【夏祭り・月花紅火‏】幻灯光夜(柚烏 マスター) 【難易度:簡単】

プロローグ

 色とりどりの灯りが、幻へと誘うように揺れていた。
 あなたと繋いだ手の温もりは、これが一夜の夢ではないという証。
 熱に浮かされたように、とくんと高鳴る胸を抑えながら――ああ、どこへ行こう。

 しゃん、しゃんと。何処からか聞こえて来るのは鈴の音。眩いばかりに溢れ出す祭囃子が、ふっと遠ざかる場所――人もまばらな屋台の片隅に、その小さな天幕はあった。
「やあ、やあ。いらっしゃい、可愛らしいお客様。幻灯屋へようこそ」
 人の良さそうな細面に、凪いだように静かな瞳を瞬かせ。その店の主人であろう妖狐の青年は、芝居がかった調子でお辞儀をした。
「ここでお見せ致しますのは、幻灯機が照らしだす幻の世界。勿論、妖狐の幻灯機ですからね。見せるのは、ただの画なんかじゃありません」
 す、と目を細め、妖狐は悪戯っぽく笑う。夢幻へ誘うが如く、指先に纏わりつくのは燐光を放つ蝶。
「例えば、過去。在りし日の思い出、大切な記憶。その光景」
 ひらり、ひらりと蝶は踊る。それを楽しそうに見つめながら、妖狐の青年は更なる言葉を紡いだ。
「或いは、未来。いずれ迎えたいと願う夢、願望。その情景」
 お見せするのはそのどちらかひとつ、強く心に願うもの。共に願うも良し、もしくはどちらかが、相手に見せてあげたいと願うのも良い。そこらへんは、お二方にお任せしますよ、と妖狐は微笑む。
「暫し祭りの喧噪を忘れ、静かな時に身を委ねるのも悪くないと思いますよ。天幕の中ではふたりきり――幻を見ながら心に秘めた想いを、ぽろりと漏らしても聞きとがめる者はおりません」
 さあ、心の準備が出来ましたら、どうぞ中へ。妖狐のたおやかな手が、優しく手招き――いつの間にかその手に握られているのは、紅玉のようなりんご飴。
「どうです? あなたの大切な人と、一夜限りの夢を楽しまれてみては?」
 おいで、おいでと囁くように、蝶が天幕へと吸い込まれていく。あの子を追いかけて、暗闇の中で静かに深呼吸――鈴の音が三回響いたら、幻灯光夜の幕が上がる。

解説

●幻灯屋
妖狐の青年が開いている、心に思い浮かべた情景を見せてくれるお店です。小さな天幕の中にある幻灯機が、思い浮かべた光景を映してくれます。ゆらゆらと、不思議な力で周囲全部に画が広がります。
入場料は200ジェール。りんご飴のおまけつき。幻灯を見ながら食べてね、という店主のサービスです。

●映し出されるもの
過去にあった思い出、もしくは未来に見たいと願う光景のどちらかひとつ。二人で一緒に願ってもいいですし、自分もしくはパートナーが相手に見せたい、と願うものどちらでも構いません。

●お話の傾向
静かな感じで、秘密のささやきや心情重視の、しっとりした雰囲気になりそうです。夢幻のような、お祭りと言う非日常の夜をお楽しみください。

ゲームマスターより

 初めまして、柚烏(ゆう)と申します。神人さんと精霊さんの思い出を紡ぐお手伝いが出来れば幸いです。
 賑やかなお祭りから少し離れて、少し変わった不思議な出店で過ごすのは如何でしょうか。
 ぜひぜひ、皆様の熱い想いをぶつけて下さいね。それではよろしくお願いします。

リザルトノベル

◆アクション・プラン

アリシエンテ(エスト)

  「私が見たいもの?特には無いわね
今の屋敷にも日常の景色にも不満があるわけでもないもの」
天幕の小部屋に入りながらどちらかと言えば好奇心はりんご飴の方へ行っていた
食べた事が無いから、その一口では食べきれないその大きさに心惹かれる

