サファイアの涙(木口アキノ マスター) 【難易度:簡単】

プロローグ

 ここがA.R.O.A.の受付で良いのかな?
 もしもし、もしも~し、聞こえますか~?
 あー、駄目かぁ。
 A.R.O.A.なら、精神体の姿が見えたり声が聞こえたりする人も多いって聞いて来たんだけど。
 あ、ちょっとそこのあなた!
 今あたしの事見てたでしょ!
 見えてるのね?私が見えてるのね?声も聞こえるのね?
 あ~、良かったぁ。
 やだ、何よぅ、オバケでも見るような顔をして。
 って、実際オバケなんだけど~。あははっ。
 あたし、ルリィ・コハラよ。
 え?知ってるって?実力派女優として知られてるって?
 いや~ん、ありがと。
 そりゃあね、そうやって言ってもらえるよう、努力したもの。
 ダンナや息子を捨ててまでね。
 末は国民的大女優!の予定だったんだけどさぁ。
 まだニュースになってないかな。
 屋外での撮影中に、デミ・コボルトに襲われちゃってね~。
 いやぁ、人生って呆気ないものだわ。
 気付いたら、こんな姿なんだもんね。
 それでね、今日ここに来たのは他でもない、お願いがあってのことなのよ。
 え?あたしを襲ったデミ・コボルトに復讐して欲しいのかって?
 ヤダなぁ、違うわよ。
 そこまでしてくれなくて良いの。
 もう死んじゃったんだもん、仕返しなんて興味ないわ。
 だけどね、あのデミ・コボルト、憎たらしいことに、あたしを襲ったあと、簡易楽屋に使ってたテントから、あたしのアクセサリー全部持って行きやがったの!
 アクセサリーなんか似合わないような見た目のくせにね!
 あんなごつい腕に、あたしのブレスレットが付けられるもんですか。
 で、そいつから、ひとつだけ取り返して欲しいアクセサリーがあるの。
 うん、そのアクセサリーだけで良いの。
 雫型のサファイアのネックレスでね、台座は金。裏返したら、台座部分に、きったない字で「ママへ」って彫ってあるの。
 もうね、なんで職人に頼まなかったのよ、ってね。汚い字が彫られてたら、売るとき値が落ちるじゃない。ねぇ?
 は?泣いてないわよ。この国民的大女優になる予定のあたしが泣くのは、演技の時のみよっ。
 だいたいユーレイが泣くわけないでしょ~。
 とにかく、このネックレスだけは、あのデミ・コボルトの手元にあるなんて絶対に許せないの。
 あたしも、この姿になってから、デミ・コボルトを尾行したんだけど、なにぶん実体がないじゃない?
 ネックレスを見つけても、掴めないのよ。悔しいったら。
 デミ・コボルトはね、タブロス郊外の森の端、切り立った崖を降りたところにある洞穴に盗んだ物を集めているみたい。
 ひときわ大きな杉の木が2本並んで立っているところのすぐ下だから、わかりやすいと思うわ。
 だけど、生身の人間なら、あの崖を降りるのはちょっと骨が折れるかもね。
 あ、落っこちて骨折するかもって意味じゃないわよ。まぁ、その危険も否定できないけど。
 だって下まで50メートルはある崖だから。
 洞穴の中には、たくさんのジュエリーがあったわ。きっと、いろんな人から盗んできたのよ。
 ジュエリー好きのなんてのもいるのね。メスなのかしら。
 でもね、このデミ・コボルト、昼間の明るいうちはほとんど洞穴に戻って来ないの。
 あちこちにジュエリーを盗みに行っているのかもね。
 だから、ネックレスを取り返すなら昼間ね。
 だけど注意して。
 あいつの仲間のデミ・コボルトが、洞穴を警戒させてるの。
 数時間おきにいっぺん、2匹のデミ・コボルトが見回りに来るわ。
 それさえなんとかできれば、ネックレスを取り返すのは簡単よ。
 報酬は、そうね、あたしもうユーレイだから、お金払えないわね。
 そうだ、デミ・コボルトが持って行ったあたしのアクセサリー。売ったらそれなりのお金になるわ。これが報酬でどう?
 それに、他にも盗まれたっぽいジュエリーがたくさんあったから、これを判る分だけでも持ち主に返してあげたら、お礼もらえるんじゃないかしら。
 あたしのアクセサリーは全部、あたしのジュエリーボックスに入っているわ。黒の革張りで、あたしのサインが入っているボックスよ。
 もちろん、お願いしたネックレスは売っちゃダメよ。
 あれは、まだチビっこだった息子が文字を彫っちゃった傷物だから、あたし以外の人には値打ちがない物だしね。
 息子に返そうったって、もう離れ離れになってから10年以上も経つわ。今どこにいて何をしてるかもわかりゃしない。
 だから、ネックレスはあたしのお墓の隣に埋めておいて欲しいわ。
 あ、でも、ユーレイなんかの依頼でも受けてくれるのかしら?
 受けてくれなきゃ化けて出ちゃうぞ~。なぁんて。
 え?今すでに化けて出てるでしょうって?
 それもそうか。あはは。
 うん、ダメならダメでしょうがないけど、もし、ユーレイの依頼でも受けてくれるなら……よろしくお願いします。

