霧の指輪(あご マスター) 【難易度:簡単】

プロローグ

ここは霧で有名な街ネーベル。
この街で、今流行中の不思議なアクセサリーがあるらしい。


ネーベルは一年中深い霧に覆われ、霧が晴れる日はほんの少ししかないと言うことで有名な街で、
幻想的な雰囲気を求めて観光に訪れるカップルも多い。

街の北から南に運河が流れており、その運河から伸びる網の目のような水路と、その水路を流れる水の上を進むゴンドラが交通の要だ。


水路を往来する際には濃い霧の中でもお互いの位置がわかるよう、舳先に明りを灯したカンテラを下げ、
街の水の流れを知り尽くした船頭がゆっくりゆっくりとゴンドラを漕いで目的地まで運んでくれる。


深い霧の中に滲むカンテラの明かりを頼りに進むゴンドラに乗り、
船頭が動かす櫂が運河の水面を叩く穏やかな音を聞いていると、
まるで童話の世界に迷い込んだように感じられる。

また街の外へと繋がる運河のおかげで、異国の珍しい品々を扱う雑貨店も多く並び、
中でも、特に豊富な品揃えで有名なのは、街外れの『マシューの店』という店なのだ。
穏やかな声でそう話しながら、船頭は街外れへと伸びる水路へとゴンドラを進めた。





『なんでも揃うマシューの店   霧の指輪 あります』





一組のカップルが訪れた町はずれの小屋には、手書きでそう書かれた看板がかかっていた。


看板と言っても、ただの木の板に文字が書いてあるだけの粗末なものだ。
外観も看板からの印象に違わず、一見すると古ぼけた物置の様に見える。
豊富な品揃え、と言う前評判で想像していた店とは、目の前の小屋はあまりにも違いすぎた。

この店が、有名なマシューの店とはにわかには信じがたく、二人が試しにドアの小窓からそっと中を覗くと、
驚くことに店内は外観から想像つかないほどに広く、
床には、金糸で凝った刺繍が施された緋色の絨毯の敷かれている。

豪奢な絨毯の上には細かな彫刻の棚や、取手の飾りが輝くチェスト、猫のような脚の机が並べられ、
その上にさらに所狭し雑貨がひしめき合っているのが見えた。

硝子のランプ、金のゴブレット、深い紫の石が嵌め込まれたペンダント
美しい絵が描かれた食器、銀の羽根ペン、古い革表紙の絵本など、ジャンルは多岐に渡るようだ。

ドアを開け中に入ると、店の奥で止まり木に止まっていた極彩色の羽根の鳥が、
イラッシャイマセ、と甲高い声で出迎えてくれた。

その鳥の声が聞こえたのか、店の奥に続くドアから店主と思しき男が現れた。

男は見上げるほどの長身で、引き締まった細身の体には真紅のドレスと同じ色のハイヒール、
首元には緩く巻かれた漆黒のファーを身に着けていた。


「あら、いらっしゃい、おふたりさん。
ネーベルにはお仕事……には見えないわねぇ。プライベートかしら?
アタシは店主のマシューよ。よろしくね」

 穏やかなテノールの声でマシューと名乗った店主は、流れるような仕草で二人と握手を交わすと、
高らかにヒールを鳴らし部屋の隅にあった金と宝石で装飾が施された革張りの椅子に腰掛けた。

「それで、今日は何をお求めかしら?
彼女にお似合いのドレス?彼にお似合いのお帽子かしら?それとも……コレかしらねぇ?」

 ぱちりとウインクをしたマシューが右の掌を上に向け、一度軽く握ってから開くと、
その掌の上には丸くて白いモヤの塊のが乗っていた。
サイズはビー玉ほどだが、吹けば飛びそうなほどの重さしか無いように見える。

「これは、今この街で流行中の霧の指輪の素よ。霧の塊なの。
霧の指輪はね、装着した人によってデザインが変わるの。
例えば、アタシが付けると……」

 マシューが霧の塊を左手の中指に近づけると、不思議なことに塊は、
まるで自らの意志があるかのようにマシューの指に巻きついて形を変え、すぐに真紅の薔薇の指輪に変わった。
指輪は元が霧であるためか、指に巻きついてはいるものの、常に輪郭がぼんやりとかすんでいるように見える。


