プロローグ
●傘の見る夢
「ウィンクルムの皆様にお願いしたいことがあるのです」
時は夜。神妙な面持ちで言葉を零すは、神社の宮司にして妖狐一族の長・テンコ様に縁のある妖狐が人に転じた細面の美丈夫だ。彼の傍らには、真っ赤な唐傘を目深に差した男が、密やかに控えている。恐らく、傘の男は炎龍王の下についている妖怪だろう。奇妙な組み合わせに内心首を捻れば、こちらの心中を察してか妖狐の方が口を開いた。
「この男は、唐傘の付喪神にございます。炎龍王が配下の1匹にございますが、然したる力は持ちませんし、その僅かな力を振るうつもりもございません。炎龍王やその郎党の目を盗み、我々へと助力を乞いにきたのでございます」
彼が妖狐たちの元へやってきたのが炎龍王の罠でないことは、妖狐たちの方で念入りに確認してあるという。
「貴方たちへの今回の依頼は、この唐傘の魂を成仏させていただくことにございます」
そこまで言い終えた妖狐に促されて、唐傘は一歩前へと進み出た。ぺこりと頭を下げ、ぽつぽつと語り出すは。
「すいやせん、ちょいと昔話にお付き合いを。昔々のことでございやす。あたくしはこれでも、とある立派なお屋敷のお嬢さんの傘でございやした。お嬢さんには恋仲の男がいらっしゃって、ええ、そりゃあもう似合いの2人だったんでございやすよ。2人の前に障害があるとすれば、そりゃあ男の方がちぃと病弱なくらいでして」
けれどその僅かな障りは、じきに2人を永遠に引き離すこととなる。
「夏祭りの日のことでございやす。お嬢さんは男と祭りに出かけるのを、ずぅっと前からそりゃあもう楽しみにしてらっしゃいやした。朝から雨が降っておりやしてね、お嬢さんはあたくしを祭りに差していかれる心積もりだったんですよ」
しかし、唐傘の主と男が祭りに出かけることはなかったという。運のないことに、男が急に病み付いてしまったのだ。そして、男はそのまま帰らぬ人となってしまった。
「お嬢さんの悲しみようったらありやせんでしたよ。せめて男が床に伏すのがあと1日だけでも遅ければ。あの日の夏祭りだけでも2人が楽しむことができればどんなに良かったかと、考えずにはおられやせんでね。それが、あたくしの未練でございやす」
だから付喪神となった今、唐傘は敢えて炎龍王の元へつき、主が遂に行くこと叶わなかった夏祭りの代わりにと、隙を伺い紅月祭りへとやってきたのだ。傘の向こうで、唐傘が顔を伏せるのが判った。ならば我々はその未練を晴らすために何をすれば良いのか、と問えば。唐傘はついと顔を上げ、はっきりとした声で曰く。
「男女のかっぷるが祭りでいちゃいちゃするのが見たい!!」
――え、ええー……。
場に落ちる居心地の悪い沈黙。しかし唐傘は、拳を握って力説する。
「お嬢さんがやりたくてやりたくてそれでも叶わなかったことを、あたくしはこの目にしかと焼き付けたいのでございやす。うぃんくるむの皆様、どうぞお頼み申しやす」
言って、大真面目に頭を下げる唐傘。でも俺たちそもそも『男女のかっぷる』じゃないし……と神人とそのパートナーは途方に暮れ顔を見合わせる。と、今まで黙って控えていた妖狐が、にっこりとして口を開いた。
「ウィンクルム様の片方が、女に化ければ問題は即解決でございます。人間や精霊の皆様は我々のように変化の術は使えぬと耳にしておりましたので、変装用の浴衣と鬘(かつら)をご用意させていただきました!」
準備は万端でございますと、いい笑顔で妖狐が言う。つまり、片方が女装した状態で祭りに繰り出し、唐傘の前でいちゃいちゃしろと。え、それでいいの? それで本当に未練は晴れるの? 問いに、唐傘がぐっと親指を立てる。
「ばっちりでございやす!」
と、いうわけで。
「依頼解決、どうぞ宜しくお願い致します」
解説
●目的
唐傘の未練を晴らし成仏させること。
方法はプロローグの通り、ウィンクルムさまのどちらか一方が女装した上で、紅月祭りでいちゃいちゃするところを唐傘に見せてやってください。
唐傘は2人の後をついていって、全ての参加ウィンクルムさまのいちゃいちゃを堪能し満足したら成仏します。
●女装について
ウィンクルムさまのどちらが女装するのかをプランにて必ずご指定くださいませ。
妖狐が女性用の浴衣色々と鬘、ついでに髪飾り等を用意しておりますので、こだわりがありましたらこちらもプランにてご指定を。
ご指定ない場合は女装の詳細は妖狐にお任せ! となり、こちらで選んだ物を描写させていただく場合がありますことをご了承ください。
●その他
○リザルトはウィンクルムさまごとに屋台通りへと繰り出すところからのスタートとなる予定ですので、他ウィンクルムさまとの絡み等は描写難しいかもしれません。
○屋台の店主たちは皆ウィンクルムの味方ですので、唐傘の成仏のためでしたら屋台の売り物もジェール消費なしで提供してもらえます。万一それ以外の用途にて屋台の物を購入したりゲームに挑戦したりする場合は、1つ(1回)につき50ジェール消費となります。
○依頼の趣旨上いちゃいちゃ増量気味でもリザルトにて採用される確率高めですが、親密度も参考にさせていただきますので必ずプラン通りに描写されるとは限りません。ご容赦願えますと幸いです。
ゲームマスターより
お世話になっております、巴めろです。
このページを開いてくださりありがとうございます!!
