、すねこすりが鈴生りになる。ネカザイルfeat.妖怪すねこすり――ダンスユニットの公演というよりは、パレードのようだ――は骨頂を迎えた。
「ありがとうございます、ありがとうございます!」
『すねー!』
 マイクならぬマジックスタッフを、ネカット、すねこすりの群れのなかへおもむろに配置すれば、すねこすり達、束の間しんとする。答えるように、ネカットはやおら片手をあげた。
「新生ネカザイルはこれで解散です!」
『すねー!』
「私達、普通の男の子に戻ります!」
『すねねー!』
「いや、無理だろ」
 俺はともかく……と、俊は内心で続ける。はじめから普通でないネカが、どうやって普通に戻れるというのか。ネカット、俊の渋面をまるで屈託せず、彼の左の手首を取り上げる、自身の右手で。ネカットと俊、まるで勝利宣言をするような恰好になった。
「私達ふたりで幸せになります!」
「え゛」
『すねねねー!』
「長きにわたる皆様のご声援、厚く御礼申し上げます。これにて婚約会見は打ち切らせていただきます。二人の新生活も応援してください!」
「長くねえよ、たった1時間だろ!? つか、ネカザイル解散発表はどこいった!?」
「それでは皆様、いつかまた燦めくステージのうえでお逢いしましょう!」
「ここは鎮守の森だー!」
『すねすねすねすねすねすねーー!』
 すねこすりの声の揃った後押し背に受けて、ネカットと俊は小走りで去る。いや、正確には、相方(愛玩物ともいう)の腕首掴んだままのネカットが、俊を引き摺っていった、といったほうが正しい。鎮守の森に歓呼の声が高らかに谺する。それは生半可な妖怪よりよっぽど悪辣な響きであったという噂が――……
『すね?』
 あったかもしれない、なかったかもしれない。


●ノーパン党は御機嫌斜め
 鎮守の森をベテルギウスが往く。脇目も振らず、熊に似た体格をのそのそさせて、浴衣の裾をおおらかに絡げて。
 アルクトゥルスが追う。横並びでないことに始めこそ不平を抱いていたものの、やがてなにごとか納得したようだ。
「これはこれで、」
 正解でしたね、と、アルクトゥルスは深々と肯く。浴衣にはノーパンと昔々より相場は決まっている、と、ベテルギウスをくくめた甲斐があったというものだ。己個人の主義やら趣味やらで主張しているわけでない、まして煩悩とか情欲とかそういう類いの発露ではない、と。
 で。
 ベテルギウスが動くたび、アルクトゥルスからはとてもよく見えるのだ。ベテルギウスの、素晴らしく鍛えられた大臀筋と中臀筋が、首尾良く律動するのが。
 生憎と、露わになったベテルギウスの下肢には既にすねこすりが密集していて、肌のひとつもよく見えないけれども。無論それはアルクトゥルスも同じで、すねこすりの群れの波のなか、足を引きずるようにして、ベテルギウスの後を付ける。
 うしろからの熱い視線に屈せず、ベテルギウス、まちがってもすねこすりを踏んづけてしまわぬよう細心の注意を払いつつ(といっても表向きには、太い眉が少々顰められた程度にしかみえないが)、進む。ベテルギウス、実はふわふわの小さな生き物には目が無いのだ。が、彼の巨躯を忌避するのか、生き物のほうは彼に懐いてくれない。
『りっぱなすねー』
『このすねぼくのー』
『すねすねまぜてーすねこするー』
 しかし、今日はすねこすりのほうからわらわらやってきて、きゅっきゅっと身を擦り付けてくれるのだ。ベテルギウスにとってこれ以上の幸せはない。大股歩きの遅歩き。ベテルギウスの両脚は、内側も外側もすねこすりの毛玉であふれる。すねこすりにもみそっかすらしい個体があるようで、ベテルギウスの脛に近寄れずおろおろしているのへは、ベテルギウス、わざわざ彼の方から漕ぎ寄せてやる。順番待ちの個体へは筋肉質の片腕をさしだし、気を紛らせてやる。
 すねこすり達はめっぽう積極的だ。すねこすりの上にすねこすりが乗り、そこは本当に脛なのか、どちらかといえば腿ではないか、という部分まで攻めてくる。
 しかし、ベテルギウスは大して気にも留めず、自分をよじのぼるすねこすりの1匹を首の皮を摘まみあげて位置替えまでしてやって、あ、危ない。危ないって何が。
「そういえば――……」
 ベルたんは下着を穿いてないのでしたね。アルクトゥルスは改めて実感する。
 と、同時になにやら苛立たしくなった。隔靴掻痒の感。浴衣から伸びる足をすねこすりに触られているからではなく、否、やはりそうかもしれない。ベテルギウスがすねこすりに向ける目の、普段とは異なる柔らかさに当て擦られたからではない、きっと。
 アルクトゥルスの足取り、らしくなく乱れれば、すねこすりの脇腹に爪先ひっかけてしまう。きゅー、と、小さな悲鳴をあげたのは、すねこすりか、アルクトゥルスか。
 のめりかけたアルクトゥルスの半身を、ベテルギウスが支えた。先程まですねこすりを撫でていた手が、アルクトゥルスの肩を突っ張る。
「……ッス……」
 どうかしたっすか。ベテルギウスはそう言いたかった。アルクトゥルスの内心の不興に感付いたのか、掠れがちの科白に、動揺が浮かぶ。
「いいえ、」
 傍目からはいつもどおり、しかし、多少すげなく澄まして、アルクトゥルスは身を立て直す。
「すねこすりの皆様にお伝えしたいことがございます」
 そして、いきなりすねこすりに一節聞かせ始めた。
「炎龍王の配下では暑苦しいから、夏はヒンヤリしていたら喜ばれるとお勧めします」
『すねー?』
「それから、ベルたんの悪魔のような天使のヒラメ筋は、すねこすり様にはやらんのでございます」
『すねー?』
「ベルたん。私、先に行きますからね」
 ベテルギウスはますます首を捻る。いつもどおりといえばいつもどおり、しかし、いつもどおりでない。アルクトゥルスはベテルギウスに対してだけは、もっと砕けた(というより、はち切れた)態度に出るのに。現に、ベテルギウスに浴衣を着せたときはあんなにはしゃいでいたでないか。
 が、無口で不器用なベテルギウスは結局のところ問いを口に出来ず、すねこすりを宥めながら、アルクトゥルスをそろりそろりと追い掛けた。