「ね、不思議でしょう?アタシはいつでも薔薇の花なんだけど、
どうも装着する人によってデザインが違うみたいなのよぉ。
こればっかりは霧が決める事だから、アタシにもどうしようもなくって。
まぁ、運試しのひとつだと思って試してみたらいいんじゃないかしら」


 マシューが鳴らした指の音に反応するように、薔薇の指輪は霧の塊に戻り、掌に収まった。
カップルの女性が興味津々といった様子で、指輪の代金250Jrをマシューに支払うと、
マシューがもう一度指を鳴らしたのと同時に、塊が、今度は並んだカップルの女性の指にしゅるりと巻きつき、
華やかな薄黄緑色の牡丹の花を咲かせる。


「指輪は装着してから一時間ほどで霧に還るわ。永遠に形が残らないからこそ美しい物もあるのよねぇ。
心の中のステキな思い出にして頂戴ね。
街のデートスポットは、このパンフレットに書いてあるところがおすすめよ」


 手渡されたのは霧の街ネーベルの見どころを紹介したパンフレットだった。
わずか数ページの小冊子だが、街の魅力が写真入りで余すことなく掲載されている。


さっそく二人はパンフレットを覗き込み、どこに行こうかと相談を始めるが、
中指に嵌められた霧の指輪がぼうっと淡く光ると、彼女の口から、どこもつまらなそうだわ、と
思ってもいない言葉が零れ、二人は顔を見合せた。


そんな二人を見て、マシューはけらけらと楽しそうに笑いながら付け加えた。
「そうそう言い忘れてたわ!この指輪、つけている間は思っている事と逆のことを口にしちゃうようになってるの。
今の彼女が言いたかったのは、どこも楽しそうだわ、くらいかしらね?」

 マシューの言葉に、彼女がこくこくと勢いよく頷いた。

「他にも例えば、大好きな物を大嫌いって言ってみたり、欲しい物をいらないって言ってみたり、
乙女心ってとっっっっってもフ・ク・ザ・ツよねぇ」

 ほう、と溜息をついたマシューを置いて、カップルはゴンドラに乗り込むべく、
店を後にした……

解説

●霧の指輪
装着している間、思ったこととは反対の事を口にしてしまう謎の指輪です。
(例:好き→嫌い、面白い→つまらない、おいしい→不味い)
また、装着者のステータスの何かに反応して、色とデザインが変わり、
一人として同じものを装着している人はいないのが人気の秘密。
ひとつ250Jrで購入できますが、一時間ほどで街の霧に溶けて消えてしまうようです。

●マシューさんおすすめデートスポット
※パンフレットより抜粋
ネーベルおすすめのデートスポット!
・喫茶店「霧船」→ゴンドラ運賃100Jr
 店主が厳選した豆を挽いて淹れた薫り高いエスプレッソでいただく
 霧船アフォガート(50Jr)が絶品!
 コーヒー、紅茶は30Jr。静かな喫茶店でのんびりした霧のひとときをどうぞ。

・運河公園→ゴンドラ運賃200Jr
 運河の真ん中、円形の広場にある公園。
 ベンチに腰掛け、周囲を流れるゴンドラの明かりを見ながら
 のんびりおしゃべりはいかが?

・ネーベル周遊→ゴンドラ運賃250Jr
 ネーベル運河をゴンドラでひとまわり!ロマンチックな雰囲気に彼女もメロメロ!?
 ※船酔いにはご注意ください。


ゲームマスターより

プロローグ、ご覧いただきありがとうございます。

霧ってあんまりみませんが、
あの幻想的な雰囲気は結構好きです。

指輪を購入される際は、神人さんと精霊さん、
どなたが指輪を装着するのかご記入下さい。

逆さ言葉でプランを書かれるのは結構難しいと思います。
初めに(本音)と書いていつもどおりにプランを書いていただければ、
こちらで逆さ言葉に直して書かせていただきます。
もちろん、初めから逆さ言葉でプランをご提出いただくのもOKです。
その場合は初めに(逆さ)とお書きいただきたいと思います。
字数を圧迫してしまいそうであれば、本、逆、のみでも構いません