エストが「では、一つ」と見せてくれた光景は、一面の草原だった
見ているだけで風を感じそうな涼しそうな草原
エストが昔の幼馴染のエリゼと見た光景だと言った

そこには、ずっと付き添ってきた自分の知らない私が、
生まれる前に残った記憶を持つエストがいる
それが非常にむしゃくしゃして

思わず席を立とうとした私にエストが言った


私は沈黙し拗ねた子供の様にエストの背中に寄り掛かるようにその光景を見た


油屋。(サマエル)
 
過去→冬 病院の庭

『あ゛ぁ!?何だとこの悪魔野郎!角へし折るぞ!!』

偉そうにしやがって ホント腹立つ!
車椅子じゃ駄目だ
あそこまで絶対自力で辿り着いてやるんだから

なーんてここへ来る度思ってたっけ
懐かしいなぁ病院に居る間 毎日歩く練習してた

入院している間、サマエルはずっと傍に居てくれたよね
あの時は素直に言えなかったけど すごく嬉しかったの
本当に感謝してる

それを言いたくて

サマエルが助けてくれなかったら今のアタシは存在しない
アンタは命の恩人だし、そ、その 大切なパートナーだよ?
だァーッ!もう言わせんな恥ずかしいッ!

褒めたって何も出ねーぞこの野郎!!
うん ありがとう 嬉しいけど無理しないでね



クロス(オルクス)
  アドリブOK

青地の桜柄着流し

ルナティス 双子弟 蒼銀髪銀目 銀狼 オルクス似

へぇ幻灯屋…
色んなお店があるんだな(微笑
なぁオルク、見てみようか
俺達の未来を…って又揃ったな(クス

未来

お……お?
オルク、お前が抱いているその子は……
まさか?
もしかして、これが主の言っていた……?
オルクと俺の!?双子!?
あっ通りで軽い筈だ

「ママ?」
「なっ何でもないよルナ!(何で名前が…)」
(ジッと子供を見据えながら
「ママ、りんご飴食べる?」
「ふふっ(微笑)ルナありがとな…うん美味しい(ニコリ)」
(子供を抱っこしたままりんご飴を差し出され食べる
「良かった(ニコ」
「ふふっ幸せねオルク…皆大好きだよ(微笑」
(家族で笑い合う



Elly Schwarz(Curt)
  心情】
過去の思い出も映し出せるんですか!?
……もう一度だけ、村の夏祭り、見てみたいです!

幻灯】
・過去:村の夏祭り(林檎飴を食べ)
僕がいた村は皆が一致団結して盛り上がってたんですよ。
いろんな屋台を出てて……楽しかったです。
懐かしい面々が……またお目にかかる事が出来るなんて……。(涙ぐむ)

過去に縛られてばかりではダメだと解ってるんですが
僕はまだ縛られてるのかもしれませんね。
大橋の仕事で敵を見た時、凄く憎しみが募りました。違うかもと解っていながら。
これはこれからもあるかもしれない。
でも今は今ある笑顔の為に戦った方が良いんじゃないかって
クルトさんと一緒に居るうちに思えたんです。

っ!?び、吃驚しました!



出石 香奈(レムレース・エーヴィヒカイト)
  藍染の浴衣
お祭りも楽しいけどちょっと疲れちゃった
幻灯なんて楽しそうね、休憩がてら覗いてみましょうか
どうせ見るなら未来よね、過去は振り返らない主義なの