●ゆらゆら、
「すねこすりー。ウィンクルムが来ましたよー」
 二つ並んだ折りたたみ椅子。片側に座した大樹は浴衣の裾を捲り、むこうずねを剥き出しにする。そして2本の色の白い足、思い出したような頃合いに、気紛れに揺らめかせる。
 情報通り、害は無いようだな。確実な安全を見極めてから漸く、大樹の隣のクラウディオ、彼を真似て、しかし彼よりはこまめに足をぱたぱたさせる。
 多少ずぼらな遣りようでも、すねこすり達はそれなりにおもしろがってくれたようだ。
『すねなのー』
『すねこすりたいのー』
『でも、とどかないのーー』
 着席しながらでもせいぜい膝を伸ばせば、すねこすり等には達しない高さまで、脛が上がる。すねこすり、大樹らのを擦ろうと、短い図体で精一杯ぴょいこら跳ねた。ゆらゆら。ぴょんぴょん。憩うそこが、紅月ノ神社で働いている者達でもめったに立ち入らぬ不思議の場所であること、半時ほど忘れる。
「すっげえ、もふもふ」
 大樹がすねこすりを撫でた感想を一言述べたくらいで、暫し、二人は無言であった。
「んー……」
 大樹、左目の眼帯を掻く。一度、二度、三度めにふっきった。
「……クロちゃん、」
 嗄れた調子で名を呼ばれ、クラウディオ、規則正しく交互に両の脚を動かしながら、首をねじる。大樹は眼帯で蔽わぬ右目、空ろに、森の遠くの木の下闇の方角へ遣っていた
「この前は悪かったね」
 思い巡らすクラウディオ。この前とは、デミ・ウルフの掃討にあたったときのことをさすのだろう。果たして大樹、なにかに気兼ねしながら、用件を続ける。
「俺の我侭で無茶な任務やらせてさ」
 大樹もまた己の記憶を弄る。血濡れたデミ・ウルフの死骸。ひとつの記憶は、またひとつの記憶を呼び起こす。『この前』よりもいささか古い昔を。顕現の切欠となったデミ・ウルフの牙と爪。
 ――……自分でヤれたら、気が済むと思ったんだけど。所詮、八つ当たりは八つ当たりか。
「任務は任務だ。問題は無い」
「相変わらずくそ真面目なことで」
 淡々としたクラウディオの返答。大樹、肺を裏返しそうなほど、大袈裟に溜息付く。そして、再び眼帯の表を掻いた。先程よりも指の力が強まっている。クラウディオもそれは悟ったものの、大樹の肌が傷つくほどでもないと判断し、特段注意を促すことはしなかった。ただ黙って、側目でなく、正視で大樹の目許をみはる。
 薄暗がりの森に、大樹の蜂蜜色の猫目は、まるで誂えたように艶めいて見える。だからこそ、クラウディオは、白い布に塞がれた反対の目を思わずにはいられない。眼帯の下、何があるか、契約前に見た資料で知っている。家族以外に本当の事を告げていないことも。
「駄目だな、どうにも」
 大樹の指、今際の昆虫の羽ばたきの如く、いよいよきつくなろうとも。クラウディオ、元はただの一般人であった大樹の素振りの裏を理解してやれないと、護るだけしかできないと、わきまえている。だから彼は只大樹を見る。行く末まで付いていく。
「大樹を護るのが任務だ」
「知ってる」
 秋風の如凛冽たる宣言と、愛嬌に欠けた肯定と、それらを足して2で割ったような沈黙と。
「……そろそろ1時間かなあ」
 不意に、大樹は立ち上がる。大樹の動きに釣られたすねこすりの幾匹か、ばらばらと横転した。
 撤退か、異存はない。クラウディオもまた腰を上げ、2脚の椅子を畳む。すっかり空っぽになったラムネの壜は無論回収する。
「痕跡を消すのは基本だろう」
「でもクロちゃん。すねこすりの抜け毛まで持ち帰る必要ないんじゃない?」