解説

依頼者のアクセサリーを取り返すだけの任務ですが、デミ・コボルトに気を付けて
ください。

また、アクセサリーがある洞穴は危険な崖の下なので、降りるときに工夫が必要かもしれません。

依頼者は、こんな態度をとっていますが、子供からもらったアクセサリーはとても大
事な物のようです。

ゲームマスターより

神人の皆さま、こんにちは。
今回は、幽霊という、少し変わった依頼者です。
ですが、A.R.O.A.に助けを求める気持ちは真剣です。
どうか少しでも彼女の魂が安らかになるために、お力を貸していただけないでしょうか。

リザルトノベル

◆アクション・プラン

セリス(三ツ矢 光)

 


セリス(三ツ矢 光)
 


第1章
 普通の企業なら、幽霊からの依頼など一蹴されていただろうがそこはA.R.O.Aである。
 きっちりと依頼として受理され、任務を請け負うウィンクルムも現れた。
「死んでもなお依頼に現れたくらいだわ、力を貸してあげなきゃそれこそ呪われちゃいますものね」
 リリィは、自宅で夕食をとりつつそう言った。
 どこか気品のある彼女は、食事の仕方も美しかった。
 ちなみにこの夕食を用意したのは彼女と契約した精霊、ディアボロのセルジュである。
 訳あって家出したはいいものの全く家事のできないリリィを見かねて、彼女の生活を支えてくれているのだ。
 簡単な食事くらい自分で作れるようにならないとそのうち困るんだよ、俺が家事できるから良かったものの、他の精霊と契約を結んでいたら今頃リリィは餓死してるよ、と小言を言いつつ、栄養バランスの取れた食事を作ってくれる。
 鋭い目つきのせいか、一見怖そうに見えるセルジュだが、実は優しいのかもしれない。
「息子をよほど強く想っているってことだよ」
「息子さん、ねぇ。だって、今はどこにいるかもわからないんでしょう。そんな人のことが気になるかしら」
 今回の依頼でリリィが理解に苦しむ点。それが、依頼人ルリィ・コハラの、息子への想いだ。
 親子間の愛情。
 リリィはそれを実感したことがないのだ、理解できないのも仕方ない。
 でも、そこまで強い母親の愛情というものが本当にあるのだとしたら……。
(少し、羨ましいかもね)
 そんなリリィの心情を知ってか知らずが、セルジュが仕事の話をする。
「場所は崖の下だったな。リリィ、大丈夫か?」
 現在家出中とはいえ、リリィはどう見ても裕福な家のお嬢様。崖を降りるような腕力があるようには思えない。 
「ロープがあって、セルジュが支えてくれるならなんとかなるわよ。明日の出発までにロープを用意しておいて。屋根裏部屋か物置にあると思うわ」
「わかった。探しておくよ」
「それから、食後の紅茶を淹れて頂戴」
「それくらい自分でしないか」
「あら、私だって紅茶くらい淹れられるわ。でも、セルジュの淹れた紅茶が飲みたいと思ったから言ったのよ」
「なら次はぜひ、リリィが淹れた紅茶をご馳走になりたいものだね」
 そう言いつつもセルジュは紅茶の用意をするのだった。