レムは和物好きだし、また浴衣着てみたけど…
…対応に溜息、やっぱお色気作戦は無理か

幻灯:
レムの部屋で言い合う二人
未来のあたしはレムの背中に縋り付いて何かを呟いてる
そしたらレムが振り返って…

…やだ、何これ
思わず隣のレムの浴衣の袖を握りしめる
ねえレム…あたしのこと、捨てないでね
な、何でもない!なんか思ってたのと違ったし飴食べたら出ようか

レムは気付いてないけど、未来のあたしは「好き」って呟いてた
これが願望なの?
どうせ付き合っても長続きしないのに、どうして…



●遠い祝祭
 ひらり、ひらり――泡沫を渡るようにふたりを導くのは、仄かな燐光を放つ蝶。高鳴る胸を抑えながら、天幕に足を踏み入れたElly Schwarzは、そこで古びた幻灯機を見つけて蒼の瞳を瞬かせた。
 その前には木製の椅子がふたつ、ぽつんと置かれていて。妖狐に手渡されたりんご飴をエリーに渡しながら、Curtもまた、面白そうだと口角を上げた。
「過去の思い出も映し出せるんですか!? ……ならもう一度だけ、村の夏祭り、見てみたいです!」
 その無垢なるエリーの願いに応えるように、幻灯機にとまっていた蝶が淡い光となる。かたん、と音がして動き出す幻灯機に、慌ててふたりは目を閉じて――鈴の音が響くと同時、天幕に映し出されたのは、エリーの望んだ夏祭りの光景だった。
「わぁ……」
 宝石を散りばめたような星空の下、色とりどりの灯が村を彩っていた。様々な屋台に人々は足を止め、楽しそうに皆で笑い合う。祭囃子と賑やかな嬌声が、何処か遠くから聞こえて来るようだった。
(余程村の奴等が好きだったのか、妬ける)
 普段は感情を表に出さないエリーが、潤んだような瞳で過去の光景に見入っている。こんなエリーは珍しい、とクルトは思いながらも、どうしてか何時ものように虐める気にはなれなかった。
「僕がいた村は、皆が一致団結して盛り上がってたんですよ。いろんな屋台が出てて……楽しかったです」
 紡がれるのは懐かしき想い。けれどそこにひとさじの哀しみが混ざるのは、彼女の村はもう無くなってしまったから。オーガによって全てを奪われた、こんな時に改めてその事実を突き付けられる。
「本当に活気がある祭りだったんだな。村人の表情が生き生きしてる。俺は、祭りなんて幼い頃行った事……あったか覚えてない」
「懐かしい面々が……またお目にかかる事が出来るなんて……」
 思わずエリーが涙ぐんで。その姿を見たクルトは、その背中が余りにも小さく思えて息を呑んだ。そんな訳がないと思いながらも、このまま彼女がふっと消えてしまいそうな気がしたからだ。
(エリーは村を失って、ずっと甘えて来なかったのかもしれない)
 そう、だからこんな時だって――気丈なエリーは静かにクルトへ語りかけるのだ。
「過去に縛られてばかりではダメだと解ってるんですが、僕はまだ縛られてるのかもしれませんね」
 先日の大橋での戦いを思い出して、エリーはぽつりぽつりと心境を吐露する。敵を見た時、凄く憎しみが募ったのだと。違うかもと解っていながら――こんな事はこれからもあるかもしれない、と呟く。
「でも、今は。今ある笑顔の為に戦った方が良いんじゃないかって。クルトさんと一緒に居るうちに思えたんです」
 エリー、とクルトが名を呼んだ。紅の瞳が、真っ直ぐにウィンクルムたる片割れを射抜く。
「そう思い詰めるな。俺が居るんだから甘えれば良い。……ほら、折角だから繋ぐぞ」
 不意に差し出したクルトの手が、エリーの手と絡まった。まるで恋人同士が繋ぐようなそれに、気付いたエリーの身体が、びくんと跳ねる。
「っ!? び、吃驚しました!」
「そんなに驚くな、全く」
 互いに見つめ合って、やがてどちらからともなく微笑を浮かべて。燐光が大気に溶け、静かに終わる幻灯絵巻を名残惜しそうに見送りながら、ふたりは立ち上がった。
 そんな時、ふとクルトの目の前で、像が歪んでいく。
(な、んだコレは……俺は知らない)
 魔性の角持つ男性と、人の女性。そんなふたりに手を繋がれて祭りを楽しむのは――きっと、幼い頃の自分だ。
 その画は一瞬で消えたので、エリーには見えなかっただろうけれど。幻灯機の不具合か、それともささやかな悪戯か。最後に見た光景が頭から離れず、クルトは複雑な表情で髪をかき上げた。