夜の夏祭りに(神人かパートナーどちらか一方は女装姿で)繰り出し、ただ全力でいちゃいちゃする、そんな依頼です。
これでもアドベンチャーエピソードなのでその点ご注意いただければと。
普段しないようないちゃいちゃも多少は仕方ないですよね、付喪神さんの魂を成仏させるためですから! A.R.O.A.への正式な依頼ですから!
皆様に楽しんでいただけるよう全力を尽くしますので、ご縁がありましたらどうぞよろしくお願いいたします!!
こちらのエピソードは9月発ですが、時間軸は紅月祭りの期間中の出来事となります。
8月中にご参加いただきますと『オリジナルパペット券』も配布されます。
また、余談ではありますがGMページにちょっとした近況を載せております。
こちらもよろしくお願いいたします。
リザルトノベル
◆アクション・プラン
シルヴァ・アルネヴ(マギウス・マグス)
目的 皆で成仏。 唐傘男に 「お嬢さんはどんな浴衣着て出かけるつもりだったんだ? 髪型はどんな感じ?」 色々問い掛け、応えを妖狐に伝えマギの服装や髪形を整えて貰う 仕上がったマギを見て 「マギすげー綺麗だな。っていうか、今日は可愛い」 くるりとマギの周りを回って、恥ずかし隠しのチョップを食らうまでしきりに褒め チョップされてもにこにこ顔 「行こっか」 曇天を見上げ、マギへ少し意味含みに促す声を掛ける マギの仕草に唐傘男から不思議そうな気配がしたら 「本体って傘なんだよな?だったら、特等席でいちゃいちゃ見物な」 にっかり笑って、本当ならそうする筈だった事をする わた飴→射的→輪投げ→焼きそば→かたぬき→りんご飴→花火→?? |
栗花落 雨佳(アルヴァード=ヴィスナー)
…コレ何度目かな? 依頼だし仕方がないよね あ、アルが女性物着る?主さん達は男性の方が体が弱かったらしいよ?僕…うん、なんでもない…ごめん 唐傘さんの主さんはどんな色が好きでした?折角ですから似せた方が良いでしょう? ・話題を切り替える様に唐傘に問う それにしても、いちゃいちゃ…何をすればいいんだろう?…取敢えず…腕でも組んでみる…? …金魚すくいとかどう? 初めてだけど…ん、やっぱり難しいね… あ、凄い ちゃんと掬えた。ありがとう 花火綺麗だね… わ!?ど、どうしたの…?アル? あ、そうか… でも何か…いつもと違って…怖い…? ひゃあっ!? あ!金魚が!水!池! ・焦って金魚を掬って池へ 一息ついたら何だか楽しくなって笑う |
瑪瑙 瑠璃(瑪瑙 珊瑚)
依頼の為とはいえ、珊瑚とは日頃、意地を張り合っている いきなり馴れ馴れしくするのは抵抗があるかもしれないな 女装は自分が担当 ラベンダーの髪飾りを左につけてサイドテール風にしたら 寒色系の薄化粧を施し、濃紺地にハマナス柄の浴衣と下駄と、同色柄の巾着を左手に持つ 「珊瑚、おれをお前の彼女だと思って接してほしい」 腕を組んでみよう もう少し、近づいてみるか? 多少はカップルらしくなれたんじゃないか そしたら次は肩を抱き寄せるぞ ・・・・・・何だ、その顔は? 金魚救いと輪投げも終わったし、綿飴を買いに行こうか 心配するな、お前の分も買ってくるから 聞いてくれ、珊瑚 お互いに触れたい気持ちがなければ、いちゃいちゃすら出来ないんだ |