 さて、今回の依頼を請け負ったウィンクルムはもう一組いる。
 男勝りで喧嘩っ早い猪突猛進娘の油屋。と、表向きは礼儀正しく好感度上々の若き政治家、しかし本性は少々難ありのディアボロ、サマエル。
 依頼内容を聞いたとき、2人は一も二もなく依頼を引き受けた。
「なんっってひでぇ話なんだ!親の愛情を踏みにじるたぁ最低のデミ・コボルトだぜ!アタシがそのネックレス取り返してやるっ」
 瞳を潤ませ拳を震わせる油屋。。その一方でサマエルは……。
「なんとひどい話なんだ!美しい宝石たちが、デミ・コボルトに囚われているなんて!今にも宝石たちの嘆きが聞こえてきそうだよ。さぁ、取り返しに行こう」
 2人の目的は若干違うようだが、依頼を引き受けるという点では意見が一致した。

第2章 
 タブロス郊外の森。
 2組のウィンクルムはこの入口で待ち合わせて、現場へ向かう。
「リリィさんとセルジュさんてどんな方たちだろうね、早瀬」
 サマエルがにやにやして言う。
「サマエル……その名前で呼ぶなって何度も言ってるだろ!いいか、人前でアタシの名前を呼んだらただじゃおかないからな!」
 噛みつきそうな勢いで怒鳴る油屋。。そう、彼女の本名は本当は「虚戯(うつろぎ)早瀬」と言うのだが、人前では「油屋。」で通しているのだ。
 サマエルは油屋。が人前で本名を呼ばれることを非常に嫌がるのをわかっていて、人と待ち合わせている今、わざとそう呼んだのだ。
「おや失礼、気を付けるよ。けど、うっかり本名で呼んじゃったらごめんね★」
「絶対許さん。普段は人をホルスタインとか乳娘とか呼んでいるくせに、どうしてこういう時だけ本名で呼ぶんだ」
「面白いから」
 にっこり笑うサマエル。
「それとも、ホルスタインや乳娘と呼ばれる方が嬉しいのか」
「その呼び方だって許したわけじゃないっ!」
「貴様に対して乳女、ホルスタイン、他にどんな呼び名があると言うんだ?」
 油屋。を見下すようにサマエルは薄く笑う。
「いっぱいあるだろ!」
「……」
 サマエルはしばし額に指を当て考え込む。
「改良型ホルスタイン、とか」
「改良してどうする!」
 そうこうしているうちに、足音が近づいてきた。
 油屋。とサマエルがそちらを見ると、青く長い髪に金色の瞳の女性と黒い髪に赤い瞳のディアボロの男性が歩いてくる。
「リリィさんとセルジュさんですね」
 サマエルは油屋。と対する時とは打って変わって人当りの良い笑顔になる。
「はい。あなたたちが、今回ご一緒する油屋。さんとサマエルさんですね。よろしくお願いします」
 リリィが丁寧に挨拶をする。
「アタシらに敬語は無用だぜ。仲間だろ」
「そうだったわね。じゃあ改めて、よろしくね」
「よろしく」
 リリィと油屋。は握手を交わす。
 それから油屋。は、セルジュの肩にかかったロープに気付く。
「あ、ロープ。崖を降りるのに用意したんだ」
「ええ」
「私が用意させたの。空を飛べでもするのなら、必要なかったんだけど」
 サマエルがちらりと油屋。を見る。
「そういう貴様は、いったいどうやって崖を降りようとしていたんだ?」
「いや、アタシのこの剛腕をもってすれば、お前とうまく協力してだな、降りられるんじゃないかと……」
「はぁ?協力ぅ~~~?」
 心底馬鹿にしたような目つきで油屋。を見るサマエル。
「なぜそこで俺が貴様に協力すると思ったんだ?断られるかもしれないという選択肢はなかったのか?」
「うぐ……なら自力でなんとかするさ……っ」
「はぁぁ?脳みそに行く栄養が乳にでも行ってるんですかぁ~」
 顎を反らしてますます油屋。を見下す。
「あのぅ、このロープ、頑丈だからみんなで使いましょう?」
 不毛な言い合い(一方的に油屋。が言い負かされているが)をするサマエルと油屋。の間に、おずおずとリリィが割って入った。
「みんな、急がないと、日が暮れたらデミ・コボルトが戻ってきてしまうよ」
 セルジュに促され、一行は森の中に足を踏み入れた。