●おかえり
「ふふっ、楽しかったですね」
 任務を終えて尚嬉々としたネカットとは対称的に、俊は汗と疲弊をにじませていた。それでも、次々と森を出てくるウィンクルムに冷却シートなぞ配っているのは、ネカットの調教の賜物か。
「シュン、どうしたんです? そんなに疲れた顔をして。そこまで激しいダンスはしていませんが」
「いや、これは踊り疲れたんじゃなくって……ああもう、気にすんな」
「私は気にします。またこういう依頼があったら、シュンといっしょに思い切り踊りたいですから」
「そうだな、次はまたダンスのできる依頼……っておい! 1時間前の科白はどうした!?」
「終わったことにくよくよ拘る、度量の小さな男になってはいけませんよ。シュン」
「俺ほど辛抱強い神人は、めったにいねえと思うぞ……」
「では、御褒美をあげましょう」
 はい、どうぞ、と、冷却シートをぺたりと額に貼られる俊。それは俺の準備したもんだ、という抗議は、二枚目の冷却シートでふさがれた。



依頼結果:大成功
MVP

メモリアルピンナップ


エピソード情報

マスター 紺一詠
エピソードの種類 アドベンチャーエピソード
男性用or女性用 男性のみ
エピソードジャンル 日常
エピソードタイプ ショート
エピソードモード ノーマル
シンパシー 使用不可
難易度 とても簡単
参加費 1,000ハートコイン
参加人数 4 / 2 ~ 4
報酬 少し
リリース日 08月27日
出発日 09月02日 00:00
予定納品日 09月12日

参加者

会議室

  • [4]信城いつき

    2014/08/31-22:06 

    信城いつきと相棒のレーゲンだよ。どうぞよろしく

    今回すねこすりを目一杯満足させるために
    レーゲンとすねこすらせ対決やるよ(笑)
    何匹こすりにくるかな?

  • [3]アルクトゥルス

    2014/08/31-20:25 

    お初にお目にかかります。アルクトゥルスと申します。
    こちらは筋肉天使(マッスルエンジェル)のベルたん。

    初めての公式な任務となりますが、戦うのではなくひたすらに脛を擦られるだけとのことですので私達も個別に行動させて頂く所存です。

  • [2]俊・ブルックス

    2014/08/30-20:56 

    俊・ブルックスだ。相方はエンドウィザードのネカ。
    よろしくな。

    確かに…特に作戦とかいらなさそうだし、既にネカは好き勝手やろうとしてるしな…
    まあ一応、脛がなまぬるいらしいってことだし、冷却ジェルシート持ってくから
    いる奴は一声かけてくれ。

  • [1]柳 大樹

    2014/08/30-13:07 

    初めましてー。柳大樹でーす。(棒
    こっちはシノビのクラウディオ。
    どうぞよろしく。

    今回は、脛擦られてればいいだけみたいだし。
    俺らは個別に行動させて貰うよ。


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