指輪のデザインは選べません、こちらでとあるステータスに合わせて
選ばせていただきます。深く考えず、おみくじくらいにお考えください。

いつもより注文が多くなってしまいすみません。

リザルトノベル

◆アクション・プラン

ひろの(ルシエロ=ザガン)

  ルシェとお店の中、違和感無い……。

行動:本音
私も?
わあ、すご……。(逆さ言葉に口を噤む

ルシェ楽しそう。
逆さ言葉そんなに楽しい、かな?

パンフレットの霧船を指す。
「喫茶店とか、あまり行かないから……」
でも、逆さ言葉だと失礼かな。

紅茶(無糖)と、
アフォガート……?おいしいの?

おいしい前に、苦い。(珈琲の苦さが駄目

ルシェの言葉に一瞬頭が真っ白に。
一度、兄にも言われた言葉。他と違う反応をしてると気づかされた時の。

ルシェも指輪してる、から。本音じゃない。
……なんでだろ。いつもなら、誰に言われても気にならないのに。

たぶんルシェのことは、嫌いじゃない。
嫌いじゃないから。……本音じゃないのに、ショックなのかな。



久野原 エリカ(久野木 佑)
  心情:
霧の街……か。
どんなところか、興味はあったんだ。

……! 思っていることとは反対の事を言う、指輪……?!

……バカ犬。お前に任せた。大丈夫、男が指輪をしても変じゃないから。(いい笑顔

(いつも思ってることと反対の事を言ってつっけんどんに接してしまう故に、本音が暴露されてしまう恐れがあるので。羞恥プレイこの上ない)

……いつもの言葉と違って、否定が多くて、ちょっとドキっとするな……
(でもそれは本当は肯定の言葉でいつもどおり、というか裏から本当の言葉が見えるから時間差で恥ずかしくなって照れる)
これはこれで……照れる……!

行動
ネーベル周遊を選択。
どんな街なのか見てみたい。
船酔いはしない。大丈夫だ。


(柘榴)
  ネーベル運河をゴンドラで周遊したいわ
けれど、柘榴が船酔いしないのか心配です
本人は酔わないと言っていましたが、今一度聞いてみましょう

それにしてもこれが霧の指輪・・・・・・。
柘榴、本当にわたくしが嵌めてもいいのですか?
ありがとうございます。
どんなデザインになるのか楽しみになってきましたね
(空に手を翳す)

▼本音
こうして水の上から眺めていると、ネーベルの街と一つになったみたい・・・・・・心が躍ります
お前とウィンクルムを解散したら、こういう静かな所に住みたくなってきました。

さっきからどうし・・・・・・
わたくし、言葉がおかしくなってませんか!?
柘榴!騙しましたね!?
笑わないで下さい!お前なんか大嫌いです!



ひろのは一歩店の中に入り周囲を見回した。
金の天秤、何かの骨でできた装飾品、そしてルシエロ。

(ルシェとお店の中、違和感無い。)

興味深げに小物をつついているルシエロ=ザガンと
魔術めいた雰囲気の漂う店内が絶妙にマッチしていた。

「ご注文はコレね。どのコが着けるの?」

 霧の塊を一つ手に取りマシューがこちらに向き直ると
ひろのが何か応える間もなく、ルシエロが前に進み出た。

「思っている事と逆の事を口にしてしまう、だったか。面白そうだ、オレがしよう」

 わかったわ、と促され、ルシエロが左手を差し出すと
霧の塊はルシエロの左の中指に巻きつき、大振りな花弁を付けた大輪の花を咲かせた。
牡丹の花を模した指輪は、爽やかな風を思わせる若草色をしている。

「牡丹だわ。花言葉は高貴ね」

「オレには似合わんな」

 普段のルシエロならば得意げに肯定しそうな言葉だが、今のルシエロは違った。
なんと謙虚にも(?)否定の言葉を発したのだ。
ひろのがルシエロを見上げると、ルシエロ本人も驚いた顔をしている。
表情から察するに本人は肯定したつもりだったのだろう。
と言う事は