「ふぅ、結構歩いたわね」
 リリィが溜息をつく。
「まだ10分も歩いてないよ」 
 歩みを止めることなくセルジュが言う。
「仕方ないじゃない。私、今まで5分以上歩く場所には馬車を使っていたんだもの」
 1時間弱も歩いたころだろうか、木々が少なくなり、視界が開けてきた。
「崖はこの先のようね」
 息があがりつつもなんとか歩いてきたリリィが言う。
 森を完全に抜けると、切り立った崖に到達する。
「目印は、2本の大きな杉、だったわね」
 あたりを見回すと、左手側数メートル先に、それとおぼしき樹木を見つけた。
「目的の洞穴はあの下か」
 油屋。は緊張した面持ちになる。
「そこで愛しの宝石たちがこのサマエルの助けを待っているのだな」
「……待ってねーよ」
「何か言ったかな?」
「いや、何も。それより、どこから降りようか。少し離れたところから降りて様子を窺いたいんだけど」
「ほう。ホルスタインのわりには頭を使っているようだな」
「ふざけんじゃねぇこの悪魔野郎」
 なじりあう油屋。たちをよそに、リリィが冷静に言う。
「じゃあ、少し辺りを調べてみましょう」
 この短時間で、油屋。とサマエルのいじり漫才にもだいぶん慣れたようだ。
 調べると、崖の下は平地であるも大小の岩石が多数転がっており、身を隠すことができる大きな岩がある場所に降りるのが良いと結論が出た。
 セルジュは頑丈な木を見つけ、その幹に慣れた手つきでロープを結わえる。
「私は後からでいいわ」
 リリィがそう言うので、まずは油屋。が先に降りることに。
「よっし、行くぞ!」
 するするとロープを降りていく油屋。。
 次にサマエルが、ロープを滑り下りるように、一気にすとんと降りた。
「さぁ、次は俺たちだ」
 セルジュがリリィを半ば抱きかかえるようにして支え、共にロープに掴まる。
「落としたりしたら承知しないわよ」
「安心してくれ。任務中は、リリィの命を預かっているものと肝に銘じている」
 そう言うと同時に、セルジュはロープを降り始めた。
 セルジュに支えてもらっているからといって、リリィだってセルジュに任せっきりで降りるつもりはない。
 ぐっと手に力を入れる。ロープとの摩擦で手のひらが痛む。
「このくらい……」
 なんてこと、ないんだから。自分の力で、この世界で生きていってやるって決めて家を出たんだから、このくらい。
 油屋。やサマエルのようにすんなりとは降りられない。ずるずるとゆっくり、だけど確実に、セルジュに支えられながら降りてゆく。
 地面に着いたリリィは辺りを見回す。
「今のとこ、デミ・コボルトはいないようね」
「早速乗り込もうぜ」
 油屋。が、岩陰から飛び出そうとするも、その首根っこをサマエルが掴む。
「貴様は闘牛みたいに闇雲に突っ込む気か」
「いつデミ・コボルトが来るかわからないわ。役割分担を決めてから行きましょう」
 リリィが提案する。
「洞穴に入ってネックレスを探す者と、洞穴の外でデミ・コボルトを警戒する者とね。私はネックレスを探す方にするわ」
「じゃあ、俺が洞穴の出口でデミ・コボルトを警戒しよう」
 セルジュが言うと、今度はサマエルが、
「宝石が俺を呼んでいるんだよ……ルビー、サファイア、ダイヤモンド……その輝きを想像するだけで気分が高揚する」
「サマエルはネックレスを探す方だな。アタシはどうしよっかな」
「デミ・コボルトの警戒は俺一人で十分だ。洞穴の中はどうなっているかわからない。3人で探した方が早いだろう」
「そうだな。じゃ、アタシもネックレスを探す係になるよ」
 役割分担が決まったところで、4人は用心深く岩陰から出て、洞穴へ向かう。
 洞穴は予想より大きく、一番背の高いサマエルも身をかがめることなく入ることができる。
「セルジュ、見張りしっかりね」
「わかった」
 警戒役のセルジュを出入り口に残し、3人は内部に足を踏み入れる。
 洞穴は、大きな「く」の字になっており、15メートルほど進むと右手に曲がる。
 曲がった先もなぜか明るいのが気にかかったが、その答えはすぐにわかった。
 突き当りまで進むと、天井に穴が開いており、そこから日の光が入るのだ。
 小部屋のようになった突き当りには、大きな藁の山があった。
「これが怪しいな」
 すぐさま藁の中に手を突っ込む油屋。。
「またそんな後先考えずに……」
「ぎゃあっ」
 サマエルが小言を言い始めた矢先に油屋。の叫び声が響く。
 サマエルは素早く油屋。を藁の山から引き離す。
「本物の蜘蛛かと思ったらブローチだった」
 油屋。が、手のひらの中の物を掲げる。
「……ブラックガーネット、だな」
 それは蜘蛛モチーフのブローチであった。
「紛らわしい悲鳴をあげるな」
「仕方ないだろ」
「それより見ろ、この宝石の輝きを。珍しいんだぞ、ブラックガーネットは」
 サマエルは恍惚の表情で、油屋。の手からブローチを取り上げる。
「この藁の中に、もっとたくさん隠してありそうね」
 リリィは慎重に藁を除けていく。藁を一束除けるごとに、さまざまなジュエリーが顔をのぞかせた。
「すげぇ、売ったらいくらになるんだ」
「デミ・コボルトのくせに、宝石の美しさがわかるとは。だが残念だな。宝石は、正しい持ち主の元にある時が一番美しい」
 油屋。とサマエルも藁の中からジュエリーを取り出し始める。
「あったわ」
 リリィが見つけた黒の革張りのジュエリーボックスは、確かにルリィ・コハラのサインが入っていた。
 そっと蓋を開け中を確かめる。
 イヤリングにブレスレット、ネックレスも3本ほどあるが……。
「あのネックレスが、ない」
「探そう」
 即座に油屋。が、再度藁の山に手を突っ込む。
 その時、陽が傾いて天井からの光の入り具合が少し変わった。
「?」
 頭上からの輝きを感じ、サマエルが顔をあげる。
「おい乳女、あれを見ろ」
「なんだ?」
 油屋。とリリィも顔をあげる。
 人の視線よりもまだ高い位置に、壁のでっぱりにぶら下げられた、いくつかのネックレスが見つかった。
「もしかしたら、お気に入りはここに飾っていたのかしら」
 リリィは壁のネックレスの中に、依頼の物を見つけた。
「あんな高いところ、どうやって取るんだよ。サマエルだって届かないだろ」
「方法はあるだろう」
「へ?」