●夏草
「私が見たいもの? 特には無いわね」
 今の屋敷にも、日常の景色にも不満があるわけでもない。そう凛と告げたアリシエンテの姿は、非日常に溶け込むには余りにも神々しい。
 高貴なる者に伴う義務を体現する彼女は、常に誇り高く――けれど、鮮やかなりんご飴と向き合う愛らしい姿に、エストの瞳が微かに細められた。
 どちらかというと、アリシエンテの興味はりんご飴の方に向いているようだ。恐らく食べた事がないのだろう、一口で食べきれないその大きさに、心惹かれているのが伝わってくる。
(話を聞いて以来、彼女に見せたい景色をずっと考えていましたが……)
 華やかな光景は、退屈そうに眺めて過ごしたアリシエンテのこと。案の定「何もない」と言った彼女に苦笑しつつ、エストはふと思い至った光景を願う。
「では、一つ」
 しゃん、しゃん、しゃんと。はじまりを告げる鈴の音が響いて。ふたりが目を開けた時、幻灯機の映し出した光景が、天幕一杯に広がっていた。
 ――それは、木一本ない見渡す限りの大草原。ざぁっ、と豊かに波打つ一面の緑は、見ているだけで風を感じそうなほどだ。涼しげな空気が、今にも優しく肌を撫でていきそうだ、とふたりは思う。
「アリシエンテ、貴方が生まれる前です。私が5歳位の時に、幼馴染のエリゼが避暑の一環として連れてきて下さった場所ですよ」
 成程、アリシエンテが草原を見遣れば、そこには彼女の知らないエストの姿が在る。自分が生まれる前のエスト、ずっと付き添って来た筈の彼の、共有する事の出来ない思い出。
 そう思ったら、何故だかアリシエンテは非常にむしゃくしゃして――思わず席を立とうとしていた。
「アリシエンテ。宜しければ、今度一緒に向かってみませんか?」
 柔らかな声音でエストが問えば、アリシエンテの美しい眉がつりあがる。恐らく、自分でも感情を持て余しているのだろう――その表情には、複雑な色が浮かんでいた。
「エリゼが先を越した景色など見たくないわ!」
 どう足掻いたところで、自分は幼馴染にはなれない。けれど、感傷的に言葉を吐き出したアリシエンテにも動じず、エストは恭しくこうべを垂れると、真摯な瞳で立ち上がりかけた己の主を見上げた。
「今度は貴方と二人きりで。この景色に貴方を見れたらと切に思うのです」
「……!」
 その真っ直ぐな言葉に、アリシエンテは沈黙して。けれど、その胸中では複雑な思いが渦巻いているのだろう――やがて拗ねたように椅子に座り直したアリシエンテは、子供のようにエストの背中に寄りかかった。
「……約束よ」
 消え入りそうな声で囁かれた言葉に、エストは僅かな安堵を覚えながら。ふたりは暫し、夏風に揺れる草原を眺めていた。