ウィーテス=アカーテース(パラサ=パック)
○服装 浴衣、ハンカチ ○行動 依頼を受けた以上は頑張らないとね 女装はパラサが張り切って引き受けてくれたけれど だ、大丈夫かなぁ とりあえずパラサと手を繋ぎます パラサはいつも先へ行ってしまうから それじゃあダメだろうし……って、は、早ッ ちょ、ちょっと待って、パラサ! パラサに引っ張られながら お祭りの屋台を見てまわります パラサが買ったものを持ったり 一緒になって屋台の食べ物を食べたり パラサの顔に食べた物のソースがついたら しゃがんでハンカチで顔をふきます って、誰がお母さんなんだい 僕らは親子や兄弟みたいに見えたかもしれないけど 唐傘さんも、唐傘さんのお嬢さんも どこか遠くの空から僕らを見て笑ってくれたら嬉しいね、パラサ |
フラル(サウセ)
初めての任務で緊張していた自分たちに言い渡された内容に、一瞬思考が停止した…。 サウセに女装をさせるのは酷だと感じ、誰かのためになる任務だと思い、自分が女装をすると伝える。 サウセには女装くらい問題ないと言い、頭を軽く撫でる。 浴衣等はお任せする。 女装した後はサウセの横に並び、一緒に祭りを見て回る。 途中、サウセがあんず飴の屋台の方をじっと見ていたのに気付き、ひとつ頼み、それをサウセに「ほら、これを食いたいんだろ?」と言い、渡す。 サウセのお礼に笑顔でこたえ、食べ終わるまで待つ。 その後は祭りを見て回る。 唐傘は、ちゃんと成仏してくれるだろうか? 自分たちの様子が少しでも依頼人の希望に沿っているといいのだが。 |
●ぎこちない2人
(珊瑚とは日頃、意地を張り合っている)
濃紺地にハマナスが咲く浴衣を身に纏った瑪瑙 瑠璃、浴衣と同じ色柄の巾着を左手に、瑪瑙 珊瑚の方にすっと視線を遣る。その目元には涼やかな青。寒色をメインにした薄化粧は瑠璃によく似合っていた。
(いきなり馴れ馴れしくするのは抵抗があるかもしれないな……)
けれど、依頼を受けたからにはそうも言っていられない。
「珊瑚」
声を掛ければ、赤の双眸が瑠璃へと向けられた。紅型の甚平に濃い赤の巾着、珊瑚色の下駄の眩しさに、瑠璃は僅か目を細める。その拍子に、サイドテール風に結わえた髪に、ラベンダーの髪飾りが揺れた。珊瑚の視線が迷うように宙を泳ぐ。
「あー……なあ、瑠璃。いちゃいちゃって、どれくらいすりゃあいいんだ? 第一わったー、いちゃいちゃってガラじゃねーんし」
やや気拙げに零す珊瑚を、瑠璃は真っ直ぐに見て曰く。
「おれをお前の彼女だと思って接してほしい」
珊瑚が目を見開いた。そんな珊瑚の腕に、瑠璃は自分の腕をするりと回す。
(……もう少し近づいてみるか?)