「これが……ふん、くだらないな」

 ルシエロが笑いながら呟いた。指輪の効果を面白がっている。
ふと見上げるひろのと目が合い、その笑顔がいたずらを思いついた悪童の笑顔に変わる。

「店主、コイツにはやらなくていいぞ。
二人で本音を言い合ってもつまらんからな」

 そう言いながら、店主にむけてひろのの左手を差し出させる。
この言葉も指輪の効果で逆さまだ。

え、私も?と戸惑うひろのに口を挟む権利は与えられず
霧は大地の暖かさを思わせる山吹色の鈴蘭の花となり、ひろのの左手中指に納まった。

「わあ、ださ……」

 すごい、と言おうとしたひろのだが、自身の口から出た侮蔑の言葉に慌てて口を噤む。
そんな姿を見て、ルシエロが満足そうに頷いた。

「アナタは鈴蘭の花ね。花言葉は色々あるけど、アナタの場合は純粋かしらね」






「で、オマエが行きたくないのはどこだ?」
 
 店を出て早々にルシエロに尋ねられた。
逆さ言葉とわかっていても、聞かれている内容を誤解しそうになってしまう。
ルシエロも同じことを思っているようで

「伝えたい事を推測出来ないのが面倒だな」

 と楽しそうに言う。
ひろのはパンフレットを端まで眺めて少し考え

「特に、珍しくも、ないから」

 と、喫茶店「霧船」を指差し、自身の言葉の無礼さにまた口を噤む。
そんなひろのをルシエロは面白そうに見下ろしていた。

二人でゴンドラに乗り込むと、ルシエロが「霧船に行きたくないのだが」と船頭に行先を告げる。
その言葉も逆さ言葉ではあるが、二人の指に絡まる霧の指輪を見て
船頭は何も言わずに船を「霧船」へ向けて漕ぎ出した。



優秀な船頭の的確な判断で無事目的地「霧船」でメニューを眺める。

「紅茶……砂糖、とミルクも。アフォガードも、いらない」

「オレはコーヒーがいらん」

「……ストレートの紅茶とアフォガード、それからコーヒーですね。
かしこまりました」

 ここでも注文の言葉が逆さになってしまうが
こちらの店員も船頭と同様、ちらりと二人の左手を見ると正しく注文を取ってくれる。

飲み物とアフォガードが運ばれてきて、ひろのはスプーンを持ちアフォガードを観察した。

「それは溶けないからな。ゆっくり食べるが良い」

 なかなか手を付けようとしないひろのにルシエロが声をかけた。
一瞬、何を言われたかわからない様子で首を右に傾けて静止したひろのだったが、
……たぶん、早く食べねば溶けてしまうぞ、と言われたのだ、と
逆さ言葉のことを思い出し、慌ててアフォガードを一掬い、口の中に入れた。

途端に口の中に広がる苦みに、ひろのは顔をしかめる。
確かにアイスクリームの味もしなくはないが、
それ以上にコーヒーの苦みが敏感なひろのの味覚を刺激したのだった。

ひろのはそばにあった紅茶で口の中に残る苦みを喉の奥に流し込み
目の前のアフォガードをスプーンごとルシエロの方へと押しやる。


「ルシェ、あげない」


 ひろのが顔をしかめたあたりから、そうくると予想していたルシエロは
受け取り自分も一掬い口に入れるが、ルシエロも濃い目の味はあまり得意な方ではない。

溶けたアイスクリームで薄まる事を考慮して濃い目に淹れられたエスプレッソコーヒーは
好きな人が食べればとても美味しいレシピなのであろうとは思うのだが
ルシエロ個人はあまり好きな味ではなかった。

それでも、食べ物を残してはいけないと体に叩き込まれた教えと
アフォガードを食べるルシエロをじっと見るひろのの視線を意識して食べ終え
ふと、自分が使ったスプーンがひろのの使用済みであったことに気付いた。
これはいわゆる、間接キス、というやつなのではないだろうか。