●背中合わせの二人
 藍染と縞柄の浴衣が、ひらひらと夜道を行く。やはり着物はいい、とレムレース・エーヴィヒカイトが呟き背筋を伸ばすと――隣の出石 香奈は、相変わらずな彼の姿にそっと相好を崩した。
「お祭りも楽しいけど、ちょっと疲れちゃった」
 そんなふたりが目にしたのが、幻灯屋の天幕だった。休憩がてら覗いてみようかと足を向ければ、店の主人は過去か未来のどちらか一つを見られるのだと囁く。
「どうせ見るなら未来よね、過去は振り返らない主義なの」
 艶やかな長い黒髪を夜気に遊ばせながら、くすりと香奈は微笑んだ。そうだな、とレムレースも頷き、二人分のりんご飴を受け取って天幕の中へと入っていく。
「将来どんなウィンクルムになるかは俺も気になるな。席に着……っておい、着崩すな」
 胸元が苦しくなったのか、浴衣の襟を緩めた香奈の姿を、ふと目にして。レムレースは生真面目に相棒の服装を指摘すると、手際よく浴衣を直してやった。
(レムは和物好きだし、また浴衣着てみたけど……)
 少しはだけた胸元にも、顔色一つ変える事の無い彼に「朴念仁」と香奈は内心で溜息を吐く。やっぱりお色気作戦は無理のようだった。
 ――やがて蝶が踊り、鈴が鳴る。ゆるゆると瞳を開いたそこに広がっていたのは、レムレースの暮らす宿舎。そう言えば最近よく遊びに来るようになったな、とレムレースが静かに光景を見遣れば――そこでふたりが、何かを言い合っている姿が見えてきた。
(これは喧嘩の光景か? いや、違うな)
 ぴりぴりとした険悪な雰囲気ではない。しかしそこに漂うのは、触れたら壊れてしまいそうな、酷く儚くも切ない何か。未来の香奈は、そこでレムレースの背中に縋り付いて、何かを呟いている所だった。
「……やだ、何これ」
 微かに震える声で香奈が呟き、思わず隣のレムレースの浴衣の袖を握りしめる。けれど、そのレムレースも食い入るように幻灯を見つめて、微動だにしなかった。
(こんなに辛そうな表情の香奈は見たことがない。未来の俺は何故慰めないのだ)
 幻の光景に文句を言っても詮無きことだが、それでもレムレースの心には波紋が広がる。何故こんなにも、もどかしいと思うのか――そうしている内に、幻灯のレムレースが振り返った。そして……。
「……!?」
 切り取られた未来の光景、そこでレムレースが香奈を抱き締める。どういうことだ、と幻灯を凝視するレムレースは密かに動揺していた。俺達はそんな関係ではないはず、なのに。
「ねえレム……あたしのこと、捨てないでね」
 ふと我に返れば、迷子のような眼差しでこちらを見つめる香奈と目が合った。怜悧な相貌の裏に、酷く傷つきやすい、子供のような心を秘めている女性。
「……捨てる? そんな馬鹿な話があるか。俺達はウィンクルム、運命共同体なのだから」
 それに、あんな表情のお前を見捨てられる男なぞ、この世にいない――そう言いかけて、レムレースはこほんと咳払いをした。……いや、あれは未来の話だ。今の香奈も、捨て置けん表情をしているとは言え。
「あ、な、何でもない! なんか思っていたのと違ったし、飴食べたら出ようか」
 気付けば幻灯は終わっており、薄暗い天幕には静かな沈黙が下りる。りんご飴を急いで舐めながら、香奈は先程見た光景を思い出していた。
 レムレースは気付いていないようだったが、未来の自分は「好き」と呟いていた。これが願望なのか、と香奈は自問する。
(どうせ付き合っても長続きしないのに、どうして……)