と身を寄せれば珊瑚の身体が僅か強張ったが……向こうもすぐに、気を取り直すことを決めたようだった。
(多少はカップルらしくなれたんじゃないか)
そんなことを思う瑠璃の耳に、珊瑚の明るい声が届く。
「よーし、まずや、金魚掬い行こうぜ! ちゅーもバンバン掬い上げるから見てろよ!」
というわけで、2人は金魚掬いの屋台へ。張り切る珊瑚の傍らに腰を落とし彼の顔を見やって、瑠璃は思案顔だ。
(……よし、そしたら次は肩を抱き寄せるぞ)
密か決意して静かに腕を伸ばす。その指先が肩に触れた瞬間――珊瑚がびくりと跳ねた。
「わっ! ちょっ! 瑠璃、肩触るなー!」
珊瑚の過剰な反応に瑠璃は首を傾げる。「ああもう!」と珊瑚が頭をぐしゃぐしゃと掻いた。
「仕切り直しやっさー! 次は輪投げ!」
ずんずんと歩いていく 珊瑚の後に、下駄を鳴らしながら瑠璃も続いて。辿り着いたのは珊瑚の宣言通り輪投げの屋台だ。
「回るテンペストダンサーぬわんぬ投げっぷり、ご覧あれー!」
珊瑚の投げた輪は、どれも見事、的たる棒にくるりとはまった。
「いよっしゃあああ!」
とガッツポーズを決める珊瑚の無防備な背中に、瑠璃はぎゅうと抱きついてみる。珊瑚が背を震わせた。
「って、瑠璃ー! 後ろから抱き締めんなー!」
振り返った珊瑚の何とも言えない形相に、瑠璃は眉を下げる。
「……何だ、その顔は?」
問えば、珊瑚がますます猛った。
「瑠璃ぬふらー! くぬふらー!」
ぎゃんぎゃんと言い募る珊瑚。剣幕に僅か身を引いた瑠璃、すぐ近くにいる唐傘の視線に気づいて慌てて口を開いた。
「珊瑚、綿飴を買いにいこうか」
「綿飴? 別にいいけど……」
「心配するな、お前の分も買ってくるから」
急ぎ綿飴を求めて、珊瑚の元へと戻る。差し出した綿飴を受け取った珊瑚が、
「にふぇーでーびる」
とバツの悪そうな顔で小さく零した。幾らか和らいだ空気の中、2人は綿飴を口に運ぶ。
「あっ」
珊瑚が声を上げた。
「やべぇ、綿飴ぬベトベトで手ぇ汚した! 洗ってちゅーさ!」
べたつく指を振る珊瑚の手を、瑠璃はそっと取る。指についた綿飴を舐め取ろうと――したところで、珊瑚がばっと手を引っ込めた。その頬が夜闇の中でも分かるほどに紅潮している。
「や、やー、なまわんぬ指舐めようと……く、くぬふらー! わんぬ心臓止める気かよ?!」
激しく言葉重ねる珊瑚に、「聞いてくれ」と瑠璃は諭すように声を掛けた。
「珊瑚、お互いに触れたい気持ちがなければ、いちゃいちゃすら出来ないんだ」
瑠璃の目は、どこまでも静かだ。その目が、珊瑚に冷静さを取り戻させた。唐傘が2人のやり取りを見守っている。
「……わっさん」
誰にともなく、珊瑚は詫びの言葉を零した。
「わん、人に触らりゆんぬ慣れてねぇんだしよ。だから……」
俯く珊瑚の表情は、どこか苦しげで。
「……ままならないものでございやすねぇ」
唐傘が、傘の向こうで寂しく笑った。
●ドキドキな2人
「……コレ何度目かな?」
「お前コレこそ厄流しするべきだったんじゃねぇか?」
ことりと首を傾げる栗花落 雨佳とそんな雨佳にじとりとした視線を向けるアルヴァード=ヴィスナー。2人が言う『コレ』とは、ごく端的に言えば女装のことである。
「依頼だし仕方がないよね」
と雨佳はさらりと言うが、
「……雨佳、俺はいつも依頼は選べっつってんよな……?」
既に疲れたような顔のアルヴァードの言うように、どの依頼を受けるかはウィンクルムの自主性に任されているわけで。アルヴァードの口からため息が漏れる。
「ワンピースにウエディングドレス……今回は浴衣か……」
今までの雨佳(偶に自分も)の女装遍歴を思い出し遠い目になるアルヴァードに、雨佳が掛ける声は。
「あ、アルが女性物着る? 主さんたちは男性の方が体が弱かったらしいよ? 僕……」
自分を見やるアルヴァードの瞳に複雑な色が宿るのを見て、雨佳は言いかけた言葉を飲み込んだ。
「うん、何でもない……ごめん」
仄か誤魔化すような笑みを浮かべてそう言って、「そうだ」と雨佳は話題を切り替えるように唐傘へと声を掛ける。
「主さんはどんな色が好きでした? 折角ですから似せた方が良いでしょう?」