手を繋ぐことに慣れるまでは時間がかかったのに、この間接キスは特に気にした風もないひろのに
ルシエロは思わず笑いながらひろのに話しかけた。



「つまらないヤツだな」



 その言葉を聞いた瞬間、ひろのは頭が真っ白になった。

兄にも言われた。自分の反応は他の人たちとはどこか違うのだと、あの言葉で気づかされたのだ。
過去の瘡蓋をつつかれた気がして、ひろのはルシエロから視線を逸らして俯いた。


「ヒロノ?」

 ルシエロに声をかけられるが、
胸の奥から溢れてくるなにかを押さえつけるのが精一杯で、言葉を返す気持ちの余裕がない。

ルシエロは何も言わない。
急に黙った自分に気を悪くしただろうかと、項垂れたままちらりとルシエロを確認すると
初めに目に入ったのは彼の指に絡みついた牡丹の花。
彼は時計と指輪を交互に見比べていた。……もうすぐ、指輪の効果が切れる。


ルシェも指輪してる、から。本音じゃない。
……なんでだろ。いつもなら誰に言われても気にならないのに。

たぶんルシェのことは嫌いじゃない。
嫌いじゃないから。……本音じゃないのに、ショックなのかな。

嫌いじゃない、はその言葉以上に自分にとって大きな意味を持っている事。
その事実に気付いていないひろのは、ショックの大きさにただ戸惑いと不安を持て余す。

膝の上でぎゅっと握られた拳に、山吹色の鈴蘭の花はもう影も形もなくなっていた。

「おい、ヒロノ」

 ルシエロがテーブル越しに手を伸ばし、ひろのの顔を無理やり上向かせる。
鳶色の瞳に湛えられた所在無さ気な寂しそうな表情を紅緋色の瞳が真っ直ぐに射ぬいた。

「オレと契約したんだ。そんな顔をするな」

 強く見つめられる事に耐え切れずひろのが視線を逸らすのを、ルシエロは許さなかった。

「先程のが本音では無いことくらい、判るだろう?」

 光を放つような紅緋色の瞳は、ひろのを勇気づけるように瞬いた。











「霧の街……か。どんなところか、興味はあったんだ。」


 そう呟いた久野原 エリカは、
ふと、遠くから自分を呼ぶ久野木 佑の声に気付く。

「エリカさん、あっちのお店に、なんだか人気の指輪が売ってるみたいですよ」

 行ってみましょうよ!と話す佑に誘われるまま、エリカは店に向かう。
そこは言わずと知れた、『マシューの店』。

しかし、この街に来たばかりの二人がそんなことを知るはずもなく、
嬉しそうに先導する佑につれられる形で、エリカもまた店内へと足を踏み入れた。

「すみませーん、エリカさんに似合う指輪ください!」
 
突然入店し、大きな声で用件を告げる佑に、
マシューは特に機嫌を損ねる事もなく、いらっしゃい、と微笑んだ。

「霧の指輪をお求め、ってことでいいのかしら?」

 手に霧の塊を持ったマシューが、二人に指輪の説明をすると、
エリカの顔色が変わった。

「……! 思っていることとは反対の事を言う、指輪……?!」

 それは困る。
普段から、エリカは本音をあまり言わないように過ごしているため、
指輪をしても普段の言葉と何ら変わりなくなってしまう可能性があるのだ。
そうなれば、エリカの今までの本音まで佑に全て伝わってしまう。
もちろん、いつか伝えたいという思いはあるが、
そのいつかは今ではないし、こんな形で伝えるものでもないと思っている。
ひとり悶々と考え込むエリカを心配してか、佑がそっと声をかけた。