 そのころセルジュは、洞穴の出入り口に身を隠しながら、外の様子を伺っていた。
 昼間は、洞穴を使用しているデミ・コボルトは帰ってこない。
 しかし、警戒にくるデミ・コボルトがいるというのだから油断はできない。
 しばらくは、野ウサギや野鳥などが目の前を通るのみであったのだが。
 ギィギィという声にはっとする。
 先ほどまで自分たちが隠れていた岩の向こう側で、垂らしたままのロープが不自然に揺れていた。
 まるで、何かに引っ張られるように。
(しまった……!)
 帰りのことを考えてロープはそのままにしておいたのだが、それは、この場所に誰かが来ましたと宣言しているようなものであった。
 デミ・コボルト程度の頭脳でも、これが不審であると気付いたのだろう。
 ロープが不自然な揺れを止めるとともに、ギィー、という神経を逆なでするような鳴き声を上げて、岩の影からデミ・コボルトが姿を現す。
(来るか?)
 セルジュは身をかがめ、足元の小石を拾う。
 デミ・コボルトがきょろきょろと辺りの様子を見ながらこちらに近づいてくる。
 その視線が洞穴から外れたのを見計らって、セルジュは前方遠くに小石を投げた。
 とす、とんとん。
 小石は小動物のような足音をたて地に落ちた。
 その音に気付いたデミ・コボルトは顔をあげ、そちらの方に駆け出す。
 セルジュはふう、と息をつく。
 デミ・コボルトはさほど賢くない。
 そのまま音がした方向へ走り去ってしまう。
 これでしばらくは安心だろう。
 しかし、デミ・コボルトが現れたことをリリィたちに知らせねば。
(そういえば、デミ・コボルトは2匹じゃなかったか?)
「!!」
 突如視界が陰る。
 洞穴の出入り口上部から、デミ・コボルトの上半身がぶら下がっている。
「上からか……っ」
 地面に降りたったデミ・コボルトはセルジュに飛びかかった!!