問いに礼をもって応じた唐傘と少し話し合って。暫しの間の後、着付けを終えて再びアルヴァードの前に現れた雨佳は、鬘の黒髪を結い上げ、絞りが紺地に映える上品な浴衣を身に纏っていて――。
(あぁクソ、無駄に似合うから性質悪ぃ……)
とアルヴァードが顔を覆うほどの美しさだった。
「お待たせ、アル」
「あ……お、おう」
「それにしても、いちゃいちゃ……何をすればいいんだろう? ……取敢えず……腕でも組んでみる……?」
おずおずとアルヴァードの腕に自分の腕を絡める雨佳。
(普段何気なしに手を繋いできたりする癖によ……)
躊躇いがちな雨佳の様子に心がさわり波立つのを感じつつも、アルヴァードは平常心を装って尋ねる。
「で、どうする?」
「えぇと……金魚掬いとかどう?」
ゆるり小首を傾げる雨佳の案の通りに、2人は金魚掬いの屋台へ。浴衣の袖を抑え、雨佳はポイを水に潜らせるが……。
「初めてだけど……ん、やっぱり難しいね……」
最初のポイは、すぐに紙が破れてしまう。2つ目のポイを手に取った雨佳の手を、アルヴァードは後ろからそっと握った。
「バーカ、水に付け過ぎだ。こうやって斜に……」
重ねられた手に動きを委ねれば、水面をすいと滑ったポイが鮮やかに金魚を捕える。
「あ、凄い。ちゃんと掬えた」
ありがとう、と淡く笑む雨佳。その瞳の深い青が、珍しい物を見るように金魚を捉えて緩む。透明の袋に金魚を入れてもらえば、2人一緒に花火が見える場所へ。腹の底に響く音がして、夜空に華が次々に咲いた。
「綺麗だね……」
と花火を見上げる雨佳の衿から覗く白い項が、アルヴァードを誘う。思わず後ろからその華奢な姿を抱きすくめれば、
「わ!? ど、どうしたの……? アル?」
雨佳が、慌てたように振り返ろうとした。そんな雨佳の耳元に、アルヴァードは囁きを零す。
「……イチャつくんだろ……動揺すんなよ」
「あ、そうか……」
そうだよね、と自分に言い聞かせながらも、心臓が早鐘を打っているのを感じる雨佳。
(でも何か……いつもと違って……怖い……?)
僅か俯く雨佳を抱き締めたままで、アルヴァードは自分の心を持て余す。
(俺の気も知らねぇで……)
胸の内に零して、アルヴァードは雨佳の項に鼻を寄せた。
「ひゃあっ!?」
と小さく悲鳴を上げた雨佳が、金魚の入った袋を取り落とす。水が滔々と零れ、地面に落ちた金魚が跳ねた。
「あ! 金魚が! 水! 池!」
「何やってんだ馬鹿!」
慌てて金魚を掬い、池へと急ぐ。池に放てば、金魚はすいと泳いで消えた。それを見送ってふぅと息をつき――落ち着いたら何だか可笑しくなってしまって笑い声を漏らす雨佳。すっかり毒気を抜かれたアルヴァードも、雨佳と顔を見合わせて苦笑する。2人分の笑い声を夜闇に聞き、唐傘はそっと口元を緩めた。
●初々しい2人
「女装に……いちゃいちゃですか……」
「何というか……大変なことになったな」
任務のキーワードを呆然と呟くサウセと痛む頭を抑えため息をつくフラル。緊張していたところに言い渡された初めての任務のまさかの内容に、流石のフラルも一瞬思考が停止してしまった次第である。だが、いつまでもフリーズしているフラルではない。
「お前に女装をさせるのは酷だな。オレがやる」
これも誰かのためになる任務だと、気を取り直したフラル。儚げな容姿に似合わない男前っぷりで宣言すれば、サウセはその仮面越しにも分かるほど驚いたようだった。
「フラルさん、本当にいいんですか?」
「心配するな。女装くらい問題ない」
大丈夫だと力強く言い切って、フラルはサウセの頭を安心させるようにぽんぽんとした。サウセの頬が、仄か朱に染まる。
「それじゃあ、着替えてくる」
暫くの間の後。着付けを終えて現れたフラルは、群青に白薔薇が咲く浴衣姿。髪には、露草色の花飾りが揺れている。中性的な容姿の彼には甘すぎないその格好がぴたり填まっていて、その美しさにサウセは寸の間心奪われる。
「待たせたな、サウセ」
「あ……いえ、大丈夫です」
フラルの声に我に返り、サウセはふぅと息をつき心を落ち着かせて曰く。
「では、行きましょうか」
唐傘に仲睦まじい姿を見せようと、サウセはフラルをリードするように動く。少しぎこちないその様子に、「ああ」と答えてフラルは少し笑った。そうして2人は、並んで屋台通りを歩き出す。