「大丈夫です、心配しなくても、エリカさんならどんな指輪でも似合いますよ」

 ……そうじゃない、と突っ込む気力も失せ、エリカはにっこりと佑に笑いかけ、ポン、と肩を叩いた。

「……バカ犬。お前に任せた。大丈夫、男が指輪をしても変じゃないから」

 突然のエリカの言葉に、佑は、えっ、俺ですか!?と驚いて見せるが、
内心指輪に興味はあったようで、嬉しそうに尻尾を振りながらマシューの方へ左手を伸ばした。

霧の塊が、マシューの掌の上で解け、まっすぐに佑の左手へと向かっていった。
少し驚いたのか、佑の耳がやや後ろに倒れている。

佑の左手に巻きついた霧は形を変え、小ぶりだがたくさんの花弁を揺らし勢いよく開花した。
焔を思わせる緋色に輝くその花は……

「ガーベラの花ね。花言葉は常に前進!勢いがあっていいじゃない」

「バカ犬、どうだ、何か変化はあるか?」

 不思議な指輪を装着した佑をちょっとうらやましく思いながらも
エリカは佑がどんな反応をするのかと、佑の顔を仰ぎ見た。

佑は面白そうに中指のガーベラを眺めた後、エリカの問いかけに応えるべく口を開いた。

「指輪は……特に驚きもしなかったですけど……
でも、エリカさんからのプレゼントみたいで、なんかちょっと嫌ですね。ぞくぞくするというか」

 少しはにかんで頬を染めながら放たれた普段の佑なら絶対に口にしないであろう否定の言葉にエリカは一瞬戸惑った。
当の佑も、自分の言った言葉に驚いたのか、違わない!違わないですよ!と謎の弁解をしているのを見て、
なるほどこれが指輪の効果かとエリカは1人納得し、もう少し慌てる佑を眺めたいとも思った。

「よし、バカ犬、散歩に行くぞ。ネーベル周遊コースがあったはずだ。ここがどんな街なのか見てみたい」

「周遊はつまらなそうですね!ここがどんなところなのかにも全く興味はないですし!」

 もちろん、これも逆さ言葉だ。
二人はマシューに別れを告げるとゴンドラに乗ってネーベル周遊へと繰り出した。



「これが霧の街か……」

 辺り一面を覆う霧は深く、晴れる気配は全くと言っていいほどなかった。
二人を乗せたゴンドラは鈍色の川面の上をゆっくりと進み、
ゴンドラの舳先のカンテラの明かりと、佑の左手で輝く緋色の指輪の光が
船が揺れるたびに滲むように霧に吸い込まれていくのが、隣に座ったエリカにもよく見えた。

「つまんない街ですねー」

 楽しそうに発された佑の言葉に、エリカは内心焦りながらも船を操る船頭の方を見た。
幸い、指輪と逆さ言葉のことは街の人間はみんな知っているのか、
船頭は特に気を悪くした様子もなく、黙々と船を漕いでいた。

「エリカさん、具合悪いですか?船酔いしそうですか?」

「……船酔いはしない、大丈夫だ」

 逆さまになった言葉を正しく受け取るには一瞬考える時間が必要になる。
今は、エリカの船酔いを心配してくれたらしい佑に、ワンテンポ遅れてエリカが応える。

「でも、俺、やっぱりエリカさんがこの指輪をしたのも見てみたくなかったな」

 自分の左手で輝くガーベラを優しく撫でながら、佑が話し出す。
逆さ言葉のため、言葉こそ否定形ではあるが、その表情は楽しげだ。
一方エリカは、いつもとは違い否定形の多い佑の言葉に
何か言われるたびに胸がドキリとする。
否定が多ければ多いほど、本音は肯定的だとわかってはいても、
すぐに慣れられることではない。

「花の指輪は可愛いから、絶対エリカさんには似合わないと思うんです
エリカさんの花、きっとみすぼらしい花なんだろうなぁ……」

 逆さ言葉であることを前提に聞くと、本人の言葉とは少し遅れて本当の意味が分かる。
今のは、花の指輪は可愛いから、きっとエリカに似合うと言ってくれているようだ。

(これはこれで……照れる……!)