「あ~~~重い、あ~~~重いなぁ」
 楽しそうに言うサマエル。その肩には、油屋。が乗っている。
「やっぱりね~、乳が重すぎるんだよなぁ~」
「うっさい黙れ」
 油屋。は懸命に手を伸ばす。
 指の先がネックレスの宝石部分に触れる。
「あと、もう、ちょっ……とっ」
 ぷるぷる震える指に、なんとかネックレスがひっかかった。
「よっしゃぁ取ったぁぁ!」
 ネックレスを握りしめ、油屋。はぴょんとサマエルの肩から飛び降りる。
「これで、依頼のジュエリーは手に入ったわね。他のジュエリーはどうしましょう」
 リリィは洞穴の中のジュエリーをぐるりと眺めて言う。
「そりゃぁさ、全部返そうぜ。持ち主調べて」
「結構な量があるわよ。それに、持ち主がわからないじゃない」
「う……それは、調べれば」
「どうやって?」
 油屋。が言葉に詰まっているところに、サマエルの声が聞こえた。
「こっちのブローチは東の大農園のご婦人の。このブレスレットはこの間タブロスに来ていた貿易商の娘さんの。で、このイヤリングは、誰のだったかなぁ」
 サマエルが、幸せそうにジュエリーを拾い集めている。
「なんでそんなこと知ってるんだ、サマエル?」
「ふふふ、俺はタブロスにある宝石の半分は把握しているからな」
「よし、わかる分だけはちゃんと持ち主に返そう。リリィも、それでいいだろ?」
「わかったわ。でも、持ち主を探すのはお任せするわね」
「もちろん、このネックレスも」
 油屋。はルリィ・コハラのネックレスを掲げる。
「まさか、息子さんに返すの?」
 リリィは目を丸くした。
「そのまさかさ」
「どこにいるかもわからないのに?」
「そうだけどさ、でも、このまま、親子が別れたままでいるなんて、あんまりだろ」
「そうかしら」
 リリィの瞳から、すぅっと温かみが消えた。
 どちらかというと優し気な印象であったリリィがこんな表情を見せたことに、油屋。は戸惑った。
「そんな親子ばかりじゃないわよ」
 それは、怒りとも憎しみともとれない、深く暗いものを含んだ瞳だった。
「さぁ、行きましょう。早いところ帰らないと、デミ・コボルトが来てしまうわよ」
「あ、うん、そうだな」
 サマエルが、回収可能なジュエリーは全て回収したようなので、3人は入口に戻ることにした。
「あら、なんだか、騒がしいわね」
 嫌な予感がして、3人は走った。
 曲がり角を抜けると、入口付近で、デミ・コボルトと対峙しているセルジュの姿が目に入った。
「リリィ!奥へ逃げろ!」
 襲い掛かるデミ・コボルトを払いのけながらセルジュが叫ぶ。
 油屋。は自分の剣の束に手をかける。が、サマエルに制される。
「狭い洞穴の中で3人がかりはかえって不利だ。下がってろ」
 サマエルはロングソードを掲げ地面を蹴る。
 デミ・コボルトはサマエルに気付くと、牙を剥いて飛びかかってくる。
 サマエルはロングソードで薙ぎ払うようにデミ・コボルトを斬った。
 デミ・コボルトは爪で防御していたらしく、ソードが当たった衝撃で壁まで吹っ飛ぶも、致命傷には至っていない。
 またすぐにサマエルに飛びかかり、その足に噛みつく。
 その瞬間、サマエルからどす黒いオーラが噴出したかに見えた。それはおそらく、怒り。
「タダで済むと、思うなよ」
 サマエルは、デミ・コボルトの上からロングソードの剣先を振り落した。そしてデミ・コボルトは動かなくなった。