「それにしても……」
祭りの賑わいに、僅か戸惑いの色を覗かせるサウセ。
「少し、緊張します。……こうして誰かと一緒にお祭りに行くということがなかったので」
張り詰めた気持ちを紛らわそうと、サウセは数多ある屋台に視線を遣る。その目に、あんず飴の屋台が留まった。その視線の先にある物に気づいて、フラルはそっと笑み零す。
「少しここで待ってろ」
囁いて、「え?」と戸惑うサウセを尻目にフラルは屋台へと向かいあんず飴を1つ求めた。急ぎサウセの元へと戻り、あんず飴をすいと差し出す。
「ほら、これを食いたいんだろ?」
差し出された物を受け取って、サウセは驚きながらも「ありがとうございます」と一言。その言葉に、フラルは柔らかい笑みで応えた。あんず飴の赤を、サウセがそっと口に運ぶ。幸せな甘酸っぱさに、サウセの口元が仄か緩んだ。その様子を、フラルもどこか嬉しそうに見守っている。
(初任務としては予想外のものになってしまったが……)
これも悪くない時間だと思いながら、フラルはサウセが屋台の味を食べ終わるのを待った。
「――それじゃあ、行こう」
「あ……すみません、お待たせしました」
「構わない。買い食いも祭りの華だ」
ぽん、とフラルはサウセの背を軽く叩く。
「次は何を食べる? 射的や金魚掬いもいいな。めいっぱい楽しもう」
自分たちがこの祭りに心弾ませることが、静かに後ろを行く唐傘の未練を晴らすことに繋がるのだから。想いを胸に、2人は祭りを見て回る。
「……唐傘は、ちゃんと成仏してくれるだろうか?」
「少しでも喜んでもらえたら嬉しいですね」
「そうだな。自分たちの様子が少しでも希望に沿っているといいのだが」
祭りの喧騒に紛れさせてごく密やかに言葉を交わせば、「ありがとうございやす」と予期せぬ応え。密話のつもりだった会話は、妖しの身である唐傘の耳にはしっかりと届いてしまっていたらしい。2人が振り返れば、傘の向こうで男が笑った。
「あたくしが言うことじゃあありやせんが、お2人はきっと、素晴らしい相棒同士になると思いやすよ」
付喪神の勘はぴんと当たるんです。その言葉に2人は顔を見合わせ――どちらからともなく静かに笑みを漏らすのだった。
●でこぼこな2人
「依頼を受けた以上は頑張らないとね」
「おう! 報酬を貰う以上は全力で頑張るよ」
浴衣姿のウィーテス=アカーテースの言葉に、彼らしい言葉と一緒に笑みを零したパラサ=パック。
「女装はこのパラサ=パックに任せるぎゃー」
えへん! とばかりに胸を張ったパラサが浴衣を着付けてもらいに消えたのを見て、ウィーテスは苦笑を漏らし頬を掻く。
「張り切って引き受けてくれたけれど……だ、大丈夫かなぁ」
心配を胸に暫し待てば、やがて髪をシニョンに纏め、翡翠色に白い桔梗が鮮やかに咲く浴衣を身に纏ったパラサが、眩しいような笑みと共に現れて。
「どうだ、となりの! オイラの可愛い演技をしかとその目に焼き付けるぎゃー」
と得意げなパラサの手を「とりあえず」とウィーテスが握った。パラサが首を傾げる。
「となりの? 何だ?」
「いや、パラサはいつも先へ行ってしまうから、それじゃあダメだろうし……」
「――あ、美味しそうな物発見!」
「って、は、早ッ……ちょ、ちょっと待って、パラサ!」
手を繋いで、というよりはウィーテスがパラサに引き摺られるような形で、2人は屋台通りへと繰り出した。
「ぱ、パラサ。これ依頼なんだよ、大丈夫?」
「大丈夫に決まってるぎゃー。男女のイチャイチャが見たいって依頼だろ? オイラに任せとけば安心なのさ」
自信満々に言い切るパラサ。ウィーテスの心配を余所に、「あっ!」と明るい声を上げて、パラサはかき氷の屋台を指差す。
「となりの! パラサ=パックはあれ食べたい!」
言って、ウィーテスの手を引くパラサ、相棒をきらきらした瞳で見つめてみせて。成る程、自負に恥じない可愛さではあるかもしれないとウィーテスは苦笑いをひとつ。促されるがままにかき氷を求めれば、パラサ、懐かしいようないちご味をとても美味しそうにしゃくしゃくと口にして、
「となりの! となりのも食べるといいぎゃー!」