次々に発される佑の否定的な言葉に、エリカは少しずつ言葉少なになっていった。
照れのために赤くなった顔を佑から背け、ゴンドラの外を眺めるフリをする。

そんな風に黙ってしまったエリカを見て、佑は不安になってくる。

(仕方ないとは言えエリカさんに色々言っちゃったエリカさんが傷ついてたらどうしようなんか黙っちゃったしああああああ)

指輪の効果とはいえ、エリカに失礼な事をたくさん言ってしまったのだ、
もしかして、エリカが機嫌を損ねてしまったのではないかと不安になり、
徐々に耳が頭の上でしょんぼりとその勢いを失くして倒れていた。

「エ、エリカさん……」

 意を決して、佑がエリカに声をかける。
エリカは沈黙を保ったまま、佑の方に向き直った。

「あの、さっきの、全部指輪のせいで逆になってますけど、
あれは俺の本心じゃないんです、あれは、その……」

 一生懸命に弁解する佑が面白くて、エリカはふふっと笑った。

「大丈夫だ、わかっているよ。……ってあれ、佑、言葉が……」

 気づけば佑の左手から緋色のガーベラは姿を消しており、佑の逆さ言葉も元通りになっていた。

(これ以上続けば、心臓が壊れるところだったな……)


胸を撫で下ろすエリカと謝り続ける佑を乗せ、ゴンドラはゆっくりと水面を滑って行った。










「本当に、深い霧ですね……」

 ほんの数歩先も見えないような霧の中、鳳 華は水の音を聞いた。
ちゃぷん、ちゃぷん、と規則正しく岸壁に打ち寄せる運河の水の音に呼ばれるように、
華が歩いていくと、舳先にカンテラをぶら下げたゴンドラが小さな船着き場に停泊していた。
しげしげと観察する華の隣で、
柘榴が街の雰囲気を味わうように周囲を見渡しながらにこにこと華に話しかける。

「こんなに霧が濃いと、なーんも見えまへんなぁ。しかしこの街、えらい鳳はん好みとちゃいますか?」

 ネーベルと言う街は、まるで霧が音を包み込んでしまったかのように静かな街だ。
底抜けに明るい柘榴の声はよく響くが、それでも街の雰囲気を壊すには至らなかった。

「霧の指輪以外にも、ゴンドラに乗って街並みが楽しめそうですね。
こちらのパンフレットにもネーベル運河の周遊コースが……」

 船着き場、チケット売り場の片隅に置いてあったパンフレットを取り上げようとした華は
大きな赤い文字でおすすめデートコース!と書いてある事に気づき
慌ててパンフレットを裏返して元に戻す。

「と、とにかく、わたくしはネーベル運河をゴンドラで周遊したいわ。
わたくしは大丈夫ですけれど、柘榴は船酔いしたりしませんか?」

「酔い?気にせんといて下せぇ。
こう見えても、あっし、酔いには強い方だと自負してるさかい、
鳳はんが行きたいところ、どこでも着いて行きまっせ」

 頼もしい言葉と共に、柘榴なりの気遣いなのだろう、
ゴンドラに乗りたがっていた華よりも先に歩き出し、ゴンドラの乗り口から華を呼ぶ。
こうでもしないと、華は柘榴のことを気にしてしまい
自分からゴンドラに乗り込む事はないだろうと、柘榴は分かっているのだ。