エピローグ
 かくして、無事に依頼のネックレスを取り戻し、その数日後。
 人気のない墓地に、油屋。はいた。
「おっそいなぁ、サマエルめ」
 ルリィ・コハラの墓標の前で、不機嫌な油屋。。
 ポケットの中からネックレスを取り出して目の高さに掲げる。
 日の光がサファイアに反射して、墓標に青い滴型の影を作る。
 まるで、墓標が泣いてるみたいに。
「ごめんな、息子さん、見つけられなかったよ」
「おやおや、ずいぶん暗い顔をしてるねぇ」
「サマエル!」
 約束の時間に遅れてやって来たパートナーに怒りをあらわにし、油屋。は振り向く。
 と、そこにいたのは、サマエルだけではなかった。
 10代の少年。
「……もしかして、そいつは」
「こう見えて俺は敏腕政治家だからねぇ。伝手をフルに使えば人探しくらいなんてことないのだよ★」

「リリィ。手紙が届いてるよ」
 さらに数日後、リリィの自宅にて。
 ティータイムを楽しんでいたリリィは顔をあげる。
「手紙?私に?」
 リリィは怪訝な顔をしつつそれを受け取る。
 両親から逃れ偽名で生活する彼女に手紙を書く者などいただろうか。
 簡素な白い封筒を開く。
 中には、あまり上手ではないけれど、丁寧にかかれた手紙。
「おかしな手紙じゃないだろうな」
 心配そうにリリィを見るセルジュ。
「ま、おかしいといえばおかしいかもね。ルリィ・コハラの息子さんからのお礼状だわ」
「見つかったのか。良かったな」
 リリィは、ふ、と軽く息をつく。
「仕事のために自分を捨てたような親の愛情なんて、嬉しいものなのかしらね」
 手紙には、リリィたちへの感謝がつづられていた。が、リリィは共感しかねるのだった。
 リリィが両親から注がれたものは、愛情という名のハリボテだった。
 ハリボテの中に入っていたのは、両親の虚栄心、世間体、エゴイズム……。リリィが両親にとって価値のある存在かどうか、いつだってそれが最優先。
「他人は他人だよ、リリィ」
「そうね。ま、喜んでもらえたようだから、それで良しとするわ」


 今回の任務で取り返したジュエリーは、その半数ほどが持ち主に返された。
 どんなに尽力しても持ち主が判明しなかったものや、一度デミ・コボルトの手に渡ったものなど気持ち悪いといって返されたものは、A.R.O.Aの許可を得て売却し、今回の報酬としたことを追記しておく。



依頼結果:成功
MVP

メモリアルピンナップ


エピソード情報

マスター 木口アキノ
エピソードの種類 アドベンチャーエピソード
男性用or女性用 女性のみ
エピソードジャンル 日常
エピソードタイプ ショート
エピソードモード ノーマル
シンパシー 使用不可
難易度 簡単
参加費 1,000ハートコイン
参加人数 2 / 2 ~ 5
報酬 少し
リリース日 02月16日
出発日 02月24日 00:00
予定納品日 03月06日

参加者

会議室

  • [4]油屋。

    2014/02/22-15:49 

    そ、それともこういうのって余計な事……なのかな。
    まぁとにかく取り返すのが最優先だよな。

  • [3]油屋。

    2014/02/21-13:08 

    例えばデミコボルトは協力して倒すなりするとして……、
    アタシは依頼主の息子さんを探してみたいんだ。もしかしたらって可能性もあるだろ?

  • [1]油屋。

    2014/02/19-20:27 

    初めまして、油屋です。相棒はディアボロのハートブレイカー。
    初仕事って事で緊張していますがどうぞ宜しく!!


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