とかき氷をウィーテスの手に満面の笑みで押しつけた。が、それじゃあとウィーテスがしゃくり氷を掬うその短い間に、パラサは次のお目当て――今度はたこ焼きだ――を見つけて、ウィーテスの腕に自分の腕を回し、そちらの屋台へと走り出してしまう。
「あ、ぱ、パラサ! 待ってってば!」
かき氷を取り落としそうになるウィーテスを半ば無理やりに連れて、パラサはたこ焼きの屋台へと向かう。そんな彼が弾む声で零す言葉は。
「なあ、となりの。イチャイチャっていうのはさ、要は楽しめば良いと思うんだ」
言葉通り楽しそうな笑顔が、ウィーテスへと向けられる。
「だから、自然体で行くぎゃー。無理したら見ている唐傘だって楽しめないと思うんだよ」
「パラサ……」
「というわけで、次はあれにしよう!」
「うわっ?! パラサ、あんまり引っ張るのはやめてよ……!」
等と言葉交わしながら、辿り着くはたこ焼きの屋台。屋台にて求めた熱々のたこ焼きを、パラサははふはふと口いっぱいに頬張る。
「うん、美味い!」
にっと笑み零すパラサの口元には、ソースがべたり。こういうところは子どもみたいだなぁと笑みをひとつ、ウィーテスはハンカチを取り出してしゃがみ込む。
「? どうした、となりの?」
「どうしたって、顔にソースが付いてるよ。……ほら」
「えっ? ……へへ、となりのは母さんみたいだぎゃー」
「って、誰がお母さんなんだい」
からかうような声音のパラサの言葉に、笑みを含んだ声で返すウィーテス。顔を見合わせて、2人はころころと笑い合う。
「――ねぇパラサ。僕らは親子や兄弟みたいに見えるかもしれないけど、唐傘さんも、唐傘さんのお嬢さんも、どこか遠くの空から僕らを見て笑って くれたら、そういうふうになったら嬉しいね」
ウィーテスがそう零せば、
「パラサ=パックは、きっととなりのが言ってるようになると思うのさ」
と、パラサは今は同じ目線の高さの相棒に頼もしいような笑みを向ける。そんな2人を、唐傘は優しく見守っていた。
●思い出の中の2人
「なあ、お嬢さんはどんな浴衣着て出かけるつもりだったんだ? 髪型はどんな感じ?」
次々とシルヴァ・アルネヴの口からとび出す問い掛けに真摯さを見て取って、唐傘は遠い過去に手を伸ばし、ぽつぽつと答えを紡いでいく。そんなやり取りを、マギウス・マグスも真面目な面持ちで聞いていた。2人はやがて唐傘の主の面影をその手の中に掴み取り、その姿を再現しようと、妖狐と相談しながらマギウスの鬘や浴衣を整えていく。薄化粧で仕上げを終えたその姿は。
「マギすげー綺麗だな。っていうか、今日は可愛い」
どこまでも真っ直ぐに、シルヴァはマギウスへと笑みを向ける。黒髪長髪の鬘を低めの位置で纏めた髪型は清楚な印象で、珍かな曼珠紗華の簪がよく映える。紺地に絞りが美しい趣ある浴衣も、マギウスによく似合っていた。すっかり変身したマギウスの周りをくるり回って観察しながら、「うん、やっぱり可愛い」等としきりに零すシルヴァ。最初の方こそ「それはどうも」だなんて淡々とシルヴァの言を受け流していたマギウスだったが、終いの方には恥ずかしくなってしまい、最終的には照れ隠しのチョップがシルヴァの脳天を捉えた。
「って、痛いじゃんか、マギ」
と一応は文句を言いつつも、シルヴァはやっぱりにこにこ顔だ。ふと見上げた空はいつの間にか曇天。今にも雨が降り出しそうな空は、唐傘の主に訪れなかった幸福な祭りの日を、奇しくも再現しようとしているかのようだった。
「……よし、行こっか」
何かのスイッチが入ったかのようにシルヴァの声のトーンが変わる。意味を含んだその声と眼差しに、マギウスは頷き一つ、唐傘へと手を差し伸べた。傘の向こうで、男が首を傾げる気配。
「本体って傘なんだよな? だったら、特等席でいちゃいちゃ見物な」
「雨が降りそうだから、私たちには傘が必要……よ」
にっと白い歯を零すシルヴァと、ぎこちないながらも唐傘が先刻教えた主の口調を真似て喋るマギウス。
「……ありがとうございやす」
と頭を下げて、唐傘はしゅるり変化を解いた。マギウスの手に、真っ赤な唐傘がふわりと落ちる。そうして2人は、静かに屋台通りを歩き出した。柔らかい笑みをマギウスへと向け、マギウスの手を宝物を扱うように優しく握るシルヴァ。マギウス、違和に僅か首を傾げ――しかしすぐにシルヴァの意図に気づく。