華と柘榴がゴンドラに乗り込み、隣り合わせに座ると
二人を乗せたゴンドラはゆっくりと運河へと漕ぎ出した。

「ネーベル周遊と、途中に霧の指輪のお店にも寄っていただけますか?」

 わかりました、と船頭がゴンドラを街の片隅の雑貨店へと運ぶ。
周囲を滑るように景色が流れていくのを、華は興味深げに眺めていた。



店にたどり着くと、マシューは霧の塊を手にして二人を出迎えてくれた。

「噂の指輪って、これでっしゃろ?」

「これが、霧の指輪ですか?」

 柘榴が楽しげに指差した、その塊の、指輪、といいつつ、
指に嵌めるには程遠いその形状に、華は疑問を隠さず呟いた。
これはまだ指輪の素よ、とマシューが笑う。

「それで?誰が着けるのかしら?」

「鳳はんどうぞ、遠慮なく」

 華が迷う間もなく、柘榴が華の背を押してマシューの前に立たせる。

「柘榴、本当にわたくしが嵌めてもいいのですか?」

 本当は柘榴も嵌めてみたいのでは、と心配になり一度声をかけるが、
柘榴は笑って首を振った。

「あっしは鳳はんがかーいらしい指輪つけるのを見てますさかい、
鳳はん、ここは水の都の王女様になったつもりで嵌めて下せぇ」

「柘榴……ありがとうございます」

 指輪を自分に譲ってくれた柘榴に礼を言い、
華は空に手をかざした。

「どんなデザインになるのか、楽しみになってきましたね」

 マシューの手を離れた霧の塊が、華の左手の中指に絡みついた。
するりと伸びた霧はラッパ型に開いた花弁を模して、風を思わせる若草色に輝いた。
その光景の不思議さと、指輪の美しさに華は思わず息を飲んだ。

「これはササユリの花ね。花言葉は清浄と上品。
アナタたち、まだネーベル周遊の途中なのよね?気を付けて楽しんでいらっしゃいね」

マシューに見送られ、華と柘榴は再度ゴンドラに乗り込んだ。
 

舳先のカンテラの明かりに加え、華の指輪のぼんやりとした明りも携えて、
ゴンドラはネーベルの街の中をゆっくりと進んでいった。
霧の中に滲むカンテラの明りの幻想的な雰囲気に、華はほう、と溜息を吐いた。

「こうして水の上から眺めていると、なんだかネーベルの街がわたくしを厭う様で……心が沈みますね。
お前とウィンクルムを続けたら、こういう静かなところには住みたくないです。」

 街並みの美しさに夢中で当の本人は気づいていないが、指輪の効果はしっかりと出ている。
そんな華の言葉を聞いて、柘榴は笑いを必死にこらえるが、
こらえることに必死になるあまり、肩が小刻みに震えてしまう。

その様子を見て、華は自分の言葉が逆さになっている事に気が付いた。

「さっきからどうし……
わたくし、言葉が普段と変わらなくありませんか!?」

「ぷっ……くっ!ははっ、はははは!
おもろい!おもろいですわ!本日の腹筋崩壊にランクインするおもろさでっせ!」

 腹を抱えて大笑いする柘榴に華はますます腹を立てた様子で、
眉を吊り上げて強い口調で柘榴を責めた。

「柘榴!わたくしを騙しませんでしたね!?
もっと笑っていいんですよ!お前が大好きです!」
 
 表情に似つかわしくない肯定的な言葉は、
裏を返せば今は本気で怒っているということになる。
その華の剣幕に、思わず柘榴は謝った。

「あ、すんまへん……
でもああでもせぇへんと、鳳ハン指輪つけへんですから!」

 華はぷいっと顔を背けたまま柘榴の言葉だけを聞いていた。

「そないなわけですから謝りますわ。
鳳はん、代わりといっては何ですが、帰りはあっしに一杯奢らせて下せぇ。
いいでっしゃろ?」

 完全に柘榴の良い様にあしらわれていることに腹を立てつつ、嫌ではない。
しかしこれ以上の墓穴はほらないように華は指輪の効果が消えるまでを、ほぼ何も話さずに過ごしたのだった。




依頼結果:普通
MVP

メモリアルピンナップ


エピソード情報

マスター あご
エピソードの種類 ハピネスエピソード
男性用or女性用 女性のみ
エピソードジャンル ロマンス
エピソードタイプ ショート
エピソードモード ノーマル
シンパシー 使用不可
難易度 簡単
参加費 1,000ハートコイン
参加人数 3 / 2 ~ 3
報酬 なし
リリース日 08月23日
出発日 08月28日 00:00
予定納品日 09月07日

参加者

会議室

  • [3]華

    2014/08/26-23:59 

    わたくしの名前は華と申します、皆さん初めまして。

    ゴンドラの眺め、きっと素敵なのでしょう。
    お互い良い思い出を。

    こちらこそ、よろしくお願いします。

  • [2]久野原 エリカ

    2014/08/26-18:34 

    はじめまして……久野原エリカだ。

    よ、よろしく……。(さっと精霊の後ろに隠れる

  • [1]ひろの

    2014/08/26-11:54 

    初めまして。
    ひろの、です。

    よろしくお願いします。


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