●冬の庭
『あぁ!? 何だとこの悪魔野郎! 角へし折るぞ!!』
 突如天幕に響いた罵声に、油屋はぎくりと身をすくめ――そんな彼女を見つめるサマエルは、意地の悪い微笑みを絶やさない。
 ふたりの目の前で繰り広げられる幻灯絵巻は、ある冬の日を映し出していた。それは病院の庭、車椅子から身体を起こした油屋が、必死に歩く練習をしている。それを見ていたのが、サマエルだった。
『まともに立つ事すら出来んとは』
 過去のサマエルの言葉通り、酷い怪我を負った油屋は満足に立ち上がることさえ出来ない。オーガに襲われ、手も足も使い物にならない状態だと言うのに、それでも彼女は負けたくないと言う一心で、懸命に手足を動かしていた。
『諦めの悪い女だ』
『偉そうにしやがって、ホント腹立つ!』
 転んで土まみれになろうが、寒さで霜焼けになろうが――油屋はサマエルを睨みつけ、また歩き出すのだ。車椅子なんかじゃ駄目で、あそこまで絶対自力で辿り着いてやる。そう思っていたのは、サマエルに対する意地もあったかもしれない。
(ここへ来る度思ってたっけ、懐かしいなぁ。病院に居る間、毎日歩く練習してた)
 映し出される幻灯では、ちらちらと粉雪が舞い散る中――昔の自分が一歩一歩、確実に歩みを進めている。何だかんだと口を挟みながらも、そう言えば彼は、飽きて居なくなると言う事だけはしなかったな、と油屋は思い出した。
「ね、入院している間、サマエルはずっと傍に居てくれたよね。あの時は素直に言えなかったけど、すごく嬉しかったの。本当に感謝してる」
 ――それを、言いたくて。義理堅い方だから! と自分に言い聞かせる油屋だが、サマエルが相手だとどうにもこそばゆいと言うか、何と言うか。
「サマエルが助けてくれなかったら、今のアタシは存在しない。アンタは命の恩人だし、そ、その、大切なパートナーだよ?」
 暗闇の中、ふたりで椅子に座って。過去の思い出をまじまじと眺めている内に、油屋の顔がかぁっと赤くなる。その照れを隠すように、彼女はぐっと拳を握りしめて叫んだ。
「だァーッ! もう言わせんな恥ずかしいッ!」
「フフ、多少素直になったのは良いが、俺は所詮その程度か? そこは素晴らしいご主人様と褒め称えるところだぞ」
 サマエルが傲岸不遜な素を曝け出すのも、それが油屋だからだ。心底面白そうに、ふっと口元に笑みを浮かべて、サマエルは詠うように言葉を紡いでいた。
「俺も一つ思い出した。あの姿を見た時、俺はお前に初めて興味が湧いたんだ」
 ――それから。共に過ごした時間を思い返せば、己は我を忘れ、童心に返ったように楽しんでいた。思えばあの時から、彼は囚われていたのかもしれない。
「こんなに面白い玩具は今まで無かった。気に入った」
「ッ、褒めたって何も出ねーぞこの野郎!!」
 意外に逞しい、サマエルのしなやかな腕が油屋を抱き締める。大切に、壊さないように――彼女を奪うものは許さないと、その瞳に微かな狂気を浮かべながら。
「早瀬は他の奴には渡さない傷つけさせない。この先もずっと俺が護ってやるよ」
 油屋の本当の名前を呼び、サマエルがそっと耳元で囁く。普段はゴリラだの乳女だの好き勝手呼んでいるくせに、こんな時にだけずるい。
「……うん、ありがとう。嬉しいけど無理しないでね」
 だから油屋も、普段とは違う、ちょっとしおらしい態度でその声に応えた。