(ああ、体の弱い男らしく振る舞っているんですね)
手を握り返せば、マギウスの顔に自然と浮かぶ柔らかな笑み。
「一緒にお祭りを堪能しましょう。私、この日を待っていたんだから」
屋台の客寄せが、祭りらしい賑やかしさで2人を誘う。綿飴を求め、射的に興じ、輪投げを楽しみ、焼きそばを食べ、型抜きに熱中し――気付けば、ぽつりぽつりと雨が地面を濡らしていた。シルヴァが、マギウスへと傘を差し掛ける。2人は花火が見えるはずの場所へと向かうが――。
「花火は中止かしら……」
残念そうに呟いて、マギウスは最後に求めたりんご飴を齧る。その唇に僅か差す赤に惹かれ、シルヴァはそっとマギウスへと顔を寄せた。引き寄せられるように、マギウスの頬へと口づけを零す。真っ赤な傘だけが、その様子を見守っていた。と、その時。
「あ……」
花火が、雨模様の空に潤むように咲いた。祭りを取り仕切る狐たちは妖しの身。雨空に光の花を咲かせることなど、きっと造作もないのだろう。瞼の裏に花火の光がぱらぱらと弾け――その瞬間、マギウスは、自分の身体からするり『何か』が抜け出していったような感覚を覚えた。眩む視界に、蛍のような2つの光が天上へと上っていくのが映る。傍らのシルヴァも、その光をしゃんと見た。
「……迎えにきていたんですね」
呟いて、マギウスは少し笑う。きっと皆、心残りなく成仏できたのだろう。そう思った。
『皆様、ありがとうございやす』
晴れたような声を、珍妙な依頼に関わった全員が聞いた。付喪神の依り代であった真っ赤な唐傘は、魂を失い、本来ならそう在るべきであったボロボロの破れ傘に戻ったけれど。その姿は、不思議とどこか誇らしげに見えるのだった。
依頼結果:成功
MVP:
名前:シルヴァ・アルネヴ 呼び名:シルヴァ |
名前:マギウス・マグス 呼び名:マギ |
エピソード情報 |
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マスター | 巴めろ |
エピソードの種類 | アドベンチャーエピソード |
男性用or女性用 | 男性のみ |
エピソードジャンル | イベント |
エピソードタイプ | ショート |
エピソードモード | ノーマル |
シンパシー | 使用不可 |
難易度 | 簡単 |
参加費 | 1,000ハートコイン |
参加人数 | 5 / 2 ~ 5 |
報酬 | 通常 |
リリース日 | 08月25日 |
出発日 | 09月05日 00:00 |
予定納品日 | 09月15日 |
参加者
- シルヴァ・アルネヴ(マギウス・マグス)
- 栗花落 雨佳(アルヴァード=ヴィスナー)
- 瑪瑙 瑠璃(瑪瑙 珊瑚)
- ウィーテス=アカーテース(パラサ=パック)
- フラル(サウセ)
会議室
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2014/08/28-18:54
こ、こんにちは。
ウィーテス=アカーテースと言います。パートナーはシノビのパラサ。
えっとよろしくお願いします。
相棒が女装は任せとけってはりきっていたけど、だ、大丈夫かなぁ。
と、とにかく、がんばりますね。
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2014/08/28-08:03
あーっと、はじめまして。
オレはフラル。相棒はトリックスターのサウセだ。
よろしくな。
最近入ったばかりで今回が初任務なんだが、いきなり凄い任務だな…。
女装かー。あいつにさせるのは酷だし、オレが着るっきゃないか…。 -
2014/08/28-00:34
シルヴァ・アルネヴと精霊のマギだ。よろしくなー。
さて……どうやって言いくるめて、これ着せるかな……。 -
2014/08/28-00:17
一部の方は初めまして、瑪瑙瑠璃です。
相方はテンペストダンサーの瑪瑙珊瑚といいます。
出発までどうぞよろしくお願いします。 -
2014/08/28-00:13
こんばんは。
栗花落雨佳とアルヴァード・ヴィスナーです。
よろしくお願いしますね。