●あたたかな家族
「へぇ幻灯屋……色んなお店があるんだな」
 青地の桜柄。優美な着流しを着たクロスが微笑みを浮かべれば、「あぁそうだな」と隣のオルクスが返す。彼の着流しは、白地の秋海棠――鮮やかな花たちがひらひらと祭りの灯りに揺れる様は、酷く美しい。
「しかし、過去未来が見れる……なぁクー、見てみるか」
「なぁオルク、見てみようか」
 顔を見合わせて、悪戯っぽくふたりは笑いながら。同じ言葉を発した事に目を瞬いて――次に見たいと願うのは。
「「俺(オレ)達の未来を」」
「又揃ったな」「流石オレ達だな」と言い合って、クロスとオルクスは店主に見送られて天幕の中へ。勿論、りんご飴を貰う事も忘れずに。
 とくんとくんと鼓動の音が聞こえそうだと思いながら、わくわくしながら待つふたり。かたん、と古びた幻灯機は、彼らのいずれ迎えたいと願う夢――未来を映し出す。
「お……お? オルク、お前が抱いているその子は……まさか?」
「クー、お前の胸に抱きついているその子も……何だかオレに似てるな?」
 天幕に映し出されたのは、彼らの夢。今よりも少し大人びたクロスとオルクスが、双子らしき子供を抱いて幸せそうに笑っている。
「もしかして、これが主の言っていた……?」
 未来のクロスが抱いているのは、蒼銀の髪に銀の瞳の少年。そこにはオルクスの面影があって――ルナティス、とクロスは脳裏に浮かんだ名前を呟く。
「だとしたらこれは……オレ達の未来の姿なのか!?」
 一方、オルクスが抱いているのは、蒼銀の髪に紅の瞳の少女。そこにはクロスの面影があって――アマルティ、とオルクスもまた、脳裏に浮かんだ名前を口にした。
『ママ?』
『パパどーしたの?』
 無邪気な声で問いかけてくる双子に、未来のクロスとオルクスは何でもないよ、と慌てたように返す。ルナティスは「食べる?」とりんご飴を差し出して、抱っこしたままクロスは飴を口に含み、美味しいと言って笑った。
『パパ肩車して~』
 きゃっきゃと笑うアマルティに良いぞと頷いて、オルクスは小さな身体を担ぎ上げた。わぁ、高~い――空に向かって手を伸ばす娘に、未来のオルクスは落ちるなよと優しく声を掛ける。
『ふふっ、幸せねオルク……皆大好きだよ』
『あぁ幸せだ、オレも大好きだぜ』
 家族で笑い合う、温かな光景。しかし、その綺麗な夢は、やがて淡い光に溶けて消えていく。
「…………っ」
 静かに幻灯が終わった時、クロスの瞳に滲んでいたのは、幸せな涙だったのか。
「ねぇ、いつか」
 クロスが静かに囁けば、ああとオルクスも頷いて。
「……叶うと、いいな」

 ひらひらと舞う蝶は、静かに静かに消えていった。天幕から出れば、遠くから聞こえて来るのは祭囃子。
 夢は覚める。けれど、その記憶は心に刻まれる。
「さようなら、可愛らしいお客様。また会う日まで」
 ――幻灯光夜の夜が、終わる。



依頼結果:成功
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エピソード情報

マスター 柚烏
エピソードの種類 ハピネスエピソード
男性用or女性用 女性のみ
エピソードジャンル ハートフル
エピソードタイプ ショート
エピソードモード ノーマル
シンパシー 使用不可
難易度 簡単
参加費 1,000ハートコイン
参加人数 5 / 2 ~ 5
報酬 なし
リリース日 08月18日
出発日 08月26日 00:00
予定納品日 09月05日

参加者

会議室

  • [5]アリシエンテ

    2014/08/25-00:22 

    お邪魔するわっ!最近、最後のご挨拶が多いわね……(汗)
    アリシエンテとこっちは精霊のエストよ。
    皆さんどうか宜しくお願いするわねっ(お辞儀)

  • [4]油屋。

    2014/08/22-17:48 

    こんちはー!油屋。だよ!!
    あ、皆お久しぶりだね。今回もよろしく!
    アタシ達は過去を見たいと思ってるんだ~

  • [3]出石 香奈

    2014/08/21-17:05 

    出石香奈よ。パートナーはレム。
    初めての人は初めまして、そうじゃない人もよろしくね。

    あたしも未来かしら、過去はろくな思い出がないからね。
    良い雰囲気でゆっくりできそう…

  • [2]クロス

    2014/08/21-14:00 

    クロス:
    最後の1枠で参加したが、全員久し振りかな?
    改めて俺はクロス、精霊はテイルスのオルクスだ
    皆宜しくな(微笑)

    過去と未来が見えるのか…
    俺は未来が見たいな…
    オルクと幸せな、家族の未来を…

  • お久しぶりの方々ばりですね。またお会い出来て嬉しいです。(微笑)
    改めて僕はElly Schwarzと言います。精霊はディアボロのCurtさんです。
    今回もよろしくお願いします!

    僕は過去を見たいと思っています。
    あの光景、また見る事が出来るのでしょうか?


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